●リプレイ本文
コクピット内のコンソールを操作していた鷹代 由稀(
ga1601)が、テストコードを打ち込む。
即座にモニターに表示される応答結果に目を通し、問題が無い事を確認。
「歩行振動のフィルタリング終わったわ。急ぎ仕事だし、サンプルも少ないから完璧とは言えないけどね」
その言葉を受けて、各機が鷹代機とのデータリンクを構築する。少なくとも自分達以外の大型機が発する歩行時の振動はこれで察知する事ができる‥‥相手が歩行していれば、という条件は付くが。
「掃除屋か。これから幾度もぶつかる事になるのだろうが‥‥まぁ、いい。今回の任務は別働隊の為の時間稼ぎだ。向こうへの負担を減らす為にも踏ん張らなくてはならぬな」
愛機である雷電‥‥忠勝のコクピットで操縦桿を握る榊 兵衛(
ga0388)が呟く。
その頭上にはシュテルン・Gに搭乗し、空中哨戒を行うエリアノーラ・カーゾン(
ga9802)の姿がある。
陸上展開する機体は樹木や地形の起伏の影響でレーダーは用を為さない。反射したレーダー波を検知する事で目標物の所在を探るレーダーは森林部や市街地では効果を得ることは難しい。
反面、障害物の無い空中では有用な手段だ。バグアによるジャミングの影響を考慮に入れても、現状では目視より有効な手段となっている。
「墜落したヘルメットワームに載っているあの装置。私達にはお宝でも、バグアにとっては廃棄物なのね‥‥エコっぽくリサイクルさせてくれないものかしらね」
今回の作戦目標であるヘルメットワームの鹵獲作業。正確にはそれに搭載されている慣性制御装置、バグアとの交戦によって飛躍的に進歩した技術でも未だにその原理を解明できていない機構。防御装置であるフォースフィールドと並び、バグア側にとってはエンジンと呼べる基幹となる技術だ。
その解析用に少しでも多くの慣性制御装置を欲しており、今回の作戦はその為のものだ。
「前方に敵機探知。数は8、標準の編成だな‥‥他は分からんが、数機厄介なのが混じってるな」
「本腰を入れてきたって事か。こいつは面白くなってきた、油断出来ない戦いってのは久しぶりだ」
「偉いさんは遊びは程々にしとけって事だけど‥‥なるほど、真面目にやりあっても難しいわね」
樹上すれすれの位置を飛翔するタロス‥‥バグア側の主力量産機に搭乗する者達の間で通信が交わされる。無人機をその主力とするバグアにとっては有人機は即ちエース級の人間が搭乗する強力な機体である場合が多い。
「ある程度強力な戦力が出張ってくるってのは予想通りだ。作戦計画に変更なし、突入するぞ」
隊長格の言葉と同時に随伴する6機の機体が加速。派手にその存在を示しながら傭兵の待ち構えるエリアへと突っ込んでいく。
「お‥‥来たな。通さないようにしねぇとな‥‥気合入れてくかッ!」
舞い上がる土埃と異変を察して一斉に舞い上がる鳥達の姿の奥に、タロスの特徴的な姿を捉えた砕牙 九郎(
ga7366)が自らの頬を一度張り、搭載武装のセイフティを解除、同時に機体の出力を戦闘レベルまで引き上げる。
瞬時に回転数を上げたエンジンが咆哮し、タービンが周囲の空気を吸入。機体周辺に嵐に似た風の奔流を作り上げる。
1秒に満たない時間で、臨戦態勢を取ると敵機に向けて発砲。
連射される弾丸が回避運動を取る敵機の横を擦り抜け、銃弾の音速超過の衝撃波が周辺の樹木を吹き飛ばし、木の葉を散らせる。
「片付けは片付けのプロが必要、ということでしょうな。妙な所で人類に似た思考をしますな、あの寄生虫どもは」
アクチュエータの僅かな音を響かせ、機槍「ロンゴミニアト」を機体に構えさせる飯島 修司(
ga7951)。
自らへと迫る敵機が目前で白兵形態へと一瞬にして姿を変え、大剣を猛烈な勢いで振り抜く。
その一撃を左腕に搭載したシールドで簡単に受け止めると、反撃の一撃を繰り出す。
敵機の肩装甲を貫いた穂先がその先端から液体爆薬を放出、瞬時に起爆し装甲表面に小規模な爆発を生じさせる。
爆発に圧されるように敵機の片腕が弾け、爆砕された部位から血液にも似た液体が噴き出す。
「一撃で片腕持っていかれるとは、見た目はデフォルトのディアブロ。尋常ではない火力、機動性‥‥飯島ってヤツは貴方ね」
「名乗った覚えはないんですがね」
「貴方達がこっちのエース格を知っているのと同様、こっちもそっち側の有名所は一通り知らされているからね」
タロスの装甲は通常のKVで簡単に破壊出来るほど脆くは無い。飯島の機体はディアブロと呼称される、今となっては旧式化が否めない機体だ。
しかし、度重なる改造がその機体性能を桁違いに引き上げていた。
背部のブースターを軽く噴かし、跳躍した榊が眼下を高速で飛翔するタロスに狙いを付け、連射。
その砲弾を機体を旋回させて回避すると、一息に距離を詰め手にした得物を繰り出す。
神速の突きが繰り出されるその得物は槍だ。とはいえ榊の機体が装備するような和槍ではなく、相手の機体が携えるのは騎兵用のランスに似ていた。
その一撃を機体を捻って回避すると、機槍「千鳥十文字の」一撃を叩き込む。
しかし、予期していたゆえか、薙ぎ払われランスに穂先の軌道を強引に反らされ、回避される。
「やはりデータ通り、厄介な相手みたいだな。お前は」
「データ通り、か」
「結構うちの連中を殺ってきてるんだろう? それなりにデータは集まってるさ、面倒だがお前の相手をしないとこっちの目的が達成できそうにない。お相手願おうか」
「榊古槍術、榊兵衛、いざ参る!」
「名乗りか‥‥エスクワイア、流派は特に無い」
傭兵たちの中で最も左側に展開していた神棟星嵐(
gc1022)も又、1機から強襲を受けていた。
敵のパイロットと比して練度で言えば、明らかに劣る。敵機の一撃を辛うじて回避するが反撃の糸口を掴めず防戦一方に追い込まれる。
「さ、流石に並とは違う‥‥」
相手の一撃一撃が重く鋭い。十分な経験の蓄積があれば、余裕を持って捌く事が出来るが、その経験の蓄積を未だ持っていない。
「素質は悪くないが、経験が足りんな‥‥ッ!?」
優勢を持って戦いを進めていた相手が、一度大きく間合いを取る。
樹木を薙ぎ倒しながら回避機動を続ける相手の装甲を掠めレーザーの光条が走る。
「援護射撃は任せて」
ロングレンジにおける命中精度を向上させる目的で改造が施されたシラヌイS型、全てを見聞きすると伝えられる座天使ラジエルの名を冠している。
額に追加装備された高精度ガンカメラから得られた情報と、8.8cm高分子レーザーライフル‥‥通称アハトアハトのスコープから得られた情報を統合。
専用のライフル型コントロールで、FCSに頼らない自身の経験と勘に基づいた射撃を行う。
「2対1ってか、これで少しは歯応えが出てきたってもんだ」
「流石に動きが早いわね」
やや小高い地形に陣取り、射線を確保したアンジェラ・D.S.(
gb3967)が、機体のアンカーを起動。愛機であるリンクス‥‥自らがアルテミスと名づけた機体の背部からスタビライザーのように伸ばされたアンカーが地面に食い込み、鋭い爪を供える脚が地面をしっかりと噛み、機体の姿勢を安定させる。
コンソールを操作し、機体の射撃管制を通常のFCSではなくリンクス・スナイプと呼称される、リンクス専用に調整されたソフトウェアが起動。
情報収集、及び処理のために要求される電力を供給するために、エンジンが回転数を上げ、燃料を貪欲に消費していく。
目に見える勢いで減少していく燃料系を横目に、味方機の砲火の合間を縫い戦場を横切る機体にスナイパーライフルの照準を合わる。
敵機の機動が一瞬だけ直線になった瞬間、弾くようにトリガーを引く。
放たれた銃弾が敵機の側面から襲い掛かり、衝撃に機体姿勢を崩す。
姿勢を崩したタロスに、狭間 久志(
ga9021)が好機とばかりに、銃口を向けるが姿勢を崩した体勢そのまま、滑るように移動し追撃を防ぐ。
慣性制御装置搭載だからこそ出来る芸当だ。
「名前は知られて無いだろうけど、流石に手練だ‥‥」
相手の機動に舌を巻くと同時に、予測移動地点に置くように銃撃を加える。
「そりゃ、こっちも昨日今日戦い始めた新兵じゃないんでね。伊達に修羅場は潜り抜けちゃいないさ」
戦域内に展開する機体は6機。
しかしながら、事前情報に基づけば掃除屋というコードで呼ばれる相手は少なくとも10機程度からなる編成であるはず。
「残りはどこに?」
地殻変化計測器から受信するデータ、レーダー情報、目視、各種センサーその全てを使い、残りの敵位置を特定するべくエリアノーラが戦闘を眼下に索敵を続ける。
少なくとも上空にはレーダーの反射は無い。雲に隠れている可能性も否定は出来ないが、可能性という意味では地上の森林に隠れている可能性の方が高い。
「そろそろ頃合か」
榊と打ち合いを続けていたエスクワイアが、発光信号を打ち上げる。
同時に、戦域最奥の森林部から4機のタロスが浮上する。戦闘開始前に戦域となる場所ぎりぎりに動力を停止していた状態で、待機させていた機体だ。
「んなマネさせるかっての!」
浮上し、高度を上げつつある4機の頭上を制するように鷹代の機体がアハトアハトを発砲する。
超長射程を誇るレーザー砲から放たれた光条が掠め飛び去る。その砲火を気にせず上昇を続ける機体に、追撃をかけようとした瞬間、機体が警報を鳴らす。
「そんな簡単に追撃を許すと思うか?」
「余裕こいてられる相手じゃないってか‥‥」
両肩に懸架したシールドで斬撃を受け止めながら、間合いを取る。
「後ろには今後戦況へ影響する大切な物があるんだ‥‥やらせる訳にはいかない!」
鷹代機へと更なる一撃を叩き込もうとするタロスへ神棟が側面から殴り付けるように腕を振るう。
瞬間、機体前腕部、人間で言えば手のひらの甲に配されたパーツから光が迸る。
ミカガミの固有兵装、機体内蔵雪村の刃だ。
比較的戦争初期に作り出された兵装ながら、未だに一撃の威力では他の追随を許さない、その反面要求電力が高すぎるがゆえに、長時間の稼動を許さない欠点を持った雪村の名を冠するレーザーブレード。
内蔵式とはいえ、本家のそれに劣らない光刃がタロスの装甲を易々と切り裂く。
「援護サンキュー」
神棟の支援の隙にエネルギーカートリッジを排莢し、新しいカートリッジを装填。高速で飛行を開始したタロスへと射撃を加えていく。
鷹代同様、アンジェリカも飛翔する4機へ重機関銃の射撃をバラ撒くように射撃し、相手の脚を止めるべく攻撃を続けるが如何せん2機では脚を止めるまでには至らない。まして相手が飛行状態とあっては、攻撃を当てるだけで一苦労だ。
「くっそ、行かせるかってんだ!」
前方の敵に対し、ショルダーキャノンの爆風を煙幕代わりに放ってから、砕牙は機体をブーストで跳躍させ、飛翔する4機のうちの1機へ、セミーサキュアラーを叩きつけるように振るう。
その斬撃を横滑りさせて回避するタロス。
即座に銃火器をセレクトし、後方からの射撃を加えるべく銃口を向ける。
「おいおい、お前の相手は俺だろう?」
瞬間、交戦していたタロスの攻撃が機体を揺らす。
陸戦形態と飛行形態では速度差が違いすぎる、既に対象の4機は砕牙機の射程範囲外まで逃れていた。
「お前と遊んでる暇は無いんだよ!」
「そう言うな、久しぶりにマトモにやり合ってんだ。もう少し付き合えよ」
必殺のロンゴミニアトの攻撃を森の樹木を利用して隻腕のタロスは回避を続ける。
既に片腕が損傷している以上、積極的な攻撃を加えてくる様子は無いが、此方が離脱の気配を見せると猛然と攻撃をしかけてくる。
「陽動ですか」
「そうね‥‥まぁ基本的な戦術よね」
敵に積極的に此方を倒す意図が無い事から足止めが目的であるのは戦闘開始直後からある程度分かっていた事だが、相手に攻撃の意思が薄いと言う事は戦闘が長期化する。強引に離脱する手もあるが、そうなれば無防備な状況から多数の攻撃を受けることになる。
「厄介な状況ってやつですな」
比較的戦域後方へ展開していた狭間機が離脱を図る4機に、スラスターライフルの対空射撃を行う。
当初、飛行する相手には跳躍を利用した近接攻撃を取る予定であったが、既に相手の高度はKVの跳躍で届く距離を越えていた。
加えて、先ほどから相手をしていた機体もある。合間合間を縫って、対空射撃を加えるがさしたる効果は出ていないようにも見える。
「あんまり余所見してると怪我するぜ?」
そんな狭間機へ、タロスが肩口から突進。直撃の衝撃に機体が激しく振動する。
「後はエリアノーラさんか‥‥」
「ったく、嫌な予感ばかりよく当たるってのは勘弁してほしいわね。どうせなら宝くじでも当たってくれた方が嬉しいんだけど」
ぼやきながら、前方の機体へスラスターライフルを利用した弾幕を張る。
傭兵側で空中警戒に当たっていた彼女はいち早く、離脱する4機に攻撃を加えられる状況にあった。
攻撃の機会はそれなりにあり、命中弾も相当数あったがたった1機で4機、それも交戦ではなく離脱を最優先する相手を狙うには力不足は否めない。
地上からの対空支援もあったが、撃墜に至るほどの状況には達していない。
更に速度の問題もあった。
機体をブーストする事で通常以上の高速戦闘を行っているが、それは相手も同じようで間合いが詰まるどころか、徐々に引き離されつつある。
「これ以上は無理‥‥か、下の6機を突破させない事に集中した方が良さそうね」
射程圏外に逃れられては、これ以上攻撃の機会は無い。瞬時にエリアノーラは思考を切り替えると、機体を変形降下させる。
榊の千鳥十文字の一撃をエスクワイアは側面から拳を叩き付けることで軌跡を逸らす。
「ま、こんなもんかねぇ」
4機のタロスの離脱を見届けると、一息に間合いを取る。
装甲を幾度か貫かれたタロスだが、その内部機構は自己修復機能を有している。対する榊の忠勝は装甲を貫かれてはいないが、その表面はランスによる損傷を無数に受けていた。
「さて、こちらはまだいける、もう少々お付き合い願おうか」
「悪いが、手早く片付けされてもらうとしよう」
その後、暫くの交戦を続けた後、タロス6機は後退する。そのタイミングは今から離脱した4機を追いかけても、効果は薄いと判断できる状況だ。
相手の被害とこちらの被害、交戦結果だけを見れば傭兵側に軍配が上がるが、作戦の結果だけで言えばどうだろうか。
「こちらエリアノーラ、悪いけど4機突破を許しました」
『了解、回収作業は今のところ順調に推移しているわ。タロス4機くらいなら、此方でもなんとか対処可能だと思うわ』
エリアノーラの報告に冴木 玲が応じ、突破阻止班の仕事はひとまず終了した。
後の仕事は回収班の仕事となる。