タイトル:【Pr】tranceマスター:東雲 ホメル

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/01 23:08

●オープニング本文


「目標確認」
 ネスカートは双眼鏡を投げ捨て、やや前方に向かって跳ぶ。
 10階建てのマンションの屋上から夜空に向かって。
 空中でくるりと体を回転させ、そのまま落下していく。
「目標との距離、装備品込みの体重、空気抵抗、落下速度‥‥」
 ぶつぶつと何かを呟きながら、非常階段の屋根に着地。
 それと同時に前方に転がり、更に落ちる。
 ネスカートの体が3階部分に差し掛かった時。
 彼女は階段の手摺を凹ませるほど蹴り、刀を抜き放つ。
「完璧だ」
 小さくそう言うと鈍く光る刀を、丁度その下に差し掛かった猛スピードの何かに突き立てる。
 その何かは声にならない声を上げて、体勢を崩す。
 転がる直前、ネスカートは刀を抜き、その場から離脱する。
「何だ、呆気無かったな‥‥む‥‥?」
 覚醒中のネスカートは左手の薄手のレザーグローブを外す。
 そして、その謎の黒い図形と文字の刻まれた手で前髪を掻き揚げる。
「‥‥仕留めるのに夢中になっていたか‥‥」
 山羊型のキメラ。
 それが今回の目標の内の一つ。
 ネスカートの目の前で横たわっているのも山羊型のキメラ――
 なのだが、サイズが違う。
 少し小さい気がするのだ。
「ふむ‥‥良くて4mほどしかないか‥‥」
 情報に因れば、5mを越す大きさだったはずだ。
 それにもう一つの目標の姿が見えない。
 山羊の傍には高確率で人型のキメラが確認されている。
「私の悪い癖か?」
 誰に問う訳でもなく、呟いて溜息をつく。
 さて、と左手にレザーグローブを着け直す。
 ネスカートは無人の街を歩く。
 黒い三つ編みの髪を揺らしながら。
「しかし、やけに冷えるな‥‥まだ秋になったばかりだぞ‥‥」
 そう言い放ったネスカートの足元。
 水溜りには氷が張っていた。

●参加者一覧

リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
ルナフィリア・天剣(ga8313
14歳・♀・HD
アセット・アナスタシア(gb0694
15歳・♀・AA
北条・港(gb3624
22歳・♀・PN
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
ジャン・ブランディ(gb5445
35歳・♂・FT
フォルテ・レーン(gb7364
28歳・♂・FT

●リプレイ本文

「思った以上にでかいな‥‥」
 ルナフィリア・天剣(ga8313)は半ば呆れた様に呟く。
 その隣にふわりと着地したリュス・リクス・リニク(ga6209)が頷いた。
「そうだね、確かに予想以上だ」
 離れた所にネスカートが腕を組みながら、ほぅ、と感心している姿が見える。
 その隣にはアズメリア・カンス(ga8233)が馬鹿でかい得物を担いでいた。
「しかし、山羊にしては‥‥でかいわ!!」
 とりあえず、フォルテ・レーン(gb7364)はもう一度分かりきった事を口に出してみる。
 出さずにはいられなかったのだろう。
 崩れた廃ビルの瓦礫の中から金色の体毛に全身を覆われた山羊が姿を見せる。
 その角は凶悪に輝き、喉の奥の方からは地鳴りの様な唸り声が聞こえる。
 大きいとは聞いていたとしても、目を疑う様な大きさだ。
 明らかに5m以上の大きさだ。
 砂埃を纏いながら黄金の山羊は踏み出す。
「まぁ、でも‥‥竜を斬る斧なら、この程度の大きさにも対処可能ね」
 アズメリアは肩に担いだベオウルフを軽く振り回し、構える。
「体当たりしか能の無い、獣らしい獣だといいのだけれども」
 ネスカートも刀を抜き、刃を上に、峰に手を当てて上段の構えに入る。
 その巨大な黄金の山羊との邂逅は、ほんの数十秒前に遡る。


 現場に着き、車から降りると、晩秋とは言え異常な寒さが一行を襲う。
 ネスカートは息を白く染め、腕を組みながら合流場所に立っていた。
 そんなネスカートに対し、アセット・アナスタシア(gb0694)が丁寧に挨拶をする。
「初めまして、アセット・アナスタシアだよ‥‥今回は短い間だけどよろしく」
 浅川 聖次(gb4658)も続いて挨拶する。
 これから戦場になる様な場所で丁寧に自己紹介というのも妙な話だ。
 そう思いつつも、ネスカートも二人につられて自己紹介をする。
(お互いの背中を預けるには必要な事なのかもしれませんね)
 そんな様子を見て、フォルテが隣に居たブランディ(gb5445)に小声で話しかける。
「ところで、今回の協力者の子ってどんな子?」
「さぁな、はっきりしてんのは美人なねーちゃん、って事だけだな」
 それで十分じゃねぇか、とブランディは豪快に笑う。
 フォルテは苦笑しながら、そんなもんなのかと頬を掻く。
「それじゃ、ちょっとこの上から何か見えないか見てみるよ」
 北条・港(gb3624)は双眼鏡を片手に、すぐ傍の小さな廃ビルの上を指差す。
 屋上からなら十分周りを見渡す事が出来るだろう。
 リクスは北条の後姿を見送りながらネスカートに問う。
「それで、この辺りはこの時期こんなに寒いものなの?」
「いえ、過去のデータによるとこれ程ではないようです‥‥明らかに寒いです」
 ネスカートはそれだけ言って、黙ってしまう。
「やはりキメラに関係しているのでしょうか?」
 聖次が首を傾げる。
 えぇ、とネスカートは短く答えると更に付け加える。
「私が到着した時よりも気温が急激に下がっています」
 話によると、ネスカートが到着したのは1時間前。
 標的ではない山羊キメラを発見してから、気温はどんどん下がる一方だったと言う。
「しかし、急激に、なんてよく分かるな」
 ブランディが顎を擦る。
「あぁ、それは‥‥これです」
 そう言って、ネスカートが差し出したものは小型の気温計。
 成る程、と納得しつつもそんな物を何故持っているのか誰も聞けずじまいだった。
「北! 何か光ってる!」
 そんな面々の頭上から声が聞こえる。
 見上げてみると、港がある方向を指して叫んでいる。
「そんじゃ、いっちょキメラ退治へと洒落込みますか」
 ブランディは不敵に笑い、歩き出す。

 そうして無人の街中の探索が始まって、少し経った頃だった。
 何処からとも無く、響き渡る足音は山羊キメラの物だった。
「現場が無人で何よりです」
 聖次の言う通りだった。
 巨大な黄金の山羊キメラが目の前の廃ビルの壁をぶち抜きながら突進してきたのだ。
 人が居れば、幾ら能力者と言えども、守りきれる様な状況ではなかった。
 一行は四方八方に散る。
 そして、その刹那。
 港が叫ぶ。
「居たよ! もう一体、人型のが!」
 運が良いのか、悪いのか、跳んだ先に待ち受けていたのは人型のキメラだった。
 無防備に立っているが、放たれる殺気はキメラのそれ。
 それに明らかに人のモノではない大きな爪を光らせている。
 青いコート、フードを目深に被ったその姿は異様なものだった。
「行くぜぇ!」
 槍斧を振るい、跳んだ勢いそのままにブランディが人型に斬りかかる。
 迷いの無い、その斬線は空を切るだけだった。
 暗いフードの奥、青白く光る瞳がより一層凶悪に光る。
 どうやら、やっと敵と認識したらしかった。
「はぁっ!」
 聖次はザドキエルを一閃させる。
 それはキメラの爪に弾かれ、左肩を掠めただけに終わった。
 人型キメラは大きく後ろに跳び、咆哮する。
「オオォォォォォォォォォォォ‥‥」
 何か仕掛けるつもりだろうと、察したアセットは躊躇い無く懐へと飛び込む。
「いくよバルディッシュ、私たちの初陣だからね‥‥気合いれていこう」
 その小柄な体格には不釣合いな巨大な武器が振るわれる。
 三日月状の刃が人型キメラの頭上に落される。
 金属同士がぶつかり合う音がして、火花が散る。
 人型キメラは両の爪を交差させて、アセットの強力な攻撃を何とか受け止めたのだ。
 その戦闘から少し離れた場所でルナフィリアが呟く。
「思った以上にでかいな‥‥」


 唸り声と共に山羊キメラは全てを蹴散らして突進してくる。
 全員の態勢が整った事を確認すると、リクスは弓を目一杯引き、放つ。
 矢は一直線に山羊キメラに飛び、そのまま直撃する。
 が、突進の勢いは弱まる気配は無い。
 ルナフィリアの銃撃にも全く動じる気配は無い。
「ふむ‥‥体毛が硬いのか? それとも唯単純に強いだけなのか?」
 リクスの矢もルナフィリアの銃弾も、直撃したはずだ。
 ネスカートは構えをそのままに高速で走り出す。
 そして、腹の下に潜り込み、斬り上げる。
 地面に足を思い切り付け、ブレーキを掛けながら振り返る。
 刀には赤黒い血。
「痛覚が無いのか?」
 直後、山羊キメラは正面のビルに突っ込み、それを倒壊させる。
 粉塵が巻き上がる中、折り返してきた山羊キメラ。
 それを冷静に見てフォルテとアズメリアは斧を構える。
 すれ違いざまに両側面から斬撃が山羊キメラを襲う。
 特にアズメリアの一撃は強烈に決まった――
 はずなのだが、やはり山羊キメラの勢いは衰えない。
 悪魔の翼をはためかせ、ルナフィリアが跳ぶ。
「疑魔皇殻シリーズ‥‥双頭剣」
 黄金の巨躯の上を軽々と飛び越えながら、ツインブレイドとシュリケンを振るう。
 確かに。
 確かに、黄金の体毛には赤い染みが出来た。
 突進に圧されてはいるが、相手にダメージが無いという事ではないのだ。
 ルナフィリアがリクスにアイコンタクトをとると、リクスは頷き、矢を放つ。
 月明かりのみの無人の街に、赤い光と爆風、爆音が広がる。

「ヤァァァァ!」
 人型キメラは後退しつつ、港の攻撃をかわす。
 港は棍棒を地面に突き立てる形になる。
 人型キメラがそれを好機と見て、動き出そうとするが不意の一撃を食らう。
 棍棒を軸にして、フードで隠れて居るが、恐らく顎の部分に港の蹴りが入ったのだ。
 唯の蹴りなので、それほどのダメージではないのだが、不意を突いた一撃は効果的だった。
 人型キメラは慌てる様に距離を取る。
 槍から銃に持ち替えた聖次が着地の硬直を狙い撃つ。
 タイミングは完璧だった。
 それなのにも関わらず、銃弾は人型キメラに届く事はない。
 地面に突き立てた、爪から走るのは圧縮された冷気。
 氷の壁が銃弾を防いでいたのだ。
「どうりで寒いわけです」
 苦笑しつつ、今度は銃から槍に持ち替える聖次。
 飛び道具は本当に高威力ではないと、氷の壁に阻まれてしまうと踏んだのだ。
 それに自分が着ているAU−KVは寒さに強い。
 その特性を活かし、前衛に出る事を決めたのだ。
 その間に、ブランディは氷の壁を飛び越え、上から一直線に槍斧を叩き落す。
 人型の肩に食い込む様に入るが、それも途中で止まる。
「ちっ」
 舌打ちをしながらも、すぐさま距離を取る。
 その槍斧には霜が付いている。
「なんつー冷気だよ」
 ブランディは呆れる様に人型を見る。
 人型キメラは圧縮した冷気を爪に通し、地面にそれを突き立てる。
 冷気は氷となり、地面を割り進んでくる。
 それを上手くかわし、アセットは得物を振り下ろす。
 衝撃波が飛び、キメラに直撃する。
 人型キメラの動きが瞬間的にだが、止まる。
 それを見逃さなかったのは港だった。
 懐に飛び込み、大きく息を吸う。
 本人以外には知覚出来ないスピードで動く。
 上、中、下段。
 それぞれ、人間の急所と同じ場所に全力の蹴りを叩き込む。
「人間と同じ形してるんだ、急所も一緒だろ!」
 人型キメラは大量の冷気を放出しながら、空中へと逃げる。
 それが最大のミスに繋がるとも知らずに。
「我が正義の槍、その身に受けて頂きましょう!」
 聖次の槍は今度こそ人型キメラの左肩を貫く。
「‥‥ッ!!」
 声にならない声を上げ、人型キメラは落下する。
 何とか着地するが、空中に逃げた時点で勝敗は決していた。
「一撃必殺‥‥はぁぁ!!」
 バルディッシュが人型キメラを両断し、地面を砕く。
 アセットの真紅に染まった瞳は、対人型キメラ戦の終了と自分達の勝利を映していた。

 リクスの弾頭矢の爆炎や爆風で山羊キメラはやっと動きを止めた。
 爆発が起きた際に右の角が欠けたらしい。
 アズメリアはその部分を狙って跳ぶ。
「シッ!」
 短く息を吐き、ベオウルフを豪快に振り下ろす。
 その斬線は欠けた部分を確実に捉え、すっぱりと角が落ちる。
 これで、山羊キメラの攻撃力は大分落ちた事になる。
 アズメリアは着地と同時に足元を横薙ぎに払う。
 その反応を見て、ネスカートがまたも頷く。
「鈍いと言うだけで、皆無と言うわけではないのか‥‥っと」
 怒りに狂った山羊キメラは、更に勢いを増して突進してくる。
 すれ違いざまにフォルテがもう一度側面に攻撃を叩き込む。
 やはり、反応は無いのだが、確実に山羊キメラの体力を奪っているのは間違いなかった。
 山羊キメラがビルに突っ込むと破片がそこら中に飛び散る。
「リクス!」
 その破片は、極々小さな破片なのだが――
 それがリクスを庇ったルナフィリアの頬を掠める。
「‥‥‥‥」
 山羊キメラが折り返して突進をしてきた時だった。
「傷付ける相手を間違えたな‥‥屑が」
 冷え切った声で山羊キメラに吐いて捨てた言葉。
 それはリクスの口から出た物だった。
 爆音、爆炎、爆風。
 山羊キメラに突き刺さる矢は憎悪に似た怒りが込められていた。
「ドカンと一発!」
 山羊キメラが足を止めると、フォルテはトリガーを引く。
 得物が両刃の大斧から片刃の大剣へと変化する。
 腹下へ潜り込み、大剣を突き立てて疾走する。
 山羊キメラがその場に崩れる。
 そして、アズメリアの全力の一撃が額へと目掛けて振り下ろされた。


「怪我はねぇか?」
 ブランディはネスカートを引きずり出しながら聞く。
「ふむ‥‥特に異常は無い。 ご苦労様、助かったよ」
 覚醒前の丁寧な物腰とは裏腹なネスカートの態度に笑い出すブランディ。
「よし、んじゃあ、飯でも食いに行くか?」
「お、良いねぇ良いねぇ」
 ブランディの提案にいち早く乗っかったのはフォルテだった。
「リクスと一緒なら何処だって‥‥」
「そっか‥‥」
 そんな様子のリクスとルナフィリアを尻目に、覚醒を解き、ネスカートは言う。
「いえ、私そういうのは――」
 が、首根っこを捕まれたままのネスカートに選択肢など存在しなかった。
 その後、山を降りた一行に朝まで飲み食いに付き合わされたそうだ。
 げっそりしながらも、何処か楽しそうにネスカートは話すのだった。