タイトル:【奉天】凶星を仰ぐ者4マスター:左月一車

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 14 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/15 07:30

●オープニング本文


  幾つかの戦況の変化を受けながらも、奉天北方工業公司が開発する新型KV「天(仮称)」の開発は続けられている。
 
 そして‥‥
 全体を黄色でカラーリングされた試作機が4機、試験場に併設された格納庫内に佇んでいた。
 試作機の完成に伴い開発ナンバーから形式番号へと切り替えられた「HF−041−GraM」がそれである。

 「天(仮)」の外見上最も特異な点はその下半身にある。
 殆どのKVは脚部を歩行装置として運用する為、人間の脚部に酷似した機能と形状を持つものが多い。
 しかし、この機体は違った。
 全体としてみれば人型に近いフォルムはしているが、膝に当たる間接は無く、接地の為の足先も無い。
 その「脚」は推進器そのものだった。股関節を稼動部とし、前後左右へ稼動する大型のスラスター。
 
 また、注意深く見ればその機体の各部に、小さいながらも推進器が多数取り付けられている事にも気付くだろう。
 普通のKVはこれほど多数の推進器を取り付ける事はしない。
 何故なら、地球上で機動するには推進用のエンジンだけで充分だからだ。空気という抵抗を利用する事で揚力を得、それを元として機動すれば充分な運動性能が得られるからだ。
 あえて姿勢制御用の機関を付加する必要は無いのだ。
 それを何故、この機体が採用しているのか‥‥答えはこの機体が想定する戦場に由来する。

 その想定する戦場とは何か。
 ゼロ気圧、空気の存在しない環境。更に、重力すら無い。即ち宇宙と呼ばれる環境だ。
 宇宙空間では地面を蹴る事による推進力は使えない、ならば脚は推進器として割り切る。
 宇宙空間では空気は使えない。ジェットエンジンに代わる反動推進機関が必要。
 宇宙空間での姿勢制御や細かな機動には機体各所の推進機関が必要。
 この要素を解決する答えとして、現行のKVと比較すれば大きな相違点を有する機体となったのだ。
 
 ただ、現状のまま宇宙に飛び出す事は想定されていない。
 火器管制システムや推進系の推力計算のプログラム、必要とする潤滑油等は地上仕様のものが搭載されている。
 地上での各種宇宙用装備の試験データを取得する事を目的としている為の措置だ。
 この機体は量産機でありながら、試験機でもあるという点も多くのKVとは異なる点といえよう。
 それを意味するように、形式番号末尾のGraMは「Ground Examination Model」の略であった。

 傭兵の意見を得ながらに開発された機体はひとまずの完成を見た。
 勿論、これから量産試作機、先行量産機等を経て本格的な量産体制を整えていくという手順を必要とする。
 本格的に傭兵、正規軍へ供与するにはまだ数ヶ月〜半年以上はかかる事にはなる。
 

 
 今回ULTを通じて傭兵に提示された依頼内容は「試作機」を用いた試験だ。
 単純な模擬戦だけでなく、性能を調べる為の様々なテスト。それらの内容は傭兵自身に委ねられた。
 
 また、詳細や実際に実施するのか未定ではあるが現行のKVを宇宙に対応させる為の試案も練られていた。
 内容は殆ど白紙に近く、どうやってやるのかすらも未定ではあるが、これについても意見があれば求める旨が依頼内容には記されていた。
 主としては機体能力の減衰は必至である為、どの箇所をどの程度減少させるのか、この部分は削らないで欲しい等の数値面での要望の受付である。

●参加者一覧

/ 黒川丈一朗(ga0776) / リチャード・ガーランド(ga1631) / 井出 一真(ga6977) / 桐生 水面(gb0679) / リヴァル・クロウ(gb2337) / ハミル・ジャウザール(gb4773) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / 桂木 一馬(gc1844) / オルカ・スパイホップ(gc1882) / ネオ・グランデ(gc2626) / 功刀 元(gc2818) / 権兵衛・ノーネイム(gc6804) / 関城 翼(gc7102) / 修一(gc7127

●リプレイ本文

中国某所、試作機の為に作られた広大な試験場の一角に13人の傭兵が集まっていた。
 本来もう1名が来る予定だったが、急な予定変更が入り急遽参加を取りやめる事になった。

 試作機は名をHF−041−GrExa「天」と呼ばれていた。ペットネームである「天」は現時点では仮のものではある。
 天には、今までとは系統の異なる技術が機体の根幹部分に用いられている。各々の機能は単体でのテスト、及びシミュレータ上でのテストは済まされているが、実際に機体として組み上げた場合のテストは今回が初めてとなる。

 テストには傭兵側からの意見を取り入れ、単体での運用試験と各種環境における模擬戦闘が行われる事となっている。
  運用試験に関しては陸上、及び空中での対応が行われ、陸上でのテストを担当するのはネオ・グランデ(gc2626)、空中でのテストを行うのが桐生 水面(gb0679)、桂木 一馬(gc1748)である。
「ようやく実機での試験か、年甲斐も無くわくわくするな」
 コクピットへのタラップを上りながら誰にともなしに桂木が呟く。
 駐機する天のコクピットは機体の胴体、戦闘機形態で言えば機首となる部分のやや後方に位置している。コクピットのハッチは戦闘機のキャノピーのように開くのではなく、コクピット上面部が前方にスライドして搭乗口が現れるようになっていた。
 外界から完全に遮断されるコクピット内部は、正面に必要最小限のモニター、計器類が配置され、後は操縦桿や各種スイッチ類等で構成されている。
 基本仕様として外界の情報や各種センサー類が得た情報は専用のヘッドマウントディスプレイを通じて表示される方式だ。
 奉天がC.Or.Eと呼ばれるコクピット方式を採用してからの基本仕様である。
「さぁ、行くぞHF−041−GraM【天】‥‥その性能、とくと見せてもらう」
 天のエンジン出力が定格に達すると、グランデは機体を起動させる。
 床に接地していた着陸脚が引き込まれ、同時に機体が僅かに浮き上がる。
 歩行ではなくホバーによる移動方法を採用している為、陸上で扱う分には歩行による上下振動は生じない。
「これは大分感覚が違うな‥‥」
 機体を方向転換する際に、スラスターの噴射音が響く。歩行振動の無さと、その噴射音が乗りなれた機体であるシラヌイとの感覚の差を意識させる。
 加速させ、湿地や池等の従来機では足場が悪く行動しにくい場所へと機体を進める。
 水上でも機体の運動性に大きな差異は生じない。
 通常KVには荷の重い、足場の悪さはホバーという行動方法もあってか影響は与えていない。
「性能は予定通りか‥‥やはり燃料の減りは早いな」
 天のホバーはスラスターからの噴射を地表に向けて吹かす事で、機体を浮かせている。
 常時、ある程度の噴射を続けなければ機体の体勢が維持できないという欠点があった。
 機体の慣らしを終えた所で、グランデは視線を上に向ける。

 上空では桐生の機体と桂木の機体が弧を描きながら飛翔していた。
 戦闘機形態は空気抵抗を無視したものではあるが、そうした部分は推力で強引に誤魔化しKVとしての速度を得ている。
 巡航状態まで速度を上げると、桐生は速度計に目を向けた。正確には速度を見ると意識したと同時にエミタの補助で速度が眼前に表示される。
 巡航状態での速度は920km/hの辺りを前後している。
 決して遅いと呼べる速度ではないが、昨今のKVの多くは巡航速度で1000km/h
前後の速度を出している。
 隣で同様に速度域の変化を観測している桂木は、桐生の機体へと目を向ける。
一瞬違和感を感じるが、すぐにその違和感の正体に気付く。翼の角度がやや変化しているのだ。
試しに速度を増減してみるが速度を増加すると翼がやや後方へ後退し、速度を上げると前方へと開くように移動する。
いわゆる可変翼という構造である。
可変翼は機体の速度に応じて適した翼を最適化させるものだが、強度の低下や構造の複雑化をもたらす。
「さて、次は最高速度やね」
 桐生がスロットルをロックの手ごたえを感じる所まで前に倒す。
 スロットルの開き具合に応じ、機体後面に集中した計5基の主推進器からの噴射炎が大きくなる。
 数秒で噴射炎や大気を叩く音が途絶え、機体を静寂が包む。音の壁を突破した為だ。
 速度計は1300km/hを越え、加速が伸び悩む気配は無い。大概のKVの最高速度がM2‥‥2450km/hである事を考えれば、その辺までは延びる筈である。
 体にかかるGがゆっくりと感じられなくなってくる。加速が鈍り始めた証だ。
 Gをほぼ感じなくなった所で速度計に目を向けると、2340km/hの位置を僅かに前後しながら示していた。
「大体、M1.9って所か、気になるほどではないが、最近の新型と比べると若干遅いな」
 速度域を大雑把に計算し、桂木が呟く。
 それに同意しつつ、桐生はスロットルを一気に押し倒す。ロックが外れる僅かな衝撃と同時に、凄まじいGが襲い掛かる。
 KVが共通して持つ、ブーストと呼ばれる高加速状態だ。
 常人が失神あるいは死亡するようなGも身体能力が大幅に強化されている能力者には然程辛いものではない。
 速度計は時速6370km/hを示している。マッハに換算すると約5.2であった。

「敵機は、アレですか」
 功刀 元(gc2818)は無人機を用意するよう要請したが、無人化に成功した機体は無い。代替案としてシミュレータを利用し、擬似的に似たような環境を組み上げられた。
「ふむ、この滑るような操作感は慣れが必要ですねー」
 接近戦仕様の機体に接近し、剣を打ち込む。脚を止めての正面からの打ち合いだ。相手の攻撃を受け止める度にスラスターが姿勢を補正する為、特に違和感無く打ち合うことは出来たが、逆に此方の攻撃の威力が思ったように出ない。
「やはり、脚を止めて殴りあうよりは速度を活かした機動戦向けの機体ですねー」
 続けて表示された遠距離機との射撃戦に関しては特筆すべき事は無く終わらせる事が出来た。
「さて、アーマーパージが如何程のものか、試させてもらいます」
 最後の遠距離型の機体に対しては装甲を排除し、ホバー移動を駆使して懐に飛び込むという戦術を巧刀は取った。
 時折牽制射撃を放ちつつ、間合いを詰めると剣を振り下ろす。
「うーん、まぁ実戦だとこんな極端な差は無いと思いますけど、おおむね予想通りの性能ですね」
 軽量の装備での試験を終えると、次は標準仕様の装備を利用した。
 行動値に影響の出ない軽量では火力が低く、相手を撃破するのに相応の時間を要したが、標準仕様では一撃一撃が重く、充分な火力を備えていた。
 重量装備では間合いを詰める必要がある遠距離機には苦戦したが、近接にこだわらず砲撃に徹すれば、充分な性能を発揮した。
「どの装備でも一長一短はありますが、やはり使いやすいのは標準仕様ですかねー」

 格納庫に戻ってきた3機の試作機に簡単な整備作業が行われる。
 次のテストである模擬戦の為の装備換装も行われている為、僅かながら時間が空くため、休憩時間となった。
「形式番号がHF系列‥‥であるなら、破曉に連なる系列でしょう。現状の装甲パージを更に推し進め、軽量化による行動力の強化。破曉販売で最も注目された手数の多さを保つのはどうでしょうか?」
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)が配られたミネラルウォーターのペットボトルを片手に、機体の稼動データを持参したパソコンに入力している崔 銀雪に話しかける。
「HFは破曉以降形式番号の表記方法の統一があってHは奉天、後ろのFは戦闘機を示すFighterの略で、系列が同じという訳ではないんですが‥‥使ってる技術も根本の所から違いますし‥‥ただ、装甲を更に削って行動値を増やすのは可能ですよ。これ以上削ると、防御性能が骸龍レベルのピーキーな領域にまで達するので、抑えている面もあります。あくまで個人的な意見を言うならば、どうせ削るなら徹底的にって言う方が私は好みですけどね」
「できるならば、是非第三の特殊能力として追加して欲しい。高級機が他社から多数リリースされ続けている。価格を重視した量産機も悪くは無いが、若干の価格上昇をしてでも特徴を強く打ち出すべきだと考える」
 そうしたラナの言葉に、オルカ・スパイホップ(gc1882)が頷く。
「破曉に積んでる、超限界稼動に似た機能で行動力が上がるのは欲しい」
「超限界稼動そのものは設計の基礎から変更する必要があるので難しいですが、防御性能を犠牲に性能向上を図るのは問題ないので、とりあえず検討はしてみます」

 若干の休憩時間の後、準備が整った傭兵達は各自の愛機や天へと足を向ける。
 模擬戦は基本的に1対1の為、同時に4箇所での模擬戦が行われる事となった。
「青竜、出るよ!」
 簡単にAからDの4つに分けられたうちのエリアAに真っ先に入ったのは、東海青龍王敖広と名付けた、青色に塗装されたグリフォンを駆るリチャード・ガーランド(ga1631)。
 対峙するグランデは近接兵装を中心に装備している。
 搭載されている装備はスタンダードなKV用の剣を主とし、盾と拳銃に酷似した短距離用のハンドガンである。
 いずれも天用に開発されている推奨装備の試作版である。
装備力が販売中や開発中のKVを基準に考えても異常と思えるほど高い天には、行動値を落とさない標準装備ではあるが、充分に重量級と呼べ、最大重量の剣に至っては、通常運用される装備でも最大レベルの重量である。
これは天の設計思想が攻撃力は装備で補うというものによる。機体単体としての攻撃力は高くない。むしろ初期型のKVにも劣るレベルだ。
 その分を積載量に回し、大火力かつ大重量の兵装を積む事を基本としていた。
 お互いに間合いを取って、どちらともなしに模擬戦が開始される。
 初手を取ったのは当然ながら長距離武装を搭載しているガーランドだ。
 ステップ・エアAと呼ばれる機能を駆使し、急接近と同時急旋回を交え、スナイパーライフルの照準を天に合わせ、トリガーを引く。
 瞬間、天の肩に搭載されたスラスターが噴射炎を吐き出し、機体を横にスライド。
 弾丸の軌道から余裕を持って回避する。
 平行に移動し、ランダムに機動を取りながら前進する。歩行や装輪走行を基本としたKVには難しい機動を取りながら、グランデが前進する。
「向こうは陸戦時は常に錬力消費とはいえ、機動性高いなあ。こっちは消費の選択は出来るが、消費力は馬鹿にできん。難しいなあ」
 相手の機動特性から、似たような動きを取る事が出来るステップ・エアBを起動し、最適な射撃タイミングを見極めてライフルによる射撃を続ける。
 そのうちの数発は命中弾として判定されたが、一発が装甲に食い込み、もう数発は装甲表面に弾かれ、効果的な損傷を与える事は出来なかった。
 加速し、接近したグランデがリチャード機の横を抜けながら、振りかぶった剣をなぎ払う。
「やりづらいが、これはこれで面白いな」
 地面を蹴る事による踏み込みが機体の特性上、行えない。接地する事で得る事の出来る推進力と反動の制御を使う事が出来ないのが天の白兵戦上での欠点とも言える。
 その為「移動による速度を利用しながら剣を叩き込む」という戦い方をグランデは取っていた。
「回避は間に合わないっ!?」
 機体特性を理解した上での斬撃はリチャード機を捉える。衝撃吸収剤を刀身に装着しているとはいえ、機体に加えられる衝撃そのものは大きく、ステップ・エアを機動している事もありリチャード機は大きく弾き飛ばされる。
 崩れた機体の姿勢を制御し、カウンタースラスターを当てる事で機体の移動を抑えると、スナイパーライフルからライト・ディフェンダーに持ち替え、接近。
 振りかぶられた刃をシールドで弾くと、背部のスラスターが自動的に噴射され機体が後ろに移動する事を防ぐ。乱れる姿勢も機体各所のサブスラスターが補正のカウンターを最適なタイミングで自動的に行う為、機体の制御はホバーでありながら、乗りなれた機体同様に感じられる。
 ある程度白兵戦を繰り返すと、装甲に与えられる損害も大きくなってくる。
「そろそろか‥‥オーバードライブ、真ソニックフォームってか」
 一端、大きく間合いを取り増加装甲排除を起動する。爆発ボルトで両肩、胸部コクピットブロック、両脚部等の外部装甲が内側から弾け、一回り細身のフォルムが露になる。
 瞬間、その機動性は今までの比ではなくなる。
 機体の総重量が装甲分軽量化され、移動距離、瞬発力が増加した結果だ。
 同時にもう一つの特殊機能であるスラスター推力を増大させる。
 距離が離れた分、リチャードは白兵戦から遠距離戦へと切り替えている。そして遠距離に対応する火器を備えていない以上、先手を取るのはリチャードだ。
 迫る銃弾を向上した推力で避ける。本来ならここでカウンタースラストが入り、機体が必要以上に滑るのを止めるのだが、今回はそれがない。
 結果として回避機動と移動が両立され、回避に専念しつつも着実に間合いを詰めていった。

 エリアBと区分けされた区域は、広大なフィールドに水を満たしていた。いわば巨大なプールであり、海洋を模している。
 水深そのものは20m程度で実際の海と比べると大分浅いが、模擬の水中戦闘を行うには充分である。
 黒川丈一郎(ga0776)、リヴァル・クロウ(gb2337)、スパイホップの3名が水中戦を選択したのは宇宙飛行士の訓練の中に、擬似的に中性浮力によって水中を浮きもせず沈みもせず、宇宙に似た環境で行う物があるという知識からだ。
 実際には水中には水中抵抗が存在し、絶対的な差が存在する。しかし、人型における空間的な意味や重力と浮力の釣り合いを取り、一定位置で静止するという環境的な意味では近似している。
 最も、水中キットを搭載した天と専用の水中機であるビーストソウルを用いるリヴァルとは性能面で大きな隔たりはあるが、単純な戦闘力の比較ではなくあくまで試験である以上、勝敗そのものには大きな意味は無い。
 黒川とスパイホップは、サブシートを利用し天に2人で搭乗していた。
 天に搭載されている兵装はスパイホップの申請で用意された既存の水中兵装一式だ。
 兵装は近接戦闘を重視し、若干の遠距離戦闘を意識したもの。
 対して、リヴァルの機体は遠距離戦闘を意識したものである。
 模擬戦の結果だけで言えば、リヴァル側の圧勝であった。勝敗を大きく分けたは移動力の差にある。
 近接戦闘を仕掛ける黒川、スパイホップ組に対して、リヴァルが取ったのは徹底した遠距離戦闘である。
 水中キットによる移動力への補正は大きい。元より水中戦闘を意識した機体とはその移動性能が雲泥の差であった。
 移動力差を少しでも補う為、スクリューを搭載した水中用の槍であるスクリューテイル等を搭載していたが、それらで補える以上に移動性能の差があった。
 スパイホップは間合いを固定するためアンカーテイルによる固定を試みたが、あくまで固定できるのは錨として自機を固定する為のもので、相手を固定するには余程上手く相手の機体に引っ掛ける必要がある。
 今回はそれが適わなかった。近づけば離れ、遠距離から一方的に攻撃されるという状況では基本性能がどれほど優秀でも勝敗はおのずと明らかだ。
「機体性能そのものには大きな問題はないと思う。遠距離兵装の搭載量を大きくし、リロードできるガウスガン系を搭載していればまた違った結果にはなったと思うが‥‥或いは、両機が同等の移動力を持っていると仮定した場合も同様だな」
 空中戦闘試験の記録を予定していたが、参加者の意識の殆どが陸戦に向いていた為、急遽各模擬戦を記録する事となった桂木が記録した映像や戦況の推移の状況のデータを比較し、リヴァルが口を開いた。
「そうですね。先ほどの模擬戦のデータを元に、移動力を均一に設定した場合でのシミュレート結果は4:6程度の割合で天側が若干優位に立っています。もっとも、ある程度動きのクセは入力したもののAI同士のシミュレートなので実際の結果とは大きな隔たりがある可能性が高いですが」
 本社サーバの計算能力を一部間借りしてシミュレート結果を算出した崔がリヴァルの言葉を引き継ぎ、結果を提示した。

「遂に実機が出来たんですねぇ。動きそのものは先程拝見しましたが、自分で動かすとなると楽しみですねぇ」
「試作機を壊す気でいくので、よろしく」
 感慨深げに呟く井出 一真(ga6977)に対峙する権兵衛・ノーネイム(gc6804)の機体はノーヴィ・ロジーナ。頑丈さと扱いの荒さにも耐える耐久力に定評のある機体である。
 井出は脚部の特殊性から格闘時のモーションへの影響、及び反動の強い火砲を使用した際のバランスの制御にも興味を持っていた。
 用意されたのはグランデが用いた剣と、大口径砲だ。大口径砲は重量300超という通常使用しうるKV装備としては規格外の砲を装備していた。
装備力に余裕はあるが、気になる事はこの2点で確かめられる為、井出はそれ以上の搭載を見送る。
 模擬戦が開始されると同時に、権兵衛は天の回避性能を確かめるべく90mm連装機関砲を用いて弾幕を形成する。
 元より面を攻撃するような弾幕を回避するには、被弾覚悟で比較的薄い場所を見切り、突入するか、大きく移動するかだ。
 井出が選択した回避機動は後退であった。
 射程外に離れれば、SES兵装の火力は著しく減衰する。
「さて、どの程度制御できるか気になりますねぇ」
 一端射程外まで逃れると井出は大口径砲の照準を合わせ、トリガーを引く。
 砲声と同時に機体を後方へ滑らせる反動が生じるが、即座に主スラスターがその反動を打ち消すべく噴射される。
 砲弾は吸い込まれるように権兵衛機へと着弾。
機体そのものに大きな被害は無いがその威力を実際のものと計算した機体が、損害状況を算出しダメージを機体コンソールに表示する。
「なんか気合入るっすよ 無駄にですけど」
 損害状況を確認した権兵衛は間合いを詰めるべく、機体を加速させる。脚部に装備されたローラーが回転を増す。
 土ぼこりを上げながら、権兵衛は兵装を150mm対戦車砲にセットし発砲。
 迫る砲弾を剣で弾き、井出機も機体を加速させる。
 接近に伴い、権兵衛の放つ砲弾が機体装甲に着弾し損害箇所を増やしていく。
「この機体なら脚を止めての殴り合いより、突撃や一撃離脱戦法の方が向きそうですね」
 機体の加速を緩めることなく井出が剣を横薙ぎに振るい、そのまま側面を駆け抜け即座に反転する。
 その動きに追随するように振り返った権兵衛は連装機関砲を発砲する事で追撃を防ぐ。
 弾丸が井出の機体に着弾すると同時に、装甲が内側から弾け飛ぶ。
 有効打を与えたようにも見えるが、弱装弾を使用しているため装甲が脱落するような物理的ダメージを与える事はない。
 増加装甲排除を利用した結果だ。
 回避性能と移動力を上げた結果、権兵衛機の放つ砲撃は致命傷に至ほどの損害は与えられず、対して井出機の斬撃が権兵衛機に数度命中した時点で勝敗は決した。

 ハミル・ジャウザール(gb4773)は武装を知覚型の重火器に選択していた。
 更に機体アクセサリとして、重装甲の防御系パーツを選択。
 調整としては重装甲、重火力型の組み合わせだ。意図するテストのため、あえて装備限界まで装備する事はせず、程よい重量でのセットとしていた。
「‥‥どのくらいの性能なのかは確認したいですね」
 対するのは関城 翼(gc7102)。
 機体は知覚に特化した機体であるアンジェリカだ。
 正面から相対したジャウザールはまず、機体特殊能力を利用した回避性能のテストを試みるために、あえて関城に先手を取らせる。
 実機のKVを運用するのは傭兵登録以降初めての関城だが、然程訓練を積んでいなくとも、エミタAIのサポートさえあればベテラン並とは言えないが、戦闘に問題の無い反射速度や機体制御は可能となる。
反射的に射程に入った敵機へと開城はレーザーバルカンのトリガーを引く。
ジャウザールは閃く光の束をランダムな機動で回避。回避と同時に機体特性を活かして自身の得物に最適な間合いへと移動する。
「‥‥ホバーを利用すれば‥‥活動域を限定せずに戦えますね」
 造成された河川上で、水柱を引きながらジャウザールは関城の機体に照準を合わせる。
 砲口から迸る光に反応が遅れた関城のアンジェリカが飲まれる。
「なるほど、火砲の威力の割にはダメージが少ない。データ通りの性能なのですね」
 手元に呼び出したデータと自機に加えられたダメージを比較して関城が1人頷く。
 関城自身はデータの取得を目的としている為積極的に勝つためのに動きは取っていないが、回避性能や防御力のデータを取る為には此方から攻撃せねばならない。
 両者がある程度の応射を終えると、ジャウザールは装甲を排除する。
 途端、俊敏な機動を始める機体に関城の放つレーザーバルカンは相手の居た場所を駆けるだけでFCSの予測射撃が動きに追従するのに僅かの時間を要する。
「‥‥装甲を外しても、装備重量とかには影響ないのか‥‥ならフル装備でも何の問題も無いね」
 あえて、関城の攻撃を幾度か受け止め、生じたダメージの表示を見る。
 此方も防御アクセサリの補正が影響を受けた様子はない。
 装甲を排除する事で機体の性能に何らかの影響が出る事を懸念していたが、想定どおりの機能しか有しておらず、表記されている以外の機能に影響は出ていない。
 装備可能重量に関しても増えもせず、減少もせず、パージに伴うアクセサリへの影響も何もない。
 むしろ、そうでなければ欠陥がどこかにあったことになる。
 そうした様子がない事にジャウザールは安堵する。
「此方が行いたい実験結果は全て確認できました」
「そう‥‥なら、別に撃墜するまで戦う必要はなさそうですね」
 想定した実験による結果は全て得られた。
 そう判断したジャウザールが関城に通信を入れる。

 実機試験を終えた4機と対戦相手を務めた機体が格納庫へと戻ると、駆け寄った整備班と技術者組が早速とばかりに整備に取り掛かる。
 実際にはこれほど念入りに整備する必要は無いが、初の試作機であり新技術をふんだんに利用した機体だけに、どのような問題が生じるのか分からない。
さらに模擬戦による表層上のデータだけでなく人工筋肉やエンジン、スラスターの状況などの稼動データの取得も必要だ。
「宇宙に向けた追加装備に関して‥‥か」
 その空いた時間を利用して、実際に既存のKVを宇宙に飛ばすにはどのような装備が必要か、奉天が試作機の試験とは別に募集した内容の会議が行われた。
 会議とはいっても、実物すらなく開発コンセプトも決まっていない装備であるため意見出しという意味合いが強い。
 しかし、ここで述べた意見は実際に製品化する際に大きな影響を与える。
「減らして欲しくないのはやはり移動速度と打撃力だな」
 黒川がまず己の意見を述べた。
 宇宙は敵の本拠地であり、一日の長が敵側にある。現状ではKVとヘルメットワームの性能差は完全に縮まってきているが宇宙となると話は別というのが黒川の意見の骨子だ。
「たぶん、戦力比はS−01が出てきた頃と変わらないんじゃないか?」
「KVのブーストを利用した擬似慣性制御など、各種装備は充実してきましたが、実際に宇宙のバグア兵力がどのような性能の機体を持っているかは確かに未知数ですね」
「ああ、奴さんは地上での戦いは意図して手加減してた所もあるが、自分の本拠地が攻められるとなれば本気を出してくる可能性は高い」
 その上で、速度と打撃力を重視する理由を黒川が述べる。
 打撃力は敵に有効なダメージを与える為に必要であり、速度は高速での一撃離脱が出来れば敵拠点、敵母艦に狙いを定めて逃げるだけでいい。
 速度が相手より速ければ一方的に攻められるというのは実際に先程の模擬戦で経験したばかりのものだ。
「拠点に乗り込めれば、地上戦に近いんじゃないか? そうしたら少しは此方が有利に立てる可能性もあるかもしれん。
 KVは大物専用として、大型艦船‥‥まぁ宇宙戦艦とかそういったヤツか‥‥は小物を狙う、想像してたのは逆なんだが改めて考えればこうなりそうな気がしてな」
「‥‥なるほど、速度と打撃力は何れにせよ必要な能力ですね」
 黒川の言葉をキーボードで打ちこみながら崔が頷く。
 続いて発言したのは井出だ。
「そうですね。どうしても重量は大きくなるでしょうね」
 必要な装備を考えながら1人頷く。まず、絶対に必要となるのが宇宙仕様のエンジン、生命維持装置、脱出機構。
 燃料タンクはそのまま流用するにせよ、酸素等は専用のタンクを用意する必要がある。
「スラスターを増やせば、機動性は上がりそうですが、あまり増やしすぎても燃料に悪影響を与えそうですし、相殺程度に留めておくのがよいでしょうか。逆にデブリ対策を施せば防御力の向上は見込めるかもしれません」
「つまり、大重量化を見越すかわりに性能の低下は極力抑える、という意見でしょうか」
「そんな所でしょうか、減らすべき数値というのも難しいので」
 そうした井出の言葉に、桐生が同調する。
「そやね、やっぱり性能は落ちん方がええと思う。許容できる範囲はやっぱ‥‥既存の水中キットレベルか、もう少し低下する程度かなぁ。性能は勿論落ちなければ落ちない方がうちとしても嬉しいしな」
 続いて発言したのはリヴァル。
「回避や攻撃、知覚、命中は環境に依存する能力だから多少の低下は理解できるが、防御や抵抗、生命といった機体構造に依存するような部位は可能な限り残して欲しい」
「そうですね、装甲や耐久力を弄るようなパーツにしなければそうした低下を防ぐ事は可能です」
 崔の言葉にふむとリヴァルは頷く。
「パーツ、との事だが資金がかかるのは一向に構わんのだが、アクセサリスロットの消費は避けたい」
「それは難しいと思います。開発中の天に関して言えば、OSを無重力仕様に切り替えて各種オイルや冷却剤等を宇宙仕様にする等、きちんと改修すれば機体フォルムを大幅に変えなくてもそのまま宇宙に出せる仕様で作っている機体なんです」
 機体の構造データを会議室のモニターに表示して崔は続ける
「ただ、他の機体は前提としている環境が陸上仕様ですから、不要な部分がとても大きく、宇宙仕様に改修するのはとても難しいんです。不可能ではないんですが‥‥たぶん、手間を考えたら新規で機体を作った方が早いってレベルですね」
「例えば、どんな所が問題になるのだろうか?」
「一番大きな問題は推進系です。作り方にもよりますが、KVのエンジンサイズとその格納位置は機体ごとに最適化されています。その最適化されたサイズで宇宙用エンジンを開発する必要があります。更にスラスター類も機体各所に設置する必要がありますがそもそもスペースに余裕のある機体は無いでしょうから内部機器類の配置等の見直しも必要です。更にコクピット周りも万一の撃墜に備えて自航能力を付与する必要があると考えていますし、天のコクピットにもそうした機能を与えています」
「なるほどな‥‥確かに地球の重力圏で撃墜された時に移動できなくて、大気圏に落ちればそれで終わり、重力に捕まらなくても脱出時に速度が出ていた場合はKVの速度と同等のスピードで延々と深宇宙へと突き進む事になるな」
「はい、前者は生存の可能性は言わずもがなですし、後者では救出不能です。最低限の自力航行能力は不可欠でしょう」
 崔の説明によると、そうした機能を改修で既存機に付け加えるのは難しく、アクセサリとした開発するほか無いという事だった。
「そうした理由があるのであれば、仕方ないな」
 説明に納得してリヴァルは席に着く。
「ええっと、考えてたのと違う内容だったから少し困ったな」
「違うというと?」
「いや、ボクが想定したのはこの機体を宇宙に飛ばす為の追加パーツだったんですよ」
 そう言って巧刀は頭をかいた。
「この機体は宇宙仕様に改装するのは、然程の手間ではありませんからね。勿論、実際に改装するかどうかはUPCの判断が絡むところもあるので断言出来ない所は否定できません。
ただ、今回の意見に関しては汎用的なKVに対するものですからね」
「そうですよねー‥‥ううぅん、まぁアクセスロットを使うのは仕方ないんですよね。能力は回避、命中の低下くらいかな。どのくらい低下させるかは要調製ですね」
 少し思案してから、巧刀は口を開く。
「はい、承りました」
「次は俺だな」
 桂木が立ち上がる。
「現行機種が宇宙空間での行動を想定していない以上、攻撃性能と運動性能‥‥攻撃、命中、回避の低下は避けられないだろう。若干の低下は仕方ないにせよ、ここは可能な限り抑えるのが望ましい」
「実際に開発する際も、極力低下させないようにするつもりです」
 その言葉に頷き、桂木は続ける。
「対応方法は外部パーツとしてアクセサリ化の可能性が濃厚なようだが、防御や抵抗、生命といった箇所は改修方法次第では向上の可能性もあるはず。そうした点にも考慮を入れて開発して欲しい」
「そうだな‥‥皆も言っているように、防御性能は大きく低下させる必要は無いし、現状維持あるいは性能向上も見込める部分だと思う」
 グランデも桂木の言葉に頷いた。
「他に低下する部分だが‥‥調製次第にはなると思うが、錬力や命中・回避は低下しても仕方ない部分だろうな」
 スパイホップの意見も基本的には皆と同様だ。
「ただ、いつも水中機使ってるから思うけど、生命維持系とか気密系、後はSES系統は機体そのもので完結してるから、他の地上機と比べればそんなに沢山追加装備する必要は無いんじゃないかな?」
「水中機に関しては確かにそうですね。水中機が陸戦専用機や通常型とは異なる部分が多いのは確かです」
 実際にどのようになるかは未定としても、あくまで可能性としては水中機向けの追加パーツは軽量化が図れる事を示唆された。
「宇宙で姿勢を変化させる度にスラスターを作動させる方法では、長期戦には向かないのではないだろうか?」
「‥‥そうですね、1〜2時間程度の通常の作戦には充分対応できるとは思いますが、5〜6時間といった長期の作戦行動は難しい所もあります」
 権兵衛が推測を口にすると躊躇い無く頷く。
 通常の依頼では生じにくいが、特殊な依頼や大規模作戦中は連続して長期間戦闘を行う事も多々あるのだ。その面の解決策は複数想定しているが、どれが最も効率的なのか、あるいは安全なのかは未だこれといったものはない。
「それを解決する為に、バインダーとスラスター、推進剤を併用したものを可動肢に取り付けるという方法はどうだろうか。上手く質量を動かせば、姿勢制御に必要な推進剤の消費量を抑えられるのでは?」
「なるほど、そうした研究は既にシミュレータで始めていますね。研究開発中の宇宙用OSの姿勢制御プログラムに取り入れている面もあります」
「燃料タンクは被弾での誘爆が気になるから、被弾したら自動的にパージされると多少は安心できるな」

 意見の聴取が終わると、続いての実機試験が行われる。
 続いて行われる試験内容は、桐生の離着陸試験、桂木の装甲を外した状態での最高速テスト。ヴェクサーとスパイホップの模擬戦、功刀の模擬戦である。

 桐生は機体を水上まで進ませる。
離着陸の他、装甲を外した状態でのテストも行う予定だったが、桂木側で行う事となった。
テストの際に装備の重量変更による影響も調べる為、全てこなすと時間が足りない事と、同様のテストを桂木が行う事としていた為の予定変更だ。
ホバー走行で水上を走りながら、飛行形態へと変形し水面にスラストを叩きつけながらブーストによる加速をかける。感覚としては未だなれないが、この機体が地面と接触するのは基本的に駐機状態での場合のみで滑走する場合も機体を浮かせるのが基本のようだ。
そのままスロットルを開くと、スムーズに加速し上昇する。
垂直離着陸も出来そうな気はするが、戦闘機状態での下方スラストは機体を浮かせる事は出来ても、上昇させるほどの推力は出ない。
「水上からの離陸もお手の物って訳やね」
 水没する可能性も考慮していたが、特に問題なく離陸できた事に桐生は安堵する。
 しばらく上昇し、旋回した後機体を下降させる。
 今度は水上への着水を試すつもりだ。
 まず、飛行機状態での試験は特に問題なく行う事が出来た。戦闘機形態での水上からの離陸はともかく、着水はそうそう実施する機会はない。
 着陸試験の本命は人型を利用してできるかどうかという方だ。
 訓練のタッチアンドゴーのように、着水した時点から加速し再度上昇。充分な上昇の後に降下する。
 便宜上、低空と定義された高度100mを切った時点で人型へと機体を変形させる。
 同時にブーストを起動。
 以前は空中での人型変形は困難なものだったが、技術研究などもありある程度は可能となっていた。もっとも100m以下という限定条件は付く、100m以上での戦闘機形態を利用した高速戦闘の領域でも変形自体は出来るが、ドロームの気流制御系の技術が無ければ速度を維持できない。
「まぁ、低空での飛行は他の機体も出来る事やし‥‥問題は着水やね」
 そう言いながら、機体を降下。何の問題も無く水上に着陸する。
「ほなら、後は重量変化による影響やね」
 その後も装備重量の変化によるテストを行うが、特に影響は生じなかった。たとえ行動制限が生じるような重量でも問題なく離着水は可能だった。

 桂木は先の試験で得た、装甲装着状態での最大速度をHMD上に表示しながら現在速度との差を確認する。
 巡航形態での速度は920km/hであった。現在の速度は1080km/hであり、速度は確かに上昇している。
 続けて最高速度を調べるべくスロットルを開く。ぐんと加速し、速度計の数値が勢いよく上昇する。
 加速が感じられなくなった所での速度は2840km/h、装甲装着状態から約500km/h上がった計算であり、マッハに換算した場合は2.3となる。
 その速度をレコーダーへと口頭で記録し、ブースト状態での速度を調べるべく、限界まで加速させる。
 結果は7472km/h‥‥M6.1であった。
「装甲を外した状態では、新型と大きな差はないか。スペックどおりではあるが、速度に関しては装甲の影響が大きいな」

 ヴェクサーとスパイホップの模擬戦は急遽組まれたデータを利用したシミュレータ上のもので時間制限を設けてのものだ。
 先程ヴェクサーが提案した更なる軽量化を施した状態の機体にスパイホップが搭乗し、ソルダードのデータを用いてヴェクサーが対峙する。
 天には既に装甲が排除されている状態であり、ヴェクサーの想定した超軽量化による行動力の上昇が達せられている事になる。
 この状態でどれだけ相手に攻撃を当てる事が出来るのか、或いは当たらないで済ませられるのかがヴェクサーの評価の分かれ目となる。
 シミュレータが起動すると、殆どフレームだけの構成となった天は凄まじい機動性を発揮した。元々、天は装甲を装備した状態でも回避性能は高性能といって良いものだった。
 ただ、装甲は骸龍レベルなのでどんな武器だろうと着弾すればそれが致命傷になるような状態ではあったが。
 その機動性を活かし、スパイホップは不規則な機動でヴェクサーを翻弄する。
 スパイホップ一撃の威力は決して高い威力とは呼べないが、既にあと2〜3発も食らえば機体が動かなくなる状況であった。
「‥‥っ、照準が安定しない。当てるだけで一苦労だな!」
 弾幕を張りつつ、アクティブ・スラスターとシステムテンペスタを起動。M−MG60が凄まじい勢いで弾を撒き散らす。
「うわっ、っと!? 2〜3発で内部までダメージが来るのか」
 着弾の衝撃にシミュレータが揺れる。
 撒き散らされた弾丸の大部分は回避できたが、そのうちの数発が機体を貫いていた。
「やられる前に、やるしかないねっ」
 相手の射撃が途切れた瞬間、飛び込んだスパイホップが剣を振るう。
 その一撃が決め手となり、ヴェクサーの機体は機能を停止した。
「11回でこちらがダウン、1回の被弾‥‥しかも直撃ではない当たりで損傷率は一気に4割か」
 示されたデータを前にヴェクサーは少し思案した。目標とした数字には至っていないが、やられる前に相手を撃破するという方法は一対一では有用に思えた。


「ああ、そうだ。水密コンテナみたいなものは用意できないか?」
「水密コンテナ、ですか?」
全ての試験が終了した後、黒川が崔に声をかけた。
「ああ、そういうのがあれば、潜水艦に搭載できるだろう? その状態で水面まで浮上してから離水が出来れば面白い手になるんじゃないか?」
「ああ、なるほど。確かに参番艦などが潜水時でも、その手を使えば出撃は可能ですね」
「この機体の特性を活かすならこういった事も出来るだろう」
 黒川の提案に潜水艦への搭載はスペース的に難しいが、参番艦用の装備として提案してみると崔は回答した。