●リプレイ本文
監視カメラのモニターの向こう側。
ライカが大の字に倒れている。
「利き手は?」
「大丈夫さ〜」
「立てますか?」
「ガックガクだけど何とか立てるさ〜」
「特に目立った怪我はありませんわね」
「活性化を限界まで使ったから‥‥って、何でそんな質問するさ」
モニターの此方側でロジー・ビィ(
ga1031)はとぼけた声で答える。
「何ででしょう?」
何とか立ち上がった、ライカの姿を眺めながら月城 紗夜(
gb6417)が口を開く。
「立つ事が出来るなら、追う事も可能だな?」
「ですわね」
大きくため息をつく、ライカ。
ライカは諦めた様な、恨めしそうな目で監視カメラを睨む。
あのマイクが憎い、などと思いながら首を鳴らす。
「わかったさ〜‥‥意外とスパルタさ、おたくら‥‥」
あんま期待すんなよ、と小さく零してライカは何とか走り出す。
少女−Rの走り去っていった方向へと向かって。
楽(
gb8064)は、その薄く細い眼で監視員達の挙動や表情を「監視」する。
「で? 勿論、侵入経路は分かっているんだろうな?」
紫煙を燻らせながら御影・朔夜(
ga0240)が監視員に尋ねる。
「分かっているも、何も‥‥此処には入り口は一つしかありませんので」
申し訳なさそうに一人の監視員が答える。
地下牢獄「インフィニティ」の入り口は一つ。
受刑者だろうが、傭兵だろうが、職員だろうが。
通る場所は同じという事だった。
「それじゃ、どうやって侵入したんでしょうかね? まさか、内通者なんて‥‥」
十六夜 心(
gb8187)はわざとらしく声を大きく、口に出してみる。
まさか、と目の前の監視員が不安に顔を引きつらせただけだった。
楽以外の目にはそう映ったのだ。
「‥‥まぁまぁ、そんな事はそっちの方に置いといてー」
楽がいつも通りの飄々とした感じで、その場の空気を流す。
「此処って防護シャッターみたいな物で、特定の区画を隔離閉鎖出来ちゃったりするのん?」
「え、えぇ、まぁ」
ほうほうと頷きながら、楽は監視モニターの横に貼り付けられた地図を見る。
「あ、この無駄な空間の出入り口がですね、防護シャッターが降りる場所なんですよ」
「ふむ‥‥どうしてこうなる様に作った?」
監視員の言う通りに防護シャッターを降ろすと所々に在る無駄な空間は、それぞれ一つの部屋の様になる。
朔夜が問いかけた様にどうしてこうなる様に作ったのか、という疑問が湧いてくるのだ。
「それはですね‥‥今は使われていないのですが‥‥」
監視員が明らかに困った様な顔をして答える。
「ガス室だったようです」
「ガス室‥‥」
監視員の言葉をなぞったのは、御沙霧 茉静(
gb4448)だ。
インフィニティが脱獄率0%を昔から誇れる理由は此処に在った。
脱獄しようものならば、途中で殺されてしまうのだ。
「連れ戻す、のではないのですね‥‥」
心は眉を顰める。
幾ら此処に収監されているのが凶悪な犯罪者達だとしても人は人なのだ。
「作られた理由はどうあれ好都合だ」
腕を組み、目を閉じていた紗夜がゆっくりと目を開く。
「あぁ、そこで仕留める」
朔夜が頷き、既に何本目かになる煙草に火を点ける。
「現在位置は確認できますの?」
ロジーが目の前に広がった大量のモニター郡の中から標的の姿を探そうとする。
すると、明後日の方から声が掛かる。
「目標は最短ルートで入り口に向かっています」
長髪の男性監視員。
彼が指した先のモニターには、確かにRの姿が在った。
次々と、モニターのあちらこちらに姿を現すRは、迷う事なく進んでいる。
「あらら‥‥んじゃ〜、早速」
「行かないといけませんわね」
監視員室のドアを開け、六人の傭兵は絶対の牢獄内部に入り込む。
そのドアが閉まる瞬間、楽は長髪の監視員の表情を見逃さなかった。
安堵した様な表情を。
それは今度こそRが捕まり、データを取り戻してくれるという信頼から来る安心なのか。
それとも――
「熱源反応‥‥複数、ですか」
面倒な事だ。
まさか、こんなに早く増援が来るとは思わなかった。
「余力は十分過ぎる程に残っていますし‥‥」
面倒だからこそ強行突破か、全員叩き潰してしまおう。
前の自分だったら、こんな考え方はしなかったのだろう。
知るべき事を知る為に手に入れたのは肉体的な強さだけではなかったと言う事だろう。
義足の何かしらの機構が唸りを上げる。
まるで獲物を見つけた獣の様に。
「早めに片付けてしまいましょうか」
義眼で捕らえた熱源は6。
赤く光る瞳は徐々に殺気に満ちていく。
準備は万端だった。
6人は最短ルートで進んでくる相手といつ出くわしても良い様にしていたのだった。
何より、楽の「眼」が利いた。
Rの姿が視界に入った瞬間だった。
辺りの暗がりが照明弾の発光で一気に白く染め上げられていく。
「任務遂行の為、排除する!」
淡く光る刀を抜き放ち、紗夜が肉薄する。
高速の開幕。
照明に怯んだ様子もないRのスピードは予想以上だった。
紗夜の鳩尾を目掛けてRは跳ぶ。
嫌に高い音が響き、紗夜は後方へと一気に圧し戻される。
下段に構えて、防御を意識していたのが幸いした。
ダメージはそれ程でもない。
Rは追撃を仕掛け、そのまま突破をしようとする。
「させませんわっ!」
ロジーと朔夜の銃撃がRの脚を止める。
更に、そこに無数の剣が降り注ぎRを大きく後退させる。
正確には、心の具現手により生み出された「剣型の電磁波」だ。
「単独で此処までやれた事は素直に君の腕を褒めるべきか――なぁ、如何思う?」
朔夜はこの光景に恐ろしい程の既知感を覚える。
次に誰が何と言うかすら知っているかの様な感覚だった。
「腕じゃなくて、脚なんだけどねん」
冗談交じりに楽も武器を構え、深く腰を落とす。
「少し良いでしょうか‥‥?」
そう言って前に出たのは茉静だった。
「何故、貴女は戦うの‥‥? その身を変えてまで何を求めるの‥‥?」
敵は敵、容赦など必要無い。
そう考えている紗夜も大人しくその動向を見守る。
「知るべき事を知る為です‥‥もっと分かり易く言うならば、自分の為でしょうか」
その瞳から伝わる殺気は退く、投降するという事はしないという意味を持っていた。
茉静はその瞳を見て、何も言わず後方へと下がる。
その身に白いオーラを纏い。
開戦場所は上層と下層の境目。
少し開けた場所であった。
しかし、広間の様な空間程の広さではなかった。
「おっと」
楽はギリギリで右ハイキックをかわしながら、棍棒で追撃の左ミドルを受け流す。
その攻防の最中、紗夜は苦無でRの脚のギミックを狙おうとするが断念せざるをえなかった。
高速過ぎるのだ。
普通の人間が、耐えられる様な機動性ではない。
敵は1人だというのにも拘らず、6人の傭兵達は押されている様に見えた。
徐々に、徐々に、後退していく。
今の所、目立った怪我も無く戦えているのは朔夜とロジー、心の援護のお陰――
そんな感じで監視の人間には見えていた。
しかし、その実、わざとRに前に進ませているのだ。
紗夜は上段から斬りかかると見せかけながら、小さく半円を描く様に中段を横に払う。
そして、それに反応したRのカウンターをかわしながら、下がる。
傷は逐一、心が治療してくれているので致命傷さえ受けなければ倒れる事は無い。
小さなナイフの様な電磁波は見た目とは裏腹に優しく傷を塞いでいた。
下段から斬り上げる様にして、途中で体を回転させ斬線をまたも中段を横に払うものに変える。
Rが小さく跳び、そのまま蹴りを繰り出そうとする。
その刹那、雷の如くRの背後に回った茉静が空中に居る彼女の脚を目掛けて二連撃を叩き込む。
が、その刀は当たる事は無かった。
Rが跳んだ瞬間、茉静が動き始めた瞬間。
Rの眼はそれを捉えていた。
だからこそ出来た反応だった。
空中で無理矢理、左に体を捻り、紗夜と茉静に対し垂直になる。
そしてそのまま、二人に対しそれぞれ蹴りを浴びせる。
紗夜と茉静はその一撃を浴びながらも、倒れない。
その位置は、脱走者を殺す為のガス室として使われた広い空間。
「防護シャッター!」
ロジーが声を上げると監視員はその声に慌てた様に防護シャッターのスイッチを押す。
防護シャッターが降りていく様子を見て、Rは走り出す。
高速から超高速へとギアをシフトする。
が、その前に朔夜が立ちはだかる。
「――悪いが少し本気を出させてもらうぞ」
それは驚異的、とも言うべき連射だった。
Rは急激なブレーキをかけると、地面を思い切り踏む。
何かが爆ぜる様な音が響く。
超直線的な動きのRがそのまま進めば、全弾命中してしまっていたであろう。
衝撃波を地面に向かって撃つ事によって、自身の周りに衝撃波を発生させ銃弾を全て叩き落したのだった。
しかし、そんな事をして唯で済むはずも無い。
Rは膝をガクリと落とす。
ロジーは二刀小太刀を抜き、Rに肉薄する。
左右から繰り出される斬撃を、Rは横に転がる様にかわす。
すぐさま立ち上がるが、目の前には棍棒を振り上げた楽の姿が在る。
「くっ‥‥!」
Rは異常なスピードの蹴りを打ち込むが、苦痛に顔を歪める。
軸足になった脚の付け根から血が滲んでいる。
急激な負荷に因るものだ。
楽は少し威力の弱まった蹴りを右手に持った棍棒で弾き、左手で筒の様な物を握り締める。
圧縮されたレーザーがRの頬を掠めた。
(解除‥‥!)
義足の強化パーツが幾つか外れる。
Rはそのまま天井スレスレまで飛び上がる。
「あれは‥‥来ます!」
心は味方の傷を最大限に回復させながら、注意を促す。
甲高い音が響き渡り、殺気が溢れ出す。
全てはRの右足の義足に収束されていた。
「‥‥‥‥」
茉静は自分の為だと言い放ったRの迷いの無い瞳を思い浮かべる。
それと同じくらい迷いの無い一撃が来る。
その一撃に集中しようとした瞬間だった。
「悪い、遅れたさ〜」
驚く程に間延びした声でライカは乱入してくる。
ぷはっ、と楽が吹き出す。
「ライカ、行きますわよっ!」
その場に居た面々はロジーの周囲の空気の流れが一気に変わった様に感じられた。
それは彼女から発せられるプレッシャーの様なものなのだろう。
「任せとけっ、て!!」
同じ様にライカの周囲にもそういった変化が感じられる。
ロジーとライカが構えた時には、Rの右足は空気を裂いていた。
一呼吸置いて、二つの衝撃波が飛ぶ。
二倍、それ以上の威力の衝撃波。
しかし、衝撃波を打った遅れが差を生んだ。
地下牢獄内部に暴風が吹き荒れ、轟音が響き渡る。
圧し掛かってくる様な衝撃に7人の傭兵は耐える。
「ちょ、もうダメさ‥‥」
ライカは既に限界だったらしく、膝を突く。
しかし、未だにRは戦闘が可能な状態。
着地して次の一撃を放とうとしている。
紗夜が舌打ちをして、刀を構え直し前に進もうとした時だった。
何かを爪先で蹴った。
黒いデータカード。
「何だ、あれは?」
拾い上げる為に、近付こうとする紗夜。
しかし、それは鼻先を掠めていった衝撃波で叶わなかった。
「どうやら、ビンゴらしいな‥‥」
朔夜は煙草の煙を吐き、Rをみる。
先程の攻撃の際に落としてしまったらしい。
ロジーがRに襲い掛かり、心と楽がそのサポートをする形で攻撃を加える。
紗夜がRを警戒しながらも、データカードを拾いに行く。
Rは楽の棍棒を掻い潜り、ロジーの二刀の斬線の上を跳び上がり、心の剣型の電磁波の間隙を抜けスピードを上げる。
ギアを更に上げ、紗夜が拾う前に拾おうとする。
紗夜はそれを読んでいたらしく、一瞬で目の前に現れたRの腕を斬りつける。
掠めた程度だったが、拾ったデータカードを落させるには十分だった。
地面に着く刹那、紗夜とRの間を茉静が駆け抜ける。
その手には確りとデータカードが握られていた。
茉静を追おうとしたRだったが、右足に衝撃を感じ、その場に崩れてしまった。
「面倒だったからな」
今度は既知感ではない。
確信が有った。
朔夜は先程からのRの超直線的な動きを観察していたのだ。
茉静を追うならこのルートで、この角度から撃てば当たると計算して、撃ったのだ。
その場に崩れたまま、Rは動かない。
朔夜の攻撃が右足を封じてしまったのだろうか。
その様子を見た紗夜が鈍く光る刀を払いながら、Rに近づく。
「紗夜さん‥‥」
茉静が呟きながら、手を伸ばして止めようとする。
「敵は無力化する、以上」
酷な事ではあるが、所詮敵は敵なのだ。
「まさか、こんな少女に――」
心が表情を一層険しくする。
紗夜は無言で首を横に振る。
「殺しはしない」
あくまで無力化するのだ、とだけ言ってRの前に立つ。
その光景をライカは胡坐をかきながら、何処吹く風で見守る。
戦場と言うには小さい、その場所。
しかし、敵に情けをかければ死ぬのは自分だ。
茉静や心の言っている事、思っている事も分かる。
けれども、それはやはり甘い考えなのだ。
ライカはそう思うからこそ、何も言わずに傍観していた。
「まずはその厄介な脚から――」
「呑気なものですね」
紗夜の言葉を遮る様にRは不敵に笑う。
「それはまずいってば」
楽が叫ぶと同時に駆動音とも何ともとれない甲高い音が響き渡る。
「避けろ!!」
Rの体が宙返って、その後地面を砕きながら走る衝撃波が広間を一閃する。
サマーソルトキックに衝撃波を乗せたのだ。
楽のおかげで、寸での所でその場を離脱していた紗夜に怪我は無い。
ロジーと朔夜もそれぞれ左右に跳んで、それを避ける。
心と茉静もそれをかわしきって、大きく息をつく。
その身の真横を駆け抜けた衝撃波に対して、ライカは胡坐をかいたまま微動だにしなかった。
そして全員の後方に在った防護シャッターが吹き飛ぶ。
巻き上がる砂埃の中、朔夜は舌打ちをしながら、その銃を構えるが――
そこには既にRの姿は無かった。
戦い終えて監視員室。
「此処の深部の大切なデータが詰まってますのね、これ」
ロジーが黒いデータカードを抓んでみる。
何の変哲も無いものだが、聞く所によると普通なのは見た目だけだとか。
茉静も信じられない様な目でそのデータカードを眺める。
紗夜は腕を組み、壁際に立ちながらロジーと茉静を見守っていた。
ライカが首を鳴らしながら心に頼む。
「おたく、あれでしょ? 治療できるでしょ?」
「えぇ、まぁ」
「そんじゃ、頼むさ‥‥って、何なんさ!?」
「いえ、だから治療を‥‥」
そう言う、心の周りには大小様々な剣型の電磁波が浮かんでいる。
「避けないでくださいね」
「ま、マジか‥‥」
そんな心とライカの後方、楽が思い出した様に声を上げる。
「あの長髪の兄やんは?」
「え? え〜と‥‥あいにくうちには長髪の人間は‥‥」
「あれま」
煙草に火を点け、既知感に身を沈め、朔夜は天井を見上げた。