●リプレイ本文
忌まわしき約束。
大切な約束。
今現在の私。
過去の私。
傭兵、ネスカート・キリサメ。
不明、フィオナ・コール。
どちらも私。
共通する事は、身体と不明な経歴、それと――
刀が綺麗な斬線を描き、空を切る。
紅いコートがふわりと舞う。
蒼いコートはゆらりと踊る。
鮮血が飛び散り、ネスカートはその場に崩れ落ちる。
それでも、刀を握る手には力が籠められている。
戦う意思は未だ尽きていない。
刀を地面に突き立て、ゆっくりと立ち上がる。
「コートが台無しだな‥‥」
血塗れの白いコートの砂埃を払い、呟く。
ネスカートは嫌に冷静だった。
諦めは無い、しかし、自分1人でこの状況を覆せるとも思えない。
何故か。
それは単純な話だった。
仲間が助けに来る、それだけの言葉が無線越しに響いた。
八方塞りなこの状況から脱するには、その仲間達の到着を、力を信じる事。
それが一番助かる確率が高いのだ。
「不確定な要素が多い行為が、一番助かる確率が高いなんて」
飽きない世の中だ。
そう呟き、ネスカートは刀を再び構える。
坂を越えた所で木々の間から黒い煙と黒い巨体が見えた。
拳を振り上げ、地面へと向かって叩きつける。
砕け、崩れる音がする。
「あ、見えたですっ」
ヨグ=ニグラス(
gb1949)が声を上げる。
黄色のAU−KVが異彩と駆動音を放つ。
「急ぎましょう、猶予は有りませんよ」
柊 沙雪(
gb4452)は薄青銀の髪を揺らす。
ネスカートの置かれている状況は最悪のはずだ。
木々を抜け、草むらから飛び出す六人。
少し開けたその場所の光景はやけに幻想的なものだった。
焼け焦げた跡が至る所に有るのだが、火は点いていない。
その代わりに氷の塊がそこには在った。
紅と蒼のコートがくるりと振り向く。
フードに隠された瞳が凶悪な光を発する。
「無事ですか? よく頑張りましたね、あとは我々に任せてください」
蹲るネスカートの前に立ち、メビウス イグゼクス(
gb3858)は微笑む。
「遅いぞ‥‥」
小さく、短く、それだけを言葉にするネスカート。
そんな彼女にブランディ(
gb5445)が駆け寄り、怪我の状態を確認する。
大した事ねぇよ、と声を掛け豪快に、優しく笑う。
「ちぃっと風通し良すぎて冬場は風邪引くかもしんねぇがな」
そんな冗談まで飛ばして、ネスカートの意識を繋ぎとめようとする。
事実、ネスカートは救援の到着で張り詰めていたものが切れかけていた。
「貴女を助けて、全員生き残って帰る‥‥必ず」
アセット・アナスタシア(
gb0694)がネスカートを見ずに、両手剣を構える。
ネスカートは応急処置を施されながら、その背中を見る。
自分よりもずっと若いはずなのに、妙に頼もしい。
そんな事を思っていると、ゆっくりと前に出る時枝・悠(
ga8810)と目が合う。
「問題無い。いつも通りだ」
それだけ言って、フッと不敵に笑う。
悠の左頬に真紅の紋様が浮かび上がる。
それと同時にバルキネスが咆哮する。
「なるほど‥‥やはり退いてはいただけませんか」
鳴動する空気の中、ブランディはネスカートを抱き上げる。
沙雪がその近くに寄り、退路を確認する。
「ならばその命‥‥神に返しなさい」
メビウスの言葉が終わるかどうかの刹那――
三体のキメラは動いた。
爆炎。
全てを灰燼へと帰す剣。
その中を三つの弾丸が飛ぶ。
ヨグは炎をかわし、回り込む様に最適な間合いに入る。
そしてもう一度、引鉄を引く。
紅いアヴェンジャーは小さく飛び回りながら、直撃を避ける。
しかし、流石に回避行動にも限界が有るらしく何発か被弾して血を流している。
その全く別の方向から、巨大な氷塊がヨグを押し潰そうと襲ってくる。
しかし、それは呆気無く真っ二つに両断されてしまった。
紅の大刀ともう一振りの刀を構え、悠は跳ぶ。
氷塊を発生させた主、蒼いアヴェンジャーに斬りかかったのだ。
蒼いコートの袖から異常なまで大きな爪が伸び、その斬撃を受け止める。
金属音が響き、火花が散る。
もう少し早ければ、その紅の大刀は蒼いアヴェンジャーの首を刎ねていた。
悠はスカートの裾を翻し、蒼いアヴェンジャーとの距離を取る。
そして、睨み合う。
その後方でバルキネスが木々を薙ぎ倒す様に腕を振るう。
メビウスはその腕の上を跳んで、華麗にかわし、着地する。
そんなメビウスを追い越す様に衝撃波が飛び、地面を削りながら巨体を襲う。
アセットの放ったソニックブームだ。
ダメージに因る硬直を見逃さない様にメビウスは青い大剣を振るう。
斬線はバルキネスの足を斬り裂き、その体勢を崩そうとする。
しかし、そう簡単にいくはずもなく、バルキネスは怒り狂った様に拳をメビウスに向かって振るう。
メビウスは体勢を低くしながら、拳を掻い潜る。
そのメビウスと代わる様にアセットが飛び出して、足に攻撃を加える。
オォォオオォォォ――
その巨人はまたも咆哮する。
「‥‥む、眠くなってきた」
「ほれ、しっかりしなって。 終わったらまた美味いもんでも食いに行こうぜ」
「残念だが、この怪我では貴方の酒の相手は出来ない‥‥」
それは本当に残念だ、そう言わんばかりにブランディは苦笑する。
大きく息をつくネスカートの脇腹に目をやる。
軽口は叩いてみたものの、具合は芳しくない。
というか、最悪に近いものだった。
その風穴以外にも、裂傷や凍傷、火傷などの怪我を負っている。
何とか間に合って良かった、ブランディは内心そう思っていた。
ブランディと併走する沙雪もまずは、と言った顔でネスカートの顔を覗き込む。
相変わらずのしぶとさだとも、感心半分、呆れ半分でもあった。
未だ生きている、それだけで十分だった事は言うまでもなかったのだが。
「っ!!」
「うぉ!?」
沙雪がそれに気付いたのは此処まで移動してきた車の傍までやって来た時だった。
彼女は唐突に身体を反転させて自らの得物を抜く。
その真紅の瞳が捉えたのは同じ銀髪、真紅の瞳。
「キナ臭ぇとは思ってたけどな‥‥何、なんでもねぇ。 気にすんな」
ポツリと呟き、ネスカートの頭をくしゃくしゃと撫で回すブランディ。
「お久しぶりですね」
沙雪は尋常ならざる殺気を纏った、銀髪の女に二刀を向ける。
「お前、覚えてるぞ‥‥いつだったか、病院で会ったな?」
女は鼻で笑い、酷薄な笑みを浮かべる。
「残念ですが、彼女を消させる訳にはいきません‥‥此処で止めます」
「運命なんて奇妙なものだな」
ブランディも、沙雪も、訝しげな表情を浮かべ、女の次の言葉を待った。
「その女が此処に居たのも、私が此処に居たのも偶然だ――が、これは好機だな」
右手で腰のホルダーから真紅の片手斧を抜き、疾る。
それと同時にブランディは後ろへ跳び、沙雪が二刀を交差させる。
「ディゼル‥‥!!」
「お前には男と女を消し損ねた時の借りが有るしな」
ディゼルは斧で斬りかかると見せかけて、空気を裂く音が聞こえる程の蹴りを見舞う。
「早くっ‥‥」
「悪ぃな、無茶はすんじゃねぇぞ」
蹴りをかわしながら、沙雪はブランディを急かす。
ネスカートを車の後部座席に寝かせ、運転席に回る。
途中、ディゼルの蹴り上げた小石が飛んできて助手席の窓ガラスを破ったが関係無い。
今は唯、逃げるのみ。
逃げて、ネスカートの怪我を治療する事が最重要事項だった。
「すまないが、運転は静かにしてくれないか?」
「そんだけ言えりゃ、上出来だ、大丈夫。 荒っぽくいくぜ?」
そうか、とだけ言ってネスカートは身体を起こす。
丁寧にシートベルトを締め、荒っぽい運転に備える為だった。
悠の大刀が氷柱に食い込み、もう一方の刀でそのまま氷柱を叩き折る。
何本目かのそれを折った所でキメラにようやくたどり着いた。
悠の体には凍傷や切り傷が目立つ位についていた。
救出と殲滅。
前者が一番の目的とは言え、全力で向かわなければならない。
そもそも、一人で相手が出来る様な生半可なキメラではないのだ。
身体能力ではなく、その特殊な能力が、だ。
「遠慮も油断も容赦もしない。膾に刻んで狗の餌、だ」
その点においては全くもって問題は無かった。
「これでどうです?」
ヨグが放った銃弾は紅いコートを貫く。
が、その貫かれた箇所から炎が迸るだけで、紅いコートは怯む事はない。
寧ろ、ヨグを危険因子と見なした紅いコートは更に激しく燃え上がっていたのだ。
光球発火。
空気すら焼いてしまいそうな、熱量を持った光の球体が紅いコートの目の前に現れる。
「負ける訳にはいかないです!」
ヨグは盾を構え、災禍の炎に備える。
そして、何かが崩れる音が響く。
黒の巨人、バルキネスだ。
メビウスとアセットが執拗に足を狙った攻撃を仕掛けていた為に、遂に崩れたのだ。
低い唸り声は怒りだけではなく、明らかに苦しみも混じっている様に聞こえる。
これを好機と見るや否や、メビウスは蒼雷のオーラを弾けさせる。
「いきます‥‥無毀なる湖光‥‥」
青く光る大剣の残光を残し、メビウスはバルキネスの視界から消える。
そして――バルキネスの胴体から大量の血飛沫が飛ぶ。
「今です!」
上空高く飛んだアセットがその両手に握った剣を振り上げる。
「これはネスカートさんの‥‥そして死んでいった傭兵達の分だ!」
赤色の光を纏った両手剣は単純な斬線を描く。
上から、下へと。
断末魔とも呼べる、唸り声はバルキネスの敗北を意味していた。
仲間の死に気付いた蒼いアヴェンジャーは一瞬だが、巨体が倒れる音に気を取られる。
「狗の餌だと言っただろう」
悠の放った一の太刀は爪を弾く為。
二の太刀は首を刎ねる為。
先程とは打って変わって、声すらも出ない静かな死が其処に訪れる。
悠は全身に傷を負ったものの、呆気無い形で勝利を得る事が出来たのだった。
溜息をつき、一旦刀を納めようとする悠の背後で轟音が響き渡る。
先程の光球が爆ぜたのだ。
四散する業火の中から、盾を構えたままヨグは飛び出してくる。
そして、そのまま紅いアヴェンジャーを盾で押し込み、木に叩きつける様に飛ばす。
音を立てて折れる木を爆破して、紅いアヴェンジャーはヨグを睨み付けた――
しかし、それもそこまで。
右肩、左肩、首筋にそれぞれ、メビウス、アセット、悠の得物が突きつけられたのだった。
「これで終わりです」
ヨグはカチン、と引鉄を引く。
紅いアヴェンジャーの眉間に向かって。
「隻腕の対策はしていないのですね‥‥」
「今はする必要が無いからな」
ディゼルは地面に転がった沙雪を見下ろし、そして蹴り上げる。
そして血の混じった唾を吐き捨てる。
鳩尾の左側に刺し傷が在る。
「よくやった方だと褒めてやってもいいが?」
「結構です」
沙雪はよろよろと立ち上がりながら、埃を払う。
そして、二刀を構える。
「お前一人では無理だ」
「‥‥えぇ、一人では」
沙雪はやけに愉快そうに微笑む。
「ちっ!」
ディゼルは体を反転させつつ、斧を横薙ぎに払う。
弾かれたのは――悠だ。
ヨグの放った銃弾が追撃をかけるが、ディゼルはそれを難なくかわし、跳ぶ。
そして、沙雪の後方に着地する。
「面倒だな」
ディゼルはもう一度舌打ちをする。
そして、姿勢を低くして目を閉じる。
消す、消す、消す、消せ。
集中をゆっくりと高める。
それに合わせて殺気も膨れ上がる。
そうして空気が極限まで張り詰めた時だった。
『ちぃっとばかし手間取ったが、安全圏内だ。 撤退の時間だぜ』
ブランディからの連絡が入る。
無線を確認する様に眺め、メビウスがディゼルを見る。
そんなメビウスの視線にディゼルは明らかに興醒めた顔をしながら息を吐く。
「今回は引かせてもらいます。 それでは、また‥‥」
沙雪が言うとディゼルは鬱陶しそうにもう一度息を吐く。
「今から追っても無駄だしな‥‥私も万全な状態であの女を消したい」
行け、と言わんばかりにディゼルは手を払う。
そして、次の瞬間にその場に残っていたのは抹消者ディゼルのみだった。
車に揺られながら、ネスカートは朦朧としていた。
「おいおい、そのままぽっくり逝かれちゃ寝覚めが悪いぜ? 嬢ちゃんよ」
ブランディがルームミラー越しにネスカートを見る。
「そんな情けない死に方はしたくありません‥‥」
覚醒を解いた彼女はいつも通りの口調で苦笑する。
「それに私は嬢ちゃんなんていう年齢でもないですし」
「あぁ、そうか悪かったな、ネスカートの嬢ちゃん」
「だから、嬢ちゃん――」
ネスカートは気付く。
其処に在る、違和感に。
ネスカート?
誰だそれは?
私だ、それは。
しかし、何かが違う。
私はフィオナ、フィオナ・コール。
連続殺人――
「ところでよ、アルエットの嬢ちゃんのスリーサイズって知ってるか?」
「‥‥記憶しています、上から――」