●リプレイ本文
狭いコクピットの中を警報音が満たしている。
敵からの攻撃の予兆を感知した警報と機体の不調を示す警報が不協和音を奏で、耳に障る。
「‥‥注意を促してくれるのは良いんだけど、集中力削がれるわねッ!?」
瞬間的に操縦桿を薙ぎ倒し、スロットルを最大出力に叩き込み、エアブレーキをかける。一連の操作に連動した機体がプロトン砲の軌道からその身を移動させる。
「この辺も改善点の一つかしらね」
そんな事を呟きつつ、崔 銀雪は後方へと目を向け、未だ追撃してくる本星型ヘルメットワームの姿を確認する。
「さて、行こうかオリオンアームズ」
地堂球基(
ga1094)の声に応えるかのように、機体が加速する。
合流予定高度である40000mはすぐそこだ。レーダー上には味方機を示す光点と敵機を示す光点が表示され交戦距離が近い事を示している。
「‥‥ったく、暗くて辛気くせぇ空だぜ」
眼下に広がる地球の青とその先である宇宙の黒を見据え、ラス・デゲヒトニス(
gc5022)が1人ごちた。
愛機であるサヴァーの反応が常にもまして鈍いのは高高度運用を想定していないKVだからだろう。
「天雷‥‥頑張ろうね」
高高度戦闘は殆どの傭兵にとって馴染みがない。張 天莉(
gc3344)は軽く機体を動かし、常と同じ動きをする事を確認する。
彼女の機体がその動きを鈍らせていないのは、機体の運動特性が空気抵抗を利用したものではなく、自身の推力を利用する機体だからだ。
降下してくる崔の天とすれ違うように、10機のKVがその横を抜け反転、護衛につく。
「高度3万mまで降下の後、反転、迎撃するよ〜」
「分かりました、援護お願いします」
ドクター・ウェスト(
ga0241)の言葉に頷き、崔が機体を更に降下させる。
「むむむ、この期に及んで負傷とは痛恨の極み、実に無念じゃ‥‥機体も間違えとるし」
降下する仲間を庇うように煙幕弾を投射、敵機や上空の衛星からの射線を封じて美具・ザム・ツバイ(
gc0857)が呟く。
出撃時の申請を間違えていた為、彼女は予定していた天ではなく、ペインブラッドへと搭乗している。急遽煙幕弾を搭載する事は出来たが、本来の予定とはまったく異なっている。
煙幕の効果は高度を下げ続けている為にすぐに薄れ、殆ど同時に追撃してくるHWと軌道上の衛星からの砲撃が再開される。
しかしながら、高度35000m前後を過ぎると衛星からの砲撃が止まる。
「ふむ‥‥大体この高度が限界射程のようだな」
その感覚からUNKNOWN(
ga4276)が頷く。
超長距離狙撃ゆえか殆ど当たらない砲撃だが、HWのものとは桁違いの出力ゆえに警戒しておく必要はあったが、その必要性が無くなれば意識する対象はHWのみとなる。
「くっ、やはりコレはちょっとキツイかね〜」
崔機の盾になるように移動したウェストの機体がプロトン砲の直撃弾を受ける。改造により装甲を改良されている機体だが、直撃弾を受ければ損耗はする。
他に盾となるべく動くのはデゲヒトニス。
ブーストによる擬似完成制御を駆使し、本来なら機動が困難な状況下においても普段どおりの動きを実現させ、サヴァーの特性でもある可動盾を利用して攻撃を防ぐ。
「さて、ここから反撃開始だね」
「まずはヤツからじゃ!」
夢守 ルキア(
gb9436)の声に応じて、一団より更に離れた場所に移動した美具が攻撃する敵機を指定。
「護衛対象からの引き離しが先決だね」
攻撃の口火を切り、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が重機関砲のトリガーを引く。吸い込まれるようにHWへ着弾する弾丸だが、装甲に届く前にFFの輝きが攻撃を防ぐ。
彼の攻撃に応じるようにHWからプロトン砲の光条が放たれ、装甲を焼く。
「宇宙の本星型も、地上と同じみたいですね。機動性とかも」
「ああ、そのようだね〜‥‥最も、主力が本星型ワームとは限らないが、可能性はあるかもしれないねぇ」
その様子を観察していたミルヒ(
gc7084)が呟く。
彼女もまた、美具同様に負傷を推しての参戦である為に積極的な交戦は控え、崔機の援護に回っている。
ミルヒ同様に本星型ワームの情報を注意深く見つめていたウェストが頷く、ユーリ機へと与えたダメージや発揮した機動性、大きさ、外観いずれも従来の本星型ワームからどこも逸脱していない。
唯一違いがあるとすれば「無人機」特有の対応力のワンパターン差だろうか。
地上では、本星型はエース格のパイロットが操る「有人機」が大半を占める。
通常のHWより高性能である為だが、宇宙というバグア側の領域では人類を鍛える為にあえてデチューンされたHWではなく、本来の性能と見られる本星型がその主力を占める可能性は高い。
本来KVが想定している戦闘高度より遥かに高い高度での戦闘のため、大気が薄くSESに必要な水素が欠乏している為に兵装の威力も格段に低下しているが、次々に放たれる弾丸が本星型ワームの耐久力を徐々にだが確実に削っていく。
強化FFにより、機体に直撃弾こそ受けていないが集中した攻撃が強化FF展開の為のエネルギーを奪っていく。
「ふむ‥‥予定したようにはいかないものだな、やはりブーストは必須か」
自身でストラトライドと名付けようと思った空と宇宙との境界での機動法を試みたUNKNOWNだが、予定していた効果が見込めない事から即座に通常の戦闘態勢へと戻る。
大気が薄い事はすなわち空気抵抗が弱まる事を意味し抵抗の低下を利用した運用方法として加減速によるフェイント、縦回転や横回転を試みたのだが、加速はともかくとして減速にエアブレーキを用いる通常型KVであるK−111にとって大気が薄い事はすなわち減速が困難である事を意味する。
また同様に、縦回転や横回転を行うにも飛行機という形態であり、機動に揚力を用いる為ヘリコプターにも似た機動を取るには推力軸先を操る必要があり、ベクタードノズル程度の自由度では回転に長時間を要する。
天のように推力を主として機動するような機体であれば可能な事かもしれないが、現在の揚力を主要な運動要素とする機体での運用は難しい。
「龍哮は全部で6発‥‥無駄撃ちは出来ない」
そろそろ強化FFが限界と見た張が両翼の主推進器を前後に吹かし、機体を素早く転回。
照準に収まった本星型へとレーザーガン、フィロソフィーを放つ。機体を翻し、回避を行う本星型だが、敢えて回避させるのがその目的。
回避運動直後の僅かな隙を捉え、対艦荷電粒子砲「龍哮」のトリガーを引く。
対要塞、対艦を想定した大型荷電粒子砲から放たれたエネルギーが本星型ヘルメットワームを飲み込み、爆発四散させる。
ほぼ同時に砲身下部に取り付けられた大型冷却機から蒸気が排出され、同時にカートリッジ部が回転。重い音と共に次弾が装填される。
支援射撃の要請を受けた崔は機体を翻し、皆が狙いを付けている本星型ヘルメットワームへと照準を合わせる。
地上用兵装ではなく宇宙を想定した兵装であるため、SESに必要な水素そのものはカートリッジ式で弾薬とは別個に装填されている。ミサイル系の誘導兵装も同様に炸薬の他に必要な水素そのものは仕込まれている。
「‥‥これは良い実用試験になるわね」
傭兵向けの対外向けの丁寧な口調ではなく、本来のやや冷めた口調で呟きトリガーを引く。
本来が研究者であり、実戦経験には乏しいがエミタAIのサポートは熟練の操縦能力を引き出す。
機体側面に装備されたバルカン砲が唸りを上げて砲弾を撒き散らし、ミサイルが獲物を追う猟犬のように勢いよく駆けだす。
「動作そのものは異常なし、威力は流石にちょっと分からないか」
増設された作動状況のモニターを一瞥し、本星型ワームの強化FFに阻まれた一撃を見て記録を取得する。
「‥‥敵が来ましたね」
崔からの攻撃を凌いだ本星型から反撃とばかりに放たれるプロトン砲が護衛として崔機至近を飛翔するミルヒとゲデヒトニスに集中する。
ギリギリで回避するミルヒ。負傷の為に本来の挙動が出来ないながら、相手の機体の損傷も影響したのか、かろうじてというレベルで連射される光芒の隙間を縫うように飛翔する。
またゲデヒトニスは元が敏捷性の代わりに防御性能を上げ「耐える」事に主眼を置いて設計されたサヴァーであり、また高空という悪条件もあり全てを回避するには至らない。
「流石に、無理か‥‥だが、コイツの装甲なら耐え切きれる筈だ」
全てを回避する事は諦め、可動式シールドを最適な角度へと向ける。
機体本来の装甲に加え、航空形態でシールドを運用する事が可能な点がサヴァーだ、戦場に留まり支援を行う事を目的とした機体。
プロトン砲の直撃こそあれ、機体中枢へと影響を与えるようなダメージは無い。
そして不用意に近づいた敵機へとミルヒの機体に2基搭載されたファランクス・アテナイから5.26mm弾が嵐のように降り注ぐ。
迎撃用に設計された自動攻撃兵装であるが、基本的に敵を牽制する為の兵装であり、威力に関してはとても充分とはいえない。
しかし、有人機ならともかく無人機は律儀に強化フォースフィールドを展開して攻撃を無効化、錬力を消費する。
「よし、狙える」
機体を巧みに操り、敵全てをD−04A小型ミサイルポッドの射程に入れる。
サイトに表示されるロックオンシーカーが敵に合わさった事を確認した地堂がミサイルを3連射する。3つのポッドが全て展開し、総数300発にも及ぶミサイルが地堂の機体から走り、周囲をミサイルの白煙が白く染め上げる。
複雑な軌跡を取り回避に移る本星型ワームだが、数多いミサイルを全て回避する事は困難だ。
というより、空間全体を飽和するような攻撃を行えば、どんな機動性を持つ機体でも回避は出来ない。
着弾したミサイルだけでなくヘルメットワームの至近に到達したものも次々と炸裂し、ミサイルの爆風が周囲に充満した煙を四方に吹き散らす。
そのうちの1機、着弾の衝撃で姿勢を崩した本星型を彼方より飛来した徹甲弾が貫く。装甲表面との瞬間的な摩擦で生じた超高熱が弾体を構成する金属を液状化させ、散弾のようにヘルメットワームの内側を焼き尽くし、音速超過の衝撃波が傷口を抉り取る。
弾丸の軌道上には夢守の駆るイクシオン。
「うん、命中したね」
ガシャリと重い音を立てて、薬莢が排出され次弾が装填される。
彼女の放ったD−013ロングレンジライフルはKV兵装としては最長ではないが、長距離兵装の名に見合う射程を実現した装備だ。
本来、KVとヘルメットワームの戦闘は凄まじい機動性によるドッグファイトが基本であり長距離兵装は撃っても避けられる場合が大きく、命中は困難である事が多い。
それを実現したのは専用の座標・相対距離、味方機からの策敵情報を統合するアルゴスシステムからの支援及び、機体そのもののFCSの改良、銃に搭載された各種高感度センサー、更に夢守の技量による所が大きいだろう。
「さて、トドメといきます」
ユーリが夢守の一撃を受けた機体に狙いを定める。
スロットルレバーを押し込み、機体を限界まで加速。同時アグレッシヴファングを起動。翼に装備した、ソードウィングにエネルギーが付与される。
視界の中で急速に大きくなるヘルメットワームに体当たりするように機体を捻る。
瞬間、金属同士が噛みあう耳障りな音が周囲に響き、数瞬の後分断されたヘルメットワームが四散する。
後方に目を向けて、戦果を確認したユーリは機体を翻し、残りの敵機へと向かう。
「む、そろそろヤツの強化FFが切れる頃じゃな」
「了解した、では狙いは絞れるな」
戦況を監視していた美具が、強化FFの展開回数から敵が通常のFFしか運用できないタイミングを見切って、指示を下す。
彼女の言葉にUNKNOWNが応じ、対空機関砲のトリガーを引く。
連射される弾丸は本来で言えば肉眼で捉えられるような速度ではないが、数発のうちの一発という割合で混ぜられた曳光弾が射線を表示する。
吸い込まれるように着弾し、容易にその装甲に穴を穿つ。
改造に改造を重ねられたその機体は、従来のスペックは遥かに凌駕している。強化FFという盾が失われた本星型ワームの装甲ではその攻撃を防ぐ事は困難だ。
機関砲の軌道から逃れるように、ヘルメットワームが軌道を変えるがUNKNOWNはそれに追随し、狙点を常に維持し続ける。
やがて、射撃に耐え切れなくなったヘルメットワームは緩やかに速度を落とし、自爆プロセスを起動。
破片すら確認できないような大爆発による自壊を行い、僅かな破片が重力に従い落ちていった。
最後の1機との決着も、既に見えていた。
後方に陣取ったヘルメットワームからのプロトン砲をラージフレアを利用して交わしたウェストが、ループを行いヘルメットワームの軌跡を視界に納める。
支援体制に入った張の機体から放たれたUK−10AAEMの軌跡を追うようにウェストがヘルメットワームとの間合いを詰める。
慣性制御を有するヘルメットワームはくるりとその場で展開し、砲口をウェスト機へと向けるが、そうしたヘルメットワーム独特の機動はもはや傭兵に通じるようなものではない。
確かにKVとは違い機体方向を固定したまま360度自由に飛びまわれる事がヘルメットワームの優位点ではあるが、どんな攻撃も当たらなければ意味は無い。
「コイツで吹き飛びたまえ〜!」
プロトン砲の光芒を合間を縫いながら、対艦荷電粒子砲へとエネルギーを供給。
「今です!」
張が連続して発射したミサイルの着弾が敵の姿勢が崩れた事と、強化FFの消失を伝える。
目標ヘルメットワームは電磁炸裂による衝撃によって僅かながら動きを鈍らせていた、そしてウェストは目標に向けてトリガーを引く。
砲口から放たれた光がヘルメットワームへと突き刺さり、反対側から抜ける‥‥貫通。
銃弾程度の大きさの貫通ダメージなら充分に耐え切れるが、機体そのものに大穴を明けられてはヘルメットワームといえど戦闘力を維持する事は出来ない。
まだ飛行能力は備えていたが、大きく減衰したそれでは戦闘継続が困難と判断した制御系が自爆プログラムを走らせ、数秒後に爆発する。
「コノ地球も、そして宇宙も必ず取り返してやるからな〜!」
爆散する機体に目を向け、ウェストが決意を口にした。
天のバージョンアップに関してはB案‥‥地上装備運用アクセサリが多数を占めた。
意見としては「地上戦装備を継続使用できることによるアドバンテージ」を重視したものであり、天のバージョンアップはこの意見を基にして最終調整が進められつつあった。
確かに販売予定の兵装は最初期の段階ではそう多くは無い。
そういう意味ではこれもまた、一つの正解である。