●リプレイ本文
今回、栗型キメラ「ビッ栗」退治の依頼を受けた傭兵は総勢5名。
全員食べる気満々である。彼らにとって秋とは芸術や読書ではなく食欲の秋であるようだ。食欲の秋は食料の乏しくなる冬に向けて栄養を蓄えようとする本能なのかもしれない。
「しかも、依頼が終われば食べ物が貰えるとか」
中でも如月・由梨(
ga1805)はカジノに嵌って散在した挙句食費がピンチになって食べ物に釣られて依頼を受けたとか、お金は計画的に使いましょう。
「おっしゃ〜!! 今日は秋の味覚を存分に楽しませてもらうぜ〜!」
「ビッグなマロンはでっかい浪漫っ! あーきーのーみーかーくー!」
村で借りたシャベルを肩に担ぎ、気合を入れている二人は御巫 ハル(
gb2178)と斑鳩・南雲(
gb2816)。脳内で栗キメラの味を想像してはうきうきとした足取りで山道を歩いていく。
「初めての依頼で補助くらいしかできひんけど、がんばるよ! 出来ることは何でも言ってね!」
今回の依頼がはじめての実戦であるホーリィ・ベル(
gb2933)は村人から仕入れたサツマイモやジャガイモ、塩、バターを入れた袋を手にトコトコと一行に続く。
最後の一人、今回唯一の男性であるUNKNOWN(
ga4276)は大量のズブロフを運んでいる。ズブロフはアルコール度数99%という、それ飲み物じゃなくて燃料じゃないかとツッコミたくなるような液体である。無論飲料用ではなく燃料としても使えたりする。
彼はこれを燃料に栗型キメラをおいしく焼くつもりである。
その為にジッポライターも持ってきている。
‥‥一行に流れる雰囲気はキメラ退治の緊張感ではなく、完全に遠足気分だったりする。
山道を抜け、地図や周囲の地形を元にトラップを仕掛ける場所を割り出した一行は、持ってきたスコップを手に一斉に穴を掘り始める。
AU−KVであるリンドヴルムを着用した斑鳩の穴掘り速度も相当なものではあるが、凄まじい勢いで穴を掘るのは空腹を抱える如月だ。ベテラン能力者でもある彼女の覚醒時の体力はリンドヴルム装着者の倍以上を誇る。
重機の如き勢いで穴を掘り進める一行、5m級のキメラを嵌める為にその穴の大きさも相当なものになる。
穴の深さは瞬く間に成人男性の身長を越え、どんどんと深くなっていく。
最初の頃は全員で掘っていたものの、穴の深さが人の身長を越える頃になると、穴掘り役が掘った土をスコップでバケツへと入れると上で待機している者がそのバケツの取っ手に結びつけたロープを引き、土を外に捨てるという作業工程に切り替え順調に穴は大きくなっていく。
「疲れた〜」
バケツの土を捨てた御巫は腰に手を当てて背骨をコキコキと鳴らしながら、警戒を含めて山頂部を仰ぎ見る。特に栗が転がってくる気配は無いようだ。
強化外骨格であるAU−KVを装着した斑鳩はまさに疲れ知らずといった様子で次々に掘り進む。深く、大きくを念頭にひたすら掘る。
「‥‥あれ?」
ふと斑鳩が我に返り視線を上に向ける。
穴の深さはすでに4mを越え、彼女がジャンプしても穴の淵に指を届かせる事は困難だ‥‥つまり、穴の底にいる彼女達が出るには何らかの工夫が必要となる。
「どうやって出よう?」
空腹によって無心に穴を掘っていた如月も、彼女の声に我に返り頭を悩ませる事となる。
「梯子かロープは用意するべきでしたね」
しばし思案を続けた後、穴の一角を斜面上にする事で問題を解決する。
やがて穴の直径、深さ共に5mほどの巨大な落とし穴の構築が終了する。
ここにうまく落として火をつけて焼くのが作戦だ。斜面を作った為に方向次第では転がってきたビッ栗が外に出てしまう危険性はあるが、方向を工夫すれば問題はないだろう。
キメラそのものはフォースフィールドによってある程度の熱を遮断できるが、継続的に炎の中に居れば徐々にではあるが確実に焼かれていく。完全にキメラが息絶えればフォースフィールドが消滅するため、過熱はより容易になる。そうすれば巨大焼き栗の完成だ。
「さて、栗はどこにいるのかな?」
UNKNOWNが紫煙をくゆらせ、周囲に視線を送る。
山林という地形上、身を隠せる場所はそれなりにある。とはいえ1m級のすこしビッ栗はともかく、3mという巨大サイズのビッ栗が隠れられるような場所はほとんど存在しない。
「被害に会った方によると、ここを上った所で遭遇したみたいやね」
事前情報を集めていたホーリィがころころと普通サイズの栗が転がっている一角を示す。やや急な斜面となっているが登攀に問題は無さそうだ。
「それではそちらに向かうとしましょう」
アーマージャケットやカールセルで防備を固めた如月が得物である月詠を鞘から抜いて歩き出す。
流石に名前や姿がふざけているとはいえ、ビッ栗もキメラである。油断をすれば危険になる可能性も否定は出来ない。ここからは傭兵達もピクニックモードから真面目モードになり、緊張感も増す。
ホーリィの示した方向に進み、急斜面を慎重に上っていく一行。
やがて、彼らの前に、5mを越える大型のビッ栗が姿を現す。どこに目があるのか定かではないがバグア脅威の科学力で産み出された彼らキメラ達にとっては視覚等の感覚器官、中枢制御系の神経系が無くとも動いたり出来るので、そうした細かい所を気にしてはいけないのかもしれない。
何はともあれ、すごいビッ栗は一行の姿を確認したのか、ふるふると全身を震えさせる。
戦闘態勢に入った彼らの頭上から1mサイズのすこしビッ栗が落下してきたのはその時だった、頭上の木の枝にはさすがに注意を払っていなかったためか一行はその攻撃をまともに受ける。
とはいえ1mサイズの少しビッ栗たちは目測を誤ったのかは不明だが、一行に命中する事は無い。それどころか急斜面に落ちたため勢いよく転がっていった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
少しの沈黙。
親分サイズのすごいビッ栗は雰囲気で「今の攻撃を避けるとは、やるな」と言っているようにも感じる。
すごいビッ栗の横から3mサイズのビッ栗が姿を現す。
「鬼さんこちら‥‥って‥‥わ、わ! こっちくんなー!!」
挑発をかけたホーリィの方へとビッ栗が斜面による加速を利用して高速で転がっていく。慌てた彼女は反射的に下へと走り出すが、途中でふと気づいて横に飛ぶ。
事前情報どおり急な方向転換を取る事が出来ないビッ栗はそのまま彼女の横を高速で落とし穴の方向へと転がっていく。
他のビッ栗や、すごいビッ栗達も転がりによる体当たりを仕掛けるが、その攻撃を予測済みの一行はあっさりと攻撃を回避。斜面をごろごろと転がっていくビッ栗達
「‥‥後は落とし穴に嵌っているか確認するだけだな」
「‥‥というか、このレベルなら村人でも退治できるんじゃ?」
思い思いにビッ栗について寸評を述べる各自はビッ栗の後を追って落とし穴を掘った場所へと急ぐ。
落とし穴に落っこちてもぞもぞと動いているのはすごいビッ栗とすこしビッ栗が3つ。ビッ栗と残りのすこしビッ栗、合計6体はその辺の木や岩に激突してふるふる震えている。
直撃した樹木は根元から折れているため、体当たりそのものにかなりの威力はあるのだろう。とはいえ当たらなければどうという事はない訳で。
「唸れ烈拳! 今週のビックリドッキリナックルー!」
穴に落っこちていないビッ栗に、斑鳩が烈拳「テンペスト」で殴りかかる。拳の周りで風が渦巻く。
派手な演出の割にその威力はたいした事はないという妙なナックル系武器ではあるが、これでもれっきとしたSES系武装。ビッ栗のフォースフィールドを突き破りトゲを数本折る。トゲに阻まれて本体部分を攻撃するにはナックル等の近接系では困難かもしれない。
「銃の方が効果はあるようだな」
UNKNOWNはその様子を確認すると、スコーピオンのトリガーを引く。銃口から閃光と共に射出された弾丸はキメラの外殻をたやすく砕き、その動きを止めさせる。
如月も得物を月詠から小銃「スパイダー」に持ちかえると周囲をうにうにとと動くキメラに銃弾を浴びせる、トゲが射出される事も考慮して充分距離を取っての射撃だが、ベテランである彼女にとっては低改造の銃器でも並のキメラには充分な威力だ。
「あのトゲは意外と痛いからなぁ‥‥気をつけないと」
御巫は樹木を遮蔽物として利用し、ビッ栗に銃弾を浴びせる。ホーリィもみなの武器を練成強化により火力を向上させ、自身も超機械による電磁波でダメージを積み重ねる。
結局ほとんど反撃らしい反撃を受けることなく、落とし穴に落ちていないビッ栗達は活動を停止した。
血を流したりそういう事が無いから分かりにくいが、石などを投げてみればフォースフィールドに遮られる事無く表皮に当たることから、キメラとしての活動は停止している事が確認できる。
「後は落とし穴に落ちた連中の処理だな」
荷物からズブロフを取り出したUNKNOWNは瓶を次々に穴へと投げ込んでいく。周囲に強いアルコールの匂いが充満する。
「えっと、あとコレとコレを‥‥焼き芋にじゃがバター、楽しみです」
「‥‥おなかすきました」
ホーリィと如月が持ってきた大量の芋類をアルミホイルで来るんで落とし穴に投げ込む。
「栗とお芋と南瓜は蒸してからマッシュポテト状にすると美味しいんですよ」
斑鳩は南瓜を放り込む。
「このナスもアルミに包んで焼いてくれ」
御巫は荷物から醤油、おろし生姜、鰹節を取り出す。更に日本酒も用意。
完全に食事準備完了だ。
UNKNOWNが周囲から集めた屑木を放り込み木片にジッポライターで火を付け投下、酒や木片に火が移りもくもくと煙が上がる。
やがて周囲においしそうな匂いが満ちてくる。
山から上がる煙に何事かと集まってきた村人も思い思いの食材を放り込み、更に炊き出しのおばちゃんたちも集結。ちょっとしたパーティ会場だ。
「‥‥キメラも食べれるのね」
今回の依頼を出したWTSの中島 樹理は呆れたように穴の中を覗き込む。
ほっこり焼けたキメラの殻から覗く身はまさに栗そのもの。
「モンブラン、お願いできますか? 超おっきいの!」
焼けた1m級のすこしビッ栗をケーキ屋のおじさんに手渡したホーリィはモンブランをお願いする。おじさんは気安く頷くと一度山を降りて行く。しばらくして帰ってくると通常のモンブランのサイズをはるかに越えた20センチくらいの巨大モンブランを目を輝かせるホーリィに手渡す。
普通お目にかかれない特大サイズだ、一人で食べきれるかすら怪しい。
早速フォークですくって口へ運ぶ。
「おいしーい! 能力者やっててよかった♪」
更に彼女は持参のバターをじゃがいもに塗りつけてじゃがバターを頂き、焼き芋をいただく。
「あきのみかく、あーきーのーみーかーくー」
斑鳩はほっこりとしたビッ栗の身と芋、南瓜をぐしぐしと潰してマッシュポテト状にしたものを混ぜ合わせる。見た目的には単なるマッシュポテトに近い。
「これぞ私謹製のスイートパンポテロン! 甘くて美味しいヘルシー!」
スイートポテト+栗+南瓜といった所だろうか、手作りの創作料理をぱくつく彼女は満足げだ。秋の甘い味覚パーティを開こうと画策していた彼女だが、なし崩しに宴会になっており彼女の野望は達成された。
手製のスイートパンポテトロンは村人達にも好評を博している。
栗ご飯、栗きんとんといった定番の栗料理も欠かせないと、炊き出しおばちゃんズの作る栗料理も一通り味わう。旺盛な食欲を発揮する彼女達だが、そんなに食べると太るよと警告しておく。
「よし‥‥皆で宴会をしよう。村の者も一緒に、ね」
UNKNOWNは周囲の状況にダンディズムに頷くが、もはや宴会状態である。
コートを秋風になびかせた彼は余ったズブロフを口に含む、強いアルコールが喉を焼くがそれすらも心地よい。
持参したラムネを片手に、一心不乱に焼き栗やら焼き芋やらを口へと運ぶのは如月だ。それはもう凄まじい勢いで食料を口へと運んでいく、物凄い勢いでじゃがにバターを塗りたくり、口周りに食べかすがくっつくの気にせず喰らう。
そこまで飢えていたのかとツッコミたくなるほどだ。
「浅ましいとか食キメラとか四の五の言ってられないのです」
そうですか。
手にしたハリケーンでビッ栗を解体しているのは御巫だ、ハリケーンは最近彼女お気に入りの片手斧。振るうと大きな音が鳴るというギミック付きだ。何故鳴るのか、鳴る事に意味があるのかは不明であるが。
大きな音を出したい時とかに振るうらしい。
解体作業を終えた彼女はほこほこに焼けた茄子におろし生姜と鰹節を乗せ、上から醤油を足らしてぱくり。そして持ってきた日本酒をぐびり。
「秋の味覚をおつまみに一杯‥‥くぅ〜‥‥!」
感動に震える。遠くの山もすこし紅葉し始めている、もう少し季節が遅ければ紅葉も楽しめただろう。
ちなみに彼女は任務前にも一口飲んでいる、そういう主義らしい。
こうして、退治されたビッ栗達は傭兵と村人達のおなかに収まる事となった。
キメラが退治された山では、予定通りWTS主催の栗拾いが実施され、傭兵達の倒した巨大な栗の殻も展示された。