●リプレイ本文
そもそも如何して魚なのか?
そんな疑問が湧かなくもない。
(「海魚が多いのを気にするべきか、それとも――」)
一匹だけ川魚なのを気にするべきか。
魚なのは置いとくにしろ、どうしてこの組み合わせなのか。
鯖、鮪、鰹、鮎。
常 雲雁(
gb3000)は少し考えてみる。
しかし、答えは出ない。
神の右手に因ってこの世に落とされたのだ、仕方が無い。
細い遊歩道を抜け、広い空間に出る。
「随分、不気味な所だな‥‥さっさと片付けますか」
巳沢 涼(
gc3648)は朽ちた音楽ホールの陰鬱な佇まいから目を逸らす。
オカルト関係には滅法弱いらしく、アルエットとは真逆の人間であった。
「情報、に、依ると‥‥」
ルノア・アラバスター(
gb5133)は携帯の端末を操作する。
東が鮎。
西に鯖。
南は鮪。
最後に北から鰹が攻めて来ているらしい。
「まぁ、作戦通りにやりゃ問題無いだろ」
海鷹(
gc3564)は頭を掻き、満月を見上げる。
丸い、丸い月。
一応、光源の準備もしてきたがこれなら問題無く発見できる。
銀色に輝く身体を。
作戦開始時、二人一組で其々の方角に向かう事になったのだが――
「メアリーさん、どちらへ?」
佐倉・拓人(
ga9970)が徐に問い掛ける。
その声に振り返ったメアリー・エッセンバル(
ga0194)は堂々と答える。
「え? だって鮪だよ? 大きさから考えたらこっちからじゃ?」
無駄に真顔である。
しかし、メアリーの指す方向は西。
先ほど太陽の沈んだ方向だった。
「何言ってんですか、鮪の来る南はこっち――」
「海鷹さん、そちらは北ですよ」
夏 炎西(
ga4178)はこの方向音痴コンビに苦笑しつつ、南を指差す。
一抹の不安を覚えつつも、急に作戦を変更する訳にもいかず。
「じゃ、行こうか」
メアリーの言葉で担当の方角へ向かう――
はずなのだが。
「‥‥メアリー、そちらは西だ」
リヴァル・クロウ(
gb2337)は呆れた様に言い放つ。
「だって鮪だよ?」
「大きさから考えたらなぁ」
実に恐ろしい、方向音痴の感覚。
北に進むのはリヴァルと涼。
暗い林道を歩く。
満月が出ているとは言え、木々に遮られて暗い。
「やっぱり暗いな‥‥よしっ、ライト! オンッ!」
涼はAU−KVでポーズを決めてみたものの、爆発が起こる訳は無く。
更に明るくなっただけだった。
「しかし、鰹の半漁人型キメラですか‥‥」
「火曜日と日曜日の匂いがするな」
リヴァルが大真面目な顔で謎の言葉を発する。
「リヴァルさん?」
「い、いや、何でもない‥‥俺は何を‥‥」
鰹なのだ、仕方が無い。
と、微風に乗って優しい生臭さが漂う。
びちゃん、びちゃんと素敵な足音も聞こえる。
涼は少し嫌な顔をしながら、光源をソレに向ける。
鈍く光る三叉の槍。
暗青色の背、銀白色の腹。
口元から覗く、餌と思われる鰯。
そして、すらりと伸びた白く細い手足。
「女か‥‥」
「女ですね‥‥」
何故か残念な気分にさせる。
そんなキメラだった。
不可思議な色の世界を西に進むのは炎西とルノア。
一番大きな遊歩道を脇の木陰や草むらに隠れながら進む。
勿論、敵も隠れながら来る可能性も有る。
草むらに入ったら、どーもこんにちは、寄生虫でも如何ですか?
なんて事になるかもしれないのだ。
そんな事になったら丁重にお断りしようとルノアは考え、先行する。
気配は殺してあるのだが、鉢合せになったらどうしようもない。
そんなルノアのすぐ後に、続く様に炎西は移動する。
注意深く、前方を見据えながら。
(「この臭い‥‥」)
炎西が気付く。
それと同時に、前方を行くルノアが軽く手を上げて、道の奥の方を指す。
ルノアが指差す先、堂々と鯖が歩いてくる。
炎西は柳葉刀を抜き、息を潜める。
因みに、この鯖には寄生虫は居ない。
生産者の計らいだ。
そんなどうでも良い事を知ってか知らずか、ルノアは静かに引き金を引く。
森の中に川が流れていた。
そこから考えると、一体だけ居た川魚が諸々正しい様な気もしなくもない。
とりあえずの結論。
アルエットの漠然とした情報では此方側からその川魚が攻めてくるはず。
拓人も地図を確認しつつ、雲雁の横に並ぶ。
半魚人、なんて言うものだから、調理は出来ても――
「食べたくはないですよね‥‥」
拓人は呟く。
人魚だったら良かったのだろうか。
「鮎は縄張り意識が強いって言うし、近付いたらあっちから襲ってくるかもね」
雲雁は自分で言って、何とも言えない気分になる。
半魚人が三叉の槍を構え、走ってくる姿を想像したからだ。
そして、その想像通りに走ってくるナマモノの姿を確認したからだ。
「う‥‥やっぱり食べるのはよそう‥‥」
拓人の繊細な心は非常識な姿のキメラにすっかり傷付けられてしまった。
「ふぁ〜あ‥‥眠くなってきたな‥‥」
海鷹は大きな欠伸を一つ。
「メアリーさん、ちょっと休け――いねぇし」
隣に居るはずのメアリーが居ない。
しょうがない人だ、と呆れつつ自分も何処を歩いているのか分かったものじゃない。
一応、真っ直ぐ進んで来た海鷹だった。
が、真っ直ぐ進み過ぎたらしい。
道なりに真っ直ぐ、のはずが、道を突っ切って真っ直ぐ来てしまった。
「すっぽかして寝るかなぁ‥‥って、うるせぇな‥‥」
茂みの奥の方から何やら聞こえる。
気になって寝るどころではないと、海鷹は其方へと歩を進める。
「ねぇ、違うんでしょう!? 貴方は‥‥ただのキメラよね!?」
どうしようもなくメアリーだった。
そのメアリーの正面。
「‥‥‥‥」
どうしようもなく鮪だった。
「答えなさい! じゃないと、実力行使に移るしかっ!」
「‥‥‥‥」
その場で足踏みしているだけの半魚人。
それに叫ぶ、メアリー。
海鷹はシュールな状況に、一瞬夢かと疑った。
が、こんな夢を見るのも嫌なのでその疑いはすぐにその辺に捨ててしまった。
「さっさと静かにさせるか‥‥」
アーミーナイフを器用に抜き、片手に確りと握り締める。
眼光鋭く、リヴァルは其れを地面に突き刺す。
「来たまえ、魚類。武器なんか捨てて掛かって来い」
鰹は地面に刺さった其れから目を離せなかった。
魚が、秋刀「魚」が地面にざっくり。
「如何した怖いのか?」
リヴァルの言っている事は良く分からない。
しかし、馬鹿にされているという事だけは分かったらしい。
「‥‥‥‥!」
無言でとらいでんとを構え、走ってくる。
B級のホラー映画の様な光景の中、涼は剣を振るう。
斬線が鰹の腕に描かれる。
「初めましてなのに、悪いな。もっと俺と仲良くしようぜ?」
鰹は湿った音を立てて、とらいでんとの柄を涼に叩きつける。
涼は防御を固めつつ、更に続ける。
「悪いって言っただろう? しかし、あんた鰹に似てるな」
やっぱり何を言っているか分からない。
が、馬鹿にされているのだけはどうしてか分かる。
鰹は更にむきになってとらいでんとを振るう。
「所詮、魚ではこの頭脳か」
隙だらけの鰹のしなやかな腿辺りを、魚が裂く。
リヴァルは哀れなナマモノを溜息混じりに突き飛ばす。
転がった鰹は驚いた様に、そして悲しむ様に目を見開く。
最初から全開なのだが。
その目はリヴァルの握る、秋刀「魚」に向けられている。
鰹にとっては、秋刀魚が自分たちに牙を剥いた様に思われたのだ。
愕然としている鰹に背後から涼が襲う。
その一撃は上手く片腕を斬り落とし、鰹に深手を負わせる。
鰹は苦しみながらもとらいでんとを片手で構え、涼に向かって踏み込み、突く。
が、それも届かず。
体勢を低く、走り抜けたリヴァルの魚は両足の腱を斬る。
「そんじゃ、終わりだ」
その言葉を合図代わりに涼は、其の剣を鰹の脳天に刺しこむ。
なるべく傷は付けたくなかったが、仕方がない。
鰹は息も絶え絶えになりながら――
一筋の光が鯖の足元を貫く。
突然の攻撃に鯖は慌てた様子で、物陰に隠れる。
それを確認したルノアは死角を衝く様に移動を開始する。
一射、二射。
鯖がいくら隠れようとも的確に照準を合わせる。
暗視スコープのお陰、ではなく。
鯖は満月の僅かな光を反射していたのだ。
「さっさと下ろされてもらおうか」
鯖がうろたえている所に炎西が忍び寄り、柳葉刀を突き付ける。
鯖は反転して、とらいでんとを突き出すが、遅い。
既に炎西は鯖の足を斬り裂き、距離をとっていたのだ。
鯖は間合いを縮めようと炎西へ向かって走り出そうとする。
が、ルノアがそうさせてはくれない。
鯖は寄生虫でも吐き出したい気分になった。
因みにこれは人間で言うと、唾を吐く行為に当たる。
更に付け加えると、全ての鯖に寄生虫が居るわけではない、よろしく。
そうこうしている内に、鯖は疲れが出てきたのか動きが鈍くなる。
「流石、鯖。鮮度が落ちるのが早いな」
炎西は敬語の消えた口調で、軽い冗談を飛ばす。
序に、斬撃も飛ばし、とらいでんとを弾く様にする。
炎西は更に身体を回転させて、もう一閃。
完全に、とらいでんとは弾かれ、ガードが解かれる。
すると、ルノアの的確すぎる射撃が鯖の頭を撃ち抜く。
がくりと、膝を折り、その場に崩れる。
「さて、鮮度を落とさない為にも‥‥」
炎西が鯖に近寄り、その頭に手を掛けようとするが――
三叉の槍が拓人の頬を掠める。
縄張り意識を刺激され、怒っているのだろう。
何となしに、半径何m以内に入らないで下さい、という雰囲気を醸し出している。
「鮎のくせに‥‥」
まるで父親を前にした思春期の女の子の様だ。
などと考えている間に、拓人は高速で鮎の側面に回る。
それと同時に、鮎を挟んで拓人の反対側。
雲雁も其処に姿を現す。
鮎は魚だけに、ぎょっとした。
鮎は魚だけに、ぎょっとした。
そして無茶苦茶にとらいでんとを振り回し、距離を取ろうとする。
「大人しく塩焼きになればいいものを‥‥」
雲雁は無駄にシリアスな顔をする。
そして、赤い刀身を楯にして、とらいでんとの一撃を凌ぐ。
反撃。
鮎の腿は綺麗に裂かれ、鮮血が飛び散る。
拓人はその光景に、決意を固める。
(「やっぱり、ぜっっったいに食べたくないっ!」)
二振りのイアリスが鮎の片方の腕を捕らえる。
どちらも手応えは十分。
鮎が此方を振り向こうとするが、更にその側面に回りこむ。
「化粧塩でも振って焼いてくれるわっ!」
自棄になった拓人が鮎に持っていた塩をぶちまける。
オイシクショクサレテシマウ!
鮎はその微かな塩気に激しく動揺した。
そんな動揺を他所に、雲雁は全力で鮎の向う脛を蹴りつける。
悶絶ものであった。
体勢の崩れた鮎。
その刹那。
拓人は二つのイアリスを振るい、雲雁はゼフォンを振るう。
三つの斬線は鮎の額辺りで交差する。
鮎はとらいでんとを地面に突き刺し、崩れない。
が、既に限界のようで――
金属音が響く。
白銀の楯が鮪の持ったとらいでんとを確りと受け止める。
「海鷹さんっ!」
早く寝たいからね、と呟く海鷹。
鮪がうろたえている間に、胸鰭をアーミーナイフで切り落とす。
メアリーはそれを確認すると、地面を蹴る。
鮪の背中には――
「な、無い! ファスナー無いよ、海鷹さん!」
「‥‥ヨカッタデスネ」
大声を出して喜ぶメアリーを鮪越しに見て、海鷹は思う。
(「この人の恋人ってどんな人だよ‥‥」)
キメラに混じって行動する能力者など、聞いた験しが無い。
それでも疑っていたという事は、相当精巧な鮪の何かを普段から被っているのだろうか。
海鷹はとらいでんとの穂先を楯で右に流し、一旦間合いを取る。
鮪は胸鰭を失った事で背後を振り向くのに苦戦していた。
その間にメアリーも距離を取り、海鷹に視線を送る。
そして背負っていたソレを手に取り構える。
鮪は脳内で鮪NO.1決定戦が急遽開かれた事を悟った。
そして、とらいでんとを構える。
「まぁ、趣味じゃないんだが」
と、海鷹ががら空きの背中に忍び寄り、背鰭を切り落とす。
「‥‥!?」
目の前の事に集中すると周りが見えなくなるタイプ、鮪。
鮪が大事な背鰭を確認しようと背中を見ようとするが見えるわけもなく。
それにどうしようもない程の怒りを感じた鮪は海鷹を睨む。
とらいでんとを上手く使って方向転換すると一突き。
楯を構え、海鷹はその一撃に集中する。
ふざけたキメラの割と真面目な一撃を耐え凌いだ海鷹は笑う。
「それじゃあな、鮪さん」
軽く後ろへ飛ぶ。
鮪が気付いた時、既に遅かった。
「これが黒鮪を超える世界最速の魚の一撃‥‥いけぇぇぇぇぇええええ!!!」
そのカジキランスはメアリーと共に一直線に宙を泳ぐ。
そして、鮪の延髄骨を軽々と貫いてしまった。
「‥‥!? ‥‥!!」
鮪は自分の命の終わりを悟った。
そして――
「「「「ヒカリモノフラッシュ!!」」」」
四箇所で同時に片言の言葉で叫び声がする。
命が尽きる前に何かやってから死のうと思ったのだろう。
三箇所で盛大な光の奔流が発生する。
残りの一箇所は――
「鮎は‥‥光らない!」
雲雁は事切れた鮎に向かって、言い切ってやった。
炎西がSES搭載の中華鍋を振るう。
既に何品か料理が、エクラデエスの面々が用意した、テーブルの上に乗っている。
「さ、これで最後、出来上がりましたよ」
炎西が鮪のステーキをテーブルに置く。
すると、外から雲雁と拓人がやけに巨大な鮎の塩焼きを担いできた。
「こっちも終わりましたよ」
うん、と頷くとメアリーは手を叩く。
「じゃ、いただきますっ!」
「りっちゃん、おかわり‥‥」
あぁ、と頷いてルノアから差し出された茶碗を受け取るリヴァル。
「っ!? ル、ルノア!? 何時から其処に!? と言うか、食べるのが早過ぎる!」
小首を傾げたルノアは少し考えた後に何かに気付く。
「解くの、忘れ、てた‥‥」
隠密潜行、それは知らぬ間に食卓につく業。
そんな光景を横目に海鷹はメアリーに渡された昔話よろしくな白米の山と格闘する。
「腹まで満たしてくれるとは‥‥初任務だから、感傷かもしれないけど」
そう言って涼は手を合わせ、確りと拝む。
そして、箸を鰹のたたきへと伸ばした。
因みにピアノの件はと言うと――
炎西が綺麗に捌いた半魚人の腕を、マネキンの腕だと言い張り、実験をしてみた。
結果は反応せず。
「人の指じゃないもの‥‥ね?」
そう言って、ピアノを撫で続けるアルエットの姿は無駄に不気味。
その姿を見て、リヴァルとルノアは相変わらずだと少し安心する。
「ならば、私が‥‥」
涼は霞と雫が一緒になって、小刻みに震えながら物陰から様子を窺う中――
拓人の声にならない声と、シューベルトの子守唄が流れる。
海鷹はその音色の中、ゆっくりと眠りに落ちていった。
活性化って便利だな、と思いつつ。