タイトル:【Hw奪還】Stormマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/05 00:59

●オープニング本文


 ――カナダはオタワにあるUPC北中央軍の戦艦ドック。
 そこには完成したばかりのユニヴァースナイト弐番艦が船体を横たえ、出航の時を待っている。
 船体は壱番艦と同じ、白地に赤のラインが入ったカラーリング。しかし、壱番艦と異なるのは、特に目を引く艦首に付けられた対艦対ドリルだろう。その上に主砲の対衛星砲SoLCが燦然と輝き、艦橋の前後に三連装衝撃砲が搭載され、取り囲むように連装パルスレーザー砲が設置されている。
 また、艦底部には艦載機を発射させる遠心カタパルトが2基備えられている。
「いよいよですな」
「ああ。これで我が軍もバグアに後れを取る事はなくなる。奪われた地を取り返す事も出来る」
 弐番艦を感慨深く見つめる2つの人影。1つはUPC北中央軍を指揮するヴェレッタ・オリム(gz0162)中将。もう1つはこの弐番艦の艦長覇道平八郎中佐だ。
「欧州軍がグラナダ攻略に動いてくれたお陰で、東海岸側のバグアの主力部隊も今は迂闊に軍を動かせまい。西海岸の都市を奪還する好機だ」
 オリム中将は壁に備え付けられたモニターを操作し、北米の地図を呼び出す。西海岸の南に、作戦の目標値が赤く点滅していた。
「ハリウッドですか」
「正確にはロサンゼルスだが、ハリウッドと言っても過言ではない。ハリウッドを取り戻す事が、本作戦の最優先事項だからだ」
 ロサンゼルスはまだ完全なバグアの支配地域ではないが、市街地にバグアの侵入を許してしまっている競合地域故に、ハリウッドで映画が制作できない状況にあった。
 アメリカ人にとって映画はアイデンティティの1つであり、北アメリカの「歴史」なのだ。
 ハリウッドを取り戻す事で、北アメリカ人の士気を大いに高める事が出来る。それは消耗品でしかない一般兵の補給に直結していると言えた。
 もちろん、それだけではない。北アメリカを南北に貫くロッキー山脈の存在だ。バグアといえども一部の機体を除き、ロッキー山脈を越える軍の展開は鈍るのだ。東海岸側のバグアの目がグラナダに向けられている今なら、西海岸側のバグアとメキシコのバグア軍を相手にするだけで済む。

 斯くして、オリム中将の指揮の下、ロサンゼルスならぬハリウッド奪還作戦が開始される事となった。



 ゴシック調の黒を基調としたスーツに、裏地が真っ赤に染め上げられた黒のマント。
 時代錯誤も甚だしい装いの青年が、戦闘の続くロサンゼルス市街を悠然と闊歩していた。
 その傍らには、体高が2mもあろうかと言う巨大な狼が寄り添う様に歩いている。
 ふと、何かの気配を感じたのか青年は恭しく頭を垂れ、狼も体を縮める様に伏せた。
「‥‥無駄な礼は省いて良い」
「御意」
 視線を戻した先には、いつの間にかエミタ・スチムソンらしき姿があった。
「で、どうするの?」
「統率の取れた敵を相手にするならば、まずは頭を潰すのが常道かと」
 にたり、と口元を三日月状に歪めて青年が言った。
 その言葉に軽く頷くと、エミタらしき人物は踵を返す。
 青年は深々とお辞儀をし、姿勢を正した時には既に彼女の姿は何処にも見えなかった。

 ロサンゼルス、グリフィス天文台。
 ハリウッド山の中腹にあるここには、ロサンゼルス市内のバグア勢力を駆逐するための臨時司令部が設置されていた。
 天文台の立地と設備は、司令部という任に打って付けと言えるだろう。
 当然、その防衛部隊も十分な数が配備されていた。
 簡易なトーチカに塹壕まで築かれ、各部隊には重機関銃に対戦車砲をはじめとした豊富な重火器が配備されている。
 何より、それらの隊は幾度も戦場を経験した者ばかりで構成されている。
 キメラ程度なら、余程の数が押し寄せない限りは守りきれる、筈だった。
「状況は」
 防衛部隊の総隊長が、天幕を潜るなり副官に問うた。
「デイビス隊が壊滅! これが最期の通信の内容です」
『こちらデイビス隊! 狼だ! 狼と虫が! 畜生、キメラの癖に何であんな的確に‥‥こ、こっちに来る! 退避! た』
 ノイズ音。
 一瞬の沈黙の後、報告が続けられる。
「突破された地点から敵が浸透しつつあります。現在、第三防衛ラインから戦力を抽出して後続のキメラ群を防いでおりますが、デイビス隊を突破した敵が止まりません。このままでは‥‥」
「司令部は何と言ってる」
「市内から予備兵力を引き抜いて、こちらに回すと言っています。ただ、少なくとも後三十分はかかる、と」
 総隊長は、ちらりと時計を見た。
 現在、午後二時五十分。
「能力者を向かわせろ。何としてでも敵の先鋒を食い止め、援軍が来るまでの時間を稼げとな。もちろん、その前に撃破してくれて構わん」
「了解!」
 走り去る副官を横目で見ながら、彼の頭を微かな疑問がよぎった。
「‥‥狼と虫、だと?」
 いくら強力なキメラだろうとはいえ、敵の先鋒はそれ程の数はいない筈だ。
 それが何故止められないのか。
 何か、キメラ以上の敵の存在が見え隠れする様だと、歴戦の兵士の勘が告げていた。

「良くやった」
 口元を朱に染めた狼の頭を優しく撫で、労う。
 忠実な灰色の狼は少しだけ目を細め、次の瞬間激しく唸り始めた。
「‥‥来たか」
 青年は真紅の瞳を喜悦に染めて、怖気の走る様な笑みを浮かべた。
 彼の前面に1m程の巨大な甲虫たちが集い、盾の様な甲殻を並べてその姿を覆い隠す。
 能力者たちが現場に到着した時、そこには唸りを上げて威嚇する灰色の巨狼と、大きな甲虫たちがやはり威嚇するようにその甲殻を広げている姿があった。
 注意深くキメラとの間合いを取りながら、彼らは周囲の様子を探る。
 塹壕は潰され、簡易トーチカと重火器の類は漏れなく破壊され、兵士は急所を正確に抉られて倒れていた。
 そして、キメラの死体は一つたりとて見当たらない。
 一人が怪訝そうに呟いた。
「キメラだけの仕業にしちゃ、妙に手際が‥‥」
 良すぎる、と続けようとしたその時、狼が腹に響くような咆哮と共に突っ込んできた。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
鴉(gb0616
22歳・♂・PN
蒼河 拓人(gb2873
16歳・♂・JG
ハイン・ヴィーグリーズ(gb3522
23歳・♂・SN

●リプレイ本文

●綻び
 灰色の狼が咆哮を上げて踊りかかってくる。
「ぐっ!」
 狙われた鴉(gb0616)は咄嗟に蝉時雨で鋭い爪を防ぎ、そのまま大きく振り払った。
 それに逆らうことなく、狼は巨体に似合わぬ身軽さで飛び退く。
 着地の隙をカバーする様に、一匹の虫がその甲殻を広げたまま狼の前方に立ち塞がった。
「狼と蟲の連携だけにしては効率的だね〜。‥‥どこかにブレインがいるかな?」
 けひゃひゃ、と笑いながらドクター・ウェスト(ga0241)が呟く。
「そうですね。妙に動きがキメラらしくないと言いますか‥‥」
 計六体のキメラを油断無く見据えながら、鳴神 伊織(ga0421)も誰かに見られている様な違和感を覚えていた。
 構えた鬼蛍が、小さく涼やかな音を鳴らす。
「ええ。とりあえず上手いですし‥‥気をつけないと、掬われますね」
「狼や蟲のキメラなんて珍しくもないが‥‥」
 鴉が応えれば、彼の左側に立つ遠石 一千風(ga3970)は、目の前でキチキチと耳障りな鳴き声を上げる虫キメラを見やった。
 広げられた甲殻は普段は折り畳まれているのか、今は狼の巨体すら十分に隠せる程の大きさだ。
 体勢はそのままに、ちらりと横目で陣地の跡を見る。
 無傷なものは一つとして無い様に見え、殆どが使い物に出来なくされている様だ。
 ただのキメラが、これ程までの破壊を行えるのだろうか?
 一千風は、甲殻の後ろで息を潜めているだろう狼を意識する。原因はあの狼キメラでは無いか、と。
「何だか分からないけど‥‥変な胸騒ぎがするね」
 洋弓「フェイルノート」を構えながら、蒼河 拓人(gb2873)も凄惨な現場の様子に眉を顰めていた。
 キメラたちは能力者を警戒しているのか、虫を前面に押し出したまま積極的に動こうとはしていない。
 その状況に、牽制も兼ねてハイン・ヴィーグリーズ(gb3522)はサブマシンガンを撃ち放った。
 乾いた音を立てて飛ぶ弾丸はしかし、虫の甲殻によって弾かれる。
「何て外殻だ‥‥」
 懐からアーミーナイフを取り出しつつ、彼は呻く。
 あの甲殻が相手では、重機関銃や対戦車砲などをもってしても、一般の兵士には有効打は与えられなかったに違いない。

 再び、咆哮と共に狼が虫を飛び越してその牙を向けてきた。
 反射的に、ハインは手のアーミーナイフを投擲する。が、距離もあってそれは当たらなかった。
「舐めるなっ!」
 突然の攻撃とは言え、後れを取る能力者ではない。一千風は特徴的な形の鎌切で狼の牙を受け止めると、そのまま一気に踏み込んだ。
 疾風脚によって強化された脚力は、キメラごと彼女の身を敵陣へと突入させる。
 巻き込まれるのを恐れた虫が二体、飛び退く様に脇へとずれた。
(「このまま、敵陣をかき回してやる!」)
 一千風はくるりと身を回転させると、その勢いのままに狼の脇腹を強かに蹴り上げる。
 赤い光壁がそのダメージは阻むものの、衝撃によって狼は大きく吹き飛んだ。
 そんな彼女に合わせる様に、鴉もまた動く。
「図らずも、遠石さんと挟み撃ちの形‥‥。その甲殻、後ろにも効き目はあるのかな?」
 敵陣に入り込んだ一千風が彼の前の虫の後方に回り込めば、恐らくは無防備な背後を突ける。
 こちらの陣形は少々乱れたが、プラスマイナスで収支はこちらに傾く筈だ。
 一瞬に判断して、鴉は蝉時雨で一体の虫を強引に抑えつつ、フォルトゥナ・マヨールーを手近なもう一体へと向けて発射する。
 正面からでは効果は薄いが、少なくとも身動きを止める事は可能だ。
 鴉の意図を察して、ハインはサブマシンガンを撃ち、アーミーナイフを投擲する。音を立てて、ナイフは虫の甲殻へと突き立った。
「君らはそこで大人しくしてるんだ!」
 拓人は、一千風によって脇に退いた虫へと弾頭矢を放つ。
 これで目に見える敵の動きは封じた。厄介な甲殻を持つ虫も、数が減れば対処のしようもある。
「貰った!」
 鴉の予想通り、脆そうな背中を晒していた虫に一千風は一瞬で間合いを詰める。
 そして、その手の鎌切を突き立てんとした瞬間、彼女の目は驚愕に見開かれた。

●青年は笑う
「あっ‥‥くぁ‥‥!?」
「良い声だ」
 耳元で囁かれた声に、一千風は反応できなかった。
 背中から全身に広がる灼熱の激痛が、彼女にそれを許さなかった。
「呪うなら、迂闊に敵の懐に飛び込んだ自分自身を呪え」
 ぬちゃりと音を立てて、何かが引き抜かれる。倒れる寸前に一千風の目に入ったものは、赤く染まった何者かの手と、三日月状に歪められた口元だった。
 その異変は、すぐに能力者たちにも伝わった。
「イチカ君!」
 真っ先に反応したのはウェストだ。
 電波増幅を使用して邪魔な虫へとエネルギーガンを放ち、力任せに吹き飛ばす。そこから見えたのは、生気を失って倒れる一千風の姿。
 即座に練成治療の為に間合いを詰める間、彼の目は憎悪で強く輝いていた。
 キメラ以外の存在は、やはりここに居た。一千風はそれにやられたのだ。そうとしか考えられない。
「‥‥我輩はバグアが大嫌いだ。もちろん、ソレに与する裏切り者もだ!」
 叫んで、ウェストは一千風へと練成治療を施す。何とか出血は止まったが、ダメージが深かった様で昏倒からは覚めていない。
 一方、鴉は突然迫ってきた虫に対処するので精一杯となっていた。
「何だ、こいつら‥‥!」
 攻撃力は大したことは無い。だが、防御力が半端ではなく、嫌がらせの様に鴉に纏わりついて彼の動きを阻害していた。
 鴉と虫の間合いが近すぎ、ハインも後方からでは援護射撃をすることが出来ない。
 拓人は拓人で、先程の虫をどうにか留めようとするので余裕が無い。
 一挙に変わった戦場で、伊織は努めて戦況を把握しようとしていた。
 敵は、積極的に前衛を抜けようとはしてこない。ならば、自分も動くべきか。
 そこまで考えたとき、彼女はゾッとする様な視線を感じた。
「‥‥誰ですか? 姿を見せなさい‥‥!」
 気配を感じた方向へ、迷わず蛇剋を投擲する。
 弾丸の様な速度で投げられたそれは、鴉に纏わりつく虫を掠めてその後方へ飛んだ。
 そして、一人の青年がゆっくりと姿を現し、そのまま進み出てきた。
 赤く染まった手には投げられた蛇剋を持ち、酷く歪んだ笑顔をしている彼は、不気味、と言って良い。
 ぱきり、と音を立てて、呆気なく青年は手中の蛇剋をへし折った。見れば、素手の様に見えたその手には、鋭い爪の様な武器が備えられている。
 へし折ったその欠片を、彼は恐ろしい勢いで伊織へと投げ返した。
「っ!?」
 咄嗟に体を傾けつつも、彼女の首筋に冷たい感触が走る。そっと手を当てれば、ぬるり、とその手が濡れた。
「イオリ君、大事無いかね?」
「‥‥はい」
 伊織へと練成治療をかけると、ウェストは激しい憎悪を込めた瞳で青年を睨みつけた。
 彼は長身とは裏腹に儚いまでに細身であり、その白銀の髪は肩の辺りで綺麗に切り揃えられている。
 肌は白磁の如く透き通り、顔の造形は秀麗と言って何ら差し支えも無い。怖気の走る笑顔さえなければ、だが。
 明らかに、単なる親バグア派では無い。恐らくは強化人間だ。それも、かなり強い。
「名前を聞かせてもらおうかね? 裏切り者君」
「アルゲディ」
「そうかね!」
 ウェストはエネルギーガンを向け、その強力な電磁波を解き放った。
 空気が弾ける落雷の様な音と共に、アルゲディの体がスパークに包まれる。
 青年はマントで体を覆うと、そのまま大きく振り払う。パシン、と余韻を残して電撃が飛び散った。
「注意が散漫だな」
 呟きと共に、ウェストの左前方から狼が飛び掛ってきた。
 その爪が彼を切り裂くより早く、ポリカーボネートが狼とウェストとの間を塞ぐ。
「く、なんて早さだ」
 予想以上の機動力を見せた狼に、ウェストは舌打ちをする。
 伊織がそこに割って入り、何とか狼を彼から引き離した。
「いい加減に!」
 虫によって動きを止められていた鴉が、虫の甲殻自体を足場として強引に空中へと脱出する。
 アルゲディはウェストと伊織に気を取られ、鴉の脱出には気付いていない様に見えた。
 ちらりと一千風を一瞥する。未だ意識を取り戻さない彼女の姿に、それをカバーできなかった自分のミスという事実がまざまざと突きつけられる心地がした。
「名誉は、挽回させて貰いますよ‥‥」
 音も無く着地すると、そのまま瞬天速でアルゲディの背中へと迫る。
 囲まれている自分の方が、奴にとっては容易い相手だった筈だ。それを無視して、わざわざあの二人の元へと向かうと言うことは‥‥。
(「舐められたままでは、終われない」)
 瞬天速の勢いのままに、鴉は蝉時雨を突き立てようとし、ばさりとその視界をマントが覆った。
「ぐぁ‥‥!」
 遅れて走る激痛。
 突き立てられた爪は、がしゃりという音と共に無線機を貫通していた。それが、彼の命を救う。
「ええい、何て奴だ!」
 ウェストの練成治療が、萎えかけた鴉の足を寸での所で踏みとどまらせる。
「‥‥やはり、その力は目障りだ」
 ぼそりとアルゲディが呟くと共に、五体の虫が一斉にその甲殻を畳んで飛翔した。
「やらせないって言っただろ!」
 拓人が弾頭矢を放つが、そのダメージを意に介さず虫は飛ぶ。
 緊急と判断したハインは、すかさず閃光手榴弾を取り出す。
「閃光手榴弾、行きますよ!」
 ピンを抜いて投擲されたそれは、アルゲディの足元へと転がった。周囲にいたウェスト、伊織、鴉の三人は目を庇いながら飛び退る。
 青年は投げられたそれを悠々と拾い上げると、少しだけ玩んだ後、つまらなそうに放り投げた。タイムラグがあるとは言え、手榴弾を前に壮絶な胆力と言える。
 結局、飛び退った分だけ能力者に隙が出来てしまった。
 飛翔した虫は計五体。二体が鴉へと体当たりし、傷を負っていた鴉は勢い余って押し倒され、そのまま計十二本の脚で拘束されてしまう。
 伊織へもやはり二体が飛んだ。先程の鴉と同様に甲殻を広げられ、決定打を与えられないうちに狼までもが彼女に飛び掛る。
 最後の一体がウェストへと飛び、同時にアルゲディも駆けた。
「ええい、小癪な‥‥」
 最初に突っ込んできた虫をポリカーボネートで受けるも、勢いのままに密着されてしまう。
 虫はキチキチと鳴き声を上げ、六本の脚で彼へと絡みつく。鋏状に変化していたその脚によって、ウェストは短時間ながらも身動きが取れなくなってしまった。
「ふん‥‥」
 彼の目に忌々しい笑顔を浮かべたアルゲディの姿が映る。
 一瞬の後、白衣の胸元が赤く染まった。

●意地
 崩れ落ちたウェストからアルゲディを引き離さんと、拓人とハインが猛然と射撃する。
 青年はふわりと跳躍すると、その視線を拘束された鴉へと向けた。
 二人の視線が絡み合い、鴉は無表情に迫り来る死を見つめる。
(「‥‥困りました」)
 自らの心臓目掛けて突き出される爪を前に、鴉に浮かんだのは苦笑の表情だった。
 鈍い音がして、彼の体に爪が突き立つ。
 ――だが、その位置は僅かにずれていた。
「それ以上は、私が許しません」
 伊織が虫一体を何とか貫き、開いた隙間からソニックブームでアルゲディへと一撃を見舞っていたのだ。
 自分の体から異物が抜ける感触に、鴉は鳥肌を立てると共にごぽりと血を吐く。
「‥‥良い殺気だ」
 アルゲディは何処か満足そうに、目の前で禍々しい程の青白い光を放つ少女を見据える。
 彼が血の滴る爪を構えると、伊織の周りに居た虫と狼は怯えた様に彼女から離れた。
 にたり、と青年の口が歪められ、真紅の瞳が愉悦に染まっていく。
「くく‥‥くけかかか‥‥かはあっ! あっはははははあははあはははは!」
 哄笑。
 狂った様に笑いながら、アルゲディは無造作に突っ込んでくる。
「道を外れた悪鬼が!」
 伊織の構える鬼蛍が更に赤い輝きを帯び、アルゲディの爪と激突する。
 火花が散るほどに激しくこすれあう二つの武器は、耳障りな金属音を響かせた。
「伊織ちゃん!」
「やらせません!」
 拓人とハインが、それぞれにスキルを発動させて矢と銃弾とを青年に叩き込む。
 同士討ち云々と躊躇できる暇は最早無かった。
「雑魚が‥‥邪魔をするな!」
 水を差されたことに激昂したか、アルゲディは力任せに伊織の刃を弾くと後方の二人へと迫らんとする。
 だが、伊織はさせじと青年の前に回りこむ。
「それ以上は許さない。そう言った筈です」
 突きつけられた鬼蛍に、彼は再びにたりと笑う。
「その殺気‥‥良いな。実に良い。‥‥イオリ、か。覚えたぞ」
「虫唾が走る。今すぐに忘れなさい」
 対峙する二人。睨み合いは一瞬で終わった。
 爪と刃が交錯し、青年の爪は伊織の胸へ、伊織の鬼蛍は青年の左肩へと深々と食い込んでいた。
「‥‥ぅぁ‥‥」
「このまま、抉ってやる」
 口元から血を零す伊織の顔を愛しげに眺めながら、アルゲディが爪に力を込め――彼の背中が爆裂した。
 嫌な音がして伊織の胸から爪が抜ける。
 青年が振り返ると、そこには息も絶え絶えに立ち上がっているウェストの姿があった。
「ふふふ‥‥この無線機が無ければ即死だったね‥‥」
 にやりと笑って見せ、ウェストは白衣の胸ポケットを示す。無残に潰れた無線機がそこにはあった。
 不意に、蛙が潰れた様な声が響いた。
「‥‥トドメを刺さんとは‥‥舐められたものだ‥‥っ!」
 蒼白の顔で、鴉に覆いかぶさっていた虫へ鎌切を突き立てる一千風の姿。
 よくよく見れば、もう一体の虫の腹にも蝉時雨が刺さっている。
「さぁ、これで‥‥ごぶ‥‥六対、四ですよ‥‥?」
 蝉時雨を杖の様にして、漸くというのも憚られる程緩慢に、鴉は立ち上がる。 
 二人のグラップラーは互い同士を支える様にしながらも、その目に萎えぬ戦意を宿していた。
 アルゲディは自身の左肩に食い込んだ鬼蛍を引き抜くと、地面に突き立てる。
 それを合図にしたかの様に、残ったキメラは麓を目指して駆け出した。
 青年もまた、ゆっくりと足を踏み出す。
 その背中に、口元と胸元とを朱に染めた伊織が声を掛ける。
「アルゲディ‥‥その首、いずれ貰い受けます‥‥」
 少しだけ肩を竦めた青年に、今度はウェストが声を掛けた。
「‥‥くく、逃げるの‥‥かね?」
「強がりも、そこまで行けば大したものだ。‥‥少々時間を食いすぎた。この場は見逃してやる」
 そう言ってウェストの脇を通り抜けるアルゲディの前に、一千風と鴉が立ち塞がる。
 立っているのが奇跡的とすら思える二人を一瞥すると、青年は何も言わず素通りする。
「逃げるなら‥‥仕方無いですね‥‥」
「ああ‥‥まったく、腰抜け‥‥だ‥‥」
 ほぼ同時に、四人が意識を失う。
「ウェスト君、伊織ちゃん、一千風ちゃん、鴉君!」
「拓人様、応急手当を! 私はすぐに衛生兵を呼んで来ます!」
 ハインが司令部へと駆け、拓人が慌てた様に四人を何とか止血する。
 その後駆けつけた衛生兵によって、野戦病院へと四人は搬送されたのだった。