●リプレイ本文
傭兵達に先行する形で、冴木 玲(gz0010)のフェニックスが急ごしらえの野戦滑走路を駆ける。
後方から見れば片方のエンジンに火が入っていない事が分かる。
離陸可能速度に達した瞬間、機首を引き上げ離陸する。冴木機の仕事は、傭兵に託されたアースクエイクの後方からついてくる大小多数のキメラの迎撃だ。
其れを見送ってから、傭兵達の機体も出発する。
「‥‥連戦でファリスのフラウスも疲れてきているの。ちゃんと動くか、ちょっと心配なの」
S−01HSC、自らがフラウスと名付けた機体のコクピットでファリス(
gb9339)が呟く。
耳に届く機体動作音からして、普段聞きなれた音とは違いどこか軋むような印象を与えている。
多目的ディスプレイを叩き機体チェックをかければ、その診断結果はイエロー或いはレッド表示が殆どだ、本来なら入念な整備を必要とするアクチュエータやモータ類に手がかけられていない為だ。
多くの傭兵機は正規軍とは異なり、各々のクセに合わせた調整や強化が施されている。
正規軍の機体を大衆車とすれば、大半の傭兵機は大衆車をベースとしたレーシング機と言える。傭兵が驚異的とも言える戦果を上げてきたのはここも大きな要因だ。
入念な整備が行えるラストホープを常駐の基地としているからこそ可能な事だが、前線基地においては基本的には最低限の整備が限界だ。
それでも1回や2回の戦闘には然程影響は与えないはずだが、それが5回、6回となると話は変わる。
「この機体とは長い付き合いだ、どのような状況下であろとこの機体で最善を尽くす」
時任 絃也(
ga0983)がR−01改の機上で、愛機の操縦桿をしっかりと握り締める。R−01は戦争初期の機体だが、充分な強化調整を施した時任機のカタログスペックは最新機種にも劣らない。
各々、期待の状況は完全とは言いがたい。
森林各地に散ったUPC軍偵察兵から、アースクエイクの進路が伝達される。
「ポイントE−3より、南西方面へ進軍中……速度は毎時40km前後」
20m近い巨体をうねらせ、進路上の樹木を薙ぎ倒しながら巨大なミミズに大小多数のブレード状の刃を取り付けたようなアースクエイクが猛進する。
進路上に設置した対ワーム地雷が多数炸裂するものの、通常兵器ではフォースフィールドに大きく威力を減殺される為か堅牢な装甲を貫くには到っていない。
「うにー、ブルドーザーよろしくあっちこっちにEQばらまいてくれちゃってー。森林破壊許すまじっ!」
偵察兵からの報告に従い、進路上に展開する傭兵の1人である美崎 瑠璃(
gb0339)が、射程圏内に入ったアースクエイクに向け、P−115mm高初速滑腔砲のトリガーを引く。
劣悪な整備環境でも確実に動作する事で有名なプチロフ製品、普段通りの反応を示し砲弾が放たれる。
地雷では貫けなかったフォースフィールドを容易に貫き、砲弾がアースクエイクの体表で炸裂する。進軍開始後初めてのダメージに、アースクエイクの意識が戦闘に向けられる。
おそらくは振動や聴覚を用いた感覚器官にバグアお得意の重力センサーを用いているのだろう。どこに目があるか怪しい外見ながら、正確に傭兵側を捕捉すると進路を変える。
基本、アースクエイクに火器は備えられていない。その攻撃の殆どは巨体を活かした体当たりと、地中からの奇襲である。
森林地帯であるため、KVのレーダーは殆どアテにはならない。発したレーダー波の反射から、物体の位置を捕捉するレーダーの性質上、殆ど樹木に反射する為、意味を成さないのが大きな理由だ。
敵位置の捕捉は目視確認及びKVの光学センサー。後は陸上ソナーの性質を持つ地殻変化計測器を積んだ味方からの報告が頼りだ。
「いきましょう、パトモスの魂。あなたの力を見せて」
里見・さやか(
ga0153)がゼカリア細大の特徴でもある、420mm大口径滑腔砲の砲身を樹上から出し、砲弾を徹甲散弾にセットする。
大質量を1点に叩きつける通常弾頭である対FF徹甲弾と比べて威力は大幅に下がるが、無数の散弾を散らす事で高い命中精度を得ている。
いつものように素早く狙いをつけ、トリガーを引く。
放たれた砲弾は整備の影響からか、本来の狙いを逸れたが散弾という選択が功を奏しアースクエイクの体表に着弾の痕跡が残る。
「‥‥照準がかなり甘くなっているようですね」
本来の整備状況であれば、狙いが外れるという事はそうそう無い。アースクエイクとの距離を保つ為、砲門を向けたまま後退する。
「あまり手を掛けてやれなかった事が幸いするか‥‥。世の中何が起こるか判らぬから面白い」
アースクエイクの進行方向側面に移動したシリウス・ガーランド(
ga5113)。彼のバイパーは殆ど改造されていない、それが幸いして機体の信頼性の低下は抑えられていた。
スナイパーライフルの照準をアースクエイクの巨体へ向ける。
的が大きいが故に、さして狙いを絞る必要も無く、弾丸がアースクエイクの体表を貫く。しかし、巨体に比して口径が小さい為に大きなダメージへは至らない。
思い通りに動かない機体を騙し騙し動かしながらの傭兵達の攻撃はアースクエイクに確かにダメージを与えてはいた。
ただ、アースクエイクはその大きさゆえに耐久力も尋常ではない。
傭兵達へ体当たりすべく進行していた巨体が唐突に伸び上がり、次の瞬間地面へとアースクエイクは顔から突っ込んでいく。見る間にその巨体が地中へと潜っていく。
「あれ? ‥‥撤退、じゃないよね?」
グレネードランチャーをその口腔内に撃ち込もうとしていた、瑞姫・イェーガー(
ga9347)がアースクエイクの行動を前に周辺へと目を向ける。
「ふん、下から呑まれるのは勘弁願いたいものだな」
地殻変化計測器から送られるデータを横目に月城 紗夜(
gb6417)が舌打ち一つ。
振動を元に大体の位置を把握するこの装置は地下からの奇襲を得意とするアースクエイクと戦う際に必須と呼べるものだ。
「そこか!? アンジェリナ!」
転送されてくるデータと月城の警告に、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)は機体を後退させる。きちんと動いたのは幸いだった。
次の瞬間、彼女の機体があった場所にアースクエイクの巨体が大口を開けながら出現する。
「ミミズさんと戦う時には口に花火をプレゼントするのは定番と聞くの。ファリスからのプレゼントなの‥‥フラウス、ちゃんと動くの」
グレネードランチャーをその口の中に撃ち込むべく、ファリスが操縦桿を引く。
しかし、彼女の意思に反して、機体の腕が動かない。モーターの一部が焼ききれたらしい、素早く副系統に切り替えG−44グレネードランチャーを発射。
放たれたグレネードは狙い過たずアースクエイクの口の中に飛び込み、爆発する。
グレネードがアースクエイクに有効とされる所以は、閉鎖環境で爆発する事による。通常のゴーレムやワームはフォースフィールドは外側のみで内側には張られていない。
機槍ロンゴミニアトのような武器が強力なのは内部破壊を狙っている事による。
しかし、アースクエイクの場合は体内にもフォースフィールドを有している。
この点だけで見れば、グレネードの攻撃も威力はともかく通常と同様と判断されるが、爆発系の攻撃は狭い空間で炸裂した場合、衝撃波が逃げるスペースが限られる。
結果、体内で炸裂したグレネード弾は通常よりも威力を引き上げる事となる。
口腔から爆炎を上げながらも、アースクエイクは体の前半分を大きく撓らせ、振り回す。下半分を基点とする扇形の範囲攻撃だ。
「ぬ‥‥こんな時にまともに動かんとは!?」
普段どおりに機体が動いていれば、充分に回避できた攻撃。
しかし、機体が素直に動いてくれず、時任機はその攻撃をかわしきれない。他に攻撃に巻き込まれたのは瑞姫、アンジェリナの三名。
アースクエイクの体表に大量に植えつけられたブレードが装甲を貫き、巨体の質量による衝撃が機体を吹き飛ばす。
瑞姫のパピルサグ‥‥キャスパースティングは大きさで言えば、アースクエイクに匹敵するような巨大機。旧型KV3機分に及ぶかのような巨大さではあるが、KVは空を飛ぶ為に軽量に作られている。メトロニウム合金は金属でありながらその重量はとてつもなく軽いのが大きな要因だ。
軽量であるが故、巨体を誇ろうと質量が上のアースクエイクの体当たりを食らえば、弾き飛ばされてしまう。
「ダメージは‥‥それなり、でも稼動自体はしているから、まだいける!」
機体のダメージ表示に目を向ける。
被弾によるダメージは想像以上に大きい。装甲のダメージは大きくはないが、衝撃で整備不十分の内部機器が大分損傷を受けていた。
目をモニターに向ければ、然程遠くない距離に体当たりを仕掛けたアースクエイクの体表。キャスパースティングの腕には両端に刃を持つ砂時計に似た形状の格闘武器、真ツインブレイド。
KVの手首を高速回転させる‥‥機械であるからこそできる人間では不可能な動き。
回転を維持したまま、アースクエイクの巨体に刃を叩き付ける。
高速回転する刃がアースクエイクの装甲を砕き、その肉を抉り、散らす。通常のワームではなく、生体をベースとしたワームであるがゆえ、肉が散れば血も迸る。
兵器であるがゆえに痛みという余計な情報は伝わらないのか、それほどの傷を負いながらも痛みに苦しむような様子は見られない。
「‥‥流石に使えんか」
愛用のKV兵装である機剣レーヴァテインの状況をモニターに表示し、アンジェリナは苦笑する。
自分に合わせた調整や改造を施してきた武器は既に素の状態を大きく越える性能に到っている‥‥本来なら遺憾なくその力を発揮し、耐久力に優れるアースクエイクにも大きなダメージを与える事が出来る武器。
しかし、現状ではSES機関が停止している為、単なる鉄の塊に過ぎない状態となっている。
時折思い出したようにSES機関が起動する事もあるが、ほとんど沈黙を保っている状態だ。
「ちっ‥‥これでは固定砲台に近いな」
時任は思うように動かない愛機に苦戦していた。辛うじて正常に動作する腕に保持した試作型スラスターライフルによる銃撃を加える。
凄まじい勢いで放たれた無数の弾丸がアースクエイクのの装甲を穿っていく。
先のアースクエイクの体当たりを受けて以降、彼の機体の脚部はモーターが擦り切れたのか、アクチュエイターの異常か正常に動作していない。悲鳴のような音を立てて辛うじて動く状態だった。
動くには動くが、素早い動きは不可能だ。
その鈍い動作に与しやすいと判断したか、アースクエイクがその巨体を躍らせる。
そこに、機体を走らせた月城が幻霧発生装置を作動。
機体各部から特殊な霧を噴出。原理こそ不明だが、バグアのセンサー系を惑わせる霧がアースクエイクに目標の位置を見失わせる。
時任機のすぐ傍にその巨体を叩き付けるに留まる。
「有り難すぎて、涙が出そうな状況だなっ」
舌打ち交じりに、機刀「玄双羽」を振るい、アースクエイクの装甲を斬り裂く。しかし浅い。
エミタのメンテナンスをサボってきたツケが効いたか、全身に若干のだるさがあるせいか‥‥そこまで考えてから舌打ち。
「下手な鉄砲数撃ちゃ以下略! くーらえぇーっ!」
充満した霧を吹き散らすように、全身各所に傷を負い始めたアースクエイクに砲弾が殺到する。
美崎が攻撃の機会を逃すまいと高初速滑腔砲とR−P1マシンガンを連射する。
「弾切れ? 違う、ジャム!?」
唐突に、マシンガンの銃声が止む。ジャムと呼ばれる弾詰まり現象だ。サブモニタの表示では空薬莢が廃莢口に詰まっている状態らしい。
手動による廃莢処理を行えばすぐに問題は回復するが、一瞬の隙を突いたアースクエイクが身を捻らせ体当たりを仕掛けてくる。
出かかった悲鳴を堪え、無意識のうちに回避行動。
自身の意思に応じて、足裏の車輪とブースターが機体を横滑りさせる。それに追随するように身を更に捩じらせたアースクエイクが炸裂音と共に弾かれる。
「大丈夫ですか?」
入る通信に届く声は里見。ゼカリアの主砲から砲煙が僅かにたなびいている。
ゼカリアの大口径砲から放たれた対FF徹甲弾がその運動エネルギーで強引にアースクエイクの軌道を変えさせたようだ。
例を述べる暇も無く、アースクエイクが直上に伸び上がり降下。
その動きは、地面へと潜ろうとするものだ。
「攻撃方法が馬鹿の一つ覚えとはいえ、厄介なものだな」
完全に地面へともぐりこむ前にガーランドがスナイパーライフルを連射し、手傷を負わせるが仕留めるには到っていないようだ。
地殻変化計測器を通じて得られるデータはアースクエイクが健在な事を示している。
「このまま逃げられたら面倒なの‥‥フラウス、しっかりするの」
「確かにね‥‥ここまで好き放題やって逃げられるってのは嫌だよね」
ふらつく機体を建て直しながら呟いたファリスの言葉に瑞姫が同意を示す。彼女の機体も装甲の歪みやら損傷でボロボロだ、兵器である以上損傷は宿命と言えど、折角の新型を傷つけられるのは面白くは無い。
「その心配は無いようだぞ。狙われているぞシリウス!」
時任がデータを目に、攻撃地点を算出。
その場を離脱しようとしたシリウスの機体ががくんと停止。
「タイミングの悪いっ!?」
「歯を食いしばってくださいっ!」
足が止まったシリウス機を近場に居た里見がゼカリアの質量と加速で弾き飛ばす。しっかりと地面を噛む無限軌道ゆえの馬力でシリウス機を弾き飛ばすと、無限軌道の回転数を制御しその場でターン。
直後、地面から飛び出し屹立するアースクエイクに主砲の一撃を叩き込む。
「礼を言う‥‥が、もう少し優しくして欲しかったところだ」
ゼカリアは堅牢な装甲を誇る機体だ、頑強な体躯を活かした体当たりはアースクエイクの呑み込み攻撃からシリウス機を守りはしたが、少なくないダメージを彼の機体に与えていた。
アンジェリナが飛び出したアースクエイクの懐に飛び込むと、内蔵雪村を起動し一閃。
迸る光の刃がアースクエイクの体躯を切り裂いた所で、レーヴァテインのSES機関が起動したのに気づく。
「私をお前が主と認めてくれるのであれば‥‥応えてみせろ、レーヴァテインッ!」
裂帛の気合と共に、一本の樹木のように直立したアースクエイクにその刃を振るう。
インパクトの刹那、刀身の小型ブースターに点火。加速した刃が凄まじい勢いでアースクエイクの体躯に突き刺さりその身を切り裂いた。
数瞬の後、アースクエイクの巨体が力なく倒れる。
その後、キメラの撃退に成功した冴木と合流した傭兵達は入れ替わりの傭兵に後を託し、本拠地であるラストホープへと帰還した。