●リプレイ本文
冷たいコンクリートの床を音を立てない様に踏む。
「夜の廃校‥‥あまりいい雰囲気の場所ではありませんね」
マヘル・ハシバス(
gb3207)は徐に懐中電灯で天井を照らす。
割れた蛍光灯と蜘蛛の巣はその不気味な雰囲気を更に強めている。
「ホラー映画のワンシーンの様だな」
堺・清四郎(
gb3564)は苦笑しつつも足元の穴を跨ぐ。
穴は所々に在り、懐中電灯で照らしてないとすぐに落ちてしまいそうだった。
埃とカビの臭いが辺りに充満している中、東條 夏彦(
ga8396)は提灯を暗がりへと向ける。
何も違和感は無い、誰も居ない。
女の姿も、アルエットらしき人物も、未だに夏彦の「眼」には映っていなかった。
「ちっ‥‥そっちの首尾はどうだ? 奴さん、見つかったか?」
夏彦からの無線を受け、レベッカ・マーエン(
gb4204)は小さく首を振りながら答える。
「いや、こっちも未だだ」
金色に光る右目は掃除用具の入ったロッカーの中を隅々まで確認する。
しかし、此処に誰かが隠れていた形跡は無い。
「しかし、噂流して人を襲う様な事してる感じでしょ? 趣味悪いわね」
黒羽 葵(
gb7284)はそのまま闇に溶けてしまいそうな黒髪を掻き揚げる。
地図を確認すると、此処は元々教室として使われていた部屋らしい。
「そういう色々危険な噂が有るのに、一人で確かめに行くなんて」
アルエットの姉さんも大概無謀な人だ、と言ってAnbar(
ga9009)は頬を掻く。
レベッカと葵は呆れた様に頷く。
「そういう人間ですので」
今思えば、そう言っていた、ネスカートの顔は少し諦めが混じっていた。
「あちらの区画はB班が見に行ったみたいですので‥‥」
鍋島 瑞葉(
gb1881)はランタンで目線の先を照らす。
遠くの方に懐中電灯の光が見える。
先程有った連絡からすると、あの光はまずB班として見て間違いない。
「という事は此処から下の階に降りるか」
八神零(
ga7992)は地図を確認しながら、階段を照らす。
暗闇の底に伸びた階段の先には何も無い廊下が続いている。
「理科室、ですか」
「理科室、だな」
瑞葉と零はよく聞く怪談話を思い出す。
あの方が動くのだろうか、内臓丸出しの彼(彼女かもしれない)が。
瑞葉が変な方向に考えを廻らせていると、その耳に微かな金属音が聞える。
AU−KVの駆動音などとは別に。
カラ、カラ、カラ、と。
また誰かが此処に向かってきている。
金属音はしないが、足音が聞える。
「‥‥多い‥‥?」
明らかに数人の足音だ。
もしかしたら、この学校は戦争中大量に国の兵士が戦死した場所なのでは?
それなら、この複数の足音の説明も‥‥
「‥‥少ない‥‥」
幽霊兵士の行進にしては少ないか。
アルエットが掃除用具の中で息を呑む。
今度は恐怖など無く、ただ単純な興味のみだ。
先程、女に開けられた隙間から何とか覗けないか。
そして、足音が止まり、何やら会話が聞えてくる。
「ちょっと、この教室‥‥」
そう言って、教室内に侵入してきたのはAnbar。
月と星の光のみだった教室内に人工的な光が当てられる。
その異様な物に気付いたのは葵だった。
「そこのロッカー、明らかにおかしいわよね?」
鋸で引き裂かれた様な痕の残る、ロッカー。
Anbarでなくても気付く。
「開けてみるノダー」
レベッカが警戒しながらもロッカーに手を掛け、開けると同時に武器を構える。
「‥‥」
「‥‥えーと、アンタがアルエットさんか?」
ロッカーの中にちょこんと体育座りをしている小柄な少女。
Anbarが聞くと、アルエットは無言で頷く。
頷いただけで固まったままだ。
「‥‥‥‥」
アルエットはのそりとロッカーの中から出て、埃を払う。
その何でも無かったかの様な雰囲気にAnbarは溜息をつきながら一言。
「あんたもオペレーターなら、こういう場所が如何に危険か分かるだろうに」
「‥‥‥‥」
一応大人しく聞いている。
「今の時代、危険な噂の有る場所は冗談じゃないのが多いんだから‥‥」
「‥‥‥‥」
Anbarに続いて、葵が呆れた様に一言付け加える。
本人としては反省しているつもりだ。
しかし、虚空を見つめたままボーっとしているからか全くその様には見えない。
「‥‥」
「‥‥」
Anbarと葵は何だかやるせない気持ちになる。
「どうやら無事の様だし‥‥早速で悪いが、此処で見聞きした事を教えてくれ」
とりあえず、アルエットに聞けるだけ聞いてしまおう、という事らしい。
(「見た事有る人‥‥」)
そう思いながら、アルエットはしばらくレベッカを見つめた後、ごく簡単に説明し始める。
ミシリ、と音がした。
この建物自体が古いからなのだろうか。
清四郎はロッカーを開けながら、自分の後方を振り返る。
何も無い、ただの暗闇のみの空間。
勿論、清四郎の視線に気付いたマヘルが懐中電灯でその先を照らしても何も無い。
ボロボロになった黒板と床、天井が在るだけだ。
「気のせいか」
清四郎はマヘルに礼を言いながらも違和感だけを残し、探索作業に戻る。
その近くで提灯を持ちながら腕を組み、顎に手を当てている夏彦の姿が在る。
清四郎の感じた違和感よりもはっきりと夏彦はそれを感じ取っていた。
見えた、と言うべきなのだろうか。
「お二方、少し良いかい?」
夏彦が不意に喋りだす。
「何でしょう?」
窓から外を確認していたマヘルが何気無しに聞くと、重々しい感じで夏彦が口を開く。
「女以外が居る」
短く夏彦が答えた後、この場には居ない葵の声が響く。
「アルエットさんを保護したわ、それと――」
葵が無線を通して対象の保護完了の報告に加えて、何かを言おうとした時だった。
「身元不明の女性と交戦中です」
又もこの場に居ない人間の声が響く。
瑞葉だ。
B班がアルエットを保護するより、A班の夏彦が女以外の存在に気付くよりほんの少し早く。
零と瑞葉の目の前に女は現れた。
理科室前の廊下、零と瑞葉の持っている懐中電灯の光、AU−KVの駆動音に吸い寄せられて来た様だ。
異質な雰囲気を纏い、異質な金属音を響かせ。
「あぁ、こんばんは」
女は丁寧に挨拶をする。
「今夜は素晴らしい月夜ですね‥‥こんなにご馳走が来てくれるなんて、あの子も喜びます」
にっこりと笑う女の表情は狂気そのものだった。
言い様の無い寒気がする。
目の前の女の強さなど関係無い、狂った女の雰囲気や言葉に対しての感覚だ。
零はそう思いつつ、無言で体勢を若干低くする。
瑞葉もそれに倣い身構えた刹那、女は跳ぶ。
鋸刀を引き摺り、オレンジ色の火花を散らしながら一気に振り上げる。
女から見て左下から右上にかけて月光で淡く輝く鋸刀が一閃。
一般人の女の放った一撃だとは思えない程の鋭さだ。
しかし、それだけだ。
結局、普通の人間が振るう刀。
零は難無くかわし、飛び退く。
女はそれでも突き進み、今度は瑞葉に向かって鋸刀を振り下ろし、そのまま刀身を体の方へと引く。
AU−KVで十分凌げる威力なので、瑞葉はその腕で刀を受け止めると火花を散らせながら後退する。
そして、無線を使って他の班の人間に連絡を入れる。
その無線の向こうからは夏彦が面倒な事実を告げてくる。
「間違いねぇ、女以外が、高ぇ確立でキメラが居る」
アルエットの証言を元にキメラの存在を推測しただけではない。
無線で間違いないと言った夏彦が「見た」のだ。
夏彦の中の違和感でしかなかったモノが、葵から連絡を受けた事で確信に変わったのだ。
女の「あの子」という発言。
人間を「ご馳走」として表現した事。
夏彦が「見た」という何か。
「あっはははははは! 早く‥‥早く餌になりなさいよっ!!」
女は眼を見開いて、大きく口を開け笑う。
狂気の張り付いた笑顔で零に一気に肉薄してくる。
突き、単純な突き。
零はそれを無駄な動き無く回避すると、刀身の先の方を人差し指と中指で挟む。
それを捻る様に、簡単に折ってしまった。
小気味良い金属音が小さく響く。
「っ!?」
次の瞬間、女の視界は一瞬暗転する。
瑞葉が当身で女の動きを止めたのだ。
女はすぐに意識を取り戻すが、時既に遅し。
縄で完全に捕まった後だった。
「とりあえず、女の身柄は確保しました」
清四郎は刀を抜き放つ。
広い空間に張り巡らされた物が気味悪く脈打つ。
「こちらA班です、キメラと思われる生き物を発見しました。場所は体育館です」
マヘルは無線で他班に連絡しながらも、その脈打つ物の先に有る「蕾」からは目を離さない。
「所々、おかしい所が有ったからなぁ」
夏彦が凶暴な瞳をそれに向ける。
夏彦はそのおかしい所を辿り、此処に辿りついたのだった。
「思われるじゃない‥‥キメラ、だそうだ」
零がマヘルの無線に応える。
女は意外とすんなり、全てを話した。
自分が親バグア派の人間である事、廃校内にキメラを飼育している事。
それと噂を流して、それに釣られて来る人間を殺し、解体し、キメラに食わせていた事を。
暑い季節なら尚更こういう場所にバカな奴は集まる、と女は言って笑ったそうだ。
「こちらB班、ネスカートにアルエットを引き取ってもらい次第そちらに向かう」
レベッカの連絡が入ったところでそれは動いた。
花弁が開き、強烈な殺気が溢れる。
張り巡らされた「根」の隙間から、微かに朝日が差し込む。
「朝顔‥‥か?」
清四郎が眉間に皺を寄せながら、マヘルと夏彦に確認する様に聞く。
勿論、その目と刀の切っ先はキメラから外されていない。
完全に開ききる前に潰してしまおうとマヘルがエネルギーガンを抜き、即座に撃つ。
「の様ですね、サイズは桁違いですが」
女の言ったという「あの子」がこの子なら、行儀が良くて助かった。
周りを見回しても食べ残しなど無い。
覚醒したマヘルは何かを呟きながら花弁にダメージを与えていく。
「うおらああああああああ!!!」
清四郎は苛烈に攻め、襲い来る根を次々と落としていく。
「おんどりゃぁぁぁぁ!!」
それに合わせて夏彦も攻め上がる。
そのサイズに見合わず、然程強くはないキメラ。
あっという間に清四郎、夏彦、マヘルによって殆ど無力化されてしまった。
「おかしいですね、何人もの人間を食べてる筈なのに‥‥」
マヘルの呟いた疑問。
花弁は開き続ける。
「危ねぇ!!」
夏彦が声を上げると同時に花弁の中心が大きく開く。
そして弾丸の如く、何かが飛び出す。
清四郎、夏彦、マヘルの三人の頭上を飛び越し、体育館の入り口に着地する。
「逃がすかっ!」
清四郎が追おうとすると、エネルギーの残滓により無理矢理動いているのか巨大朝顔の根がその行く手を阻む。
何かが、立ち上がる。
「畜生‥‥って、人か?」
手足の先は緑色、他の部分は薄いピンクと白で統一された花人。
長い髪は色素が無く、真っ白だ。
花人はそのまま逃げようとするがそれは叶わなかった。
「女はただのサイコキラーじゃないと思っていたが‥‥」
そういう事か、とレベッカが鼻で笑う。
葵の左手の爪が花人の右手を奪う。
「その為のご馳走ですか」
瑞葉が言うと同時に、零が花人の左手を斬り飛ばす。
最後にAnbarのSMGで花人は蜂の巣になり、みるみる内に枯れてしまった。
「間に合ったみたいだな」
零はそう言うと、朝日に輝く刀を鞘に納める。
「貴方達、許さない‥‥あの子はまだ完全じゃなかったのに‥‥貴方達が殺した‥‥」
虚ろな目でぶつぶつと何かを呟いている女をワゴンの奥に押し込む。
ネスカートは無駄なお喋りは時間の無駄だと言わんばかりにワゴンの運転席に乗り込む。
「とりあえず、私達はこのまま帰ります。迎えもすぐに来ますのでご安心を。あ、それと‥‥」
助手席からアルエットを引っ張り、何かを囁く。
アルエットは無言で、頭だけを下げる。
迷惑をかけて申し訳無い、という意思表示らしい。
その姿に能力者の面々は苦笑する。
ネスカートもその様子を見て複雑な表情浮かべる。
「すみません、こういう人間なので‥‥」
軽く頭を下げると、車のアクセルをこれでもかと踏み、猛スピードで去ってしまった。
その車の向かう先。
空へと登る途中の太陽が朝の到来を告げていた。