タイトル:【BR】輝きは闇にマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/10 13:26

●オープニング本文


 最近の地方紙は、思い出したように「ライダー」の話題を取り上げている。
 メアリー=フィオール(gz0089)は、そんな新聞の一紙をめくりながら、少しだけため息をついた。
 どの記事も、「謎のライダー、隊商を襲撃! 黒尽くめの恐怖!」だの、「真紅のライダー、黒いライダーを撃退!」だの、その調子だ。
 結局のところ、地方紙の三面を賑わせるのが関の山。
 一部のスポーツ新聞は、時折一面で扱っているようだが、大したものではない。
「かつて現れたライダーと関係はあるのだろうか‥‥ね」
 思わせぶりな書き方だけは、流石と言えるのだろうか。
 そんな益体もないことを考えて、メアリーはやれやれと首を振った。



「久しいな、ジョージ」
「忙しいところ、すまないな。エド兄さん」
 あるホテルのラウンジで、ラウディ=ジョージ(gz0099)が一人の男と挨拶を交わしている。
 名を、エドワード・グロブナー。
 若くして、とある銀行の頭取を務める俊才。そして、「ライダー」、チャールズ・グロブナーの実の兄。
「‥‥父から、話は聞いている。チャーリーが、そんなことになっていたとはな」
 ソファに腰掛け、エドワードは沈痛な表情で話し始めた。
「――母は病弱でな。ベアトリスがまだ幼い頃、亡くなった」
 そのせいかな、と男は続ける。
「チャーリーは、母の分もトリスを守るんだと、そう言っていた」
「ベアトリスを守る、か」
「ああ。‥‥父も、俺も、仕事に逃げることができた。だが、あいつは、それすらできなかったんだな」
 軍として戦う道も、能力者として戦う道もなく、ただ突き付けられる「妹の死」という現実。
 それがどれだけ辛いことか、想像することさえ難しい。
「だからチャールズは、ライダーとなったのか? 逃げるために?」
「いや、違うよジョージ。逆だ。逃げられなかったんだよ」
 ラウディの言葉を、エドワードは首を振って否定する。
「そう‥‥あいつは、自分を責め続けているんだ。逃げることもできず、ただ必死に、トリスの死の苦しみに耐えて‥‥」
「‥‥命の意味を探す、か」
「――そう、言っていたのか?」
 少しだけ驚いたように、エドワードが目を見開く。
 頷くラウディに、男は悲しげにうつむいた。
「チャーリー‥‥トリスは、お前に生きて欲しかっただけだ‥‥。意味など、それで十分じゃないか。トリスの分も生きて、そして笑ってくれと‥‥。あの子が、お前に辛い人生を望むはずがないだろう‥‥」
「自分を責め続ける‥‥。許せない、のか? チャールズ、お前は今も」
 だから、とラウディは心中で呟く。
 差し伸べられた手も、静かに拒絶する。
「どうして俺は‥‥あの時、無理にでも一緒にいてやれば‥‥」
 後悔を滲ませる兄の声が、静かなラウンジに溶けた。
 その背にどう言葉をかけたら良いのか分からず、ラウディは黙って席を立つ。
(無理にでも、か)
 だが、それは今となっては通じるまい。
 いや、それでも、やるべきなのか。
 チャールズの意志を無視してでも、こちらに。
 結論を出せないままに、無言の時間が過ぎていく。



『いい加減にしつけェナ、お前もヨ』
『悪いが、今の俺にはこれしかない』
『ドクから聞いてんゼ? おめェ、妹が死んでんだってなァ!』
『――そうだ』
『ハ、戦うのは妹のためってかァ? いいご身分じゃねェカ、色男ォ!』
『お前に、何が分かる!』
『分かりたくねェナ、んなもン。死人を言い訳にしてよォ、結局自分のためだろォガ!』
『‥‥違う』
『はン? 何が違うってェ?』
『俺は、妹の命を、未来を奪った。だから、証明する。俺の命が――妹の死が、無意味ではないと!』
『っカ! 反吐が出んゼ、てめェ!』
『希望に満ちていたんだ、妹の未来は! 命は! その光を示すためなら‥‥俺の命など、知ったことではない!』
『しゃらくせェなァおイ! 御託並べてねェでよォ、来やがレ!』
『俺の命の意味‥‥妹の生きた証を、命の輝きを! 変身!』
『命に意味だァ!? 死ねば終わりヨ! 真っ暗闇サ! ‥‥てめェも終わらせてやル――変身!』



「好きにすればいいのさ」
「はぁ」
 どこかで、アルフレッド=マイヤーが言う。
 その隣で、助手のブリジット=イーデンが首を傾げた。
「言ったろ? 僕は大道具。配役は終わったし、仕掛けも済んだ。後は、役者の演技を眺めるだけ」
「‥‥ジャン・バルドーが勝っても?」
「その時はその時さ。確かにジャンはチャーリーより強いけど、ラストホープの能力者に勝てるはずがない」
「結果は変わらない、ということですか」
 その問いに、どうかな、とマイヤーは笑う。
「ジャンにはそれなりにキメラをあげたし、チャーリーには味方が多いみたいだ。誰も彼もが死ぬかもしれないし、ご都合主義のハッピーエンドにもなるかもしれない。彼らの行方は神のみぞ知る、ってね」
「いい加減なのですね」
「あははは。僕ぁそこまで自信過剰じゃないよ。それに、これも言ったろ? 僕はアドリブが好きなんだ」
 けらけらと声をあげる男に、女は小さくため息をつく。

●参加者一覧

赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
白銀 楓(gb1539
17歳・♀・HD
二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
LEGNA(gc1842
22歳・♂・FC

●リプレイ本文

●錯綜、誤算
『――はァ! お仲間が来たみたいだゼ? 先輩』
『仲間‥‥っ!?』
『キメラの反応が消えてんのサ。ひヒ、派手にやってんナ』

 廃工場の塀の外で、鐘依 透(ga6282)は思うように動かぬ身体を瓦礫の影に潜めていた。
 他の仲間が中に突入して、少し経つ。
(チャールズさん‥‥僕も自分を許せない‥‥)
 不意に、ラウディ=ジョージ(gz0099)から聞いた話が脳裏に蘇る。
 だからこそ、直接話したかった。
「つばめさん‥‥」
 青年は、右手に視線を落とす。
『透さんの分まで、私、頑張りますから‥‥!』
 突入前、そう言って、九条院つばめ(ga6530)は彼の右手を握りしめた。
 恋人の手の温もりに、透は胸の奥の不安感を必死に抑えこむ。
「どんなに辛くても‥‥意地でも生きること‥‥。それが、貴方の戦いじゃ‥‥ないんですか‥‥?」
 呟きは、薄曇りの空に白く漂う。
 痛みと寒気に僅かに震えながら、透は警戒を続ける。

 工場の北側、やや西寄りから、つばめと二条 更紗(gb1862)が突入していた。
 目指すは管理棟の制圧。
「目に付く敵は踏み潰す。狩られたい奴は前に出ろ!」
 更紗が叫び、歓喜の槍が管理棟の扉を派手に破った。
 ここまでの道すがらでも、片手に余るキメラが既に屠られている。
「思ったより、多いみたいです」
「好都合、です」
 つばめの声に、更紗は不敵に笑う。
 狙いは陽動。本命から敵の目を逸らすこと。
 であれば、敵が多いのはむしろ本領発揮のチャンスだ。
「九条院様、援護を!」
「はい!」
 2人の少女が建物の中に踏み込んでいく。
 個々のキメラは、それほど脅威ではない。その数にさえ注意すれば、恐れるに値しない。
 ――時間さえ気にしなければ、だが。
「ただ、ただ目の前の敵を屠ることに集中できる。‥‥愉しいねぇ」
 更紗の瞳に喜悦が浮かんだ。
(思いの外多い、けど‥‥私たちで何とかしないと!)
 つばめの思考の隅には、廃工場で戦っているだろう2人の姿がある。
 黒のライダー、ジャン・バルドー。
 真紅のライダー、チャールズ・グロブナー。
 少女は、チャールズを何とか助けたいと願っている。それは、他の者も同様だ。
 故に、周辺をできる限り早く鎮め、助力に向かわねばならない。
 三階建ての管理棟。
 そこに潜むキメラ。
 ‥‥その制圧を買って出たのは2人の少女。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、穿け!」
 更紗の槍が、何体目かのキメラを貫く。
 負ける要素はない。だが、いつ終わるかは、定かではなかった。

「‥‥やはり、手が足りないか?」
 赤村 咲(ga1042)がぽつりと呟く。
 無線で聞こえてくる管理棟の状況は、想定よりも進行が遅い。
「突入を早めるか?」
 LEGNA(gc1842)が、再び天魔の鯉口を切る。
 周辺のキメラはあらかた片付けた。できないことではない。
 咲は少しだけ考え、首を振った。
「いえ、予定通りに行きましょう。‥‥苦戦している訳では、ない」
 緋色の瞳が、油断なく周囲を睥睨する。
 ざわついた気配が、しんと冷えた空気に混じっている。
 どこかで、何者かが激闘を繰り広げているのは間違いないようだ。だが、どこか、までは分からない。
「歯痒いが‥‥待つしかない、か」
 澄んだ音がして、刀身が鞘に納められた。
 管理棟の制圧を待ってから突入。
 有効な作戦でない訳ではない。
(だが‥‥)
 この焦燥感は何だ?
 LEGNAは自問する。
 ふと見れば、咲もやや戸惑っているようだった。
 何かがズレている、そんな感覚。
 ――その時、工場の南側から侵入した班から、無線が入った。

 しばし時は遡る。
 つばめと更紗が突入した頃、同様にメイプル・プラティナム(gb1539)、アレックス(gb3735)、湊 獅子鷹(gc0233)の3人が南側の正門から工場の敷地に入っていた。
 3人の狙いは、このどこかで戦っているだろうジャンとチャールズの捜索。
 まず目指したのは、北の倉庫群だ。
(黒いライダー‥‥。恐らくあの人、ですよね。チャールズさん、無茶してなければいいんですけど‥‥)
 先日相対したジャンの姿に、メイプルはチャールズの身を案じる。
 確かにチャールズは強いのだろう。だが、ジャンはそれ以上に見えた。
 その点に関しては、アレックスも同じ考えのようだ。
(俺で最後にしてくれ、か‥‥。死ぬんじゃねぇぞ、ヒーロー)
 ガトリングで進路上のキメラを薙ぎ払いつつ、青年はチャールズの言葉を思い出す。
 あれはまるで、死を覚悟しているような物言いだった。
「どけよ、ザコども!」
 獅子鷹の獅子牡丹が、断末魔すら許さずにキメラを両断する。
 目指す倉庫は近い。
「‥‥ん?」
 真っ先に、アレックスが気づいた。
 壁越しに伝わる微かな振動と、金属音。――戦いの気配。
「――チャールズさんっ!」
 思わず声を上げ、メイプルが駆け出す。
 それに遅れじと2人が続き、チャールズ発見の報が別方面の仲間へと伝えられた。

●凝縮する闇
 3人の能力者が倉庫の一画に辿り着いた時、そこでは2人のライダーが対峙していた。
 真紅と黒のアーマーをそれぞれに纏った、輝く炎、黒い獣。
「よかった、無事ですね」
 ホッとしたように、メイプルが安堵の溜息をつく。
「ここからが本番だ。‥‥見たとこ、余力は十分って感じだぜ」
 アレックスが油断なく拳を構え直す。
 強力な敵、その姿に、しかし獅子鷹は喜悦と憎悪の入り混じった笑みを浮かべた。
「よう、元気してたか? 怪物さんよ‥‥俺たちとも、遊んでくれよ!」
 言い終わるが否や、少年はジャンへと突っ込んでいく。
『てめェ‥‥あん時の!』
「そうとも、会いたかったぜぇ!?」
 太刀がジャンの腕甲とぶつかり合い、火花と剣戟音が舞い散る。
「チャールズさん、怪我は?」
 その間に、メイプルとアレックスはチャールズと接触していた。
 青年は問題ないと頷き、獅子鷹とジャンの戦闘に視線を戻す。
『‥‥奴は強い。悔しいが、俺は奴を本気にすらできなかった』
「そんな‥‥」
「マイヤーって奴が選ぶだけのことはある、か」
 アレックスはギリと奥歯に力を込める。
 まだ、あの敵は底を見せていない。それに引き換え、こちらは万全とは言い難かった。
 管理棟の制圧は遅れており、それに伴って咲とLEGNAの動きも鈍っている。
 あるいは、自分たちがライダーを発見するのが早すぎたのか。
「‥‥持てる力で、一息に行くしかないか」
 出し惜しみできる状況ではない。
 アレックスはチャールズに目を向ける。青年は頷き、再び構えた。
「チャールズさんは一人じゃありません。ご家族の方も、私たちだって、いるんですから。‥‥私は、貴方を絶対に、守ります」
 メイプルもまた、聖剣の切っ先をジャンに向ける。
 一呼吸の後、3人が戦闘の輪に加わった。

「倉庫‥‥! 一手遅れたか」
 発見の連絡に、咲は唇を噛み締める。
 急行するには距離がある。
 あるいは、行動を早めていれば間に合ったのだろうが、今は後悔する時ではない。
「管理棟の2人に連絡しよう。僕たちは先に行く、と」
「ええ。だが、道中にもキメラはいるはず。‥‥無視はできない、か」
 LEGNAの提案に咲は頷くが、後のことを考えれば脇目も振らずに、とはいかない。
(間に合ってくれ‥‥!)
 逸る心とは裏腹に、倉庫への道程は実際以上に長く感じられた。

 管理棟。
 タイミングとしては、あるいは最悪だったかもしれない。退いて倉庫に向かおうにも、つばめと更紗は敵陣に食い込みすぎている。
 陽動として派手に動いたのも、ここで裏目に出た。
 既に、2人は明確な標的となっている。下がれば、間違いなく残敵からの追撃を受け、結局二度手間となるだけだ。
「こうなれば、食い破るのみ‥‥まとめて潰す。散れ! 有象無象!」
 更紗は翼剣に持ち替えるとAU−KVをバイク形態とし、そのエンジンを一気に吹かせた。
 竜の紋章が同時に赤く輝き、リノリウムの廊下にタイヤのゴムが焦げる臭いが満ちる。
 進路上のキメラは文字通りひき潰され、その数を一気に減じた。だが、それでも目の前の敵は多い。
「‥‥覚悟っ!」
 更紗の背後から駆けたつばめが、跳ぶ。
 合わせて更紗が引き、キメラの群れの中心につばめの隼風が突き立った。
 その瞬間、衝撃波が十字に走る。
 余波に髪を揺らしながら、2人の少女は互いに視線を交わし、頷く。
 最早、悩む猶予もない。今は全力で、管理棟内の敵を殲滅するしかなかった。

「いいなあ、全力で斬りつけても壊れない! 羨ましいよ、ジャン・バルドー!」
 獅子鷹の高揚した叫びと共に、濡れた刃が閃く。
 しかし、その斬撃は本命ではない。狙いは、喉や肩、関節部への刺突だ。
『おォ、ブジュツって奴カ? 怖ェ怖ェ!』
「はっ! ますますいいなぁ、ジャン!」
 そうした攻撃を勘のみで弾く、術理とは対極の動き。
「‥‥っ! 喧嘩慣れしてやがる!」
『温いぜェ、てめェラ!』
 背後からの攻撃を狙ったアレックスの拳は、身を捻ったジャンに打ち払われる。
 乱戦によほど経験があると見え、続くチャールズの当身も難なく捌かれた。
「そうやって身勝手に力を振るって、人を傷つけてきた‥‥貴方はここで討たせてもらいます!」
 メイプルの聖剣が、黒い装甲に打ち込まれる。
 だが、浅い。
『ハ、軽いなァおイ!』
「あうっ!?」
 カウンターの拳が唸る。
 咄嗟に掲げた刀身で直撃は避けたが、突き抜けた衝撃と共に少女の体は弾き飛ばされた。
「おいおい、こっちも相手してくれよ!」
 追撃を阻むように、獅子鷹が斬り込む。
「俺は星の巡りが悪くてよ‥‥強い奴に縁がなかったんだ。どいつもこいつも、勝手にくたばっちまう。だからよぉ‥‥」
 ニィ、と少年の顔に凄絶な笑みが浮かんだ。
「ジャン、俺を楽しませろ! 俺に‥‥斬らせろ!」
 縦横に振るわれる刃。
 鋭い太刀筋と獅子鷹の口上に、ジャンの意識が僅かに少年へ集中する。
「行くぜ、ライダー! 合わせろ!」
『ああ。――ライダーキック』
 その隙を逃す彼らではない。
 赤く輝く、竜の紋章。真紅に輝く、脚部の装甲。
 アレックスとチャールズの必殺の一撃が、ジャンの胴体に炸裂する。
「こいつもオマケだ‥‥斬撃に耐えても、こいつはどうよ!」
 轟音と共に揺らいだ黒いライダーへ、獅子鷹の渾身の力を込めた峰打ち。
 耳をつんざくような甲高い音が響く。
「――てめぇっ、額で!?」
『‥‥頭ァ狙ったのハ、褒めてやらァ』
 痺れる腕を抑え、少年は間合いを開ける。
 その峰打ちは、ジャンの頭突きで迎撃されていた。
『あァ、先輩とのタイマンが邪魔されテ、不運だと思ったけどヨ』
「こいつ、あの攻撃でまだ‥‥!」
 並のゴーレムなら破壊できる程の打撃を、一発ならず何発も受け、立っている。
 その事実に、アレックスとチャールズも距離を取った。
 あるいは、これもアーマーシステムの力なのか。
『今、全力出せるってのァ、幸運だワ。――ダーケイン!』
 底冷えする声と共に、闇を凝縮したような、漆黒の剣がジャンの手に現れる。
 いや、あれは剣なのか。
『マ、なんダ。‥‥本気にさせたゼ、てめェラ!』

●輝きの代償
 武器を手にしたジャンに、4人は一気に押され始めた。
 その武器の威力と、自分たちの攻撃の効果が薄いという事実が相まり、完全に気圧されてしまった。
 一撃一撃が恐ろしく重く、鋭い。
(機械剣みたいなもんなのか‥‥?)
 打ち合った感触からアレックスは推測するが、確証はない。
 もしそうなら、長時間使えるものではないはずだ。
「洒落た玩具だなぁジャン! ごっこ遊びなら間に合ってるぜ!」
 獅子鷹とジャンが切り結ぶ。
 至近距離で斬り合う2人に、3人は迂闊に割り込めない。
 遂に数合目の斬り合いで、獅子鷹の手から太刀が弾かれた。
『死んだゼ、てめェ』
「‥‥言ってろ」
 漆黒の杭が、獅子鷹の肩に抉り込まれる。
 そのまま、少年はがくりと崩れ落ちた。 
『‥‥ジャン・バルドォー!』
 チャールズが激昂する。自身を助けに来た者が、目の前で。
 その事実が、青年を駆り立てた。
 だが、それは怒りに任せた、稚拙な突撃に過ぎない。
 当然、ジャンは悠々と迎撃の構えを見せ――
「――ダメぇっ!」
 メイプルの叫びが響き、その身がチャールズの前に飛び込んできた。
『貴方を絶対に、守ります』
 青年の脳裏に、少女の声が蘇る。
 黒の剣が翻り、少女の身に迫る。
(ダメだ! もう二度とあの想いは、俺は、俺は!)
 チリ、と脳の奥で何かがざわめいた。
 ――Burst!
 瞬間、世界が停止する。
 そして。
「え‥‥?」
『あン?』
 ダーケインにその身を深々と貫かれながら、チャールズがメイプルを庇っていた。
「――っ!」
 予想外だったか、ジャンの動きも止まっている。
 考えるより先に、アレックスが動いた。
「オーバー・イグニッションだ!」
 明滅する竜の紋章と共に、業炎が強かにジャンの胴体を捉える。
 流石に大きく吹き飛んだジャンに、更に銃撃が飛ぶ。咲とLEGNAが到着したのだ。
「やはり遅かった‥‥が、このままで済まさん!」
 咲の射撃と共に、LEGNAが斬り込む。
『チ、そろそろ時間カ‥‥邪魔だァ!』
 だが、強引に突破を図るジャンを止めるには、2人では足りない。
 弾き飛ばされ、咲は後続であろうつばめと更紗に無線を入れる。
 自分たちも追撃はしたいが、それ以上に仲間の救護が必要だ。
「‥‥とはいえ、どうなる」
 がん、と咲は壁を叩いた。
 ミスがあったとはいえ、4対1。その状況で、逆に獅子鷹とチャールズを倒したジャンが逃げに徹したのだ。
 結果など、見えている。

「チャールズ‥‥さん‥‥?」
 倒れこんできたチャールズを抱きとめ、メイプルは呆然と声をかける。
「‥‥俺は‥‥いつも、気づくのが遅い‥‥」
 掠れた声が零れる。
「だ、ダメです! 喋っちゃダメ! そ、そうだロウヒール‥‥は無理だ‥‥! 誰か、救急セットを!」
「俺は‥‥今度こそ、守りたかった‥‥だけなんだ‥‥」
 少女の声は聞こえていないのか、青年は途切れ途切れに話し続ける。
 と、獅子鷹の応急処置を終えたアレックスと咲、LEGNAが駆け寄ってきた。
「しっかりしろ、チャールズ! ‥‥くそっ、傷が深い‥‥!」
 救急セットでは、深すぎる傷には対処できない。
「‥‥君が無事で、よかった‥‥」
 微笑んだチャールズが、ゆっくりとメイプルの頬を撫で――その腕がぽとりと落ちる。
 少女の絶叫が木霊した。



 結局、ジャンは逃走した。
 透の報告によれば、バイクに乗って南へ向かったという。
 能力者たちの損害は大きい。
 依頼自体も、ジャンというイレギュラー、主に管理棟での戦果を考慮して最低限の報酬は出たが、成功には遠い。

 そして、チャールズ。
 能力者からの通報で、軍の病院に急遽搬送された彼は、一命を取り留める。
 とはいえ、その意識は未だ不明であり、目覚める保証はない。
 担当医はそう語り、力なく首を振った。