タイトル:【BR】記憶は命の証マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/19 23:27

●オープニング本文


 軍の病院にバスタード・ライダーことチャールズ・グロブナーが収容されて、早くも2ヶ月が経とうとしている。
 状態は安定しているということだが、意識が戻る気配は未だにない。
「‥‥こんな形で再会するとは」
 チャールズの眠るベッドの傍らに、彼の父、アルバート・グロブナーの姿があった。
 その表情には、隠せぬ疲労の色が浮かんでいる。
 ――このまま、意識が戻らなければよい。
 そんな考えがないといえば、嘘になるのだろう。目覚めた息子を待っているのは、隔離と尋問と‥‥おそらくは、実験。
『せめて、意識が戻るまでは』
 チャールズがこの病院に居続けられる理由は、結局のところ、アルバートのその嘆願でしかない。
 フーバーダム奪還の『英雄』でなければ、それでも聞き入れられはしなかったのだろう。
「ここにいたのか、大佐殿?」
「‥‥ジョージ」
 病室の扉に、ラウディ=ジョージ(gz0099)が寄りかかっている。
「チャールズは生きているんだ。‥‥そう、根を詰めないほうがいい」
「‥‥ああ、そうだな」
 甥っ子の不器用な気遣いに、アルバートは僅かに表情を緩めた。
 そうだ、確かに、チャールズは生きている。
 ならば、やり直す機会などいくらでもあるはずだ。少なくとも、そう信じることはできる。



「記憶は命の証! チャーリーはいいことを言うねぇ」
 どこかで、アルフレッド=マイヤーが楽しそうにはしゃいでいる。
 その隣には、彼の助手のブリジット=イーデンが控え、目の前の汚れたテーブルには、ジャン・バルドーが乱雑に腰掛けている。
「デ? いつまで待ってりゃいいんダ?」
「そりゃー目覚めるまでさ。それとも、君は今のあそこに単身で乗り込む気かい?」
 くつくつとマイヤーが笑う。
 あそこ、つまりチャールズの収容された軍病院の警備は、少なくともジャン一人でどうにかなるものではない。
 駐留するUPC部隊は少数ながら、それを補って余りあるのがラウディの率いるプレアデスだ。
「あの能力者連中相手じゃ、君に勝ち目はないよ。それに、ラストホープからもちょくちょく来てるみたいだし?」
 ずいぶん厳重だね、とマイヤーは何故か嬉しそうに呟く。
「‥‥っつーかヨ、いつ目ェ覚ますんだって話サ」
 少々バツが悪そうに、ジャンが口を尖らせた。
 その疑問に、マイヤーはあっさりと答える。
「ああ、そりゃもうすぐだよ」
「‥‥何故、お分かりに?」
 それには、ブリジットも流石に怪訝な顔をした。
 確かに、チャールズの状態は彼女らもモニターしている。
 だが、だからといってその回復の予兆まで捉えられるのかといえば、難しい。
「ふふふ、僕の専門を忘れたのかい? まぁ、そうだね、遅くても今月中には‥‥」
「あア、わかったヨ。もう少し辛抱すりゃァいいんだロ?」
 話は終わりだ、とばかりにジャンが首を振った。
 マイヤーとの付き合いは長くはないが、それでも理解したのは、この男の与太話に付き合うと身が持たない、ということである。
 事実、話の腰を折られてもマイヤーはけろりとした顔だ。
「そうだね。ま、折角だし、君の調整も進めとこうじゃないか。アレも使いたいだろうし」
「‥‥まァ、ナ」
 アレ、という言葉にジャンは僅かに顔を背ける。
 その反応が妙に思え、ブリジットは眉をひそめた。
「ダーケインに、何か?」
「いヤ、それじゃねェ。‥‥ファーストのにモ、何か積んでんだロ?」
「積んでるよ?」
 マイヤーは、至極当然という表情を浮かべる。
 ジャンは、やや苛立たしげに舌打ちをした。
「アレがよくわかんねェんダ。‥‥気づいたラ、目の前にいやがっタ」
「あはは、そりゃーそうだよ」
 けらけらとマイヤーが笑う。
「アレはね、君のとは別の意味で特別製なんだ。‥‥今は、それだけ教えとこう」
「‥‥ケッ」
 ふてくされたように、ジャンはもう一度舌打ちする。
 馬鹿にされた、と感じたのかもしれない。
(まぁ、無理もないのですが)
 密かにブリジットが嘆息する。
 あの原理は、彼女にしても完全に理解できたわけではない。
(時間を‥‥など)
 ブリジットはそっと額を押さえた。
 何故、その技術をもう少し別の方向へ使わないのだろう。



 病院のエントランスで、ラウディが来客を迎えていた。
「お待ちしておりました」
 男の隣に控えていた、クラウディア=ホーンヘイムが恭しく礼をする。
 現れたのは、ラストホープの能力者たちだ。
「‥‥ま、いつも通り、気分転換だとでも思ってくれ。時間までは、好きにすればいい」
 場所はパッとしないがな、と男は皮肉っぽく笑う。
 陽の光が入る玄関ホールは明るいが、それでも病院だ。
 ともあれ、ラウディの招きに応じた能力者たちは三々五々に歩き出した。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
白銀 楓(gb1539
17歳・♀・HD
明神坂 アリス(gc6119
15歳・♀・ST

●リプレイ本文

●鼓動と涙
 チャールズ・グロブナーが収容されている病院は、規模こそ大きくはないものの、設備は整っているらしい。
 建物は清潔で、何より静かだ。
「ラウディさん、お久しぶりです。お変わりないようで?」
 赤村 咲(ga1042)が、依頼主であるラウディ=ジョージ(gz0099)に挨拶する。
 ラウディは僅かに片眉を上げ、見違えたな、と呟く。
「懐かしい顔だ。変わったのは、君だな」
「ははは‥‥まぁ、気まぐれってヤツですよ。――アルバート氏は、どちらに?」
「ふん‥‥好きにすればいい」
 チャールズの父、アルバート・グロブナーに会いたいのは、どうやら咲だけではない。
 ちらりとそちらに目を向けると、ラウディは指示を出した。
 小柄な少女と大柄な男性が進み出て、先導し始めた。プレアデスのメンバーだろう。
 咲に続き、鐘依 透(ga6282)、九条院つばめ(ga6530)、メイプル・プラティナム(gb1539)が歩いていく。
 それを見送りながら、漸 王零(ga2930)が口の端に笑みを浮かべた。
(‥‥強いな、あの2人)
 無意識に相手の力量を測るのは、もはや癖だ。
「君らはいいのかね?」
 ラウディが問う。
「ああ。‥‥せっかくだ、まずは見舞わせてもらうよ」
 煉条トヲイ(ga0236)は、そう返す。
「なら、我も一緒に行こう」
 と、王零。
 構わないとラウディが頷けば、2人は静かに歩き出した。既に病室は分かっている。1階の、角部屋だ。
「――僕、辺りを見回ってくるね!」
 唐突に明神坂 アリス(gc6119)が声を上げ、振り向きもせず駆け出す。
 そんな少女の背中を心配そうに見つめながら、北柴 航三郎(ga4410)は小さくため息をついた。
「あの‥‥主治医の方に、お会いできますか?」
「‥‥こっちだ」
 不意に歩き出す男の背を慌てて追いかけ、航三郎は足を早めた。

 トヲイと王零は、会話をするでもなく歩いている。
(――俺たちを接触させる事で、何かが起こると期待しているのだろうか)
 トヲイは、この依頼の真意を慮る。
 ただの親切ではない、はずだ。
「‥‥チャールズは、払った代償の分の願いを叶えられたのだろうか」
 ふと、王零が呟いた。
 独白のようにも聞こえたが、トヲイは答える。
「代償に――未だ意識は戻らず、か‥‥」
 2ヶ月という、時間。
 願いの代償として、それは重いのか、軽いのか。
 結論が出ないままに、病室へと辿り着く。
「‥‥チャールズ、お前は、目覚めたくないのか?」
 ぽつりと、トヲイが問うた。
 青年の眠りは、彼を過酷な運命から保護しているようにすら見える。
 だが。
「本当に、それで良いのか?」
 言葉が重ねられる。
「どんな痛みも、哀しみも抱えながら‥‥それでも歩き続けるのが、生き残った者の務めではないのか? ――お前は、分かっているはずだろう?」
 そっと拳が握られ、眠る青年の肩へと当てられた。
 微かに、鼓動が伝わる。
「汝は言ったな。戦う、と。‥‥それはこんな所で終わるようなものなのか?」
 王零が言葉を引き継ぎ、小さく笑った。
「どうせ、聞こえてはいるまいが‥‥」
 ただ、と男は続ける。
「願わくば、我に汝の可能性を見せてくれ」
 王零はもう一度笑うと、踵を返した。
 トヲイも何かを振り切るように目を閉じると、彼に続いていく。
 しばしの静寂。
 それを破ったのは、微かな足音。
 アリスが、こっそりと病室に入ってきていた。
「‥‥やほ、何日かぶり?」
 少しだけ悲しげな笑みを浮かべ、少女は声をかける。返答は、ない。
 それでも、アリスは慣れた様子でベッドに近づき、身を屈めた。こうして見舞いに訪れるのも、もう何度目だろうか。
「うん、分かってるよ‥‥。僕があの場にいたからって、何かが変わったわけじゃない‥‥って」
 囁くような呟きが響く。
 それは、偽らざる心の吐露。――アリスは、今日集まった他の傭兵と、言葉を交わしていない。
「だけど、だけどさ‥‥何か少しくらいはって‥‥そう思うとさ‥‥」
 やっぱり、悔しいよ。
 その言葉は、声にならなかった。
 何故、と叫びたかった。『約束』していたのに、単身で敵に立ち向かったチャールズに対して。あの時、その場にいた傭兵たちに対して。そして何より、その場にいなかった自分に対して。
 それでも、こみ上げる嗚咽を必死に噛み殺して、アリスは笑ってみせる。
「えへへ‥‥駄目だな、僕。これでも、落ち着いてきたと思ったんだけど‥‥」
 震える声を抑えながら、少女は立ち上がる。ぽとりと、雫が白いシーツに落ちる。
「もう、泣かないから‥‥。約束するよ‥‥。だからさ」
 そこまで呟き、アリスはううんと首を振った。
「――また、来るね」
 そう言い残し、少女は部屋を後にした。

●謝罪と沈黙
 2階にあるUPCの詰所に4人が入ると、アルバートは何かの書類を読んでいるところだった。
 頭を下げた咲に、老齢の大佐は律儀に返礼する。
(‥‥疲れてる、のかな‥‥)
 その表情にどこか影を感じ、つばめは顔を曇らせた。以前に会った時と比べ、覇気がない。
「ごめん‥‥なさい‥‥」
 小さく、謝罪の声が響く。
 メイプルが、小さな肩を震わせていた。
「ごめんなさい‥‥私のせいで、私をかばってチャールズさんは‥‥」
 今にも決壊しそうな程に目元を潤ませ、少女はくしゃくしゃの顔をアルバートに向ける。
 大佐はゆっくりとメイプルのそばに歩み寄ると、その頭にぽんと手を置いた。
「‥‥貴女の責任では、いえ、誰の責任でもありません」
「でも‥‥でも‥‥!」
 その手のひらの感触が、以前に受けたチャールズのそれと余りにもそっくりで。
「私‥‥チャールズさんを助けたいって、守るって‥‥決めたのに‥‥」
「――やれやれ、全く、あの子は罪作りだ」
 こんなに可愛い子たちを泣かすとは。
 あやすような、酷く優しい声音に、少女は遂にすすり泣き始める。
「僕からも‥‥謝罪します、アルバートさん」
 透が口を開いた。
「私たちが、もう少し上手くできていれば‥‥」
 恋人の声に促されるように、つばめが継ぐ。
 そんな2人に大佐は小さく微笑み、気に病む必要はない、と首を振った。
「彼は、誰も傷つけていない」
 透が言葉を重ねた。
「はい。‥‥あの手紙にも、そうありました」
 アルバートは、机の上の書類を示す。
 それはチャールズの功績と、助命を願う人々の嘆願を綴った手紙だった。
 下手な報告書よりも分厚いその手紙の最後に、遠慮がちに記された差出人の名前は、北柴航三郎。
「優しい‥‥手紙です」
 大佐の声に、僅かに震えが混じった。
「あの子が起きたら‥‥きっと喜ぶ」
(そうだ、彼は目覚める。まだ、焔は消えちゃいない)
 小さく呟き、咲は窓の外を見つめた。



「――どういう事です?」
 航三郎の声に、チャールズの主治医は申し訳なさそうな顔をした。
「全て、仮定の話だ」
「興味深いな」
 そこに、王零とトヲイが現れる。
「チャールズの身体そのものがブラックボックス、という事か」
 唸るように、トヲイが呟いた。
 主治医は椅子に深く腰掛けると、深いため息をついた。
「‥‥患者はある種の生体金属と、いわゆる共生をしている『ようだ』。それらは彼の脳と、ベルトだな、そこから指令を受ける事でアーマーとなる。その媒介はタキオンであり、それは外部にも発せられている」
「タキオン?」
 王零が眉をひそめた。
 確かに、バグアの兵装でそれに類するものが報告されていた。
 とはいえ‥‥。
「その人体への利用を可能にするのが、生体金属なのだろう。‥‥未知の物質だ」
「も、元に戻せるんですか!?」
 思わず、航三郎は叫んだ。主治医は僅かに考え、頷く。
「――可能、のはずだ」
「‥‥よかった」
 脱力したように座り込む航三郎に、主治医は瞑目して続ける。
「ただし、それが成功するかは‥‥」
「可能性があるなら、十分ですよ」
 咲が、音もなく入り口に現れていた。
「見舞いは?」
「‥‥俺よりも、縁深い人がいますから」
 顔を見た程度です、とラウディに告げた咲は、主治医に向き直る。
「時間が停まったように見えた、と報告にありましたが」
「真偽は分からない。だが、タキオンは理論上、超光速だ」
「‥‥なるほど、あり得なくはない、な」
 王零が頷く。
 つまり、時間が停まったように見えるほどの高速で動いた。
 そこまで派手ではないが、能力者にも似たスキルはある。
「仮にそうだとして、問題は‥‥その処理に、患者の脳が耐えられたのか、という事だ」
「まさか、目覚めないのはそれが」
「――全ては、仮定の話だ」
 航三郎は肩を落とす。
 と、トヲイが口を開いた。
「マイヤーはこちらの動きを掴んでいる、と見るべきだ。‥‥奴が、チャールズをこのまま放って置くはずがない」
「外部へのタキオン、か」
 王零が目を閉じる。
 厄介だな、と呟くその表情は、どこか嬉しそうだ。
「警戒した方がいい」
「‥‥ああ」
 トヲイの進言に、ラウディは静かに頷いた。

●想いと記憶
 重い気持ちを何とか振り払い、航三郎はチャールズの病室へ来ていた。
 どうやら、今は見舞い客は彼一人らしい。
 男は、おもむろに懐から手紙を取り出した。
「僕が言っても聞いて貰えないかもしれませんが‥‥」
 小声で、読み上げ始める。
「みんな、貴方に生きて欲しいと思っています。貴方に、自分を責めないで欲しいと思っています」
 時折、考えこむような間を挟みつつ、朗読は続く。
「――忘れる事なんて出来ないと思います。だけど今、チャールズさんの命の背負い方は、少し間違っているんじゃないかと僕は思います。‥‥死なないで下さい。生きて下さい。生きてる限り諦めなければ、きっとやり直せます。貴方の命、僕らは諦めたくありません」
 僅かに、歯を食いしばる気配があった。
「‥‥偉そうな事を言って、ほんとにすみません」
 そう締めくくり、男は手紙を入れた封筒を、幸運のメダルを重石にして置いておく。
 静かに部屋を後にした航三郎と入れ違いに、メイプルが入ってきた。
「‥‥チャールズさん、まだ意識は戻らないんですね‥‥」
 少女は、悄然と青年の枕元に立つ。
 その目は、まだ少し赤い。
「‥‥チャールズさんは、本物のヒーローです」
 青年の手を、メイプルは祈るように握る。
「ずっと妹さんを‥‥妹さんの命の意味を守るために、戦い続けて‥‥」
 また零れそうになった涙に、少女は咄嗟に瞼を閉じた。頬を熱い雫が流れる。
「ヒーローの仮面を被って、自分を嘘で固めて‥‥それで誰かを守れる気でいた私なんかより、ずっと強くて、ずっと優しい‥‥」
 その事と向き合う勇気も、青年がくれたものだ。
 だから、と彼女は続ける。
「こんなので終わりなんて、絶対にダメです‥‥! 幸せにならなくちゃ‥‥いけないんです‥‥」
 それは、誰に向けた言葉だったのだろう。
 チャールズ? それとも、少女自身?
 恐らく、メイプルにもよく分かってはいないのだろう。
 ただ、言わずにはいられなかったのだ。
 最後の台詞は、涙に濡れていた。
「起きてください‥‥起きて‥‥」
 少女はベッドに突っ伏し、もう一度泣き始める。
 そんなメイプルの声を、いつの間にか窓の外でアリスが聞いていた。
 じっと、少女は小指を見つめている。
(僕は信じてる‥‥チャールズは、絶対に目を覚ますって。だって、チャールズは‥‥『正義のヒーロー』なんだから‥‥!)
 アリスは、口を結んで青空を見上げる。
 もう泣かないと約束したのだ。だから、これは目にゴミが入っただけなのだ。

 つばめと透もまた、病室へと向かっていた。
 ふと、階段の踊り場でつばめの足が止まる。
 そんな少女を、透が優しく抱いた。
「私は‥‥怖かった」
 つばめが、恋人の胸に顔を埋める。
「チャールズさんに葦原さんの影を感じて‥‥あの事を繰り返さないように、その手を捕まえようとして‥‥目に見えるほど近いのに、どうしても届かなくて‥‥」
 きゅ、とその手に力が込められた。
「この前の事で、また同じ結末を迎えてしまった‥‥そう考えると、怖くて‥‥」
 押し殺したような声が零れる。
 透は、恋人の頭をそっと撫でた。
「ごめん‥‥何の役にも立てなかった‥‥」
 青年の腕の中で、少女は首を振る。
「でも、そろそろ‥‥お互い、次に何ができるか考えよう‥‥。チャールズさんは、生きてる。生きてて、くれたから‥‥」
 その言葉に、つばめはゆっくりと顔をあげた。
「――そう‥‥ですね。チャールズさんの手は、まだそこにある。それなら、何度でも手を伸ばす‥‥。落ち込んでる暇なんて、ない、ですよね」
「うん」
 つばめの表情にようやく笑顔が戻り、透もぎこちなく微笑んでみせた。
 そんな青年を、少女は柔らかく抱きしめ返す。
「‥‥透さんも、そんな辛い顔はしないで。私はもう大丈夫ですから‥‥ね?」
 敵わない、と透は今度こそ表情を綻ばせた。元気づけるつもりが、これでは逆ではないか。
 
 扉を開けると、そこには穏やかに眠るチャールズと寝息をたてるメイプルの姿があった。 
 泣き疲れたのだろう。少女の頬には、涙の跡が残っている。
「貴方は、思っている以上に愛されている。‥‥その事を、どうか忘れないで」
 メイプルを起こさぬよう静かに、だがしっかりとつばめは語りかける。
「私たちは、貴方の力になりたいのですから‥‥」
 透もまた、静かにガーベラの花を飾っている。
 花言葉は、希望。
「貴方は彼女を守った‥‥でも、守るって事は‥‥その心にまで、責任を取るって事ですよ」
 青年はメイプルを見つめ、続ける。
「目覚めたらどうか‥‥彼女に笑顔と希望を、あげてください。彼女の泣き顔は、本意ではないですよね‥‥?」
 そこまで言ってから、透は苦笑した。
「貴方は優しい人だと思った‥‥。だから、間違えて欲しくないんです」
 ふと、つばめが青年の袖を引いた。
 メイプルを見やり、ついで透の顔を見つめる。そっとしてあげたいのだろう。
 分かったと頷き、2人は外へと向かう。
(マイヤー‥‥奴には落とし前をつけさせます。必ず)
 心中でチャールズに決意を語る間、透は前を見つめていた。



 黄昏の日が、エントランスに差し込んでいた。
 依頼の時間を満了し、傭兵たちが帰路につこうとしたまさにその時だ。
「リーダー、良いニュースと‥‥悪いニュースだ」
 赤髪の青年が、ラウディに報告にやってきた。
「良いニュースは?」
「チャールズが目を覚ました」
 その報せに皆は顔を見合い、メイプルとアリスは思わず手を取りあって喜ぶ。
 それでも、ラウディの顔には名状し難い色があった。
「‥‥で?」
「悪いニュースは‥‥その、何というか」
 僅かに口ごもり、青年は覚悟を決めたように8人に向き直る。
「あいつは‥‥記憶を失ってる」
 嫌な静寂が満ちた。
 誰もが、言葉をなくしている。
「何で‥‥?」
 ようやく響いたのは、アリスの声だった。
「どうしてっ!?」
 悲鳴にも似た叫びが沈黙の中を木霊し――消えていった。