タイトル:【昴】アステローペマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/10 02:01

●オープニング本文


 時代ゆえか、それなりに知られた能力者集団というのは、ラストホープの他にも世界各地に点在している。
 その一つに『プレアデス』があった。
 ラウディ=ジョージ(gz0099)が率いる能力者グループで、規模や知名度こそ高くはなかったが、北米を中心にそれなりの成果を収めている。
 リーダーであるラウディが実業家であるということから、企業の私兵やらラウディの犬やらと散々な評判もあるが、傭兵としての実力は確かで、UPC北中央軍からも度々依頼が出されていたらしい。
 過去形であるのは、集団としての活動が現状では凍結されているからだ。

「社長、お時間です」
 ラウディ=ジョージは、その声にうんざりしたような顔をした。
「クラウディア、その会食というのは出ねばならないのか?」
「はい。お得意様からのお招きです。欠席なさると、業務に支障が出ます」
「まったく‥‥呆れたものだ。実家のしがらみから逃れたつもりで、新しいツタに絡まりに来ただけとはな」
 吐き捨てるようにいうと、ラウディは着崩していたジャケットを羽織りなおす。
 仕立てのいい夜会服を身に着けていたクラウディアは、フォーマルというにはラフすぎる彼の様子に少しだけため息をつく。
「そんなに社交がお嫌でしたら、今からでもUPCに入隊なさってはいかがですか?」
「ふざけろ。仮にそうしてあのジジイに面倒など見られたら、俺は発狂するぞ。‥‥連中はどうしている」
 クラウディアの皮肉を気にも留めず、ラウディは話題の矛先を変えた。
 連中、つまりプレアデスのメンバーのことだ。
「タイゲタとプレイオネ、アトラスは既にノルマを終えたようですが、残りはまだのようです」
「その三人は流石といいたいが、メローペはどうした?」
「マイアのサポートに集中しているようです」
 その情報に、ラウディは軽く笑う。
「まぁ、いい。ケラエノは、どうせサボりだろう。問題はアステローペとアルキオネか」
「生身でゴーレム一体を破壊しろ、でしたか」
 クラウディアが、アステローペらに与えられたノルマを確認するように呟く。
 上級クラスというものが導入されたとはいえ、単身でこなすような仕事ではない。
 ほとんど無茶振りというべき要求だったが、それを課すラウディの真意とはなんなのか。
「人が大人しく社長を演じてやっている間に、生意気にも上級クラスになるなどと追加で経費を持っていったのだ。それに相応しい成果は挙げてもらわんとな」
「‥‥ラウディ様、本音は隠した方がよろしいかと」
 台無しである。



「――っくしゅん!」
 メキシコ国境に程近い密林の一角で、一人の青年がくしゃみをした。
 慌てたように口元を押さえて周囲を警戒し、ほっと一息をつく。
「やれやれ、タイゲタやアトラスはアレを一人でやったとか、マジかよ‥‥」
 燃えるような赤髪をぐしゃぐしゃとかきながらそう呟いたのは、アステローペと呼ばれていた青年である。
 年の頃は、二十代前半といったところだろうか。
 長身の体に大剣を携えた彼は、戦場では見事に映えるだろうと思われたが、残念ながら今は枝やツタをまとって身を潜めているためにその面影はない。
 と、重々しい地響きが密林に伝わる。
 一体のゴーレムが、アステローペの周囲を徘徊していた。
 時折きょろきょろと何かを探すような動きをしているところを見ると、アステローペを探しているらしい。
 その左脚部は、膝から下が大きく切り裂かれていて火花が散っている。
「無理だわ無理。脚は斬ったけど、しくじったな」
 やれやれ、とアステローペはぼやく。
 傍らの大剣は、見れば大きく歪んであちこちにヒビが入っていた。
 どうやら、反撃をまともに受けて武器がお釈迦になったようだ。
 いわゆるピンチといえる状況だが、アステローペの表情に悲壮感はない。
「さぁて‥‥救援要請は出したし、根比べだな」
 青年はそういうと、深い茂みの中にゆっくりと潜り込んでいく。
(一人で倒せ、なんていわれなかったし‥‥オッケーだよな?)
 ぼんやりとリーダーの顔を思い浮かべながら、アステローペは一人納得するようにうなずいた。



「ある程度緊急の依頼だ」
 メアリー=フィオール(gz0089)は、集まった能力者たちの前でそう切り出した。
「メキシコとの国境沿いで、ゴーレムと交戦していた傭兵からの救援要請でな。武器がダメになって、逃げるに逃げられない状況だそうだ。密林の中なので、隠れる場所には事欠かないようだが‥‥」
 そこで言葉を切ると、彼女は少しだけ悩むような顔をする。
「問題は、メキシコに近すぎることだ。下手にKVを出せば、藪をつついて蛇を出しかねん。つまり、君らも生身で行ってもらうことになる」
 その条件に、場がややざわめいた。
 生身でワームを倒すことは不可能ではなくなったとはいえ、現時点でも多くの能力者にとってジャイアント・キリングは負担の大きい仕事である。
「気休めだが‥‥相手は脚部に損傷があって、移動力は落ちているということだ。まぁ、ハンデとしては中々のものだろうさ」
 そう思わなければやっていけないとでもいうように、メアリーは首を振る。
 それから姿勢を正すと、彼女は折り目正しく礼をした。
「気をつけてな」

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
夕凪 春花(ga3152
14歳・♀・ER
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
カグヤ(gc4333
10歳・♀・ER

●リプレイ本文

●密林の巨人
 どんよりとした空模様が、密林をより陰鬱に感じさせている。
 晴れていれば、多少はマシだったのだろうか。鳴神 伊織(ga0421)は、ふとそんなことを思う。
(思ったより見通しが悪いな‥‥もやが出ていないだけマシだが)
 僅かに思案して、白鐘剣一郎(ga0184)は耳を澄ます。
 周囲の木々はゴーレムを覆い隠すには十分で、目で警戒するのには限界があった。
 出会い頭の遭遇など、いくら実力者の剣一郎でもごめんである。
「‥‥少しだが、地響きが聞こえるな。そう遠くなさそうだ」
 同様に周囲を探ろうと地面に耳をつけていた須佐 武流(ga1461)の報告で、能力者たちは各々が戦闘に備える。
 程なく、全員がゴーレムの立てる足音を感知した。
「脚が壊れてるって話でしたけど‥‥」
 夕凪 春花(ga3152)はそういって小首を傾げる。
 わざわざ音を立てて歩き回るゴーレムの行動は、何か妙に感じられたのだ。
 その言葉に、多少考えてから煉条トヲイ(ga0236)が応じる。
「もしかしたら、そのせいで慣性制御が不調なのかもしれないな」
「ならラッキーですけど‥‥」
 不安と期待が半々といった表情で、リュドレイク(ga8720)が苦笑する。
 しばらくすると、不意に木々の隙間にゴーレムの姿がよぎるのが見えた。
 八人はハンドサインで適度な距離にばらけ、細心の注意を払いながら進んでいく。
(‥‥木に紛れて気づいてないみたいなの)
 トヲイの背後に続きながら、カグヤ(gc4333)はゴーレムを観察していた。
 人間のような目標を探すには、どうやら無人機では限界があるらしい。ましてや、この密林である。
 この分ならアステローペも無事だろう、と少女は心中で安堵する。
「どうです?」
 小声で、セラ・インフィールド(ga1889)がリュドレイクに尋ねた。
 二人はアステローペを探しているのだが、この視界ではリュドレイクの探査の眼が鍵になる。
「あの奥‥‥の茂みが、アレです。少し不自然なゆれ方をしてました」
 そういってリュドレイクの指した方向には、確かに深い茂みがある。一人といわず二人くらいなら、十分に隠れられる大きさだ。
 セラは手早く周囲を観察すると、ゴーレムの注意が逸れているのを確認し、リュドレイクとともに慎重に近づいていく。
 木々やツタに紛れるように動きながら茂みに接近すると、その中からゆっくりと何かが這い出てきた。
 慌てて構える二人に、その何か――枝やツタにまみれたアステローペが落ち着けというように腕を出す。
「‥‥思ったより早かったな。助かったぜ」
「お久しぶりです‥‥と、挨拶は後ですね。お怪我は?」
 セラの問いに、男は軽く肩を回してみせる。問題ない、ということだろう。
 それにほっと一息つくと、セラはアステローペにツーハンドソードを手渡す。お釈迦になった彼の大剣の代わりだ。
「とりあえず、代えの武器はそれで我慢してください」
「うへぇ」
 返ってきたのは苦笑だった。
「あれ、武器、駄目でした?」
 少し戸惑ったように、リュドレイクがいう。
 アステローペは笑いながら、首を振った。
「いや、楽できるかと思ってたからさ」
 危機感のないその台詞に、セラとリュドレイクが顔を見合わせたとき、めきめきと樹木の折れる音が密林に響いた。

「流石に、ここまで近づけば気づくか‥‥!」
 武流が不敵に笑うと、手近な木の幹を駆け上がる。
 障害物をなぎ払うように振るわれるゴーレムの剣が、小枝を切るように周囲の木々を切り払っていた。
「あんまり足場をなくすんじゃねぇ、よ!」
 身軽さを活かしていち早く接近していた武流は、他の仲間からゴーレムの目を逸らすために敢えて派手に動いていた。
 駆け上がった木の幹を蹴り、弾丸の如く宙を舞う。
 空中の小型目標に対して、このゴーレムは有効な対応手段は持っていない。大振りに振るわれた剣はむなしく宙を裂き、懐に飛び込んだ武流のスコルが咆哮を上げてゴーレムの巨体を蹴り上げる。
 吹き飛びこそしなかったが、それでも巨人にたたらを踏ませるのは流石の実力といえよう。
「流石にタフだな」
 鼻で笑いながらも、武流は内心で冷や汗をかいている。
 至近距離からのゴーレムの攻撃は、やはり脅威だ。避けているうちは問題ないにせよ、当たれば流石の自分もただでは済むまい、と改めて思い知る。
 アレと真正面から打ち合えるのは、ベテランのエースアサルトかガーディアン程度のものだろう。
(ま、当ては三人ほどいるんだがよ)
 ちらりと視線を移せば、そこには既に間合いに入っている剣一郎とトヲイ、伊織の姿があった。
「生身でゴーレムというのも、久し振りだな」
 悠然と歩を進めながら、剣一郎が月詠をすらりと抜き放つ。
「ダメージがあるとはいえ、あの分では戦闘への支障はほとんどあるまい。注意して当たってくれ」
 声を張り上げて仲間に注意を喚起すると、男はそのまま一足で踏み込むと刃を振り下ろす。
 決して薄くないはずのゴーレムの装甲にざっくりと切れ目が入り、スパークが走った。
 淀みのない一連の動きに、ゴーレムは混乱したようにガトリングを乱射する。
 無照準の射撃は、あるいは威嚇としては十分だったかもしれないが、その程度で止まる能力者たちではない。
「‥‥所詮無人機、ですか」
 無感情に呟くと、伊織はスノードロップを撃ち放つ。
 着弾と同時にゴーレムの肩口が弾けるように揺れ、明らかな弾痕が刻まれた。
「――まずは脚を潰して、機動力を完全に奪う。行くぞ‥‥!」
 ぐらりと揺れたゴーレムの隙を逃さず、トヲイが動く。
 カグヤの先見の目によって、常以上に周囲がよく見える。余裕を持って動ける分、その動きの切れは冴えた。
 トヲイの攻撃がゴーレムの左脚部を強かに打ち据える中、彼をサポートするカグヤはふと気がつく。
(‥‥他の人にも使ってあげればよかったの)
 先見の目は、範囲内であれば味方全員に使うことができる。次の課題です、と少女は心のメモ帳に記した。
 そうこうしているうちに、左脚が限界に達しようとしていたゴーレムは、早くも断末魔のように武器を振り回していた。

●ジャイアント・キリング
「やることが派手だねぇ」
 戦闘の様子に、アステローペが口笛を吹く。
「私たちも行きましょう」
 そういって走り出すセラに続いて、アステローペも駆け出す。
 リュドレイクは二人とは別方向に走り、フェイルノートに弾頭矢をつがえた。
「‥‥頭は狙えるか?」
 巨体とはいえ、動き回るゴーレムの頭部にピンポイントで当てるのは難しく思える。
 ならばと、首から胸部の辺りに狙いを変更。弾頭が爆発すれば、少なからず頭にも影響は及ぶはずだ。
「南無三っ!」
 きりきりと引き絞られた弓から放たれた弾頭矢は、風切り音を上げてゴーレムへと飛ぶ。
 即座にもう一射。計二連の弾頭矢は、期せずして二つとも首に命中する。
 威力以上に派手に吹き上がった爆炎がゴーレムのセンサーを覆い隠し、泡を食ったようにゴーレムはもがいた。
 リュドレイクが心中で快哉をあげた瞬間、鈍く光るガトリングの方向が彼へと向けられる。完全に偶然だが、幸運と不幸がセットになってプラマイゼロとでもラプラスの魔がのたまったのか。
 それでも甘かった狙いと、とっさに発動した自身障壁に助けられてリュドレイクは深手を避ける。
 何とか動けることを確認するも、まともに当たっていればと考えると冷や汗が止まらない。
(あんな相手を一人で‥‥ラウディさん、随分と無茶振りを‥‥)
 噂のリーダーに呆れる間もあらば、リュドレイクは他の仲間と合流するべく動き出した。敵の火力が強大である以上、単独行動は控えねばならない。
 弾頭矢でよろめきつつもガトリングを乱射するゴーレムは、暴れる酔っ払いにも似た迷惑さだ。
「危なっかしい玩具は没収です」
 春花が被害を抑えるべく、エネルギーキャノンをゴーレムの腕へと向ける。
 1230mmという巨大な銃身から、青白い光の束が放たれた。
 春花自身は指を狙っていたが、流石に的が小さい。一発目は手の甲に、続く二発目は手首へと着弾した。
 それでも連続する衝撃に、ゴーレムの腕部が悲鳴を上げる。関節部の回路がショートでもしたのか、ガトリングを保持する腕が一瞬力を失ったようにだらりと下がった。
「いいのかよ、そんな隙見せちまってさ」
 風のように武流が走り込む。
 垂れ下がった腕を足場に、一気にゴーレムの体へと飛び上がると、駆け抜けざまにその首筋、いわゆる延髄の部分をミスティックTで抉り取った。
「‥‥ま、止まらないわな」
 本物の巨人ならばそれでダウンだったろうが、そこはゴーレムである。ダメージは負いつつも、まだ動く。
 業を煮やしたかのようにゴーレムが吼えた。無機質な機械の咆哮と同時に、ゴーレムの体が僅かに浮き上がる。
(――慣性制御か!?)
 とっさに見抜き、トヲイは背後のカグヤをかばうように立ちふさがる。
 直後、それまでとは一転して正確で強力な攻撃が能力者たちを襲った。
「‥‥流石にゴーレム、といったところか」
 盾で受け流してなお体に残る衝撃に、剣一郎が苦笑する。
 実は、彼のようにまともに受けられるだけでも尋常ではない。
 トヲイを除いて、他の者は皆回避している。とはいえ、その回避の仕方も紙一重で弾雨を縫った伊織や、回転舞によって空中を飛び回った武流に至っては十分に人間離れしていたのだが。
「ごめんね、トヲイ、大丈夫?」
 自らをかばった男に対して、カグヤは慌てて練成治療を施す。致命傷でなければ、十分に回復できる。
 トヲイは笑って、気にするなと少女の肩を叩いた。
「早めに決めよう。支援は頼んだ」
「任せて、なの」
 カグヤが小さくガッツポーズをとると、一瞬トヲイとの間に輝く線が結ばれる。
 同時に、トヲイの体が薄く発光し、シュナイザーに内蔵されたSESの排気音が高くなった。
 魂の共有を行うには、スキル発動のタイミングで対象と五メートル以内にいる必要があるが、猛撃などのように持続型のスキルであればそれも大したデメリットではない。
 これが強刃のように、攻撃の瞬間に発動するようなスキルの練力を肩代わりするとなると、その分近接戦闘に巻き込まれやすくなる。
 エレクトロリンカーは決して打たれ強いクラスではない以上、魂の共有の対象とするスキルはそれなりに選別する必要があるだろう。これも課題です、とカグヤは心のメモ帳に書き留める。
 その間に、トヲイは駆け出していた。
「例え相手が何であろうと、砕いて散らす‥‥ッ!」
 淡く輝くトヲイのシュナイザーが残像を描き、ゴーレムの左脚部を完全に食い破る。
 剣劇によって一瞬に四連の攻撃が叩き込まれれば、元々傷ついていた装甲などガラス細工のようなものだった。
 片脚を失ってぐらりとよろめいたところに、伊織が間髪を入れず鬼蛍を抜刀する。
「――狂咲」
 ぽつりとこぼれた声音が、SESの排気音と金属を切り裂く刃鳴にかき消された。
 一瞬に繰り出された剣閃は実に十二。
 僅か数秒で、ゴーレムは残った右脚も膝下からを失った。もしも有人機なら、泣き言の一つも漏らしていたに違いない。
 ここにきてようやく圧倒的不利を悟ったのか、ゴーレムは慣性制御で一気に飛び上がる。
「させませんよ」
 そこに、どんぴしゃのタイミングでセラが現れた。脚力だけで木々を上り、一気に上空へと飛んでいたのだ。
 セラの月詠が、ゴーレムに振り下ろされる。悪あがきに振るわれたゴーレムの剣がセラの右肩を掠めたが、それに先んじて月詠が食らいついた。
 地面に叩きつけられる勢いで、ゴーレムが落下する。
「ま、お仕事なんでな」
 その横合いからアステローペが突っ込んでくる。疾風の如く振るわれた大剣が、ゴーレムを真横に吹き飛ばした。
 その先には、剣一郎が待ち構えている。
 黄金の輝きをまとった男は、向かってくる巨体に動じることなく刃を構えた。
 あわや激突かと思われたその瞬間、ゴーレムが真っ二つに切り裂かれる。
「‥‥天都神影流『秘奥義』神鳴斬」
 剣一郎が小さく呟き、月詠を鞘に納めた。

●ノルマ達成?
 ゴーレムの火力はやはり並ではなかった。春花とカグヤの練成治療がなければ、もう少し怪我が尾を引いたかもしれない。
 とはいえ、結果よければ、である。
「敵は撃破し、要救助者も確保。皆、お疲れ様だ」
 剣一郎はそういって笑う。
 その要救助者はといえば、春花にお説教を受けていた。
「ゴーレム相手に単独なんて、無茶が過ぎますよ」
「だよなぁ」
 うんうん、とアステローペはうなずく。
 好んで挑んだわけではないらしいが、それにしても危機感が薄く見える。
「単独で破壊できそうな方はこちらにもいますし、何ともいえませんが‥‥まぁ、無茶な話ですね」
 隠れて怖い怖いというべきだったでしょうか、と伊織が苦笑したようにいう。
 彼女の視線はなんとなく剣一郎やトヲイに向けられていたようだが、報告官の私見を許していただくならば自身を棚に上げた発言といわざるを得ない。
「しかも、プレアデスのノルマは一人一殺――命が幾つあっても足らんぞ‥‥?」
 トヲイは少し気遣うように問うた。
「いや、そのノルマは俺とかアルキオネのもんでね。アトラスとかタイゲタはもっと酷いんだ」
 俺は楽ができてよかったよ、とアステローペは笑う。
 その様子に、常の彼らがどれだけ無理をさせられているかをトヲイは察した。
「バグア相手に無茶を余儀なくされる。‥‥プレアデスは大変だな」
「さ、そろそろ撤収しましょう。結構派手にやりましたから、余計な敵が来るかもしれません」
 ぱん、とセラが軽く手を打った。
 春花もその意見には賛成のようで、小さくうなずいている。
「ゆっくりしている暇はありませんね」
 競合区域とはいえ、メキシコ沿いはほぼバグアの占領下だ。何が起こってもおかしくはない。
 九人は手早く仕度を整えると、静かに、かつ素早くその場を去っていく。
 その途中、武流はふと戦場を振り返った。
(‥‥もう少し立体機動を練れば、KVなしでも大型の敵を倒せるかもしれないな)
 今回の戦闘で、そんな感触を彼は掴んでいた。ともあれ、それを考えるのも無事に帰ってからだ。
 切り替えるように前を向きなおすと、それきり振り返らずに能力者たちは撤収した。

 しばらく後、ゴーレムとの戦場となった密林にHWとゴーレムからなる部隊が訪れたことを、九人は知る由もない。
 もし、もっと派手な戦闘だったら、もっと撤退が遅くなっていたら‥‥。



 他日、プレアデス屯所。
「アステローペ君は、ノルマのためにラストホープに泣きついたんだってぇ?」
「サボり魔がうっせーよ。結果オーライさ」
 ケラエノがアステローペに絡んでいる。
 意地悪そうに笑う彼女に、青年は何やら嫌な予感を覚えた。
「隊長、そのことで話があるってさ」
「‥‥マジ?」
 合掌。