●リプレイ本文
「偵察部隊の編成は送らせた。 各自確認してくれ」
エリアノーラ・カーゾン(
ga9802)はウルシの通信を聞くと、すぐにソレを確認する。
データファイルを開くと、幾つかのKVデータが現れる。
ウーフー、岩龍、ワイバーン、ワイズマン、スピリットゴースト二機。
其々の機体の装備、搭乗者、特徴まで事細かに載せられている。
SG二機の装備は偵察任務と言えども、重装備が積まれてある。
他の機体も、同じ様に武装は重く、遠距離攻撃用の物がメインだ。
「了解、データ確認したわ」
一通り確認した後に、エリアノーラはウルシに応える。
護衛として、SG二機が配備されていたのだが――
これが落とされている。
「救出と代わりの偵察ね」
具体的に何処までやれば良いのか示されていない。
それは、確かに面倒な事だった。
一行のやや後方を進むジャック・ジェリア(
gc0672)は顎を擦る。
「まぁ、柔軟に対応してくれってこった。 すまんが、頼む」
言いたい事は分かる、とばかりにウルシがジャックに投げる。
いやいや、とだけ応えてジャックは前方に聳える廃ビルに目を向ける。
「それにしても、鹵獲機の襲撃ですか。事は一刻を争う可能性が高いですわね」
降下ポイントにゆっくりと降り立った、クラリッサ・メディスン(
ga0853)は呟く。
未だに周辺に敵機の気配は無い。
コールサイン『Dame Angel』という言葉が響く。
「直ちに目標地点へと急行。救出行動を取り、想定される障害敵機を排除敢行よ」
アンジェラ・D.S.(
gb3967)の号令により、八機のKVが動き出す。
「待ちに待ったワイバーンの初陣だ、行くぞシーザー!」
綾河 零音(
gb9784)は、自身のワイバーンの具合を確かめる様に進み始める。
フェリア(
ga9011)の駆るアヌビス「真・狼嵐」は、光を反射して薄っすらと光る。
天候的に月の光は、十分に届いている。
しかし、それに照らし出されるのは味方機のみ。
廃墟郡は不気味なほどに静まり返っていた。
その前方には、赤い光が見える。
正しくそれが、彼ら、彼女らの行くべき場所に違いない。
「恐らくは向こうの思惑通り‥‥此方はそれに乗るしかない」
タルト・ローズレッド(
gb1537)は、慎重に辺りを警戒する。
まさか、ただ隠れているだけとは思えないのだが。
恐らく、強化人間が駆る鹵獲KVであると思われる敵の戦力。
確認された機体は全て接近戦に特化したものである。
「さて、今の自分に何処までやれるかな?」
蒼河 拓人(
gb2873)は前方の目的地方向を警戒する。
やはり未だに影は無い。
そうなってくると、いよいよ鍵は救助作業時に在るという事が分かってくる。
周辺の警戒を任せつつ、自身はやるべき事をこなさねばならないのだ。
拓人は前列を移動しながらも、隠れた脅威に目を光らせていた。
一行から少しだけ離れた位置で、周辺を警戒する零音。
あらゆる場所に移動して、モニターを注視する。
IRSTは照準であって、レーダーではないので、どうしてもその効果範囲は狭まってしまう。
こうして、動き回らなければ機能を活かす事は出来ないのだ。
モニターを注視しているのも、それ故に見落としが無い様にする為だった。
「さて、そろそろ行くか」
ジャックの提案に反対する者は無し。
一通り、辺りを見回した後に八機の影は廃墟群の中央部に入り込んで行った。
生存者を見つけるのには、それほど時間は掛からなかった。
ハーウェイ・ブルーム。
ストライクフェアリーの男性。
搭乗機はワイズマン。
その一機だけが、ある程度形が残った状態で炎に照らされていたからだ。
「コクピット部分を確認。 全く、器用な真似するな」
タルトは呆れ混じりに、その部分を覗く。
そして、何も言わずにクラリッサに場所を譲る。
そうして、周辺の警戒に当たる。
それを見て、クラリッサは急いで動かなくなったワイズマンの前に移動する。
そして、コクピットを開けて飛び移る様にする。
「あぁ‥‥良かった‥‥」
呻く様にハーウェイが口を開いた。
迎えなんだろう、と小さく小さく呟く。
「えぇ、もう大丈夫‥‥応急処置だけ施しますわね‥‥」
彼の目にはもう光は無かった。
失明したのだろう。
右肩に刺さった鉄片を抜き、クラリッサは彼に練成治療を掛ける。
そんなクラリッサを横目に拓人は、自身のKVに積んでいた地殻変化計測器を設置する。
来るなら今か。
それぞれが動かずに、一層警戒を強める。
不気味さの中、クラリッサがハーウェイを担いで自身のコクピットに戻る。
「それじゃ、可能ならデータを回収していきましょうか」
エリアノーラは出撃前に言われた通りに、データを回収しようとワイズマンに近付く。
迅速に終わらせる必要が有ったのだが――
そうそう、上手くいかない事は承知済みだった。
「東側から熱源反応!!」
零音の声に全員が一斉に、散開する。
距離は判らなかったものの、急速に大きくなる反応に考えている暇など無かった。
「外したなぁ!」
ミツヨが嬉しそうに、叫ぶ。
応えとして、苦笑が返ってきただけだった。
それでも、少女は自身の駆るミカガミの足を止める事などしなかった。
「いんや、当たったよ。 ほれ、残してた奴が燃えてんだろ」
ムネチカは、鋭さを増した眼光でその先を睨む。
そして、その場に留まって大型の銃器を構える。
「先に行って来いミツヨ、ツネツグ」
もう一射が飛ぶ。
「言われるまでもねぇよ!!」
尋常ではないスピードで肉薄してくるミカガミに傭兵達八人は、一気に態勢を整える。
次の瞬間にはジャックのSGの肩の砲身が轟音を上げる。
ミツヨのミカガミが急激に横に飛ぶ。
足場となっていた建物が吹き飛ぶ。
ミカガミは着地と同時に走り始めるが、タルトはそれを見逃さなかった。
着地の際の僅かな硬直。
KVの脚部が唸りを上げる刹那に合わせて、引き金を引く。
スナイパーライフルから放たれた一発は、ミカガミの胴体に見事に命中した。
確かに命中したのだが、何事も無かったかの様に向かってくる。
その結果に動じる様子も無く、タルトは重機関砲を代わりに構える。
「未だ一機、姿を見せていないわ」
「そうですわね」
エリアノーラは巨大な機槍を構え、クラリッサに注意を促す。
勿論、クラリッサも油断しているという事はなかった。
ファランクスが物騒な音を立てて、起動する。
そんな中、拓人はミカガミの迎撃に向かおうとするが、地殻変化計測器の僅かな反応に気付く。
「残り一機、来るぞ」
転送されたデータを確認して、零音はそのデータの示す先を見る。
この廃墟の街の中では一番高いと思われるビルが其処には在った。
「っ!!」
運良く見上げたのが、零音にソレを気付かせた。
影が一つ、落ちてくる。
シルバーグレーのアヌビス。
その手には十字槍が握られている。
「ちょっ、来るなっつの!!」
零音は急いで、方向を変えて影から逃れようとする。
殆ど武装は積んでいない彼女の機体は然程負荷も無く、加速する。
一応は逃れた形になったのだが、アヌビスに乗ったツネツグはそれを一瞬で見抜いていた。
「逃げているだけでは話にならんだろう‥‥」
着地と同時に、全速力で零音を狙うべく走る。
が、目の前には逆に向かってくる機影が見える。
「狼嵐が泣いている、人に仇為す存在となった同胞の為に‥‥」
黄金の機体に眉を顰めつつも、ツネツグは十字槍を構える。
「そして啼いている‥‥! 同胞の魂を救う為、その繰り糸を断ち切れとッ!」
「‥‥俺には何を言っているか分からんな」
十字槍の突きを、刀身で受け止めるフェリア。
火花が散り、黄金の機体を輝かせる。
十字槍を弾きながらも、フェリアは後方の確認をする。
運が悪かったのか、これも敵の策の内なのか。
ミカガミと砲撃が飛んでくる方角は、退くべき方角なのだ。
退路が確保されるまでは、後方に居るクラリッサ機には近づけられない。
ツネツグは更に一歩踏み出すが、四百もの鉛弾の雨がそうはさせなかった。
「敵機の排除は迅速にね」
アンジェラは、そう言って照準を外さない様にツネツグ機を追い掛ける。
想像以上に速く、正面切っての直撃は難しい所。
しかし、アンジェラの狙いは其処には無い。
ツネツグ機を建物の影に追いやった後で、アンジェラとフェリアも一度退く。
「‥‥足止めと言った所か」
小賢しい事をする、とツネツグは思う。
間隙を縫って、ミツヨはビルからビルの陰へと移動する。
そして、ミツヨは頭上を飛んでいく光の筋を確認すると、一気に飛び出す。
「さて、俺も行くぞ」
ムネチカはそう言うと、重い銃火器を捨てる。
「足引っ張んじゃねーぞ!!」
ミツヨはそう言って、廃屋を足場にして跳ぶ。
鋼の塊が、手にした機刀を振るう。
相対した拓人のミカガミも、己の機刀を構える。
鈍い金属音が豪快に響くと、ミツヨは笑って叫ぶ。
「おい! こいつら、さっきの奴らより全然強ぇぞ!」
拓人はオープン回線で響いてくる、その声を聞く。
その少女は何処か楽しんでいる様な雰囲気が有った。
鎬を削り合いながら、次の一手を考える。
近くで見ると、その機体にはジャックやタルトが付けたと思われる傷が有る。
直線的な戦い方をするのだろう。
拓人は何とか押し返すと、後方に機体を下げる。
ミツヨはやはり、それを追おうとするが――
タルトの機体が形成する局所的な弾幕に足が止まる。
更に、拓人は機刀をしまい、自身のミカガミの手にアサルトライフルを握らせる。
放たれた光弾を寸でで回避すると、ミツヨは機体を建物の陰に隠してしまった。
視認している間は良いが、どうにもジャミングが酷くレーダーが上手く作動しない。
「既存の物よりも、大分手が加えられているな」
「ん、そうだな」
拓人もタルトも、その性能を改めて実感する。
更には操作技術も、人離れしている様にも思える。
「前から来んぞ!!」
ジャックが声を上げる。
それと同時に、小型のミサイルが幾つも飛んでくる。
ジャックはそのミサイル群の中で、大きく迂回する骸龍の姿を確認する。
「骸龍が死角に入った」
ミサイルの攻撃を受けながらも、骸龍の消えた方向に機体を滑らせる。
此方もやはりと言うべきか、ジャミングの影響下でレーダーが不調だ。
ジャックはライフルを構えながら、開けた場所に飛び出す。
姿は確認できない。
姿どころか、前方の景色すら確認出来ない。
「下がるぞ!」
拓人とタルトの機体も煙幕に包まれる。
緊急的に其処から離脱しようと、後退する。
勿論、弾幕を形成しながらでないと前から切り込まれる可能性も有る。
煙幕の外から、その状況を観察していた零音はその影を一瞬だけだが捉える。
煙から真っ先に飛び出してきたのは骸龍だった。
「データとか持ってたら、面倒だからなぁ」
「来ますよ!」
続いて飛び出してきたのは、小型のミサイルの嵐。
狙いは最奥に居るクラリッサのシュテルン。
その手には細身の機刀が握られている。
「させる訳、ないでしょう?」
クラリッサの護衛を担当していた、エリアノーラが動く。
手にしたスラスターライフルが正面の骸龍を捕捉する。
高速の射撃は、かなり正確に骸龍に飛んでいく。
逆に飛んできたミサイルはクラリッサの周りに落ちる様な形になっている。
無理に動こうとすれば、直撃する。
クラリッサは、その弾道を見極め、爆風の中に留まり銃器を構える。
エリアノーラの放った弾は全弾とはいかなかったが、幾つか骸龍を捉らえている。
それに合わせて、クラリッサも銃撃を開始する。
「ホントに違うな」
急激な方向転換を見せたのは、ムネチカの骸龍もだった。
上手く避けつつ、もう一度ミサイルを放つ。
前進しようと、機体を前に傾けるが其処に死角から飛び込む機影が有った。
「うわ、ワイバーンってこんなに速いんだ!?」
零音はビームファングを光らせて、骸龍に飛び込むがかわされてしまう。
しかし、何も問題など無い。
零音の狙いは、撹乱なのだから。
「ちょっと退いといてくれ」
ムネチカは機体の体勢を有り得ない形で戻しながら、零音のワイバーンに機刀を振るう。
零音は衝撃に耐えつつ、エリアノーラの機体が跳ねるのを確認した。
そして、二股の槍がムネチカの機体を襲った。
ツネツグはムネチカとミツヨの様子を確認しながら、十字槍を振るう。
雷の刃文を持った機刀の強力な一撃を凌ぎ、斜め前に進む。
アンジェラの射線上にフェリアの機体を置く様な形だ。
ほんの一瞬だが、弾丸が止む。
その隙に、ツネツグは素早くもう一つの武装を展開する。
肩に積まれたミサイルポッドから、幾つもの小型ミサイルが明後日の方向へと飛ぶ。
狙いはクラリッサの機体。
なのだが、警戒を怠っていなかったクラリッサは機楯を構えながらそれを耐え凌ぐ。
そうそう、何度も攻撃を許すフェリアとアンジェラではなく――
「‥‥‥‥」
ツネツグはフェリアの斬撃をかわし、アンジェラの銃撃から逃げる様に後退する。
ムネチカは完全に押さえ込まれている。
ミツヨはどうか。
視線の先では光刃が瞬く。
拓人の振るった、内蔵型の練剣雪村だ。
薄くなった煙幕の中から、もう一つの閃光。
横に薙がれた拓人の雪村は空を斬る。
ミツヨは文字通り、懐に潜り込んだのだ。
「覚えとけよ! 大典太光世の切れ味をよぉ!」
赤黒い光刃は拓人の機体の正面を完全に捉えていた――
しかし、それは拓人の機体の腕を斬り落とす結果に留まった。
雪村は囮、本命はその脚部に纏わせたビームコーティングの刃。
それが、ミツヨのミカガミの脚を一時的に折ったのだ。
更に、拓人はミツヨを突き飛ばす形で前を開ける。
後は、あっという間だった。
タルトは、ミツヨが再び進路上に出て来れない様に重機関砲を呻らせる。
アンジェラもそれに倣って、ツネツグに重機関砲を浴びせながら後退する。
「それじゃ、撤退だな」
いつの間にか煙幕の向こう側、撤退方向に陣取ったジャックが砲撃の準備をする。
初めてクラリッサは、大きく動く。
この好機を逃せば、増援が来るかもしれないからだ。
エリアノーラの巨大な機槍から逃れたムネチカは、残ったミサイルを放つが――
「遅かったか‥‥」
何発か命中したが、それが致命傷になるとは思えない。
「追うか‥‥?」
「追うに決まってんだ――」
「その必要は御座いません」
ミツヨとツネツグの通信に割り込んで来た、女の声。
その声を聞くと、ムネチカは苦笑しながらジャック、タルト、アンジェラの機体の姿を確認する。
「追っても、次は蜂の巣にされるさ。だろう、ヤスツナ?」
「ムネチカ、貴方は理解が有って助かります。各機、基地へ戻って下さい」
ヤスツナと呼ばれた女性は、事務的な口調で三人に告げた。