タイトル:【決戦】彼の幻想を討てマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2012/11/12 00:50

●オープニング本文


●???
 アルフレッド=マイヤーは、再生される以前のアルゲディ(gz0224)との会話を思い出していた。
『変わっているな、お前は』
『そーですか?』
『バグアであるにも関わらず、人間に対して、そう‥‥ある種の、敬意すら感じる』
『あはは、買いかぶりですよ。僕は、この体になって思うことは、ずっと一つです』
『ああ、それは薄っすらとわかる。知りたいんだろう?』
「――あの人は、本当に怖い人だったなぁ」
 白衣の男が笑う。
 その笑い声に応えるものは、その空間にはいなかった。
 ブリジット=イーデン。
 これまでずっと男に従ってきた助手の姿は、ここにはない。
『‥‥フレッド』
「お、噂をすればだね。無事に抜けられたかい?」
『はい。いずれ流星に紛れて、地上へ降ります』
「ん、そうだね。まぁ、そんなに待たないさ。チャンスはそのうち、いくらでも来るよ」
『‥‥やはり、彼らを迎えるのですか?』
「一応、決着は付けないとねぇ。んで、その後僕が逃げ切れば僕の勝ち。僕が死ねば、彼らの勝ち」
 そこで、男はもう一度笑った。
「分のいい勝負さ。僕は、死ななければいいんだからね」
『怖く、ないのですか?』
「怖いよー。でも、悪くない気分なんだ。殺される側に回るのは、こんな気分なんだなーって」
 無線を通して、ブリジットが呆れたようにため息をつくのが聞こえる。
 残酷な感性、とでもいうべきなのだろうか。
 彼には、無尽蔵の好奇心が前提として存在している。
 ある意味では、最も純粋なバグアともいえるかもしれない。
「僕はね、知りたかったのさ。キメラを作るのも、兵器を作るのも、強化人間を作るのだって、この戦争に勝ちたいから、なんてのはあんまりなかった」
 たまには命令で作らされたけどね、と男は冗談めかせて肩をすくめる。
「知りたかった。作る過程を知りたかった。設計は? 材料は? 工程は? 作った結果を知りたかった。外見は? 能力は? 戦果は? ‥‥その心は?」
 くつくつと、白衣の男は喉の奥で笑った。
「葦原光義。彼は、美しい人だったねぇ。そう、サムライ・ソード‥‥カタナ? ニホントウ? その刃のような人だった。弛まず、濁らず、毀れず‥‥そんな、一振りの剣になりたかったのかな。最高傑作、っていうと、きっと怒るんだろうけど」
 男の声が、空間に反響する。
『チャールズ・グロブナー。彼は‥‥チャーリーは、素晴らしい。素質があったわけじゃないんだ。能力的には、ASに依るところも大きかったし。でも‥‥そう、彼は命を文字通り削って、才能を凌駕してみせた。自らの意志で、輝く炎になったんだ』
「ジャン・バルドー。彼は、予想外だった。単なる当て馬のつもりだったのに、想像以上にくらーい信念の持ち主だった。強化人間の素体としては優秀だったし、ASがあったとはいえ、上級クラスの能力者と渡り合う‥‥嬉しい誤算、だったね」
『僕が手がけたのは、この三人。調整も含めれば、アルゲディとアルドラもそうだけど‥‥』
「覚えてるよ。もちろん、ちゃんと覚えてる」
 暗い空間の中、白衣の男の声はそこかしこで木霊し、まるで何人もいるかとさえ思える。
 不意に、無線機の向こうで、ブリジットが呟いた。
『‥‥そして、全員が死んでしまいました』
「そうだね。残念だった。もっと見たかったな」
 けらけらと、男は笑った。



●遠い日の記憶
『アルゲディ様、なんであんな変な奴を使ってるんです?』
『マイヤーのことか。くく、アルドラ、アレを甘く見るな』
『え、実はすごく強い‥‥とか?』
『いや、単なる戦闘力ならば、アルドラ、お前とミルザムがいれば、負けはすまい』
『‥‥じゃあ、何でです?』
『奴は、コロシアムの剣闘士ではないということだ。むしろ‥‥そうだな、皇帝なのさ』
『皇帝‥‥』
『コロシアムの管理者、というべきか。最も戦いに近いが、戦わない。そして、戦えない。二つの意味で、な』
『‥‥弱いんですよね?』
『強弱でいえば、弱い。だが‥‥俺でも、奴は殺せないだろうな』
『厄介、なんですね』
『ああ。‥‥そろそろ、偵察の時間か。アルドラ、ミルザムとラスベガスを、軽く見てくるがいい』
『はーい』



●基地周辺宙域
「ラウディより各機、状況を報告せよ」
『アトラス、異常なし』
『アステローペ、異常なし』
『‥‥アルキオネ、異常なし』
『ケラエノ異常な〜し』
 ラウディ=ジョージ(gz0099)からの呼びかけに、続々と応答が入る。
 プレアデス隊による周辺宙域制圧は、既に終了していた。増援が来る気配は、ない。
「マイア、どうだ」
『‥‥アロンダイトのレーダーでも、特に異常は感知していません。先頃の微かな熱源も、やはりデブリだったと思われます』
「タイゲタ」
『‥‥基地内部に、不審な反応はない。自爆装置があるとすれば、動力炉の自壊だろう』
「脱出路は確保しているな」
『プレイオネとメローペ、エレクトラも別のルートを確保している。万一の時は、その内の最短経路を通ればいい』
「了解した。各機、それぞれに現状維持だ。通信終わり」
 ふぅ、と息をつきながら、ラウディはヘルメットスーツのバイザーを開けた。
 彼のいる宙域からは、基地のある小惑星は豆粒のようにしか見えない。
 あの中に、ラウディの従兄弟――チャールズを強化人間とした元凶がいる。
(いや‥‥元凶は、俺なのかもしれん。あの時、俺が奴をもう少し‥‥)
『ラウディ様』
 ふと、クラウディアから通信が入った。プライベート回線だ。
「どうした」
『‥‥あまり、お気に病みませんよう』
「俺がそんな殊勝な人物に見えるか? ここまで来れば‥‥後は最後の希望に任せるさ」
『‥‥どのような結果になっても、ですか』
「ああ。俺は、けじめを彼らに託した。‥‥受け入れるさ」
『前線でも、決着が近いようです』
「そうだろう。戦争自体には、恐らくだが、勝つ。問題は‥‥」
 そこで、男は言葉を切った。
 何かを考えるように瞑目し、いや、と首をふる。
『問題は‥‥?』
「皮算用だ。それは、勝ってから考えるさ」
 冗談めかせて、ラウディはそこで会話を切った。



●基地内部通路
 傭兵達が、基地内部を奥へ奥へと進んでいる。
 小規模ながら、嫌がらせのように通路は長く、入り組んでいた。いや、本当に嫌がらせなのかもしれない。
 その道が、ようやく終わりを見せた。
『や、ようこそ』
 一瞬、傭兵達は絶句する。
 扉を開けた先に居たのは、白衣の男だった。

●参加者一覧

赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA

●リプレイ本文

●???
 アルフレッド=マイヤーは戦えない。
 自身の、あまりの非力さを理解しているからだ。
 それ故に、彼は戦わない。
「だから」
 男は呟いた。
「君達は僕と戦えないのさ。マトモにやったらね」
 けらけらと、暗い空間――脱出ポッドの中に笑い声が木霊する。
 その視線の先には、モニターに映し出された傭兵達の姿があった。

●アルフレッド=マイヤー
「‥‥長い通路だね。誘い込まれてるんだろうけど、他に選択肢はないか」
 赤崎羽矢子(gb2140)が、僅かに眉をひそめつつ、呟く。体中に走る痛みを、その程度しか外に表さないのは、流石の一言に尽きる。
 通路、と書けば単純だが、ここが敵地である以上、そこを通るというのは神経をすり減らす。
 まして、所々に罠があるならば尚更だ。
 赤村 咲(ga1042)は、自ら記したマップをもう一度確認する。
(そう‥‥誘い込まれている。くねるように入り組む道は攻め辛いが‥‥何より、逃げ辛い)
 ここまでの道を考えれば、終点は近いはずだ。
「やっと、アイツをぶっ殺せるのか」
 誰にも聞こえぬ程に小さく呟いたのは、湊 獅子鷹(gc0233)だ。
 この基地の別ルートを北柴 航三郎(ga4410)と歩んできた獅子鷹は、少し前に航三郎と別れ、こちらに合流した。
 それまでに破壊した罠の数は、百に迫る。
 獅子鷹にとって、あの時一度だけ会ったマイヤーこそが、けじめだ。
 そしてそれは、彼に限った話ではない。
「――プレアデスさんと連絡が取れました。通信障害は一時的だったようですね」
 鐘依 透(ga6282)は無線を片手に、皆へと伝える。
 理由は不明であったが、途切れていた連絡は復旧したようだ。
 そこで、九条院つばめ(ga6530)は僅かに首を傾げる。
(一時的な通信障害‥‥このタイミングで‥‥?)
 少女は、この先に待ち受ける敵の強かさを理解していたつもりだった。故に、気にかかる。
 果たして、この通信障害は偶発的なものなのか。疑念はあるが、確証はない。
「さぁて、準備が整ってきたか。‥‥ようやく最後だ」
 漸 王零(ga2930)はニヤリと口角を吊り上げた。
 事ここに至れば、と彼は考える。
「奴を倒せばこっちの勝ち‥‥単純でいい」
 単純。
 果たして、そうだろうか。
(図式は、確かに単純だけど‥‥)
 遠石 一千風(ga3970)もまた、違和感を覚えていた。
 不安、と言い換えてもいい。
『格納庫、いえ、少なくとも感知できる範囲にHWはありません』
 と、夏 炎西からの無線が入る。
(光学迷彩HWがあると踏んでいたが‥‥元から配備していない? それとも、既に脱出に使用した? 誰が?)
 咲の脳裏に、疑念がよぎった。
 同様の疑念は、透も抱いていたらしい。
「‥‥そうです。光学迷彩を施したHWが、外にいる可能性があります」
 プレアデスへと伝えられたその情報は、しかし、警戒程度のものに留まる。
 現時点で、その判断は正しい。

 この時点で航三郎は、炎西のサポートの下に、動力炉への道を探している。
「――ここだ」
 通路だけを透かせば、幾重にも絡んだ網目に見えるだろう。
 その中で目的地に辿りつけたのは、彼のマッピングと炎西のバイブレーションセンサーの賜物である。
 格納庫が空振りであった以上、基地制圧のために動力炉は抑えたい。
(HWがない‥‥彼女はもういないのか?)
 不意に、航三郎の脳裏にある女の姿がよぎる。
 ブリジット=イーデン。マイヤーの助手だ。
 炎西のスキルで判明するかとも考えたが、振動だけで人物までは特定できない。
 頭を振り、意識を動力炉へと集中させる。
 基地の心臓部であるここを抑えるのは、基地を制圧する上で重要だ。
 その意図は正しい。

●遠い日の記憶
『アルゲディ様』
『どうした』
『マイヤーを殺すのは難しいって仰ってましたよね?』
『ああ』
『不可能ではないんですね?』
『戦いの場に引きずり出せれば、な。それが一番難しい工程だが』
『何でです?』
『奴は戦わない。だから、俺達は奴と戦えない』
『‥‥戦う気がない相手とは戦えない?』
『少し、違う。奴は、自分が戦えないことを知っている。だから、戦わないためにあらゆる準備をしている。言うなれば、それは舞台だ』
『舞台‥‥』
『そうだ。だから、奴を殺すならば、その舞台を破壊するのさ。舞台に乗るのではなく、破壊する。それこそ、劇場ごと、な』
『思惑をひっくり返すんですね』
『ああ。畢竟、知恵比べで勝つしかないのさ』

●『偽物』
『や、ようこそ』
 目の前に現れた白衣の男に、傭兵達は一瞬絶句する。
 それでも行動できたのは、経験のなせる業だったのだろう。
 咲と透が、それぞれに閃光手榴弾を投擲する。直後、轟音と閃光が空間を圧した。
 この行動の目的は敵の機先を制することと、その後の味方の行動に繋げることだが、結論から言えば、この威嚇にさほど効果はなかった。
 白衣の男は、くすくすと笑っている。
 だが、その間に咲と透は部屋のクリアリングを行なっていた。部屋には、男以外存在しない。
 それに続き、王零と獅子鷹が踏み込む。
 僅かに遅れて、つばめと一千風が。最後に、羽矢子がゆっくりと入ったところで、男はようやく笑いを止めた。
『改めて、ようこそ』
 強烈な違和感。
 危機感、焦燥感、あるいは敵を目の前にした際の緊張感。尽く、欠けている。
『この部屋は、残念だけど僕の研究室じゃないんだ。殺風景で悪いね』
「壊れる心配がないんだ。汝も安心だろう?」
『あはは。そりゃ言えてるねぇ』
 王零の皮肉に、男はもう一度笑った。
「それで、汝一人というわけではないのだろう? 包囲された状況から、どう逃げる」
『そうだね、どうしようか』
 魔剣の切っ先を向けた王零の挑発を、男はどこ吹く風と受け流す。
 そののほほんとした様子とは対照的に、透は必死に室内のあちこちに目を走らせていた。
 床や壁に、秘密の通路を示す継目がないかを探しているのだ。
 だが、捜索に集中できるならばともかく、目の前に敵を置いた状況で、果たして『秘密の通路』とやらを探し出せるものだろうか?

 一方で、動力炉の航三郎もまた、絶句していた。
「何だ‥‥これ‥‥」
 彼の目に映っていたのは、悪意の塊とも言うべきもの。
 自爆のカウントダウン。
 自爆それ自体は、止めようがない。だが、エネルギー供給はどうにか操作できそうだ。
 幸い、残り時間には猶予があった。航三郎は、努めて冷静に事態を皆に連絡しようとし――

 激しい頭痛が、能力者たちを襲う。
「これ‥‥は‥‥!?」
 ある意味では、懐かしい痛みだ。以前は、KV搭乗中によく味わった――CWの怪音波。
「通信妨害は、これが‥‥」
 呻きながら、つばめは理解した。
『正解ー。ま、実際は、その電源を入れた余波みたいなもんだけどね』
 楽しそうに、白衣の男が応える。
『大丈夫大丈夫。効果は頭痛と通信の妨害だけさ』
「何がしたいんだ、てめぇ‥‥っ!」
 歯を食いしばり、獅子鷹が吼えた。
 戦う様子もなく、こちらの様子を笑っているだけのこの敵は、端的に言って不快だった。
 何より、隙だらけの構え。
 踏み込んで、刃を振るう。それだけで、全てが終わるように見える。
 それは、王零も抱く感想だった。
「いくら何でも、お遊びが過ぎるぞ、マイヤー」
『楽しいでしょ?』
「何が‥‥何が楽しいんだ!」
 男の答えに、透は思わず叫ぶ。
「自分の命まで玩具のつもりか!? そうやって‥‥チャールズさん達も弄んで‥‥!」
『心外だなぁ。僕はチャーリーを助けてあげたんだよ。僕も楽しんだのは否定しないけど。ま、Win−Winの関係って奴だね』
「何が目的なの? まさか、改造した強化人間の力を、自分のものにできる‥‥とか?」
 怒りに言葉を無くす透に代わり、羽矢子が問う。
 折からの不調に頭痛が相まって、気を抜けば倒れそうだ。
『あはは。面白い考えだね。でも、そりゃーないよ』
 不意に、頭痛が消え去った。
『僕は、一人じゃ何もできない。だから、君達が羨ましかった。でもね‥‥君達は、逆に自分達だけで、色々とできすぎたんだね』
「どういう、意味です?」
 つばめが問う。
『簡単なことさ。外のエクスカリバー級に、噂のG5弾頭を使わせれば済んだ話なんだ。これはね』
 けらけらと、男は笑った。
 そう。
 基地の攻略に、G5弾頭を用いるという選択肢は、十分に考慮されるべきだった。
 それがなかったということは、つまり――
『――皆さんッ! 動力炉の‥‥自爆のカウントダウンが、既に始まっています!』
 ジャミングが途切れたことで、ようやく航三郎からの通信が入った。
『お? 思ったより早かったねぇ。じゃあ、僕もこの辺で』
「逃しは‥‥しないぞ!! マイヤー!」
 くるりと踵を返した男を、反射的に王零が追う。
 あるいは、そこに焦りがあった可能性は否定できまい。
 不測の事態とはいえないまでも、ここまで無防備な敵に対して後手に回る状況。それを打開するための手法として、『力』の他に切れるカードを、彼らは用意できなかった。
 王零の動きに合わせて、獅子鷹もまた動く。ちょうど、白衣の男を挟み撃ちにする形だ。
 時間にすれば、一秒にも満たぬ刹那。
 だが、その瞬間に、一千風は確かに見た。迫り来る刃を目にして、男は呆れたように笑ったのだ。
「いけない――!」
 ぞわりと、悪寒が背筋に走る。これは、彼女にとって忘れがたいあの青年の、悪意ある策に覚えたものと同じ感覚。
 アレは、やはり偽物なのだ。
 自分達に倒されることが前提の、格好の囮。
 偽物であるとは、考えていた。それは、この場の全員がそうだろう。
 それならば、アレが本命でないならば、かかずらう必要さえも無いのだと、何故考えなかったのだろう。

 結局のところ、どこかでこう考えていたことは否定できまい。
 偽物を倒せば、本物に辿り着ける。
 それ自体は、正しい考えなのだろう。 
 そう。正しいが故に、それらは術中であった。
 彼らは、考えるべきだった。
 一時的に通信が妨害されていた、その理由を。
 小規模な基地であるにもかかわらず、通路という名の空洞があれ程にくりぬかれていた理由を。
 何より、アルフレッド=マイヤーというバグアの性質を。

●敗北
 白衣の男に、王零と獅子鷹とが刃を閃かせ、呆気無い程に男の胴体が切り裂かれた。
 血煙が舞い、糸の切れた人形のように男は倒れ――笑い声が木霊する。
『本当に倒しちゃうんだもんね。怪しいと思わなかった?』
 その声は、部屋のあちこちから響いてくる。
「‥‥やっぱり、偽物か!」
 羽矢子の声に、苦痛が混じっている。偽物が倒れると同時に、先程に倍する頭痛が傭兵を襲っていた。
『そうだよ。何で倒しちゃうの? 明らかに罠じゃないか』
 けらけらと響く笑い声の合間に、鈍い金属音が聞こえてくる。入り口が閉まっているのだ。
(マズいッ!?)
 閉じ込められる。
 その可能性を意識していた羽矢子だけが、間一髪のタイミングで反応できる。
 が、動けない。頭痛と、何より仲間を残すことへの躊躇が、瞬速縮地を使わせなかった。
「姿を見せろ! このチキンが!」
『やだよ〜。僕ぁ臆病だからね。それに、僕と君等が会ったら、命はないよ?』
「へぇ、誰の命がないって!?」
 獅子鷹が怒りで頭痛を振り払い、如来荒神を構え直す。
『僕のさ』
「ふ‥‥っざけんな!」
 派手な金属音と火花を散らし、大太刀の刃が壁に食い込んだ。
 壊せない厚さではない。
(とにかく、脱出しなければ‥‥か)
 その切れ目に、咲がSMGの弾丸を撃ち込む。
 王零が、一千風か、透が、つばめが、脱出口をこじ開けるべく続いた。
『んふふ、逃げられないよ。君等はチェスやショーギでいう『詰み(チェックメイト)』にはまったのさ』
 うぞうぞと、不快な擦過音が聞こえる。
 それは壁のあちこちから聞こえ――果たして存在した『秘密の通路』から一斉に入り込んでくる。
「‥‥甲虫キメラ! このタイミングで‥‥!?」
 つばめが呻く。
 防御と足止めにのみ特化したこの虫は、その性質故に、有効な対処法は地道な殲滅しかない。
 そしてその耐久力は、上級クラスでさえ一撃では葬れない。
 脱出しなければならないという状況に対して、この虫は極端に邪魔だった。
 ブゥン、と羽音、いや、最早爆音が部屋を圧する。
 次々とまとわりついてくる虫に対して、透は歯噛みする。
 数が多すぎるのだ。
「く‥‥そぉ‥‥!」
 ――つまり、あの偽物こそが、『地雷』だった。

 そして同じ頃、航三郎は一人苦しんでいた。
「応答‥‥してくださいっ! 誰か‥‥!」
 無線への呼びかけは、しかし報われない。
 この頭痛をもたらすものが、ジャミングの元凶であることは理解している。
 そして、恐らく、動力炉を操作すれば、それが止まるであろうことも予想はできた。
 無線で連絡が取れるならば、動力の遮断は非常に有効な手段であったはずだ。
 お互いの無事を確認できるならば。
『君には切れないよねぇ』
 不意に、覚えのある声が聞こえた。
「きさん‥‥!」
 くすくすと響く笑い声に、航三郎はぎりりと奥歯を噛み締める。
『僕を殺したいんだったら、切ればよかったのさ。ま、もう手遅れだけど』
「なんが‥‥今からでも‥‥!」
『させると思うの? この僕が?』
 あはは、とマイヤーは笑った。
『言ったでしょ、手遅れだって。ま、止めはしないけどね』
「くそ‥‥!」
 気づいてはいたのだ。 
 二度目の頭痛が襲った瞬間、動力炉が全ての操作を受け付けなくなったことを。
 無理にアクセスすれば、即座に自爆するように、変わってしまったことを。
『ブリジットを人質にすれば、僕も流石に止めたけどね。君等が選んだかどうかは知らないけど』
 ブゥン、と耳障りな羽音が響いた。
 甲虫キメラ。
 その瞬間、仲間が陥った状況もまた、航三郎は理解した。
「くそ‥‥くそぉ‥‥!」



 長時間の無線不通は、外にいるプレアデスに救助を決意させるに至る。
 突入したプレアデス隊のKVが、中にいる傭兵達を回収した直後、動力炉が崩壊を起こす。
 間一髪で脱出した彼らの目に、文字通り粉々に砕け散る基地の有様が映った。
 縦横に走った通路は、このためのものなのだと理解したものもいたが、今更だ。
 その幾万もの破片に紛れ、岩に擬態した脱出ポッドが飛び去っていく。
 そして、それらは流星となって、地上へと降り注ぐ。



「うーんこの解放感」
 白衣の男が、ぐっと伸びをする。
「逃げ切ったから、僕の勝ちだね」
 彼は空を見上げてけらけら笑うと、どこかへと歩み去っていく。
 アルフレッド=マイヤー。
 彼はこれからも、どこかで『研究』を続けるだろう。
 そして、その足取りを追う術は、最早ない。
 彼が飽きるまで、どこかの誰かが、悪魔の囁きで人生を狂わされていくのだ。
 その『無尽蔵の』好奇心が『尽きる』まで。