●リプレイ本文
‐‐エーリッヒ・オーウェン‐‐
ふと「彼女」にそう呼ばれた気がした。
行きつけの図書館。
いつもの窓際の席で座ったまま、本を両腿の上に開きながらうたた寝をしていたらしい。
秋も深まり、少々肌寒くなっていた最近ではあったが、今日はそれ程でもない。
風も穏やかで太陽の光も、エリックの座る窓辺に優しく降り注いでいる。
彼女、フィオナ・コールが姿を消して何日になるだろうか?
昼下がりの日の光を浴びながら、今日も今日とてエリックは図書館で彼女を待つのであった。
白鐘剣一郎(
ga0184)は黙々と考え事をしながら歩く。
考え事とは依頼の事、だけではなく依頼主エリックの事。
彼の言い分は白鐘にとって「死」を逃げ場にしているだけだった。
どうして死を逃げ場にする、そんな台詞が頭の中を駆け巡っている。
そんな白鐘の後ろをドリル(
gb2538)が歩く。
辺りを見回して「何か」を探している。
「ファンクラブってサークルみたいなものかな?」
そう呟いて大学の構内を見回す。
キリル・シューキン(
gb2765)と九条 緋方(
gb3510)もそれに習い辺りを見回している。
「聞いた方が早いだろう」
白鐘は近くに居た、日系の女子学生に声をかける。
エリック様の事なら任せてください! との事だった。
いきなり正解だった様ですねと、ドリルは苦笑する。
「フィオナ・コールの事ですか? 確かにあの子、エリック様とやけに親しかったわね‥‥」
女子学生はその黒い髪をいじりながら、突然不機嫌そうに答える。
「あの子の事は、知らないです‥‥ 興味有りませんし」
授業が有るので、そう言って女子学生は去っていった。
ドリルやキリル、九条も同じ様に近くの女子学生に聞いて回ったが何の手掛かりも出なかった。
「後は、名簿の住所録だな‥‥」
白鐘達は学生課の有る建物を目指した。
一方、ファミリーレストラン「オーウェンズ」。
今現在、木場・純平(
ga3277)の眉間には深い縦の皺が寄っている。
特に怒っている訳ではない。
情報の選別をしているのだ。
エリックに聞いたフィーの手口はナイフによる刺殺。
「‥‥明らかに毛並みの違う事件が二件程有るな」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が木場の横で呟く。
「報道されてる事件は全部で十件やろ?」
テーブルを挟んで木場の目の前に座っている桐生 水面(
gb0679)は一応の確認を取る。
「つまり、不確定ではあるが残り八件はフィオナが起こした物の可能性が高い」
木場はなるべく断定を避けるように慎重に答えた。
時間帯も夜から早朝にかけてバラバラだった。
唯一毛並みの違う二件の他は全く同じ手口。
ナイフの様な鋭利な刃物で急所を一突き。
「遅くなったな、地図だ」
Cerberus(
ga8178)がコンビニから戻る。
そして早速、買ってきた地図を広げ見る。
「それじゃ、早速それぞれの事件現場に印を付けていこうか」
Cerberusはペンを取り出し、地図上に印を付けていく。
印は虚しい事に、規則性の無い、全くバラバラの位置に付いていく。
分かった事はそれ程広範囲で起きている事件ではないという事だった。
それともう一つ、おそらくキメラの仕業と思われる通り魔。
これは二件とも誰も通らない様な路地で起きている。
しかも、二つの通り魔事件の現場は二、三百メートル程しか離れてないのだ。
「手口は明らかにキメラやね。 この辺りに潜んでるんとちゃう?」
桐生の意見に他の三人も頷いた。
大学の門から真っ直ぐ伸びる大通りを南下。
途中で複雑な路地に入り込み、ようやく着いた。
「意外と簡単に手に入って良かったですね」
ドリルが住所と地図を見比べながら目の前の二階建てのボロアパートを確認する。
「此処か‥‥」
白鐘はボロアパートの二階部分を見つめる。
目指すべきフィオナ・コールの部屋は201号室。
ギシギシと音を立てながら、ボロアパートの階段を踏みしめながら上る面々。
先を行っていた白鐘が階段を上がってすぐの廊下の奥の方に立っている。
彼の目の前には扉、確かに、201とある。
全員が目で合図を送り、大きく頷く。
コンコン、と乾いたノック音がボロアパート二階の廊下に響く。
‥‥返事は帰ってこない。
白鐘はドアノブに手を掛けてみる。
すると、あっさりとドアは開いてしまった。
「意外と普通の部屋ですね」
ドリルはそう言って四人の最後尾で部屋に入る。
そう、何の変哲も無い十帖位のワンルーム。
ボロアパートだから学生でもこんなに広い部屋が借りれるのだろう。
「これは、これは‥‥丁寧に‥‥」
白鐘は正面の壁に掛けられた、それは見事な絵画の裏に「何か」を発見した。
壁に埋め込まれたナイフケース。
何本も、何本も丁寧に、神経質そうに閉まってある。
「何本か無いな‥‥しかも、はめ込み穴からして小型の物だ」
「おやっ!」
白鐘が気付いた瞬間、ドリルはフィーの机の上に手帳の様な物を発見した。
何となしにページを捲る。
そして最後のページ、今日の日付。
そこにはたった一行の日記というか、書きなぐった文字が。
‐‐彼が待っているはず‐‐
そろそろ閉館の時間も近づいていたが、エリックはもう少し此処に居る事にした。
職員はいつもの人だ。
エリックの滞在を少しは許可してくれるはずだ。
「もう少し、もう少しだけ」
その素晴らしく端正な顔立ちの御曹司は読んでいた本を閉じて呟いた。
ある一つの思考を繰り返しながら。
もう一度。
「もう少しだけと」
そうして少しするとエリックの携帯にCerberusから電話が掛かってくる。
一旦合流しよう、との事だった。
すっかり暗くなった辺りを見回して、路地から出て来る影。
「血の匂いがする‥‥それと彼の周りには余計なのが付いてるわね」
警察も動き回ってる。
はぁ、と溜息をつき走り始める。
あの豪邸に向かって。
彼の住んでいる豪邸に向かって。
「すまん、遅くなった」
白鐘達が図書館前に着いたのはエリックが図書館から出て、無事閉館してから十五分後。
ホアキン達が着いた五分後の事である。
「成果はどうだった?」
木場が問いかける。
「彼女、今日動きます。 間違いなく今日です」
エリックには聞こえないよう、木場に小声で告げるドリル。
「推測だが、キメラは一体。 手負いの可能性もある」
ホアキンは全員に伝える。
「何で、一匹で手負いって推測できるん?」
桐生が不思議そうに聞く。
「通り魔の一人がキメラだとして、明らかに事件数が少ない。 何かしらの制約が付いているんだ」
「だから、あまり活動できない。 二体以上だったら手負いにしても事件数は多くなる」
そういう事か? と、白鐘はCerberusに言う。
無言で頷く後ろでエリックはまだ何かを考えているようだ。
「まずは、キメラの犯行が起こったと思われる周辺を探してみよう」
そう言ってホアキンはさっさと歩き出すのだった。
「無用心にも程が有る」
エリックの部屋の窓に腰を掛けて漆黒の髪を揺らす人物。
こんなに豪邸なのに、どうしてこうして。
こんな簡単に潜り込めるんだろうか?
確かに私はこういうのは得意では有るけれど。
しかし、侵入が簡単過ぎて恐い位だ。
‥‥まぁ、良いか。
私はお別れを「残しに」来た。
ただそれだけ。
さて、それじゃ‥‥これ置いて逃げましょうか。
案の定、目の前に現れたのは手負いの人型のキメラだった。
「今から見るのは貴様が見てきたくだらない現実の裏側にあるものだ。しっかり見ておけ」
Cerberusはそう言って、ホアキン、桐生、木場と共にキメラに向かっていった。
因みにエリックの護衛は白鐘、ドリル、キリル、九条の四人だ。
人型のキメラは恐ろしい程の長さの爪を振り回して暴れている。
しかし、手負いのキメラ如きに遅れを取る能力者ではない。
あっという間にキメラは倒されてしまった。
「僕も貴方達の様に強かったら‥‥」
エリックは誰にも聞こえないような小声で呟いた。
「囮を使う必要も無しやったね」
「縄張りに入られて興奮したんでしょう」
桐生が言った独り言にドリルが答える。
目標の内のキメラの討伐を終えた、傭兵達。
そこへ緊急の連絡が入った。
エリックの携帯が鳴っている。
「はい‥‥」
電話に出ているエリックを守るように辺りを警戒する傭兵達。
「え!?」
エリックの素っ頓狂な声がそこら中に広がった。
エリックの部屋に警備の人間が駆けつけた時。
丁度、彼女が窓から逃走を図る瞬間だった。
チラリと警備の人間の方を振り返った、その美しい顔は絶世のものだったと言う。
エリックの机の上に手紙が残されていたようだった。
‐‐警察も動き回っている。 君の周りにも厄介なのが居るみたいだし‐‐
‐‐どうやら君は部屋に不在らしいから、手紙でも残していくよ‐‐
‐‐本当は今日伝えるべき事を伝えて、君を殺してしまいたかった‐‐
‐‐けれど、今日はどうにもタイミングが悪い。 警備の人間が来た‐‐
‐‐大丈夫、また近い内に来るよ‐‐
‐‐そうそう、寒くなってきたから君のマフラー借りていくよ‐‐
「親愛なる、エーリッヒ・オーウェン様へ‥‥か」
行きつけの図書館のいつもの席。
エリックは手紙を読みつつ、今日も穏やかな空を眺めた。
結局、フィーが何を伝えたかったのか僕には良く分からなかった。
けれど、これで生きる意味を見つけた気がした。
歪んだ理由かもしれない。
だが、今の僕には充分な気がする。
「フィオナ・コール、僕は待ってるよ」
エリックは携帯を取り出してメールを打ち始める。
もう少し生きてみます、とだけ。
宛先は今回の依頼で関わった傭兵達の携帯だった。