●リプレイ本文
五島列島。
九州西部に位置し、福江島、久賀島、奈留島、若松島、中通島の5つの島を中心に、大小140もの島からなる領域を示す。
古来より多くのカトリック教会があるのも特徴の一つであり、手付かずの自然が特徴の穏やかな島である。
ダイビングスポットとしても人気のある場所のひとつで、総勢13名の傭兵達は島へやってきた理由もダイビングツアー参加の為であった。
ちなみに、ダイビング経験者は傭兵ではUNKNOWN(
ga4276)とシャレム・グラン(
ga6298)とアンドレアス・ラーセン(
ga6523)の3名のみだった。
そのため移動用の高速艇内で簡単なレクチャーがなされる事になったのは自然な流れだろうか、最初は添乗員を務める中島が行う予定であったが、真夏だというのにフロックコートに長袖を羽織ったUNKNOWNが妙に乗り気に説明を始めたので完全に任せてしまう事にする。
中島は完全に任せてはいたが、説明に間違いがあると困るので注意して彼の発言を聞き、他の傭兵たちが聞き逃していないかを目線で確認する。
「というわけで、呼吸するレギュレータがこれでバディにエアー供給が必要になったりレギュレータが万一壊れた場合に使用するのがこのオクトパスだな」
紫煙をくゆらせつつ、UNKNOWNは機材の一部、特に重要なエアータンクに取り付ける呼吸系を示す。
彼の示すオクトパスを見たアルヴァイム(
ga5051)とキョーコ・クルック(
ga4770)は顔を見合わせる。呼吸系に予備があるのならキョーコの夫である霧島 亜夜(
ga3511)に隠してこっそりと計画した「らぶらぶ大作戦」に支障が出るからだ。ちなみに何故かアルヴァイムは黒子装束を纏っている。
‥‥傭兵には変な服装を好む人間が多いのだろうか。
「レギュレータを使う上で覚えているべきなのが呼吸法、だったかな」
10代の頃の経験を思い出しながらアンドレアスが口を開く。
「そうですね、ふっふっはーのラマーズ法とはまた違うけど、感じとしては深呼吸一歩手前って所でしょうか。人間普段は鼻で呼吸してるけど口呼吸をする必要があるってのがポイントですね」
「鼻で呼吸するとゴーグルが曇るから、な‥‥それと呼吸が速いとそれだけエアーの消費も早くなるというのもポイントだ」
アンドレアスの言葉を中島とUNKNOWNが補足する。
「後覚えるのが必要なのはハンドサインと耳抜きのコツくらいですわね‥‥耳抜きはナイトフォーゲルに搭乗訓練の確か最初の頃に習いましたかしら?」
ちなみにナイトフォーゲルは通常の戦闘機同様コクピット内の気圧は一定に抑えられているが、キャノピーの損傷などで急減圧が生じた際に耳抜きが出来ないと耳に激しい痛みや意識の喪失といった症状が発生する、そのため万一の状況で身を守るために必要な技術だからだ。
コツとしては鼻を摘んで唾を飲み込むというのが一般的だろうか。慣れてくると唾を飲み込んだり手を使う必要もなくなるのだが。
とりあえず、傭兵であれば習得しているべき技能の一つであるため、この場の全員が耳抜きに関しては一通り可能である
「ハンドサインに関してはこんなところ、か?」
UNKNOWNは自身の指でハンドサインを形作る、OKのサインは親指と人差し指で丸を作る俗に言うOKサイン。親指だけを突き出すサインは方向のサイン。エアー残量が少なくなった場合のサインなど。
一通りのハンドサインを示し、傭兵達はメモを取ったり自身の手で動きを再現してみたりと確認に余念は無い。
島へと到着した傭兵達は早速高速輸送艇を降りる。
真夏の太陽が照らすのは砂浜と青い海、そして幾つかのボート。
「素潜り程度なら経験はありますが、ちゃんとしたダイビングは初めてです。蒼の世界、とっても楽しみですね‥‥!」
「水に潜るのが好きなので。が、海には潜ったことが依頼で一回あった程度なので‥‥今回は非常に楽しみです」
不知火真琴(
ga7201)とオリガ(
ga4562)はうきうきとした様子でこれから行うダイビングに期待感を膨らませていた。
エレナ・クルック(
ga4247)はUNKNOWNの傍を離れる気は無いようだが、さすがに水着に着替える所までついていく訳にも行かないので、更衣室前で別れる。
各々スキューバダイビング用のウェットスーツに身を包みボートエントリーの為に船に乗り込む。
「アスさん、今日はよろしくお願いしますです。楽しい時間を過ごしましょうねっ」
「10代の頃以来だけど、楽しみだぜ♪ 今回はよろしくなッ」
レーゲン・シュナイダー(
ga4458)はアンドレアスに100%の笑顔を向ける。彼女とアンドレアスは友人という間柄である。
決行予定をしたらぶらぶ大作戦に関してアルヴァイムとキョーコは話し合い、オクトパスの関係で不可能となったので延期する事を決めた。
アルヴァイムはさすがにウェットスーツを着てまでは黒子装束ではなかったが、地味が矜持の彼としては既に黒子装束を人前で堂々と着ること自体が地味とはいえない気がするのだが、そこはどうでもいいかもしれない。
彼とペアを組む事になったのは人数が不足した関係で中島である。
「海か? あんまりちゃんと、潜った事は、ねえな? 道具無しの素潜りは、たまに、やるが?」
「まぁ、普通はあんまり潜りませんからね」
神無月 翡翠(
ga0238)はペアを組むことになったシャレム・グラン(
ga6298)に声をかける。眼鏡っ娘である彼女だが、同じく眼鏡装備のレーゲンに対して少し萌えていた。そのためやや返事がおざなりになったのは仕方のないことかも知れない。
「海で潜るのははじめてです〜‥‥わわっ」
「おっと」
UNKNOWNとペアを組む事になったエレナはエアータンクを背負って立ち上がろうとして転びそうになる。かつてはアルミニウム製の軽量なものも用いられていたが、現状はスチール製が主流で今回用いるエアータンクもスチールでかなりの重量がある。
常人より能力面で強化された能力者といえど、初めて経験するものにとってはなかなかに重くバランスを取りづらい。
同様に予想外の重量で転びそうになったのは月森 花(
ga0053)である。ペアを組む依神 隼瀬(gb2741)に支えられる事で何とかバランスを取ることに成功する。
「き、機材が重い‥‥」
ちなみに月森は愛用のくまのぬいぐるみにおそろいのウェットスーツを着せシュノーケルを身につけさせて持ち込んでいた。海中まで持っていくつもりのようである。万一手放すことのないように
特に重要なBCDと呼ばれる浮力調節装置、レギュレータ、エアータンクに問題がない事を全員が確認し、次々とボートから海中へとエントリを開始する。
慣れた人間にとってはBCDを用いて中性浮力を調節する事はそれほど苦労する事でもないが、初心者が多いためきちんと時間を取り全員が中性浮力を得た所で海中散歩を開始する。
ちなみに中性浮力とは「浮かび上がらず、沈まず」のバランスを取った浮力の事だ。これをする事で水中での移動を容易にする。
コースは当初はUNKNOWNが3回のエントリを想定していたが、経費やその他の事情を含めて1度のエントリに収める事にした。初心者が多いため最も深く潜っても10〜15m程度とさほど深い領域に行く事はないのでエアーも遊びとしては充分に持つ。深度を深くすれば水圧の影響でそれだけエアーが持つ時間はなくなるが、10〜15mなら少なくとも40分前後のダイブが可能だ。
「すげー、魚がいっぱいだぜ!」
水中では会話する事は出来ないため、各ボードを使用した筆談を行う形となる。霧島は早速ボードを活用してキョーコに感想を送る。彼は水族館が大好きで、水族館よりさらに多くの魚を見れる事に少し興奮していた。
船内では霧島と腕を組んだり、己の豊かな胸を押し当てて彼を赤くさせたりといった行動で楽しんでいたキョーコだが、今はしっかりと手を結び、水中散歩を楽しむ。
時折カメラで魚や水中の風景を取ったりもするが、どちらかというと霧島を対象とした撮影が多い。
エレナは海中に潜った際に、つい周囲の風景に気を取られてレギュレータを口から放してしまう。
慌ててエアータンクから繋がるホースを手繰り、口に咥えてからレギュレータ中心を押し込む。空気が放出され、それによってレギュレータ内に入り込んだ海水が押し出され呼吸が可能となる。舌に若干塩辛い海水の味を感じたのは仕方のないことである。
きょろきょろとエレナはペアであるUNKNWONの姿を探す。
ダイビング中はゴーグルやレギュレータでさながらガスマスクをつけたように顔を見てのお互いの識別は困難にはなるが、近づけば充分に分かるレベルだ。ウェットスーツのカラーリングも目印の一つになる。
「私がいる。安心したまえ」
UNKNWONはボードを利用してエレナを落ち着かせる。
そのメッセージにエレナは頷くとUNKNOWNと共にゆっくりと海中を進み始めた。
レーゲンははしゃぎながらカメラをあちこちに向ける。珊瑚礁や近くを通りかかった魚がその対象だ。水中写真撮影にはちょっとしたコツが必要だがそれらは機内の講習でしっかりと聞いていたので問題はない。
ペアを組むアンドレアスははしゃぐレーゲンを見失わないように注意をしながら泳ぐ。
上下感覚の喪失などを懸念してはいたが、深度的には水深15m程度の浅い海域だ。珊瑚も見えるし上を向けば陽光も見える。まず現在地や上下感覚を失うことはない。
アンドレアス自身もはしゃぐレーゲンの姿をファインダーに納める。
「いや、旦那が欲しがると思ってな?」
ストロボの光に気づいて振り向くレーゲンに、アンドレアスはボードに文字を書いて示した。
アンドレアスやレーゲン共通の友人である、不知火とオリガのペアも彼らのすぐ傍で写真撮影に興じていた。
お互いに写真を取り合う事は勿論、二人一緒に撮影するために腕を伸ばして一緒に映ったりとカメラのフィルム残量が心配になるくらいのはしゃぎっぷりだ。
「こういう時間も良いものですね」
ボードに書いた言葉を不知火に向ける。口元はレギュレータで見えないがオリガ自身は微笑んでいた。その言葉に不知火も頷く。
月森は水中に入ったら背中を海底に向ける。
姿勢的には仰向けが一番近いだろうか、その状態で海中を漂いながら水面を見上げる。魚の視点からの水上の世界だ。水面から差し込む陽光が、波に揺れ幻想的な光景を見せている。
プールに行けばこれと似た光景を見ることも出来るが、長時間眺める事ができるのは呼吸の関係でスキューバくらいのものだ。
呼吸の度に排出される泡がぽこぽこと上がっていく
神無月とペアを組んだシャレムは、特に何も考えず海中をゆらゆらと漂う。
(「はぁ‥‥素敵‥‥母なる水の星に体を委ねる心地よさは何物にも代えがたいですわ」)
そんな事を思いながら、ペアである神無月に目を向ける。
神無月はそれなりに運動神経はあると自負しているが、スキューバダイビングに関してはスポーツに分類されているもの運動神経はそれほど関係ない。重要なのは運動神経よりも知識だ。
彼自身スキューバダイビングの経験は初めての為、説明はしっかり受けている。
そして彼もまた、水中写真を撮る事に熱中していた。スズメダイやベラといった熱帯魚に加え、海底ではサンゴの上でイセエビがその長い触角をゆらゆらと揺らしている。
ちなみにダイビング中にそうした生き物をお持ち帰りするのは厳禁である。密漁になってしまうからだ
中島と組んだアルヴァイムだが、らぶらぶ大作戦の実施面で問題があり、急遽中止となった為に素直に楽しむ事とした。
彼と霧島は素潜りでどれくらい能力者が潜れるのかの実験をしたがっていたが、とりあえずそうした事はダイビングが終わった後、海水浴場に寄った後でやって欲しいとの中島の言葉に頷いていた。
アルヴァイムはふと視界の端をゆっくりと移動する影を見つけて中島の袖をつつき、影の方向を指し示す。
影はマダラエイだった。尻尾の先に毒があり、やや危険な魚ではあるがこちらから手を出したりしない限りは向こうから攻撃するような事はない。
中島は脚に取り付けたダイビング用ナイフを抜くと、ボンベをカツンと叩く。水中では声は出せないものの音の伝播率は高い、全員の視線が集まったことを確認するとボードに「マダラエイ」と書き方向を示す。
レンタルの水中カメラを含め、カメラを持つ人が集まりぱしゃりと写真を撮る。
ゆっくりと近づけば魚に接近する事はそう困難ではない、驚かせないようにする事が重要なのである。
大物のマダラエイと遭遇できてレーゲンは嬉しそうだが、彼女の本命はハナヒゲウツボにであり、いまだ遭遇しては居ない。ハナヒゲウツボはウツボの中ではダイバーに最も人気がある種である。体色がとても鮮やかな色をしており、鼻先や背びれが黄色で体は青をしているのが特徴といえる。
メスは全体の体色が黄色になるが、観察例が少なく遭遇できる可能性は非常に稀だ。
月森がマダラエイの尻尾に気をつけながらゆっくりと近づきファインダーに収める。
他の傭兵達も月森と同じように近づこうとしたが、何かに気づいたのかマダラエイは身を翻すと泳ぎ去っていく。月森が慌てて追いかけるが、魚にとってのホームグラウンドである水中では追いつく事は困難だ。
すぐに引き離されてしまい皆の所に戻る。
ダイビング時間も残り少なくなってきた頃、霧島にちょっとした悪戯心が芽生えた。
ゆっくりと妻であるキョーコに近づき、その場で抱きつく。
慌てたキョーコが思わずレギュレータを吐き出し、空気も共に吐き出した所で口付けを行い、自身の空気を送り込む。ちょっと塩の味がするキスだ。
神無月は慣れてきたのか、フィンを巧みに操り魚の群れに追従しながら写真を撮っていく。シャレムもまたその動きについていきながら、時折エアー残量を確認する事も忘れない。
「そちらを見るといい」
UNKNOWNは共に泳ぐエレナにボードを見せると、指先を水中の1点へと向ける。
そこには無数の熱帯魚が群れを作っていた。
瞳を輝かせてエレナはゆっくりと近づくと、その光景をじっと見つめる。人間が普段の生活で目にする事が困難な光景にエレナは心を打たれていた。
月森もまた海中に大分体が慣れてきた所で、魚の向けに近づくと指をこすり合わせる。指のこすれる音に興味を引かれた魚達が月森の周りに集まってくる。
そんな魚達の写真をカメラで撮り戯れる月森を見失わないよう依神はじっと見つめていた。
一面の青の世界にアンドレアスは心の傷が少し癒されるのを感じていた。最近いろいろあって少し精神的なダメージを受けていたアンドレアスだが、周囲を包む水がやさしく彼を抱きしめているかのような安堵感を覚えていた。
ふと視線を向けると、砂地の隙間からひょこりとハナヒゲウツボが姿を現す所だった。
レーゲンを探すと彼女は別の方向を向いていてハナヒゲウツボには気づいていないようだ。彼女に合図を送ってハナヒゲウツボの方向を示すアンドレアス。
黄色のひらひらと青い色にレーゲンのテンションは急上昇する。
「わぁあ‥‥! 本物です! 図鑑と同じです、綺麗なのですっ」
ボードにそう書き込んでアンドレアスに見せた後、レーゲンはハナヒゲウツボが逃げないうちにばしばしと写真を撮りまくる。前半は少し遠慮していたが、今はフィルム残量をまったく気にしていなかった。
そうして1時間ほどのダイビングは終わりを告げた。
ボードで浜に戻る途中、少し冷えていた体を温めるため持参してきたポットセットでコーヒと牛乳を混ぜたカフェオレを作りレーゲンは今日ペアを組んでくれたアンドレアスと半分こにしてゆっくりと飲む。
UNKNOWNも体を冷やさないようにと飲みものを用意していたが、持ってきていたのはアルコール度数99%を誇るロシアのお酒、ズブロフだった。確かに体を冷えは感じなくなるだろう。
「あんのんお兄様も‥‥コーヒー‥‥いかがですか?」
「うむ、もらおう。いい香りだな」
そんな彼に対してエレナは顔を紅潮させながらキリマンジャロ・コーヒーを差し出す。バグア襲来以降生産が完全にストップし、今では幻の一品と化した高級品である。
他の者に対しては普通のコーヒーを手渡す、これも北米産の豆も利用した高級品ではあるが。
「私が前に潜った時はこんな事があってな‥‥‥‥」
UNKNWONは浜へと戻る間、自身が以前経験したダイビングの体験談を話し、参加者を楽しませる事も忘れない。彼としては皆を楽しませるのも目的の一つだ。
浜に戻ったアルヴァイムと霧島は早速能力者としての自身の能力を試すため、海中へと飛び込む。
アルヴァイムは自身のSASウォッチで時間の計測を行うが霧島はキョーコに時間の計測を頼む。
霧島はどれだけの時間息を止められるかに挑戦したが、1分程度で限界となり水面に顔を出す。呼吸を止めていられる時間は覚醒しても非能力者と同程度なようだ。訓練した人間は5分以上息を止めて活動する事ができるが、霧島はそうした訓練は受けていない。
更に疾風脚を使用してみる。脚の筋肉が一時的に強化されるのに伴い、水中での移動力も向上する、瞬天速でも同様の結果となる。
「とはいえ水中ではSES武器は使えないからあんまり意味無いかな?」
大気中の水素をそのエネルギー源とするSES武器は水中での使用は考慮されていない。雨に濡れる事くらいは充分に考慮されているが、水没させる事は考慮外のため場合によっては破損する可能性も否定は出来ない。
アルヴァイムは単純に耐久テストとして覚醒した場合に素潜りでどの程度潜れるのか試していた。覚醒によって能力値が向上するために普段より素早く深く潜る事はできたが、やはり息が続かない。
特別な訓練を積んでいない限り、水中での能力者の能力は訓練を積んだ一般人程度になるようだ。
もっとも能力者の武器であるSES兵器の特性上、能力者には水中戦闘は求められていない。バグア側も水中用キメラなどはある程度生産しているが、その比率は陸戦に比べると少なく、現状は超大型級が大半で水中用KVで対処するのが基本となっている。
ダイビングが終わると傭兵達は手近なスペースで酒盛りを始めた。
アルコールを命の水と言い切るオリガは初めてのダイビングの興奮もあり、普段は自制しつつ飲むのだが完全に自制する気は無いようだ。
持ち込んだウォッカをかぱかぱと開けていく。
レーゲンは黒ビキニブーメランのUNKNOWNに持ってきたワインを薦めたりしていたが、ウオッカの林檎ジュース割りや甘酒を飲むうちに完全に酔いが回ったのか、性別問わず仲の良い友人に抱きついていく。
酔っ払うと抱きつき癖が出る彼女は仲良しさんにはハグしたいのだ。
UNKNOWNにレーゲンが抱きついたとき、彼の傍にいたエレナが無言で暗黒オーラを放つ。言語化するとゴゴゴゴゴゴといった感じだろうか。
「あんまり飲みすぎるなよ?」
神無月がその様子に苦笑して酒盛りをする人間に忠告してから一人浜を見つめる。
何を考えているかその様子からは読み取れないが、あるいは単純にぼーっとしているだけかもしれない。海というのは見ていてもなかなか飽きないものだ。
「今日は楽しかったー!」
「楽しめたようでなによりです」
月森が輪の中で声をあげる、初めての経験だったが普段は出来ない色々な経験ができたのは良い事だろう。企画した中島も彼女の様子に笑みを浮かべる。
「楽しかったか?」
「そうですね、私も楽しかったです」
アンドレアスが不知火へと尋ねる。先日振られてしまったために口調はややぎこちないが今後は友人として付き合っていこうと決意していた。不知火も同様に彼に気を使わせることの無い様、以前の関係と同じように努力して笑みを浮かべる。
今はまだお互いぎこちないが、それは時が解決する事だろう。
そんな様子を眺めていたレーゲンとオリガだが、心配することは無さそうだと判断して次々と酒のコップを開けていく。
「疲れてるだろうし、飲みすぎんじゃねぇぞ、酒の女神ども」
そんなアンドレアスの忠告も聞くそぶりはない、このままでは酔っ払い集団の出来上がりだ。そういう彼自身も缶ビールの山を築いていたりするが。
「帰る時、機内で吐かないようお願いしますね」
眼鏡っ子萌えのシャレムは、自身を除くと今回唯一の眼鏡装着者であるレーゲンに萌えつつ、酒飲みの集団へと注意を促す。
高速輸送艇は一般の旅客機よりは機体が小さいため、それなりに揺れるからだ。
「‥‥どうだったかね? 海の中というのも、刺激的な世界だっただろう」
「あ、えっと‥‥は、はい」
UNKNWONは傍に居るエレナに声をかける、何てことの無い言葉だが、声をかけられた方は心臓を跳ねさせると顔を赤くして慌てて回答する。
そんな彼女の頭にぽんと手を置くと、UNKNWONは夕日を背景にサックスを吹き鳴らす。
その音色は傭兵達の短い休暇の終わりを告げるものだ。
束の間の休息を終えた彼らは明日を守るべく戦場へと戻る。バグアという侵略者を駆逐するまでは本当の意味での休息は彼らには訪れない。