タイトル:月下美人マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/15 00:40

●オープニング本文


 白い手が、長い指が、月の下舞い踊って。
 僕はいつも、それを遠巻きに見ながら家路を急いでいた。

 街外れの、今は使われていない古い陸上競技場には、小さな野外ステージがある。そのすぐ側を通るジョギングコースを突っ切ると、駅からアパートまでの近道だった。僕は仕事が終わるといつもそこを通って帰っていた。
 毎週木曜日、野外ステージに一人の女性が現れる。
 彼女は発声練習やダンス、歌など、小さなステージが大きく見えるくらい、自身の持てる力を出し切って練習していた。一度、気になって隠れてずっと見ていたことがある。彼女は陽が落ちる頃に現れ、日付が変わる頃まで練習をして帰って行くことがわかった。新月や、それに近い日は現れない。曇りの日も、雨の日も現れない。どうやら、月明かりだけを頼りに、練習をしているようなのだ。
 僕は毎週木曜日が楽しみになった。わざとゆっくり歩き、少しでも長く彼女の練習を見られるようにする。一番好きなのは、ダンスだ。白い手が、長い指が、月の下舞い踊る。
 それはとても綺麗で、この世のものとは思えないくらいだった。

 今日は木曜日、彼女が現れる日だ。
 僕は急いで陸上競技場へと向かう。
 しかし、陸上競技場は封鎖されていた。キメラが出たというのだ。傭兵達が来るまで、中には入れないとのことだった。
「そんな」
 僕は思わず呟いていた。しかし、それは僕だけではなかった。
 隣に立っていた女性も、「そんな」と呟いている。どこかで聞いた声。僕はそっと顔を見た。
「あ――!」
 彼女、だ。
「え? あ‥‥あなた、もしかして」
 彼女は僕の顔を見ると、目を見開いて驚いた。
「ええと、はい。初めまして‥‥と言うのもおかしいですが、ラルフです」
 僕は慌てて自己紹介をする。彼女はくすりと笑った。
「私は、サラ。‥‥早くキメラがいなくなるといいのに」
「少しの辛抱ですよ。今日は諦めましょう」
「キメラね、あのステージ周辺に出るんだって。だから、ステージが破壊されないかと心配で」
 サラは眉を寄せた。
「私、今は役なんてほとんどもらえない下っ端の劇団員だけど、いつか必ず表舞台に立ちたいの。あのステージは、私にとって大切な場所。あそこで練習を始めた日に、入団試験を受けていた劇団から合格通知が来たのよ。だから、あのステージが壊れてしまったら、私の夢も壊れてしまいそうで怖いの」
 彼女はひどく饒舌に語った。ほとんど初対面ともいえる僕に、どうしてここまで語るのか。しかしきっと彼女は、語らずにはいられないのだろう。不安で仕方がなくて。
「ここで、待っていようと思うの」
「え?」
「傭兵さん達が来たら、お願いしようと思って。戦闘の時にステージをあまり壊さないようにして下さいって」
 そう言って、彼女はぎゅっと唇を噛んだ。
 来週の木曜は満月だ。満月の下、踊る彼女はどれほど綺麗だろう。
 でもそれは、ステージが無事だったらの話だ。肝心のステージが壊れてしまっていたら、それも叶わなくなる。
「‥‥僕も、一緒にお願いしてあげるよ」
 僕は、気がついたらそう言っていた。
 彼女は一瞬驚いたが、すぐに「ありがとう」と笑ってくれた。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
比企岩十郎(ga4886
30歳・♂・BM
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM
煉威(ga7589
20歳・♂・SN
サルファ(ga9419
22歳・♂・DF
ジングルス・メル(gb1062
31歳・♂・GP

●リプレイ本文


「どうも俺はこういう依頼が好きみてェだぜ‥‥でもま、楽しそうだしいいか。やることやった後には、楽しいことも待ってそうだしな♪」
 煉威(ga7589)は笑いながら先頭を歩いていた。
「お月さんがキレーで‥‥良い夜だよな」
 そう言って、ジングルス・メル(gb1062)は夜空を見上げる。天頂の月は、真円を描いていた。
「しかし‥‥あの図体で四頭も一体どこから入り込んだんだ?」
 白鐘剣一郎(ga0184)は首を傾げた。
 能力者達が来るのを毎日待ちわびていたラルフとサラは、一同の姿を見ると近づこうとするものの、不安げに躊躇した。
「なんも心配することねェって。この人達がちゃーんとキメラを退治してくれるからよ♪」
 どこか他人事のように冗談半分で言いながら、煉威はサラ達に近づいていった。すると、少し気が楽になったのか、サラが口を開いた。
「あのっ、お願いがあって‥‥っ!」
 サラは自分の想いの丈を語った。
「そうなんだ‥‥凛もデビュー前は楽団にいたから。その気持ち良くわかる‥‥任せて、野外ステージは絶対に守るよ。誰かの夢を守ることも、凛の大事な仕事だから!」
 アイドルでもある勇姫 凛(ga5063)は愛らしい笑みを浮かべた。サラの舞台にかける夢を守りたい。その思いが強く膨れあがる。
「三メートルのサーベルタイガーか。ビーストマンの我が輩には大いに興味あり、だ。明日を目指すおぬしらへの手助けにもなろう。どの道キメラは退治だな」
 比企岩十郎(ga4886)はどこか楽しげに笑う。元声優という経歴を持つため、凛同様、サラの気持ちは痛いほどわかる。
「貴女達の特別な場所‥‥護ってみせるわ」
 そして、ケイ・リヒャルト(ga0598)が透明感のある声で言う。
「私達に、全て任せておいて」
 そっと緋室 神音(ga3576)がサラの肩に触れる。サラは皆の顔を見渡して、何度も何度も頷く。
「‥‥あなた、も?」
 ラルフはサルファ(ga9419)を見て驚いた。サルファは直前の依頼で深い傷を負っていたのだ。その傷はまだ癒えてはいない。
「俺は大丈夫ですよ」
 サルファは笑顔で答えた。敵の爪が貫いていった腹部が疼く。しかしそれを顔には出さない。
「俺はここでお二人の護衛をしますから」
 平然とした顔をしているが、辛くないはずがない。サラ達は、心配そうに見つめた。ジングルスはちらりとサルファを見ると、再びサラ達に視線を戻し、二人の肩を叩く。
「‥‥ダチ、頼むな?」
 重傷を負っているとはいえ、友を信じていないわけではない。ただ、心配でたまらないのだ。ジングルスの言葉を受け止めたサラ達は、力強く頷いた。それを見届けて、覚醒する。
 ふわり、強く甘い香りが微かに漂った。
「これは?」
「月下美人という花がある。夜に花を咲かせる、美しい花。儚い美、という花言葉があるんだ」
「月下美人‥‥」
「終わったら、踊り。見せてくれな?」
 ジングルスが静かに声をかけた。サラ達の不安で仕方がないという顔を、晴らしてあげたい。その思いを込めた。
「はい‥‥!」
 サラが強く頷く。そして一同は、キメラの元へと向かうべく、歩き始めた。
「どうか、どうかステージを‥‥!」
「判っている。何もキメラの好き放題にさせる謂れはないからな」
 剣一郎が言う。そして少し厳しい表情を浮かべる。
「ただ、ステージ周辺はこれから戦場になる。それに、あの種のキメラの獲物を狙う際の素早さは相当なものだからな。万が一が無いように、二人とも一旦この場を離れてくれないだろうか」
「俺が誘導します」
 剣一郎とサルファの言葉に、二人は頷いた。
「後は任せてくれ」
 そして剣一郎は微笑み、皆と共に戦闘のステージへと向かっていった。


 剣一郎とジングルスは、囮となるべくジョギングコースを歩いていた。視界には常に野外ステージ。二人の覚醒状態は、囮にはうってつけだ。剣一郎は全身が淡い金色の輝きに包まれ、ジングルスは花の香りを漂わせる。月明かりの下、そ視覚的にも嗅覚的にも敵の目に留まりやすい状態だ。それに獣の特性を持つキメラならば、テリトリー内に露骨に入り込んだ相手を放っておく筈はない。
 やがて、低い唸り声が周囲に響き渡る。ステージは音が良く響く構造になっているようだ。
「さて、不法侵入者にはさっさとお引き取り願おう」
「サラとラルフの願いの場所‥‥ステージは傷つけたくナイもの」
 凛とした空気に、目を細める。空気が澄んでいるのはいいことだ。月下美人の香りが、よく広がる。その香りは剣一郎に絡みつく。剣一郎は抜刀すると、刀身を月光に翳した。
「おおおおおおおおおおっ!!」
 剣一郎は雄叫びを上げた。
「さあ、掛かって来い。来ないのならば‥‥推して参るっ!」
「よっしゃ、来い!」
 その言葉と同時に、サーベルタイガーが三頭、飛び出してきた。
「‥‥三頭? 一頭足りない‥‥」
 ジングルスは眉を寄せる。一抹の不安がよぎった。

「では、二人はこちらに」
 サルファはサラ達を始めとする民間人の避難誘導を始めていた。あとはサラとラルフを残すのみだ。その時、異質な気配を感じ、思わず身を強張らせた。
「サルファさん?」
 どこか具合が悪いのだろうかと、サラが顔を覗き込む。
「まずいな‥‥やるしか、ないか」
 呟き、サルファは静かに覚醒を遂げ、ゆっくりと振り返った。そこには、競技場から駆けてくる一頭のサーベルタイガーの姿。恐らく能力者達の気配を察し、一頭だけ別行動を取ったのだろう。サルファはサラ達を背後に回し、敵を睨み据える。
「――こいつらには指一本触れさせねえ。俺が、相手だ。来いよ!」
 クルシフィクスをゆっくりと持ち上げ、眼前に掲げる。酷く、重い。
(「――前回の依頼で受けた傷が、直りきってない、か‥‥」)
 疼く腹部。これでは大剣はほとんど振れないだろう。よくて、三、四発――。それでも、自分が護り抜くしかない。徐々に距離を詰めてくる敵に対し、剣を地に突き立て、壁を作る。
「くっ‥‥重いな‥‥!」
 しかしそれでも悠然と向き合った。来るなら、来い――!
 強い思いを全身から放つ。サルファから放たれた威圧感が敵を包み込む。あと数メートルで敵の爪がサルファに届くというその瞬間、サルファの気迫に圧倒された敵は、前脚を踏ん張って急停止した。
 ぐう、低く唸る。暫くその場をうろうろし、サルファとの睨み合いを続けたが、やがて敵はサルファから目を逸らした。そして踵を返し、競技場へと戻っていく。
「‥‥俺の勝ち、ということか?」
 サルファは敵が完全に見えなくなるのを待って、覚醒を解いた。腹部に激痛が走る。
「――傷が、開いたか‥‥」
 だが、サラ達は護り抜けた。開いた傷もすぐに塞がるだろう。サラ達が心配そうに覗き込む。「大丈夫ですよ」とサルファは笑った。

 剣一郎とジングルスは、一頭足りない敵に不安を抱きながらも、ジョギングコースへの誘導を進めていた。少しでもステージから遠ざけるために。常に互いを視界に入れつつ、死角をカバーして動く。その隙に、ケイと煉威が隠密潜行でステージに移動、敵の死角になる位置に待機した。
 岩十郎は囮班の動きに合わせてステージ側から一気に敵に接近すると、まだステージ付近にいる一頭を獣突で突き飛ばす。
「それ、吹き飛べぃ」
 軽く言い放つと同時に、敵は他の二頭のすぐ後ろまで吹き飛んだ。
「サーベルタイガーの力、見せて貰おうか」
 ビーストマンとして、本当ならば一対一で戦ってみたい相手ではあったが、それをぐっと堪える。そのまま堂々とした出で立ちで、ステージを塞ぐように大地を踏みつけて立つ。
「そっち、任せた!」
 敵を引きつけたジングルスは、ケイ達に声をかけた。そしてスナイパーが狙いやすいように誘導を続ける。
「猫ちゃんはコタツで丸くなる季節よ?」
 ケイが加虐的な笑みを浮かべ、敵の虚を突いて発砲。敵の後脚に命中する瞬間、煉威が朧月を構えた。
「弓を使うのは新人の頃以来だぜ‥‥」
 ケイによって後脚を撃ち抜かれた一頭が転倒する。そのすぐ前を走っていた一頭が振り返るタイミングを狙い、煉威が狙撃、矢は前脚に当たる。転倒こそしなかったものの、確実にバランスを崩した。
「凛が来たからには、絶対ステージには近づけさせないんだからな!」
 愛用のローラーブレードを履いたまま、瞬速縮地でステージ側に回り込んだ凛は、そのまま距離を詰めて器用に敵の眼前に滑り込んだ。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 神音は静かに覚醒を遂げ、ステージとジョギングコース間の垂直方向から敵に接近し始めた。敵は完全に包囲された。その時、残りの一頭がジョギングコースから姿を表した。一気にステージへと駆け抜けようとする。一同は敵がどこへ行っていたのか、一瞬にして悟った。だが、何かに怯えているようだ。恐らく、サルファが何らかの行動を取ったのだろう。敵の怯える様子からも、彼は攻撃を受けていないことがわかる。ジングルスが安堵の表情を浮かべた。
「夢を育てる舞台には、お前達は立入禁止だっ!」
 凛が叫び、敵を囮側へと突き飛ばした。そして一気に距離を詰める。
「燃え上がれ、エクスプロード、その切っ先にみんなの夢を込めて!」
 ランスに自身の思いを乗せ、敵の腹部を貫いた。よろよろと、敵は体勢を整えようとする。そこを煉威が狙った。体が大きいということは、それだけ的が大きく、狙いやすさも増す。だが、一切気を抜かずに慎重に狙いを定めていく。
「そのまま寝ちまいなっ!」
 影撃ちと強弾撃の併用による重い一撃が、喉に命中する。それが致命傷となった。仲間が圧倒的な力で倒されると、残りの三頭は一気に混乱に陥った。それぞれが別方向に動き、包囲を突破しようとする。一頭が、ケイに向かって真っ直ぐ突進してきた。
「あら、積極的ね」
 ケイは急所を狙って発砲する。確実に急所を突いたはずだが、敵はなりふり構わず向かってきた。眼前に迫る。ケイは動かない。跳躍し大きく口を開けて飛びかかる。牙が、月光で光った。
「鉛の飴玉、美味しく味合わせてあげる」
 そう言うと優雅な動きで銃を構え、口腔内にキツイ一発をぶち込んだ。反動で敵は後ろに仰け反り、ケイが腕を降ろすと同時に地面に叩き付けられた。
 一頭は、岩十郎の脇を擦り抜けようとする。
「一対一、やるか?」
 岩十郎は嬉しそうに笑うと、内なる力を解放させ、吠えた。
「獅子咆哮!」
 敵の懐に潜り込み、重く熱い一撃を押し込む。ひゅお、と喉が鳴り、そのまま敵は吹き飛ばされた。その先には、神音。
「さあ、散りなさい」
 神音は月詠を構える。そして流し斬りで側面に回り込んだ。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技・桜花幻影【ミラージュブレイド】」
 一瞬だった。敵の急所を狙い、神音の鮮やかな刃が二度、流し込まれた。月詠が満月に映え、敵は沈黙した。
 残りの一頭が囮の二人へと向かう。直前で方向転換すると、手薄な場所を狙ってスピードを上げた。ジングルスは一気に敵に接近すると、疾風脚で敵の牙を折った。そのまま体勢を立て直し、今度は急所を狙う。
「俺より若い奴等がケガすんのヤだし。オイチャン、がんばっちゃうぞー?」
 敵と目を合わせ、にこりと笑う。その時にはもう、ジングルスのファングが喉元に深く突き刺さっていた。前脚で強引にそれを押しのけ、敵は剣一郎を狙い始めた。しかし、剣一郎は動じない。
「終わらせてもらう」
 呟いて、間合いに入る。全ての力を月詠に込め、一気に放出するように紅の一閃を敵に見せつけた。
「‥‥天都神影流『奥義』白怒火」
 敵が地に伏せる音と、月詠が鞘に収まる音が重なった。


「この景色も久々な気がするな。壊されずに済んだな」
 岩十郎はステージに近づくと、少し昔の舞台を思い出しながら眺めた時、サルファとサラ達がステージへと到着した。その頃には敵の死体の片付けも終わっており、無惨な戦闘の跡を見せずに済んだ。腹部を押さえてはいるものの、サルファの無事とも言える姿に、皆は安堵の表情を浮かべる。
「ステージは無事みたいです。よかったですね」
 ステージには一切損傷はない。サルファの言葉に、サラは目に涙を浮かべた。
「サラが練習する様子、凛も見せて貰いたいな」
 凛が笑顔で言うと、サラは力強く頷いた。
 銀色の月光が、ステージを照らす。
 静かにステージに上がったサラは、瞳を閉じて息を吸い込んだ。
 よく通る、そして聴衆を魅了する歌声が響く。最初は静かに、やがて激しく。それに合わせて脚がステップを踏む。指先が伸び、髪が揺れる。
 髪の一本一本、額に浮かぶ汗の一滴にまで月光が反射し、光の粒子を舞い散らせるかの如く、サラは咲き乱れた。
 ラルフはそれを、誇らしげに見つめる。ただじっと、見つめ続ける。
 やがて、サラの動きは緩やかになり、月が雲に隠れると同時に終わりを告げた。
 パン。
 ケイが手を鳴らした。
 パン、パン‥‥。
 そして、鳴り響く拍手の嵐。それはいつ止むともなく続いていった。
「ありがとう、ございました!」
 腹の底から、サラは声を張り上げた。
「凛、いつかサラが舞台で演じる姿、楽しみにしてるよ‥‥このステージを守れたのも、その思いが通じたからだって思うから」
「貴女の舞台に出た時の演技、楽しみにしているわ」
 そっと凛と神音が近寄り、微笑む。
「こんなに皆さんに拍手を貰えるなんて。このステージのお陰ですね。このステージには本当に助けられてる気がします」
「この場がどうであれ、それはお主の力だろう?」
 首を横に振りながら岩十郎が笑った。サラは目を丸くし、そして嬉しそうにはにかむ。
「俺も楽しませて貰ったし、これからも頑張ってくれな♪」
「サラの姿、しかと目に焼き付けた。忘れない」
 煉威と剣一郎がそっと手を差し出す。サラは頷きながら二人の手を握った。
「実はあたしも歌を歌うの。いつか貴女の舞台、拝見したいわ」
 ケイが微笑んだ。華やかな、表舞台。その日が来るのはきっと遠くはないだろう。
「その日が来ることを、そして成功を祈ってますよ」
 サルファも笑う。サラの嬉しそうな顔に、腹部の痛みも忘れていた。
「皆さん、本当にありがとうございます!」
 ラルフが何度も何度もその言葉を繰り返す。サラはその姿を見てくすりと笑った。
 サラ達との別れ際、ジングルスが笑顔と共に言葉を残した。
「‥‥ああ、知ってるか? 月下美人の花言葉、『儚い美』だけじゃナイんだぞ? 『強い意志』。‥‥どの場面でも、大切なモノ。‥‥頑張んな? ああ、勿論‥‥ラルフも」
 その言葉は二人を強く揺さぶった。
 月下美人。いつかその花を見てみたい。そして、その花言葉のように、強い意志を持って、前を向いて――。
 皆を見送りながら、サラはステージに立った。ラルフはサラを見つめる。そしてサラは再び歌う。
 満月に吸い込まれるような歌声が、いつまでも響き渡っていた。