●リプレイ本文
MSI次期量産機選定のコンペに呼ばれた8名の傭兵は、提供されたデータを眺めるとひとまずシミュレータを運用して機体性能を確かめるという結論に達した。
今回シミュレーションされる機体は、長距離支援及び拠点防衛を主眼に据えて開発された重装甲の戦車型陸戦KVであるMBT−011ゼカリアと、同じく長距離支援を主眼としつつも帯電粒子加速砲などの大火力兵器の運用を用意とする為に特殊なエネルギーパックを搭載したFP−198ペインブラッドの2機種である。
「だって! だってぇ戦車だよ? 戦車!」
シミュレーションにてゼカリア搭乗を希望する戌亥 ユキ(
ga3014)が2機の量産試作機を見ながらはしゃいだ声を上げる。
一部の傭兵には戦車型のKVが欲しいという熱烈な希望があるが彼女もその一人なのだろう。
彼女同様に戦車型を待ち望んでいる者としては、エドワード・リトヴァク(
gb0542)もその一人だ。傭兵になる以前にはイギリス陸軍士官学校で戦車兵としての訓練を積んでいた彼としては、KVの航空機形態の扱いに苦手意識を持っていた。
戦車形態のゼカリアは文字通り戦車といった外見をしている、最も目を引くのは機体上部に搭載された主砲。既存のKV火器と比較しても巨大かつ重厚。とても手持ち兵装として転用できるような口径のものではなかった。
また、ゼカリアの横にはペインブラッドが人型形態で駐機していた。
外観は、やや細身であり。背中に取り付けられたエネルギーパックシステムが印象的な機体だ。イメージ的にはどことなく悪魔的な容貌を持っている。
量産試作機の見学を終えた後話し合いの結果、シミュレーションは新型VS既存機を2回に分けて行う形となる。
まず初めにシミュレーションされたのはゼカリアVS既存機だった。
ゼカリアに搭乗するのは戌亥、エドワードの他にベーオウルフ(
ga3640)、高原 リチャード(
gb1360)の4名。対するのはヤヨイ・T・カーディナル(
ga8532)、チリュウ・ミカ(
ga8746)、フィオナ・シュトリエ(
gb0790)、チェスター・ハインツ(
gb1950)だ。
シミュレータが起動すると、仮想空間の中に機体が姿を現す。
「まずは、性能確認をさせて頂きます」
先手を取ったのは既存機側のヤヨイだ、愛機であるアンジェリカにKV用ハンマーであるスレッジハンマーを構えさせブーストを起動すると一気に突撃を開始する。
「このこの! どう? 簡単に近づけると思ったら大間違いだよ!」
戌亥は突撃したきたヤヨイ機が照準に入った瞬間、コンソールで武装を主砲に選択しトリガーを引く。
轟音を立てて大型の砲弾が飛翔するが、間一髪でヤヨイ機は軸をずらす。砲弾は機体を掠め、その背後にあった地面をクレーターへと変える。
連続して射撃を続けようとした戌亥だが、コンソール上に次弾装填中の表示が出る。連続した射撃には向いていないようだ。
ベーオウルフも同様にヤヨイ機に照準を合わせトリガーを引く。
回避で僅かにバランスを崩していたためか、ヤヨイ機は攻撃を回避しきれずに主砲の直撃を食らう。一撃で大破とまではいかないものの、装甲が吹き飛ばされ機体からスパークが走る。
「威力は抜群としても間隔としては装填に2〜3秒程度かかるか?」
攻撃結果を確認してコンソール上の表示に目をやったベーオウルフは呟く。高速戦闘において2〜3秒は勝負が決するとまでは言わないもののかなり長い時間だ。
ヤヨイの後を追うようにチリュウも装輪走行でゼカリアに接近するとS−01のH−112グレネードランチャーを撃ち込む。
グレネード弾が炸裂し大量の散弾を撒き散らすが、ゼカリアはその分厚い装甲で攻撃をほぼ無効化する。
「防御力に問題はないようですね」
あえて回避を選択しなかったエドワードは機体コンソールに示されたダメージ表示を確認すると、地形の起伏を利用して身を潜める。もっとも通常の戦車と比較すると大型の車体のため、隠れられる地形はそれほど多くは無い。
高地に陣取った高原は突破を計るチリュウに主砲を発射する。チリュウは僅かに反応が遅れて機体に主砲の一撃を食らう。チリュウの機体は標準的なS−01だ。バランスの取れた名機ではあるが、どうしても時代遅れの感は否めない。
砲弾はS−01の装甲を弾き飛ばし機体に甚大な被害を与える。
接近戦のレンジに入り込んだヤヨイは先程の返礼とばかりに、ベーオウルフのゼカリアに向けてスレッジハンマーを振るう。スレッジハンマーに搭載されたブースターが点火し炎を吹き加速する。
キャタピラを回転させ回避行動に入るが機体の動きが普段のKVと比較するとかなり鈍い。スレッジハンマーがすさまじい音を立て装甲に激突、ゼカリアの装甲が歪むが致命的なダメージには遠い。
そのまま突破をはかるヤヨイは攻撃を与えると離脱に移る。そのヤヨイに対してベーオウルフは機体の向きはそのままに砲塔を旋回させてヤヨイ機を照準に収める。機体そのものの動きは鈍いが、砲塔の旋回速度は素早い。
「変形してみよっと」
敵の接近にあわせて戌亥が機体を戦車形態から人型形態へと変形させる。今回のゼカリアに用意された武装は固定兵装以外はヘビーガトリングで戦車形態でも運用可能な銃器ではあるが、人型形態でのテストもしてみたいのだろう。
車体が折り畳まれ脚部となり、砲塔側面の腕部が展開する、全体的なフォルムとしては人型とは言えないある種異形的なフォルムの外観となる。
イメージとしては戦車に手足を取り付けたような感じだ。機体バランスを取る為に長大な主砲は折り畳まれて背中にマウントされている。
その状態でヤヨイは武装に主砲を選択する。
折り畳まれた主砲が肩の位置まで移動し展開すると同時に、機体背部から反動を抑えるための支持架が伸長し機体を支えた。
ある程度の結果が得られた所でシミュレーションを切り替える、今度は先程既存機に乗った者達がペインブラッドへと搭乗する。
ペインブラッドに与えらている装備は帯電粒子加速砲と雪村の2種。どちらも非常に高い威力を誇るが、威力の代償としてエネルギーを大量に食う。
「なかなか面白い特殊能力ですね」
ペインブラッドに搭乗するチェスターはエネルギーパックシステムをそう評する。ペインブラッドそのものの錬力容量もかなり高い数値を示している。エネルギーパックと組み合わせれば瞬間的な火力は非常に高いものとなるだろう。
向かってくるエドワードのバイパーに照準を合わせ、帯電粒子加速砲のトリガーを引く。
砲身から膨大な光が迸ると同時に、機体の背中から使用済みのエネルギーパックが排出され、地面と衝突して重い音を立てる。それと同時に放出された光がバイパーを直撃し、装甲に甚大な被害を与える。
とはいえ帯電粒子加速砲は連射できる兵装ではない。再チャージと砲身の冷却にかなりの時間を要する。
「うーん‥‥使いやすい帯電粒子加速砲が出てくれるとこの機能ももっと有用になりますね」
「決定打としての攻撃回数は6回が限度、手数が少ないのは仕方の無いところか?」
チェスター同様初手で帯電粒子砲を放ったヤヨイが呟くと、チリュウもそれに応じる。
放たれた光の奔流を潜り抜けて戌亥のアンジェリカが接近する。シミュレータという事もあり自機以外でもデータがあれば運用可能だ、知覚型という意味ではアンジェリカとペインブラッドは同列の機体だ。
戌亥のアンジェリカはブースト空戦スタビライザー及び特殊能力であるSESエンハンサーを組み合わせ、その汎用性と扱いやすさから広く傭兵に普及している高分子レーザーを撃ち込む。
放たれるレーザーの幾つかをフィオナは回避することはできたが全てを回避するには至らない、SESエンハンサーでブーストされた火力に装甲が持たず、かなりの打撃を受けてしまう。
「運動性はそれなりとしても防御性能はそれほど高くないみたい?」
フィオナは敵機に接近戦を挑むため機体を前へと進める。移動速度は可も無く不可も無く、ごく普通といった印象だ。
迎撃を回避しつつフィオナは機体特殊能力で雪村を起動する。
ペインブラッドの右腕に握られた銀色の筒から光の刃が伸びベーオウルフのミカガミの装甲を斬り飛ばす、ベーオウルフのミカガミもそれに応えるかのように内蔵雪村を起動し斬り結ぶ。
お互い必殺の威力を秘めた光剣を振るう両機だが、ミカガミの内蔵雪村は供給される錬力が途切れ消失する。
その隙を見逃さず、フィオナは雪村を振るった。
機体の感触としてはゼカリアは雷電に勝るとも劣らない重装甲を誇る反面、主砲の重量や装甲重量で機動性や運動性は非常に低くなっている。
ただ、戦車形態では車高が低く、人型形態においても重心が下にある事から主砲の安定した発射が可能で、上半身の反応速度も機敏な事から敵機へ攻撃方向を向けるのは容易だ。
特殊能力である主砲の火力も専用装備なだけあり、既存のKV用物理兵装としては一線を画す破壊力を誇る。射程もかなり長く砲弾の積載量も一度の戦闘としては充分である。
対するペインブラッドだが、機体そのものには特筆すべき性能は無く、知覚や命中がやや高い事を除けば良くも悪くも平凡な能力の機体だ。
特筆するべきは錬力容量の大きさで、機体特殊能力であるエネルギーパックと合わさり高火力兵装の運用プラットフォームとしてみた場合、優秀な機体と言えた。
汎用性に関しては比べるべくも無く陸戦専用であるゼカリアと比較すれば上だった。
一箇所に留まり安定した戦闘能力を発揮するのがゼカリアであり、高火力兵装を連続して叩き込み短時間に高い火力を発揮して大物を仕留めるのがペインブラッドの基本的な運用と考えてよいのだろう。
シミュレーションを終え会議室に集まった傭兵達は第一開発部の研究員を前に意見交換を始める。
「機体を動かしてみた感想だけど、ゼカリアは拠点防衛には向いてると思うな。砲撃戦能力もそれなりみたいだし‥‥問題点は回避能力が低いのは仕方ないとしても移動力の低さが気になるかな」
戌亥が率直に感想を述べる。
機体の上半身の反応が機敏な事に加え進行方向を変更せずとも360度全方位をカバーできる戦車としての能力は高い命中率を発揮する。反面下半身である車体部分はキャタピラである事などを考慮しても移動力が低く、戦線への到着がやや遅くなってしまうのが欠点と言えた。
「戦車の欠点である上面装甲の脆さだが、ゼカリアにはそういった問題点は無いようだな‥‥機体単体としてみれば攻守のバランスは取れているし、タートルワームやゴーレムを相手にするなら十分な性能だと思う。今までに無い機体という意味では市場的に有利だろうか?」
五大湖開放戦などにも見られるように、既存のKVは航空機形態と人型形態に変形が可能な事から広範な戦場を移動できる事が特徴だが、その機動力を活かした戦闘を得意とする反面、一定箇所に留まり防衛線を展開するにはやや不向きだ。人型形態を取れば防衛線を展開することも可能だが、重装甲の機体はそれほど多くはなく防衛線に向いているとは言いがたい。
自身の経験を元にベーオウルフは話す。
「どちらの機体もなかなか良い出来ですね、難しいところですが私はペインブラッドを推します。確かに防衛線には不向きですが反抗作戦、こちらから攻め込む場合にはこの高い火力が効果的と考えます。‥‥ゼカリアは運用目的から言えばどちらかというと傭兵よりも軍用向けだと思います」
「ペインブラッドの火力は魅力だが‥‥バグアの行動が占領である事を考えれば防衛用の戦力は必要だと思う、将来の反抗に備えるためには戦線を維持し地域確保をしたいところだ」
ヤヨイとチリュウは若干意見が異なるようだ、ヤヨイの意見は攻撃を重視し、チリュウの意見は防御を重視したものだ。どちらも意見としては正しいものだ。
「あたしもどっちか選ぶならペインブラッドかな。強力な知覚攻撃が使いやすいっていうのは強みだと思うんだよね。今ある知覚重視型と言えばアンジェリカだけど、あれでも錬力消費するのがホイホイ使える訳じゃないし」
アンジェリカはその能力の関係上、錬力の効率面という意味では決して効率の良い機体とは言えないのが現状だ。そのため錬力を消費しない知覚兵器を搭載するのがセオリーとなっている。
フィオナはその点を指摘してペインブラッドを支持するようだ。
「性能面で言えばゼカリアですが、飛行できないのが問題ですね。後はフィオナさんが言ったように僕も消費錬力を抑える特殊能力に魅力を感じますね。使用回数をもう少し増やせると良いのですが」
チェスターもフィオナ同様、ペインブラッドを推した。
「私は既存のKVは何かを守るようには出来ていないと感じています。攻撃陣は組めても防御陣を組む事は前提としていない、いわば刃ですね。それに対してゼカリアは盾の役を為す事ができる機体です」
高原はそこで口を切ると会議前に渡されたペットボトルで喉を湿らせ、黙って意見交換の行方を見守る研究員の目を見据えて続きを述べる。
「ハルパーの鎌のみで戦うのにも限界があります。今こそイージスの盾を手にする時だと私は考えます」
「陸戦専用のゼカリアはその高い火力から戦車らしい、戦線維持に向いた機体だと思う。ペインブラッドのエネルギーパックを応用して他の機体用のアクセサリ、または武器その物にエネルギーパックを搭載するという手もありますね」
エドワードはどちらの機体も基本的に長距離砲撃戦を想定した機体である事からどちらを優先するべきか決めかねていたが、ペインブラッドの特殊能力を応用したアイテムの案を述べた。
「俺はゼカリアの主砲に各種弾頭を揃えて欲しいな。徹甲弾、榴弾は当然として、発射後にばらけて範囲を攻撃できる拡散弾も面白いかな?」
ベーオウルフがエドワードの台詞を受けて武装案を口にする。
「そういう意味では、ペインブラッド用に開発中の帯電粒子加速砲は使いやすいものにして欲しいですね。多少消費錬力が高くなっても高い火力を追求して欲しいです、行動に制限がつくと戦いづらいのでそこも考えて欲しいですね」
「今の帯電粒子加速砲は弾数制限とかチャージ時間で使いにくいから、そこを改善したのが私は欲しいかな」
チェスターが開発中の推奨装備に言及すると、ヤヨイも帯電粒子加速砲の問題点を述べた。
結果としてゼカリアを推薦する票は5票、ペインブラッドは3票となる。
この結果を踏まえ、次期量産に推薦されるのはゼカリアと決定した、この後社内コンペが行われ第二開発部の推薦機との比較が行われる事となる。
しかし、ペインブラッドそのものも量産試作機の設計まで終わっているため、今後販売される可能性も無いとは言えなかった。