タイトル:【BR】双極マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 3 人
リプレイ完成日時:
2012/04/15 01:41

●オープニング本文


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(――結局、俺は逃げただけなのだろうか)
 喧騒に満ちた街並みを外れ、裏路地を歩く青年。
 名を、チャールズ・グロブナーという。
 ここはラスベガス。
 戦禍から立ち直り、復興しつつある街。
 大通りには希望を抱く人々が溢れ、街区には次々に建物が造られていく。
 そんな活力に満ちたざわめきが、薄皮一枚を隔てた異世界のように感じられる。
 ズキリと、引かぬ頭痛が脳髄を刺した。
「変な顔してるね、相変わらず」
 そんな青年に、一人の少年が声をかける。
 ボロボロのジャケットは不釣り合いに大きく、顔はススで汚れているが、その目は生き生きと輝いている。
「やぁ、テディ。今日は休みかい?」
「親方が、今日は終いだってさ。どーせ昼間からバーのママを口説きに行くんだよ」
 やれやれ、と肩をすくめてみせる少年は、妙に気取った言い方をする。
 その様子がやけに愛らしく見え、青年は苦笑を浮かべた。
 熱い痛みが、脳を焼く。
「‥‥顔色悪いよ? 痛みが酷いのかい?」
「ああ‥‥大丈夫。大丈夫だよ」
 恐らく、そう言う表情は引きつっていたのだろう。
 少年はそれ以上は問わずに、ならいいんだ、と笑みを浮かべた。
 それが寂しげに見えたのは、気のせいなのかどうか。



「記憶が命の証なら」
 どこかで、アルフレッド=マイヤーが楽しげに言う。
「記憶を失ったチャーリーは命を失った‥‥つまり、チャーリーではなくなったのかな?」
「‥‥」
 その問いに、ブリジット=イーデンは答えない。
 マイヤーはそれを気にも留めず、一人語りを続ける。
「それとも、記憶があろうとなかろうと、彼はチャーリーなのかな?」
 だとすれば、と男は続ける。
「彼を本人たらしめているのは、一体何だろうねぇ?」
「‥‥それこそ」
 不意に、ブリジットが口を開いた。
「心、ではないのですか?」
「記憶と心は別物、ということかい? 興味深い見解だね」
 けらけらとマイヤーは笑う。
「君の見解に従えば」
 笑いながら、男は続ける。
「僕も最早、アルフレッド=マイヤーではないことになる」
「それは‥‥」
「あはは。そんな泣きそうな顔をしなくてもいいだろう? 君はやっぱり、科学者には向いていないねぇ」
「‥‥ジャン・バルドーに、チャールズの居場所は教えないので?」
 マイヤーの言を努めて無視し、ブリジットは話題を変えた。
 男は気にした風もなく、頷く。
「そうしちゃうと、フェアじゃないからね。ジャンには、ラストホープの連中と対等の条件で競争してもらわないと。先に見つければ、ジャンの勝ち。遅れたら、多分、負けるんだろう」
「対等の条件、ですか」
「いやまぁ、本当に対等かどうかなんて知らないけどね」
 くつくつとマイヤーは笑う。
 今日の男は、笑ってばかりだ。
「‥‥随分と、ご機嫌がよろしいようで」
「まぁ、ねぇ。エアマーニェにもズゥ・ゲバウにも、僕は従う義理はないし。ま、閣下が再起したら、うん、考えなくはないかな。とにかく、今の僕は自由の身だからね」
 命令されたら別だけど、と男は一瞬だけ嫌そうな顔をした。
 つまり、とブリジットは嘆息する。
「邪魔をされずに鑑賞できる‥‥と?」
「そーゆーことさ」
 にっこりとマイヤーは笑う。
「でもまぁ、大道具というか、裏方としての仕事は果たさないとね」
 面倒だなぁ、と呟きながら、嬉々とした様子で男は去っていく。
 その後姿を見送り、ブリジットはもう一度嘆息した。



「この辺なのァ、間違いねェんだがナ‥‥」
 黒衣の男が、呟きながら髪をかき上げた。
 くすんだ灰色の髪が、早春の風に僅かに揺れる。
「ドクの野郎、肝心な情報はよこさねェ。まァ、わかってたがヨ」
 金色の目を細め、苛立たしげに男――ジャン・バルドーは吐き捨てた。
 目の前を往来する大勢の人間が目障りだった、というのもある。
 この人の海から一人を探すのは、骨なのだ。といって、ここはUPCの基地も近く、強硬手段に出るのは最後まで控えたかった。
 結局、虱潰しに探すしかない。‥‥今のところは。



「――2週間程前からガレキ街、ああスラムの方で、壊れたバイクを持った新入り、を見かけるようになったそうです」
 壮年の男が、ラウディ=ジョージ(gz0099)に報告する。
 それを聞くと、ラウディは珍しく片手で目の辺りを隠し、嘆息した。
「‥‥隊長?」
「ああ、いや‥‥。アトラスは、引き続き捜索の指揮を取れ。当たり、だろう」
「は」
 詮索はせず、男は軽い敬礼を返し、去っていく。
 その姿が消えると、ラウディは改めて嘆息した。
「偶然か運命か知らんが‥‥随分と皮肉だ」
「私どもにも、縁の深い街です」
 男の脇に控えていたクラウディアが、静かに相槌を打つ。
 ラスベガス。
 解放されたのは、ちょうど2年前だろうか。
 復興はかなり進んだという話だが、それでも、旧街区の半分近くは未だに手付かずのスラム――ガレキ街となっている。
 労働者と以前の住人、そして家を無くした流れ者とが混じり合った今のラスベガスに、かつての一大歓楽街の面影は見えない。
 だが、喧騒だけならば匹敵するだろう。
 そんな中でチャールズの消息を掴めたのも、バイクという目印があったからに過ぎない。
「時間はかけられんが、余り大げさにもできん。‥‥スラムの連中は、身内意識が高いからな」
「軍の手は借りられない、という事ですね。ラストホープに、依頼を出しますか?」
「俺たちだけでは、恐らく足りまい。‥‥文字通り、最後の希望になってもらおう」



「や、元気かい?」
「‥‥貴方は、マイヤー、さん?」
「あはは、さん、はいらないよ」
 チャールズの前に、マイヤーが立っていた。
 その白衣は砂埃に汚れている。研究者崩れの浮浪者、と言われれば、通じるかもしれない。
「ま、今の段階で君に死なれても困るからね。応急処置の時間稼ぎだけど、はいこれ」
「これは‥‥」
「飲み薬。ま、痛み止めみたいなもんさ」
 けらけらとマイヤーは笑う。
 チャールズは僅かに逡巡し、意を決してその錠剤をひと粒頬張ると、飲み込む。
 ‥‥やがて、まとわりついていた頭痛が和らいできた。
「言っておくよ。その頭痛は初期症状だ。やがて、痛みは全身に広がる。で、手足が動かなくなったら、アウトだ」
「‥‥時間は?」
「ま、今日明日ではないでしょ。2〜3週間かなぁ」
「一つ、聞きたい」
 久々にすっきりとした頭で、チャールズは問う。
「俺は、逃げたのだろうか?」
「逃げるっていうのはね、チャーリー、心を裏切るって事さ」
「心を‥‥?」
「信じる道を進めばいい。記憶はなくても、道標は見えるだろう?」
「‥‥難しい事を言うんだな」
 青年は苦笑する。
 礼を言おうとした瞬間、不意に風が巻き起こり、それが収まった頃、マイヤーの姿は消えていた。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
白銀 楓(gb1539
17歳・♀・HD
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA

●リプレイ本文

●道標
「助けるべき人々、か」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)の言葉に、チャールズ・グロブナーは薄っすらと微笑んだ。
 その言い方は、どこか嬉しそうでもあり、悲しそうでもある。
「俺は‥‥多分、助けよう、と思ったことは、ないんだと思う」
 噛み締めるような台詞に、九条院つばめ(ga6530)は僅かに小首を傾げた。
「‥‥記憶が、戻ったのですか?」
 少女は問う。
 それには、青年は黙って首を振った。
「感覚的な話だが、そう、助ける、助けたい、そんな気持ちを、確かに意識したことはあった。だが、しっくりはこなかった」
 つまり、とチャールズは続ける。
「――以前の俺は、酷く独りよがりだったのだろうな。いや、今も、か」
 そう言って彼は笑い――声が響いた。
「あァ、やっぱ先ィ越されてんゼ」
 聞き覚えのあるその声に、誰もが一斉に振り返る。
 招かれざる客。
 ジャン・バルドーがそこにいた。



 ――時間は遡る。
 ガレキ街は、いつも通りの喧騒の只中にあった。
 しかし、綺麗も汚いも善も悪も飲み込む混沌とした街にあって、それでも浮く影が一人。
 漸 王零(ga2930)。
 完全武装、という言葉がぴったり、というよりも、そう形容する他はない。
 王零自身は気にも留めていないようだったが、往来の真ん中で彼の周りには不自然な空白ができている。
 聞き込みにしても、これでは効率が悪い。
「‥‥思ったよりも情報が集まらんな」
 やれやれ、と王零はため息をついた。
 ジャンのこと、そしてチャールズのこと。
 いずれを問うても、慌てたように去っていくか、知らないの一点張りだ。
 直接の情報が集まらないのは仕方ないにせよ、会話すら続かないのはいかにもマズい。
 情報収集の基本は、結局のところパズルのピース集めである。
(まぁ、構わんが)
 くるりと男は視線を周囲に巡らす。
 ガレキ街というだけあって、辺りは整然とした街並みとはお世辞にも言えない。
 入り組んだ路地に、大通りと言えなくもないメインストリート。
 ‥‥仮に戦闘が起こったとして、この場でどうすれば被害を最小限に留められるだろうか。
 人がまばらであれば大した労力も必要なかろうが、この雑踏だ。
 避難ルート、退避ルート、そういったものは、今から考えておく必要があった。
「‥‥この街で、彼は答の欠片でも見つけられているかね」
 王零は僅かに思考を移す。
 ジャンに狙われている以上、いや、仮に狙われていなくとも、チャールズに残された時間は少ない。
 その中で、どれだけ青年は足掻けているのだろうか。
 そして何より、彼を狙うジャンはどこまで迫っているのだろうか。
(面倒なことになりそうだ)
 心中の呟きとは裏腹に、王零の顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。
 さて、男とペアを組んでいる赤村 咲(ga1042)はその頃、近くの酒場にいた。
「少し聞きたいんだが、最近、この青年を見かけなかったか?」
 カウンターに手を置き、咲は店主に写真を見せる。
 店主の男はちらりと視線を咲に向けると、小馬鹿にしたように答えた。
「お客さん、ここは酒場ですぜ」
「‥‥失礼。バーボンをストレートで」
 少しして、琥珀色の液体がショットグラスに注がれて差し出された。
 同時に、店主が写真に目を凝らす。
「‥‥知らんな。教会のシスターなら、知ってるかもしれんが」
 その答えに咲は肩をすくめると、グラスの酒を一気に飲み干す。
 液体が喉を焼き、胃の辺りがカッと熱を持った。
 カウンターにチップと共に勘定を置き、去ろうとした咲に、不意に店主が声をかける。
「あんた、表の兄さんの知り合いだろ? 物騒なもんはひけらかしてくれるなと、伝えてもらえんかね」
「‥‥」
 酒とは別の熱がこみ上げるのを感じながら、咲は店を出る。
「収穫は?」
「‥‥ああ、教会に行ってみよう」
 至って平然とした様子の王零に、咲はサングラスをかけ直す振りをして表情を隠した。

 話は前後するが、8人の能力者はガレキ街の西、つまりは新市街地方面から東へと向かっている。
 理由は、新市街地でアンジェラ・D.S.、鈴木悠司、明神坂 アリスら3名とプレアデスが集めた情報による。
 なんでも、ガレキ街の新人は西から入るのが常で、顔役に話を通してから中央区の教会である種の「住民登録」をするのだという。
『とにかく、話を聞く価値はあると思う』
 アリスは無線でそう伝えていた。
 咲の聞いた酒場での話は、少なくともその情報にひとつの裏付けを与えるものであるだろう。
「問題があるとすれば‥‥」
 アンジェラは集めた情報を整理しながら、僅かに眉をひそめる。
「顔役の素性が分からないこと、かしら」
 かり、とボールペンのノック部分を軽く噛む。
 情報が真実であれば、むしろその顔役こそがチャールズの行方を知っているのかもしれない。
 つまり、教会は単なる窓口でしかない、という可能性だ。
「俺、また回ってきますよ」
 悠司はそう告げるとバイクに乗り、再び情報収集に向かった。
 ともあれ、こうしたサポートの働きが、実働組の少々の不手際を補っていたことは明記しておく。

 さて、咲と王零が教会に足を向けたのと同じ頃、南西区ではケイ、鐘依 透(ga6282)、つばめの3人が聞き込みを続けていた。
 ケイと透はバーにいた。
 目立つ武装は隠しているために、そこまで警戒はされていない。よそ者に対する距離感こそあったが、それも酒とケイのパフォーマンスで概ね緩和されたようだ。
「写真だけじゃなぁ」
 昼間から顔を赤くしている男が、大げさにため息をつく。
「おいビル、おめぇ、こいつ見たことあるか?」
「‥‥あぁ? さぁなあ。最近は人も増えてるしよぉ」
 隣の男も、写真を一瞥しただけで気のない返事を返す。
「‥‥そう。邪魔したわね」
「悪いな、酌までしてもらっといてよ」
 バツが悪そうに頬をかいた男に、気にしないで、とケイは微笑んでみせた。
 早々当たりを掴めるとは思っていない。
 その時、ビルと呼ばれた男がひらひらと手を振った。
「よぉ、それ以外に何かねぇのかよ? あれだ、手がかりっつーの?」
「容姿以外となると、えと、赤いバイクを持っていた、はずですけど‥‥」
 それに透が答える。
「バイクぅ? ‥‥おいキース、玩具持った新入りが、そういやいなかったか」
「いわれてみりゃあ、教会で話があった気もするわな。あー、あれだ、ダリルが妙に気に入ってたとか何とか」
「おお、それよそれ。ダリルに聞いてみな、姉ちゃん」
「ダリルさん、ね。ありがとう」
「いいってことよ。また踊りでも見せてくんな」
「へへへ、キース、このエロオヤジめ、へへへ」
 酔った男の言葉に笑顔を返して、ケイは透に目配せをした。
 小さく頷いた青年は、静かにカウンターにチップを置くと、入り口へと向かう。それにケイも続いた。
 一方、店の入口から少々離れた通りでは、つばめが子供たちを中心に話を聞いていた。
 子供は周囲の環境の変化に敏感だ。目立つ新参者が、もしその目に留まっているならば、覚えていないはずはないだろう。
「‥‥そっか。ありがとう」
 とはいえ、この人の数だ。芳しい答えが得られるとも、限りはしない。
 つばめは辿々しく答えた子供の頭を優しく撫でながら、穏やかに礼を述べる。
 焦ってしまえば、それは結局のところ道を閉ざしかねない。今は、できることを確実にこなすしかないのだ。
(――そう。彼と同じように、目をそらさず、前を向いて‥‥)
 チャールズの背に、その手が届くまで。
 静かに手を握りしめ、立ち上がった少女の目に、ケイと透の姿が映る。
 何かを掴んだらしい友人と恋人の姿に、つばめは表情を綻ばせた。
「ダリルさん、って人が知っているかもしれない」
「ダリル、さん」
 透の言葉を、つばめは繰り返す。
 あるいは、それは話に聞いた顔役だろうか。
「‥‥親方に何か用かい?」
 不意に声がかけられた。
 振り返った3人の前に、少年が立っていた。
 羽織ったボロボロのジャケットは不釣り合いに大きく、いかにも背伸びをしている年頃、といった感じだ。
「えっと、君は?」
「セオドア。‥‥アンタたち、誰か探してるの?」
 透の問いに少年は名乗り、胡散臭そうな目で3人を見つめる。
 その視線に目をそらすことなく、つばめはチャールズの写真を取り出して見せた。
「私たちは、この人を探しているんです。知って、いますか?」
「‥‥この人が、どうかしたのかい?」
 少年の声に、僅かに動揺が混じったのを3人は聞き逃さなかった。
「友人、なんです。大切な。本来なら、入院して治療をしなくちゃいけない。でも‥‥彼にはやることがあった」
 つばめがそこで言葉を切ると、透が引き継ぐ。
「――僕たちは、彼を一人にしたくないんです。彼の、力になりたい」 
「‥‥ふーん。だから、探してる?」
「ええ、そうよ」
 ケイが頷く。
 少年は、そんな3人の目をじっと見つめると、くるりと踵を返した。
「――来なよ。親方のとこに案内する」
「‥‥ありがとう、セオドア」
「テディでいいよ。皆、そう呼ぶ」
「そう。じゃ、ありがとう、テディ」
 ケイの礼に、テディは照れたように頬を赤くする。
 それを隠そうとして、少年はぶっきらぼうに告げた。
「親方は、今なら北の工房にいる。ちゃんとついてきてよね」

●再会
 ケイと透、つばめの3人がテディの案内を受けた頃、北では北柴 航三郎(ga4410)、白銀 楓(gb1539)、湊 獅子鷹(gc0233)の3人が情報を集めていた。
 店や通りでの聞き込みを行うものの、獅子鷹の装いが多少のネックとなっていた。
 王零程ではないにせよ、その装備は街の中に相応しいとはいえない。
 救いがあったとすれば、獅子鷹の態度が友好的であったことと、菓子や酒などの対価を惜しまなかったことであろう。
「よう、こんなの見なかったかい?」
 酒瓶を片手に、少年は酒場の客に声をかけた。
 示した写真は2枚。一枚はチャールズ、もう一枚は、ジャンのものだ。
「おめーも人探しか、兄ちゃん」
 酒臭い息を吐きかけながら、客の一人が鷹揚に笑った。
「あぁ、こっちの黒尽くめの兄ちゃんなら、何時間か前に南で見たな。へへ、お仲間か?」
「‥‥まぁ、そんなもんだ」
 ジャンは南にいた。
 その情報に、獅子鷹の口元が自然に歪んだ。探すべきはチャールズだと分かっていても、胸の奥で蟠る感情は隠し切れない。
 少年は、ジャンに会いたかった。
 そのための、武装なのだ。それは、王零も同様なのだろう。
「こっちの兄ちゃんは知らねえなぁ。最近は、この街も景気が良くてよ。人が多いから、よっぽどじゃねえと覚えねえよ」
 差し入れの酒が余程お気に召したと見え、客はぺらぺらと続ける。
「誰か、知ってそうな心当たりはないか?」
「あぁ? そうだな‥‥おい、おいバリー! おめー誰か知ってそうな‥‥おお? おお、おお! ダリルか! そうだそうだ、奴がいたな」
「ダリル?」
「おう。そうさな、ここらの代表っつーか、古株ん中で一番頼られてる奴さ」
「へぇ‥‥。わかった。ありがとな、オッサン」
 獅子鷹は、去り際に多めの酒代も握らせると、そのまま出口に向かう。
 客たちは、それで興味を次の酒に移したようで、少年に目を向けることはなかった。
 獅子鷹が通りに出ると、航三郎が近くの雑貨店から出てくるのが目に入った。
 男も少年に気づいたようで、買ったものが入った紙袋を抱えながら近寄ってくる。
 挨拶もそこそこに、航三郎は口を開いた。
「直接見た方はいませんでしたが、ダリルさん、という方なら知ってるだろう、と」
「俺も、その名前は聞いた。どうも、例の顔役らしいな」
「プラティナム、いえ、白銀さんの話も聞きたいですが‥‥ひとまず、ダリルさんを探すべきでしょうね」
 それにしても、と航三郎は紙袋を下ろすと、首をひねった。
「ある程度は覚悟してましたけど、まさか目撃情報が皆無とは‥‥」
「‥‥無理もないよ。この人の数じゃあ‥‥忘れちまうのさ」
 どこか達観したように、獅子鷹が呟く。
 酒場の客が言っていたように、つい最近目にしたか、印象的な何かがなければ、覚えていない。
 まして、チャールズが好んで人前に顔を出すとも思えなかった。
 その頃、バイクの修理工やパーツ店を探していた楓は、ようやくある店に行き着いていた。
『パーツショップだぁ? んな洒落た店がここにあるもんかよ』
『ガラクタ屋ならあるけどな』
『へへ、工房っつってやれよ。ダリルの奴が怒っちまうぜ』
 何とか聞き出した会話を思い出し、少女は様々な機械――全て壊れているが――が並んだ建物の前で、小さく深呼吸をした。
「あの、ごめんください」
 廃屋、という表現が似合いそうな店の中に、楓は一歩踏み入った。
 返事はない。
「えと、どなたかいらっしゃいませんか?」
「‥‥おう、珍しい客だな」
 二度目の呼びかけに、のそりと店の奥から男が姿を現した。
 白髪交じりの頭髪が年齢を忍ばせるが、体躯はがっしりとしており、いかにも頑固な職人といった雰囲気を思わせる。
「ダリルさん、ですか?」
「いかにも、ワシがダリルだが」
「あの、私、白銀楓といいます。この辺りに新しく来た人で、紅いバイクを持った人を探しています」
 早口になりそうな声を抑え、少女は写真をダリルに示した。
 男は僅かに目を細めると、ふむ、と腕を組む。
「‥‥嬢ちゃんの知り合いかい?」
「はい。‥‥だ、大事な人、です」
 改めてチャールズをそう表現することがどこか面映く、楓は少しだけ頬に朱を浮かべた。
 そんな少女の表情をしげしげと眺め、ダリルは何か感心した様子だ。
 どうにも居心地が悪く、楓はもじもじと指をいじり始める。
「奴め、隅に置けんな」
 ぼそりと呟くと、ダリルは店の奥に戻っていく。
「あ、あの!」
「少し待ちな。店じまいの用意をしてくる」
 その返事に顔を輝かせると、楓は手がかりを見つけたことを無線で知らせた。



 鋭い痛みが、薬が切れたことを強烈に主張していた。
 チャールズは懐から錠剤を取り出そうとし、不意に瓶を取り落とした。
「‥‥」
 左手に目を落とす。
 痺れたような、違和感があった。
『手足が動かなくなったら、アウトだ』
 マイヤーのその言葉が蘇る。
「‥‥不思議だな」
 小さく笑って、青年は瓶を拾う。
(記憶も、余命さえ‥‥)
 達観とはまた違った表情が浮かんでいる。
「それでも、俺はまだ、生きている」
 呟くと、青年は立ち上がった。
 瓶を握った手に力を込め、大きく振りかぶる。
 ガレキ街の外れから荒野に向かって放物線が描かれ、呆気無く瓶は砕け散った。
 ズキリと脳髄が痛む。
 だが、チャールズの顔に、もはや苦痛の色はなかった。



 結果だけを言えば、楓の無線は必要なかった。
 咲と王零は、教会でダリルを訪ねるように言われたところだったし、ケイと透、つばめの3人はテディに案内されていたからだ。
 全員が合流したとき、テディは呆れたように呟いた。
「‥‥大人気だな、チャーリー」
 恐らく、ここにいなかったサポートの3人やプレアデスの存在も伝えれば、むしろ何も言えなかったに違いない。
 人探しをする者は珍しくはないにせよ、この人数での捜索は、少年にしてみれば異例だった。
 それはともかく、テディはダリルといくらか言葉を交わすと、ついてくるようにと2人で先頭に立つ。
 進路は、東へ。
 裏通りを進み、ガレキ街においても更に人気のない区画へと。
 その一番外れの、瓦礫が折り重なって壁と屋根を形成しているような場所。
 一行がそこに辿り着いたとき、探し人――チャールズは、紅のバイクに被せられたボロボロのシーツを取り払うところだった。
「――チャールズさん!」
 そう声を上げたときには、楓は走り出している。 
 チャールズに会ったらああ言おう、こう言おう、と考えていたことは、一瞬で真っ白になった。
 自らを呼ぶ声に青年は振り向き、僅かに驚いたような表情を浮かべ――飛び込んできた少女を受け止めた。

●覚醒
「メイプル‥‥? それに、皆も‥‥」
「よぅ、色男。‥‥答えは見つかったか?」
 ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべ、王零が声をかけた。
 その問いに、チャールズは小さく、だがしっかりと頷く。
「そうか。家出も、無駄ではなかったようだな」
 くく、と王零は笑ってみせる。
 青年はそこで、少しだけバツが悪そうに頬をかいた。
「‥‥手間をかけたようだな。すまない」
「いや、君が無事なら、いいさ」
 咲がそう言うと、ケイやつばめも頷く。
「ほんとですよ」
 楓がチャールズの腕の中で呟き、ゆっくりとその身を離した。
「色々、言おうと思ってました。でも‥‥無事だって分かったら、もうそれだけで‥‥」
 はにかむように、少女は下を向く。
 少し前なら、涙のひと粒も零していたかもしれない。だが、今は違う。
「メイプル‥‥」
「楓です」
 青年の呼びかけを、楓は少し気取ったように遮った。
「私は、白銀楓。‥‥私の、本当の名前です」
「――カエデ、か。素敵な響きだ」
「メイプルのままだったら、きっと、泣いてたでしょうね」
 くすりと少女は笑う。
「あー、オホン」
 と、テディが不意に咳払いした。
「邪魔して悪いけどさ、チャールズ‥‥説明してくれると嬉しいかな?」



「――と、かいつまんで説明すると、こういう訳です」
 航三郎が、そう説明を終えると、テディとダリルは曖昧な表情で顔を見合わせた。
 無理もないか、と男は内心で苦笑する。
 支障のない範囲で説明しようとすれば、結局、それはわかりづらいものとなってしまう。
「まぁ、ぶっちゃければ」
 獅子鷹が言葉を継いだ。
「悪党と戦って、こいつは記憶を失った。で、仲間の俺たちは、その悪党より先にこいつを見つけたかった‥‥ってことだ」
「悪党って‥‥バグア?」
 テディの質問に、獅子鷹は頷く。
 変に誤魔化すのも、時間の無駄だろう。
 不安げな表情を浮かべた少年の肩を、ダリルが力強く叩いた。
「俺たちは、チャールズを脱走兵か何かだと思ってた」
 ダリルが言う。
「のっぴきならない事情があって、一人で逃げなきゃなんなくなったんだ、とな」
「うん。何か、人に言えないことがあって、悩んでるんだって」
 そう思ったんだ、とテディが続けた。
「頭痛が酷いのは知ってた。看病したこともあるしね。でも、さっきまでの様子じゃ治った‥‥のかい?」
 伺うように、少年がチャールズを見つめる。
 青年が微笑んで頷くと、ホッとしたようにテディも笑った。
「‥‥本当ですか?」
「ああ。‥‥もう、気にならないよ」
 透の問いに、チャールズはもう一度頷く。
 彼はその返答に少々の違和感は覚えたが、それはケイも同様だったようだ。
 憂いのある表情を浮かべ、気遣わしげに青年を見つめている。
「――それじゃ、チャールズはもう、行くの?」
「ああ。‥‥もう、行かなくちゃ」
 どこへ、と聞こうとして、テディはそれを飲み込んだ。
 代わりに、精一杯の笑顔を浮かべると、こう言った。
「また、会えるよね?」
「‥‥ああ、きっとだ」
「へへ、そしたら、次に会うまでに親方の跡を継いどかないとな」
「バカモン。100年早いわ」
「そんなに!?」
 テディとダリルの掛け合いに、小さいながらも幸福な笑いが起こり――2人は名残を惜しみつつ、去って行った。
 それを見送ると、ケイが口を開く。
「彼らが、貴方の助けるべき人々なの?」
 その言葉に、チャールズは薄っすらと微笑み――歯車は元の時刻へと戻る。



「ジャン・バルドー‥‥!」
 招かれざる客の名を、つばめが口にした。
「ひヒ、そう怖ェ顔すんなっテ。俺ァやる気はねェんだゼ?」
「どういう意味だ」
 底冷えする声で、咲が言う。
 ジャンはおどけたように肩をすくめ、首を振った。
「おォ、怖ェ。言ったロ? 俺はドクの犬なのサ。言いつけにハ、従わねェとヨ」
「マイヤーの、言いつけ‥‥?」
 気味の悪い予感を覚え、思わずつばめは身震いする。
 それを肯定するように、ジャンは下卑た笑いを零した。
「おォヨ。俺が先に見つけりゃァ、俺の勝チ。お前らが先なラ、お前らの勝ちサ。賞品ハ、ひヒ、先輩の命‥‥ってナ」
「ふざ、けるな!」
 思わず航三郎が激昂する。
「きさん、人の命を‥‥!」
「あン? やんのカ? 俺ァ構わねェけどヨ」
 挑発するように笑うジャンと、怒りに震える航三郎との間に、王零と獅子鷹が進み出た。
「落ち着け、北柴。奴の思い通りになるぞ」
「‥‥分かっています! でも‥‥!」
「ここでやり合えば、住民も無事では済まんぞ。避難ルートは考えていたつもりだが、こう入り組んでいては、乱戦は必至だ」
 正義感の強い者ほど、ジャンの、引いてはマイヤーの考えは許し難い。
 だからこそ、奴らはそこを突いてくる。
 航三郎は必死に怒りを飲み込むと、義憤に輝かせた双眸でジャンを睨みつけた。
 その視線を、男は愉快そうに笑い飛ばす。
「ひハ! 命ってのァそんなに大事かねェ!」
「何を‥‥」
 不快そうに、透が顔をしかめた。
 構わず、ジャンは続ける。
「何もしなくたってヨ、いずれ消えるもんだロ? だったらよォ、今消えたって一緒だろォガ!」
 耳障りな笑い声が響く。
「あひひゃハ! そうヨ! だからこソ、今死ねってさァ!」
「――違うな」
 透明な声音が、ジャンの笑いを遮った。
 チャールズだ。
「確かに、命はいずれ消える。どんな焔も、いずれ燃え尽きる。――だからこそ」
 いつの間にか、その腰にはベルトがあった。
「だからこそ、その終わりを‥‥他人が強いるな!」
「‥‥ひヒ、吠えるじゃねェカ、先輩。やっパ、分かりあえねェわなァ」
「ああ。俺とお前は、決して相容れない」
「双極ってかァ? 洒落た物言いだゼ、色男。‥‥デ? 変身の仕方は覚えてんのカ?」
 馬鹿にしたようなジャンの問いには答えず、チャールズはベルトに利き腕を添える。
「‥‥ッ! てめェ、やっぱフカシこいてやがったナ!」
「‥‥覚えてなどいない」
 バックルの部分の突起を押し込むと、腕時計からトリガーが現れ、左手に納まる。
「俺は、生きている。記憶をなくそうとも、余命を失おうとも‥‥。今はこの‥‥胸の奥から湧き上がる、命の熱にこそ、俺は従う! ――変身っ!」
 掲げられた左手が、虚空に向かってトリガーを引き――真紅の光が辺りを包んだ。
 その中からバスタード‥‥いや、ブレイズ・ライダーが姿を現す。
 心なしか、そのフォルムは以前よりもシャープに、洗練されて見える。
「――チッ! ドクの野郎、いい加減なこと言いやがル。なァにガ、記憶がなきゃ楽勝、ダ」
「やる気があるなら、俺たちも相手になるぜ? ジャン」
「あァ? 面倒くせェ、こっちから願い下げだゼ。‥‥近いうちニ、招待状送ってやらァ。それまデ、精々死なねェようにナ」
 構えた獅子鷹に、ジャンはため息をついて頭をかき、徐に踵を返した。
 隙だらけの背中に打ち込むことは容易に見えたが、この場でのやぶ蛇はいかにも愚策だ。
「てめぇこそ、死なねえようにな。このクソ野郎」
 互いに捨て台詞を交したところで、王零も口を開いた。
「おい、ジャン。あえて宣告しておく。‥‥汝の言う『救い』は、我が汝にくれてやる。楽しみにしておけ」
「――ハッ!」
 鼻で笑ったジャンは、パチンと指を鳴らす。
 と、どこからともなく、猛スピードで黒いバイクが現れ、土煙を巻き上げる。
 それが収まったとき、ジャンの姿もまた、消えていた。

 変身を解いたチャールズに、つばめが心配そうに声をかけている。
 何か、様子がおかしかったからだ。
「無理を、なさってるんじゃないですか?」
 その声に、青年は少しだけ笑った。
「いや‥‥怪我の功名、なのかな」
「え?」
「全部ではないが、思い出したよ。‥‥メイプル、いや、カエデ。そして、他の皆も。心配かけて、すまなかった」
 深々と頭を下げたチャールズに、その場の全員が一瞬言葉を失った。 
 なぜ、このタイミングで、という疑念がないではない。
 だが、過去も現在も、この青年がこうした嘘をつくというのは、ありえない。
 であれば――
「チャールズさん!」
 飛び跳ねるようにして、楓が声を上げた。
 そして、すぐさま無線で新市街地の仲間にも伝えている。相手は、アリスだろう。
 素直な喜びの感情を表す少女を横目に、透が一歩進み出た。
「‥‥チャールズさん、まだ戦うおつもり、なんですか?」
「‥‥」
 無言を肯定と取り、透は続ける。
「守るため、ですか? でも、貴方が生きていてくれた、それだけで‥‥あんなに喜んでくれる人が、貴方にはいる。それは、とても‥‥幸せなことだと思うんです」
 それでも、戦うんですか。青年はそう続けようとして、首を振った。
 言わずとも、通じているはずだと信じて。
 透はじっとチャールズを見つめ、返答を待つ。
「――言ったろ? 俺は、酷く独りよがりなんだ。そう、君の言う通り、戦う理由はきっと、もうずっと昔になくなっている。それでも、俺は‥‥胸の奥に燻る衝動に、熱い何かに突き動かされて、戦ってきた」
 そこで、青年は言葉を切った。
「‥‥この想いに、理由はないのかもしれない。答えも、見つからないのかもしれない。でも、それでも俺は‥‥走り出して、しまったから」
「不器用なのね、貴方」
 ケイがくすりと笑った。
「‥‥けれど、伴走をするのは、私たちの勝手でしょう?」
「はい。私たちが、貴方の背中を支えます。‥‥自分で、勝手に」
 つばめもまた、多少悪戯っぽく笑ってみせた。
 そんな2人に、チャールズは僅かに目を見張り、一本取られたとばかりに笑い始める。
 そこへ、楓から声がかかった。
「チャールズさーん! アリスちゃんが、すぐ行くから待ってて、だそうですよー!」
「――了解だ! ‥‥全く、君らは本当にお人好しだ。俺のような、身勝手な馬鹿を相手に‥‥」
 笑いをこらえるような素振りで、チャールズは顔を手で覆った。
 その頬を光る何かが伝っていることを、誰も指摘はしなかった。
 ‥‥一時の穏やかな時間が、ゆっくりと流れている。
 たとえその時間が、仮初の幻であるとしても。

 咲と航三郎は、少し離れたところからガレキ街を見渡していた。
「‥‥マイヤーの動きがない、か」
「やっぱり、気になりますよね」
 航三郎の言に、咲が頷く。
 何かを仕掛ける機会は、いくらでもあったはずだ。
 それを念頭に置いた対策もしていたが、それらの多くは空振りに終わっている。
 無論、それ自体は良いことかもしれない。
 だが。
「静かすぎる」
「‥‥どこかで、見てるんでしょうけど」
「俺たちの懊悩も、演目のうちだというのか‥‥?」
 チ、と咲は舌打ちする。
 目に見えぬ、しかし、確実に存在する悪意。
 おぞましい粘液のように何かがまとわりついているようで、航三郎は身震いした。



 どこかで、マイヤーが笑っている。
「いやー、盲点だった。そーだよね。『生体』金属だもん」
 何事かを納得した様子で、しきりに頷く男に、ブリジットが首を傾げた。
 その様子に、マイヤーはもう一度笑う。
「あはは。だからさ、共生関係なのさ。宿主が死んだら困るってね。つまり‥‥」
「チャールズの記憶を、電気信号の形で生体金属が補完していた‥‥?」
「多分、だけどねー」
 台詞の割には、男はそう断定している様子だ。
「いやー、面白くなってきた。こりゃ、チャーリーはアレも使っちゃうだろうね」
 けらけらと、マイヤーは楽しそうに笑っている。
 男がこう笑うときは、少なくとも一人の人間が不幸になるときだ。
 ブリジットはそれを思い、沈痛なため息をこぼした。