タイトル:【BR】正義のヒーロー?マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/29 11:27

●オープニング本文


 チャールズと名乗る、バスタード・ライダー。
 一時期は「謎のヒーロー!」と持て囃していた地方紙も、最近はその熱を下火にしているようだ。
「無理もないか」
 メアリー=フィオール(gz0089)は新聞をたたむと、そう呟く。
 物珍しさが先行していた話題である。正体不明が続けば、ネタに困るだけの存在だ。
 先だって、ラストホープの能力者たちが持ち帰った情報は、当然のようにマスコミには伏せられている。
 それだけ、刺激の強い内容でもあったからだ。
 問題は、アーマーシステム。これに尽きる。
『不可能』
 そう断言するのは、もちろん未来研の科学者たちだ。
 SESがない限り、つまり、エミタが介在しない限りは、キメラといえどバグアの兵器に用いられるフォースフィールドを突破することはできない。
 そして、能力者たちが持ち帰った映像や情報から考えて、アーマーシステムにエミタが用いられている可能性は極めて低いとされていた。
 加えて、チャールズは能力者ではない。
 仮にアーマーシステムがAU−KVのようなものとしても、能力者でなければ適切に扱うことはできないのだ。
 だが、現実として、アーマーシステムを纏った一般人、チャールズはキメラを倒してみせた。
 アーマーシステムとは何なのか。あるいは、開発者のドクターと呼ばれる人物はスチムソン博士以上の大天才で、エミタなしでのFF突破を実現したのか。
 万が一後者が事実だとすれば、エミタに依存している現行の技術は全て過去のものとなる。能力者も、不要となる。
「‥‥ずいぶんと刺激的だ」
 困ったように、メアリーは笑った。
 過激な内容の上に、不確定要素が強すぎる。
 これを公表するにせよ、黙殺するにせよ、今は情報が必要だった。真偽を確かめる情報が。

 久方ぶりの依頼の連絡を受けたとき、ラウディ=ジョージ(gz0099)は右肩上がりの社の業績を仏頂面で見つめていた。
 彼が本業に専念して、はや一年が経過しようとしている。
 世界中が戦乱に巻き込まれている時代は、誤解を恐れずにいえば、ラウディのような若い経営者にとって大きなチャンスでもある。
 そんな経営論はともかくとして、自らの企業の順調な成長に反比例するように、ラウディの機嫌は悪くなっていた。
 単純にいえば、退屈なのである。そこへ舞い込んだ依頼は、彼にとって朗報、のはずだった。
「‥‥ULTから、だと?」
「はい」
「ふん、珍しいな」
 秘書、クラウディア=ホーンヘイムからの知らせに、ラウディはニヤリと口元を歪める。
 彼が率いる能力者集団、プレアデスの主な顧客は、UPCかドロームだった。
 例がないわけではなかったが、ULTからの依頼は極めて珍しい。
「で、用件は何だ?」
「‥‥それが、その、詳しくは、こちらに」
 こちらも珍しく、クラウディアは歯切れの悪い様子で資料をラウディへと渡す。
 それに目を通した途端、ラウディは酷く嫌なものをみたような表情を浮かべた。
「では、私から連絡を」
「いや、俺がやる。その方が、まだ後々に響くまい。‥‥お前は、最後の希望に依頼を出せ」
「‥‥はい」
 ULTからの依頼は、大まかに二つ。
 一つは、人探し。
 もう一つは、UPC北中央軍に所属するある将官から話を聞きたい、というものであった。
 ラウディが渋ったのは後者である。これは、軍を介せば良いだけの話だ。そうせず、わざわざ第三者を経由するというのは、軍には知られたくないというポーズということだ。
 もちろん、それだけならラウディも嫌な顔はするまい。退屈ではあるだろうが。
 問題は、その将官であった。
 名を、アルバート・グロブナー。
 UPC北中央軍の大佐で、KV連隊を含む機械化旅団を率いる練達の指揮官だ。かつて、フーバーダムを陥落させたとして、勲章も受け取っている。
 そしてアルバートは、ラウディの叔父に当たる。
 ラウディ=ジョージ。本名を、ジョージ・グロブナー。
 子供の頃から、実の両親をすら歯牙にもかけなかった彼が、唯一頭の上がらない人物がアルバートであった。
 アルバートにアポは取る。
 取る、が、そこから先はラストホープの能力者に任せる。
 それが、ラウディにできる数少ない抵抗だった。



 ある寂れた町の、寂れた喫茶店に一人の男が入っていった。
「いらっしゃ‥‥ああ、君か」
「よォ、ドク」
 迎えたマスターに、粗野な笑みを浮かべた男が手を上げる。
 長身で、浅黒く焼けた肌が筋肉質の体を覆っている。ギラギラと輝く金色の瞳は、ネコ科の猛獣を思わせる鋭さだ。
「君の分は、まだできてないよ」
「あァ、それじゃねェ。ファーストが能力者と会ったって聞いたんでヨ」
 くすんだ灰色の髪をかきあげながら、男はどっかとテーブルに腰を乗せた。
「耳が早いねぇ。ま、予定通りだよ。バグア・ライダーは世間の知るところになった。でも、そこから彼が強化人間、おっと、改造人間ってことに気づくまで、時間がかかるはずさ」
 マイヤーはコーヒーメーカーに近寄りながら、饒舌に話す。
「何故なら、チャーリーは既にキメラと戦っているからね。何度も、何度も! 改造人間は洗脳されているからバグアと敵対しない! その常識がある限り、チャーリーは正義のヒーローなのさ!」
「ふーン。でも、俺はキメラと戦えないんだロ?」
「そう。君は普通に改造したからねぇ。彼が少し特別なのさ。洗脳の上からもう一度、『君は人類だ』という洗脳をした。つまり、ダブル・コントロール! 副作用はあるだろうけど、まぁいいよね?」
 トラウマが増幅されるとか。マイヤーはそういってけらけらと笑う。
「おォ、怖ェ怖ェ」
 男は肩をすくめると、勢いをつけてテーブルから降りた。
「んジャ、まー俺は帰るワ。先輩と鉢合わせてモ、アレなんだロ? 俺の分ができたラ、呼んでくレ」
「ああ、せいぜい捕まらないようにね、ジャン・バルドー」
「任せナ」
 ひらひらと手を振って、ジャンと呼ばれた男は店を後にする。
 それを見届けると、マイヤーは扉に臨時休業の札をかけ、地下の研究所へと入っていった。
 そこには、いつものようにブリジット=イーデンが控えている。
「‥‥私は、ジャン・バルドーは好きではありません」
「あはは。僕も興味はないよ。でも、チャーリーより強いし、悪役にはぴったりな性格だからね」
「悪役‥‥ですか」
「そうそう。やっぱり、ヒーロー物には分かりやすい悪者がいないとねぇ!」
 マイヤーはくつくつと喉の奥で笑う。
「さしずめ僕は、大道具ってとこかな」
「脚本、の間違いでは」
「ふふふ、あの人ならそうだったろうけど、僕はアドリブってのが好きでねぇ」
 楽しげにスキップをしながら、マイヤーは一つのコンソールに近寄る。
 彼がこうも楽しげなときは、少なくとも一人の人間が不幸になっているときである。
「さぁて、しばらくは能力者のターンだ」
 研究所に、愉快な独り笑いが響いた。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
雨霧 零(ga4508
24歳・♀・SN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
フェリア(ga9011
10歳・♀・AA
白銀 楓(gb1539
17歳・♀・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
明神坂 アリス(gc6119
15歳・♀・ST

●リプレイ本文

●父と従兄
 アルバート・グロブナー大佐。
 彼に話を聞く、という依頼とその話の内容で、能力者たちは概ねその素性を察している。
 バスタード・ライダー、チャールズの関係者――恐らく、父親であろう、と。
 ならば、この依頼は能力者たちにとっても、チャールズのことを知るためのまたとない機会である。
(変身ヒーローの素性調査って普通は敵側がやるものなんだけど‥‥まぁ、仕方ないか)
 道すがら、明神坂 アリス(gc6119)はそんなことを思う。
 先日、少女が見た『ヒーロー』の表情は、真相を知りたいという気持ちをかき立てるには十分だった。
 それは、アリスだけの思いではない。
「軍の大佐さん‥‥チャールズさんの、お父さん。それなら聞けるでしょうか‥‥彼の言葉の意味も‥‥苦しみも」
 メイプル・プラティナム(gb1539)が呟く。
 その声を聞きながら、アレックス(gb3735)は少しだけ空を見上げた。
(‥‥チャールズ、アンタは何を背負っている?)
 彼の心を反映するように空の色は鈍く、重い。
 ヒーロー。
 その言葉の持つ意味と、抗いがたい現実。
(もしもヒーローに、なれるモンならなりたいよな。なぁ、チャールズ)
 僅かに瞑目し、アレックスは心中で呼びかける。
 憐れみとも共感ともつかぬ、奇妙な連帯感があった。
 奇妙な、という点では九条院つばめ(ga6530)もまた同様である。彼女の場合は、奇妙な既視感、であるが。
(‥‥戦い方とか、全然違うのに‥‥あの人の姿が一瞬ダブって見えたのは、何故‥‥?)
 つばめは、依頼に先立って先日の映像を見ている。
 その中に映っていたチャールズの姿は、かつて彼女が命をかけて対峙した、ある男の姿に通じるものがあった。
 同じことは、フェリア(ga9011)が前回直に感じたことでもある。
「むー、能力者じゃないだけで、騒がれる‥‥。そんな世の中に、ぽいずん」
 そのフェリアはといえば、ぽてぽてと歩きながらムムムと唸っている。
 チャールズにエミタ適性がない、ということによるULTや未来研の反応が、納得いかないのかもしれない。
「地図ではそろそろ見えるはずだが‥‥アレか?」
 先頭を歩いていた煉条トヲイ(ga0236)が、目的地を見つけた。
 場所に指定されたのは、説明によればアルバートの私邸であるとのことだったが、
「おお、こりゃ広いねぇ」
 雨霧 零(ga4508)が思わずというように口笛を吹く。
「グロブナー財閥‥‥か」
 トヲイもまた、どこか呆れたように呟いた。
 その豪邸といっていい佇まいに、北柴 航三郎(ga4410)はしくしくと重くなる胃を感じている。
(アルバート・グロブナー大佐‥‥立場が立場な方だけに、うーん、どう切り出せば、いいのかな‥‥)
 かつての記憶を思い出し、何か悩むところがあるらしい。
 ともあれ、八人はそれぞれに想いを秘め、館の門をくぐった。

 能力者たちが広めの応接室に通されると、そこには既にアルバートとラウディ=ジョージ(gz0099)が控えていた。
「ご足労をおかけしましたな」
 初老の大佐はそういって微笑むと、八人に席を進める。
 皆が着席するのを見計らったように、執事が紅茶をそれぞれの前に静かに給仕した。
 それが一段落すると、零が早速口火を切る。
「さて‥‥今回の件の元となっているチャールズが、私たちの味方なのか否かの判断ができない。調べようにも、人となりがわからなくては難しい。そこで、我々はここまで来たのです。――っと、話が先行して申し訳ない」
 零はそこで立ち上がり、仰々しく一礼した。
「お初にお目にかかります、私の名は雨霧零。本日は貴重な時間を割いていただき感謝します、アルバート・グロブナー大佐」
「こちらこそ」
 堂に入った返礼をすると、大佐は言葉を続ける。
「おおよそのことは、坊や――ジョージからも聞いております。‥‥ここならば、内密の話もできましょう」
 暗に、踏み入った質問も良い、とアルバートはいう。
 フェリアとアリスはちらと顔を見合わせると、頷き合ってそれぞれにサイン色紙を取り出した。
「これ、チャールズに書いてもらったサインなんです」
「‥‥なるほど」
 アリスの声に大佐はサインを見つめ、何かを納得したように首肯する。
「このサイン貰った時、チャールズ殿、とても穏やかな笑顔、してましたとです!」
 励ますようなフェリアの言葉に、アルバートは少しだけ嬉しそうに笑った。
 どうやら、筆跡は本人のもので間違いはないようだ。
 それを確定とするため、航三郎は一枚のディスクを取り出す。先日、彼が録画した映像だ。
「続けてですが、こちらがチャールズさんが戦っている時の映像です」
 執事がディスクを受け取り、まもなく部屋のモニターに映像が映し出される。
 鮮明とは流石にいえないが、顔を確認するには十分の画質だった。

●失われたもの
「‥‥私の息子、チャールズ・グロブナーで間違いありません」
 上映が終了し、しばらくの沈黙を経て、アルバートはそう告げた。
 その様子がどこか辛そうに見え、つばめは少し遠慮がちに問う。
「あの、最近のチャールズさんの様子は、何かいつもと違っていたりしませんでしたか‥‥?」
「お恥ずかしい話ですが‥‥チャールズとは、しばらく会っておりません。もう、何年になるでしょうか」
「どういうことだ?」
 アレックスが怪訝な顔をする。
 それには、ラウディが答えた。
「分かりやすくいえば、家出だ」
「家出‥‥?」
 その言葉に、メイプルは首を傾げた。
 何故か、チャールズらしくない、と思ったのだ。深い理由があるのかもしれない。
 フェリアもそう思ったか、ぴしっと挙手をして発言する。
「チャールズ殿、目を怪我して退役したと聞いたとです。そのことと関係があるので?」
「ああ、それは俺も聞きたい。空軍時代のチャールズのこと、その友人のこと」
 アレックスもその辺りは気になっていたようだ。
 アルバートは僅かに考えるような素振りを見せ、ゆっくりと口を開く。
「‥‥親の私がいうのも何ですが、優秀なパイロットだったようです。しかし、ある時のバグアとの交戦で‥‥所属していた部隊は、あの子一人を残して文字通り全滅した、と。そして、あの子もパイロットの命である目を負傷し、退役となったのです」
 重々しい空気が漂う。
 まだ、能力者のいない時代だった。生死の境目は、今とは比較にならないほど簡単にひっくり返る。
 チャールズが助かったのは、むしろ僥倖であった。親しい戦友を失ったことを幸運と思えるならば、だが。
「ひ、一人も残らず?」
「そう、聞いています」
 アリスの声には、若干の震えが混じっていた。
「生き残ったにも関わらず、退役を強いられる。‥‥復讐の機会すら、与えられなかったのか」
 やり切れない、とトヲイは首を振る。
 仮に自分が同じ立場だとすれば、それはどれほどの苦痛だろうか。
「しかし、映像のチャールズは随分と戦いに、陸の戦い方に慣れてるけど‥‥これは、大佐が?」
「はい‥‥軍隊格闘は、ひと通り教授しました」
 ふむふむ、と零は頷いた。
 航三郎はそれを聞き、ふと疑問を抱く。
「それなら、陸軍に再入隊もできたのでは?」
「‥‥面倒なんだ、組織って奴は」
 それにはラウディが答えた。アルバートは困ったように笑うのみ。
 何か申し訳なくなり、航三郎は頭をかく。
 場が沈鬱となりかけた時、メイプルが努めて明るく別のことを問うた。
「あの、チャールズさんって昔はどんな人だったんですか?」
 アルバートは想いを馳せるように少しだけ目を閉じると、穏やかに答える。
「元気で、奔放な子でした。他の子とは対照的で、微笑ましい情景でしたね」
「あ、兄弟がいたんですね」
「はい。兄はエドワード、今はイギリスで本家筋の仕事をしています。そして、少し離れた妹のベアトリス‥‥生きていれば、ちょうど貴女ぐらいの年でしょうか。トリスの髪も、綺麗なブラウンでした」
 生きていれば。
 その言葉にメイプルは息を飲み、零が問いを継ぐ。
「本物は余裕がある‥‥か。大佐、チャールズは、能力者になるのを希望していた時期が?」
「‥‥いわゆる能力者が生まれたのは、あの子の退役後です。もちろん希望し、検査も受けました」
 ですが、とアルバートは小さく首を振る。
「もしかして、それがトラウマに‥‥?」
 アリスがふと呟く。
(仲間を失い、戦う術を失い‥‥チャールズさんも、目の前を塞がれてしまった‥‥?)
 思いつめた末に、自らの師に刃を振るった男。つばめは、その姿を思い起こす。
 だが、事実は更に酷だった。
「確かに、一時期は目に見えて落ち込んでおりました。ですが、トリスのおかげで、何とか立ち直れていたのです」
 話し始めたアルバートに、一瞬ラウディが気遣うような視線を向けるも、大佐は続ける。
「トリスは年の離れた兄二人によく懐いていました。特に、チャールズは‥‥あの子にとっての、ヒーロー、だったのでしょうね」
 若き空軍のエース。
 そう呼ばれた兄は、幼心にも誇りであり、憧れであったのだろう。
(‥‥いいお兄さん、だったんだな)
 優しい兄とそれを慕う妹、という図を航三郎は思い浮かべる。
「そんなある日のことでした。トリスとチャールズはピクニックに出かけ‥‥キメラに、襲われました」
 そこで、一度話が途切れる。
 しばらく沈黙が流れた後、アルバートはゆっくりと、感情を抑えるように口を開く。
「‥‥二十センチにも満たぬ、兎のキメラでした。それも、たったの一頭‥‥」
 誰もが言葉を失った。
 そんな非力なキメラにさえ、一般人は為す術がないのだ。
「‥‥チャールズは拳銃を携帯していました。それが、余計にあの子を苦しめてしまったのです」
「目、か」
 アレックスがいう。
 アルバートは小さく頷いた。
 SES非搭載の拳銃では、恐らく行動の阻害にもならなかっただろう。だが、それは問題ではないのだ。
「目がマトモだったなら、と、あの子はうわ言のように繰り返していました。‥‥エミタ適性さえあったなら、とも」
 万全を尽くせなかった。
 妹を、守るべき存在を、愛する家族を、自らの力不足で死なせてしまったという悔恨。
 それが、自分が妹を殺した、と変化するのに時間はかからなかった。
「ベアトリスの葬儀が終わった翌日、チャールズは姿を消した」
 ラウディが補うように続ける。
「そして‥‥バスタード・ライダーとして現れた、というわけだ」

●人間か、それとも
 悲劇、というと陳腐に過ぎるかもしれない。
 だが、それ以外の形容も見つからなかった。
「‥‥チャールズさんは悪くありませんよ‥‥!」
 メイプルが悲痛な声を漏らす。
 その目には、涙が浮かんでいた。
 見れば、つばめもそっと目尻を拭っている。
(バグアへの憎しみと、それ以上の自己嫌悪‥‥)
 アレックスは天井を仰ぐ。
(‥‥似たような、匂いを感じた。やっぱりアイツも、守れなかったのか)
 無意識にドッグタグを握りしめる。
「ヒーローっていわれた時、すごい辛そうな顔してたです‥‥」
 ふと、独り言のようにフェリアがいった。
 理由がわかった今、その表情が少女の心に影を落とす。
「アーマーシステム、一般人でも戦える技術‥‥。チャールズさんは、それで」
 つばめは窓の外へと視線を向ける。
 雨が、降り出していた。
「でも、そんなことが本当にできるのでしょうか?」
「奴には戦う理由があり、手段が見つかった、ということだ」
 珍しく、気遣うような声音でラウディがいった。
 そのことに、トヲイが反応する。
「そういえば‥‥ラウディはチャールズとは?」
「奴は従弟だ。昔は付き合いもあった‥‥それだけだ」
「ジョージは、チャールズの目標だったそうです。空軍時代、そんなことをいっていました」
 アルバートが言葉を添えると、ラウディは不貞腐れたように横を向く。
 頭が上がらないのは本当か、と、トヲイは妙な感心をした。
(しかし)
 同時に、疑念がよぎる。
(ラウディとチャールズが同じ一族であることは、果たして偶然なのか?)
 トヲイの脳裏に、ある懸念が浮かぶ。
 例えば、アーマーシステムとはバグアの技術であり、チャールズはそうとは知らずに利用されているだけとすれば。
 つまり‥‥チャールズが、既に強化人間であったならば。
「アーマーシステムですが、製作者の手がかりが殆どありません。‥‥チャールズさんの身辺から、探るしかない状態です」
 申し訳なさそうに、航三郎が下を向く。
 アルバートが黙って頷くと、アレックスがおもむろにラウディへと体を向ける。
「なあ、チャールズの足取りはつかめてるのか?」
「‥‥概ね、といったところだ。行動範囲は絞れている」
 やはり、とアレックスは首肯する。プレアデス宛ての人探しの依頼とは、そのことだったのだ。
「そういえば、チャールズ殿、バイクに乗ってたです。カッコいい奴。趣味だったとですか?」
 首を傾げてフェリアが問うと、アルバートは少し考えるように顎に指を当てる。
「‥‥私の知る限り、そういう趣味はなかったと思いますよ」
 ほほう、と少女は頷く。
 となれば、あのバイクはシステムの製作者が造った、と見るべきだろうか。
「守れなかった自分は、紛い物‥‥か」
 零が小さく呟く。
 冷め切った紅茶を思い出したように口に含むと、小さく舌を出した。早めに味わうべきだった。
「本物に、なりたかったんだろうね」
「‥‥あの時のチャールズは、ちゃんと『ヒーロー』してたよ」
 アリスが応じる。
「うまくいえないけど‥‥僕は、チャールズが彼なりの信念に従ってるんだって、信じてる」
(信念‥‥)
 その言葉に、つばめは思う。
 目指す先は同じはずなのに、なぜ道が分かれるのだろう。――あの人のように。
「妹さんのために、ライダーになったのでしょうか‥‥?」
 メイプルが、誰にともなくいった。
 そうだとすれば。
 チャールズは、悲しいまでに人間なのだろう。
(‥‥形はどうあれ、か)
 トヲイは最悪の可能性に表情を曇らせた。
 この悪趣味な感覚には、覚えがある。
 かつての敵――アルドラもまた、滑稽なほどに人間だった。

「ありがとうございました!」
 ひと通りの質問が終わると、フェリアは元気よく礼をいう。
 重かった室内の空気が、多少和らいだようだ。アルバートは微笑を浮かべ、少女の頭を撫でる。
「なぁ‥‥大佐」
 アレックスが、意を決して話しかけた。
「もし、もしもの話だが‥‥チャールズの身に何かあったら、力を貸してくれないか」
「――ええ、もちろん」
 静かに応じたアルバートの顔は、父親のそれだ。
「頼む。俺達ではできないことも、きっとあるから」
 改めて頭を下げ、アレックスは踵を返す。
「チャールズさん‥‥」
「‥‥今度会ったら、話せるといいね」
 メイプルとアリスは、並んで窓の外を眺めている。
 雨足は、いよいよ強くなってきたようだ。
 嵐になるな。
 誰かが、そう呟いた。