タイトル:プレアデスマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/20 06:48

●オープニング本文


 ラスベガスのUPC軍は、現在実行されている大規模作戦に伴って縮小されている。
 バグア側の司令官、アルゲディ(gz0224)もロサンゼルス方面に向かったことから、敵の一大攻勢という事態こそ招いてはいないことが、救いと言えば救いであろう。
 とはいえ、正規軍の抜けた穴を補わねばならない以上、同地に展開する能力者部隊、プレアデスの負担は以前にも増して大きくなっていることも事実だ。

「‥‥で?」
「せめて、何か息抜きのようなことを用意できませんか?」
 簡素な詰め所の机で、業務の決済の書類に目を通しながら、ラウディ=ジョージ(gz0099)は少しだけ笑ったように見えた。
 その表情の真意を量りかね、逆にクラウディア=ホーンヘイムは顔を強張らせる。
「大方、ケラエノ辺りに頼み込まれたのだろうが‥‥」
 書類を軽く放り投げ、ラウディは椅子を軋ませて立ち上がり、窓へと近寄った。
 そこから、空港に展開するバイパーの一機が丁度離陸する様子が伺えた。轟音と振動が、ガラスをびりびりと揺らす。
「パナマの密林で、キメラ混じりのゲリラと戦ったことがあったな」
「‥‥はい」
 もう何年前の話だろうか。
 少なくとも、ラウディ自身はまだ能力者となっていない時期の話である。
 キメラを伴った親バグア派のゲリラ、加えて密林という二重の敵に、戦闘は案の定長期化した。片付いたのは、現地に足を踏み入れて三ヶ月後だっただろうか。
 それと比べれば、現状は天と地である。ラウディはそう言いたいのだろう。
 クラウディアもそれは察するのだが、地獄を知っていれば負担が軽くなる、という道理でもない。
「タイゲタも、この提案には賛成しています」
「あの石頭がか? ‥‥ふん、存外に、息抜き以外の目的がありそうだな」
 噛み殺したような声で笑うと、ラウディは振り返った。
「いいだろう。話は聞いてやるさ。もっとも、凡その想像はつくがな」
「ありがとうございます」
 クラウディアが頭を下げるのとほぼ同時に、詰め所の扉が開く。
 見れば、八人の男女が遠慮なしに入ってくるところだった。どうやら、外でしっかりと待機していたらしい。
 頭痛を堪えるように、こめかみに手を当てるクラウディア。
 そんな彼女の様子にはお構いなしに、一人の女性が進み出て、何事かをラウディに申し入れた。

 ULT本部に新たな依頼が表示されたのは、それから少し後のこととなる。



 ノースラスベガス空港。
 そこに集った能力者たちは、早速に説明を受けていた。
「ま、簡単な話だ。プレアデスの連中と、模擬戦をしてくれればいい」
 こともなげに、依頼主であるラウディは言った。
 その後ろには八人の男女が控えている。いずれも歴戦の傭兵、といった風格だ。
「幸い、ここには適当なスペースがある。そこを使って、一戦毎に五分程度でやってもらおう」
 ついと顎でラウディが示したのは、広大な駐車場。
 かつては利用者の車で溢れていたのだろうが、今では一角に軍用車両がまとまって置かれているのみだ。
「一人ずつやるもよし。何人かで組んでもいい。こちらはお前たちの人数に合わせる。もっとも‥‥」
 そこで、ラウディはニヤリと口元を歪めた。
「ハンデが欲しい、というなら、要望には応えるがね」
 その言葉に、能力者たちより先にプレアデスがブーイングを飛ばした。
 疲れる、勘弁してくれ、嫌だ、といった言葉が聞こえる。
 どこ吹く風とその批判を聞き流すと、男は身振りで八人に前に出るように促した。
「何度か顔を見た奴もいるかもしれんが、まぁ、自己紹介という奴だ。改めて名乗る機会は無かったしな」
 ラウディが言い終わると共に、向かって右端にいた女性が進み出た。
「アルキオネ。グラップラー。よろしく」
 短い金髪を揺らして礼をした彼女と入れ替わり、がっしりとした体躯の男性が前に出る。
「アトラス、ファイターだ。よろしくお願いする」
 その後に、長身の男性が続く。
「アステローペ。同じくファイターをやってる。ま、よろしくな」
「あたしはケラエノ! この子と同じでグラップラーよ。今日はよろしくねー」
 アステローペの後ろから、小麦色の肌の女性が張りのある声で言った。
 見れば、アルキオネに後ろから抱き付いている。迷惑そうな表情をしているのは、気のせいではないだろう。
「ま、マイアです。サイエンティストです。よ、よろしくお願いします」
 その隣で、おずおずと小柄な女性が頭を下げた。
 彼女が頭を上げると、対照的に大柄な男性が一歩踏み出す。
「俺はメローペという。クラスはエキスパート。お手柔らかに頼む」
 彼が言い終わると、次に少し後ろにいた妖艶な女性が軽く手を上げた。
「プレイオネ。スナイパーよ。よろしくね」
 にっこりと微笑んだ彼女が、脇の男性を肘で突付く。
 それでようやく、というようにその男は口を開いた。
「タイゲタ。同じくスナイパーだ」
 彼はそれっきり口と目を閉じてしまう。
 プレイオネは肩をすくめると、ごめんなさいね、というように能力者たちに笑いかけた。
 ふと、ケラエノが声を上げる。
「あれ? エレクトラはやんないの?」
「わ、私は結構です」
 慌てたように、クラウディアが首を振った。
 彼女のコードネーム、エレクトラというらしい。
「えー、エクセレンターって便利なのに。隊長からも、何か言ってくださいよ」
「知らんな」
「えー!」
 くだらない、とばかりに切って捨てるラウディに、ケラエノは酷く憤慨したように頬を膨らませた。
 その様子に、アステローペがボソッと呟く。
「‥‥年考えたリアクション取れよ」
「あ? 今、聞き捨てならないこと抜かしたのはアステローペ君ですかぁ? チェリーボーイの癖に生意気じゃなぁい?」
「人聞きの悪いことを言うなこの男日照り!」
「なーんですってぇ!?」
 ぎゃーぎゃーと喧嘩を始めた二人だが、プレアデスの面々は至極慣れたように触りもしない。
 唖然とする能力者たちに、ラウディは平然と伝えた。
「模擬戦の開始は今から三十分後。希望の相手と人数を、それまでに決めておけ」

●参加者一覧

時任 絃也(ga0983
27歳・♂・FC
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST

●リプレイ本文

●星団
 簡単にラインを引いた駐車場。その臨時のフィールドに二人の男女が立っていた。
 時任 絃也(ga0983)とプレイオネだ。
「相手を務める時任絃也だ。今回はよろしく頼む」
「ええ、よろしく」
 たおやかに微笑むプレイオネから目を背けるように、絃也は背を向けて歩みだし、ある程度の間隔があいた所で振り返った。
 怜悧なナイフにも似た絃也と、至極ゆったりと構えるプレイオネ。二人の様子はかなり対照的だ。
(「ここは野ざらし、遠間ではこちらが不利だが、近づけば活路は見出せる‥‥。だが、あの余裕は何だ?」)
 近づかれれば不利なことは明白だが、女は散弾銃をだらりと垂らしたまま狙おうともしない。
 絃也はその疑念を極力押し殺しながら間合いを詰め、目測で当たりをつけたショットガンの射程距離、その僅かに内へと入り込む。
 と、男の姿が掻き消えた。瞬天速。
 再度距離を取り、プレイオネの反応を窺う。動く気配は、無い。
 瞬天速の間も自らを捉えていた視線を思い出して、絃也は鋭く息を吐いた。
「呑まれるな‥‥」
 小さく呟くと、再びその姿が消える。
 ステップと瞬天速を織り交ぜ、プレイオネを翻弄。
 幽かに女の指先に篭った力を見逃さず、絃也は寸毫の間にプレイオネの右脇まで踏み込むと、その勢いのままに脚を跳ね上げる。
 銃声。
「くっ!?」
「強引な殿方ね。嫌いでは無いわ」
 プレイオネは絃也の動きから一瞬で回避を断念すると、彼の足元へと発砲したのだ。
 軸足がぶれて崩れた姿勢からの蹴りは、女の前髪を揺らすに留まる。
 それでもそこから男はエクリュの爪を振り抜き、硝煙の上がる散弾銃を横薙ぎに払った。プレイオネの細い体がくるりと回る。
 その間に絃也は疾風脚で脚力を強化、力任せに体勢を立て直そうとし――眼前に銃口が突き付けられた。
 彼女は敢えて薙ぎ払われるに任せることで半回転し、もう片方のショットガンをぴたりと絃也に向けたのだ。



「最初から魅せるねぇ」
「彼女、プレアデスでも強いの?」
 赤崎羽矢子(gb2140)が、笑顔で手を叩くケラエノに問うた。
「そーねー‥‥あたし以上隊長以下ってとこ?」
「年上の癖に、色気でも実力でも負けてちゃ世話ないよな」
「‥‥あ! 次、始まりますよ!」
 アステローペの茶々に危うく勃発しかけた喧嘩を、ドッグ・ラブラード(gb2486)の声が防ぐ。
 見れば、アズメリア・カンス(ga8233)とメローペがフィールドに進み出ていた。



 四メートルを越す大斧を振りかざし、アズメリアは裂帛の気合を込めて踏み込む。
 ぎゃり、と金属同士がこすれる音が響き、僅かに遅れて地面が揺れた。同時に連続する銃声。
 柄を支点に側転して銃弾を回避すると、身の丈の三倍に迫ろうかと言う斧を軽々携えて彼女は飛び退いた。
「強いな」
「大型武器を使う以上は、立ち回りには特に気をつけないとね」
 メローペの感嘆の声にアズメリアはニヤリと笑ってみせるが、慣れぬ得物に加えて渾身の一撃をいなしてみせた相手と、冷や汗の要因には事欠かない。
 一方で、メローペも心中で苦笑する。
 まともに打ち合えば、持って三十秒。そう概算したのだ。
 睨み合いの時間は短かった。
 近づけまいと男が放った銃弾を斧で防ぎつつ、アズメリアが再び踏み込む。
 先程と違って横薙ぎに振るわれた斧は、唸りを上げてメローペの盾に激突した。火花が飛び散り、彼は咄嗟に後退する。
 それを追い、彼女は斧を一回転させると増加した勢いそのままに斬り込んだ。
 さながら小型の竜巻のような勢いに、メローペは地面を蹴って刃を回避すると、その頂点で回転の中心に弾丸を叩き込む。
 ジャケットの肩口が弾けるも意に介さず、アズメリアは男の着地点へ向けて二度三度と刃を振るった。ソニックブームがメローペを襲う。
 盾が悲鳴を上げた。
「その守り、この斧で撃ち砕いてみせる」
 決意の呟きを乗せた斧が振りぬかれ、場違いに涼やかな音が響く。
「‥‥俺の負け、だ」
 砕けて取っ手のみとなった盾が、震える腕から滑り落ちた。



 盾の砕ける音に、セラ・インフィールド(ga1889)は思わず視線をフィールドへ向けた。
 その隣にはラウディ=ジョージ(gz0099)の姿がある。セラは、彼に何かを言おうとした所だった。
「‥‥」
 口を開きかけ、噤む。ここに来て躊躇いが生じた。何と切り出したものだろう。
「甘えるなよ」
「え?」
 唐突に、ラウディが言った。
「今更説教して欲しいのかね? 君の中で、十分に答えが出ているはずだ」
「‥‥ですが」
「ふ、それで納得できれば苦労はしない、か」
 くくっと笑いを漏らし、ラウディは真正面からセラに向きあった。
「二度は言わんぞ。俺は君を助けたことに、毛ほどの後悔も無い」
 それだけ言うと、即座に男は踵を返す。
 その背中を、セラはじっと見詰めていた。



 新居・やすかず(ga1891)とタイゲタ、二人のスナイパーが距離を取って対峙している。
 戦闘は唐突に始まった。
 SMGによる弾幕と小刻みな移動で間合いを詰めようとするやすかずに対し、タイゲタは恐ろしく正確な射撃で易々と近づかせない。
「さ、流石ですね」
 相手の移動や回避を限定し、フィールドの隅へと追い込む。やすかずのその狙いは、見事なまでに阻止されていた。
 むしろ、移動範囲を限定されているのは彼自身にも見える。ライフルの弾丸が腕を掠め、地面を抉る度に針路変更を余儀なくされ、相対的な彼我の位置は開始から殆ど変わっていない。
(「多少強引にでも近づくべきでしょうか‥‥」)
 彼は懐に忍ばせた試作型兵装に思いを巡らせて一瞬だけ逡巡し、決意した。
 被弾をあらかた無視して間合いを詰める。
 ジャケットやブーツが弾け、その度に体の芯に衝撃が響く。と、タイゲタの射撃が止まった。
 弾切れ。
 ここぞとばかりにやすかずは加速し、S−01へと持ち替える。すかさず影撃ちで弾丸をお見舞いし、空いた片手を努めてさりげなく衣服の下へ。
 タイゲタがリロードする様子はまだ無い。この間合いまでくれば、そんな暇などありはしないだろう。
(「ここで畳み掛ければ‥‥!」)
 やすかずがそう思った瞬間、タイゲタの腕がぶれて見え、その弾倉が交換された。
「即射‥‥! しかし、ここまで詰めればこっちのものです!」
 僅かに動揺するも、それを押し隠してS−01を構える。射撃と見せかけ、その陰から流星錘が唸りを上げて飛び、タイゲタの額を割った。
 絵に描いたような奇襲、かに見えた。
 このまま諸手狩りを、と更に踏み込んだやすかずのひざを、銃弾が強かに打ち据える。
 思わず呻いて崩れ落ちた彼の脳天に、冷たい感触がゴリと押し付けられた。



「え、アレ、もしかして感づいてたとか?」
「と言うよりは、もっと本質的なものかもね」
 平坂 桃香(ga1831)の声に、プレイオネが応じた。
「スナイパーって、あ、本職の方ね、何があっても目標から目を離さないって言うじゃない?」
 額から流れる血を気にもせずにフィールドを出る男に視線を移し、桃香はうんざりした顔をする。
「次、貴女の番でしょ? 頑張ってね」
「うーん、早まったかも‥‥」
 くすくすと笑うプレイオネを置いて、桃香は少しだけ気だるげに対戦相手、ラウディの元へと向かった。

●矜持
 辺りは妙な雰囲気に包まれていた。
 理由はラウディの服装だ。
 ハンデ、と桃香が彼に押し付けたのは、プリンスセットという中世の王子様風の衣装。
 律儀に着用したラウディを褒めるべきか、痛いと切って捨てるべきなのか。
「お似合いですよ?」
「気分の良いものではないな。金輪際着るものか」
 表面上の平静とは裏腹に、やはり多少は気にしているのだろう。桃香の軽口に憮然として、ラウディは刀を抜き放った。
 それを合図に、桃香は瑠璃瓶を撃ち込む。だが、男は苦も無く銃弾を叩き落した。
 これはまずいと直感し、彼女はごそごそと何かを行う。小さな金属音が、時間を置いて二つ聞こえた。
 そんな少女に、男は拳銃を向ける。無言での連射は、リロードを含めて都合五発。
 桃香は瞬天速も用いて回避に徹したお陰で傷こそ無いが、嫌な汗が止まらない。
 受身では不味いと彼女は一気に踏み込み、月詠でもって神速の二連撃を繰り出す。その剣閃は、過たずラウディの左肩を打ち据えた。
 衝撃に拳銃が落ちるも、彼は右手の刀を無造作に振り回す。
 慌てて飛び退った桃香を、不可視の斬撃が追撃。衝撃波が小柄な体を容赦なく吹き飛ばす。好機と見て、男は踏み込んだ。
「三十秒!」
 叫んだ彼女はコートから何かを取り出し、放り投げた。一瞬後の閃光と轟音が、その正体を告げる。
 咄嗟に目を閉じた男は、瞼越しに光が収まるのを感じると目を開く。
「こっちが本命」
 その視線の先に、目を瞑ったまま笑う桃香の姿と、宙を舞うもう一つの閃光手榴弾があった。
 顔を背けるも間に合わず、鼓膜を揺さぶる轟音と目を焼く灼光が飛び込む。それを追い出さんと涙が溢れ、激しい頭痛が巻き起こる。
 その隙を見逃すはずも無く、桃香は月詠をひたりとラウディの首筋に当てた。



「やるな」
「す、すごいです」
 策略勝ち、といった桃香の活躍に月影・透夜(ga1806)が呟き、マイアがこくこくと頷いた。
「次は、君たちと俺たちか。マイアも災難だな?」
 と、アトラスが陽気に話しかけてくる。とんでもない、と首を振るマイアに、透夜が不思議そうに首を傾げた。
「こうして観戦してるだけでも楽しいもんさ。わざわざ戦わずとも、な」
「‥‥なるほど」
 妙に納得しながら、透夜は槍を掲げる。アトラスは少しだけ考えた後ニヤリと笑い、斧を槍へと軽く打ち付けた。



 透夜、セラ、クラウディアと、アトラス、アステローペ、マイアの六人が対峙する。
 口火を切ったのはプレアデスだ。
 三人を分断するようなソニックブームが飛び、図らずも透夜らが意図したような一対一の形へともつれ込む。
「隊長が世話になったってなぁ!」
「くっ!?」
 アステローペがセラに襲い掛かる。
 誇張ではなく、剣筋が見えなかった。バックラーでの防御に徹し、危うい所で致命打を避ける。
 それでもカバーしづらい箇所を次々と打ち据えられ、反撃の糸口が掴めない。
 透夜にしても、それはほぼ同様だった。
「これ程とは‥‥!」
「どうした! まだまだ序の口だぞ!」
 アトラスの腕力と斧自体の重量、そして速度が加わり、斬撃の一つ一つが殺人的に重い。
 透夜が蹴り上げる礫やソニックブームも、男には妨害にもならないらしい。その体に刻まれた傷は、決して退かないことの証明なのだろう。
 ちらりとセラの様子を窺う。暴風の如く舞う大剣にも、ようやく目が慣れてきているようだ。
「それよりも我が身、か!」
 槍を分離し、透夜は二槍を縦横に振るう。
「双槍連牙!」
 アトラスは斧とは思えぬ機敏さでそれを捌くも、全てとはいかない。だが、新たな生傷を創りつつも男は前進を止めなかった。
 気づけば、透夜はライン際まで押し込まれている。
 そこへ、斧が大上段から落雷の如く落ちてきた。反射的に後退した直後、透夜は悔しげに槍を地面に突き刺す。ラインオーバー。
 転機はセラにも訪れていた。
 トドメとばかりに大振りされた剣を見切り、素早くヴァジュラを合わせる。カウンターだ。
「貰いました!」
 利き腕を痛打されたアステローペはそれでも刃を止めず、更に踏み込んだ。腕から流れるように首筋を狙ったセラの剣は、それで僅かに逸れる。
 互いに激突する形となり、倒れたのは体格に劣るセラだった。その頭の脇へ、大剣が突き立てられる。
「これで、貸し借り無しだぜ?」
 男は笑い、セラに手を差し伸べた。

●意図
「勝敗予想レースは三勝二敗。夕飯はケラエノの奢りね」
「ま、まだよ。これで勝てば同点ノーゲーム。当然、あたしは自分達に賭ける」 
 羽矢子の悪戯っぽい笑みに、ケラエノが必死に抗弁した。ドッグはその様子に苦笑し、アルキオネは我関せずと無表情。
 最終戦は、この四人だ。
「よし、善は急げ。行くよ!」
 唐突なケラエノにもきっちり追随するアルキオネ。素早く切り込んでくる二人に、羽矢子とドッグも瞬時に構えを取った。
 突風の如くすれ違う瞬間、ナイフと爪が両者に牙をむく。それらをハミングバードと蛇剋で打ち落とし、振り向き様にドッグがアイリーンを撃ち放った。
「って、赤崎さん、私達の相手はアルキオネさんとアステローペさんでは!?」
「え? 違うわよ?」
「そんな‥‥!」
「良く分かんないけど、貰った!」
 狼狽するドッグを狙い、ケラエノが小さなナイフを投擲する。
 とはいえ、それに当たる程彼も素人ではない。咄嗟のステップで回避すると、お返しとばかりに銃弾を見舞った。
 ドッグがケラエノに気を取られた隙に、アルキオネが瞬天速で羽矢子の懐に潜り込む。
「っと、飛ばしすぎじゃないの?」
「どの道、短期戦」
 瞬速縮地で辛うじて離れた羽矢子に、淡々とアルキオネが告げた。その背後から、瞬天速でケラエノが飛び込んでくる。
「赤崎さん!」
 試合時間の五分をフル活用しようと考えていたドッグは、予想外の高速戦闘に頭を必死に切り替える。
 今は二対一に持ち込まれかけている。であれば、対処は単純だ。
 拳銃を目一杯に連射し、ソニックブームも織り交ぜて最も近いアルキオネに攻撃を集中する。
 敵を引きつければいい。防御はこの際捨てる。
「無茶をしなきゃ駄目な時も、あるってことか‥‥!」
 赤崎さんのことを言えない、と彼は心中で自嘲する。
 ドッグが作った一対一の好機を、羽矢子は存分に活かした。
 獣突によって弾き飛ばし、再び詰めてきた所をハミングバードで迎撃。片手爪と細剣が噛み合い、互いに密着した瞬間だ。
 一瞬の動作で、ケラエノの顎に銃が突きつけられた。
「‥‥勝負アリ、じゃない?」
「っちぇー、警戒不足。あたしの負けだよ」
「本物なら、ね」
 間抜けな音を立てて飛び出した水が、ケラエノの顔を塗らした。水鉄砲だったようだ。
 参ったね、と女は笑って手を上げ、得物を放す。
 それが地面に転がる音に、アルキオネも構えを解く。
「え?」
「これは、タッグ戦だから」
 簡単にドッグの疑問に答えると、彼女はそのまま相方の元へと向かう。
「手合わせ、ありがとうございました!」
 その背中へ、彼は深々とお辞儀をした。



「で、何企んでんの?」
 三々五々二皆が散る中で、羽矢子はケラエノに問うた。
「シフトきついのに模擬戦って、酔狂よね」
「んー、あたしは別に他意は無いけどね」
 実際楽しかったし、とケラエノは笑い、不意に真面目な顔になる。
「でも、タイゲタとかは‥‥強化人間との戦いを見据えてたみたい」
 なるほど、と羽矢子は頷いた。
 確かにそれが目的なら、仲間内での組み手より余程得る物があるだろう。
 だがその想定が示すもの。
 ラスベガスの強化人間、それは――。

 決戦の日が近い。
 その場の誰もが、そんな予感を抱いた。