タイトル:【天地刃】終ノ太刀マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/19 22:52

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


「応急処置はした。でも、それだけだよ」
「‥‥ああ」
 起き上がった葦原光義に、アルフレッド=マイヤーは不満気に口を尖らせる。
「勿体無いなぁ。何でアレに入らないのさ」
 くい、とマイヤーは後ろの治療ユニットを指す。
 光義は力なく首を振ると、ベッドから降りた。
「俺は全力だった。それで負けたのだ。今更、惨めに生き恥を晒したくはない」
「どうするのさ。まさかセップクでもするのかい?」
 腹に手を当てて、すいと横にずらしてみせるマイヤーに、光義は薄く笑う。
「そうするくらいなら、あの場で能力者に首を取らせている。‥‥だが、生身でなくとも、今の俺には戦う術がある」
 そう言って扉へ向かう光義の背後で、マイヤーがわざとらしく咳払いをしてから独り言を始めた。
「ここの基地にあるゴーレムはほとんど無人用だから、性能がイマイチなんだよねぇ。ラストホープの能力者のKVを相手にするには力不足だから、一機だけ特別にチューンナップしたのは良いけど、今度は乗れるパイロットがいないときた。ハンガーの一番奥に置いてあるけど、このままじゃ宝の持ち腐れだ。どうしたものかなぁ」
 余りに分かりやすい演技に、光義は思わずくくっと笑いを漏らす。
 そのまま何を言うでもなく部屋を出た男と入れ替わりに、ブリジット=イーデンが入ってきた。
「‥‥随分と大きい独り言でしたね」
「あれ、聞えてた? 不味いなぁ。他に誰かいたかい?」
 いえ、と首を振るブリジットに、マイヤーはけらけらと笑う。
 彼女はそんな男にため息をつきながら、自らの机に向かった。
「良いのですか? あのレベルの強化人間は、そう手に入るものではありませんが」
「僕が彼を選んだ理由は、強さもそうだけど、その信念が気に入ったからだよ。それを曲げてまで手元に残したって、価値は無いさ」
 はあ、と気の無い返事を返すブリジットに、マイヤーは続ける。
「それにね、あのゴーレムは元々彼に与える専用機のつもりで調整してたんだ」
「‥‥はじめて葦原に同情します。全て、貴方の掌の上ですか」
「まさか!」
 心外だ、と言わんばかりに男は不貞腐れてみせる。
「僕の思い通りなら、今頃ここらのUPC基地は全部壊滅しているよ」
 冗談めかせて言うマイヤーに、ブリジットは頭痛をこらえるように額に手を当てた。
「‥‥ゴーレムの戦闘データ、リモートで取得できるように設定しておきます」
「よろしく」
 上機嫌に自らの机に向かったマイヤーを目の端で追いながら、ブリジットはふと光義に思いを馳せた。
(「戦って死ぬ、か。‥‥それは、葦原にとっては本望なのかもしれない」)



『一機だけだと? へっ、アリサワ隊長がいるときに、運の無い奴だぜ!』
『油断するな。あれはエース仕様だ』
 UPC基地からスクランブル発進したKV隊が、基地に接近しつつあるゴーレムと接触した。
 HW撃破数十二、ゴーレム撃破数九を数えるエース部隊、アリサワ隊。隊長であるアリサワ自身も実力者であり、正規軍では貴重な雷電を与えられた、数少ないパイロットのうちの一人でもある。
 その雷電を筆頭に、バイパー二機、S−01五機からなる八機のKVが、日本刀のような輝きを放つゴーレムを取り囲んだ。
 勝負は一瞬で着くはずだった。
 いや、実際にそれは一瞬の出来事ではあったのだ。
『馬鹿な‥‥っ! たった十秒でS−01が三機やられるだと!?』
 正確には、撃破されたわけではない。損耗率で言えば、八割から九割といったところか。
 だが、その被害の大きさは戦闘不能と見るには十分だった。
『下がれお前たち! くそ、これ以上はさせん!』
 アリサワが雷電を駆ってゴーレムと組み合う。
 エース用にチューンされたアリサワの雷電は、彼の技量と相まって通常の倍近い装甲を誇る。
 接近戦では、その重装甲は大いに役立つはずだった。そう、普通であれば、だ。
『おおおおお!?』
 ゴーレムがその手の巨大な刀を閃かす度に、雷電の装甲が削り取られていく。
 反撃のディフェンダーはいなされ、ヘビーガトリングは至近距離にも関わらずに回避されてしまう。
 攻防は、やはり十秒で終わった。
『この雷電を削りきるとは‥‥化け物め‥‥!』
 一瞬にして各種ディスプレイが真っ赤に染まり、機体が限界であるとけたたましく警告する。
『隊長、離脱を!』
 その時、後方の四機のKVが一斉に煙幕を射出した。
 周囲が白煙に覆われる中、満身創痍の四機を先頭にして八機のKVが離脱していく。
 ただ一機その場に残ったゴーレムは追撃の構えも見せず、KVサイズの巨大な刀を地面に突き立てた。
 ――そして、ラストホープへ正規軍を退けたゴーレムを撃破するよう、依頼が舞い込む。



 その日、安曇野昇山は久方ぶりに自らの道場へと帰っていた。
 とはいえ、まだ激しい運動は医師に止められている。
 すぐにでも剣を振りたい気持ちを抑えながら、老人は静かに座して瞑想を始めた。
 だが、どうにも気持ちが乱れてしまい、結局立ち上がって歩き出す。
 何とはなしに枯葉を踏みしだいて、昇山は光義の木刀が突き立った場所へと向かった。
「‥‥強さを得る代償とは、一般的には時間だ」
 真っ直ぐに突き立った木刀へと、ぽつりと言葉をかける。
「だが、それだけではどうしようもない壁が見えてしまった。お前には、それが我慢ならなかったのだな」
 沈黙が落ち、枯れ木を揺らす風の音が響いた。
 小さな音を立てて、老人の足元が微かに濡れる。
「光義よ‥‥あの一刀、見事であったぞ‥‥」
 そっと木刀を握り、老人は俯いた。
 穏やかに晴れた、小春日和の午後のことだった。

●参加者一覧

真田 一(ga0039
20歳・♂・FT
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
狭霧 雷(ga6900
27歳・♂・BM
フェリア(ga9011
10歳・♀・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
九頭龍・聖華(gb4305
14歳・♀・FC
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC

●リプレイ本文

●強化人間と能力者
 荒野の中、微動だにせず一機のゴーレムが佇んでいた。
 目の前に巨大な刀を突き立て、その柄に両手を添えて立っている様子は、あるいは古の騎士の彫像のようにも見えた。
 その目に、低い駆動音と共に光が宿る。
 遅れて、遠方から甲高いエンジン音が届いた。
 見れば、蒼穹の空に八つの影が現れている。
 次第に近付くその機影は、ナイトフォーゲルのものだ。
 八機のKVは高度を落とし、変形してゴーレムから凡そ四百メートルほど離れた場所へと降下する。
『‥‥あのゴーレムは‥‥』
 アンジェリカを駆る真田 一(ga0039)が、距離を置いて相対する敵を見てふと呟く。
『戦闘記録を見ましたが、あの太刀捌きに身のこなし‥‥やっぱり、あれに乗ってるのは』
『光義さん、でしょうねぇ』
 一の言葉に、九条院つばめ(ga6530)と平坂 桃香(ga1831)が応じた。
 そうした会話が聞えたわけではないだろうが、ゴーレムがゆっくりと刀を地面から抜き、構える。
 だが、動く様子はない。単に射程の外であるからなのか、待ち受けるつもりだからなのかは分からない。
 アヌビスに邪断刀を構えさせながら、ヨネモトタケシ(gb0843)は駄目元でオープン回線で呼びかける。
『‥‥光義さん、このまま武に殉ずるつもりですか? 『人』ならば、他にも道はあるでしょうに‥‥』
 少々の沈黙が流れ、ゴーレムからの返答が入る。
 その声は、八人の予想通りに葦原光義のものだった。
『人なればこそ、だ。俺は既に一度道を曲げた。それをもう一度曲げるなど、俺自身が許さん』
『‥‥何も戻れない、何も戻らない‥‥そんな最後しかないのですか‥‥!』
 男の答えに、フェリア(ga9011)が悲痛な叫びを上げる。
『そうだ』
 淡々と、光義は答える。
 迷いの無い言葉に、一が静かに問いを重ねた。
『まだ戦うのか。お前は』
『俺はそういう道を選んだ。それだけのことだ』
 小さく笑う声が通信に入り、光義が楽しんでいるのだということが能力者たちに分かった。
 戦いを楽しむ。あるいは命のやり取りを楽しむ。
 その様子に、御沙霧 茉静(gb4448)が搾り出すような声を出す。
『何故、命を粗末にするの‥‥?』
『‥‥その声、不殺を貫くとか言っていた女か。らしい言い分だが‥‥』
 命か、と呟いてから光義は続ける。
『価値観の相違だ。俺は命を粗末にしている覚えはない。唯一無二のものだからこそ、俺はそれを戦場に晒すのだ』
 戦場においてのみ、自らの命は輝く。
 光義はそう言いたいのだろうか。
 いくらでも反論のしようがある答えだったが、茉静にはただ唇を噛み締めるしかできなかった。
『今日は、やけに饒舌ですね。光義さん』
 桃香が指摘する。
 言われてみれば、と幾人かが首を傾げた。
『‥‥まぁ、ゴーレムというのも悪くないと思ってな』
『戦うための新しい術、というわけですか』
 手元でスナイパーレーザーのチェックを行いながら、狭霧 雷(ga6900)が言った。
 誰も、どこか誤魔化すような光義の口調には、あえて疑義を挟み込むことはしないようだった。
『そろそろ、問答もいいじゃろ。‥‥今度こそ、喰ろうてやるぞ』
 それまでじっと黙っていた九頭龍・聖華(gb4305)が、イビルアイズを一歩踏み出させながらマシンガンを構える。
 それを皮切りに、他の機体もそれぞれに武器を構えなおした。
『貴方の選んだ道、私たちが進む道‥‥どちらが正しいかではなく、その道を進む覚悟はどちらが強いか――雌雄を、決しましょう!』
 つばめの宣言と共に、八機のKVのエンジン音が再び高まる。
 対するゴーレムもまた、刀の切っ先を能力者たちへと向ける。
『来い』
 声とほぼ同時に、KVのスラスターが咆哮した。

●泥人形と空の騎士
 一のアンジェリカと桃香の雷電が、開幕の号砲を打ち鳴らす。
 音を置き去りにしてスナイパーライフルの弾丸と、多目的誘導弾の弾頭がゴーレムへと襲い掛かった。
 弾丸の甲高い命中音にやや遅れて爆発音が響き、爆炎が巻き上がる。
『‥‥本当にゴーレムですか、アレ』
『元より効果など期待していない、が、これほどとはな‥‥』
 収まった炎の中から、装甲を煤けさせたゴーレムの姿が現れる。ほぼ無傷、と言って良い。
 軽口を叩きながらも、桃香は再び誘導弾を叩き込みながら四連のバーニアを吹かす。
 タケシのアヌビスと聖華のイビルアイズとが先陣を切り、僅かに遅れて雷のウーフー、つばめのディスタンが続く。
 その左右から光義の後ろへと回り込むように、フェリアのアヌビスと茉静のハヤブサが、そして一のアンジェリカと桃香の雷電が動いていた。
 装輪が大地を削り、スラスターが大気を巻き上げ、荒野はさながら小さな砂嵐が巻き起こったかのように霞む。
 迫るKVを前にしても、やはりゴーレムは動かない。
 いぶかしみながらも距離を詰める能力者たち。
(「高機動って話でしたけどね」)
 形の良い眉をひそめながら桃香が最後の誘導弾を放ったとき、ゴーレムが動いた。
『弾幕を‥‥ええい! 間に合わんっ!』
 咄嗟に聖華がマシンガンを発砲するが、その弾痕は鈍色のゴーレムが駆け抜けた後を彩るのみだ。
『こ、この速度は!?』
 一瞬にして三百近い距離を詰めてきた敵機に、タケシが驚愕する。
 スカイスクレイパーやワイバーンのブースト時に匹敵する、規格外の速度だった。
『‥‥っ! 飛び込むだけではっ!』
 雷が目前に迫ったゴーレムにスナイパーレーザーの照準を合わせた瞬間、巨大な刀が一閃された。
 鈍い衝撃と共に銃身が中心で分断され、行き場を失ったエネルギーがスパークを起こして小さな爆発を起こす。
『狭霧さん!』
『機体に損傷はありません。ですが‥‥』
 咄嗟に距離を取った雷を庇うように、つばめが前に出た。
『アレだけ動いて、しかも攻撃する余裕まであるんですか‥‥』
 フェリアが唖然としたように呟く。
『落ち着け! 今の奴は袋のネズミじゃ!』
『その通りですよ』
 聖華の声に桃香が応じ、同時に巨大な鉄球がゴーレムへと飛んだ。
 唸りを上げて迫る大質量の塊はしかし、余裕をもって避けられてしまう。
 轟音と共に地響きが起こり、その衝撃の程を物語った。当たっていれば、いかな敵とはいえ無傷では済まない威力だ。
『‥‥慣性制御、というやつか』
 ゴーレムの機動性の種を見破りながら、一が奥歯を噛み締める。
 だが、それが分かったところで防ぎようはないのも事実だった。
『ならば、それごと叩き斬るのみですよぉ!』
 自らを奮い立たせるように声を上げたタケシのアヌビスが、邪断刀を大上段から振り下ろす。
 同時に鬼火が舞い、周囲の重力波を乱す――が、それは焼け石に水でしかなかった。
 流水の如く受け流された邪断刀は、その質量ゆえにアヌビスにたたらを踏ませた。
『く、射線が‥‥!』
 高分子レーザーを撃ち込む機を窺っていた一は、巧みにその射線を回避するゴーレムに苛立ちを隠せない。
 それは20mmバルカンと突撃ガドリングを構える茉静にとっても同様だった。
 乱戦となると同士討ちの危険性が跳ね上がるという、多対一の欠点が表面化したのだ。
 つばめもまた、レーザーガトリングでの射撃を諦めてヒートディフェンダーに切り替えつつ、ディスタンを前進させる。
『貴方の刀、貴方の闘志‥‥! このフェリアと狼嵐が、へし折らせていただくです!』
(「それが、貴方の望みに思えてしまうですから‥‥」)
 ともすれば溢れそうになる感情を抑えながら、少女のアヌビスが飛んだ。フレキシブル・モーションが作動し、腰部のブースターが有機的に駆動する。
 携えられたKV刀がゴーレムを切り刻まんと振るわれるが、その悉くが打ち払われた。
『どうした。その程度か?』
「ちぃ、初めてのゴーレムでよくも動ける‥‥!」
 光義の声に、聖華が悔しげに吐き捨てる。
 機体の性能か、それとも強化人間である故なのか、八対一というハンデを微塵も感じさせない戦況に心が粟立つ。
 重厚なシルエットに見合わぬ速度でゴーレムが動く。向かった先は雷のウーフーだ。
『そう簡単に‥‥!』
 ヘビーガトリングが、避けるそぶりも見せないゴーレムの装甲に傷をつける。
 押さえ込むには足りない火力に雷がディフェンダーへと兵装を切り替えたとき、ディスタンが二機の間に滑り込んだ。
『貴方の好きにはさせません!』
 硬質の激突音が響き、地面を削りながらもつばめは光義の突進を押し留める。
 間髪をいれず、灼熱の刃がゴーレムへと襲い掛かる。
 寸でのところでかみ合った刀とヒートディフェンダーが拮抗し、刃同士が赤熱の輝きを帯びる。
 ゴーレムの出力に耐え切れず、ディスタンの腕部モーターが苦しげな音を立てた。
 咄嗟につばめはレーザーガトリングを至近距離で撃ち放つ。
 ほぼゼロ距離での被弾は流石に不味いと判断したか、ゴーレムは後退した。
(「機体越しに気迫や殺気が伝わってくるみたい――気圧されたら、負ける‥‥!」)
 十秒にも満たぬ攻防にも関わらず、つばめの背中は汗でじっとりと濡れていた。
 生身の光義とは既に幾度も相対していた。
 むき出しの殺気、という意味ではそちらの方が強かっただろう。
 にも関わらず、刃を交えたときのプレッシャーという意味ではゴーレムに乗る現在の方が図抜けている。
 凄みがある、と言い換えても良かった。
 それを実感していたのは、他の七人も同様だ。
『狼嵐、鬼火展開!』
『全スラスター接続‥‥黄泉、『フレキシブル・モーション』発動!』
 後退したゴーレムの背後から、フェリアとタケシの二機のアヌビスが迫る。
 ゴーレムはその場で回転しながら邪断刀に刃を叩きつけると、その反動を利用して跳ぶ。
 装甲の表面を削られながらも二機の攻撃を回避すると、返す刀でタケシのアヌビスへと斬りつけた。
 反射的にレーザーシールドを掲げたタケシだが、それでも凄まじい衝撃が機体を揺さぶる。
 機体のコンディションを示すディスプレイが、左腕部に甚大な損傷が生じたことをけたたましく告げた。
 だが、二人の行動は決して無駄だったわけではない。
 結果として大きな回避運動を取らざるを得なかった光義の機体は、必然的に大きな隙を生んだのだ。
『逃さん!』
 ここぞとばかりにアンジェリカのレーザー、雷電のバルカン、イビルアイズのマシンガン、ハヤブサのガトリングが文字通り殺到する。
 驟雨の如き弾丸に晒され、ゴーレムの機体がよろめいた。
『この装甲でも‥‥流石にきついか』
 自嘲するように光義は言うと、弾雨が止んだ一瞬を突いてゴーレムを走らせる。
 狙いは、タケシのアヌビスだ。
『ぬぅ‥‥!』
 思うように動かなくなっていた左腕を盾に、タケシは一刀を受け止める。
 肘から先が斬り飛ばされ、異常な負荷が機体制御システムにエラーを生じさせた。
 続けて振るわれたゴーレムの刃が、残った左腕を肩ごと切断した。
『まだまだぁ!』
 機体制御をマニュアルにし、強引にバランスを立て直すと、タケシはフレキシブル・モーションを発動させる。
 重心バランスを著しく欠いた立体機動は搭乗者への負担も多大だったが、それ故の軌道の読み辛さも極めて大きい。
 シュリガーラによって、さながらローリングソバットのような蹴りがゴーレムの肩へと叩き込まれる。
 その後を、旋風の如く邪断刀が追随する。
 光義は敢えてゴーレムを踏み込ませると、鍔元で刃を受けた。
 金属がぶつかり合う音と共に両機は一旦停止し、僅かな間を置いてアヌビスが崩れ落ちるようにその機能を停止する。
 見れば、ゴーレムの刀がアヌビスの腰部へ深々と刺さっていた。
『ヨネモトさん!』
 最も近くにいたフェリアが、即座にゴーレムを引き剥がす。
 返答は無い。
 恐らくは、無茶な機動と激突の衝撃、更には刺突とが重なって気絶しているものと思われた。
『余所見をする暇はないだろう?』
『うきゃぁっ!?』
 一瞬タケシの機体へと注意が向けられた隙を、光義は容赦なく突いた。
 反射的に掲げられたアイギスごと、アヌビスをまるで木偶人形のように吹き飛ばす。
『ああもう、なんつー出力ですか。馬鹿力は光義さんだけで十分です、よ!』
 桃香の雷電がハンマーボールを振り回し、ゴーレムの動きを止める。
 真っ向から鉄球を受け止めた光義だったが、流石の威力に機体の足が地面に沈み込み、脚部が悲鳴を上げた。
『動きを止めたな?』
 ニヤリと笑って、聖華のイビルアイズが突撃する。
 駄目元で起動した試作型対バグアロックオンキャンセラーの効果は感じられなかったが、鉄球で身動きの取れないゴーレムは贔屓目に見ても的に過ぎない。
 イビルアイズの腕に装着されたドラゴンナックルが、SESの起動で本物の龍の如く吼える。
 すれ違い様に叩き込まれた龍のアギトは、ゴーレムの肩装甲を食い破った。
『妾に続け!』
『言われずとも』
 雷のヘビーガトリングが破れた装甲をさらに砕き、一のレーザーが砕けたそこへと集中する。
 厳重な鏡面処理が施されたゴーレムの外装だが、それも砕けては意味が無い。徐々に赤熱し、融解していく。
『大人しく的になっていると思うか!』
 しかし、光義は体勢を立て直すと追撃のレーザーは悉く回避した。
『たまには楽させて欲しいですね』
『ふ、そうもいかん』
 桃香の軽口に軽口で返しながら、光義は雷電のバルカンを刀で弾く。
 そこへつばめが飛び込もうとするのに先んじて、茉静のハヤブサが前に出た。
 リヒトシュヴェルトを構え、彼女は正面からゴーレムへと挑んでいく。
『御沙霧さん、駄目!』
 無謀とも言える行動に、つばめが悲鳴を上げた。
 少女の危惧どおり、ゴーレムは悠々と迎撃の構えを取り、その一刀をハヤブサは回避した。
『私は、貴方を止められなかった‥‥。だからこそ、この身に代えても貴方を止めなければならない‥‥』
 翼面超伝導流体摩擦装置。
 ハヤブサをハヤブサたらしめるジョーカーを、茉静はここで切ったのだ。
 時折機体表面を走る蒼いスパークが、殺人的な機動性をハヤブサに与える。
『それが、貴方にできるただ一つの償い‥‥』
 あっと言う間にゴーレムの懐に潜り込んだ茉静は、リヒトシュヴェルトを叩き付けた。
 それを刀で受け、光義は機体を後退させる。
 追わんと更に踏み込んだハヤブサは、そこでガクンと体勢を崩した。
 大きな効果を持つ特殊能力のリスクが、この場面で現れてしまったのだ。
『運否天賦、か。勝敗の鍵をそれに左右されるとは、間抜けな話だが‥‥』
『動い‥‥て‥‥!』
『この局面でそれに頼った己の不覚を呪え』
 容赦なく振り下ろされた刃が、リヒトシュヴェルトを持った腕を斬り落とした。
 一瞬でコンディション表示がレッドゾーンへと叩き込まれる。機体構造が脆弱なハヤブサの泣き所だ。
 しかし、茉静の目は諦めを見せていなかった。
『これが背水の陣。そして、貴方への償い‥‥!』
 残った腕をやっとの思いで動かし、ゴーレムの腕へと巻きつけさせる。
『今のうちに攻撃を‥‥っ』
『で、でも‥‥!』
 一瞬でも構わないから、自らの機体で隙を作り、仲間の攻撃のチャンスを作る。
 その発想自体は全く問題ない。だが、彼女は「自分ごと」攻撃させる、という意識でいた。
 それがいけなかった。
 茉静の機体はゴーレムと密着している。呼吸を整えて狙撃、というならばともかく、この場面で攻撃することは彼女に攻撃することと同義であった。
 咄嗟の場面で、「私ごと奴を倒せ」などと言われて、何の逡巡も無く実行できる人間は少数派なのだ。
 結果として、その一瞬の隙は消えてしまう。
『‥‥俺には、お前の方が命を粗末にしているように見える』
 呟いた光義はゴーレムの腕を強引に引き抜くと、そのままの勢いでハヤブサを叩き斬った。
 肩口から逆側の腰までを斜めに両断され、滑らかな切断面にスパークを走らせながら茉静の機体は沈黙した。

●決着
 戦闘開始から一分と経たず、二機のKVが撃破され、一機が中破。
 対するゴーレムは、目立った損傷は肩部装甲のみ。
『正規軍がやられた、というのも今なら納得ですよ』
 苦笑しながら、雷が呟いた。
 撃破されたタケシと茉静の容体は気になるが、残念ながら今はそちらに注意を向けられる状況ではない。
 軽口の一つも叩かなければ、先に精神が参ってしまいそうだった。
『それでも、負けるわけにはいかない』
 小さく、しかし力強く一が言う。
『確かにあ奴は強い』
『ええ、反則です。レッドカードで退場してもらいましょうか』
『ひ、平坂さん‥‥』
 聖華の言葉に桃香が冗談で返し、つばめが慌てたようにフォローする。
 わざとらしく咳払いしてから、聖華は続ける。
『じゃが、無敵ではない』
『その通りなのですよ』
 衝撃で発生したエラーを修復し終えたフェリアが応じた。
『といっても、長期戦は望ましくありません』
 ジリ貧になればこちらが不利だ、と言う雷に桃香も賛同を示す。
『同感です。きつい仕事は早めに終わらせるに限ります』
 ちらりと雷電の錬力残量をチェックし、全力で動いた場合の残り時間を算出する。
 やはり、一分に満たない時間しか持たない。
(「‥‥ま、それで倒しきれないならどの道駄目かも」)
 一瞬浮かんだ慎重策への転換を自ら却下しながら、桃香はゴーレムへと目を転じた。
『話し合いは終わったようだな』
 光義からの通信が入り、六機のKVが油断無く武器を構え直す。
『わざわざ待ってくれたとは恐れ入る。余裕のつもりか?』
 挑発するような聖華の言葉には反応せず、ゴーレムはだらりと腕を下げ、刀を外側へと開いた。
 それが戦意の喪失や挑発の類でないことは、鬼気迫るような光義の殺気で六人には分かった。
『お前たちには、天と地の型はすでに見せた』
 その言葉に、雷の脳裏で二つの技がありありと再生された。
 一つは地剣。強靭な足腰をもって相手の攻撃の力を利用し、地を薙ぐような軌道で上空へと切り上げる技。
 もう一つが天剣。独特な構えから繰り出される大上段からの斬撃が、相手の目前で跳ねるように軌道を変え、受けを掻い潜って切りつける技。
 どちらも、一朝一夕に破れるようなものではない。
『寡流には、もう一つの型がある。‥‥試させてもらうぞ』
 言い終わると同時に、ゴーレムが動いた。
 あっという間に距離を詰めた光義の目標は、手負いのアヌビス。
 だが、その横合いからヘビーガトリングの弾丸が襲い掛かり、進路上に雷のウーフーが割り込んだ。
『刃剣』
 動じることなく目標を雷へと転じると、光義は呟いた。
 ばね仕掛けのように跳ね上がった刃が、下段からウーフーへと牙をむく。
 ディフェンダーを合わせた雷だが、それは大きく弾かれてしまう。
(「――ここだ!」)
 咄嗟に半身を捻り、ウーフーがチェーンファングを展開する。
 それは過たず、上段で跳ね返るように切り返された刀へと絡みついた。
『ほう、見切るか』
『伊達に寡流を観察しておりませんのでね‥‥!』
『ふ、だが甘い』
 鎖によって僅かに刀の軌道が歪むが、それでもウーフーの肩口に深々と切り込まれる。
 轟音と振動に揺れるコックピットで奥歯をかみ締めながら、雷は機体を動かし続ける。
『‥‥生身と違って、腕一本持っていかれても十分戦えるんですよ!』
 パイロットの気迫を宿したように、ディフェンダーがSESの唸りを巻き上げてゴーレムへと突き出される。
 光義は機体を傾けてそれをかわすが、音を立てて首筋の装甲が削り取られた。
『見事』
 感嘆したような光義の台詞とともに、ゴーレムの片腕の袖口から金属の筒が飛び出した。
『まさか‥‥!』
 それを見たつばめが絶句する。
 次の瞬間、眩いばかりの光がその筒から放出され、光の剣が形成された。
 その場で回転するようにゴーレムはなぎ払うと、ウーフーの機体は上下に溶断されて小さな爆発を起こしつつ沈黙した。
『雪村‥‥』
『近接戦だと、結構最悪な切り札じゃないですか‥‥追加報酬出ないんですかね!』
 躊躇わず、桃香が雷電を前進させる。
 四連のバーニアが咆哮を上げ、重量級の機体を易々とトップスピードへと誘った。
 ブーストの勢いを乗せて巨大な鉄球が叩きつけられ、ゴーレムがよろめく。
 そのまま突進し、すれ違いざまに特殊コーティングが施された翼がゴーレムの装甲を切り裂いた。
『やるな』
『きっちり置き土産しといて何を』
 見れば、雷電の装甲にも一文字にレーザーによる切り傷が走っていた。
『余所見をする暇など無かろう!』
 聖華が再びドラゴンナックルを構えて駆け込んでくる。
 刀で迎撃せんとする光義だが、その間合いに入る前にイビルアイズは急制動をかけ、横へと転進する。
 そのままマシンガンをばら撒きつつ距離を保つ聖華に、光義の気が一瞬それた。
『今です! 真田さん、合わせてください!』
『任せろ』
 そのとき、アンジェリカとディスタンからスパークワイヤーがゴーレムへと放たれた。
 虚を突かれた光義に回避は間に合わず、強力な電流がワイヤーを通じてゴーレムへと流れ込んだ。
『ぐぁ‥‥!』
 スパークを撒き散らして悶えるように震えるゴーレムへ、イビルアイズが再度迫る。
『お主の足を止めれば‥‥妾等の勝ちじゃ!』
 機槌「明けの明星」が、強かにゴーレムを打ち据えた。
 衝撃にゴーレムの間接が悲鳴を上げる。
『狼嵐、もう少しだけ‥‥フレキシブル・モーション、発動!』
 フェリアがアヌビスを駆って真正面から斬りかかり、正面装甲に深い裂け目を入れた。
『ああああああああ!』
 絶叫のような雄叫びを上げ、ゴーレムの目が不気味に輝く。
 電流の流れ続ける二本のワイヤーがしっかりと握られ、力任せに引き寄せられた。
『きゃっ!?』
 予想外の衝撃に驚くつばめとは対照的に、一はこうした行動をも予期していた。
 アンジェリカは力に敢えて逆らわずに、補助スラスターで姿勢を制御しつつ体勢を立て直す。
 だが、ディスタンはそうはいかない。
 前のめりによろめいたところへ、ワイヤーを切断したゴーレムが突っ込んできた。
「‥‥っ! 『swallow』!」
 咄嗟に作動させたアクセル・コーティングが装甲を強化し、レグルスが寸でのところで刃を受け止めた。
 お返しとばかりに熱剣が閃き、ゴーレムの装甲を更に抉る。
 大きな火花を起こしながらも、光義は攻め手を緩めない。駄目押しとばかりに光の剣がなぎ払われた。
(「『swallow』、お願い、もう少し頑張って‥‥! これ以上、皆を傷つけさせたくないの‥‥!」)
 無我夢中で突き出したレグルスが僅かにゴーレムの手元をずらし、大出力のレーザーはレグルスを両断するのみに終わった。
 しかし、破壊された盾からの過負荷でシステムに異常が生じ、一瞬ディスタンの動きが止まる。
 刀を振りかぶったゴーレムにつばめが目を閉じた瞬間、雷電がブーストのままゴーレムにタックルを仕掛けた。
『か弱い女の子をいじめちゃ駄目駄目ですよ』
『どの口が言う』
『この口です』
 光義は慣性制御で即座に機体を立て直すと、密着した雷電へと刀を振り下ろす。
 それをセミーサキュアラーで受け流しながら、桃香は至近距離でハンマーボールを振りぬいた。
 ほぼ同時に抜かれた雪村で脚部を切り裂かれながらも、雷電は倒れない。
 吹き飛んだゴーレムにブーストで飛び込んだイビルアイズが、明けの明星を振りかぶった。
 迎撃に飛んだ刀で頭部を割られながらも、聖華はニヤリと笑ってみせる。
『勝ったぞ!』
 槌から鉄球が分離し、ワイヤーがゴーレムに絡みつく。
 間を置かずにアヌビスが斬りかかり、腕ごと雪村を斬り飛ばした。
 更に、一のアンジェリカが続く。
『‥‥お前たちの勝ちだ、能力者』
 光義の呟きと同時に、SESエンハンサーで出力が強化された雪村が、ゴーレムをその刀ごと切り裂いた。



 各所から黒煙とスパークを上げ、ゴーレムは膝をついて擱座している。
 奇跡的に通信機能は生きているらしく、弱弱しい光義の呼吸が微かに聞き取れた。
『‥‥何か掴めましたか?』
 桃香が穏やかに問う。
 それに小さく笑いながら、光義は答えた。
『今更だが、師の言葉しか出てこんのだ。壁を作るのは、どんな時でも己だ‥‥とな』
 長いため息が漏れ、とつとつと男は語り続ける。
『本当は何処にも壁など存在しないのだ、という師に俺は食って掛かったものだ。実際に目の前を塞がれたならどうする、と』
『‥‥安曇野先生は、何と?』
 つばめが先を促す。
『横を向け、というのだ。‥‥くくっ。横が駄目なら後ろを、後ろが駄目なら上を、それでも駄目なら、目を瞑ってしまえ、とな』
 笑い声は乾いた咳き込みに変わり、掠れたような呼吸音が目立ち始める。
『‥‥今にしてみれば、それが理解できる気がする。結局、俺は自分の限界を自分で決めてしまったのだ』
『馬鹿だな。お前は』
 一が、ぼそりと呟く。
『大馬鹿だ』
『ふ‥‥そうだな‥‥。だが、強化人間になってからのこの数ヶ月は、悪くはなかった』
 そこでまた咳き込むと、液体の落下音のような音が混じった。喀血か。
『師の半分にも満たぬ人生だったが‥‥何、悪くはない。悪くは‥‥』
『葦原さ』
『もう行け。破壊されたゴーレムがどうなるか、知らぬわけではあるまい。‥‥仲間を連れて、離れろ』
 つばめの声を遮るように言い放ち、光義はそれきり黙りこむ。
 擱座したKVを抱え上げ、五機のKVは互いを支えあうように離脱していく。

「師よ‥‥不肖の弟子でした‥‥」
 能力者たちが離れたことを見届けると、光義は小さく呟いて目を閉じた。
 直後、閃光と轟音が辺りを圧し、高温の炎が巻き起こる。
 それらが収まったとき、そこには風に舞う白い灰のみが残されていた。
 
●春の目覚め
 茉静が目を覚ましたとき、そこは清潔感のある病室のベッドの上だった。
「‥‥ここは」
「ああ、目が覚めたか」
 声の方向に目を向けると、メアリー=フィオール(gz0089)が林檎をむいていた。
「狭霧、ヨネモト、御沙霧の三人はこれで全員目を覚ましたな」
 多少歪な林檎を小皿に分けながら、彼女は戦闘から今までの経緯を説明する。
 余談だが、損耗品やKVの修理に関しては正規軍が責任を持って対処したらしい。
「そぉ‥‥ですか」
 タケシが、やや気が抜けたように呟く。
「良くも悪くも、不器用な人だったんですね」
 雷もまた、寂しげに呟いた。
 つ、と茉静の頬を涙が伝う。
「結局、私はあの人を救えなかった‥‥」
 小さく嗚咽を漏らす彼女の肩を、メアリーが優しく叩く。
「人は万能じゃあない。君の涙が明日への糧になるならば、今は泣けば良い」
 おお、と驚く雷とタケシに、メアリーは悪戯っぽく笑う。
「映画の受け売りさ。かっこいいだろう?」
 少しだけ呆気に取られ、三人は困ったように顔を見合わせると、ようやく笑みを浮かべた。



 その頃、残った五人は安曇野昇山の元へと訪れていた。
 光義との四度に渡る戦いと決着までの様子を、それぞれに老人へと語り聞かせる。
 最後までを聞き終えると、昇山は姿勢を正して五人へ深々と礼をする。
「この度は、私の至らなさから大変なご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」
 老人の口から出たのは、謝罪の言葉だった。
 慌てて否定するつばめやフェリアをゆっくりと制すると、老人は穏やかに続ける。
「光義は、この老体を斬ることで退路を断ちたかったのでしょう。戻る場所が見えてしまえば、揺らぎかねないと。‥‥ですが、何の因果か私は生き永らえた。ならば、私はまだあれの師なのですよ。弟子の不始末は、師が償う。当然のことでしょう」
「‥‥昇山老は、光義を恨んでいないのですか?」
 一の問いに、老人は微笑む。
「光義は、形はどうあれ自らの意思で道を選んだのです。それを喜びこそすれ、恨むようでは師匠失格です」
 言ってから立ち上がり、こちらへ、と昇山は五人を誘って外へと歩み出た。
 しばらく老人について行くと、森の中のやや開けた場所に出る。
「ここは‥‥」
 フェリアが声をあげ、ある場所へと駆け寄る。
 そこは、光義がまだ人間であった頃に木刀を突き立てた場所だった。
「前来たときは、枯葉ばっかりでしたけど‥‥」
 桃香が辺りを見渡しながら、くっと伸びをする。
「もう春なんですねぇ」
「緑が‥‥目立ってきたね‥‥」
 応じて、聖華がしゃがみながらちょいちょいとふきのとうを突っつく。
「ここは、当分の間このままにしておくつもりです」
「‥‥葦原さんのため、ですか?」
 つばめの言に頷くと、老人はフェリアの傍らで膝をついた。
「木刀が墓石代わり、か。‥‥あいつらしい」
 一が呟き、黙祷を捧げる。
 それを合図に、残りの面々も思い思いに祈りを捧げた。

 帰り際に、つばめはおずおずと老人に問うた。
「安曇野先生、あの、また時々お邪魔しても‥‥?」
「是非とも」
 穏やかに笑った昇山に、少女は笑顔でお辞儀をする。
「桃香は‥‥またお参りする‥‥?」
「んー」
 聖華の問いに桃香はあごに指を当て、少しだけ考えてから答える。
「まぁ、気が向いたら」
「俺もそうしよう」
 隣で聞いていた一も、桃香の意見に賛同の手を挙げる。
 聖華は首をやや傾げながら、じゃあ私も、と呟いた。
 ふと、つばめがフェリアの姿が無いことに気付く。
「あれ? フェリアさんは‥‥」
 無言で一が指を差した方向は、森の中。
 フェリアは、再び木刀の前へ立っていた。
「‥‥貴方がこれを置いていった理由‥‥。それは、きっと――」
 ざぁっ、と風が吹き渡った。
 春の息吹を孕む風に、往時の冷たさは無い。
「‥‥ありがとうございましたのです!」
 一際大きな声が森の中に響き、それを残して少女は走り去っていく。



 日本の辺鄙な山奥に、小さな道場がある。
 その近くの森の中には、一本の木刀が突き立っている。
 そこは何故か手入れが行き届いており、時折木刀の前には花が供えられている‥‥という話だ。