タイトル:【北伐】瀋陽復興マスター:左月一車

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/09 23:29

●オープニング本文


 奉天北方工業公司瀋陽本社。
 瀋陽での主要戦域が発電施設や空軍施設であった為、施設の大半が未だに機能を維持していたのは復興にとって僥倖と言えた。
 何故なら、メガコーポの例に漏れず広大な敷地面積を誇り、軍需物資のみならず民生用の種々の物資を生産する機能が生き残っていたからだ。
 勿論、バグアの置き土産が無いかの調査こそ必要であったが、瀋陽復興の拠点として選択されたのは当然と言えた。
 
 市街戦が展開された場合の復興の第一段階として最初に必要とされるのは、数多くの瓦礫や残骸が散乱する市内の整理だった。
 しかし、未だに生き残っている少数のキメラに対処しつつ、重機を用いた処理作業は困難を極める。
 其処で白羽の矢が立てられたのはKVだった。
 「KVは人型であり、人間同様様々な武器を用いる事が出来るのが特徴だ。ならばその手に武器ではない物を持たせてはどうか?」
 そのコンセプトを元に、奉天が開発したKV用重機パーツのテストを兼ねるという側面も有していた。
 奉天が作ったパーツは従来の重機は幾つかある。
 代表例を挙げれば、クレーンや削岩機である。特異な印象を抱かせるのは物資運搬用に作られたKVサイズの篭だろうか。金属製ではあるものの、篭を提げたKVというのはどこかシュールなイメージを抱かせる。
 軍はKVをあくまで「兵器」として考えているが、多様な任務を行う傭兵にはこうした機材も必要との観点からだ。
 
 奉天としては実際に使用し、その有効性を実証できれば軍にも配備させる事が出来る。
 お抱えの私兵集団だけでなく奉天社は傭兵に復興作業の支援を依頼する。復興作業は人数が多ければ多いほど良い、更に支援に入る傭兵が多ければそれだけ使用のデータが得られるからでもあった。

●参加者一覧

/ 奉丈・遮那(ga0352) / 皇 千糸(ga0843) / 新条 拓那(ga1294) / 終夜・無月(ga3084) / エレナ・クルック(ga4247) / UNKNOWN(ga4276) / クラーク・エアハルト(ga4961) / アルヴァイム(ga5051) / 井出 一真(ga6977) / 砕牙 九郎(ga7366) / 錦織・長郎(ga8268) / 柊 理(ga8731) / ロゼア・ヴァラナウト(gb1055) / 冴城 アスカ(gb4188) / 冴城 タカシ(gb5977) / アレン・クロフォード(gb6209) / 佐々木 絵馬(gb8089) / 奏歌 アルブレヒト(gb9003) / 篠原 機戒(gb9502) / アルティ・ノールハイム(gb9565) / 美沙・レイン(gb9833) / カンタレラ(gb9927) / 月明里 夜魅(gb9940) / 佐賀繁紀(gc0126) / 有栖 真宵(gc0162

●リプレイ本文

「道具の役割は使い方次第、とはよく言ったもんだね。今のドンパチが終わってもこれなら使い続けられそうだ」
 本社格納庫で、愛機に取り付けられるクローアームとドーザーブレードを見ながら、新条 拓那(ga1294)が頷いた。
 ある主のジョークを込めて、黄色い作業用ヘルメットを模したハリボテを新条は機体に被せていた。安全第一の文字も添えて。
「うーん、ちょっとシュール‥‥いや愛嬌があると言えなくも無い、かしら?」
 クレーンアームとカーゴを装備した皇 千糸(ga0843)が、首をかしげる。
 カーゴは色々と種類があるが中でもKV用手提げ鞄タイプのものは、妙な印象を与える。
 KV利用者が各々申請した装備を施していく中、1人塗装に精を出している少女も居る。鼻歌を歌いながら、機体側面に「K−111 けーいちさん」と文字を塗装しているエレナ・クルック(ga4247)だ。
「ここでけーいちさんの知名度を一気にアップですよ〜、もうあのKV何? なんて言わせないです〜」
 カプロイア社のK−111は少数生産の機体で所持している傭兵も10人程度しか存在しない。カプロイア伯爵の趣味による手作業生産品の為、大量に生産できない機体だからだ。
 レアリティのある機体とも言える。K−111をモデルにしたKV少女も意図的に生産が抑えられており、その希少さからオークションに出れば高値がつくと言われる程だ。
 
 KVによる作業を行う者だけでなく、中には生身での参加を行う者も居る。
 復興作業の拠点となる本社敷地内に建てられたプレハブの休憩所。そのホワイトボードに奉天社に依頼して作成してもらった航空写真を元にした地図を貼り付けているアルヴァイム(ga5051)もその1人だ。
「天候はしばらくは晴れ‥‥か」
 気象衛星が使えないためバグア襲来以前より的中率は落ちていたが、周辺の気圧や風向き、風速、気温、湿度といった地上でも収集できる情報を元に作る事が出来る為、当てになるレベルではある。
 ホワイトボードに天候情報や気温を書き込んで、本社敷地内の地図を描き、瓦礫を収集する場所を書き込む。
 情報の周知徹底は口頭で伝える事も必要だが、こうして絵や文字で示す方が有効な情報もある。直感的に理解できるからだ。
 瓦礫とはいえ、現代建築に主に用いられている建材はコンクリートと鉄筋に選別し、適切な処理を施せば再利用が可能な為、安易に埋めるなどの処理は好ましくない。
 生身で活動する者はそれなりの人数が居るが、多くは周辺の偵察に向かっており、休憩所に待機する人員はそれほど多くない。
 カンタレラ(gb9927)は休憩所で待機する数少ない例外だ。
 食事は当初は戦闘用の糧食パックが各人に配られる予定だったが、炊事担当を名乗り出た彼女の要望に応じて野外炊事車が手配されていた。
 温食の為のヒートパックも味は考慮されているとはいえ、糧食よりは実際に調理したモノの方が美味しいのはある意味当然であり、また二次加工による費用やゴミ処理の問題もあり、カンタレラの要望はすんなりと通っていた。
「まぁ、日本式のカレーが妥当かしらね?」
 エプロンを装備して材料と一度にたくさん作る必要を考慮してカンタレラは首を傾げる。
 実戦における野外炊事ではカレーは独特の匂いが広範囲にわたって広がる為、野営地点を気取られる事などから嫌われるが、今回のような場所では問題ない調理の一種だ。
 
「さてと、大規模中はカメルだったけど‥‥壊したもんはキッチリ直さないとな」
 砕牙 九郎(ga7366)はコクピットから見える瀋陽の街並みを眺めて、呟く。
 奉天本社施設周辺は本格的な戦闘が行われなかったのか被害は殆ど無いが、中央市街は未だに煙を上げ、大地震でもあったかのような惨状だった。
 つまり、災害に匹敵するほど戦闘が激しかった事を意味する。
 傭兵達の計画は、まず主要な道路沿いに除去を進め、地区ごとに除去を完了していくというものだった。
 計画自体に問題は見られないため、奉天社私兵もその計画に沿うように市街各所に展開している。
「手分けしてやればすぐに終わりますよ‥‥初めてこのヘッジローを使う気がしますね」
 クラーク・エアハルト(ga4961)がリッジウェイに取り付けられたヘッジローを起動する。
 ヘッジローはノルマンディー地方の分厚い生垣を意味する。
 そうした生垣を粉砕し、進行する為に二次大戦中の戦車に取り付けられたものがヘッジローカッターだ。イギリスのクロムウェルやアメリカのシャーマン等の戦車に取り付けられている写真が有名だろうか。
 二次大戦中の装備とは異なり、リッジウェイの装備は生垣ではなくそれ以上に進軍の邪魔になりうる存在であるコンクリートを高速振動する爪で粉砕するのがその目的だ。
 用途としては戦車装備のヘッジローカッターとほとんど同一の装備といえる。
 コンクリートを発泡スチロールのように容易く砕いていく破壊力を有するが、SESによる増幅を受けていない為、キメラには通用しない。
 砕牙はクラークが砕いた瓦礫の中でも大型のものをクレーンを使ってカーゴへと入れていく。クレーンで掴めそうに無い瓦礫はジャッキで
 KVの手を使えば簡単に保持できそうなものだが、人間がダンボール箱を片手で掴んで持ち上げる事が出来ない事と同じで、出力的には問題がなくとも、掴む部位の大きさが足りなければ保持できないからだ。
 奉天社が貸し出しているクレーンやクローアームはKVの手よりも遥かに大きい為、大型のものを保持する事に使えるのだ。

 終夜・無月(ga3084)は借りた削岩機で道路上の岩を砕き、まずは通行路を確保する事を優先して動いていた。
 道路上に散乱する破片はさほど大きなものはないが、面倒なのは擱座したKVや車両、大型キメラの死骸だ。
 キメラの死骸はフォースフィールドを失っているため解体処理などは容易とはいえ、その大きさから処理には手間を要する。更にその場で処理した場合、内臓や血液が飛び散り厄介な事になる。
 その為、キメラの死骸処理は傭兵ではなく、処理を専門とする軍の一部隊が投入される。瀋陽の復興においても、同様の処理が取られていた。
 擱座したKVの処分はキメラ以上に厄介となる。
 戦車であれば戦車回収車という車種があるが、陸戦形態で擱座したKVは戦車回収車では回収が困難だ。重量に関しては問題ないが状況によっては弾薬類や燃料が放置され、安易な処理をすれば暴発する可能性を内在している。
 解体するにしてもメトロニウム装甲の頑強さが障壁となる。
 砕いた岩の次に終夜が向かったのもそうしたものだった。既に生存者や死者の殆どが救助されている為機体側面には救出作業が終了した事を示すマーキングが描かれている。
「こういう使い方も有るのですよ‥‥」
 マーキングを確認すると「処理が困難な残骸」に対して、機体内蔵雪村を起動。
 居合いに似た構えから、斬撃を叩き込む。
 機体内蔵雪村が前腕部からレーザーブレードを展開する構造状、居合いとは言えない上に雪村がレーザーブレードであり鞘走りを利用する居合いとは根本的に違うが。
 また、意図した機体を体の延長線上とした柔軟な動きも、機体の構造状不可能で、似たモーションを取るのが精一杯である。
 これは、KVという兵器が人型を取っているとはいえ人間の骨格をベースとしていない事がその理由だ。背骨に相当する部分がKVには存在しない事、間接部の稼動範囲や装甲の干渉などがある。
 人型であるとはいえ、人と同じ動きが出来るKVは現状では存在しない。
 そうして道を切り開く終夜の横を井出 一真(ga6977)のゼカリアが走り抜けていく。人型形態でも歩行できないかわり、ゼカリアの脚部は無限軌道を採用し、4脚型だ。
 地形追従性が高く、無限軌道という性質上不整地踏破能力も高い。
 こうした荒れた市街での運用には適した機体と言えるだろう。
「さて、大規模作戦の後始末といきますか」
 井出は自前の装備であるドーザーブレードとヴァイナーショベルで瓦礫の撤去作業を行う事としていた。420mm砲を外す事も検討していたが、流石に外せず装備したまま移動している。
 問題は搬出用のカーゴを装備していないので、基本的には瓦礫を適当な大きさに砕くのがその主要な仕事だ。
 同様に、運搬ではなく破砕作業に専念しているのがアレン・クロフォード(gb6209)だ。
 大型の瓦礫を削岩機で砕き、ドーザーブレードで一箇所に集積していく。
 井出とアレンが砕いた瓦礫を運ぶのは篠原 機械(gb9502)だ。キメラとの力試しもしたいと考えていた篠原だが、現状ではその気配は無い。
 キメラへの注意は怠らず、砕かれた瓦礫をカーゴに投入し、本社と作業現場を往復する。
「ヘルメットワームやらゴーレムの残骸があるかと思ったがそうでもなかったな」
 クロフォードが作業の手を止めず道中で見かけた残骸は全て人類側兵器である。
「ああ、バグア兵器は殆ど倒された時点で自爆しますからね。それこそ部品単位で、残骸があるとしたら装甲の欠片くらいでしょうか?」
「そういうもんか? まぁ使えるような部品はそうそう手に入らないってコトか」
「一応、バグア技術でこちら側が解析、生産出来たのはメトロニウムくらいでしたね‥‥あれが1990年のコトですから、既に20年近く新発見は無いんですね」

 井出らと少し離れた場所では月明里 夜魅(gb9940)が解体作業に精を出していた。
 娘の変わりに復興作業に駆けつけた彼女は子供を育てているだけに、掃除は得意だった‥‥問題は、瓦礫撤去は掃除としては大雑把過ぎてノウハウの殆どが通用しない事だが。
「それにしても‥‥すごい荒れようねぇ。オラシオンの扱いにも慣れておきたかったから丁度良かったかしら」
 瓦礫を砕いていると、空のカーゴを装備したヘルヘブン250が排気音と共に現れる。
「さーて、運びますよ〜」
 やって来たのはアルティ・ノールハイム(gb9565)だ。高速巡航を得意とするヘルヘブンの特性を活かし、あちこちを走り回って瓦礫の運搬に専念している。
「あら、丁度いい所に来たわね」
 月明里はヴァイナーショベルで瓦礫をノールハイム機のカーゴへと放り込む。ノールハイムはクレーンでショベルでは運べないような大きな瓦礫をカーゴに搭載していく。
「積み過ぎはダメよ?」
「うーん、もうちょっといけますよ」
 過積載を気にする月明里にノールハイムが答え、カーゴが一杯になった所で機体を発進させる。
 冴城 アスカ(gb4188)と冴城 タカシ(gb5977)の姉弟は倒壊の危険性のある建築物の解体作業を行っていた。
 建築物の解体は爆薬で柱を吹き飛ばし、その自重で倒壊させる方式が一般的だ。爆発を上手く調整すれば、周辺に大きな被害を及ぼさず自重で潰すと言った事も出来る。
 しかし、そうした繊細な爆破は相応の技術が必要になる。
 姉弟が採った解体方法は至極簡単なものだ。
「これは‥‥今にも倒れそうで危険ね。私が壁を壊すから、タカシは柱を壊して頂戴」
「OK、それじゃ僕はこっちからやっていくね」
 つまり、片側の壁、柱を壊す事で倒す方法‥‥通常の街中では広い範囲に影響が出る為、解体作業としてはあまりとられない方法だ。
 だが、復興作業に携わる人間が殆どの状況では別段迷惑も何も無い。
 巻き込まれる人間が周囲に居ない事を確認してから姉弟は手早く柱と壁面を粉砕すると。支えが外れバランスを崩した建築物がゆっくりと傾きを大きくし、盛大な音を立てて崩壊する。
 地面との接触で土埃や、瓦礫が宙を舞うが、KVの中にいる限り実質的な被害は殆どないといえる。
「しかし、流石にコレだけの瓦礫は一度に運べそうも無いわね」
「まぁ、とにかく運んでればそのうち減るでしょ」
 姉妹はそう言って作業を進める。
 運べば減る‥‥確かにその通りであり、誰かが運ばない限りは永遠に瓦礫が減る事は無い。
 気が滅入る様な量であっても、運び続ければいつかは無くなる。
 普段の戦闘と比べれば、地味な作業ではあるが、人が生活する場を作り出すためには必要な事だ。
 
「大丈夫‥‥シミュレーション通りに動かせば‥‥」
 美沙・レイン(gb9833)は実戦でKVを動かすのは初めてである。
 とはいえ、KVの操縦はエミタAIによる補助があり、慣れ親しんだ道具を扱う時の様に特別考えて体を動かさずとも、エミタAIが意図した機体動作を行うよう体を操ってくれる為、特別難しい事はない。
 経験の蓄積による状況に最適な機動選択や戦いを組み立てる能力の差こそあれ、操縦技術に関して言えば能力者においてはベテランも新兵も同じだ。
 レインの前を行くのは奏歌・アルブレヒト(gb9003)。
 レインとは同じ兵舎に所属する仲であり、多少なりとも親しい間柄である。
 アルブレヒトが周辺を警戒し、レインが撤去作業を行う形となっている。レインは機体操縦に集中している為に、周囲に目がいっていない状況だ。
 操縦自体は然程難しくないとはいえ、初の実機操縦という事がレインの緊張を高めるようだ。
「もう少しリラックスした方がいい」
 見かねてアルブレヒトが助言をする。
「え!? ‥‥そ、そうね。リラックス、リラックス‥‥っ!?」
 おっかなびっくりの操作のレインは、突然発したセンサーの警告音に一瞬体を硬直させてから、慌てて計器に目を走らせる。
 その目が捉えたのは自機に接近する1つの光点だ。
「敵、多分大型キメラ」
 アルブレヒトが月光を構え、レインは慌ててマッドハウンドの状態を確認する。やがて、瓦礫の向こうから大型のキメラ、通称ケルベロスと呼ばれるキメラが姿を現す。
 体長もKVに匹敵するような相手だが既に深手を負っている事が見たでけで分かる。本来3つある頭部のうち、一つは切り飛ばされたのか存在せず、一つは潰されているのが明らかだ。
 更に全身に怪我を負っているらしく、動きは精細を欠いていた。
「先に仕掛ける」
 アルブレヒトが言うが早いか一気に接近し、斬撃を叩き込もうと剣を振りかぶる。
 刹那、ケルベロスは前に駆ける。
 剣は振り下ろすという性質上、先端部が最も威力を発揮し、根元ほど威力が減衰する。
 それを見切った上での行動、同時に自身の質量にモノを言わせた体当たりを行う。捨て身、とも言える攻撃方法。
 ダメージは然程ではないが、衝撃に体勢を崩したアルブレヒト機を尻目に、ケルベロスはまごつくレインに攻撃の牙を向ける。
 相手の恐怖心を感じ取ったのか、標的をより討ち易いと感じた方へと切り替えたケルベロスが、負傷の身とは思えぬ動きで疾駆する。
 接近する大質量の獣の迫力に、思わずといった形で後ろに下がりかけたレインは目標を見据えてその場に踏みとどまると、マッドハウンドを構える。
「こ、この‥‥負けてられないのよ!」
 声と共に、獣の鼻先へと拳を繰り出す。クロー状の爪がカウンターとなりキメラの残った頭部へとめり込む。
 同時に衝撃。
「や、やった!?」
 血に染まったKVの腕と、目前に崩れ落ちたキメラを交互に見つめたレインは緊張を解く。同時に全身が汗ばんでいる事を自覚する。
「‥‥お風呂入りたい」
 
 休憩所では、有栖 真宵(gc0162)がピーラーでジャガイモの皮剥きをしていた。
「この人数になると‥‥下拵えだけでも大変ですね」
 その横ではカンタレラに捕まった奉天社員が同じように皮剥きに参加させられていた。
 調理中のカレーの材料である。
 呟きながら黙々とジャガイモの皮を剥いていく。整備員を含め、約300人分のカレーだ、一般的なレシピではカレーに用いられるジャガイモは一人当たり大き目のものが一つ。
 つまり、使用するジャガイモの総数は300個を越える。
 無論ジャガイモだけでなく、ニンジンや肉類もあるのだが。
 下拵えをする面々だが、カンタレラはタマネギを焦がさないよう慎重に炒めていた。カレーを美味しくするのには、きつね色に炒めたタマネギが必須だ。
 普段の調理で慣れてはいるが、いつもとは違い今回炒める量はとても多い。
「‥‥ここは手を抜いても良かったかも‥‥」
 そんな事も思うが、始めてしまった以上手を抜く気はない。
 タマネギを刻む前に電子レンジで加熱し、硫化アリルによる涙を抑えるという小技を用いてタマネギを刻んでいく。
 電子レンジによる加熱は若干味が落ちてしまう。他の方法だと硫化アリルが水溶性である事を利用して水に浸けて斬る方法があるが、水中でみじん切りは難しい。
 気化を利用し火の傍で換気扇を用いながらという方法もあるが、火は燃焼用の燃料が限られる現状、必要最小限に抑えたいがゆえに電子レンジによる加熱の手を取った。
「そういえば、電気ってどうなってるんです?」
 有栖がふと思ったように口にした。発電所は作戦の課程で潰されている、送電線も各所で寸断されている状況だ。
 普通に考えれば電気が通るような状況ではないが既に工場施設の一部は稼動を開始し、仮設とはいえ宿舎や休憩所等の設備で電力供給が途絶するような事はない。
「電気は敷地内地下に埋設した発電機のものを利用しています、都市一つとはいきませんが、工場施設及び本社各施設を稼動させられるだけの発電能力はあります」
 ジャガイモの皮を剥きつつ、奉天社員が疑問へ回答。
「なるほど」
「もっとも、あくまで非常用の設備ですから然程耐久性はありませんし、無補給だと1週間程度が限界ですが‥‥現状補給は問題ないですからね」
 
 長机が並べられた休憩所の一室ではアルヴァイム作成の地図に作業が終了した地区を書き込む為に錦織・長朗(ga8268)が待機していた。
 アルヴァイムは生身での哨戒中のため、事務作業を錦織が引き継いだ形だ。
 簡易ではあるが、無線機も幾つか設置されているため、簡単な工事の式を執る事が出来る。
『こちら、佐賀だ。A−3の作業終了』
「Aー3完了だな?」
 佐賀・繁紀(gc0126)からの無線に応じると、幾つか転がっている赤のサインペンを手に取り、作業終了の地区斜線を引いていく。
 既に作業開始からそれなりの時間が経過している事もあり、佐賀が終了させた地区以外にも斜線が引かれている。
「佐賀機は問題が無ければ、B−3の作業を開始して欲しい」
『B−3、了解した。キメラの出没情報はあるか?』
「稀に大型キメラが出ているらしいが、然程数は多くないな。KVで手こずるような相手は確認されていない」
『分かった。ではB−3の作業を開始する』
 無線による応答を終わらせると、机に置いたマグカップを手に取りながら、作業地図に目を向ける。
「大体10分の1程度は終わっているのか‥‥普通の車両を使ったらこう早くはいかないだろうね」
 呟き、コーヒーを口に入れようとした刹那、無線からの声が届く。
『ロゼア・ヴァラナウトです。‥‥あの、D−4にキメラ多数確認しました。種別は、ええと、マグナムキャット。数は目で見える範囲には12‥‥1人じゃちょっと無理そうです』
 ロゼア・ヴァラナウト(gb1055)からの報告に、錦織は比較的近辺に位置するKVに連絡。
「40秒程度で、KVが到達する」

 錦織からの通信を受けて、ヴァラナウトは無線機を仕舞うと物陰から敵襲団の様子を伺う。
 瓦礫や残骸が多いため、隠れる場所には事欠かない。
 マグナムキャットの群れは特別何かを追っているわけでもなく、無目的にうろついているだけのようにも見える。
 指揮官役のバグアが去っている為、本能で動いているのだろう。
 暫く観察すると、SESの吸気音が響いてくる。駆動中のKVが立てる独特の音だ。
 その音に感づいたのか、急にマグナムキャットの動きが活発化し、音の方向に向けて猛然と走り出す。ライフルに弾丸が込められている事を確認すると、群れの最後尾を狙いトリガーを引く。
 マズルフラッシュと共に放たれた弾丸が最後尾のキメラを捉える。
 一発で仕留めるには威力不足だが、予期していない後方からの攻撃に群れの後ろが若干の混乱を見せる。
 ヴァラナウトを狙うか、KVを狙うか一瞬の躊躇。
 そのスキを付くかのように高速で突っ込んできた新条の駆るシュテルンがディフェンダーを振るい、前列に立つキメラを薙ぎ払う。
「足元でうろつかれるのはうるさいんでね」
 ディフェンダーの一撃に巻き込まれた数匹が体を分断されながら、廃ビルの壁面に叩きつけられる。
 続いて、皇のS−01がメトロイウムシャベルを叩き付ける。
 塹壕戦において最も有効な武器とも言われるシャベルだが、KV用の武器としてもそれなりの性能を有し、ハンマーのごとき一撃となる。
 振り下ろしたシャベルの先端と地面との間に挟まれた一匹がミンチと化す。
 2機の攻撃に反応した群れが背の大砲を向ける。
 マグナムキャットが中型キメラではあるがKVにとっての脅威度がそれなりに高い理由がその背の武器だ。一発一発の威力は然程ではないが、群れで運用する事でKVにとっても侮れない火力を発揮する。
 背から放たれた砲弾が回避機動を取る2機の側面を抜け背後のビルに直撃。一拍の後、支柱を砕いたのか、既に傾きかけていたビルがゆっくりと崩れる。
「被害が出ないよう注意‥‥って言っても当たる訳にはいかないわよね」
 一瞬振り向いて背後の惨状を確認。
「ドリルゥゥゥスマッシャーパンチィィィィイ!」
 エンジン音を派手に響かせながら、佐賀が駆るヘルヘブン250が二輪形態で群れの中心に突っ込み装備したドリルを叩き込む。
 KVが保持するようなドリルを中型キメラに叩き込めばそれは風穴を開けるでは済まない。完全に挽肉状態だ。
「‥‥流石に3機も居れば、手っ取り早く片がつきそうです」
 戦場から離脱を図る個体をヴァラナウトが生身ゆえの小回りの良さを活かし、ライフルによる射撃を加えて仕留める。
「こちら、ヴァラナウトです。えっと‥‥D−4のキメラの制圧を確認しました。あの、戦闘の影響で被害レベルが1上昇です」
『制圧了解。D−4の処理を3機で開始してくれ、元の場所には別の機体を向かわせている』
「‥‥さーて、頑張りますか」
「これを全部片付けるのは、途方に暮れるね‥‥とはいえ、始めなければ終わらない、か」
 周囲の状況を一瞥した皇と新条が同時に嘆息し、手近な瓦礫から撤去作業を開始した。
 
 場所に似合わぬフロックコートを着た男が、下水道に潜り込んでいた。
 通称UNKNOWN(ga4276)と呼ばれる本名不詳の男だ。
 ライフラインの調査の為に赴いたのだが、長らくマトモに使われていなかった為か悪臭はそれ程でもない。問題はいつの間にか住み着いていたスライムなどのキメラだ。
 復興の前にこうした地下部位も完全に掃除する必要があるだろう。
 側面から這い出してきたスライムを手にしたショットガンで弾き飛ばすと、手馴れた様子で次弾を装填し、再度叩き込む。
 スライム系統のキメラは基本的には実弾ではなく非物理の武器が有効だが、物理的な打撃が効かない訳ではない。
 鉛の散弾を食い込ませ、弾けとんだスライムの映像を撮影すると、手にした手帳へと遭遇地点等を記録してゆく。
「ふむ、上で戦闘か」
 衝撃音と共にパラパラと振ってきた埃を払い落とし、UNKNOWNは懐中電灯を前方に向けると、帽子を押さえ歩き出す。
 可能な限り、地下の状況を調べておこうという予定だ。マップ作成用の道具もばっちりとそろえている。
「ちょっとしたダンジョン探索、といったところか。‥‥宝物が無いのが難点だがな」
 そう呟いて、シガレットを取り出し口にくわえる。
 火をつけないのは閉鎖空間だからだ、下手をすれば酸素が薄くなりすぎる。超人的な身体能力を誇る能力者だが、その身はあくまで生物であり、活動には酸素を要する以上無用なリスクは極力廃した方が良いだろう。

 柊 理(ga8731)、佐々木 絵馬(gb8089)、奉条・遮那(ga0352)の三人はチームを組んで生身での探索を行っていた。
 最後尾を歩く柊が探査の目等のスキルを時折使用し、周囲を警戒する。
「ボク等傭兵は復興に対して継続的に関われませんが、この一歩こそ後に続く一歩だと信じて前に進みたいですね」
「そうですね。少しでも早く復興が進めば良いのですが」
 柊の言葉に佐々木が応じつつも、周囲に目を配る事は忘れない。
 KVでは通過が困難な細い路地は幾つもある、そうした場所に潜伏しているキメラが居ないか調べている彼等だが、スキルを併用している者がいるとはいえ、無数の瓦礫や路地の裏など隠れる場所が無数にある現状では不意打ちを防ぐのは難しい。
 逆に言えば不意打ちを仕掛けるのも容易という事だ。
 角で停止した奉条が後ろの二人に手で静止するように示す。
「敵ですか?」
「ええ、まだこちらには気づいていないようですが‥‥」
 気づかれないようにこっそりと顔を出し、目視で確認した佐々木はそこにやや大型のキメラが1匹佇んでいる事を確認する。対人用のキメラなのだろうが、幾つかの動物を掛け合わせたキメラという言葉がしっくりと来るキメラが其処に居た。
 よく観察すると、あちこちに怪我を負っており、治癒の為にじっとしているという事が予測できる。
「やるなら、今のうちだね‥‥不意を撃てば有利に戦えるハズ」
 奉条と佐々木が隠密先行により気配を消し、側面の路地を通り回り込むように移動する。
 作戦は単純、不意打ちと挟み打ちだ。
「抜き足‥‥差し足‥‥っと、流石に瓦礫が多いと難しいですね」
 瓦礫を踏み崩して音を立てないよう慎重に足を運び、ポジションを取る。
 指でOKのサインを送ると、柊とタイミングを合わせて飛び出す。
 突然の襲撃に、キメラの対応が僅かに遅れる。その隙を突いて、奉条と佐々木が矢を番え、弦を引き絞る。 
 奉条の弓が洋弓であるのに対し、佐々木の弓は和弓。矢を番える向きが異なるくらいで、性質は全く同一の存在だ。
 引き絞られた弓から勢い良く矢が放たれる。能力者の力により、その矢の速度は銃弾に勝るとも劣らない。
 普通の生物では耐える事が難しいような一撃だが、キメラは既に普通の生物とは呼べない。バグアが誇る生命工学により生み出された戦闘用の生物だからだ。
 体に突き立つ矢に苦鳴の声を上げるキメラだが、戦意は萎えては居ない。
 そこに走りこんだ柊が洒涙雨を一閃。刀に冠された名の意味は七夕に振る雨を示し、織姫と彦星の流す涙と呼ばれる。
 更に一歩踏み込み、流れた刃をを振り上げる。二連の斬撃。反撃を警戒し、即座に後ろに跳躍し、間合いを取る。
 一拍遅れてキメラの体に朱の線が走り、血液が吹き上がる。
「こっちにかかって来い!」
 派手に立ち回る柊は、本来は後衛である奉条と佐々木を攻撃に晒さぬ為の動き。
 振り下ろされる爪をバックラーで弾き、牙を刀で受け止める。
 そのキメラの背に次々と矢が突き立っていく。
 流石に不利を察したか、キメラの視線が逃走のルートを見定めるかのように左右に動く。瞬間ではあるが、明白な隙。
 その半秒にも満たない隙を柊は見逃さなかった。
 下段から突き上げられた突きが、キメラの喉を貫き、後頭部から抜ける。誰の目にも分かる明白な致命傷。
 キメラの瞳から生命の輝きが失せる。
 それを確認した柊が刀を抜き、懐紙で刀身に付いた血糊を拭い、鞘に納める。
「然程、手こずりませんでしたね」
「手負いの獣は手強いとは言いますが、やはり傷を負っている状況では動きが鈍りますね」
 誰一人怪我を負わずに勝利できたのは僥倖ではあった。
 負傷が無く本来の動きを相手が取る事が出来ていれば、負ける事は無いにせよ、若干の怪我を追った可能性はある。
 頷くと三人は哨戒を再開する。

「食事は‥‥日本式のカレーですか」
 一時、作業を中断し休憩に戻ったクラークが、配膳される食事を見て頷いた。
 白飯の上にカレールゥがかけられている食事は日本人には食べた事のない人がいないほどのものだが、アメリカで育ったクラークには馴染みの薄いものだった。
 匙を取って掬い、口に運ぶ。
 カレーの持つピリリとした香辛料の辛さと、白飯の甘みが程よく調和し、独特の味わいがある。
「うん、やはりカレーは美味いですね。人によって味が変わるとはいえ、誰が作ってもハズレが無い」
 頷いて食事に勤しんでいるのは井出だ。
 彼の皿は既に半分ほどが片付けられている、付け合せのサラダの器は既に空だ。
 次の作業区域の詳細な地図を見ながら、工程を思考しつつも匙を持つ手は止まらず、次々と片付けていく。
「はい、どうぞ」
「ありがとう‥‥余裕があれば、俺も手伝いかったんだが」
「大丈夫ですよ」
 配膳所で有須から食事を受け取った終夜の言葉に、有須は問題ないと答える。
 解体作業をしつつ、食事を作るのは人数の関係で難しい。無理ではないが、疲労度が大きく変わってくる。作業が中断されるような状況があれば話は別だが、昼夜を問わない現在の状況では難しい。 
 休憩を終えたアルティとクルックが、格納庫へと戻る途中、見慣れぬKVが、奉天社の開発用の格納庫へと移動しているのを目にする。
 見えていた時間はごく短時間だが、その動きは今までのKV以上に滑らかで、機械というよりは生身の人間を想起させる。
「あれは‥‥新型でしょうか?」
「‥‥多分」
「一応新型ですね、ウチだけではなくMSI、銀河重工を含めた三社共同で得意とする技術を組み合わせ、部品規格を統一するためのコンセプト機ですが」
 首を傾げる二人に、白衣を纏った女が答える。
 機体の性能面に質問が及ぶと、発表はまだ当分先であり、量産するのかすら未決定という回答を述べる。
「ただ、一つだけ言えるのは今までとは駆動系が異なる、全く新しい構想で仕上げられる機体になると思います」
 と、二人にはそれだけの情報を告げる。
「さて、お仕事頑張るですよー!」
 それ以上の情報は得られないと判断したクルックが元気に声を出した。  

 奉天の本社敷地内に大型トレーラーが到着したのは作業が始まってから2日後の事だった。
「随分と沢山みたいだが、何があるんだ?」
「さぁな、知る訳がないだろう」
 その様子を見ていた砕牙が、クロフォードに問うが、あっさりと返される。
 二人の前でコンテナが開くと、そこには無数の機材が詰まれていた。特に多いのが長いレール状のものだ。
「鉄道‥‥?」
「はい、正解です」
 疑問符付きの言葉への返答に思わず振り返った二人の視界に、奉天社の作業服を着込んだ男が入る。
「瀋陽の奪還に伴い、ロシア資源遅滞との陸路が拓かれましたからね。陸上で大量の物資輸送が出来る鉄道路が使用可能になったんですよ」
 男はロシア資源遅滞からの輸入用のルートだと告げる。反対に生活必需品や武装を送る為のルートだとも。
 今まで極東ロシアからの資源は輸送船に載せて運ぶか、輸送機に乗せて運ぶくらいしか手が無かったが、直通で物資が得られる事により様々な物資がより安価で供給できる事になったと男は説明する。
 最も鉄道路の敷設にかかる費用は決して安いものではないが。
「それは助かるな、武器とか安くなるのか?」
「価格はUPCが設定しているので此方からはなんとも言えませんが、少なくとも各国の戦費を多少は軽減できるようになる筈です」
 バグア侵攻以降、恒常的な戦争が続いている為、一部の国を覗き経済的に危機に陥っている国は多々ある。
 そうした国々にとって今まで以上に安価な武器弾薬を供給できる事は、目立たないながらも対バグア戦争の大きな力となると男は自信たっぷりに告げると、集まってきた作業員に次々と指示を飛ばし始める。
「裏方も大変なんだなぁ」
「さて、俺等も仕事だ‥‥これも今までは裏方がやってたと思うと、戦いってのは実際に砲火を交える事だけじゃないと実感するな」
 頷くと、二人は駐機状態のKVに飛び乗り、作業を再開した。

 数日後、瓦礫の撤去作業が完了する。
 奉天から重機型のKVパーツの貸与を受けた傭兵はその使用雑感を纏め、レポートの作成を行い、ラストホープへと帰還する。
 パーツの使用に際しては特にトラブルが生じる事も無く、傭兵には概ね好評を得る事が出来た。
 特に、こうした復興支援における初動体勢で用いれば、重機を揃える必要が無くアタッチメントを切り替えるだけであらゆる状況に対応が可能な点が評価されていた。
 従来の重機ではどうしても用途に特化した形の車両になってしまうので役割が限定されるが、KV用のパーツとすれば汎用性が大きく上がる。
 更に、本来兵器であるKVが戦争が終わった後、民間へと転用できる可能性を示す事となった。

 復興は道半ばだが、周辺へ疎開していた住民達が戻り己の街を元通りとするだろう。
 戦争の影響で住処を追われる人間も多いが、バグアを退ける事が出来れば己の故郷へと戻る事も可能なのだ。
 傭兵達はその事を胸に刻みつつ、帰路へとつくのだった。