タイトル:ある日の夕涼みマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/21 04:19

●オープニング本文


「あー‥‥本部は涼しいな。生き返るぜ」
「まったくだ」
 UPC本部ロビーの一角、待合室のような場所は今日も盛況だ。
 夏の日差しがこれでもかと照りつける屋外は、能力者といえど余り長居したくは無い。
 一部の人間にとっては、紫外線はある意味でバグア以上の敵である。
「依頼、どうする?」
 折角本部にいるのだからと、一人が映し出される依頼をぼーっと眺める。
「‥‥今日は暑いなぁ」
 そんなやる気の欠片から目を背けるように、別の能力者が呟いた。
 うんうん、と何人かも同意を示すように頷く。
「そんな君たちにぴったりの依頼があるぞ」
 唐突に背後からかけられた声に、幾人かの能力者がびくりと反応する。
 振り向いた先には、にっこりと笑顔のメアリー=フィオール(gz0089)。
「幼稚園で夕涼み会が催されるそうだ。その手伝いで、何人か募集している」
 彼らの反応などお構い無しに、メアリーは説明を開始する。
 実に自然な動作で渡された資料を何となく受け取ってしまった能力者たちは、顔を見合わせて苦笑いをするのだった。
「幼い子供相手だ。万が一にも怪我などさせないようにな。ついでに、そこの園児たちから活力を分けてもらうと良い」
 夏バテ予防には良い薬かも知れんぞ?
 冗談めかせてメアリーは笑った。

●参加者一覧

リディス(ga0022
28歳・♀・PN
篠原 悠(ga1826
20歳・♀・EP
シーク・パロット(ga6306
22歳・♂・FT
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
鴉(gb0616
22歳・♂・PN
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
鬼道・麗那(gb1939
16歳・♀・HD
ヨグ=ニグラス(gb1949
15歳・♂・HD

●リプレイ本文

●子供たちは待ちきれない
 夕涼み会当日の朝を迎えた。
 夏休み中の園舎は、朝という時間もあり静まり返っている。
 そんな園舎の一部屋で、ヨグ=ニグラス(gb1949)が調理器具と格闘していた。
「ふふふ。プリン。このプリンは違うですよっ!」
 目に闘志を宿しながら作っているのは、言葉通りにプリンのようだ。
 気合も腕も十分。
 だが、惜しむらくは人手がやや足りないように思われた。
 先生に手伝いを頼めればよかったのだが、夕涼み会当日ということもあって、どの先生も仕事に追われている。
 数を準備するには、少しばかり心細い。
 よぎった不安を振り払うように、ヨグは力強く泡だて器を握りなおした。
「私にできることはあるかしら?」
 そんな彼の肩を、いつの間にか部屋に入ってきたリディス(ga0022)が叩く。
 ヨグはプリンを作るらしい、とメアリー=フィオール(gz0089)から聞いた彼女は、用意は大変だろうと助っ人を買って出たのだ。
 思わぬ援軍に目を輝かせるヨグ。
 この分ならば、良いプリンが出来上がるだろう。

 開始の時間が迫るが、この季節の太陽はまだそれ程傾いてはいない。
 オレンジの光が混じり始めたかどうか、といった時間にも関わらず、幼稚園には待ちきれない様子の子供たちが集まっていた。
 どの子も浴衣を着ておめかしをしているのだが、それで大人しくする子は一人もいない。
 帰った後、泥だらけの浴衣を見た親の苦笑する様が透けて見えるようだ。
「ほらほら、あんまりはしゃぐと夕涼み会の前に疲れちゃうわよ?」
 きゃっきゃと子供たちにじゃれ付かれながら、風代 律子(ga7966)がその頭を撫でて言う。
 用意の良いことに、彼女は水鉄砲にビーチボールなどを持ち込んできていた。
 夕涼み会前でテンションの上がっている園児たちにとっては、格好の遊び道具だろう。
 水飛沫が傾きかけた日を反射してキラキラと光り、髪の毛を濡らした子供がお返しとばかりにボールを放る。
 フルスロットルで遊びまわる子供たちを前に、律子は手を腰に当てて困ったように笑う。
「まったく‥‥元気ね」
 その台詞とは裏腹に、言葉の端には微笑ましげな調子が聞いて取れた。
 そんな様子を眺めながら、篠原 悠(ga1826)はぼんやりとベンチに座っている。
 時折悩ましげなため息をつく彼女の表情は、恋する乙女のそれだ。
 ふと視線を落とした悠の足元に、ビーチボールがてんてんと転がってくる。
 何とはなしにそれを取り上げると、耳に飛び込んでくるのは忙しない足音。
「ありがとー!」
「うん、どういたしまして」
 ボールを受け取った男の子は心底楽しそうな笑顔でお礼を言う。
 釣られるように、悠の顔も自然と綻んでいた。
「うちも、遊びに混ぜてもらってええかな?」
「え〜、どうしよっかな〜?」
 途端に悪戯っ子の表情になる男の子に、悠は思わず吹き出してしまう。 
「意地悪言う子はお仕置きよ〜?」
 と、男の子の頭に水鉄砲が発射される。
 きゃっと振り返った先には、水鉄砲を手にポーズを決めた律子の姿。
 蛍の描かれた浴衣が風にはためいて、中々粋な構図となっている。
 おー、という子供たちの歓声にやや得意げだ。
「皆仲良く。ね?」
「はーい。じゃあ、おねーちゃんもこっちきてね!」
 返事もそこそこに駆け出した男の子の後姿に、悠はよしっと立ち上がる。
 淡い山吹色に浮かぶ朝顔が印象的な浴衣が、立ち上がった拍子にひらりと舞った。 

●祭りの時間
 時刻は午後五時。
 園長先生の放送を合図に、夕涼み会が始まった。
「こんばんは。シロップはどれがいいかな?」
 鴉(gb0616)がカキ氷屋を切り盛りしていると、一人の園児がじーっと彼の顔を見つめていることに気付いた。
 どうしたの、と聞こうとした瞬間、辺りに響く園児の声。
「かたぐるまのにーちゃんだ!」
「か、肩車‥‥」
 妙な覚え方をされたものだと内心苦笑しながらも、鴉は嬉しそうだ。
 以前にスライム退治でここを訪れていた彼にとっては、形はどうであれ、子供たちに覚えられていたことは喜ばしいことだろう。
 かたぐるまのにーちゃん、という言葉に反応したのか、いつの間にか数人の子供が集まってきた。
「ほんとだ! からすだ!」
「またかたぐるまー!」
 名前まで覚えていた子もいたようで、鴉は胸の中が温かくなるような気持ちになっていた。
 一緒にカキ氷を担当していた先生が気を利かせて、そっと彼の肩を叩く。
 ありがとうございます、と目礼を返し、鴉は子供たちの輪の中に加わる。
「よし、じゃあ順番に肩車だぞ」
 歓声を上げて飛びつく子供たちに、結局肩車一人、両腕に一人ずつの計三人を抱えながら鴉は歩き出す。
 乗りそびれた子供が、あのやきそばやさんまで、と交代条件をつけた。
「いらっしゃーい」
 たどり着いた焼きそば屋では、鬼道・麗那(gb1939)、霧島 和哉(gb1893)、ヨグの三人がじゅうじゅうと音を立てて焼きそばを作っている。
 ドラグーンである三人はカンパネラ学園所属であり、「闇の生徒会」なる組織を立ち上げて学園の支配を目論んでいる‥‥らしい。
 麗那はその中心人物であり、さしずめ「闇の生徒会長」と言ったところだろうか。
「お姉さんは鬼道麗那。仇名は『姉様』、宜しくね〜」
 手際よくそばをかき混ぜながら、彼女は園児たちに自己紹介をした。
 ねえさま? と確かめるように何人かの子供が呟く。
「ふっふっふ。さぁ、誰かチャレンジ焼きそばに挑戦するですよ」
 香ばしい焼きそばの匂いに空きっ腹を刺激された子供たちを前に、ヨグが不敵な笑みを浮かべる。
「人参とかが入ってるのです。その代わり、全部食べたらプリンをあげるのですっ!」
 プリンという単語に、一人の子供が勢い良く手を上げた。
「チャレンジ焼きそば一丁〜‥‥」 
 それを受けて、和哉が紙のお皿に焼きそばを盛り付ける。
 出来たての焼きそばは実に食欲をそそる。人参、ピーマン、タマネギと少々子供には不人気の野菜が細かく刻まれて入っているが、この香りを前にしては些細な問題のようだ。
 恐る恐る一口、その後はまさにぺろりと平らげる勢いで見事完食。
「頑張ったわね」
「おめでとう‥‥」
 麗那が頭を撫でながらねぎらえば、和哉が景品のプリンを手渡す。
 待ってましたとばかりにその子が食べ出したのを見計らって、ヨグが種明かしをするように胸をそらした。
「その特製のプリンにも‥‥人参が入っているのです!」
 ぴたりと、スプーンの動きが止まる。
 言われて見れば、プリンにしてはその色はややオレンジがかっていた。
 だが、その静止も一瞬だ。
「おいしー!」
 残りの分も一気にかきこんで、破顔一笑。
 その子に後押しされたかのように、次々と他の子たちも挙手を始める。
 チャレンジ焼きそばが大盛況となる中、笑ってその様子を見ていた鴉に麗那が近付く。
 その手には大盛りの焼きそば。
「鴉さんには、これです」
「受けて立ちましょう」
 自信ありげに受け取った焼きそばには、園児たちのものに加えてトマトやナスの姿が見える。
 ヘルシーそうで良いじゃないか、と気楽に口に入れた鴉だったが、一瞬遅れて鼻に突き抜ける刺激。
「〜っ!?」
 予想外の事態に、声にならない呻きを上げてしゃがみこんでしまう鴉。
 だらしないわねぇ、と勘違いした麗那とヨグが園児たちと一緒にけらけらと笑った。
 その後ろには、ねり山葵のチューブを持ってにっこりと微笑む和哉の姿があったとか無かったとか。

 所変わって、ここはお化け屋敷。
 シーク・パロット(ga6306)が精魂込めて作り上げたハリボテの数々が、幼稚園の一室とは思えない雰囲気をかもし出している。
 出てくるお化けは唐傘やぬりかべなど、どこと無く愛嬌のあるものだ。
「もう大丈夫よ」
 といっても、やはり怖いものは怖いのだろう。中には泣いてしまう子供もいた。
 付き添いで一緒に入っていたリディスは、えぐえぐと嗚咽を漏らす園児の頭を優しく撫でた。
 実は彼女もお化け屋敷製作には一枚噛んでいた。
 といっても、それはセットの突起を無くす作業である。
 万が一にも転ぶ子供が出ないように配置されたセットであるが、リディスの配慮で安全性は極めて高くなったといえるだろう。
「いやぁぁぁぁぁ!?」
 と、情けない悲鳴が響いた。
 子供たちの誘いを断りきれずにお化け屋敷に入ってしまった悠が、思わず上げてしまった悲鳴のようだ。
 涙目の彼女を心配そうに気遣う子供、という構図は何処と無く微笑ましいものがある。
「にゃー!」
 打って変わって、本物の猫が威嚇するような声が響いた。
 弾かれるように出口から飛び出す一人の男の子。
 彼はお化け屋敷で、怖いものなど無いかのように大胆不敵であったため、屋敷の主に目をつけられてしまったのだ。
 その主‥‥白い化け猫の衣装を脱いだシークが、狙い通りの結果にほくそえんだ。
 他の装束とは違い、明らかに「怖さ」にこだわったリアリティのある造りは、彼のお化け屋敷への意気込みを感じずにはいられない。
 ただ、その一番の特徴ともいえる牙は、リディスの手によって丸く削られていたのだが。

 もうすぐ花火が始まる時間となった。
 本来ならばそれ以外に特別なイベントは無かったのだが、焼きそばを作っていた闇の生徒会の面々によって密かに準備されていたものがあった。
 「闇生音頭」と題されたそれは、要するに盆踊りである。
 残念ながらヨグが提案した歌詞は却下されてしまったが、振り付けまで考えてきた麗那たちの熱意に幼稚園の先生も感じるものがあったのだろう。
「さぁみんな! 子供踊りが始まるよ!」
 麗那の号令に合わせて、スピーカーから軽快な音楽が流れ始める。
 何だろうと不思議そうだった子供たちも、音楽に合わせて和哉とヨグが踊っているのを目にし、見よう見まねで一人二人と踊り出す。
 そうなってしまえば、後は早いものだ。
 我も我もと、次々に踊りの輪へと参加していく。
「はいはい、ちょっとだけ待ってね」
 つい今までキムチ焼きそばを食べていた子供が、踊りに加わらんと走りかけた。
 律子はそれを少しだけ制止すると、持っていたハンカチでその子の口の周りを拭う。
「よし、綺麗になった。怪我をしないようにね」
「楽しいイベントを考えてくれていたのですね」
 そんな彼女に、横からリディスが話しかけた。
 そうね、と律子も笑顔で頷く。
「後で、あの子達の頭も撫でてあげましょう」
 言いながら律子が踊りの中心に目を向けると、そこにはヨグの姿しかない。
 不思議に思って少し周囲を見回せば、和哉はいつの間にか少し離れた場所で踊っている。
 やり手ね、とリディスは感心したように息をついた。 

●おやすみなさい
 踊りが終わった後は、残すものは花火のみだ。
 もっとも、市販のやや豪華な据え置き式花火をいくつか使う程度で、それ程規模は大きくない。
 先生たちがいそいそとその準備をする中、辺りはちょっとした小休止の様を見せていた。
 シークがお化け屋敷で泣いてしまった子供たちと一緒にカキ氷を食べている。
 そのすぐ傍では、鴉が子供たちを肩や腕に乗せて遊んであげている。人間ジャングルジム、とでもいえそうな姿だ。
 リディスと律子は、それぞれに引率の先生といった感じで子供たちに囲まれている。
 活力に満ちた子供たちに振り回されるような形だが、二人の表情は実に穏やかだ。
 盆踊りを終えたドラグーン三人組は、再び焼きそば屋を切り盛りしている。踊りの効果なのか、お客の数は増えたようだ。
 ふと、穏やかなギターの音色が聞こえてくる。
 見れば、園舎の片隅によりかかった悠が曲を奏でていた。
 それに気づいた子供たちが数人、彼女の周りに集まった。小さな拍手が響き、次いで飛ぶのはリクエストの声。
 僕が、いや私の。少しばかり白熱したリクエスト合戦に、悠が笑って仲裁に入る。
「折角楽しい時間やのに、喧嘩したら楽しくなくなっちゃうよ〜?」
 そんなタイミングを見計らったように、空に小さな花が咲いた。
「きれーい」
 きゃっきゃとはしゃぎはじめる子供たち。
 舞い散る火花の輝きに、ギターのBGMが加わった。
「よし、じゃあ交代だ」
 鴉の肩車という特等席で花火を見たい、という子供は多い。
 能力者の体力を駆使して、一度に二人を肩に乗せてあげてはいるものの、一人当たりの時間は短くならざるを得なかった。
 それでも、子供たちが交代という言葉に素直に従っているのは、鴉が分け隔てなく彼らと接しようとする気持ちに気づいていたからなのかもしれない。
 同じように肩車をしているのは律子だ。
 体格の関係で彼女は一人ずつしか肩に乗せてあげられないが、それでも全員を乗せようと自らに喝を入れている。
 確かに疲れはするが、喜ぶ子供たちの表情が疲労を忘れさせている、と二人は感じていた。

 二時間はあっという間に過ぎ去った。
 体力を使い果たしたのか、早くも眠ってしまいそうな子供もいる。
 親御さんが三々五々に迎えにきはじめ、徐々に園児たちの姿も減っていく。
 だが、例外なく子供たちは能力者との別れを惜しんでいるようで、千切れんばかりに手を振る子もいれば、中には泣いてしまうような子さえいた。

「‥‥あの子達の未来は、必ず守ります」
「はい、必ず!」
 笑顔で手を振り返しながらリディスが決意を新たにすれば、麗那が力強く返事をする。
「幸せに暮らして欲しい‥‥ね」
「そのためにも頑張るのですよっ」
 和哉が帰っていく親子の背を見つめ、遠い目で希望を口にした。
 元気に相槌を打つヨグと視線を交わし、笑って頷きあう。
 更に麗那も交えて、決意のハイタッチ。
 その様子に、リディスは一度は諦めた自らの夢が胸中に再来していることに気付いた。

「うん。元気、貰えたかな。大丈夫、うちは頑張れる」
「その意気なのですよ」
 夕涼み前に比べ、軽くなった心を自覚して悠は微笑んだ。
 彼女の疲れをうっすらと感じていたシークは、ほっと安堵の表情を浮かべる。
「平和で‥‥貴重な一日でした」
「明日からの糧にするには十分、いえ、お釣りが来るわね」
 肩を解しながら、鴉と律子は再び始まる戦いの気配に身を引き締めた。
 子供たちと触れたことで、想いも新たに一歩を踏み出せるだろう。
 そしてその一歩は、彼らの中で大きな意味を持つに違いない。



 バグアとの戦いは、より激しさを増しつつある。
 あるいは、こうした安らぎの機会は二度と得られないのかもしれない。
 だとしても、今日だけは穏やかな夢を――。

 おやすみなさい。