●リプレイ本文
奉天ラストホープ支社。
その一角に設けられた教室ほどの広さの部屋に傭兵達は集められた。
その部屋の大部分を占めるのは10基のシミュレーター、機体データをシミュレーションするための部屋だ。
各々に割り当てられたシミュレーターに傭兵達が乗り込むと、プログラムが起動し架空の戦場がシミュレーター内に構築される。
今回のシミュレーションではH−126Pのデータ収集が行われる。実機作成の前にシミュレーションで機体の問題点や調整点を調べるのがその目的だ。
新型機であるH−126Pに搭乗するのは秋月 祐介(
ga6378)、高坂聖(
ga4517)、高原 リチャード(
gb1360)、エレノア・ハーベスト(
ga8856)の4名。
残りの6名は慣れた自機のデータを用いて偵察機を護衛する形となる。
「高い回避と移動力を生かした強襲型の電子偵察機ですか‥‥偵察機はライバルの多い分野ですが、果たして競争を勝ち抜くだけの売りを持っているのか見せてもらうとしましょう」
新居・やすかず(
ga1891)はシミュレータのモニターに映る機体へと目を向ける。
「あれやね、操縦下手なうちやけどシュミレータの模擬戦となると、気分が少し楽やわ‥‥っ!?」
軽く骸龍で機動を試みたエレノアがその運動性に息を飲み、慌てて機体の動きを水平飛行へと戻す。感覚的には僅かに機体を機動させたのみであるが、その瞬発力は既存のKVと比較すれば異常なまでに敏捷だ。
機体の反応速度に慣れるまでは不用意に動かせば墜落する危険性を孕んでいた。操縦特性はかなりピーキーだ。
「‥‥未改造、アクセサリ装備なしでこの運動性ですか」
高原が骸龍の回避性能に驚き混じりに呟く。
機体改造に加え、高出力ブースターで機動性を高めた平坂 桃香(
ga1831)の駆る雷電には及ばないものの、回避に関しては未改造のミカガミを上回ると言われる性能は誇張ではないようだ。
傭兵達は各々編隊を組むと当初の予定通り陸戦班と空戦班に別れる。作戦方針としては空戦班が陽動を担当し、陸戦班が基地撮影という作戦目的を遂行する方針だ。
市街地に突入した傭兵達にビルの屋上や各所に配置された対空砲から火線が伸びる。
それらをかわし、敵基地に接近する傭兵達へ、上空を警戒していた8機のヘルメットワームが接近する。
「では作戦通りに行くぞ」
南雲 莞爾(
ga4272)の合図と同時に新型機2機を含む6機のKVがヘルメットワームへと向かう。
「まずは私から」
平坂が機体のブーストを起動し前線に飛び込むと、UK−10AAM搭載のミサイルを放つ。
英国王立兵器工廠設計の小型、高威力のミサイルがヘルメットワームの1機に突き刺さり爆炎を上げるのと同時に、平坂機へと8機のヘルメットワームの攻撃が集中する。
プロトン砲の閃光が平坂機へと集中する。
いかに運動性が高くても四方から集中する攻撃の全てを回避するのは困難だ、数発の被弾を許す形とはなるが平坂機の雷電は防御性能も桁外れに高い。ダメージ量は戦闘になんら影響を与えない程度に留める形となる。
平坂機が敵機を引き付けた隙に、他の5機が基地上空へと移動する。眼下の基地施設の四方に展開するタートルワーム、対空砲による対空砲撃が開始される。
「なかなかに対空攻撃が激しいですが、囮としてはこうでなくてはなりませんね」
チェスター・ハインツ(
gb1950)は苦笑してから奉天製ロケット弾ランチャーをタートルワームに向けて放つ。後に続く新居も同様にタートルワームの1機にロケット弾を降らせる。対地攻撃はそもそも命中させる事そのものが困難だが、今回の攻撃は撃墜が目的ではなく注意を引き付けるのが問題だ。
南雲機もまたロケット弾を撃ち込んでから旋回し、追いかけてきたヘルメットワームのうち、先程の平坂機からの攻撃で既にダメージを受けていた機体へとスナイパーライフルD−02による射撃を行う。
ディアブロという高い攻撃力を誇る機体から放たれたライフル弾はヘルメットワームの装甲を貫通し機体内部へと損傷を与える。
「さて疑似体験とはいえ、新型の骸龍はどないな感じやろか」
機体を翻してエレノアも対ヘルメットワーム戦へと参加する、エレノアは幾つか武装案を考えてはいたが、今回に関しては武装は既定のモノを運用する事が決まっていたため、突撃仕様ガトリング砲と84mm8連装ロケット弾ランチャーの組み合わせを使用する事とした。
ガトリングの射程に入った敵機へと素早く照準を合わせ、トリガーを引く。
骸龍に取り付けられたガトリングが火を噴き、ヘルメットワーム装甲を穿つがやはり一撃必殺とはいかないようだ。高原もまた、H−044短距離AAMを撃ち放つ。
既に受けていたダメージ量が相当のものだったのか、ヘルメットワームはその攻撃に耐え切れず爆散する。
「攻撃力も悪くは無いみたいですね」
「戦力外では無い、という事か‥‥当初のコンセプトが強襲偵察機だったか」
チェスターと南雲がその結果を見て言葉をかわす。
1機は撃墜されたがヘルメットワームはまだ7機存在する、そのヘルメットワームからエレノアと南雲に攻撃が集中する。本来ディアブロは攻撃力が高いかわりに回避力を含めた防御性能は抑え目となっているが、南雲機は機体改造及びアクセサリでその欠点を解消している。
素早く機体を翻し射撃を回避する。エレノアも骸龍の回避性能に助けられてか全ての攻撃を回避する事に成功する。
「普通のヘルメットワームが相手の場合、よほどヘタな機動をしない限りは当たる事はないみたいやね」
空中で空戦班が対空砲火の間を縫うようにヘルメットワームと対峙している間、素早く降下した陸戦班はビル街に紛れて基地へと接近していた。
注意が上空に向けられている為か、運がいいのかこの間ゴーレムとの遭遇は無い。
「やはり、燃料タンクを小型化した影響からか、練力の搭載量に不安が残りますね」
モニター上の残燃料を確認して秋月は呟く。
公表されている当初スペックを見た時からやや不安に思っていた秋月だが、通常での機動ならともかく、1度でもブーストを発動すると戦場に滞在出来る時間はそう多くは無い。
「機体の構成上、第一世代機と比べても低いのはある意味仕方ないかもしれないですが‥‥岩龍並というのは少し想定外でしたね」
高坂も秋月の言葉に苦笑する。
やがて基地の敷地が視界に入る、ここから先は見つからないというわけには行かないだろう。
「全員、準備はいいですか?」
榊 刑部(
ga7524)の確認に全員から問題なしの言葉が返る、それに頷いた榊は身を潜めていたビルの陰から機体を飛び出させる。
榊のミカガミを追うように、シャーリィ・アッシュ(
gb1884)も携えていたヒートディフェンダーを構え、機体を突撃させる。
「シミュレーションとはいえ、タートルワームとやりあうのは初めてですね‥‥。さて‥‥私の翔幻でどこまで戦えるか‥‥楽しみです」
シャーリィは榊のミカガミを追い抜き、手近のタートルワームへとヒートディフェンダーを袈裟切りに振り下ろす。
激突する刹那、刀身が発熱しタートルワームの強靭な装甲を溶断する。斬撃は一度に留まらず、跳ね上がった剣が横一文字に振るわれ、更に下段からの斬り上げの計三度。
剣を振り切ると同時にヒートディフェンダーからエネルギーカートリッジが排出され放熱を止める。
攻撃をなんとか耐え抜いたタートルワームはその砲台以外にも体に幾つも保持する刃でシャーリィ機に突撃をかけた。
回避が間に合わない事を悟ったシャーリィは手のヒートディフェンダーでその攻撃を受け止める。
「今です!」
攻撃を受け止められた事で隙の出来たタートルワームの側面に回った榊が高分子レーザーを連射する。レーザーの半ばは装甲を穿つのみだが、数発がシャーリィの攻撃で切り裂かれていた装甲の隙間に入り大ダメージを与える。
「攻撃は引きつけます、その間に撮影‥‥任せました!」
シャーリィと榊が手近なタートルワームを引き付けている隙に秋月は機体に搭載されたカメラで基地施設を撮影する。
秋月が撮影に回ると高坂は砲身を秋月に向けた別のタートルワームへと機体装備の連装煙幕弾発射装置から煙幕弾を放ち牽制する。
「機体は確かに身軽ですね、これで鎌でも装備すれば死神にも似ているような気もしますが」
高坂は機体を縦横無尽に操る。
陸上でも空中同様に機体の追従性、運動性は非常に高い。動き回る限り、こちらに気づいたタートルワームから放たれるプロトン砲がかする気配すら無い。
軽快に疾駆する骸骨を連想させる機体の外観から、KVウォーサイズを装備すれば確かに死神めいた外見になる。
秋月も機体搭載のカメラで基地施設の撮影を続けながら時折ガトリングを近づいたタートルワームへと放つ。流石にガトリングでは装甲表面を貫くほどの威力は無いようだが、若干のダメージを与える事は出来るようだ。
当初秋月が懸念していたほど攻撃力は低くは無い、近年出てきた最新鋭機に比較すれば決して高い数値とは言えないが、中堅クラスの火力は保持しているようだ。
偵察における撮影はここまで順調に進んでいたが、基地施設の一角が開き中から迎撃のゴーレム、タートルワーム、ヘルメットワームが複数出現する。
まともに相手をすれば勝ち目は無い。
「全機、ここまでです。離脱しますよ」
榊の言葉に全員が頷く。
まず秋月が全ての手持ち武器、ディフェンダーとガトリングをその場に落とす、機体を身軽にしての運動性を確認するためだ。高坂が自機の位置に煙幕弾を放ち敵機からの視線を遮ると機体を変形させ垂直離陸機能を使用して機体を上空へと退避、撤退を開始する。
高坂機に続いて秋月機が上がる。
離陸に距離を要するミカガミに乗る榊と翔幻に乗るシャーリィは基地の滑走をを疾駆する。その間、全てのヘルメットワームを撃墜し、一時的な制空権確保する事に成功した空戦組による支援もあったが流石に滑走距離全てをカバーする訳にも行かず幾つか被弾を許すも致命的損害は無く上空に上がる事に成功する。
空戦組も離陸する機体を支援しつつ、骸龍搭乗のエレノアと高原は機体をホバリングさせ、上空からの撮影を行っていた。
制空権を確保する間、幾度か骸龍が攻撃に晒されたものの、全ての攻撃を回避する事に成功し、被弾はゼロだった。最も周囲の援護により後方や複数の敵機からの集中攻撃が無かったというのも理由の一つだろう。
ホバリングで撮影する間も対空砲火が上がるが、機動性はある程度は維持できているらしく回避に成功する。
陸戦班と合流すると、傭兵達は機体のブーストを使用してその場を急速離脱する、骸龍搭乗者は残った煙幕弾を全て使い追撃を阻む。ブーストを利用した速度は凄まじい加速度を誇り、実機であれば能力者でなければ耐える事は不可能だろう。
シミュレータによる偵察に関しては成功の判定とされた。
開発陣としては機体が被弾した場合のダメージのデータも取りたかったようだが、それに関しては後日自分達で行う事にして、傭兵達からの感想を聞く事とした。
まず発言したのは機体の動きを目で確認していたチェスターだ。
「機体の運動性は非常に高い事が分かりましたが‥‥装甲に覆われていない部分が多く、防塵、耐水性に若干の疑問が残ります」
「そこは、実機では防塵、防水性を備えたアラミド系の繊維で織られた布でカバーする予定となっています。KV級の戦闘における対弾性には期待できませんが」
空戦形態、陸戦形態共に機体のコクピットなどの中枢以外の装甲を極力省くという構成のため、稼動部は装甲に覆われずむき出しとなっていた事に問題点を感じたチェスターの言葉に崔 銀雪が回答する。
「このスペックと目指す設定金額なら、かなりの好評とシェアを得られそうですね。電子戦に早期警戒、機動戦等の需要があるのではと思います」
「骸龍の性能なら、イビルアイズやグライドルともどうにかシェア争いに参戦できそうですね‥‥垂直離着陸機構と連装煙幕弾発射装置もなかなか良いです。現状他に垂直離陸性能を備えるのはクルメタルで開発中のシュテルンくらいしかないようですし」
実際に機体に搭乗した高原と高坂は期待の性能に満足していた。個人的には陸戦形態の形もお気に入りのようだ。
「集中的にボコられたり、気づかない間に後ろから撃たれたりせん限り、並の相手なら攻撃が当たらんみたいやね。回避率が100%になるとは思って無かったわ」
回避性能を調べる為に統計を取ろうと思っていたエレノアだったが、100%という数値を出されては統計の取りようも無い。
「やはり燃料面で不安が残りますね。できれば使い捨てのプロペラントタンクを開発して欲しいところです。あるいは使い捨てのブースターのようなものでも構いませんが」
当初より燃料タンクの容量に懸念を抱いていた秋月は使い捨てプロペラントタンクの開発を提案する、偵察機としては高速で戦場を離脱する為に長時間ブーストを継続できるだけの燃料が欲しい事と、電子戦機としての特性を持つ事から長時間戦場に留まる事も期待されているのでそうしたシステムが欲しいというのが秋月の意見だった。
「使い捨てでよければ、現状の追加燃料タンクよりは軽く容量のあるものが作れますね。もっとも上からの許可が出ないと何ともいえませんが」
崔は秋月の言葉に頷くと、手元のノートパソコンに要望として記入する。
「個人的には機動戦も支援もこなせる機体として興味があったが‥‥今回の結果を見るになかなか良好な性能を持っているようだ」
南雲も機体の性能そのものには満足しているようだ。分類上では偵察機に属する骸龍だが運用方法としてはその高速性とそれなりの攻撃力を活かした機動戦にも対応できる。
「最初は操縦性もシビアかもしれないと思ったけれど、慣れればそうでもないみたいですね」
新居はシミュレーション開始時に骸龍搭乗者が扱いきれていない事を気にしていたが初操縦という事もあったのだろう、慣れてしまえばややピーキーとはいえ乗りこなす事に問題無さそうな事に頷く。
「ウーフーとも毛色が違うから私はこっちの機体が好みなんで発売が楽しみです、愛称は骸龍のままがいいけど」
平坂もウーフーが純粋なバランスの良い高性能な電子戦機である事と比べれば骸龍はかなりピーキーな機体と言えた。
「愛称に関しては、依然述べた韋駄天の他に閻魔を提案します」
機体の愛称に話が及ぶと秋月が提案する。他の人間は特に提案していなかった。
愛称に関しては次回の試作機の実機テスト時に募集する形とし、今回のテストは終了した。