タイトル:開発コード、『MX−S』マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/10 17:57

●オープニング本文


 フィリップ=アベル(gz0093)は、自身がこれまで関わってきたKVのデータを改めて見直していた。
 ・GF−V マテリアル
 ・GF−M アルバトロス
 ・MX−0 サイファー
 ・MC−01 ソルダード(MC−01LGR レアル・ソルダード含む)
 ・MX−D エリミナル
「思えば、まだここに来て4年にも満たないのだな」
 フィリップは、微かに苦笑を浮かべる。
 ドロームにいた頃は、主流派には馴染まず、かと言って反主流派のような立場にもなかった彼は、端的に言えば孤立していた。
 もっとも、そのお陰で斥力技術研究の権威であり第一人者でもある、ジェーン・ブラケットとの親交を得られてもいるのだから、何が幸いするかはわからないものだ。
 加えて、仮にフィリップがドロームに留まり続けていたのならば、つまり、メルス・メスに出向させられなかったならば、これだけのKVの開発に携わることがなかったのは間違いない。
「‥‥その間で、KVの活動環境もずいぶんと変わった」
 ぎし、と音を立てて椅子が軋む。
 フィリップの地位と実績には確実にそぐわない安物の椅子は、出向当時から彼が使っているという年季の入った代物だ。
 この椅子と、彼の羽織るヨレヨレの白衣とを見れば、うだつの上がらない場末の研究員にしか見えまい。
「宇宙、か」
 フィリップは、今ある自身の「評価」を過分なものと思っている。
 だからこそ、「評価されるべき人間」をきちんと表に出さねばならない、とも。
 彼の考えでは、それは3人いる。
「アベル博士、お呼びですか?」
「私とアランに用、となると、もしかして‥‥」
 その時、フィリップの研究室に2人の研究員が入ってきた。
 アラン=ハイゼンベルグ、キャサリン=ペレー。どちらも、メルス・メス生え抜きの、若き俊英だ。
 あるいは、アルバトロスの設計者、ソルダードの固定武装開発者、の方が分かりやすいかもしれない。
「呼びつけてすまんな。用というのは、ペレー君の察する通り、だ」
 フィリップの声に、アランとキャサリンは顔を見合わせ、頷き合う。
 ついに来たか、という表情だ。
 2人は、この時に備えて、それぞれにある物の設計を練っていた。
 それを披露する時が、遂に来たのだ。

「では、僕から」
 アランが、失礼します、とフィリップのコンピュータを操作する。
 現れたのは、KVの設計図だ。
 まず内部フレームがモデリングされ、画面でゆっくりと回転する。次いで、一次装甲が取り付けられ、今度は三面図が表示された。
 それをじっと見つめるフィリップに、アランが口を開いた。
「コンセプトとしては、小型・高機動・高耐久です。設計は同コンセプトのMX−0を下地にしています。MX−0の完成度は本物ですから」
(経緯はともかく、か)
 気付かれぬように自嘲し、フィリップは頷く。
「排熱処理に関しては、まだ試案段階ですが‥‥放熱フィンを取り付けるか、あるいは、サイファー同様に女性型シルエットを採用するか、というところでしょう」
「そうだな‥‥。元より、小型化で質量比の表面積は大きく取れるはずだ。排熱処理は、外見の変化程度で済むだろう」
「はい、そう考えています。‥‥奇しくも、ドロームのS−02と似たコンセプトになってしまいますが」
 アランはそこで、少しだけ複雑そうな顔をした。
 やはり、まだ割り切れないところがあるのだろう。
「いや、KVの今後の方向性は、極論すれば大型化と小型化の2つしかない。となれば、整備の手間もコストも、運用の手間も増える大型化はあるまいよ。つまり、S−02のそれは運用の必然性から導かれた結論だ。君の考えとは、立脚点が違う」
「‥‥はい!」
 嬉しそうに頷いたアランの後ろから、咳払いをしてキャサリンが進み出る。
「おほん。次は私ですね! こちらを御覧ください!」
「‥‥これは」
 キャサリンが開いたデータは、固定武装‥‥いや、これは本当の意味での『専用装備』か。
「背部スラスターユニット、『ハイロウ』です! ジェーン・ブラケット博士からいただいたデータを元に、性格は違いますが、MX−Dに対するセイス・プラーガのようなものとして練ってみました!」
「思い切ったな、キャシー。これ、そのものがエミオンスラスターで、エミオン発生装置か。‥‥いや、それだけじゃないか?」
「ふふん、よくわかったじゃない。アベル博士のアイデアを元にね、これは全体が粒子加速器みたいになってるの。エミオン生成法も、従来とは違うんだから!」
 ダメ押し、とばかりにキャサリンは完成時の予想スペックを表示させる。
 その数値に、アランは驚愕した。
「こりゃ‥‥おいキャシー、本当か? MX−0と比べても桁違いの発生量じゃないか」
「本当は、機体フレームも補助回路に使いたかったのよ? でも、流石にコストがかかりすぎるし、ダメコンも整備も難しくなるわ。だから、これでも抑えた値なの。でも、驚くのはまだ早いわ。この子の真骨頂は、豊富なエミオンの副産物である過剰なエネルギーをプラズマに変換して攻撃に転用できること! 名付けて、光輪『コロナ』よ!」
「‥‥凄いな。予想以上だ」
 流石に、フィリップも驚きを隠せないようだ。
 2人の才能は知っていたつもりだったが、ここまでとは、といったところだろう。
 アランは、KVの基礎設計に稀有な才能を持ち、キャサリンは、KVの兵装関連に突出した才能を持つ。この2人がコンビを組めば、いずれメルス・メスは歴史に名を残すKVを製造するだろう。
「ジェーンにも、後で礼を言わねばならんな。特殊能力については、以前に伝えたものを素案にしよう。それの実装ならば、問題ないな?」
「はい」
「もちろんです!」
 頼もしい返事に、フィリップは満足気に頷く。
 最早、自分が手を引いて行く必要はないだろう。そう実感したのだ。
「では、いつも通り彼らに意見を聞こう。アラン」
「了解です! ラストホープへ連絡をつけますね」
「ああ。そうだ、機体名だが」
 フィリップは、そこで一旦言葉を止める。
 少しして、白衣の男は口を開いた。
「MX−S、だ」
「メルス・メス初の宇宙機は、やはりMXシリーズが相応しいですね」
 アランが得心したように頷くと、キャサリンがおずおずと手を挙げる。
「あのー、もし、もしもなんですけど‥‥よろしければ、『名前』の方を、『コロナ』にしてもらえればなー、なんて」
「MX−S、コロナ‥‥か」
 ふむ、とフィリップは顎に指を当てる。
 固定武装の名前を由来にするということは、キャサリンとしては、それ程に自信のある出来なのだろう。
「いいんじゃないですか? 由来は分かりやすいですし、名前も象徴性があって覚えやすそうです」
「‥‥あ、ありがとう」
 アランが率先して賛意を示す。
 それは予想外だったらしく、キャサリンは頬を染めてそっぽを向いた。
 そんな2人の様子を微笑ましく思いながら、フィリップも頷く。
「ああ、それで行こう。今から、こいつはMX−S、コロナだ」

●参加者一覧

クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
メティス・ステンノー(ga8243
25歳・♀・EP
桐生 水面(gb0679
16歳・♀・AA
天小路桜子(gb1928
15歳・♀・DG
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER
テト・シュタイナー(gb5138
18歳・♀・ER
逆代楓(gb5803
24歳・♂・ER
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●南米の初夏
 チリのメルス・メス本社。
 南半球のここは、既に夏の色が見え始めている。
 照りつける太陽の下から社屋に入ったことで、訪れた能力者達はほっと一息をついた。
「前は‥‥秋でしたね‥‥」
 明るい、というよりは眩しい風景に目を細め、ラナ・ヴェクサー(gc1748)がぽつりと呟く。
 季節の移ろいが自分の身にも重なるようで、彼女は少しだけ口元に笑みを浮かべる。前に来た時より、確実に良化している。それがほんの僅かだとしても。
「季節は変わっても、博士は相変わらずかしら?」
 くすりと笑ったのは、メティス・ステンノー(ga8243)。
 博士――フィリップ=アベル(gz0093)は、どうにも能力者達の到着よりも遅れて現れるきらいがあった。
 もっとも、それは彼に言わせれば「能力者達が早い」のだそうだが。
「もう結構暑いし、多少だらける気持ちはわからんでもないかなぁ」
 桐生 水面(gb0679)が悪戯っぽく相槌を打つ。
 常連とも言える二人の会話から、フィリップは遅刻癖の持ち主、という認識が密かに天小路桜子(gb1928)や佐渡川 歩(gb4026)、逆代楓(gb5803)の初訪問組に広まった頃、フィリップがアラン=ハイゼンベルグとキャサリン=ペレーの2人を連れて研究室に現れた。
「相変わらず、早いな」
 苦笑しつつ、男は2人の弟子に手早く準備をさせる。
 と、楓が立ち上がった。
「お初どす。今回は宜しゅう頼んますえ。こちら、詰まらんものですけど、お茶請けにでも」
 丁寧に礼をしつつ手渡したのは、どうやら有名店のカステラらしい。
 期せずして手に入ったお茶菓子に、キャサリンは素早く紅茶を用意する。
 楓に触発され、他の者もひと通り挨拶を終えた頃、準備が整った。

 紅茶のカップを静かに手遊びながら、クラリッサ・メディスン(ga0853)が話し始める。
「戦場が宇宙へも広がっていく以上、強力なKVが必要とされることは間違いありませんわ。ここで高性能機を出す意味は大きいですし、協力させて頂きますわね」
「宇宙専用を出したのは、今のところドロームとプチロフ、銀河の3社‥‥あ、奉天もそうね。メルスもとうとう‥‥か」
 どこか感慨深げに、メティスが追従した。
「せやね。どんな機体になるか、楽しみやな」
 まだ見ぬ機体を想像したか、水面が笑みを浮かべる。
「ああ、かなりの意欲を感じるぜ」
 同様に、知らされた機体コンセプトにかなりの興味を引かれたようで、テト・シュタイナー(gb5138)も不敵に笑う。
 初の宇宙用機体が高級機、というチャレンジ精神が琴線に触れたのかもしれない。
「今回は‥‥サイファーをメインに、扱っている者として‥‥意見させて頂きますね」
 ラナは、現在の愛機の後継、という部分に引かれているようだ。
 この観点では、桜子も似通っている。
「サイファーの正当な後継機‥‥興味津々です。試作機ができたら、是非テストにも参加したいですね」
「それは気が早いが‥‥光栄だ。期待に添えるよう、努力しよう」
 少女の言に、フィリップが苦笑する。
 それを合図としたように、アランが口を開いた。
「では、まずは機体の性能について伺いましょう」
「そうどすなぁ‥‥固定武装の使用を考えるなら、知覚を上げた方がよろしいかと」
 まず、楓が言う。
 その意見に、クラリッサと歩の2人が頷いた。
「可能な限り引き上げた方が、機体の持ち味として活かせると思いますわ」
「僕も同意見です。ただ、そのために攻撃が下がる、というのは避けたいです。宇宙用の知覚兵装は、現状まだまだ少ないですし」
「自分は、逆に攻撃は多少引き下げてもいい思いますなぁ。固定武装に合わせた方が、分かりやすいかと」
 攻撃との兼ね合いで、歩と楓の意見には相違があるようだ。
 と、そこへアランが手を上げる。
「知覚と攻撃ですが、こちらは現状の性能から考えると、上昇幅はほとんど取れません。目立って差をつけるなら、相対的に攻撃がかなり下がるでしょう」
「実際の目安はどんなもんなん?」
 水面の問いに、アランは少しだけ考え、答える。
「そうですね、現状、最低でもMX−0と同等のラインは確保する予定です」
「‥‥十分じゃねーか? 宇宙用で考えてもS−02と同等以上ってんなら、少なくとも見劣りはしねーだろ」
 ふむ、とテトがリヴァティーを引き合いに出す。
「ハヤテには負けますが‥‥そこは、コンセプトの違い‥‥かと」
 応じたのはラナだ。
 攻撃能力で勝負する機体ではない以上、確かにそこまで重視する必要はあるまい。
 とはいえ、高級機という土俵では見劣りするのも事実だろう。
「私としては、装備を重視して欲しいけどね。もう少し頑張れない?」
 話題を変えつつ、メティスがアランへ妖艶な流し目を送る。
「え、ええと、MC−01以上は確実ですが‥‥」
「何赤くなってんのよ」
 女性に耐性がないらしいアランを、キャサリンが肘で小突く。
 初心な反応にくすくすと笑うと、メティスは応じる。
「足りないと思うわ。‥‥ソルダードの人工筋肉、応用できないの?」
「‥‥宇宙用の人工筋肉は、メルス・メスのとは出自が違うんだ。ノウハウで通じる部分も無いことはないが、な」
 フィリップが横から口を挟んだ。
 その説明に、水面がしたり顔で頷く。
「つまり、難しいんやな」
「‥‥有り体に言えば」
 答えて、フィリップは肩をすくめた。
「わたくしは‥‥防御は回避でカバーできますから、命中をより重視すべきでは、と考えます。攻撃にも活かせますし」
 おずおずと桜子が切り出す。
 当たらなければ云々、ということか。
「命中は、防御性能に比べて特に低くはありません。正直、仮にバランスを変更しても誤差の範囲かと‥‥」
「なるほど‥‥」
 アランの説明に、桜子は一応は納得したようだ。
「私は‥‥サイファーベースの、バランスであれば‥‥異論はありません」
「うん、同じく、だ。強いて言えば、価格上げてベースを上げる、くらいか?」
 ラナの言にテトが賛同する。
 元の機体に実績があるだけに、といったところだろう。
「せやねぇ‥‥うちも文句はないねんけど、練力は多めに欲しいかな」
「ええ。宇宙では、練力消費は地上と比較になりませんから‥‥可能な限り底上げをするべき、と思いますわ」
 んー、と考える水面に、クラリッサがおっとりと頷いてみせる。
「確固たる保証はできませんが‥‥現時点での最高値を望めるはずです」
「‥‥大台を超える、ってことですか?」 
 少し驚いたような歩の声に、アランは小さく頷いた。

●盾と矛
 議題は、固定武装も含めた特殊能力へと移っている。
 エミオンスラスター「プロミネンス」(以下ETP)については、「練力効率重視」の一点で意見は共通しているようだ。
「性能的に回避重視だから、頻繁に使うのはETPだ。連続使用ですぐ息切れ、ってのは避けてぇ」
 とはテトの弁である。
 命中の上昇は度外視しても、回避性能を上げるべきだとも少女は主張する。
(ふむ‥‥)
 フィリップは、その意見に少しだけ考えこむ。
「命中と回避に+、いうのは他の企業にも多いし、差別化が重要な気がするわ。うちは、効率重視がええなぁ」
 水面の言葉に賛同の声が多く上がる。
(MX−0の後継、ならば‥‥敢えて命中上昇を取り入れないのも手、か?)
 効率を重視するならば、上昇させる能力を絞った方が得策なのは道理だ。
 だが、とフィリップはこめかみを指でトントンと叩く。今すぐに結論を出すべきではない。
「ETPに関しては了解した。次は、ディメンジョン・コーティング(以下DC)について聞かせてくれ」
「DCは‥‥ある種の切り札になりますね。具体的な上昇値は、どの程度でしょう」
 桜子の問いに、フィリップは、確定ではないが、と前置きした上で答える。
「+30%、を目指している」
「‥‥やはり、それくらいは欲しいどすなぁ」
 ふむ、と楓が顎に指を当てた。
「DCは、ETPとは逆に性能重視‥‥消費を度外視とまでは言わねえが、ある程度は増えても仕方ないかもな」
 くるくると金髪を弄びながら、テトが呟く。
「ん、んー‥‥割合上昇は望む所なんやけど‥‥いっそ斥力制御スラスターみたいに、本当の切り札的な感じまで負荷と効果を上げてみても‥‥?」
 水面が唸る。
 それに賛同を示したのはラナだ。
「ですね‥‥「次元の違う」防御であるなら、効果の大きい切り札として‥‥+100%、は高望みかもしれませんが」
「2倍、は残念ながら無理だ。放熱が追いつかないし‥‥何より、そこまで消費を大きくすると、特に宇宙では、死に直結する危険性が高すぎる」
 首を振るフィリップに、水面はがくりと首を落とす。
 練力の切れたKVは、宇宙では鉄の棺桶に等しいのだ。
 その想像に、ラナの手が微かに震える。
(大丈夫‥‥そうならないための、話し合い‥‥)
 気付かれぬよう手をテーブルの下にしまい、目を閉じて小さく深呼吸。
 再び開いた彼女の目には、初夏の明るい日差し。
 震えは、止まっていた。
「固定武装の「コロナ」についてですが」
 クラリッサの発言で、話題は光輪「コロナ」へと移ったようだ。
「先ほども申しましたが、練力消費が宇宙では桁違いです。なので、極力練力消費は抑えたい‥‥回数制限型の導入が望ましいのは間違いありませんわ」
「わたくしもそう思います。3回、程度は使いたいでしょうか?」
 桜子は指を頬に当てて考えている。
 回数はともかくとして、練力消費に否定的な見解が多いのは事実らしい。
「3回‥‥妥当ちゃいますか?」
 楓もまた、回数制限に賛成のようだ。
「まぁ回数はその位として、いざって時の矛だろ? 性能面は頑張って欲しいな」
「うん。重要なんは、スロットを1つ潰す価値があるかどうか、やからね」
 テトの言葉を水面が継ぐ。
「サイファー準拠やったら、副兵装は3つまでやろ? つまり、実質2つになる訳や。だから、選択肢を狭める価値が「コロナ」にあるなら問題ないねん」
 逆に言えば、と少女の目が告げている。
「最善を尽くします」
 その目をしっかりと見返し、キャサリンが答えた。
 水面はにっこりと笑うと、紅茶に口をつける。
 そんなやり取りを見ながら、ラナは愛機との戦歴を振り返り、言った。
「これが‥‥サイファーに載っていれば、と思える程の‥‥力があれば」
 盾だけでは、敵を倒せない。
 少なくとも、一矢報いられるだけの矛を。
 その願いを、機体のコンセプトと違う、と一蹴できる人間などいないだろう。
(どこまで、応えられるかしら‥‥?)
 盾と矛を兼ね備える「ハイロウ」の設計者として、キャサリンは静かにその想いを受け止めていた。

●『彼女』
「そうそう、外見なんだけど」
 メティスが切り出す。
「やっぱサイファーの後継機なら、女性型がいいわね」
「その方がらしいなー」
 頷き、水面はもむもむとカステラを頬張る。 
「私も‥‥女性型を希望します‥‥。長く乗って‥‥あの形に愛着も、ありますから‥‥ね」
 苦楽を共にした相棒の面影を脳裏に浮かべ、ラナが僅かに微笑んだ。
 ふむ、とテトも腕を組む。
「んー、女性型でいいと思うぜ。放熱フィンもいいけど‥‥そうだな、いっそスカートアーマーを放熱フィンで、ってどうだ?」
「スカート部分に放熱フィン、ですか。それは‥‥悪くない、ですね」
 アランが興味深そうにメモを取る。どうやら、女性型か放熱フィンか、という二者択一に囚われすぎていたらしい。
 もっとも、その発想が性能に直結する訳ではないのだろうが。
「宇宙に女神が舞う、というシチュエーションになればいいですね」
 桜子がふんわりと笑う。
 幻想的なイメージだ。
 そんな中、楓は不満気な表情を浮かべている。
「自分は、あまり女性型は‥‥ああ、失礼。ドロームのいい噂を聞きませんし、どうにも‥‥」
「MX−0の二の舞になる、と心配してくれているんだな」
 楓の言葉に、フィリップは少しだけ複雑な声音で応えた。
「ベルナール社長は、技術者としての誇りを持つ人だ。それは、他の技術者を尊敬する、ということでもある。‥‥今すぐに、とは言わない。少しだけ、新しいドロームの様子を見てやってくれないか」
「‥‥他人には優しいのね、博士」
 メティスが意味深な台詞を呟く。
 それに気づかなかった振りをして、フィリップは、他には、と意見を促した。
 と、歩が手を上げる。
「個人的に女性型は好みですし、他の方も支持しているようですが‥‥コロナのターゲットはどの層なんですか? いえ、広く売るなら、好みの分かれる外見は避けるべきでは、と」
「仰ることはわかります。コロナのターゲット層は、軍で言えばエース格、傭兵の皆さんで言えば性能を重視する方々、となるでしょう」
 アランが答える。
「ですので、あくまでも求められるのは性能であると考えます。外見で売上に差が出るとしても、誤差の範囲でしょう」
「なるほど。あ、ついでと言いますか、こちらが実は本命ですが‥‥強化変形機構、搭載できませんか?」
「あら、それは私も興味がありますわ」
 歩の次の問いに、クラリッサが反応する。
 皆の反応を見るかぎり、テトも興味を持っているようだ。
 アランはキャサリンと小声で幾許か話し合い、能力者達に向き直る。
「不可能‥‥ではありませんが‥‥」
「‥‥ハイロウのエネルギーを、バイパスする必要があります。武器としての使用は、不可能になるでしょう」
 キャサリンの声に、少しだけ場がざわつく。
 ダメ押しとばかりに、アランが付け足した。
「加えて、変形に練力を消費します。具体的な量は計算の必要がありますが‥‥効率は‥‥」
「あー‥‥そりゃ、微妙かも‥‥」
 テトが残念そうにテーブルに突っ伏す。
 反面、クラリッサは半ば予想していたようだ。
「次の課題‥‥ですわね?」
「‥‥そうだな」
 次があればだが、という心の声を押し隠し、フィリップが答える。
「そや、機体の推奨装備どすけど、月光の宇宙版みたいなのは欲しいどすな」
 楓が提案したのは、現状の【SP】BCナイフの上位互換、といった感じだろうか。
 ふむと頷くフィリップに、メティスがならばと声をあげる。
「サイファーの時も言ったけど、ショップで一般販売できる兵装がいいわね。ML−3の改良型とか、いいんじゃない?」
「それ、よさそうですね」
 頷いたのは桜子。
 でしょう、と笑いながらメティスが続けた。
「特別品なら、ゼロ・ディフェンダーの改良版とか、増加装甲‥‥鎧型推進装甲? アレをドレス型にしたようなのとか、似合いそうよね」
 女性型の特権ね、と彼女はおどける。
「とにかく」
 と、テトが起き上がった。
「400万以上っつー価格に相応しい機体にしてくれれば、俺様は文句ないさ」
「微力を尽くします」
「期待は裏切りません」
 アランとキャサリンが力強く答えると、少女は満足気に笑う。
 2人の弟子の成長を頼もしく思いながら、フィリップは考えていた。
(‥‥ジェーンに会う必要がある、な)