タイトル:冬+山奥+道場=??マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 13 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/16 03:16

●オープニング本文


 その日、メアリー=フィオール(gz0089)が応対した人物は、物腰柔らかな老人であった。
 老人の名は、安曇野昇山という。
「その節は‥‥」
 頭を下げる老人に、メアリーも慌てて礼を返す。
 昇山は小さな剣術道場の師範であり、日本の辺鄙な山奥に道場を構えている。
 そして、一年ほど前に起こったある事件によって、ラストホープの能力者とは浅からぬ付き合いがあった。
 とはいえ、解決後はひっそりと隠棲していたということだが、この時期に何があったのだろうか。
 そんなメアリーの疑問を察したか、老人は穏やかに微笑んだ。
「実は、麓の方から差し入れを頂戴しまして」
「差し入れ‥‥ですか」
 はい、と頷き、昇山は軽く説明する。
 それによれば、何でも、最近は地元の学校で剣道などの武道を教えているらしく、その礼ということで農家の人らがわざわざ持って来てくれたのだという。
 どうにも、一人ではとても食べきれない量であるらしい。
「そこで、ここの皆さんには以前お世話になりましたから、よろしければ鍋など振舞わせていただきたいと思いまして。お礼、といえるものでもありませんが‥‥」
「なるほど」
 納得したように頷き、メアリーは手早く依頼手続きに入った。
 こういう息抜きのような依頼も、たまには必要だろう。そう思ったのだ。

●参加者一覧

/ 白鐘剣一郎(ga0184) / 榊 兵衛(ga0388) / 平坂 桃香(ga1831) / 鐘依 透(ga6282) / カルマ・シュタット(ga6302) / 九条院つばめ(ga6530) / 狭霧 雷(ga6900) / 百地・悠季(ga8270) / フェリア(ga9011) / 米本 剛(gb0843) / 冴城 アスカ(gb4188) / 兄・トリニティ(gc0520) / フロスヒルデ(gc0528

●リプレイ本文

●ある日の道場
 鍋を行う日の少し前、冴城 アスカは一足早く道場を訪れていた。
 ある事情によって心身を鍛え直すべきだと考えていた彼女は、今回の誘いを絶好の機会だと捉えたのである。
 早めの訪問に道場主の安曇野昇山は少しだけ驚いたが、理由を聞き二つ返事でそれを了承した。
 といっても、本格的な修行とはいかないのだが。
「‥‥さ、流石に、さ、寒くなってきたわね」
 白い道着に身を包み、冬の滝に打たれるアスカの唇は既に真っ青だ。
 実は外気よりは流水の方が温度が上だったりするのだが、それでもほぼ氷水である。
「ははは。我慢は逆効果ですよ」
 と、昇山が水筒とタオルを持って現れた。
 能力者といえど、寒さには中々勝てるものではない。
 アスカは老人の言に従って滝壺から岸へと上がると、差し出されたタオルで水気を取る。
「滝行は、その流れによって雑念を取り払い、道を見定めるものです」
「‥‥道、ですか」
 はい、と昇山は頷き、水筒から湯気の立つお茶を注ぎ、差し出す。
 それを受け取って、アスカは一口すすった。やや熱く感じたが、今はそれで丁度良く思えた。
「薄暮に灯明を燈すようなものですな。明かりを見出したなら、滝に打たれ続ける理由はないわけです」
「私の道‥‥」
 見えただろうか、とアスカは考える。
 その思考を中断するように、寒風が湿った道着から再び熱を奪った。
「風邪を引いては元も子もありませんね。一旦戻りましょう。そろそろ、他の皆さんもいらっしゃいますよ」
「はい」
 痺れるような寒気を気合で無視し、アスカは予め拾っておいた薪を背負うと、道場へと猛ダッシュしていく。
 老人はその様子に少しだけ苦笑すると、ゆっくりと歩き始めた。

 その頃、麓から道場へと続く山道を、能力者の一団が登っていた。
「此処に来るのも実に久しいですねぇ‥‥」
「ああ、随分と久しぶりだな」
 雪化粧をした山並みを見渡しながら、米本 剛と榊兵衛が懐かしそうに言う。
 山道は比較的なだらかだが、積雪もあって慣れない者にはやや辛い。
 それでも楽々と踏破する辺りは、流石に歴戦の能力者たちといったところか。
「こ、これも修行のうち‥‥って言いたいけど、長いよ!」
 しかしながら、世史元 兄のように能力者となって日が浅い者には、この道のりはやや長かったようではある。
 もっとも、同様のフロスヒルデがさほど疲れていないところを見れば、もう少し別の理由があるのかもしれない。精神状態、とか。
「はっはっは。私は荷物が有りすぎて困ってた所ですが、いやぁよかたよかた」
「‥‥まぁ、別に構わないけどね」
 そんな疲労困憊気味の兄を尻目に、フェリアなどは百地・悠季の背中で早々にくつろぎ体勢であった。
 どうにも荷物を持って来すぎたらしく、地力での登坂は早々に諦めていたようだ。
 悠季は少女の動向を予想していたのか、おんぶの要求をすんなりと受け入れている辺りが仲の良さを窺わせる。
 仲が良い、というならば、鐘依 透と九条院つばめもそうだろう。
 何せ、二人は花も恥らう恋人同士であるのだから。
 初々しく手を繋ぎながら、寒さも退けよとばかりに頬を染めている。
「妬ましい‥‥」
「‥‥? 何か言いましたか?」
 二人の様子を視界に入れてしまったメアリー=フィオールは、うっかりとそんなことを呟いてしまう。
 怪訝に問い返す狭霧 雷に営業スマイルを返して誤魔化しながら、メアリーは心中で嘆息した。
 雷と兄に誘われてこの場に同行した彼女だったが、早くも後悔の気分である。
「そろそろだと思うんですけどねー」
 ほぅ、と白い息を吐き出しながら平坂 桃香が手をかざして前方を伺った。
 雪景色で多少変わっているが、何度か行き来した彼女にとっては土地勘を狂わせるほどではない。
 その言葉に、同じく前を伺った白鐘剣一郎が、ぼんやりと灰に霞む空に混じるようにたなびく白煙を見つけた。
「あれは‥‥炊煙、か? 平坂の言うとおり、もうすぐのようだな」
「それは助かりますね。流石に、俺も重くなってきました」
 応じたのはカルマ・シュタットだ。彼は、何ともご苦労なことに、こたつむりを担いできている。
 もっとも、カルマの体力を考えれば別に辛い荷物でもないはずなのだが、そこはやはり精神的なものだろう。
 事実として、悠季もこたつむりは持ってきている上にフェリアまで負ぶっているのだから。さておき。
「よ、よし‥‥! ラストスパート‥‥!」
 兄は目的地が近いことを聞いて、脚に力を込め直す。
 新雪を踏む音が再び強くなった。

 木々の隙間から道場が見えるのと、その入口から昇山が出てくるのはほぼ同時だった。
「遠路、ご足労をおかけしました。外は寒いですから、まずは中へ」
 老人の言葉に、各々はとりあえず会釈をしつつ道場へと入っていく。
 と、そこへアスカがお茶の載った盆を持って現れた。
「あれ、アス姉‥‥?」
「いらっしゃい。先に上がってたわよ」
 唖然とする兄を尻目に、アスカは手早く湯飲みを配っていく。
 それを受け取りながら、桃香は悪戯っぽくつっついた。
「抜け駆けはずるいですよ?」
「折角の機会は、活かさないと」
 そう言ってウインクを返すアスカに、メアリーがややジト目を送っていた。
 依頼は依頼として公私のけじめを云々、と、立場上指摘するべきか。そんなことを考えていたのだが、結局お小言は胸のうちに封印されたようである。
 と、カルマが疲れたように笑いながら、自身の担ぐこたつむりを指し示した。
「ええと、挨拶の前に、コンセントを‥‥これ重くって」
「ああ、電源でしたら向こうに。いやはや、こたつとは風流ですな」
 老人に礼をして、カルマは早速移動する。
 ちゃっかりと、悠季もお辞儀をしながら追随していた。
 ともあれ、一息ついた能力者たちは改めて昇山に向き直る。
「白鐘剣一郎と申します。他流派の肩と膝を交えて話を出来る機会かと重い、お邪魔させて頂きました。宜しくお願いします」
「お久しぶりです、安曇野先生。今回はお招き頂きまして、ありがとうございました。折角ですので、楽しませて頂きます」
 まず、剣一郎と兵衛が礼儀正しく挨拶をする。
「お久しぶりなのですよ、おじいちゃん! 今日はお招きありがとうなのです!」
「安曇野さん、はじめまして!」
 かと思えば、フェリアとフロスヒルデが元気一杯に声を張り上げた。
 十人十色を証明するように、他の皆もそれぞれに挨拶をしていく。
 そんな中、透はどこか緊張したような面持ちであった。
「その‥‥はじめまして」
 短くそう言って頭を下げる青年の横顔を、つばめは少しだけ不思議そうに見つめていた。
 
●賑やかなりし
 一通り挨拶も済んだ後、各自が持ち寄った鍋の材料が集められていた。
 豚肉や野菜に調味料などオーソドックスなものから、地鶏一匹という豪華なものまで多種に渡るものだったが、中でも目を引いたのはアスカの用意したものだろう。
「‥‥えーと」
「獲っておいたどー!」
 困ったようなつばめの笑顔の横で、アスカが天に向かって拳を突き出していた。
 何かといえば、イノシシである。
「ほう、しし鍋ですか。良いですね、精がつきますよ」
 昇山がからからと笑えば、アスカも自慢げに腕を組む。
 そんな彼女の脇で、剛は苦笑しながら頭をかいていた。
「いやぁ、剛毅なのは良いですが‥‥食べきれますかなぁ?」
 もっともな疑問である。何せ、このイノシシ、でかい。
「いやいや、余った分は干し肉にでもすれば、良い保存食になりますよ」
 老人は全く気にした様子はない。
 どちらかというと楽しみなような表情を見れば、あるいはぼたん鍋は好物なのかもしれなかった。

 さて、そういった食材は鍋に向けての下拵えが行われることとなる。
 兵衛に雷、悠季、フェリア、そして剛がその役を買って出たのだが、流石にすぐに終わるというものでもない。
 その間はしばしの休憩時間となり、それぞれが思い思いに時を過ごしていた。
 メアリーは、果たしてこれだけ食べて乙女のファンタジー数値に影響があるやなしや、などといらぬ悩みをしていたのだが、そんな彼女を見つめる視線が一つ。
「‥‥ん、何か用か? フロスヒルデ、だったかな」
 気づいたメアリーが視線の主、フロスヒルデに声をかける。
 それにぴょこんとお辞儀をしながら、彼女はおずおずと口を開いた。
「どうもはじめまして‥‥あの、メアリーお姉ちゃんって呼んでいい?」
「あんたそれはさすがに‥‥」
 と、フロスヒルデの肩にちょこんと座った人形が突っ込んだ。
 高等な腹話術か何かだろうか、と思いつつ、メアリーは答える。
「ああ、構わんよ」
「って言ってるそばから」
「きゃ〜! おね〜ちゃ〜ん!」
 人形の声を無視して、フロスヒルデはメアリーに抱きついた。
 その体勢のまま、少女は動く人形を差し出してにっこりと笑う。
「それとね、なっちゃん!」
 なっちゃん、と呼ばれた人形は、そこで小さくため息をついたようにも見えた。
「ま、宜しくしてあげるから感謝なさい」
「‥‥君も大変だな」
 どこか悟ったように、メアリーは少女と人形の頭を交互に撫でた。

 一方で、幾人かは昇山を囲んで話に花を咲かせていた。
「ほほう、天都神影流ですか。懐かしい名を聞きましたな」
「ご存知だったのですか?」
 自らの流派を紹介した剣一郎は、思わぬ反応にやや驚いたようだった。
「こう年を重ねておりますと、知識だけは増えますからな。以前に手合わせした方から、その名を聞いたことがあるのです」
「おお、武勇伝ですね?」
 懐かしむように目を細める老人に、桃香はきらきらと目を輝かせる。
「ははは。若気の至り、というものでしてね。半ば押しかける形で教えを請いに参りまして、その時ですな」
「押しかけ‥‥?」
 その言葉に、兄がふと振り返る。
 そこには、お茶のお代わりを甲斐甲斐しく運んでくるアスカの姿があった。
「ん? 何かしら?」
「あ、いえ、何でもないデスよ?」
「そう?」
 やや疑問顔をしつつも、彼女はお茶を配っていく。
 白い道着と相まって、実に弟子らしい所作だ。
「あの、冴城さん、私もお手伝いしますから」
「ああ、気にしないで。好きでやってることだから、ね?」
 慌てたように立ち上がるつばめを制して、アスカは微笑む。
 そして話題を変えるように、ぽんと手を打った。
「そうそう、下拵えは一段落つきそうよ。台所は賑やかなことになってるけどね」
「食材、凄かったですからねぇ」
 その様子を想像したのか、透はくすりと笑う。
 どうやら、当初の緊張は随分とほぐれてきたらしい。それを察して、つばめも笑顔を零した。
「それじゃー、そろそろ体操でもしておきましょうかね」
 下拵え組が戻ってくる、となれば、鍋の前にお腹をすかせる時間が始まる。組み手形式の稽古だ。
 いつになくうきうきした様子で桃香が立ち上がると、それに応じるように他の者も体を動かし始めた。



 まず試合場の真ん中に進み出たのは、剣一郎と兵衛だった。
「天都神影流、白鐘剣一郎。推して参る!」
「榊流古槍術、榊兵衛。いざ!」
 刀と槍、間合いの違う二つの獲物が静かに揺れる。
 互いの呼吸を計るように、両雄は微動だにしない。それだけ、実力は拮抗していた。
「けやぁぁっ!」
 その緊張を破るように、兵衛が裂帛の気合を込めて槍を突き出した。
 剣一郎の喉へ喰らい付かんと最短距離を走る穂先は、閃く刃によって迎撃される。
「はぁっ!」
 返す刃で、剣一郎の刀が槍を持つ兵衛の腕へと振り下ろされる。
 咄嗟に槍を引いた男は、そのまま柄をぐるりと体を軸に回転させると、横殴りに叩きつける。
 虚を突く一撃を辛うじて捌くと、剣一郎は敢えて踏み込んだ。
 それを嫌うように兵衛は下がる素振りを見せ、応じて剣一郎も更に踏み込む。
 その時だ。
「貰った!」
 兵衛は実際には下がらず、槍を手元で反転させて石突を剣一郎の鳩尾へと叩き込むべく突き出した。
 剣一郎はなまじ踏み込んだだけに勢いは止まらず、刀での防御も僅かに届かない。決まったかに見えた。
「‥‥やるな、白鐘」
「榊こそ」
 反射的に、剣一郎は脇差を抜き放っていた。
 結果として、鳩尾に石突を突きつけられながらも、兵衛の喉元に刃を滑り込ませることができた。
 不敵な笑みを交し合い、互いの得物を引く。
 痛み分け、というところだろう。

 やや離れた場所で、カルマがその試合を観戦していた。
 こたつむりに包まっている。
「‥‥君はやらんのか?」
「寒いのは苦手なんで‥‥寒いのよりも熱いほうが良いと思いません?」
 傍らのメアリーの問いに、男は実にきっぱりと答えてみせた。内容はどうあれ、態度は男らしい。
「お、次は榊さんに代わって、米本さんが出るようですね。私の方では情報がないのですが、果たして実力はどうでしょうか、フィオールさん」
「‥‥傭兵の中では格上だろう。剣一郎と比した場合は、どうかはわからんがな」
 唐突に実況を始めたカルマに巻き込まれる形で、メアリーもなし崩しで解説を始めた。
 そのやり取りを聞きながら、じっと試合場を見つめるのはフロスヒルデだ。
 視聴者がいるならば、この二人も報われるかもしれない。

 剣一郎と剛が相対する。
 互いに得物は刀。相違点を挙げるとすれば、剛は最初から二刀を構えているところだろうか。
「我流ではありますが‥‥お相手願いましょう」
「こちらこそ。手加減はなしで行かせてもらう」
 一刀対二刀。素人目には、二刀が有利に見えるかもしれない。
 しかし、実際には刃の多寡が勝敗に直結するわけではない。要は、どれだけ使いこなせるか、ということだ。
 その意味では、今回は剣一郎に分があるといっていいだろう。
 剛自身も、それは理解するところだった。
(「であればこそ、ですなぁ」)
 じりじりと焦げ付くような睨み合いの中、剛はゆっくりと手中の刀の感触を確かめていた。
 決まるならば一瞬のはずだ。その時、どれだけ相手の剣を見極め、対応できるか。
 と、剣一郎の剣気が変わる。
(「来る!」)
「てやあっ!」
 鋭く閃いた刃が、袈裟懸けに剛へと襲い掛かった。
 それを一刀で受け流すと、もう一刀で剣一郎へと返撃を見舞う。
 その一撃を身体を捻ってかわし、剣一郎は捻りに合わせるように刃を回転させて剛の一刀を絡めとる。そして、そのまま下段から跳ね上がるように刃が襲う。
「ぬぅ‥‥」
 もう一刀が差し出されるが、寸でのところで間に合わない。
 剛の顎先にピタリと刃が据えられ、軍配は剣一郎へと上がった。

 続いて、剣一郎と兵衛が入れ替わる。
 槍対二刀の試合だ。
「行くぞ」
「いつでも」
 弾丸のように突き出された穂先が、刃とかみ合って火花を散らす。
 一刀で槍を払いのけて剛は踏み込み、もう一刀を兵衛へと振り下ろす。
 潜り抜けるようにその刃をかわし、兵衛は槍持つ腕の片方を離すと、片腕で振り回すように槍を振るった。
 一歩引いてその暴風を見切った剛は、兵衛の異形の構えに踏み込むことを躊躇する。
 それは、まるで槍を刀のように振りかぶった姿であった。
「これを受けきれるか!」
 大上段から槍が落雷のように叩き付けられ、受け止めた二刀を通して剛の腕が痺れる。
 その隙を逃さず兵衛は踏み込むと、槍の柄が滑るように交差した二刀の間を流れる。
 コルクの栓を捻るように槍が回転し、こじ開けられた隙間を強引に兵衛は突破した。
「‥‥お見事ですなぁ」
「ふ、少々本気で行かせて貰った」
 兵衛の意地の勝利である。

 その後、剣一郎と兵衛、剛は昇山のところへと集まっていた。
 寸評というか感想というか、そういうものを聞きにいったらしい。
「白鐘さんと榊さんのお二人については、私がとやかく言うことは最早ありますまい。それでも敢えて言うなら、見聞を広める、程度のことですかな」
「見聞‥‥ですか」
 剣一郎の確認するような呟きに、老人がはいと相槌を打つ。
「お二人とも、まだお若い。武の土台を広くするための時間は、まだまだ多いのですから」
「様々なことを経験すべし、ということですか」
「ええ。そして、それは戦に限ったことではありません」
 兵衛の言に頷きながらも、昇山は付け足すことを忘れない。視野を狭くするな、と言いたいのだろうか。
「米本さんに関しては」
「はい」
 剛が緊張の面持ちになる。
「我流と仰っておりましたが、そうとは思えぬ動きでしたよ。実戦で多くを学ばれたのでしょう」
「はは‥‥未熟を痛感する日々ですがなぁ」
「それは向上心の表れですよ。‥‥そうですな、上半身に比べて、下半身への意識が少々ずれているように感じられました」
 武術の基本としても忘れられがちですが、と老人は続ける。
「簡単に言えば、足捌きですな。重心の移動、踏み込み、その辺りを意識するようにすれば、より冴えるでしょう」
「なるほど」
 頷く剛の後ろで、それらの会話を聞いていた桃香は、そういえば、と思い出していた。
 あの人も随分と足腰を鍛えていたようだった、と。
 それはあるいは、寡流の基本でもあるのかもしれない。そんなことを思いながら、桃香は立ち上がる。
「ご歓談中申し訳ありませんが、安曇野さん、お手合わせ願えますか?」
 昇山はその申し出に少しだけ驚くが、すぐに笑顔を作った。
「お受けいたしましょう」

「おーっと、ここで昇山先生が出るようです!」
「ふむ、相手は桃香か。確か、楽しみにしていたようだったな」
 カルマとメアリーは相変わらず実況している。
「なるほど。期するところあり、ということですね」
「実力はあの面子でも上位だが、どうなるかな」
 そんな掛け合いを聞きながら、フロスヒルデはじっと試合場へ視線を送り続けている。

 刀を構える昇山に対し、桃香は刀と拳銃を携えている。無論、銃弾は全て模擬弾だ。
「いやぁ、前に来たときにお相手できなかったのが、実は凄く心残りでして」
「ははは。それは光栄ですな」
 どうも、彼女のテンションがやや高く思えたのはそれが原因だったようだ。まさかのチャンス、ということなのだろう。
 桃香は試合場を狭しと駆け巡り、間断なく牽制射撃を行って昇山の動きを制限しようとする。
 老人は敢えてそれに逆らおうとはせず、ギリギリで弾丸をかわし続けていた。
(「‥‥弾道、というか、銃口の向きを読んでるんですかね」)
 そのカラクリは見破ったものの、易々とそれをやってのける昇山に桃香は内心で舌を巻く。
「本当に能力者じゃないんですか?」
「残念ながら、ただの爺ですよ」
「そうは思えませんけどねぇ」
 軽口を交わしながらも、敏感に弾切れを察して桃香は一旦下がろうとする。リロードか。
 当然、させる昇山ではない。これを機と、速やかに間合いを詰める。
 しかし、桃香はリロードをする気は端からなかった。
 代わりに、その手の銃そのものを弾丸として、思い切り投げつける。そしてそれを追うように、桃香も踏み込んだ。
 意表をつく投擲で老人の体勢を崩し、その隙に切りかかろうとしたのだ。
 その思惑は、昇山が投げられた銃を柄で叩き落し、続く桃香の渾身の一撃もいなしたことで破られる。
「うーん、参りました」
 たたらを踏んだところに刃を突きつけられ、彼女は降参というように手を挙げた。
「良い手だと思ったんですけどねぇ」
「いや、肝を冷やしましたよ。一瞬、鎖鎌を相手にしたかと思いました」
「‥‥経験があるんですか?」
 一応、と頷く老人に、桃香は納得したように苦笑するのだった。
 
「鎖鎌を相手にしたこともある、とはな」
「安曇野先生の経験の深さは知っていたが、改めて聞くと凄いものだ」
 稽古の様子を見ながら、剣一郎と兵衛が語らっている。
「古の剣豪物語のようですなぁ」
 そういって剛も感心したように頷いていた。
 その隣で、アスカと兄もまた話している。
「銃弾って、避けられるものなんでショ‥‥?」
「うーん、先生の場合は撃たれる前に避けてるんだと思うわ。レーザーポインターみたいのがついてて、その明かりを避けてるみたいな感じで」
「‥‥達人ってゴイスー」
 まったくである。

 道場が盛り上がっている頃、台所では雷と悠季、そしてフェリアがいそいそと働いていた。
 ふと、悠季が雷に問う。
「狭霧さんは行かなくていいの?」
「ああ、いえ、なんというか、生まれ持った性分というものですかね。百地さんこそ、良いのですか?」
 逆に聞かれて、悠季はくすくすと笑った。
「ええ。私はあの子の付き添いだから。‥‥フェリア、貴女はいいの?」
「はじめちょろちょろ、なかぱっぱー! なのです!」
 問われた少女は、飯ごうとのにらめっこに精を出している真っ最中であった。
 もう一度笑ってから、悠季は自分の作業に意識を戻す。
 忙しくも穏やかな時間が過ぎていき、やがてご飯が炊き上がった。電気炊飯器でもないのに、見事にふっくらとしている。
 フェリアは満足気に頷くと、それを一膳分盛り付けると、密かに失敬しておいた鍋の少々を合わせてお膳を作る。
 そこにコップを二つ載せてお茶を注いでから、こっそりとその場を抜け出した。
 予め裏口に置いておいた花束も抱えて少女が向かった先は、林の中にあるちょっとした広場だ。そこには、何かの象徴のように木刀が突き立っていた。
 その前にお膳と花を供えると、フェリアはそっと手を合わせる。
「もうすぐ1年たってしまいますな‥‥」
 ぽつりと、呟きが零れた。
「昇山殿の弟子であった貴方自身を‥‥ここにおいていった‥‥。その木刀は、その表れだって、私は勝手に思ってるのですよ」
 少女の声は、銀に彩られた林へと吸い込まれていく。
 時折道場から響いてくる音は、稽古の音だろうか。
「まぁ何です、難しいことはおいといて、私特製のお茶、一杯どうぞなのですよ」
 おもむろにフェリアは立ち上がると、お膳の上のコップの一つを手に取り、ぐいっと飲み干す。
 飲めるでしょ、というようににっこりと笑ってから、少女はくるりと元来た道を戻り始めた。

 フェリアが何食わぬ顔で台所に戻ったとき、試合場ではつばめと昇山が対峙していた。
 老人は桃香に続いて剣一郎、兵衛、剛と稽古を行っていたが、連戦による疲労は全く見られない。かえって生き生きとしているようにも見える。
 槍対刀、その形式上の有利は無意味であるとつばめは理解していた。
「――参ります!」
 鋭い呼気と共に神速の突きが二度、いや、三度飛ぶ。
 槍のリーチを十二分に生かした攻めは、昇山に反撃を許さない。
 その間合いを殺さんとしても、つばめも容易にはそれをさせないだろう。では、どうするのか。
 老人は一旦大きく下がると、だらりと切っ先を下げ、刀を外側へと開いた。
(「あの構えは‥‥!」)
 つばめの脳裏に、往時の記憶が蘇る。寡流の三つの型の一つ、刃の型。
 あの構えから繰り出される猛撃は、受けることは至難だ。ならば、その前に打ち崩すのみ。
「たぁっ!」
 瞬きの間に踏み込んで、少女は軋むような突きを繰り出す。
 その穂先を、刃がばね仕掛けのように跳ね上がって迎撃した。
 耳障りな音と共に弾かれた槍とは対照的に、刃は大上段まで一気に上りつめ、翻るや落雷のように振り下ろされる。
 床板も砕けよという踏み込み音が響き、老人の一刀はつばめの額の寸前で静止していた。
「‥‥光義が見せた刃の型、あれは本来、このように迎撃に用いるものなのですよ」
 刀を納めつつ、昇山は穏やかに伝える。
「迎撃用‥‥守るための、刃‥‥?」
 その意味を噛み締めるように呟き、つばめはそっと目を閉じる。
 そのまま槍を抱えるようにしてから、深々とお辞儀をした。
「やっぱり‥‥先生はお強いです。ありがとうございました!」
「いや、九条院さん、貴女も見違えました。たった一年で、別人のようです」
 朗らかに笑う老人は、つばめと、彼女に駆け寄った透とを交互に見やり、先に剣を合わせた剣一郎と兵衛にも視線を送った。
 そして、どこか納得したように頷く。
「何か、共通した芯を感じますね。いやいや、善きことですな」

 相変わらず、カルマとメアリーは実況‥‥と見せかけて、カルマはこたつむりの誘惑に負けて少し前からゴートゥードリームである。
「おお、次はアスカと兄ペア対昇山老か。中々面白そうだな」
「‥‥PRM起動〜防御へ‥‥「竜鳥飛び」をしてダメージを減らすぜ!‥‥むにゃむにゃ」
「‥‥泣きたくなってきた」
 カルマの寝言に、メアリーはノックアウト寸前である。この対戦も隠れた名勝負ではあるまいか。そうでもないな。
「おお〜! 凄かったね〜!」
 そんな二人を尻目に、フロスヒルデは感心したように呟いていた。
 なっちゃんが静かにそれに応える。
「――『寡流』の技、か。‥‥弟子入りでもしてみる?」
「そんなことできるのかな?」
「さぁ‥‥ね」

 組み手というよりは型の稽古を終えたアスカと兄は、昇山と話していた。
「私には空手の心得はありませんから、どうしても精神面での助言となりますが‥‥」
「はい」
 前置きした上で、老人はアスカに告げる。
 時には目を閉じることも重要である、と。
「焦燥と不安は、心を乱します。その影響は身体にも現れるのですよ」
「‥‥はい」
 どこか感じるところがあったのか、アスカはじっと考え込む。
 その反応を見てから、昇山は兄へと向き直った。
「貴方は、まず自身の方向を見つけるべきでしょうね」
「方向‥‥です?」
「はい。道というほど具体的ではなく、漠然とした目標ですね。例えば、強くなりたい、とかそういったものです」
 それが定まれば、と老人は続ける。
「道は自然に見えてくるものですよ」
「はい! 考えときます!」
 張りのある声で返事をする兄。
 丁度その時、透とつばめが組み手を始めようとしていた。

「お願いします!」
 凛とした声が響き、双剣と槍の使い手が対峙した。
 つばめを静の構えとするなら、透は動の構えだろう。
 ともすれば崩れかねない絶妙な脱力加減は、前後左右に機に応じて反応できる証でもある。
 小手調べのようなつばめの槍を難なく切り返し、鞭のようなしなやかさでその倍をお返しする。
 徐々に回転数を上げる応酬は、舞踏のようなリズムを刻んでいた。
 それでも、経験の違いからつばめの拍が強くなっていく。
 打ち込まれる槍は時が経つほどに速く、重くなる。だというのに、透の表情は自然と綻んでいた。
 過去の記憶と今とがオーバーラップし、心地よい刺激となって双剣を振るう腕に力をみなぎらせた。
 そして、今までにない鋭い槍撃が繰り出される。
 それを正面から見据え、かわしざまに左右の剣を少女の小手と首筋へ振るわんとして――一対の剣は涼やかな音を立てて弾かれた。
 つばめの一撃は、元より透の得物を狙ったものだったのだ。
「ありがとう‥‥」
 からん、と転がる双剣の音と、その呟きが重なった。
 槍を納め、穏やかに微笑むつばめへと視線を返しながら、透は確かに自分の中に息づく芯を思い出していた。
(「ちゃんと身についてる‥‥母さんも皆も、動きの中で生きてた‥‥」)
 それを掴むように拳を握り締め、ゆっくりと開く。そして、透は双剣を拾い上げた。

●鍋の用意は充分か
「いやぁ、充分でしょ」
「はい?」
「ああ、いや、こっちの話」
 唐突に呟いた悠季に、雷ははてな顔で反応した。
 彼女は何を言ったかといえば、鍋の種類だ。
 元々の寄せ鍋に加えて、地鶏丸ごとを使った鶏鍋、しし鍋、牛鍋(すき焼き)、キノコ鍋と全5種類、計9鍋。
 もちろんご飯も炊いてあるから雑炊の準備もばっちりであるし、うどんまで用意してある。
「ふふふー。さて、腹ペコどもにさっさと持っていってあげましょうぞ!」
 フェリアもその威容を前に、えっへんと胸を張っている。
 一つだけ付言するとすれば、彼女ら三人が必死で目を逸らしていた先には、蓋で封印された怪しげな鍋が鎮座ましましていた。
 それが何であるのかは、今は語るまい。

 さて、稽古も終わった道場では、早速鍋に向けての準備が行われていた。
 といっても、ござなり座布団なりを敷いてカセットコンロをおく、程度なのだが。
 転寝から覚めたカルマがこき使われていたりと、やや面白い状況は呈しつつ、皆は鍋の到来を今か今かと待ちわびていた。
「しかし、何だな」
 そんな中、ふとメアリーが呟いた。
「何ですか?」
「いや、長いな、と思って」
 問い返したつばめが、その答えにくすくすと笑った。
「待ち遠しいと、長く感じてしまいますよね」
「‥‥あー、そうじゃなくてだな、その今までの尺が」
「尺?」
 はてな顔になるつばめに、いや、とメアリーは首を振った。言っても詮無いことだ。本当に。
 そこへ、満を持して鍋が到来する。
 揃いも揃ったり、といった様相で運ばれる鍋の数に、流石の能力者たちもこれには苦笑い。
 凡そ五人で一つの座を作っていたのだが、そこに三つの鍋が配置される計算なのだ。
 ともあれ、乾杯の音頭もそこそこに鍋が開始された。

「お〜い〜し〜い〜」
 というフロスヒルデの感激の声のように、それぞれの鍋の味は抜群であった。
 そこには鍋奉行・榊兵衛の涙ぐましい努力があったのだが、それはまたの機会に語るとしよう。
 心配された量も、稽古のせいか見る見るうちに減っていく。この分なら、残ることはあるまい。
「くぅーっ! 冷えた体に染み入るわねぇ」
「やはり、鍋にはこれが欠かせない。ベストマッチとはこのことだろうな」
 酒を嗜める成年団たちは、早速各々の持ち込んだ酒を味わっている。どうも、日本酒が人気のようだ。
「普段の生活を考えると中々ままなりませんが‥‥修行に打ち込むには良い場所ですね」
 盃を傾けながら、剣一郎が道場の窓から外を眺めた。月が出ているらしく、積雪と相まって随分明るい。
「住めば都、とはよく言ったものでして。今では随分と快適に思えますよ」
「なるほど」
 老人も鍋を突付きながら、ゆっくりと酒を味わっている。
 渋いな、と桃香は思った。
 彼女とつばめ、悠季、フェリア、そしてフロスヒルデは未成年組だ。飲み物は基本的に美味しいお茶である。
 そんな少女らに、ジュースと偽ってリキュールを振舞おうとする兄の陰謀があったのだが、それはメアリーによって未然に防がれたそうだ。
 そして、鍋の〆にと雑炊やうどんなどが投入される中、一座だけが妙な雰囲気に包まれていた。
 そこに座っているのは、カルマ、フェリア、アスカ、兄、そしてメアリーの五人である。
「なんじゃ、こりゃー!」
 と、桃缶を掴んだカルマが叫ぶ。
「あ、私は急用を思い出しましたので!」
 と、フェリアは某特製スポーツドリンクを投入した後、早々に退散した。
「‥‥あ、あら? 意外といけ‥‥ないっ‥‥! あ、後味が‥‥っ!?」
 アスカはシャコの予想外の化学反応に悶絶し。
「はは、みんな情けないデスよー。僕がみほんっ!」
 兄が元ネギだった物体Xを掴んで驚愕の表情のまま固まって。
「‥‥!!!!!」
 メアリーは最早言葉にできなかった。
 闇鍋である。※この鍋はメアリーが責任を持って処理しました。
 そんなダークな空間を意識的に無視しつつ、他のメンバーは至極和やかに鍋の〆を迎えていた。
「榊さんの槍は、以前とは違うと感じました。同様のことは九条院さんにも」
「上達した、ということでしょうか」
「それもありますが、もう一つ、何か芯があるという印象です。白鐘さんの剣からも、同じようなことを感じました」
「芯‥‥」
 昇山の言葉に思い当たる節があるのか、兵衛は少し考え込む。
 そして何かを納得するように頷くと、手元の盃を一気に呷った。
「そういえば、安曇野さん、フェリアの大冒険を聞かせてもらっても?」
 思い出したように悠季が老人へと問う。
 そのフェリアは、先ほどから悠季の膝で舟をこいでいた。
「身の丈以上の剣を振るい、強敵に立ち向かう。利発さと勇敢さに満ちた少女の活劇ですよ」
 老人は穏やかに笑って語り始め、悠季はそれを聞きながら膝の上の少女をそっと撫でた。
 絵物語のような話に皆が聞き入る中、剛はそっと外出する。それを見た剣一郎も、後に続いた。
 
 剛が向かったのは、木刀の広場であった。
 酒で火照った体に、寒風が心地よい。男はどっかと木刀の前に腰を下ろすと、その前に日本酒を供えた。
「‥‥貴方の酒の趣味を聞いておけば良かったのですがなぁ」
 静かに手を合わせる剛の背後で、小さな足音がする。
 剣一郎だ。
「生前に剣を交わせなかったのが、残念だな‥‥」
「強い方でした」
 気づいていたらしく、その呟きに応じながら剛は立ち上がる。
「安曇野氏の剣‥‥積み上げた物の重さを感じた。――葦原が、多少羨ましくもある」
 昇山の剣撃をありありと思い出し、剣一郎は少しだけ目を閉じた。
「だからこそ、そういう重さを守る剣でありたい。俺はそう思う」
「守る剣‥‥同感ですなぁ」
 彼と目指したものは違ったかもしれない。
 だが、同じ剣の道を歩んだものとして、二人は誓いを新たにする。

 そして皆が寝静まった頃、またそこを訪れる影があった。
 雷だ。
 鍛錬のための適当な広場がここしかなかったのだが、あるいは何かの因縁かもしれない。
 あの日に見た天剣と地剣の動きを一つ一つ丹念に思い出し、自らの体術に合わせ再構築していく。
「あの時はKVという特性で生き延びただけ。生身なら確実にやられていたでしょう」
 呟く雷の脳裏に、葦原光義の姿が浮かび上がる。
 その落雷の如き一撃に合わせ、強靭な脚力を土台にした下段の一撃を繰り出し、その動きを制する。
 そして間髪をいれず攻撃に移り、巧みなフェイントで相手の防御の隙間から、上半身のバネをフルに活用した拳を撃ち抜く。
 滞ることのない一連の流れは、完成すれば大きな力となるだろう。
「強いて言うならば『流水』の型でしょうか」
 そう告げた雷に、脳裏の光義がニヤリと笑った気がした。
「‥‥ええ、精進あるのみ、ですね」
 自身も笑みを零し、男はゆっくりと歩み去っていった。



 翌朝。
「フェリア、忘れ物はない?」
「むー。子ども扱いは感心しませんな」
 むくれるフェリアをあやしつつ、悠季は手早く荷物を纏めている。
 昇山から聞いたフェリアの武勇伝は、今回の良い思い出になるだろう。そう思えば、煩わしい荷造りも苦にはならない。
 ふと悠季が老人に目を向ければ、フロスヒルデが傍らに寄っていた。
「安曇野さん、えっと、なっちゃんが何か言いたいみたい」
「何でしょう」
 老人が少女の差し出した人形に目線を合わせると、なっちゃんが語り始めた。
「意志無き力、力無き意志‥‥自分に無いモノを渇望する‥‥それは決して悪じゃない。‥‥ご冥福をお祈りいたします」
「‥‥ありがとう、お嬢さん」
 優しく人形と少女の頭に手を置く昇山に、なっちゃんが続けた。
「‥‥あと、貴方が生きてるってことは意味があるのよ‥‥きっとね。少なくとも、私は貴方の意志と力を受け継ぐ者を見たいと思ってるわ」
「ははは。弟子、ですか。そうですな‥‥」
 そう答えて老人は立ち上がり、手を振るフロスヒルデとなっちゃんを見送った。
 その様子を見ていた悠季は、ふと傍らのフェリアに問うた。
「弟子だって。志願してみれば?」
「およ、んー‥‥。まぁ、気が向いたら、ですな!」
 何かを考えるような答えに、悠季は少女の柔らかな髪を優しく梳いた。
 と、アスカが昇山へと近づいていく。
「先生、突然お邪魔してから今まで、色々お世話になりました。本当にありがとうございます」
「いやいや。この老体が役立つなら、何よりですよ。‥‥何か、つかめましたかな」
「はい。少しだけ、近づけた気がします」
 それは良かった、と笑う老人にアスカは改めてお辞儀をした。
 己の道を照らす光、それを見失うまいと決意して。
 そんなアスカの背後から、メアリーが出発の時間だと声をかけた。

 その頃、つばめと透の二人は木刀の広場に訪れていた。
 何を言うでもなくそこへ花を供えると、つばめは静かに目を閉じる。
(「――戻る場所、受け止めてくれる人ができたんです。私は、彼のために強くなりたい」)
 そう祈るつばめの隣で、その横顔から何かを察したか透もまた瞑目する。
(「僕も‥‥強くなりたいと思う時が沢山あります。彼女と共に歩んで行きたいから‥‥」)
 そんな透の祈りを知ってか知らずか、少女は目を開け、木刀をしっかりと見据えた。
(「戻る場所が揺らぎになると思って退路を断とうとした‥‥葦原さん、これが貴方に対する私の答えです」)
 微かな風がつばめの頬を撫で、透も目を開く。
 迷いのない瞳で立ち上がると、二人はゆっくりとその場を去っていく。その途中、つばめは少しだけ立ち止まり、振り返った。
「また来ます。来なくていいと仰るかもしれませんが‥‥絶対に、また来ますからね、葦原さん?」
 そう言って小さく笑うと向き直り、少女は小走りに前を行く透に追いついた。