●リプレイ本文
倉庫の前に8人の男女が集まっていた。
彼等は恐怖そのものとなった空間に、果敢に挑む英雄達だ。
「こ‥‥この瘴気‥‥以前に喰わされたくさやの五倍‥‥いや、六倍は堅い‥‥! くっ‥‥スウェーデンめ‥‥とんでもない化け物を生み出しやがったか!」
扉越しに漂う空気に芹架・セロリ(
ga8801)は持参した洗濯バサミ(鼻つまみよう)を片手に慄く。
衣類への愛と食物への愛があれば無敵、と信じてあえてお気に入りの衣服でやってきた10歳児だが、早速「後悔」という単語が頭をよぎる。
「何と言うか‥‥わりが良いのか悪いのかよくわかりませんねぇ、まぁ気休めとは思いますが‥‥無いよりはマシでしょう」
蓮角(
ga9810)は手にしたお徳用マスク(10個入り)から一つを取り出し装着する。ちなみに彼は作業着も申請したのだが、本部は却下していた。
バンダナで鼻と口を覆い、ゴーグルを装着した耀(
gb2990)。臭い対策として考案したのだが、銀行の前とかに居れば確実に手が後ろに回りそうな格好だ。
「よっし!傭兵になって始めての依頼頑張ります!」
耀と同じように臭い対策をしたシェリー・クロフィード(
gb3701)。元気にガッツポーズを決めてみせる彼女は初めて請け負う依頼に気合が入っている。
場所こそ厄介だが、初心者がスライムを相手にするのはある意味基本だ。大抵最弱の敵だし。
水門 亜夢(
gb3758)もシェリー同様、この依頼を初仕事として請け負っていた。初仕事ゆえにか気合を入れている。フェイスマスクとゴーグルを装備し、缶詰の汁対策は万全だ。
今回の傭兵の中で最も経験を積んだ辰巳 空(
ga4698)はダイビング用小型酸素ボンベやレインコート、ゴーグル、タオルを申請していた。ベテランならではのチョイス、全て通れば臭い対策は万全だっただろうが、重要な小型酸素ボンベは通らなかった。
「これだけ割の良い依頼そうそうあるもんじゃないわ!」
スライム4匹だけでこの報酬なら、と参加を即決したゴールドラッシュ(
ga3170)。服に臭いが移るのは困るので、一張羅のシスター服は脱いでいるが臭い対策を一切していない。
お金大好きな彼女、得られる報酬を前に鼻息も荒い。
彼女の上を行くのは砕牙 苦労もとい砕牙 九朗(
ga7366)、彼はいつもの装備、臭い対策は気合という猛者だ。この依頼を受けた中で最も勇気があるのが彼だろう。
そして、傭兵達は各々覚醒をすると、恐怖を封じた扉を開く。
恐怖の空間と通常空間を隔てる扉が動き、空間の隙間からは正気を失いかねない猛烈な悪意が渦巻き、吹き付ける
「悪臭? そんなの我慢すれば全然へいき‥‥‥‥‥おうふ!!」
報酬を前にわくわくしているゴールドラッシュは臭いに思わず口を抑える。崩れ落ちそうになる体をなんとか支え、失神を防ぐ彼女。ちょっと目じりに涙が浮かぶ。
彼女は慌ててゴーグルを装着し、目に来る悪臭を防ぐ。
「ノーーーズ・プロテクタァァァー!! セット・オォォン!!‥‥なのさー」
セロリは洗濯ばさみを鼻にセット、呼吸こそ苦しくなるが主要な臭いを検知する器官を塞ぐ事で臭いを防ぐ知恵だ、もっとも鼻がかなり痛いのが欠点である。
「‥‥っぅ、これが、世界一の香り‥‥!」
武器を握り締める耀は戦慄を隠せない、たかがスライムとはいえ、この臭いを味方につければ手ごわい相手にもなりかねない。
「シュールストレミングって確か世界一臭い缶詰だよね‥‥うぅ‥‥臭いの嫌い」
元気良くガッツポーズを決めていたシェリーも思わずうなだれる、目が死んでいるのは気のせいだろうか。
「‥‥凄くやりたくねぇんだが‥‥やるしかねぇよなぁ」
勇敢な若者、砕牙が、首を振りながら一番乗りとして倉庫内に脚を踏み入れた。手にしたライトでざっと周囲を照らしてみれば、床には散乱し破壊された缶詰とその中身、汁などが広がっている。とりあえず目に見える範囲にはスライムは居ないようだ。
「‥‥‥っぅ、これが、世界一の香‥‥‥!」
全員が倉庫内へ入った事を確認し、耀は出入り口の扉をしっかりと閉める。スライムが出口から外へと逃走するのを防ぐためだ。
スライムが簡単に見つからない事を覚悟していた傭兵達は二人の班を4つ作り、倉庫内をローラー作戦で捜索する事をあらかじめ決めていた。
班編成はゴールドラッシュと耀、辰巳と水門、砕牙とシェリー、セロリと蓮角だ。傭兵達は4班に分かれて四方に散る前に、脱出路となりかねない扉を閉め、倉庫内のライトを点灯する。
一度は扉から換気が行われ、多少なりともやわらいだ悪臭の濃度が再び上昇してゆくが、スライムを逃がしてはいけないため、この措置は仕方ないともいえる。
スライムの捜索を開始した傭兵達の靴が缶詰の内容物や汁を踏みつけ、ぐしゃりという音を立てた。
捜索を開始したゴールドラッシュ、耀。
倉庫の棚やダンボール箱、散らばった缶などで意外に死角となる場所が多い。耀より実戦経験が豊富なゴールドラッシュが先行し、盾を構える。
防御役がゴールドラッシュで攻撃役が耀という編成だ。
耀は荷物の隙間や物陰を重点的に捜索、飛びかかりなどを警戒しつつ捜索を続ける、二人とも正直なところ、さっさと片付けて帰りたいと思っている。
そんな彼らの前に、ひょっこりとスライムが姿を現す。半透明の体の中にせっせと缶詰の中身を取り込んでいるところだ、どうやら食事中だったらしい。
ぬらりと光る表面には缶から出た汁が付着し「スライム」は「くさいスライム」へと進化していた。
「ごめん、ボクの愛刀‥‥あとでしっかり洗うからね。苦渋の道も共に‥‥うぅ」
ベルセルクを引き抜き、耀はその刀身をスライムに叩きつける。スライムは概して物理攻撃にある程度の耐性を備えているが、効果がないというほどの耐性でもない。
切断された体からぷちゅっとくさい汁が飛ぶ。
スライムは反撃とばかりに耀に飛び掛るが、間に入ったゴールドラッシュの盾にぶつかり、でろりと盾をつたい地面に落ちる。
耀とゴールドラッシュは隙を見せたスライムに刀で上から滅多刺しにする。くさい汁が刺すたびに飛び散り、刀身も臭くなるが、その甲斐あってか、スライムは動かなくなった。
辰己と水門の組でもベテランである辰己が前に立っていた。
「発酵を止めないまま缶詰にしているシロモノを冷蔵設備の無い倉庫に入れるのはまずいかと‥‥」
内部の発酵作用で膨れ上がった缶詰を眺め、辰己が呟く。
ちなみに普通の缶詰は膨れたら腐っているので食べてはいけないという意味だが、シュールストレミングに限って言えば、膨らんでいるのは当たり前だ。
水門は不意打ちに備え、ディフレクト・ウォールを使用している。
臭いも防げれば良いなとも思ったが、肉体組織を活性化させるスキルであるため、臭いに対しての効果は無い。
ちなみに彼女はしっかりと無線機を持ってきていた、各班と連絡を取り合うためである。この辺りの準備は万端だ。
油断無く周囲を警戒しているつもりの彼女だが、やはり人間後ろからの奇襲には弱い。
壁の隙間からにゅるりと出てきたスライムが彼女に向けて酸の塊‥‥溶けかけたシュールストレミング入り‥‥つまるところくさい液体と化した酸を吐き出す。
背中にべちゃりと付着したが、ディフレクト・ウォールのおかげか目だったダメージは無い。
もっとも背中の服が一部溶けているとか体が臭くなったとかでの精神的な意味でのダメージはあるが。
「後ろに出ましたよ!」
振り返った彼女は、辰己に声をかける。声に反応して辰己が瞬く間に水門をすり抜け、機械剣αを突き入れる。
更に急所付きも併用する事を忘れない辺り、ベテランだ。
スライムのコアを狙っていたのだが、スライムにコアと呼べる部位は存在しない。全体的に半透明のゲルなのだ、目で見て急所は分からない。
非物理攻撃は物理攻撃と異なり、スライムにも有効だ。機械剣から発振されたレーザーはスライムの体を蒸発させ行動不能へと追い込む。
砕牙とシェリーのペアもそうした意味での装備は万全だ。
実戦経験を積んでいる砕牙は機械剣を携えている。
油断無く周囲に視線を送る砕牙、その眼差しはこの環境の中でもしっかりと敵を探そうと真面目だ。
そんな彼の上にスライムがぽとりと落ちてくる。どうやら天井の暗がりに身を潜めていたようだ、慌てて引き剥がし地面に叩きつけるが、砕牙の頭はくさくなったスライムの表面についた汁でべとべとだ。
砕牙は自身の頭の被害をとりあえず横に置いておくと機械剣を振りかぶるが、丁度足元に落ちていた缶を踏んづけて転倒する。
反射的に手を伸ばすが、その手が偶然にも砕牙の横で重爪ガントを構えたシェリーの胸に触れる。ぽよん。
「きゃあああああ!?」
「マジですまんか‥‥ぎゃあああ!」
悲鳴が響き、シェリーは反射的に砕牙に向けて攻撃を繰り出す。砕牙はその攻撃を避けられずに直撃を食らうと背後の缶詰の山に突っ込んだ、発振済みの機械剣がそれらの缶を切り裂き、爆発的に噴出した汁や中身で全身がべたべただ。
その後スライムはシェリーが単独で処理していたが、スライムに絡みつかれたり飛び掛られたり結構大変だったようだ。
シェリーがスライムに対応している間、砕牙はあまりの臭いに悶絶していたとかしていないとか。
「てめっ、ちょ、やめ‥‥ぎゃああああああ!!」
盛大な蓮角の悲鳴が響く。
体内にシュースルトレミングを納めたスライムが、物陰から飛び掛り彼の顔にべちゃりと付着したのである。
「蒸発するといいサー。チョイ・サー!」
覚醒で何故か語尾が沖縄フレーバーと化したセロリがぶんぶんと機械剣を振り回す。
流石にそれで斬られてはたまらないと顔にスライムをくっつけた蓮角が頑張って引き剥がすが、砕牙同様顔が臭くなった。
これ以上くさくなるのは堪らないと、蓮角は豪破残撃、流し斬り、紅蓮衝撃とスキル前回でスライムに蛍火を叩き込む。
「さー、ちょちょいのチョイと片付けるさー」
蓮角の連撃に吹き飛ぶスライムを追いかけ、セロリが機械剣αのレーザーブレードで一刀両断にする。
スライムを倒し終わった能力者達は精神的疲労を抱えたまま自ら率先して倉庫内を掃除する。
ちなみに掃除中に無事な缶詰を発見した水門は一つ興味津々で開封すると、口へと運ぶ。味そのものは塩のきつい塩辛といった感じで、普通に食べられる。
くさいスライムの残骸は袋に詰めてキメラの研究を行うUPC関連の研究所への発送手続きなどを済ませる。
簡単に掃除を終えて能力者は銭湯へと向かう。
ちなみに銭湯までの間、周囲に誰も近づいてこなかったのは彼らが発する臭いがある種の結界として作用していたからだ。銭湯に向かう前にホースを利用してある程度汚れは落としたものの付着した臭いは簡単には落ちない。
シェリーが銭湯内の洗濯機に洗剤を投入した後、砕牙をそのまま洗濯機に入れてスイッチオン。
ゴウンゴウンと回転を始める。明らかに目を回して酔いそうだ、ちなみに冬場では水は冷たい。胸を触られたお仕置きの意味もあるのだろう。
男湯では辰己が湯船に浸かる。
これから装備に選択や手入れをせねばならない事を考えると少し気が重い。
「あの臭いは並のキメラなんか目じゃありませんよねぇ。 今回難易度粉飾だった気がしなくもないです」
確かに臭いこそ今回最大の強敵だったと言えるかもしれない、蓮角が笑いながら頭をごしごしと洗う。
顔に飛び掛られたため、、髪の毛に匂いが付いているのだ。
汚れを落とし湯船にゆったりと浸かった後、蓮角は持参したコーヒー牛乳を手に取る。
タオルを腰に巻き、左手をわき腹に当て、一気飲み。正しい銭湯スタイルだ。
「‥‥ぷはっ! くぅ〜‥‥たまらん!!」
秘密の花園、もとい女湯は女性4人だ。
隅っこに移動したセロリは匂いが染み付いた衣服を必死でごしごしと洗っている。
「ん〜、中々匂いが落ちませんねぇ‥‥‥‥でも、コーラで洗えば大丈夫! コーラで洗えば大丈夫!」
黒っぽい液体をかけてごしごしこするセロリ。
脱色の迷信と勘違いしているようだ、徐々にコーラ色に染まっていく。ちなみに彼女の脱衣所のロッカーには嫌がらせのために拝借したシュールストレミングの缶詰があったりする。
広い湯船に浸かってゆったりとしているのはゴールドラッシュ。
「いやあ、こういうのも悪くないわね。極楽極楽」
銭湯初体験の彼女だが、割と気に入ったようだ。
一方、誰かとお風呂に入るのが初めてで少し挙動不審なのは耀。そわそわしながらシェリーの背をごしごしする。
ちなにみ凹凸無しでつるぺたなのを耀は少し気にしている。
「う〜ん、お仕事の後のお風呂はまた格別」
シェリーもお返しとばかりの耀の背中をごしごしとこする。なんか仲良さげである。
一方しつこいまでに肌をゴシゴシとこするのは水門、もう一所懸命である。肌が赤くなるくらいこすっている。
「臭いを頑張って落とす! 落とすの!」
ちなみに、水門は女性陣のスタイルチェックを行っている。
ラストホープの傭兵の中には平均以上に胸の大きい女性も数多いが、今回は珍しく皆平均から平均以下のサイズだったりする。
こうして恐怖の倉庫を舞台とした依頼は終わりを告げた。
この依頼に挑んだ者たちを倉庫管理を担当する作業員達は忘れないだろう。
後日、彼らを「ゆうしゃ」と称えた話がラストホープまで伝わったとかそういう事もあるが、それはまた別の話である。