●リプレイ本文
「未知の相手‥‥人型のまま飛んでたって話もあるようだが、さて‥‥」
リッジウェイのコクピットで、ゲシュペンスト(
ga5579)が呟く。
出発直前、中国とは別方面でタロスと交戦した正規軍から交戦データと共に若干の情報は届いていた。
しかし、混乱した前線の情報が正確に届けられた訳ではなく、またその情報も概要程度のレベルだ。
「敵の新型機ね‥‥概要は判明したみたいだけど、どれくらいの戦力か分からないと戦いは不利になるからな。この任務の完遂は重要だな」
「敵新型機のデータ取得‥‥重要な任務なのです。緊張するのです。でも頑張るのですよっ!」
Anbar(
ga9009)、鬼灯 沙綾(
gb6794)の言葉どおり、今回の依頼は概要ではなく、より正確な敵戦力を測る事がその目的である。
「敵を知り、己を知らば、百戦危うからずってね‥‥まぁ、考えてる事は向こうも同じみたいだけど」
ロジーナに搭載した偵察用カメラを調整しながらレベッカ・マーエン(
gb4204)が孫子の兵法の中でも有名な一節を持って応じる。
もっとも、実際は敵と味方の戦力だけが分かってもそれだけで戦いに勝てる訳ではない。戦場においては彼我の戦力差だけでなく様々な要素が勝敗に影響を与えてくるからだ。
しかし、何も知らないまま戦うよりは余程有効な戦闘が期待できる。
「ま、ゲームとかでも敵のデータが分かってれば弱点が突けるからな。そう簡単に弱点が見抜ける訳じゃないとは思うが」
密かに趣味としているゲームの事を想像しながら、その幼い外見に似合わない口調でランディ・ランドルフ(
gb2675)が頷く。
「敵も味方も新型機ですか‥‥来たみたいですね」
ランドルフと不破 霞(
gb8820)の銀河重工の新型機シラヌイを風防越しに眺め、望月 美汐(
gb6693)がレーダーに識別不明の光点が表示されている事に気づいた。
その光点は徐々に自分達へと接近してくる。
「速度は‥‥ヘルメットワームと同程度、か?」
レーダー上の光点の移動速度から、戦いなれたヘルメットワームの速度と同程度とカララク(
gb1394)は見て取る。
やがて彼等傭兵の視界に3機の見慣れないシルエットが姿を現す。UPC軍のコードでタロスと呼称されている機体だ。
「護衛無し? あの新型が張子の虎じゃないならバグアも実戦データがほしいってトコか」
マーエンがその光景を記載カメラで撮影しながら呟いた。
頭上に円盤状のユニットを頂くその姿は、どことなく天使を連想させた。そのうち1機は円盤状ユニットの形状が若干異なるもののそれ以外は大きな差異は見られない。
陸戦形態で陣を組む傭兵に対する為か、高速で飛翔してきた機体がゆっくりと地表に降下、同時に円盤状ユニットが展開し、機体背後に翼のような形に配置される。
「飛行形態と陸戦形態、大きな変形はしないみたいだな、形状の違うのがリーダーか?」
Anbarはその様子をカメラで撮影する。
先手を取ったのは、前衛に展開するカララクだ。悠然と待ち構えるタロスに向けスラスターライフルを向ける。
操縦桿からの電気信号を受け取り、シュテルンの指がライフルのトリガーを引く。
機関部がSES特有の吸気音の咆哮を上げながら、銃口から無数の弾丸が放たれる。
殺到する弾丸をふわりと回避すると、タロスは指揮官機と思しき機体を戦闘に、やや前傾姿勢で高速で傭兵達へと移動を開始する。
その手に握られているのはハルバード状の武器だが、ゴーレムの汎用性を考えれば種々様々な武器が存在するだろう事は容易に想像できる。
「先手必勝! 一撃必殺! 喰らえ! ガトリングナックル!!」
ランドルフがコクピットで叫ぶ。
その声に反応してガトリングナックルが火を吹いた。音声認識で発射されるというKV兵装の中ではやや特異な分類である、おそらく開発者の趣味が多分に入っているのだろう・
それはともかく、機体腕部に搭載されたガトリングが砲弾をばら撒く。
傭兵達の初手は最も接近した機体へと攻撃を叩き込む事だった。集中攻撃により、なるべくダメージを与えてみようという策だ。
放たれた弾丸の数発が指揮官機の装甲を削る。
火力的には通常型のゴーレムであれば撃墜とまではいかなくとも、大破に近い損害を与える事が出来るようなものだったが、ゴーレム以上の回避性能、装甲によって機体に与える事が出来た損害はせいぜいが小破といったところだろう。
だが、少なくともシェイドやステアーのような1機で戦局を変えるような存在ではなく、現行機の火力が通用する事は確実だ。
後衛に立つ望月が放つレーザーバルカンの弾幕を回避し、接近した指揮官機が不破のシラヌイにハルバードを叩き込む。
金属と金属がぶつかりあう残響の中再度振るわれた斬撃は後方へとステップで移動した機体の残像を捉えるだけに留まる。
「一撃で30%近く持ってかれた、か‥‥ゴーレムとは大分違いますね」
軽くコンソールに視線を走らせ、表示されているダメージを確認する。
「本日も猫耳アンテナは感度良好なのですよー」
更なる追撃をかけようとした指揮官機に対し、KVの頭部に配置された猫耳アンテナをピコッと動かし、鬼灯の駆る翔幻が牽制射撃で封じる。
「ささ、ずずいっと右へどうぞー」
更に機動を封じるべく望月が後方からレーザバルカンの弾幕を展開する。
弾幕に押されるように移動する指揮官機へ不破は双機刀「臥竜鳳雛」を振り降ろす。
両の手に携えた竜と鳳の彫刻が施された刀身が指揮官機の装甲へと吸い込まれ、その機体表面に傷を付ける。
斬撃の命中と同時に不破の指がウェポンセレクタを弾き、ショルダーキャノンを選択するとロクに狙いもつけずトリガーを引く。
ゼロ距離。さしたる照準も不要な距離だからこそ出来る攻撃だ。
放たれた砲弾が指揮官機の姿勢を揺らがせる。
「今までのゴーレムとはひと味もふた味も違うって事か‥‥」
白兵戦中の不破機と指揮官機。その2機が一瞬離れたスキを突きAnbarが135mm対戦車砲のトリガーを引く。
「余所でも出たという話を小耳に挟みましたし、ここでしっかりデータを取りませんとね」
砲弾は僅かにステップを踏んだ指揮官機の側面を抜けたが、その回避機動の動きを読んだ望月が高分子レーザー砲を放つ。
3条の光が装甲を焼き焦がし、僅かに貫通した一撃が内部の生体部品に損傷を与える。
張られる弾幕に辟易したのか、ふわりとした機動で後退した指揮官機がプロトン砲を発射する。
バグア軍が良く用いる非物理兵器の代表武装だ。
その光芒は通常のゴーレムが使用するようなものとはケタが違う熱量を秘め、鬼灯機へと迫る。
「‥‥っ!?」
咄嗟の反応は間に合わない。
その鬼灯機の前に不破機が立ちはだかる。機体表面に炸裂した光はシラヌイを白く染め上げる。
通常の抵抗力であれば甚大な被害を受けただろう光は、シラヌイ特有のアンチ・エネルギー・コーティングにその威力を大きく減じられた。
しかしながら、この攻撃で既にダメージを受けていた不破機の損傷度は60%を突破した。
実質的に低改造機で指揮官を倒すには数を揃え、それなりの被害を考慮する必要がありそうだ。
一方量産機と交戦したのはカララクとゲシュペンストだ。
「どの程度の性能か、見せて貰う‥‥」
ハルバードの斬撃を焔魔で受け止め、ダメージを算出する。
計測された数値はデータリンクで転送されてくる不破機の損害状況とは差を示していた。差異は大分大きい。
「量産型と指揮官機という事か、しかし、普通のゴーレムと比べれば下手なエースゴーレム並だな」
「究極! ガイストキィィィィック!!」
謎の技名を叫びながら、攻撃を受け止められ動きが止まった量産機に対し、ゲシュペンストがリッジウェイによる蹴りを放つ。その脚にはレッグドリルが搭載されている。
高速回転するドリルが量産機の装甲を抉る。
刹那、生体部品を傷つけられた故か、抉られた装甲面から鮮血が噴き出す。完全な機械ではない生体ワームゆえの現象だ。
一撃をあえて受け止めたカララクは、ゲシュペンストの蹴りで体勢を崩した敵機に焔魔による攻撃を仕掛ける。
回避しようとした量産機だが、無理な姿勢からの動き故か間に合わず、大爪による一撃をまともに食らう。損傷具合からすると中破と言った所か。
2機がかりでなら充分に戦える。
かつて名古屋防衛戦時に出現したゴーレムとはその性能に差があるものの、KVの性能向上の方が現状では上回っている印象だ。
単機での性能ではまだまだバグア側に軍配が上がる。
問題はこの機体が量産機である点だ。
今回の依頼では、相手の数が少ない為に複数対1という状況に持ち込めては居るが、これが同数あるいはそれ以上の規模で攻め寄せてきたら、無改造機では相当の苦戦が予想される。
「ゴーレムに性能が追いついたと思ったらこれかい」
ぼやくように呟くゲシュペンストだが、カララクも思いは同じだった。
「対KV想定型かな? だが対KV用にはゴーレムがあるし、砲戦にはタートルワームがある。他に何かあるはずだ」
呟きながら、ランドルフはスパークワイヤーとディフェンダーを駆使し、量産機との近接白兵戦を開始する。
同時にマーエンも機斧カフカスを手に、斬撃を叩き込む。
1対1ならともかく、2機がかりの攻撃を1機で捌き続けるのは困難だ。同時に2点に集中する事は難しい、余程実力や性能に差があればその限りではないが、ある程度上回っているぐらいなら数でひっくり返す事は充分に可能だ。
「この程度なら、弱いエースゴーレムって感じだが」
ハルバードの斬撃で与えられたダメージを確認し、マーエンはそう評する。
彼女の機体は耐久性に定評のあるロジーナだ。物理攻撃に対する防御力はその無骨な外見に比例するように高い。
量産機の一撃は、確かにロジーナに損傷と言えるダメージを与えてはいたが、一発やニ発で沈むような桁外れの火力は備えられては居ない。
斬撃の衝撃で揺らいたロジーナに対して追撃を仕掛ける量産機だが、その背後に回りこんだシラヌイがその胴を薙ぐようにディフェンダーを振るった。
後背からの一撃というのは回避が最も難しい。
それは生身もKVも同様だ。重力センサーを用いているバグア側もその限りではない。
一撃を背中にまともに食らった量産機。近接武器の中でも最も基本的かつ大量に流通しているディフェンダーの斬撃は装甲を突き破り、内部にダメージを与えた。
ダメージを受けながらも、旋回による遠心力を加えた振り返り様のハルバードの一撃がランドルフの機体を捉える。
「うわっ!?」
加速された斧刃が機体に食い込み、殺しきれない衝撃にシラヌイの機体が数歩後退する。
一撃は機体の胸部付近に亀裂を与えていた。内部機器の損傷から、軽く火花が散るが、戦闘に支障は無いようだ。
「く!!まだどこも弄っていない新品だからな。他の皆の機体より弱いか!」
指揮官機に手こずっては居たが、戦況は概ね傭兵側が優位に進んでいるように見えた。
しかし、一向に相手に倒れる様子が見えない。
「なんてタフな? 一体どうなってるんです、これは」
思わずといった形で呟く望月。
幾度もの攻撃により、指揮官機、量産機ともにその装甲は歪み、一部は装甲が完全に剥がれて内部の生体部品がむき出しになっている。
にも関わらず敵の動きは最初に戦った時点と大きな差は無い。
通常、損傷を受ければその影響で動きが鈍ったりしてくるものだ。いくら予備系統が用意されているとしても、その予備系統が無限にある訳ではない。
そのトリックに気づいたのは鬼灯だった。
「‥‥傷が修復してるです?」
戦闘の最中、鬼灯が量産機の生体部品に与えた筈のダメージが修復されている事に気づく。
勘違いかとも思ったが、鬼灯の言葉にAnbarも同意する。
「‥‥戦っている間に傷が塞がるだと! バグアめ! なんて厄介なモノを作ってくれたんだ」
生体部品を用いているバグア機に自己修復能力があるのは知られていたが、その修復速度は非常に遅く、とても戦場で用いられるものではない。
メンテナンスの簡易化の一環としてそうした機能が付加されているのだろうと推測されていたが、この機体に搭載されている修復機能はその比ではない。
只、修復するのはあくまで主要機構である生体部品のみで外部装甲などの非生体部品に関しては修復は為されていないようだ。
やがて、3機のタロスはお互いに頷くかのような動作を取ると、傭兵達から大きく間合いを取った。
「何をする気だ?」
カララクがその動きに警戒する。
瞬間、背中のパーツがせりあがり、円盤状のユニットを形成すると来た時と同じように高速で飛び去っていった。
「追うか? いや、俺の機体は飛べないから無理だが」
「止めた方が良いでしょう。こちらの被害もバカになりませんし‥‥」
ゲシュペンストの言葉に各機の損傷状態を眺め、不破が応じた。損傷具合は各々異なるが概ね全機が半壊以上の損傷を受けていた。
「航空戦のデータもほしかったですが、機動性はヘルメットワーム以上あると見た方がいいと思うです。火力も見たとおりですよ‥‥強敵なのです、これが沢山来たら大変なのです」
鬼灯の言葉に皆が頷く。
「量産機の方だが、どうやら自己修復機能が停止したようだ。それが撤退の理由かもしれん」
カララクが戦闘の最後において与えたダメージが回復していない事を思い浮かべる。
「戦闘力もだけど、展開力もゴーレム以上だな。ゴーレムの陸戦能力プラスヘルメットワームの飛行能力の組み合わせ‥‥KVの模倣か?」
「そうかもしれませんね。戦闘力も確かに脅威ですが、あの展開能力と量産型ってのが厄介な事になりそうです」
戦闘を終え帰還した傭兵達の戦闘データの解析は急ピッチで進められた。
各方面軍が交戦した機体の記録と比較した結果、最も標準的な構成をしていたのが傭兵達の戦った機体であった事から一つの事実が浮かぶ。
それは、カスタマイズが施されているのは殆どが有人機であるという事である。
更に、その最たる特徴である自己修復機能だが、ある程度ダメージを与え続ければ機能しなくなっている事が判明した。これは燃料の問題だと推測されている。
この新型機の情報は上層部に重く受け止められた。
内部構造を急速に修復できるという事は基地へ帰還し、補給を受ければ外部装甲を交換するだけですぐに再出撃可能な事を意味しているからだ。
撃墜が困難な上に、すぐに再生、再出撃するゴーレム、ヘルメットワーム以上の量産戦力。
中国における大規模作戦において、タロスはその目標達成に対しての大きな障害の一つとして人類の前に現れた。