●リプレイ本文
紫が空を染め上げる頃。
翠の肥満(
ga2348)は件の洋館を眺めながらポツリと呟く。
「とっととぶっ壊しゃいいのにさ」
至る所に草や蔦が伸び切っている姿は、小奇麗な街の雰囲気の中でも異彩を放っていた。
それが、恐怖心を刺激するのだろう。
指を支点に愛銃をクルクルと回す翠の肥満の横でライカも同意する様に頷く。
「‥‥電気、一応通ってた‥‥」
アルエットが何処かに連絡を終えると簡潔に述べる。
「そっか、なら少しは楽になるかな」
聖・真琴(
ga1622)は優(
ga8480)と共に見取り図を見ながら洋館内の広い空間の位置を確認している。
キメラとの戦闘の際は狭い空間で戦うのはあまり得策ではないと考えての事だ。
アルエットが洋館を見つめうっとりとしていると、レベッカ・マーエン(
gb4204)が声を掛ける。
「魔女についての伝承の事なのだが‥‥」
アルエットは「魔女」と「伝承」という言葉に異常なまでの反応を見せる。
そして、怖い位に饒舌に喋り始めた。
「血を吸う生きた剣か、まるで魔剣キメラだな」
では、魔女と目されている女はどうなのか?
鈍名 レイジ(
ga8428)はアルエットの豹変振りに呆気を取られながらも、思考に入る。
事前の情報では魔女が目撃される様になったのは最近。
その前後で生死問わず行方不明になった人間は居ない。
レベッカの言う通り、魔剣キメラならばそれを扱う生贄の様な存在が必要だった。
しかし、不審な情報が特別無いので果たして魔女が人間なのか、という疑問も上がってくる。
藤村 瑠亥(
ga3862)はそれとは別の疑問を抱えていた。
(「吸われた血の使い道は? 彼女の言う、血霧の結界以外には何か無いのか?」)
それに、夜にしか目撃されない理由は?
不明な点が多い、顎に手を当てながら隻眼の瑠亥は地面に目を落とす。
「さて、完全に暗くなる前に行くさ〜」
ライカが気の抜けた感じで洋館に歩き出したのはその直後だった。
二階、発端となった遺体が発見された部屋とは別の部屋。
「埃っぽいな、換気するのダー」
レベッカは窓を開け、空気の流れを確保する。
若干湿り気を帯びた空気が暗い部屋の中に流れ込む。
未だ電気は点いていない。
しかも、先程まで晴れていた空が曇り、洋館には月明かりすら届いていなかった。
一階を探索している班がブレーカーを見つけるまでは懐中電灯やヘッドライトに頼るしかなく、作業は中々進展しなかった。
ヒューイ・焔(
ga8434)は天井を見上げ、怪しい箇所がないか目を細めていた。
屋根裏に侵入できる所、もしくはそういった部屋がないか。
そこに今回の不審者、キメラと思われる存在が潜んでいるかもしれないのだ。
レイジも同じ様に天井を気にしながらも、時折開けられた窓の外を見る。
レベッカの言う様に魔剣キメラが今回の標的ならば、それを回収するキメラが現れる可能性が有るからだ。
腰に下げた電球式の提灯を揺らしながらヒューイは部屋のドアノブに手を掛ける。
「それじゃ、次の部屋行こうぜ」
レイジとレベッカはその言葉に頷くと、部屋から廊下に出る。
二階は不気味な程に静まり返っていた。
鮫島 流(
gb1867)は軋む床を踏み締めながら進む。
先程、ブレーカーの位置に辿り着き、何とか明かりを確保した。
したのだが、流や瑠亥、翠の肥満が進む通路は相変わらず暗いままだった。
偶に明かりが点いているが、その光は弱々しい。
「まさか本当に地下が在るなんて」
流が呟くと、瑠亥が苦笑しながら頷く。
そして、懐中電灯を天井に向けると少し広い空間に出た事が分かった。
「あ、ども、こんばんは」
唐突に翠の肥満が暗がりに向かって声を掛ける。
何事かと流と瑠亥はその方向に懐中電灯を向けた。
「えと、どちら様でしょ? 僕達は調査で来た者ですが、こんな所で何を?」
懐中電灯に照らされた存在はロッキングチェアーからゆっくりと立ち上がる。
黒いドレスに赤黒い包帯で口元以外が覆われた女。
キメラか、流はルナを取り出しトリガーに指を掛ける。
「失礼ですが、そこに跪いてもらえます? あと持ち物がお有りなら床に置いて頂けると有難い」
持ち物という言葉に瑠亥は、レベッカの言っていた魔剣キメラを思い出す。
魔剣は持って初めてその凶悪な能力を発揮する物だと聞いた。
しかし、目の前の存在は何も持ち合わせていない。
そう思った瞬間だった。
女が腕を振るうと何処からともなく得物が現れる。
アレが魔剣か。
そう思うと同時に瑠亥は自分の無線に手を伸ばした。
ライカは大きく溜息をつく。
溜息の理由はアルエットだった。
魔女見たさについて来ようとしたのだ。
それを何とか説得してワゴン車に待機してもらった。
優はその様子に苦笑しつつも辺りを見回す。
電気が点き、視界は良くなったものの、未だに薄暗い。
この大広間は使われる事が無かったのか、物は殆ど無かった。
戦闘するには充分な広さではあった。
真琴が換気しようと窓を開けると、そこから待機しているワゴン車が見える。
アルエットは本当に大人しくしているのだろうかと心配になりつつも、天井のシャンデリアに目をやる。
明かりが点いて十分程経っている。
「そう言えば、アルエットさんが言っていましたが‥‥血は形を成さないって」
「それはそうさ〜」
「液体だからね」
アルエットの言う、血霧の契りとやらに関係有るのかどうなのか。
彼女の言葉の真意は結局分からずじまいだった。
何となく会話が途切れ、沈黙が降りて間もなくだった。
「標的と思われる人物を発見した」
無線から声が響く。
屋根裏部屋を見つけ、その場所を探索していたヒューイとレイジ、レベッカは急いで下の階へと向かう。
結局手がかりは見つからなかったのだが、幸いにも屋根裏部屋は階段のすぐ傍で見つかったのだ。
これならすぐに駆けつけられる。
「状況は!?」
レイジが声を荒げながら、階段を下りる。
「足止めしながら、大広間に向かってるよ」
激しい発砲音で聞き取りづらいが、無線の向こうの相手は翠の肥満だった。
翠の肥満はガトリングを乱射しながら、異形の女を足止めしつつ後退していた。
その少し先、流は足止めされながらも迫り来る敵を睨みつける。
まるで侵入者を発見すると自動的に排除する為だけに動いている様な敵。
「大広間はもうすぐだ‥‥」
瑠亥は洋館の見取り図を取り出し、ポツリと呟く。
そして顔を上げて一つの異変に気付く。
視界が悪い。
ガトリング砲の銃弾が上げた埃、ではない。
「これは‥‥血?」
噎せ返る様な嫌な臭いが辺りを支配する。
手遅れになる前に気付いたのと、大広間のすぐ傍まで来ていた事が幸いした。
急速に悪くなる視界。
流は舌打ちをして翠の肥満に呼び掛ける。
「此処まで来たら一気に大広間まで走り抜けましょう!」
OK、と二つ返事で翠の肥満は頷く。
そしてタイミングを見計らい、大広間へと駆け込む。
扉を蹴破る様に中に入ると待機していた優と真琴、ライカが驚いた様に武器に手を掛ける。
そして三人も廊下の方で起こっている異変に気付く。
赤い霧、血の霧に因って殆ど空間が赤く染められているのだ。
その赤い空間は徐々に大広間の中を侵食してくる。
翠の肥満が後ろを向き、ガトリング砲ではなく四十五口径の銃を抜く。
次の瞬間だった。
血の霧の中から黒い影が高速で飛び出してくる。
敵だ。
優はそれに反応し、抜刀し刀を振るい衝撃波を飛ばす。
それに合わせてライカも同じ様に衝撃波を飛ばす。
異形の女は「赤い刀」を振り、衝撃波をその刀身一つで受け止める。
その受けた後の硬直を狙い、瑠亥は即座に接近する。
二刀小太刀を使った左右からの挟撃をスカートの裾を翻してキメラは寸での所で回避する。
回転し、瑠亥の方向に向き直ると其処に居たのは瑠亥ではなく真琴だった。
「‥‥面白ぇ奴だな♪ まぁ、何でも良いや‥‥狩らせてもらう」
不敵に笑う真琴は低い姿勢からの下段回し蹴りを放つがそれもふわりと跳ばれ回避される。
それどころか跳んだ勢いそのままに、真琴に蹴りを叩き込む。
腕を交差させての防御、受身のタイミングは完璧だったが、相手の尋常じゃない脚力の所為で腕には痺れが残ってしまった。
敵の着地と同時に流はルナの、翠の肥満はアラスカ454のトリガーを引く。
流石にそれには反応が出来なかったらしく、二つの銃弾は女に直撃。
更にその衝撃に因る硬直に、その背後からエネルギーガンと番天印の攻撃が着弾する。
レベッカとヒューイの攻撃だ。
血の霧の中からレイジが飛び出してくる。
女はよろめきながらも振り向き、レイジの一撃を受け止め後ずさりをする。
女が体勢を立て直し、部屋の中を見回す。
前方には三人、後方には六人。
女は完全に挟み撃ちにされていた。
「アルエット、その位置から見えるか?」
ライカが無線でアルエットに呼び掛ける。
窓の外、少し離れた位置に移動したアルエットが双眼鏡で洋館の大広間を覗いていた。
「視界が悪い‥‥血霧‥‥それに‥‥血の刀‥‥」
血の刀ねぇ、とライカが呟く。
レベッカは左目を閉じ、金色に輝く右目で血の刀を見る。
(「魔剣キメラ?」)
何か引っ掛かるらしい。
事前情報から、両方がキメラだと踏んでいたが何か違和感を感じる。
そう思いながらも、レベッカは異形の女に虚実空間を掛ける。
しかし、血霧は既に部屋の内部に薄っすらと広がっている為にその能力が解除されたかは怪しい。
一連の行動を確認したレイジは、大剣を地面に叩き付ける様に振るう。
剣先から飛ばされた衝撃波は女を捉え、直撃する。
その隙を狙い、他の面々も波状攻撃に出る。
翠の肥満がスカートの上から女の足を撃ち抜く。
がくりと膝を折った所にシャンデリアをブランコ代わりに勢いを付けた真琴の蹴りが女の後頭部にクリーンヒットする。
更に優がもう一度ソニックブームでその場に女を張り付ける。
女が顔を上げた所にヒューイがタイミングを計った様に限定的に肌を露出している部分に番天印を撃つ。
その弾丸にはエネルギーが篭っていない。
そして、弾丸はFFによって弾き飛ばされる。
これでハッキリした、女はキメラだ。
勿論、波状攻撃は終わりではない。
この刹那に女がキメラだと確信した瑠亥は、二刀小太刀の連撃を血の刀を持つ手に叩き込む。
何か硬い物を斬る感触が手に伝わってきたが、そのまま斬り裂く。
血を噴出させながら血の刀を振るい、瑠亥を引き剥がす女。
そしてまたもその後ろから攻撃が飛んでくる。
ライカの放ったソニックブームだ。
女はマトモにそれを受け、完全に体が硬直する。
流がそれを見逃す事は無かった。
回避が間に合わないと踏んだ女が苦し紛れに蹴りを放つ。
しかし、流は上手くそれをかわし、全てのスキルを使い瑠亥の斬り裂いた腕に持ち替えた大剣で一撃。
それがダメ押しとなり、血の刀と女の右腕が吹き飛び床に転がる。
鮮血を飛び散らせ、女の口元は苦痛に歪む。
そして咆哮する。
女は既に無い腕を振り上げる。
すると血飛沫が徐々に何かの形を成していく。
「血は形を成さない‥‥」
そういう事か、と優は目の前の光景に納得する。
正しく表現すると血が魔剣、なのだ。
徐々に大振りの刀の形を成していく女の血。
「つまり女自体が魔剣を生成するタイプのキメラ?」
レベッカは転がった腕に握られたはずの刀を見る。
其処には何も無い。
床に赤黒い染みが出来ている。
血を吸い、それを「力」にする。
この女の執り行った「血霧の契り」は相手の血を吸い、それを血霧や魔剣の生成に使用していたのだ。
「先程の硬い感触は、血を包帯に吸わせて鎧代わりにしていた訳か」
瑠亥は感触を思い出す様に、二刀小太刀を握りなおす。
先程、感触だけで殆ど問題無く斬り裂けたのはレベッカの虚実空間が効いていたからであろう。
気が付くと血の霧が薄れていている。
それに合わせて腕の先に出来上がった大刀はどす黒く変色していく。
血を全て刀に集め、より攻撃的なフォルムにソレを変貌させていく。
女はそのどす黒い大刀を真っ直ぐ上から下へ振り下ろし、鮮やかな斬線を描く。
流はそれを受け止めるが、強烈過ぎる衝撃で後ろへと弾き飛ばされる。
「くっ‥‥けど、血の霧が晴れたお陰で‥‥」
視界が完全にクリアになった。
「これでも食らってろ!」
ヒューイが全身全霊を込めた貫通弾で大刀を撃つ。
的が大きい為、容易く当てる事が出来た。
貫通弾によって風穴を開けられ、周りにヒビが入る。
翠の肥満はその箇所をすかさず狙い撃つ。
レベッカもそれに倣う。
女は奇声を上げ、苦しんでいる様だった。
そこに飛び込んだのは瑠亥と優。
交差する様に胴を斬り、そのまま走り抜ける。
斬られた箇所から血が飛ぶ。
流が正面から一撃を加えると女の顔の包帯が千切れ飛ぶ。
目は無く、肌も赤黒く染まっている。
今更確認する事でもないが、恐ろしいその顔はキメラの証。
左手で顔を覆い、右手の大刀を大きく上へと振り上げる。
その大刀は跳び上がった真琴の一撃必殺の真空後ろ回し蹴りで「腹」を強打され、粉砕される。
「夜半よりも黒く、明けより赤く‥‥燃え尽きな」
赤いオーラを纏ったレイジの左目は赤銅色に燃えている。
女は声を上げる間も無く両断された。
女の血は急速に乾き、結晶化し、ひび割れ、霧散した。
「これで少しは‥‥ココに安息が来れば良いな‥‥」
真琴は青色の瞳を取り戻し、誰か分からない洋館の主を思う。
双眼鏡を下ろし、暗い闇夜の中ワゴン車に戻る。
アルエットは見届けた。
血の魔女が両断され、絶命する瞬間を。
それだけで彼女は満足だった。
「‥‥魔剣を生成するタイプのキメラ、か‥‥明らかに変わってきてる‥‥」
今回の件に関わった者が目撃したキメラの能力。
それが全てだったのだろうか?
それともまた改良、強化され「進化」するのだろうか?
となると、何者かが直接的に裏で動いている?
アルエットはそんな考えに囚われながらもワゴン車の助手席に座り、目を閉じる。