●リプレイ本文
基地のミーティングルームに今回の訓練を受ける10人の能力者が集まっていた。
各人の動機は様々だが、全員が空中戦に関しては然程の経験を積んでいない事は共通している。
「わわ‥‥ホントのホントに、あの冴木玲ちゃんだ‥‥!」
今回の教官役を務める冴木 玲(gz0010)が部屋に入った途端、興奮した声を上げたのは美崎 瑠璃(
gb0339)。彼女の機体は阿修羅、攻撃能力に特化した機体であり、陸戦時は人型形態を取らず、四足獣の形態を取る数少ない機体だ。
彼女は阿修羅が空を飛べるという事に気づいていなかったため、今回の訓練で空中戦に関してある程度の理解を深めようと参加していた。
「大規模作戦や依頼で既にKVに乗ってますが‥‥一度しっかり訓練しておいた方が良いと思いました。まして憧れの傭兵‥‥筆頭の玲さんに教われるんです‥‥頑張らない訳がありませんよ」
美崎同様、冴木の出現に興奮した様子で挨拶するのは月影・白夜(
gb1971)。彼は感情が昂ぶると無意識に覚醒してしまうが、これはエミタAIの欠陥ではなく覚醒のトリガーに彼の精神状態が関係しているためだろう。
覚醒に伴い狼の耳や尻尾型のオーラを形成するが、外見年齢の幼い彼の場合は狼というよりは子犬を連想させる。
尻尾や耳をぱたぱたさせるその様子に微笑んだ冴木は思わず彼の頭を軽く撫でる。
「空戦に関しては専門用語とかもチンプンカンプンなんですよねぇ。AIのおかげで動かす分には問題ないですけど、やっぱり知識面の不足は不安なところですし、この機会にしっかり勉強しておきたいです」
澄野・絣(
gb3855)がそう述べる。確かに一般人からの出身者が数多い能力者にはそういう、いわゆる軍事方面の知識など無い者の方が多い。更に専門用語も多く、慣れない者にとっては「何語で喋ってるんだろう?」と首を傾げる事になる事もしばしばである。
「エースから技術を学べるなんていいよね。フライトシミュレーターとゲーセンでやったけど、翔幻は搭載力低いからディフェンダーでの斬りあいも難しいし、それ以前に軽くて強力な武装は高いし。下手に搭載力つけようとするとお金かかるし‥‥コーポレーションの皆さん!上位機種開発プリーズ!」
ランディ・ランドルフ(
gb2675)の言葉は途中から愛機である翔幻への愚痴となった。翔幻はAU−KVを装着したまま搭乗できる数少ないKVで、全体的な性能は高水準でバランスの取れた機体といえる。しかし、搭載能力がかなり低いため必然的に装備は軽量のものを積まざるを得ないという欠点を備えていた。
かつてはライト・ディフェンダーなどのKV用の軽量装備も存在したが、生産が中止されたためか現在は入手困難となっている。
「大規模作戦以外でははじめてのKV使用です、しっかりこなしたいですね」
ぐっと拳を握り気合を入れているのは水門 亜夢(
gb3758)だ。
「……よろしくお願いします」
どこかおどおどとした様子ながら丁寧に挨拶をするのは雨衣・エダムザ・池丸(
gb2095)。
その他全員と簡単に挨拶を交わした冴木が席に座るよう示すと全員が大人しく着席する、中にはノートや筆記用具を用意しているものもいる。
「さて、まずは皆さんからの質問事項に回答しますが‥‥質問は何かありますか?」
「あいあい! しつも〜ん!」
その言葉に元気よく手を上げたのは火絵 楓(
gb0095)。続きを促す冴木に、彼女は早速質問事項を口にした。
「玲さんは今彼氏はいますか〜?」
「‥‥え、え、ええと? いません‥‥けど」
明らかに想定していた質問とは異なる内容に一瞬停止した冴木だが、律儀に回答する。そういえばもうすぐクリスマスと思いちょっとブルー入るお肌が気になる花の乙女19歳だが、表には出さない。
「何度か空中変形と言うものを見てるのですがやっぱり凄いんですか?」
「そうね‥‥空中変形と言っても色々あるのだけれど‥‥基本的に空中戦闘時に変形するのはやめた方が良いわ」
月影の質問に少し考えてから答える冴木、その言葉に暁 古鉄(
gb0355)が手を上げる。
「空中変形をして敵を撃墜した例も幾つかあるようだが?」
「確かに報告書には少ないけど成功例があるわ。ただ、HWと高機動の戦闘を行う際に人型に変形する事はKVの仕様状想定外の事になるの、余程の幸運が介在しない限り、格闘武装を当てる事は困難になる上、機体制御そのものが困難になるわ」
機体をきちんと動かせない状態ではただの的と同義である。バグア軍の兵器に無人機が多いとはいえ、隙を見せた敵機を見逃すほど甘いAIは積んでいない。
「それでは、空中で変形する際はどのような状況で使用するのでしょうか?」
澄野が手を上げる。
「主に空挺降下などの際ね、低空・低速状態で着陸するために行う空中変形はよく使うパターンね。ただ、この場合でも空中に滞空する事は相当の技量があっても難しいわ」
ふむ、と頷いた水門が前から気になっていた事を口にする。
「KV乗ってる時ってみんなどういう格好してるんでしょう? やっぱり、防寒とか気圧を意識したものなんでしょうか?」
「傭兵の場合基本的に自由ね。KVのコクピットはエアコンもついているし、気圧も1気圧に保てるよう与圧されているわ。体にフィットしたパイロットスーツを着る人も居るけれど、私の場合は簡単にフライトジャケットを着るくらいかしら、作戦次第で変える事はあるけれど」
冴木は撃墜が想定される場合は、脱出後の戦闘を考慮した服装をしていく事など、状況次第で服装も変わると言う事をあくまで自分の場合はどうするといった観点で回答する。
ふむと冴木の言葉に無意識に頷くのはグレン・アシュテイア(
gb4293)。先日傭兵登録を終わらせたばかりの彼は今回の依頼が初めての依頼と言う事もあり、そうした経験を元にした話はためになると考えていた。
「空戦で一番大事なものは何ですか?」
「‥‥そうね‥‥強いて言えば空間把握と作戦かしら? 敵の位置関係を見逃すとそれこそ視界外から撃たれる事になるから回避は困難になるわ。後は作戦次第でこちらが優勢にになったり劣勢になったりするから、コレも重要なポイントね。個人技より連携も重要かな」
ノートへの筆記を終えた月影がしゅたっと手を上げる。その質問にしばし顎に手を上げて考え込み、回答する冴木。
「編隊編成等基本的な知識と編隊戦闘時の基本的空戦機動とその応用について教えてください」
手を上げるのは今まで黙って聞いていたルーシー・クリムゾン(
gb1439)だ。
「編隊編成は、基本的には2機を1単位としての運用が基本ね。いわゆるロッテと呼ばれる戦い方なんだけど、1機が攻撃している時に別の1機が攻撃を行う機体の後方や死角を守る方法。2つのロッテで構成するのがシュヴァルム。ここら辺が基本かしら、ただ、専門用語になってくるから実際の傭兵の中には分からない人も居るわ。依頼の相談中にはそこら辺に注意する必要があるわね」
そこで冴木は用意したミネラルウォーターを一口含み、喉を湿らせる。
「編隊飛行時の空戦機動だけれど、これはどういう方法を利用して攻撃に優位な位置に立つかになるわ。だから状況次第で変化するわね、基本的な機動の組み合わせになるから一概にコレとは言えないわ」
「バグア軍の各機体の情報や戦術等も教えて頂きたいのですが」
頷いた冴木は、正面に設置された大型の液晶モニターを起動されると端末を操作し、バグア軍航空戦力の代表格ともいえるヘルメットワームを表示させる。
「コレがヘルメットワーム。まぁバグア軍航空戦力の主力機ね。大きさに応じて小型・中型・大型に分類されるわ。最新の機体を扱えば、小型機であれば1機で相手に出来るけれど‥‥中型機になると1機ではまず無理ね。最低4機は欲しいところだわ。大型になると100mオーバーなんていうのも居るから、これはもう部隊単位の戦力をぶつける必要が出てくるわね」
開戦当初の小型機との戦力比が1:3‥‥小型ヘルメットワーム1機を落とすのにKV3機が必要‥‥だった事を考えれば、人類側の戦力は大きく増大している。
そんな言葉も交えつつ、冴木は新しい期待を画面に映す。
「キューブワーム、こちらの機体で言えば岩龍やウーフーといった所ね。沢山出てきてレーダーに強烈なジャミングをかけてくるわ、動きその物は鈍重だし、装甲も脆いから撃墜は難しくないんだけど‥‥戦場に出てきた場合は真っ先に撃墜しておくべき機体ね」
次に表示されたのは、画面に映るビルとの対比を考えれば相当に巨大な機体だ。島が一つ浮いていると言っても過言ではない。
「この巨大機はギガワームね。確認済みで一番小型なので直径1キロ、最大級のもので10キロオーバー‥‥撃墜するのには相当な戦力の投入が必要になる相手ね」
「この赤いのがファームライド、カプロイア社の試作KVをバグア側が鹵獲、改造した機体で、ゾディアックと呼称されるバグア側エースによって運用される機体‥‥まともに相手できる傭兵はほとんど居ないはずよ、余程腕に自信が無い限り挑まない方が無難ね」
「ステアーはファームライド以上の戦闘力を備えているわね。これもバグア側エースに運用される機体だけれど、単機で戦況をひっくり返せるくらいの戦闘力を備えているわ」
「シェイドは言うまでも無くバグア軍最強の機体ね、数百機にのぼるKVからの攻撃のほとんどを凌いだ事からも戦闘能力は桁違いと言えるわ」
次々と表示される強力な敵の機体に押し黙る能力者たち。
「もっとも、ファームライドやギガワーム、ステアー、シェイドは配備数が少ないせいか基本的に遭遇しないわね。ヘルメットワームくらいならどうにでもなるわ」
少し脅かしすぎたかなと思った冴木は、まず普通の依頼では遭遇しない事を説明する。更に通常の依頼では大体戦力が判明しているのがほとんどで、危険性がある場合はそれが示される事も説明する。
「他に質問がなければ、少し休憩した後、次の訓練に移るわ」
各々格納庫に移動し、自身の機体に搭乗する能力者たち。
機体の操作や機器の配置は各メーカーでやや異なるが、基本的にKVの操作方法はエミタAIに記憶される形となっており、能力者であれば無意識に操作できるようになっている。半ば自動的に自身の体が動かされるという説明に嫌悪を抱く者も傭兵の中には存在するが、歩く際に右足と左足の動きを考えて動く人間が居ないように、人間は体に染み付いた動作というものは無意識的に動くように出来ている。
感覚的には乗りなれた自転車や自動車に乗っている感覚というのが一番近いだろう。
各自エンジンに火を入れ、格納庫から順に滑走路へと出る。
この際、滑走路が複数あるような大規模な空港ではどこどこの滑走路を使えと言う指示が出る事もあるが、それほど大規模な航空基地ではないここでは、基本的に離陸には一本の滑走路を使用していた。
短距離離着陸能力を有するとはいえ、KVの離陸自体は通常の航空機と大差ない。スロットルを開き、航空機を加速させ、翼で揚力を生み出し飛翔。
もっともKVは推力重量費‥‥機体重量に対して推力が1以上あるため、揚力を生み出さずとも飛ぶ事はできるが、効率面や安定性の面でどうしても翼は必要だ。
順次、滑走路から空へと上がる傭兵達。
「全機、機体に以上は無い?」
冴木の問いかけに、傭兵達は各々の機体に装備されている情報パネルに目を向ける。何らかの不具合があればそこに表示される形になっている。
また、本来は全世界的にジャミングがかかり人類支配域でもレーダーはかなりのノイズを生み出すが、今回はECCM機であるウーフーが居るため、レーダーのノイズは通常より少ない。これに奉天の岩龍が居れば相乗効果もあり、かなりノイズは低減される。
イビルアイズも分類的にはウーフーや岩龍に代表される電子戦機ではあるが、その機体が備える特殊能力はECCMではなくECMである。
なお、ECMとはErectronic Counter Countermeasuresの言葉どおり、電子妨害を示す言葉で、ECCMとは対電子妨害機能の事である。
「ヒャッホ〜イ! あたしの空を邪魔するな〜!」
機体に以上が無い事を確認した途端、無意味に最大加速で突っ走る火絵。彼女の駆るディアブロはその高い攻撃性能ゆえか、上位機種の中ではもっとも多くの傭兵によって運用されている機体だ。
「これが始めての空か……おっと」
コクピットの風防越しに見える景色は、それほど興味を惹かれるようなものではなく、どこにでもあるような草原だ。ところどころ森林や崖などの起伏はあるものの、これといって見所のあるものとはいえない。
しかし、初めて自分の意思で空を飛んだグレンにとっては、景色というよりも「守るべき世界」を感じていた‥‥が、気を抜いたところで機体が揺れる。
「ちょ、ちょっと待ってください」
不安定な挙動を示すのはグレンの他には水門だ。
彼らの乗機であるハヤブサは機動性が高い反面、エミタAIのサポートをもってしても操縦の何度が高いほど安定性に問題を抱える機体だ。
特に機体特殊能力を起動させた場合、ベテランであっても機体を制御できなくなる事すらあるほどだ。
「‥‥それじゃあ、そろそろ始めるわよ。まず最初は、インメルマンターン。まぁループの頂点で背面姿勢から水平飛行に移るだけで、特に高い技量を要求されるものじゃないわ」
はしゃぐ火絵が落ち着くのと、水門とグレンの飛行が安定するのを待って冴木が自分についてくるよう指示を出す。
インメルマンターンに続いて、示されたのはスプリットS、これはインメルマンターンとは逆の機動を取ると理解すれば分かりやすい。
続いて指示されたのはヨー・ヨーと呼ばれる空戦機動だ。
これは追尾する相手との速度差がある場合にその速度を位置エネルギーと交換する事で速度をあわせる機動と考えれば理解しやすい。相手より速度が速い場合に用いられるハイ・ヨーヨーは余分な速度を上昇を用いる事で殺し、ロー・ヨーヨーは低い速度を降下によって補い、上昇しつつ追随する機動だ。
全員がきちんと追随できている事を確認した冴木はバレルロールを示す。
「行きます‥‥」
真剣な声で実際に機動を行う月影。
バレルロールはロールとピッチアップを同時に行う事で螺旋状に飛ぶ方法である。機体の動きとしては進行方向と高度は変化せず、平行に位置だけを動かす形となる。動きそのものは然程難しいとは言えないく、機動のイメージさえ掴めれば能力者ならすぐにも実施できる。
しかし、実際の戦闘ではこれらの各種機動を複雑に絡め、状況に応じて最適な機動、速度、回転半径を決めねばならない。
「これは難しいねー、一つ一つは簡単なんだけど」
美崎は頭の中で色々とイメージしてみるものの、上手く繋がらず眉を寄せた。
「まぁ、後は慣れかしら?慣れてくれば、勝手に体が反応するようになるわ」
そう応えると、冴木は一旦基地への帰還を指示する。燃料は各機搭載量が異なるので一概には言えないが、訓練の最終段階である模擬戦を行う際には実際の依頼で良くあるようにフルの状態で臨むのが最善だ。
依頼内容次第では充分な補給を受けられない事も無いわけではないが、基本的には充分な補給、整備を受けての出撃となる。
「旧世代の機体、ハリアーとかの技術とかも使えたら面白いのにね」
補給時間を休憩時間とし、冴木が全員分のコーヒーを手渡していくとランディが声をかけてきた。ちなみに彼も見た目は月影と同じように幼い。
「ハリアー型ね‥‥垂直離着陸機構を備えた機体は、クルメタルと奉天が開発中だったわね。クルメタルの新型はそろそろ市場に出る頃だとは思うけれど‥‥価格が高くなりそうね」
そう言うと、冴木は自分のカバンからごそごそと一部の新聞を取り出す。新聞の名はラストホープタイムス、UPC軍関係者および、能力者向けの新聞紙ゆえか、時折新型機や新しい武器の情報が掲載される事もある。
そこに示されていたいのはクルメタルの新型機、シュテルンだ。
ランディに新聞を手渡すと彼はその紙面に示される記事を目で追っていった。
「KV空戦の心得ってなんかあるかい? ‥‥いや、まぁ連携とかが重要な事はわかったんだけど、心構えとかそういうのか?」
「わ、私も聞いてみたいです‥‥」
暁の言葉に雨衣がおずおずといった様子で同調する。
自己主張の弱い雨衣だが、こうした仕草をとてもかわいく感じた冴木は思わず彼女の頭を撫でてから、口を開く。
「そうね‥‥生き延びる、事かしらね? 死にさえしなければ、何度でも挑戦できるし、技量も上がるわ。私だって撃墜された事は皆無って訳じゃないし」
「そうなんですか!?」
月影がその言葉に思わず反応した。
「初めてKVに乗った頃はね、チェラルも裕子も何度か墜とされた事はある筈よ」
なんでもない事のように、自身及びブルーファントムの仲間の事を告げる。実際、能力者は一般人に比べても撃墜時に死亡する事は皆無とは言わないが余り無い。貴重な能力者を守るため、KVには脱出時にメトロニウムで構成された脱出ポッドを展開する。コクピットそのもの吹き飛ばされない限り、機体の爆発に巻き込まれる事は無い。
さらにAU−KV対応の翔幻は、AU−KVを纏っている事に加え、そのAU−KV最大の特徴であるバイク形態への変形を行う事で素早く戦場からの離脱が可能だ。
「そうか、生きてりゃ確かに何度でもやれるわな」
初陣を飾ったグリーンランド戦で撃墜をされ、やや自信を失っていた暁だったが、その言葉で己の気力を取り戻していた。
「‥‥模擬戦で勝ったらご褒美は! 例えば玲ちゃんのあつ〜いキッスとか!」
「ないから」
「何ならそのまま‥‥フゴォモゴモゴ」
火絵の言葉を即座に却下する冴木だが、気にせず続く火絵の言葉に反射的に口を手で塞ぐ。
傭兵には割と妙な性癖を持っているものもいるが、それもまた個性というものであろう‥‥冴木はそう思っているが、ノーマルな彼女にとってはそれはあくまで自身の身に及ばない範囲での話である。いくら独り身が寂しいとはいえ同性とそういう事をするつもりは無い。
模擬戦はあらかじめABの2チームに分かれての実施が宣言されていたため、特に混乱無くスムーズに始まった。
ちなみにチーム分けは下のようになった。
Aチーム
・美崎 瑠璃(阿修羅)
・雨衣・エダムザ・池丸(翔幻改)
・グレン・アシュテイア(ハヤブサ)
・月影・白夜(翔幻)
・火絵 楓(ディアブロ)
Bチーム
・ルーシー・クリムゾン(ウーフー)
・ランディ・ランドルフ(翔幻)
・水門 亜夢(ハヤブサ)
・澄野・絣(イビルアイズ)
・暁 古鉄(イビルアイズ)
ややBチームの方が全体的な機体の性能面においては優勢と言えた。
イビルアイズの特殊能力は人類側のKVには効果を発揮しない。ただし、ウーフーの特殊能力に関してはこうした模擬戦時に慣例となっている、効果を受けていない機体のレーダーに擬似的にノイズを表示するという手法が取られている。
Aチームに関しては高い火力を持つディアブロ、阿修羅がおり、どちらが勝利するか予測できないものとなっていた。
審判を務める冴木の合図と共に、模擬戦が開始される。
先に動いたのBチームだった。
最前面に出ていたランディが煙幕弾を発射、同時に幻霧発生装置を発動させる。
「この機体の特徴がコレしかないなら、逆に目立ってやる!」
Aチームからの視界を塞ぐと、もっとも火力が高くかつ撃墜が容易な美崎の阿修羅を狙い、澄野がイビルアイズのブーストを発動させようとした瞬間、視界が白く染まる。
同じ事を考えていたAチームの月影が放った煙幕弾による煙だ。
「珍しいわね」
完全に白煙に包まれた模擬戦空域をやや離れた所から眺め、冴木は思わず呟く。正面からの激突の場合、大抵は両者とも1機への集中攻撃を行う形となる事が多いが、ABチームとも全く同じ工夫で初撃を奇襲としようとした結果、戦場は混戦に陥る形となっていた。
なにせBチームはウーフーによりある程度レーダーは効果を上げるとはいえ、完全に視界が塞がれた状態では敵機を目視確認ができない。下手を打てば味方への流れ弾となる可能性もある以上、簡単にトリガーを引くわけには行かない。
Aチームもそれは同じだ。
結果、煙幕が晴れるまでは両者とも動けない状態となっていた。
煙幕が晴れると同時に澄野は機体を美崎の駆る阿修羅へと突撃させる。
それに応じる美崎は雨衣と連携を取り、ホーミングミサイルを放つ。
「これくらいじゃ落ちませんよっ」
機体に表示される擬似的なダメージ状況を示すディスプレイにちらりと目をやった澄野は阿修羅をロックオンすると、UK−10AAMを発射する。
「こっちだって!」
回避が間に合わず直撃を受ける阿修羅だが、美崎も自身の機体の欠点を改善する事は忘れていない。完全な防御とは言い切れないものの機体アクセサリと強化により、それなりの耐性を備えた阿修羅はミサイルの雨を耐え切る。
「今ですね」
その時、澄野機の影に隠れていた水門のハヤブサが飛び出す。
翼面超伝導流体摩擦装置とブーストを併用して一気に美崎の機体へと肉薄した水門は、急加速と方向転換による強烈なGに耐えながら、短距離高速型AAMとロケット弾を美崎の機体へと発射する。
水門機は改造が施された機体とは異なり、ほとんどベースのままであるが、機体特殊能力より得られる機動性とウーフーからの電子支援も手伝い、全弾を美崎機へと当てる事に成功する。
美崎機への猛攻はそれだけに留まらない。
Bチームの最優先攻撃目標が美崎の阿修羅だからだ。
「か、かんたんにはやらせませんよ」
他の3機が接近してくる事を察知した雨衣が煙幕銃を放つ。
再度煙幕の中に隠れてしまえば、簡単に攻撃を当てる事は難しい、時間稼ぎに過ぎないが、その時間を利用して火絵のディアブロがルーシーの操るウーフーへと加速を開始する。
その翼に備えられるのは翼そのものを刃物と成すソードウィング、今回は訓練用のため実際には大した損傷は生じないものの、ディアブロの火力で振るわれれば、防御に優れるウーフーといえど無視できない損害を食う事となる。
(空中変形はやっぱまずいよね)
最初は空中変形による奇襲を考えた火絵だが、冴木からの説明を思い出すと素直にこのまま突撃をかける事とした。接触の刹那、機体特殊能力であるアグレッシブフォースを発動させ、機体の翼をルーシー機へと叩きつける。
「きゃっ!?」
火絵の翼を回避しきれなかったルーシーだが、重装甲のウーフーはまだ致命的なダメージを受けたと言う判定は下されていない。
駆け抜ける火絵機に機首を向けると8式螺旋弾頭ミサイルを連続で発射する。
自機を追いかけてくるミサイルに気づいた火絵は、習い覚えたバレルロール機動を用いて回避を試みる。
「……っ!?流石に全弾回避、とはいかないか」
放たれた3発のミサイルの1発は回避に成功したものの、2発の直撃弾を貰う形となる。
「勝ち負けに拘る気は無いがこれも訓練だ‥‥本気で行かせて貰うゼ‥‥!!」
古鉄のイビルアイズが火絵機を追随し、試作型スラスターライフルのトリガーを引く。高速で発射された弾丸をすんでのところで軸をずらし回避する火絵だが、流石に総計で90発に及ぶ弾を全て回避する事はできない。
「コレいじめになってないー!?」
悲鳴じみた抗議の声を上げる火絵、機体そのものはまだ撃墜判定にはいたって無い者の、あと数発貰うと終わりだ。
必死に逃げる火絵の横を駆け抜けていくのはグレンと月影だ。危険な火絵機のカバーに入るように動いた月影機は幻夢発生装置を作動させると、そのまま先行するグレン機を追いかける。
ロッテと呼ばれる戦術を考慮にいれたグレンと月影のペアは巧みに陣形を組み替えつつ、ウーフーへと弾雨を浴びせ、反撃を受ける前に反転する。
「クぅ〜やってくれちゃって〜こうなれば本気モードだ〜楓機ディアブロ突撃しま〜す」
機体が既にかなりのダメージを追っていた火絵機はディアブロを加速させるとアグレッシブフォースも併用した斬激をルーシー機に叩き込む。
当然ながら反撃を食らい、その結果、撃墜判定を貰う形となり戦闘空域を離脱する。
「しまった!?」
火絵機を撃墜したルーシーだが、続くグレンと月影のコンビが放つ攻撃を受け、撃墜判定となる。
模擬戦はまさに一進一退で進んでいたが、ある時を境にその均衡が崩れ始める。
雨衣の煙幕が晴れた瞬間、美崎の駆る阿修羅が集中砲火を受け撃墜判定となったのを皮切りに、必死の反撃むなしくAチームの機体が全機撃墜という判定が下る事となった。
「う゛ー‥‥模擬戦とはいえ、悔しいぃ‥‥」
「ご、ごめんなさい」
「いや、雨衣ちゃんのせいって訳じゃないし」
美崎がくやしがるのを、ペアを組んだ雨衣が申し訳無さそうに謝罪するのを、やんわりと否定する。今回の結果は自分の技量が及ばなかったせいだと彼女は考えていた。
「少しはみんなの役に立てるようになれたかな?」
「ええ、問題ないと思いますよ」
誰ともなしに呟くランディの言葉に、澄野が応じる。
「まぁ、今回は技量の差というよりは今回は機体の性能の差が大きいかしらね。戦術は両者とも似たようなものだし。続きは基地に帰ってからね」
「あ、すいません。空挺降下っていうのをやりたいんですが、後はKVからAU−KVの脱出がどうなるか試してみたいです」
帰還を指示する冴木に、月影が提案する。
「少し待ってね……OK、降下目標ポイントは基地の外周部、間違っても基地施設には落ちないようね。私が先導するからなるべき後をついてくるように」
冴木はそう告げると無線チャンネルを基地へと繋ぎ、二言三言管制官と交わすと、冴木は各機に目標降下ポイントを示す。
空挺降下は、実戦で行うには危険の多い行為だ。
まず第一に、空挺降下を行う際はKVの脚部が破損しないよう、可能な限り速度を落とし、低空、低速となる事が必要な事。
人型変形での空中からの降下時は、急激な回避運動が困難である事などから基本的に無防備だ。
地上の対空砲からみれば鴨撃ち状態である、それを回避する為に最近では煙幕弾を使用したり、爆撃して対空兵装を掃除してから降下する事が基本として定着しつつあった。
「む……なかなか難しいですね」
空中でバランスを取りつつ降下するのに、すでに模擬戦で相当な疲労を感じていた水門はぼやきつつもきちんと目標ポイントへと降下する。
空挺降下を提案した月影は、許可を得てから脱出ポッドを作動させ、自身の機体から離脱する。地上での離脱は基本的に上空へと射出、風向にも寄るが基本的に自機の付近へとAU−KVでも到達する事を確認する。
基地へ帰還した傭兵達は反省会という名の元に夕食を振舞われる事となる。
「今回はありがとうございましたっ! それで、そのー‥‥お近づきの印に‥‥じゃないけど、サイン、もらえませんかっ!?」
「私なんかのサインもらってもしかたないとおもうけど」
美崎から渡された色紙に、苦笑しつつも冴木は自分の名前を書く。
「世のハヤブサ乗りの先輩達に敬意を表します‥‥」
機体特殊能力のみならず同時にブーストをも発動した事で急激なGに晒される事となった水門は疲労でくたくただった。
しかし今回の経験が今後は色々活きてくると思うと、その疲労は訓練をやり遂げた事を示す証となり心地よいものだった。