●リプレイ本文
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山道をジーザリオが走り抜けていく。地元警察から提供された車両を断り、用意した車両だ。ハンドルを握るアズメリア・カンス(
ga8233)は、ちらりと時計に目をやった。
「少しでも時間に余裕を持たせないとね‥‥」
ギアをトップに入れる。まだカーブは緩やかだが、いつ急カーブに出くわすかわからない。スピードを上げながらも、安全運転は心がけなければならない。ハンドルを持つ手に、微かに力が入る。
「娘さんの記念すべき日にこんなことになるとは‥‥。ここは何としてもブーケを見つけ出し届けなければな」
助手席で白鐘剣一郎(
ga0184)が流れゆく景色を見る。まだブーケがあると思われる地点ではないが、いつキメラが襲ってきてもおかしくないからだ。運転席の後ろに座っている高遠・聖(
ga6319)も奇襲に備えて常に意識を周囲に飛ばす。奇襲の際にはすぐに降車できるよう、手はドアにかけられていた。
「間に合わない可能性も考慮しないとな」
聖は時計のアラームをセットする。万一の時はせめてブーケだけでも届けるようにするため、回収と移動に掛かる時間、それに多少の余裕を持たせた時刻を逆算した。
「せっかくのブーケ、結婚式に間に合うように届けてやらないとね」
バイク形態のリンドヴルムに跨るのはイリス(
gb1877)。同じくリンドヴルムに跨り、併走するのは鯨井レム(
gb2666)だ。
「この素晴らしき日に泥を塗ろうというその無粋な行為、まったくもって許しがたいな」
レムはユリカの父親の願いを何としてでも叶えてやりたいと、熱い想いを胸に秘めていた。
「この‥‥ッ! よりによって結婚式の邪魔しますか。どうしてこう空気読めないのが多いんでしょうかキメラって!」
ジーザリオの後部座席中央で、リリィ・スノー(
gb2996)が憤る。
「本当だな」
そして助手席の後ろに座る番 朝(
ga7743)が周囲に目を配りながら頷いた。本来四人乗りのジーザリオだが、リリィと朝が小柄であるため、後部座席にどうにか三人乗り込むことができた。
「あの車かしらね」
アズメリアが側溝にはまっている車を発見し、アクセルを緩める。運転席は無人で、フロントガラスは粉々だ。ユリカの父親の車に間違いない。リアウィンドウが割れている。フロントガラスが割れたという話は聞いていたのだが。
「俺達が来るまでの間に、キメラがやったんだろうな」
「だとすれば、まだこの付近にいる可能性が高い」
剣一郎と聖が顔を見合わせ、頷く。アズメリアは車を脇に寄せ、停車した。イリスとレムもリンドヴルムを止め、降りる。レムが腕時計を確認した。あと、一時間三十分。
道路には、カーブの度にタイヤの跡が黒く残っている。余程スピードを出していたのだろう。その跡を辿りながら、少し歩く。道中、ブーケがないか、その確認も怠らない。十分ほど歩いた頃、周囲に嫌な気配が充満する。
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ばさり、何かが羽ばたく音がした。
キメラの――ハーピーの羽音だ。
一気に緊張感が高まる。イリスとレムはリンドヴルムを装着、そして一同は覚醒を終える。
ハーピーは上空でゆったりと旋回し、こちらの様子を窺っていた。
「‥‥来る」
聖が呟く。そして低い唸り声を上げて、アタックビーストが次々に姿を現した。威嚇を続けながら、一同の周りをゆっくりと移動する。こちらもかなり気が立っている。ユリカの父親をずっと捜していたのだろう。捜して、駆け回って。元の場所に戻ると、明らかに常人とは違う人間達がいた。彼らにしてみれば、狩りを楽しむどころか、窮地に追いやられたような気分なのかもしれない。威嚇が続く。
ハーピーが降下を始めた。同時にアタックビーストが地を蹴り、突撃を仕掛けてくる。
「やるとするか」
ショットガンを構え、聖がハーピーに狙いを定めて発砲した。左翼を撃ち抜かれて胸を反らした隙を狙い、リリィが強弾撃を撃ち込む。脇腹に弾がめり込んだハーピーは、悲鳴を上げながらも森へと逃げ込んだ。
「逃げるんですか? 出てきたらどうですか」
リリィがハーピーの消えた方に向けて言い放つ。聖も敵が撤退したなどとは思ってはいない。奇襲に備えて、警戒を強めた。
「無粋な獣ども、覚悟するがいい」
「手早く倒させてもらうわよ。時間はあまりないんだから」
剣一郎とアズメリアが同時に月詠を構える。剣一郎を前方から狙うアタックビーストの側面にアズメリアが素早く回り込み、足へと重い一撃を放つ。そのまま敵はバランスを崩して倒れこむが、すぐに体勢を立て直して再び剣一郎に突撃をかける。今度は剣一郎が円を描くように動き、その突撃をかわしつつ回り込んだ。
「天都神影流・流風閃」
月詠が、薙ぎ払われる。喉元を深く斬り込まれた敵は、そのまま沈黙した。
朝が静かに対峙するアタックビーストに歩み寄る。敵も間合いを詰めるかのように口を大きく開いて跳躍すると、朝の頭上から襲いかかった。朝はイアリスを横にし、眼前で構える。そして敵の牙を刃で受け止めると、イアリスの威力を上昇させてそのまま一気に押し込んだ。敵の口が、裂ける。
裂けた口を更に大きく開け、敵は声にならない悲鳴を上げる。そのまま地に落ちていくかに思われたが、スコーピオンを構えたレムによって、腹に深く弾丸が撃ち込まれた。その攻撃は力が底上げされており、初手から全開だ。敵は落ちると這うようにしてそこから逃げ出した。しかし何かにぶつかる。イリスだ。すぐ後ろには朝が迫る。
「ふん、逃がすわけないだろう!」
レムのその言葉を理解したのか、敵は全身で捨て身の攻撃に出始めた。
イリスは攻撃をかわすと、バスタードソードを持つ手にぐっと力を込め、重い攻撃を突き出す。レムに撃たれた脇腹に、イリスの剣が突き立てられた。続けざまにレムが背中に弾を命中させ、そして朝が回り込み、イアリスを一閃させた。
敵は体を一度大きく震わせた後、絶命した。
聖とリリィは警戒を続けていた。耳を澄まし、木々の間に目を凝らし。全身の感覚を研ぎ澄まして、気配を探す。視界の端で、アタックビーストが二頭沈黙したことを確認する。
「近くにいるな」
聖が視線を左に移した。リリィは小さく頷く。
「近づいてきています」
弱々しい羽音が、左から徐々に近づきつつあった。気配を消すために弱く羽ばたいているのか、それとも先ほどの攻撃で弱っているのか。
二人は無言で頷きあうと銃を構え、見えない敵に向けて発砲した。
キイイイィィ――!
耳を劈くような甲高い声が、響く。聖とリリィはその声が発せられた場所へ駆けていく。血が上から滴り落ちる。見上げると、枝にしがみついた――いや、辛うじて引っ掛かっていると言ったほうがいいかもしれない――ハーピーが、こちらを睨み据えていた。
聖が軽く数発当てていく。しかしハーピーはもう、そこから動こうとはしない。もう余力は残っていないようだ。
「終わらせましょう」
リリィが静かに銃を構え、そしてハーピーにとって最期となる一発を撃ち込んだ。
悲鳴だけを残し、ハーピーは枝の上で眠りにつく。
残るは、アタックビースト一頭だ。しかし、その一頭は遠巻きに戦闘の様子を見ているだけだった。だか、少しずつ移動している。戦闘の場から離れ、何かを気にしながら。
その時、朝がその行動の意味に気がついた。側にいたイリスに知らせるかのように右腕を上げ、それを指差す。
「‥‥え? あ‥‥っ!」
イリスは、その指の先を追い、思わず声を上げた。そこには、枝にひっかかったブーケの箱と思われる存在。しかしそれは、目を凝らさないと見えないような位置にある。山に囲まれて育った朝は、山で物を見つけるのが得意だ。そのため、いち早く気付くことができたのだ。
「‥‥あんな所に。巻き込ませる訳には行かないな」
剣一郎が唸る。アタックビーストは、ブーケに向かって少しずつ移動していた。最初に取り逃がした人間の匂いがついているから気付いたのだろう。そして獣の直感で、目の前にいる能力者達がそれを狙っていると悟ったに違いない。まだ敵は、ひどくゆっくりと動いている。イリスは何かを決意するように頷くと、突然駆けだした。
イリスの行動に意表をつかれた敵はぴたりと動きを止める。それが勝敗を分けた。迷いのないイリスはそのまま敵と間合いを詰め、龍の咆哮を発動。敵は、ブーケとは逆の方向に派手に弾き飛ばされた。
「そろそろ片を着けよう。皆、行くぞ!」
剣一郎が駆け出すと、アズメリアがそれに続く。再びブーケに向かおうとする敵に、ハーピーを倒して合流した聖とリリィが援護するべく発砲する。レムと朝、そしてイリスがブーケに向かって駆けだした。
「行かせないわよ」
アズメリアが回り込んで月詠を一閃させると、敵はよろけて後退する。そしてそのまま剣一郎に流れは移った。
「そこは俺の間合いだ‥‥天都神影流、虚空閃・波斬!」
エネルギーを最大付与した月詠を急所に斬り付ける。再び流れはアズメリアに移り、今度はアズメリアの月詠が鋭く重い線を織りなす。二本の月詠によって流れた攻撃は、一本の太刀筋を創り上げていた。
最後の一頭は、悲鳴をあげる間もなく沈黙した。
その時、レムがブーケの元に到着する。他の皆も、急いで駆け寄った。
「っと、ブーケの箱ってのはこれのことかな」
レムが、ブーケの箱を真下から確認する。手を伸ばすが、届かない。剣一郎も手を伸ばしてみるが、あと数十センチというところか。「乗るか?」と聖が踏み台となった。剣一郎が靴を脱ぎ、聖の背中に乗る。そして素早く箱を手に取って降りた。レムが時計を確認する。
「あと、一時間十分」
「余裕、あるわね」
アズメリアが頷いた。箱の中身も確認する。ブーケに損傷はなかった。皆、安堵の溜息を漏らす。
一同は車に戻るべく駆けだした。朝はその前に姿を消す。山に入り、他にキメラがいないかを確認するためだ。イリスとレムはブーケを受け取り、リンドヴルムをバイク形態に戻して先に教会へ向かい始めた。すぐに皆を乗せたジーザリオが追いついてくる。
「ブーケ、崩れていないといいけれど」
イリスが、少し不安げに呟いた。
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「どうすればいいの、お父さんがキメラに襲われたというのに、私、結婚なんてできないわ」
ユリカが、控え室で泣き崩れていた。夫となる男性が、隣で必死に宥める。
「お父さんは、自分のことは気にせず、結婚式を挙げてくれって言っていたわ」
母親が優しく言うと、ユリカはますます泣き崩れていく。もう、メイクもぐしゃぐしゃだ。結婚式まであと四十分、ブーケもない。父親もいない。どうすればいいのか、ユリカにはわからなくなっていた。
その時、勢いよく扉が開けられた。教会のスタッフだ。
手には、それは見事なブーケ――。
「それ‥‥は?」
ユリカは声を絞り出す。
「能力者の皆さんが‥‥これを持ってきて下さったんです! あなたのお父様から託されたとのことで‥‥」
スタッフは、そっとブーケを手渡した。ユリカはそれを恐る恐る受け取ると、窓の外を見る。教会から離れた場所に、車と、二台のバイク。その近くで教会を見守る数名の男女。
「‥‥そう‥‥だったの」
そう言って、ユリカは静かに立ち上がった。
「メイク、涙でぐしゃぐしゃになっちゃったから‥‥急いで直してもらえますか?」
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「ええ、ブーケは無事に届けました。結婚式も予定通り進んでいます。ご安心下さい」
剣一郎は、ユリカの父親に報告を入れる。ちらりと教会の方を見やると、扉が開いて新郎新婦が出てくるところだった。そろそろブーケトスだ。
教会には、イリスと聖が行っていた。イリスは結婚式に参列すると共に、父親が無事だということを伝えるという目的があった。そして聖は、花嫁の幸福な姿を写真におさめ、贈るためだ。式場にもカメラマンはいるが、聖が元ジャーナリストであると知ったユリカのたっての願いだった。
他に、リリィと朝が少し離れた場所にいる。リリィは戦闘帰りということで始めは遠慮していたのだが、ユリカに誘われて迷いながらも参列した。やはり、少しは憧れてしまう。ただ、それでも少し離れた場所から眺めるに留めていた。ブーケトスを見るために朝も近くに行く。山にはもうキメラはいなかった。安心して、見守れる。剣一郎とアズメリア、そしてレムは更に離れた場所から見守っていた。
ユリカが笑顔でブーケを放り投げる。弧を描いて、ブーケは参列した女性達の頭上を舞った。
「来たっ! ブーケ‥‥っ!」
イリスは精一杯手を伸ばす。まだ結婚なんて早いと思っており、本気で取りたいわけではないが、一緒になって騒ぐのは楽しい。それに、少しでも楽しい気持ちが伝われば、ユリカも楽しくなってくれるだろう。
ブーケは、イリスよりやや左側に落ちてゆき、ユリカの親友だという女性がキャッチした。
「あ〜、残念!」
あちらこちらから溜息が漏れる。イリスも同じように溜息をついてみた。肩を落として朝の元へ来るイリス。朝がその様を見てくすりと笑う。
カシャリ。
「え?」
イリスと朝は、その音に振り返った。
「二人の顔、撮っておいた」
聖が笑う。手に持ったカメラには、ユリカが浮かべた幸せそうな笑顔が沢山収められている。その中に、今回一緒に依頼をこなした仲間達の表情をこっそり収めていたのだ。どの顔も、ユリカを祝福する顔ばかりだった。
そしてイリスはユリカに歩み寄ると、大切なことを伝えた。
「お父様は無事です。きっと、今頃は病院でユリカさんの幸せを願っているはずです」
「‥‥ありがとう‥‥っ!」
ユリカは目に涙を浮かべた。
花嫁が退場するタイミングを見計らって、リリィがユリカに歩み寄った。
「えっと、おめでとうございます、お幸せに」
と笑顔を向ける。ユリカは「ありがとう」と笑い、そして――。
「お嬢ちゃんもいつか素敵な人を見つけてね」
そう言って、笑った。
「私は十六ですっ!」
リリィは軽く怒る。見た目は十二ほどにしか見えないが、十六なのだ。
「あ、あら、ごめんなさいっ!」
ユリカは慌てて謝罪する。その場にいた聖と朝、そしてイリスが笑う。
「‥‥おめでとう、だな」
リリィの怒りが治まる頃、朝がユリカに声をかけた。ユリカは頷いて、遠巻きに見ている他の能力者達へと視線を移した。大きく手を振って、大きく声を張り上げて。
「ありがとう‥‥っ!」
何度も何度も、そう叫んだ。
「うまくいってよかった。喜んで貰えてなによりだ」
レムが小さく頷く。手を振るユリカの姿はここからでもよく見えた。
「私もいつかあんな式を挙げたいものね‥‥」
目を細め、アズメリアは静かに言う。剣一郎が同意した。
「俺もだな。恋人にそう思ってもらえるような結婚式を‥‥挙げたいものだ」
厳かに、教会の鐘の音が響き渡る。
蒼く晴れ渡った空に、その音は吸い込まれていった。