●リプレイ本文
絶対に負けられない戦いがそこに有る。
ピッチに並んだ11人の能力者達。
その足に履かれたA・R。
前回の時よりも細身で軽量、更に耐久力は上がっているらしい。
練力の消費量は同じで、90分間動き回っても然程問題は無い。
観客はナカマツ博士の研究チーム数名と百地・悠季(ga8270)のみだ。
「ミーティング、それと練習通りにやれば勝てるわ」
ルキアは大きく息を吐いて、自分に言い聞かせるように言う。
鳥飼夕貴(
ga4123)は頷いて足元を確かめる。
(「コツも聞いたし、練習もたっぷりしたし、大丈夫」)
どうやら鳥飼はやるならきっちりやりたいタイプらしい。
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)とAnbar(
ga9009)も同様。
A・Rの性能の把握などに余念は無かった。
「しかし、よく人数分のユニフォームを集められたな。 時間も無かっただろうに」
レティ・クリムゾン(
ga8679)が感心するようにルキアに問いかける。
上は白を基調とし、襟と腕の部分が黒、肩から腕にかけてオレンジの三本ラインの入った半袖のユニフォーム。
胸にはワタリガラスをイメージした黒いシンボルが刺繍されている。
黒いハーフパンツを穿けば、完全にレイブンイレブンのメンバーだ。
「依頼、なのだよな」
皇 流叶(
gb6275)の少し含みの有る発言。
ルキアはうっ、と小さく唸ってすぐに首を大きく縦に振る。
そんなルキアの横ではハルカ(
ga0640)がはち切れんばかりのバストを揺らしている。
ルキアはもう一度うっ、と小さく唸る。
「ふむ‥‥成る程‥‥これがオフサイドか」
「間違えて覚えてなくて良かった」
テト・シュタイナー(
gb5138)はサッカーのルールブックを黙々と読んでいる。
テミス(
ga9179)も横から覗いてルールの確認をしている。
「ふむ‥‥どうやら、相手さんが来たようだね」
何処からともなく現れたのはUNKNOWN(
ga4276)。
黒のフロックコートに身を包んでいるUNKNOWNはユニフォームではなく私服のようだ。
そんな彼が見つめる先、ナカマツ博士が用意した別の能力者のチームがピッチ上に上がってきたところだった。
慣れた感じでボールを転がす姿は、明らかに経験者ばかりのチーム。
白鐘剣一郎(
ga0184)はそんな相手の姿を眺めた後に、自分の仲間を眺める。
「ワタリガラスの群れ集う、か」
前半25分。
寄せ集めの急造チームのはずの、両チームに差が少しずつ出始める。
それは個人の経験の差。
ナカマツ博士が用意したチームは全員が経験者。
こちらにも経験者は居るものの、初心者も混じっている。
その点で少し押されているのは明らかだった。
テトがピッチ全体を見渡し、味方が上手く思い通りに動くようにパスを出す。
そしてトップ下のレティにボールを集め、丁寧に攻撃を組み立てようとする。
しかし、結局常に2人掛りで潰されてしまうのだった。
厳しい、反則スレスレの守備。
主審はナカマツ博士。
アウェーの洗礼を受けていると言うべきなのだろう。
とにかく、相手にとって甘い判定だ。
「逆サイド! パス通るぞ! カットだ!」
漆黒のユニフォームの白鐘が叫ぶ。
敵陣深くから一気にカウンター、ロングフィードでサイドチェンジ。
パスが通り、ドリブル突破を仕掛けてくる敵の快足ウィング。
ハルカがその目の前に立ち塞がり、コースを潰す。
内側へと逃げるように切り込んでくる敵に対して、テトはやっとこさ追いついて来る。
ちらりと後ろを振り向き、相手選手の位置と味方の位置を大体で把握しておく。
しつこく、そして相手が嫌がるコースへと誘導するようにディフェンスする。
が、少し時間をかけ過ぎたらしく、後ろから来た敵FWにパスが通ってしまう。
最終ライン、鳥飼が一気に詰め寄り、ボールを取りに行く。
それを嫌い、相手FWはゴールから30mの位置からシュートを放つ。
焦って撃ったように見えたが、その弾道は真っ直ぐ、速度は高速。
A・Rの特性、相手FWの経験値が物を言ったのだろう。
白鐘は横っ飛びし、ボールを弾き、何とかそれを凌ぐ。
その光景にテミスや流叶は大きく息を吐く。
コーナーからファーへと高い弾道のボールが上がる。
UNKNOWNは長身を活かし、相手の上に覆い被さるように跳びヘッドでクリアする。
ルーズボールにまず反応したのはAnbar、次にレティ、ホアキンにテミス。
そしてそれに釣られるように、流叶が前方の大きく開いたスペースに走り出す。
テミスが相手選手との間に体を入れ、相手の当たりに耐えつつもボールをキープする。
それをレティに短い距離で確実にパスを通す。
レティはそれをスルーしつつも前を向く。
左サイドは流叶、それを追うようにルキア。
逆サイドはホアキンが上がっていて、ハルカは下がり目に入っている。
(「予想以上に展開が早いな」)
レティは大きくスペースの開いている、左サイドにボールを放り込む。
真上に跳んだ相手DFの頭に当たり、ボールは大きく弧を描く。
流叶はボールを取りに引き返す形になってしまうが、A・Rの機動力を持ってすれば特に問題は無い。
ボールを取ると、中央にAnbar、奥にホアキンの姿が見える。
敵のDFは最終ラインに2人、自分とAnbarの間に1人。
自分を追って来ているのが1人。
「着いて‥‥来れるか?」
追いついて来た1人をかわすように、急ブレーキ。
相手は咄嗟に反応するが、慣性のせいで体勢を大きく崩す。
その隙に流叶は大きくサイドチェンジをする。
ボールを受けた、ホアキンはそのまま敵陣深くに切り込んでいく。
距離を詰めて来たDFと対立する。
体をゴールラインに対し、ゴールに向かって斜めに切り込んでいく。
相手がスライディングでボールを奪いに来た所をホアキンは逃さなかった。
足を交差させて器用にインサイドで、低いクロスをAnbar目掛けて上げる。
Anbarはそのボールを、相手DFに邪魔されながらも落ち着いてトラップ。
そして、そのまま相手GK正面だが強烈なシュートを放つ。
ゴールネットを揺らす事は無かったが、A・Rのおかげで加速されたボールは弾くのが精一杯だったらしい。
大きく弾かれたボールを取ったのは前に詰めていたレティ。
UNKNOWNがそれを追い越し、ゴールへと向かう。
ふらりと味方をかわしながら上がってくるUNKNOWNを見たGKや他の選手は一瞬気を取られる。
レティは左サイドにふわっとしたボールを浮かせる。
A・Rを履いていれば届く高さだが、敵の反応はUNKNOWNのおかげで少し遅れた。
そのボールに合わせて高く上がった白い影は流叶だ。
体を左に倒しながら、目線上に有るボールをゴールに向かって蹴る。
そして横にも縦にも角度の有る、シュートがGKの反応を超えてゴール内に突き刺さる。
ラインズマンを見る。
オフサイドは無い。
「Wow! It‘s great!」
ルキアに抱きかかえられ、照れながらも流叶は片手を上げて味方にアピールする。
押されている中でも少ないチャンスをものにして、もぎ取った先取点だった。
前半が30分を少し過ぎた頃だ。
ロスタイムは2分。
先取点取った後、約15分間。
点を取られ、火の点いた相手チームに押されっぱなしだった。
(「ここを乗り切れば」)
スポーツドリンクを飲みながらハルカは気合を入れ直す。
相手チームがロングスローで中央、ゴール前へ大きく入ってくる。
ボールは鳥飼とテミスの頭上を越えて、後ろに居た相手FWに渡る。
スローインにオフサイドは適用されない。
相手FWは右足を大きく振り、ゴール右隅に狙いをつける。
白鐘はそれに反応し右側に跳ぶ。
が、それはフェイントだったらしく逆を突かれる形になる。
空中で体勢を変え、ポストを蹴り、更に逆側へと跳ぶ白鐘だったがどうにも間に合いそうも無い。
高速のボールはそのままゴールに吸い込まれるかと思われたが、下がってきたハルカが足を出し、何とかそれを弾き返す。
高く上がったボールを相手OHはボールと同じ位に跳び上がり、オーバーヘッドでボールを打ち下ろす。
テミスがそれをコースに体を入れながら、膝で弾く。
ルーズボールを取ろうとするUNKNOWNの服を引っ張る相手FW。
UNKNOWNは素早く回転し、相手を倒しそれから逃れる。
倒した本人は両手を挙げ苦笑する。
これがアウェーの、ナカマツ博士の洗礼。
そこで笛が鳴る。
前半終了の笛ではない。
ゴールから20mの位置。
この時間帯にこの位置からのFKは非常に危険だ。
全員は気を引き締め守る事に集中する。
しかし、相手は経験者のみのチーム。
ショートパスから正確無比、強烈なシュートがゴールネットを揺らした。
前半はこのまま1−1で折り返す事になった。
ロッカールームに下がり、百地の差し入れを飲み干す面々。
全体的に押されていたが、チャンスが無かった訳ではない。
「充分、勝てる要素は有る‥‥例えばね‥‥」
ルキアの作戦を聞きながら、テミスはA・Rに目を落とす。
魔法の杖とカクテル「ユリシーズ」のステッカーが貼られてある。
まだまだ、と顔を挙げ紙コップをベンチの上に置きロッカールームを出て行く。
後半10分。
立ち上がりは両チーム前半と特に変化は無く、試合の流れも前半と同じだった。
相手チームにガッチリ守られ、カウンターを何とか凌いで、少ないチャンスにシュート。
だが、攻撃を何度も仕掛けて更にカウンターに何度も対応しての繰り返しでは体力を無駄に消費するだけだった。
しかし、相手の攻撃を我慢強く防いだのはDF陣の意地だろうか。
鳥飼はプレーを通して相手方の攻撃の起点をしっかりと見極め、徹底的にマークに入った。
その旅一座の顔負けの髪型をサッカーの試合の時にも崩さないポリシーは伊達じゃない。
DFとしての役割をしっかりとこなしている。
決して大きくは無く、細身だが相手の攻撃陣に負けずに競り合っている。
鳥飼がロングフィードを高く跳び上がってクリアすると、テミスの目の前にボールが落ちる。
相手FWはそれを奪おうとかなりのスピードで近寄ってくる。
次の瞬間、テミスは派手に吹き飛ばされた。
そんな風に見えた。
流石のナカマツ博士も笛を吹く。
「うっ‥‥うっ‥‥」
両手で顔を覆って泣いてる。
倒した相手FWだけではなく、周りに居た相手選手がオロオロと焦っている。
ボールは動き出していた。
鳥飼が右サイドを駆け上がっていたハルカにボールを放る。
相手チームは虚を衝かれ、更に焦って守備に意識を戻す。
そして戻る途中、相手選手は見た。
顔を覆った両手の隙間からニヤリと笑う、テミスの表情が。
ハルカの目の前に自陣に残っていたDFが立ち塞がる。
プレッシャーを掛けられ、その間に一気に相手チームが守備の位置に戻ってくる。
時間は掛けられない。
ハルカは徐に上半身を揺らす。
そして呆気なく相手DFは抜き去られてしまう。
【おっぱいフェイント】
快足左SB、ハルカが使用するフェイント。
その豊満な乳を揺らし、相手選手を瞬間的にダメにする恐ろしい魔のフェイント。
ハルカは中を見て、ファーサイドに上がってきたルキアに大きく浮き玉でスルーパス。
相手の頭上をギリギリで越え、ルキアにボールが渡る。
更にルキアは中に走りこんできたAnbarに落とすと、Anbarはそれを上手く受ける。
そして、そのまま地を這うような高速ドリブルでDFをかわす。
GKと1対1になり、シュートフェイントなどの小技を使いGKもかわし、そのままシュート。
これで2−1と、1点だがリードする。
点差が開き、流れが変わり始めた事に焦った相手チームは大きく展開し早めに攻撃を仕掛けようとする。
相手は焦っているせいか、その試合で初めてオフサイドトラップに引っ掛かった。
しかもこちら側が攻めていたので、かなり高い位置だ。
テミスがテトにパスを出すと、相手はテトに対しかなり厳し目のチェックを入れてくる。
迫ってくる相手の後方、ピッチをちらりと見る。
フリーの味方を探しながら、更に相手の懐に飛び込んでいく。
「世の中にはな、ちっこい方が良い事も有るんだよ!」
すばしっこいその動きに、相手はかなりやり難そうにする。
テトが右を向くとホアキンが手を上げながら上がっていくのが見える。
「力学的に考えれば良い。 狙った位置にパスするにはな‥‥!」
ピッチを斜めに切り裂く高速パス。
普通のサッカーならこのスピードに追いつく事すら出来ないだろう。
しかし、A・Rを使う事によりホアキンはそのボールに追いつく。
更に少ないタッチでプレーをする事を心がけていたホアキンは中を見てUNKNOWNの頭に合わせるようにアーリークロスを入れる。
少しゴールから距離は有ったものの、これもA・Rにより加速された勢いで豪快なヘッドでゴールへと押し込む。
帽子を押さえながら、着地したUNKNOWNは不敵に笑う。
3−1と点差がもう一つ開き、相手チームの焦りは高まる一方だ。
FWは無理にドリブルで突破しようとするが、鳥飼とテミスのCB2人に邪魔され上手くいかない。
「畑違いではあるが‥‥護る以上は簡単に通しはしない」
FWが更に無理矢理打ったシュートを受け止め呟く、守護神白鐘。
「このまま‥‥ゴールまで行け!」
入るかどうかは別にして、A・Rを履けば特別無理な話ではない。
大きく前に蹴り出されたボールは敵陣深くまで飛ぶ。
それを取ろうとレティが相手DFに倒される。
今度は明らかな反則でナカマツ博士は笛を吹く。
FKを蹴るのはレティ。
ペナルティエリアギリギリの左隅の位置。
「さて、もう一点取るぞ」
レティは壁の頭上を越すボールを放り込む。
競り合いながらも、相手GKはそれを弾く。
ルーズボールに反応したAnbarはダイレクトでシュートを狙う。
しかし、相手DFの足に当たり防がれる。
ルキアがそれをヘッドで空中から後ろに落とすと上がっていた流叶がそれを外に逃がすように上げる。
レティがそれを落ち着いてゴール右隅へと蹴るとそのまま吸い込まれるように入った。
その後も流れは変わらず、攻撃の手を緩めなかったレイイレの面々に軍配が上がった。
結果は4−1。
ルキアは鼻高々にナカマツ博士の下へと近寄る。
「どうだったかしら?」
「いやぁー、素晴らしい‥‥良い実験データが取れたよ」
「でしょ? って‥‥え?」
そうだった。
ナカマツ博士の目的は実験データを取る事で自分の用意したチームが勝負に勝つ事ではないのだ。
「うぅ‥‥」
ルキアは勝ったというのにも関わらず1人落ち込むのであった。