●リプレイ本文
キッチンにはいつもの活気が戻ってきていた。
余計なオーディエンスの存在も有るが、客は実質一人。
そのたった一人の客の為にキッチンと言う名の戦場に火がついた。
「今日も‥‥来るんだろう?」
キッチンの方から出てきた、料理長はエトに声をかける。
「えぇ‥‥そうみたいです」
「先ほど電話でご予約を頂きました」
エトの横からひょいと顔を出したのは百地・悠季(
ga8270)だ。
髪をアップにして、執事風の衣装を身に纏った彼女はにっこりと笑う。
「そうか‥‥んじゃ、気合入れて中の奴らのサポートしてやらなきゃな」
百地のにっこり笑顔の裏には何か有るのではないかと思う。
が、聞くのも怖いので止めよう。
料理長は頭を掻きながら、キッチンへと戻っていく。
その後ろ姿を見送り、百地とエトは今日のメニューの確認に入る。
「「‥‥」」
一応、それぞれの料理に関する具体的かつ説明的な文章が並んでいる。
「どうした?」
ばっちりと黒いスーツを着込み、伊達眼鏡をかけた桂木穣治(
gb5595)が固まっている二人に声をかける。
髪も確りセットして、正に隙が無く完璧。
「う‥‥」
そんな桂木も一瞬顔を引きつらせる。
「これは‥‥」
「凄いわね‥‥」
「凄いですね‥‥」
三人はこれから店に来店するであろうマフィアの若いボスをほんの少し気の毒に思った。
‐‐来店‐‐
「いらっしゃいませ、リュック様」
しばらくして彼らの姿が見えると、エトはすぐさま出迎えに向かおうとする。
百地はそんなエトの肩に手を置き、自分が接客をするべく前に出る。
「いらっしゃいませ、デルニエールエスポワールにようこそ」
とびきりの笑顔だ。
「おう、新人か? ま、せいぜい接待してくれよ?」
リュックはにやりと邪悪な笑みを見せずかずかと店の中に入ってくる。
が、百地は入ってくるタイミングを見計らいドアを閉める。
「ぐぉ!?」
リュックはドアに顔面を強打し、その場にしゃがみこむ。
「大丈夫ですか?」
白々しく聞く百地の表情はやはり最高の笑顔だ。
「新人だからしょうがねぇか‥‥」
リュックについて来た部下達は百地を睨みつけながらも手を出す雰囲気は無い。
「ささ、こちらへ」
エトは百地の対応にドキドキしながらもリュックをいつもの席に案内する。
「ご存知の通り、当店の食材はどれも超一流。一流を知るお客様がその味を分からない、という事はありませんよね?」
桂木が意味深な問いかけをリュックに投げる。
「あ? あぁ、当たり前だろう?」
細かい事は気にしない性格なのかリュックは疑う事なく答える。
「左様ですか、それではこちらをどうぞ」
桂木が用意した食前酒はシャンパン、と称した白ワインを微炭酸水で割った物。
ポイントとして決して美味くはないのだが飲めなくはない物を用意する事にした、桂木。
「‥‥美味いな」
もう少し人生経験豊富なマフィアのボスだったのなら気付くであろう。
しかし、リュックはボスではあるがまだまだ若い。
ワインの微妙な味の違いなど分かる訳はなかった。
‐‐アミューズと前菜‐‐
ミキサーがそれらを細かくしていく。
「魚肉ソーセージとカマボコ、安物と気付くでしょうか?」
夏 炎西(
ga4178)はミキサーにかけたそれを皿に盛り付けていく。
ピンクと白の淡いコントラスト、あくまでも見た目は綺麗。
しかし、味はどうだろうか。
科学塩の瓶を手に取る、炎西は思いっきり振り掛ける。
パッパではなく、ドバッという効果音が聞こえてきそうな量だ。
「さて次は‥‥」
ラディッシュやレタス、スプラウト等で綺麗に彩られたサラダ。
なのだが、勿論普通な味付けな訳が無い。
米酢に特売品のサラダ油、そこに気の抜けた甘ったるいコーラを混ぜたドレッシング。
それをサラダに和えていく。
更にコショウを少々、どころか体に悪そうな位入れていく。
そこに安物のフランスパンに乾燥させ細かくしたワサビ菜とマーガリンを塗りたくっていく。
「こちらお出迎えの一品、アミューズの魚介のテリーヌになります」
皿を出されたリュックは、ほうと一つ。
そして一口。
ここはあらゆる食通をうならせてきた有名フレンチレストラン、デルニエールエスポワール。
だから、これは決して不味いんじゃない。
「‥‥きょ、今日は味付けが中々斬新だな‥‥」
周りに立っている部下達に恥ずかしい所は見せられない。
俺には理解できないが、これは美味いものなのだろう。
「そちらが魚介のテリーヌ、そしてこちらが季節のサラダとガーリックトーストになります」
何とかアミューズを平らげたリュックの前に前菜がコトリと置かれる。
「!?」
今度は酸っぱい、甘い、と思ったら辛い。
リュックはそう思いつつも大人しく食べている。
「いや、こんな複雑な味を表現するなんて中々やるじゃねーか」
額には脂汗が滲んでいる。
キッチンからこっそりと抜けてきた炎西はその様子を見て苦笑する。
「まったく‥‥食通とは程遠いですね‥‥」
リュックは微妙に酢の入った白ワインを飲み干し、少し思う。
(「このワインも酸っぱいのか?」)
桂木はそんなリュックの表情を見て、少しにやけてしまう。
‐‐スープ‐‐
辰巳 空(
ga4698)の作るスープは料理、と言うより実験結果と言った方が正しいのではないかと思われた。
見かけも味も至って普通のコンソメスープ。
「少し、味見をしてもらえませんか?」
「え‥‥? いや、ちょっとなぁ‥‥」
料理長に味見を頼む、辰巳。
「大丈夫ですよ、体に害は有りませんしこれだけでは効果は殆ど有りませんよ」
ごくっと、生唾を飲みスープを恐る恐る一口含む、料理長。
「薄くしたいんだよな?」
「はい、出来れば軟水を使ったカキ氷を使って徐々に薄くしたいと思っているのですが」
薄くする理由はただ一つ。
アミューズと前菜の味を一度リセットする為だ。
そうする事によって、後に出てくる料理の威力を引き上げようというのだ。
「だったら、もう少し塩味を抑えるか‥‥アミューズが塩辛かったみたいだしな、飲み易い位が良いんだろ?」
ありがとうございます、と辰巳は丁寧に頭を下げる。
「さてと‥‥」
辰巳は懐から何かのカプセルを取り出す。
「な、なんだ? それ‥‥」
「あ、大丈夫ですよ。害は有りませんから」
そう言って辰巳はカプセルの中身をスープに溶かした。
「地獄の催眠スープ、改め淡雪のスープ完成です」
‐‐魚料理‐‐
「阿鼻叫喚の料理地獄、味合わせてやろう‥‥」
キムム君(
gb0512)は依頼内容的に能力者が出る程じゃないと言っていた割に意外とノリノリだった。
「前のクライアントから手に入れたこの食材‥‥ふふふ」
異臭を放つ魚人キメラの肉を何処からか調達してきた、キムム君。
ノリノリになるのも仕方がない。
「キッチンの皆さん、俺の華麗な包丁裁き‥‥魅せてやる!」
無駄に覚醒して腕を大きく振り上げて、包丁を叩き込む様に魚肉を切り裂いていく。
「あべしっ!?」
そして自分の指まで切り、覚醒解除してキッチンの奥の方に撤退していく。
料理はキッチンの皆さんにお任せする様だ。
臭いは置いといて、綺麗に切り分けられていく魚肉。
そしてキムム君がキッチンの隅っこで何かを書いてる内にムニエルとして完成。
「流石、デルニエールエスポワール! 見た目だけ何とも無いぜ!」
キムム君、本当にノリノリである。
百地が魚人キメラのムニエルを持って行こうとするとキムム君が何かのメモを手渡す。
「‥‥説明しろって事ね」
ニヤリと微笑み、百地はリュックの下に向かう。
「こちら魚人キメラのムニエルになっております」
「は? キメラァ!?」
「キメラの肉は不味そうに見えて結構な珍味として美食家の中では話題になっておりまして、他の例を挙げればキノコ型、野菜型のキメラなども食されております。更に東洋にでは不老長寿祈願の食材として重宝されており、実際に滋養強壮の効果も有ります」
百地は見事にキムム君から渡されたメモ用紙の内容を読みきった。
勿論、内容は完全に嘘。
「へぇ‥‥あ、いや知ってたけどな」
しかし、リュックはそれを信じ、異臭を放つ魚人キメラのムニエルを食べ始める。
「う」
あまりの臭いに餌付きながらも完食したのは部下に対するボスの威厳を守る為だろうか。
必死になって酢入り白ワインを飲み干す姿を見たキムム君は満足している様だった。
‐‐肉料理‐‐
無駄な機械音が響く。
「フレンチか、難題だがやってやるぜ!」
と、意気込んでいるリュウセイ(
ga8181)だ。
「これと、これとこれ」
残飯の中から適当に人参、ジャガイモ、ブロッコリーを手に取る。
周りの人間は少し複雑な表情でその様子を見守る。
あれがマフィアのボスの胃の中に収まってしまうのかと思うと少し気の毒な気分になるのだった。
しかし、中々どうして、明らかに駄目になっている部分を取り除くリュウセイの手つきは慣れたものである。
チキンブイヨンとそれらの野菜を煮込みながら、その裏で肉をしっかり焼いている。
焼き加減や、見た目だけを見れば美味しそうだ。
「下処理は全くしてないけどな!」
謎の機械音を響かせながらリュウセイは誰も聞いていないのに答える。
グラタン皿の中に肉を入れ、その上にマスタードの代わりにわさびをたっぷりとかける。
パン粉に見える木屑とパセリに見えるコーヒー豆を砕いた物をまぶし、リュウセイは頷く。
「ここに付け合せの野菜、そんでもって白ワインをっと‥‥よっしゃ、完成!」
百地はその料理をやはり満面の笑みでリュックの下へと運んでいく。
スープを作る際、辰巳が仕込んでおいたカプセルの中身は辛味を更に感じさせる作用の有る物だった。
その効果がばっちり出ているリュックの舌に襲い掛かるわさびの刺激。
そして口の中に突き刺さる木屑と肉の骨。
一見何も無いように見える残飯野菜。
それらを言葉にならない言葉を発しながら平らげるリュック。
「こちらのワインなどどうでしょう?」
如何にも厳選してきました、という雰囲気で桂木は赤ワインを用意する。
「‥‥ロマネ・コンティでございます」
最初の方に物凄い小声でハバネ、と桂木は呟いていた。
ハバネ・ロマネ・コンティ、キムム君考案のハバネロの粉末をたっぷり融かした激辛ワイン。
「わ、悪いな‥‥っ!!??」
リュックは咳込みながらいつの間にか用意されていた水を飲み干す。
「う! ぐぅ‥!」
普通の水、ではなくにがりが大量に投入された桂木の特製水だ。
「お客様、それ程まで喜ばしい態度、こちらとしても嬉しい限りです‥‥」
百地は相変わらずの笑顔。
苦味と辛味と微妙に残る木屑や骨を吐き出し、リュックは顔を上げる。
その顔には怒りの表情が張り付いている。
「良いだろう‥‥次だ、デザート出せ‥‥」
リュックも流石に気付いたらしく、しかし変な対抗意識が芽生えたらしくデザートまで食べ切るつもりらしかった。
‐‐デザートと苦情処理‐‐
リゼット・ランドルフ(
ga5171)はドボドボと生クリームの中に塩を投入していく。
その泡立てをパティシエに頼み、リゼットは作っておいたガトーショコラを取り出す。
「美味しそうに見えるんですけどね」
そう、ここまで来ればお約束。
見た目はやはり美味しそうに見える。
が、そのガトーショコラに含まれる砂糖の量はただ事じゃない。
そのガトーショコラに白コショウでデコレートし、塩クリームを添える。
リゼットはその出来に頷き、次の作業に取り掛かる。
「来たか」
リュックは負けず嫌いらしく、椅子の上から動かなかった。
「クラシック・ガトーショコラ」
それだけ言って、百地はがちゃんと音を立てながらリュックの目の前にそれを置く。
そして、何も言わずにゴトンと桂木は件の水を置く。
余談だが先程から百地と桂木の接客態度が悪くなってきているのだった。
「うっ、お‥‥こいつは‥‥」
気持ち悪くなる程の甘さと件の水でも一気飲みしたくなる様な塩辛さ。
「どうかなさいましたか?」
白々しく聞くのはエト。
キムム君と同様、意外とノリノリだ。
「おい、おめーら‥‥」
リュックは部下に対して顎で何かを指示する。
我慢の限界に達したのだろう。
その気配を察して、キッチンの奥からキムム君が飛び出してくる。
「皿一枚でも割ってみろ、お前らの運命はこの通りだ」
林檎を握り潰してみせるキムム君。
「そりゃ、良かったなぁ?」
しかし、林檎を握り潰すのはリュックにも出来た事。
なので特に脅しにはならなかった。
キムム君、ノリノリなだけあってこの結果にショック。
「ナニカゴヨウデショウカ」
ガション、ガションと謎の機械音を響かせながらキッチンから出てきたのはリュウセイだった。
アルティメットおたまとアルティメット包丁を背中に背負い、真っ赤なA−0アーマーを着込んだアーマードコックの登場だ。
「ふ、ふざけてんのか!!」
リュックの怒りは頂点に達したらしく近くに居た百地を殴りつける。
百地はそれを受けるが、微動だにせず一言。
「不満が有るようでしたら幾らでも‥‥」
明らかに嘘泣きと分かるような演技で対応する。
「くそ!! もういい、帰るぞ!!」
一暴れしようと準備運動をしていた部下を連れて店を出ようとする、リュック。
しかし、その先には瞬天速で移動していた炎西の姿。
「邪魔だ!!」
殴りかかろうとしたリュックだったが、自分の体がひょいと持ち上げられる感覚に囚われる。
リゼットが剛力発現を使い、可愛らしい見た目とは裏腹な腕力を発揮していたのだった。
「な、な、なな‥‥」
「さぁ、デザートは逸品でございます。 まだ残っていますよ?」
炎西は微笑みながら、残っているデザートに目をやる。
リゼットにひょいと席に戻されたリュックは呆然としていた。
「さぁ、どうぞ召し上がれ」
エトはもう一度デザートを食べる様に促した。
‐‐営業終了‐‐
結局、リュックは部下にデザートを食べさせて不機嫌なまま帰って行った。
「もう二度と来るか」
という捨て台詞とぼったくりとも思える料金を置いて。
エトの読みでは、今日受けた仕打ちを他のマフィアに知られたくないが為に此処を無理矢理潰すという事は無いだろうとの事だった。
「皆さん、本当に助かりました」
「いえ、こちらこそ楽しかったです」
辰巳は頭を下げたエトに対して笑顔で答える。
「しかし、何故警察は動かないんでしょうか?」
辰巳はふとした疑問を口にする。
「恐怖政治で逆に治安を守っている面も有りますので‥‥中々手を出せない様です」
苦笑しながらエトは頬を掻く。
椅子に座り、ネクタイを緩めた桂木はそんなもんかねぇ、と呟き更に一言。
「あー肩凝った。 毎日こんな格好して働いてるんだもんな、尊敬するぜ」
いえ、とエトは微笑みながら皆を労った。