タイトル:【HD】自由への扉マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/01/20 05:22

●オープニング本文


 旭川要塞、そこに傭兵たちが入ったのはつい先日のことだった。
 そこで得られた情報、それらはすぐにUPC日本軍北部方面隊へと伝えられ、軍はただちに行動を開始する。
 防空網に開けた穴は修復されず、それによって空路によるルートと南北の侵入口は完全に押えたと言ってもいい。これらを掌握したことにより、旭川に向かう陸路全てに構築されていた巨大な壁も無意味なものと変わり果て、人類勢力が空を辿って次々に集まってくる。
 だが、同時に――要塞から逃げ出した魔女たちが石狩共和国の大地を見据えて、ある行動に出ていた。

 魔女――リリアン・ドースンが取った行動、それは共和国を、そして軍を翻弄するものだった。
「契約」を盾に、共和国へ匿えという。
 契約、それは二ヶ月程前にリリアンと交わしたものだ。
 人類側の北海道奪還の動き及び、バグア側の迎撃によって共和国に被害がもたらされることのないよう、共和国領土及び領空、苫小牧港を含む太平洋側海域での戦闘を禁止。
 同時に、戦略行動を目的とする移動に伴う、領土及び領空、苫小牧港を含む太平洋側海域への侵入の禁止。
 ただし、どちらかが共和国に害を為したり、戦闘の余波による被害があった場合には、原因となった勢力の敵側へと協力態勢を敷く。
 それに応じたことを貸しとし、その貸しを返せと迫っているのだ。
 さらには、ステアーに攻撃すれば、旭川要塞に仕掛けた爆弾が「人質」を抱えた要塞を破壊に導くという。
 要塞にはリリアンによって連れてこられた民間人がいる。そして彼等の子供たちがどこかに捕らわれている。彼等が「人質」だ。
 ステアーを、そしてリリアンを撃破するには爆弾を解除しなければならない。
 そして爆弾を解除したとしても、それによって子供たちの安全が確保されるわけではない。そのため、爆弾の解除を急ぐ一方で、民間人の救出及び子供たちの捜索と救出が開始された。

 先だっての突入の際、富良野側はリリアン・ドースンによって複数の通路などが封鎖されていた。だがそれらは一時的なもので、リリアンが旭川を遠く離れたところでまた解放され、通行が可能になっている。
 旭川方面や富良野方面で発見された民間人の大人たちは軍によって保護され、次々に救出されていく。だが子供たちが一向に見つからなかった。
 苛立ちと焦りが募る。
 不安げに後ろを振り返り、しかしどうすることもできずに、軍に誘導されるがままに要塞の外へと出て行く大人たち。
「どうした、立ち止まったりして」
 富良野方面で前を進む壮年の男が、最後尾の青年に声をかける。
「――俺、残ります」
 青年ははっきりとそう言った。大人たちはもちろん、軍の者たちもその言葉に耳を疑う。
「残る、って‥‥何を考えているんだ! お前が残ったところで、何ができるわけでもない。却って足手まといになるだけだ! 今は軍に、そして傭兵たちに託すしかないんだ! 我々には‥‥何の力もないのだから」
 男は奥歯を鳴らし、悔しげに言う。本当は自分も子供たちを捜したい。だが、どうすることもできない。最適といえる選択は、全てを軍や傭兵に託して一刻も早くここから出ることだけだ。
 青年の気持ちがわからないわけではない。
 だが、感情だけでは――どうにもならないのだ。
「俺は、ここにいる間‥‥何もしなかったわけじゃない」
 青年は呟く。
「なんだと?」
「俺はずっと、チャンスを待ってた。子供たちを、弟を助け出したくて、そのチャンスを探してた。リリアンに取り入って、どんな屈辱的な仕事も引き受けて、なんだって言うことを聞いて、そして‥‥弟たちが捕らわれている場所を探していたんだ、ずっと」
「――お前‥‥」
「そうだよ、俺には何の力もないよ。バグアと戦うこともできないよ。だから信じてた。いつか戦う力を持った誰かが来てくれると。かつてルメイから街を救ってくれた人達のような、誰かが。だから、そのときには自分にできることをしようって‥‥そう考えて、俺はずっと要塞内部を調べてたんだ」
 だからあの日、リリアンがどこにいるのかも知っていた。
 リリアンが封鎖するルートも見当がついていたから、脱出する傭兵たちにトラックを貸すこともできた。
 そして――。
「‥‥どこに捕らわれているか、その見当だってついてる」
 青年は大人たちを、そして軍人たちを、真っ直ぐに見据える。
「見当がついているだと!? だったらどうしてもっと早く言わない!」
「言えるわけないだろう! 俺たちには助け出す力がないんだから! あんな巨大なキメラに守られた部屋、どうすりゃいいってんだよ‥‥」
 それにもし皆に伝えたとして、それがリリアンに知られた場合、子供たちの命がどうなるかわからなかった。
 随分前から、あの部屋の場所は知っていた。
 知っていて、助けに行けないもどかしさ。口惜しさ。
「なにもしないでリリアンに従ってただけのあんたたちに‥‥わかるのかよ」
 青年は吐き出すように、言う。だが、責めているわけではない。
 リリアンに抵抗しないこともまた、子供たちの命を守るためには必要なことだったのだから。
「‥‥君は本当に、子供たちの居場所を知っているのか?」
 軍の将校が、問う。青年は力強く頷く。
「知っています。地図に書き記すのは難しい場所だけれど、そこへの案内なら充分にできます。それに、俺はこれも持っている」
 そして青年が見せたのは、一台の無線機だった。
 将校は目を丸くする。特に珍しいものではないが、この環境下でリリアンがそれを所持することを認めているとは思えない。
 青年がどこでそれを手に入れたのか――。
「無線も通じるようになってきているんでしょう? はぐれたりして何かあれば、これで連絡だって取れます。だから、俺を――案内役に」
 彼は決意を込めた眼差しを向け、笑む。
「‥‥わかった。だが、危険になったらすぐに君だけでも退避させる。いいね?」
 将校は暫し考え、そして決断を下す。
「ありがとうございます‥‥!」
 青年は何度も頭を下げ、瞳を潤ませる。
 やっと、やっと助け出してやれる。
 子供たちを、そして弟を――。
「決して足手まといになるんじゃないぞ、弘樹」
 壮年の男が、ようやく折れた。そして青年――弘樹の肩を叩き、全てを託す。
「わかっているよ、父さん」
 弘樹は頷き、父を始めとした大人たちが要塞から出て行く姿を見送る。
 次に彼等と再会するのは、全てが終わってからだ。
 そのときは――子供たちと一緒に。
 弟と、一緒に。
 そして弘樹は父たちへと背を向け、要塞の奥を見据える。
「かならず‥‥助けるから」
 無線機を見つめ、誓うように呟いた。

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
椎野 のぞみ(ga8736
17歳・♀・GD
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
石田 陽兵(gb5628
20歳・♂・PN
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
北斗 十郎(gc6339
80歳・♂・GP
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG

●リプレイ本文

「皆さん、よろしくお願いします」
 少し緊張した面持ちの弘樹が、能力者達に向かって頭を下げる。
 その中にはいくつか、見覚えのある顔があった。
「あの時はありがとう、助かりました!」
 那月 ケイ(gc4469)が、伝え損ねた感謝の言葉を述べる。
 彼等の事は気に掛かっていたが、全員が無事に救出されたと知って安心した。
 今度はこちらが助ける番――
(‥‥なのに、こんな時に限って怪我が長引くなんて)
 だが、一人だけ安全地帯に下がる事など出来なかった。
 こんな傷より、家族や大切な人を失う方がずっと痛くて辛い事を知っているから‥‥少しでも力になれるなら、何かをしたかった。
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますねっ!」
 どんな状況でも笑顔を絶やさない椎野 のぞみ(ga8736)が元気に挨拶を返す。
「もしかして、焦ったりとかしてる?」
 のぞみは弘樹の顔を覗き込み、にっこり。
「ボクが函館から脱出した時に味わった苦い思い、貴方には背負わせたくない。だから‥‥冷静に道案内よろしくね。子供達、無傷で助けるよ」
 あの時に助けられなかった子供達の代わりに、という訳ではない。
 でも、今度こそ絶対に助ける。
「正義の漢我流Σとして子供たちを助けるのは当然のことよ」
 北斗 十郎(gc6339)、いやヒーローマスクで素顔を隠した我流Σが胸を張った。
「では参るぞ、皆の者!」
 我流Σは颯爽とバイクに飛び乗る。
 その後ろには新居・やすかず(ga1891)が乗り込んだ。
 リリアンは随分あっさりと捨てたものだ――そう、やすかずは思う。自分の城にはもっと執着するかと思ったが、所詮は替えの利く玩具に過ぎなかったという訳か。
 だが、それよりも。
 今は一刻も早く子ども達を救出する事だ。別働隊の為、そして何よりこの地に住まう人々の為に。
「弘樹さんは、俺の後ろに」
 石田 陽兵(gb5628)に声をかけられ、弘樹は急いで駆け寄った。
「これ以上俺の目の前から人が居なくなるのは、嫌なんです」
 バイクの後部に重みがかかる。
「だから、俺が護ります。しっかり掴まっててください!」
「は、はい!」
 その言葉に従い、弘樹は陽兵の背に思い切りしがみついた。
「銀子さん、後ろ乗せてもらうね!」
 エレナ・ミッシェル(gc7490)は、バイク形態に変形した狐月 銀子(gb2552)のAU−KV「アスタロト」の後ろに、辰巳 空(ga4698)は軍の車輌に。
 それぞれに足を確保して、傭兵達は基地の奥深くへと進んで行った。


 弘樹から聞いたルートを頭に入れ、彼等は脇目もふらずに走り抜ける。
 比較的幅の広い通路から、狭い通路、そしてまた広い通路へ。
 迷路の様に入り組んだルートを取るのは、途中にある隔壁が至る所で閉鎖されている為だ。
(なるほど、これじゃ部外者にはわからないな)
 バイクを巧みに操りながら、陽兵は案内役を買って出てくれた弘樹に対して改めて感謝の念を抱いた。
 護らなくては。何としてでも――
 途中で出くわしたキメラは出来るだけ無視し、一行は先を急ぐ。
(下手に刺激すると、大挙して襲われる可能性がありますからね)
 迎撃を警戒しつつ、空は軍用車の少々荒っぽい運転に身を任せていた。
 と、その耳を急ブレーキの音が貫いて行く。殆ど同時に、空の身体は前につんのめりそうになった。
「どうしたのですか?」
 車窓から身を乗り出し、空が訊ねる。
「行き止まりですね」
 やすかずが言った。振り向くと、そのタクティカルゴーグルをかけた視界に敵の姿が飛び込んで来る。
「あれは、エイ?」
 すると、ここが目的の場所なのか。
 しかし敵は一体だと聞いた。しかも通路を覆い尽くす程に巨大だと。
 だが、今ここに迫り来るエイは小型で、しかも大量だった。
「ここはいつも、開いている筈なのに‥‥!」
 弘樹の声が聞こえる。
 どうやらルートが変更されている様だ。
 弘樹はすぐさま別の道を指し示し、傭兵達はそれに続いた。
 二丁拳銃のエレナが制圧射撃で道を拓き、真っ赤なヒーローマフラーをたなびかせた十郎のバイクがその間隙を縫って真っ先に突っ込む。その背後から、やすかずは走行の邪魔になりそうなものを片っ端から沈めていった。
 残った敵をバスタードソードで振り払いながら進むのぞみのすぐ後ろから、弘樹を乗せた陽兵が続く。
 小型エイの雲を抜けると、彼等はもう振り返らない。
 再び隘路に入り、複雑な道順を辿り――今までで一番狭い通路に出た。
 その狭い通路の先から、またしても溢れてくる小型のエイ。
 しかし避けて通るわけにはいかなかった。
「目指すフロアは、このすぐ先です!」
 弘樹が叫んだ。つまり、ここを突っ切るしかない訳だ。
「今度は私が道を拓きます!」
 瞳を蒼く燃え立たせたのぞみが先頭に立つ。
 のぞみは軍用バイクの上に立ち、両手でバスタードソードを構え、その刃に当たる敵を次々に切り裂いていった。
「我流トルネード!」
 続く我流Σは超機械「扇嵐」を右に左に振りながら、それが熾す竜巻の中に小型エイ達を巻き込んでいく。

 行く手に見える扉は開かれていた。その向こうに見える巨大な影は、オニイトマキエイ‥‥マンタに似ている。
 近付くと、それは見ているだけでも押し潰されそうになる圧倒的な存在感で傭兵達に迫って来た。
 その正面に開いた大きな口から、小型のエイが次々に吐き出されて来る。
「これが生み出してたのね」
 銀色のAU−KVを装着し、猛火の赤龍を起動すると、銀子はその口を狙ってエネルギーキャノンを撃ち放った。
 巨大エイはその身をぶるぶると打ち震わせると、体当たりで押し潰そうと降下を始める。
 だが銀子はそこに留まったまま、その注目と攻撃を自身に集め続けた。
 その隙に、仲間達が一斉に攻撃を仕掛ける。
 のぞみはその背後に弘樹を庇いつつ、洋弓「メルクリウス」を構えた。
 狙うのは、やはり口だ。小さな分身をこれ以上生み出されては堪らない。影撃ちを発動し、弓を射る。
 陽兵は疾風脚を発動させ、その同じ場所を小銃「M92F」と番天印の二丁拳銃で撃ちまくる。
 普段よりも少し距離を空けて位置取ったケイは、小銃「WM−79」で仲間の攻撃に重ねていった。
 本当は銃を撃つだけでもその反動で骨が砕けそうに痛むのだが‥‥そんな素振りは見せない。
(弘樹さんに、余計な心配はかけられないからな)
 だが、我慢はしても無理はしなかった。無理をして倒れたら、味方の足を引っ張るだけだ。
 普段なら余裕を持って対峙できる相手だが、今は慎重に‥‥
 エレナはそれをさりげなくフォローしつつ、両手に持ったSMG「ターミネーター」を強弾撃で更に凶悪な威力にして、トリガーハッピー♪♪
「大質量にはこっちも大質量だよね!」
 やすかずは貫通弾を装填した小銃「ルナ」で、エイの腹に並んだ鰓裂に狙いを定める。
 同じ場所を狙って、一発、二発‥‥三発。
 撃たれる度にエイは大きく身悶えし、怯んだ様に高度を上げた。
 体当たりを封じられたエイに残された攻撃手段は、その長い尾のみ。
 だが、それとて届く範囲にいるのは銀子ただひとりだった。
 打ち振るわれ、叩き付けられる尾を龍の翼でかわしつつ、銀子も攻撃を続ける。
 ぐらり。巨大な身体が傾いで、横滑りをする様に壁にぶつかった。
 その機を捉え、我流Σは瞬天速で壁を駆け上り、脚爪「クーシー」で我流キックをぶちかますと、そのままの勢いでエイの背に飛び乗った。
 それを払い落とそうと、長くしなる鞭の様な尾が迫る。
 だが、それはケイが放った一発の弾丸によって弾かれた。
 その隙に我流Σはリンクスクローを深々と突き立てる。
「我流クロー、受けてみよ!」
 しっかりと食い込んだ爪は、いくら暴れても外れなかった。
 その反対側からは、陽兵が瞬天速で駆け上がろうと‥‥
「私も乗せてー!」
 走り込んできたエレナを抱え、陽兵は跳んだ。
 やすかずの制圧射撃による援護を受けて、二人はエイの背中へ。
 その瞬間、エイはくるりと向きを変えた。釣られて尻尾もくるりと回り、それまでは安全地帯だった部屋の反対側を薙ぎ払う。
 そこには、無防備な弘樹の姿があった。
「弘樹さん、危ない!」
 ケイが叫ぶ。自身では咄嗟に対応が出来ない距離に、彼は居た。
 だが、そこに飛び出して来るふたつの影。
「彼には指一本触れさせない!」
 自身が身代わりになりつつ、のぞみがバスタードソードでそれを受け流す。
 続く折り返しの攻撃は、やすかずが撃ち落とした。
「この尻尾邪魔だね、切っちゃおう!」
 真っ先に尾の付け根に駆け寄ったエレナは、そこにターミネーターの銃口を押し当てる。
 ケイの援護射撃を受けながら――ズドン。
 吹っ飛ばされた尻尾が床に落ち、蛇の様にのたくる。
 その痛みの為か、エイはますます暴れ出した。
 だが、陽兵は怯まない。得物をギアーズ【M:GoW01】に持ち替えると、銃の本体と銃身の下部に付けられたチェーンソーで――
「これが、富良野の人たちの、あの人の、託してくれた想いだ!」
 刺して斬って叩いて撃って撃って撃ちまくる。
「お前らバグアには受け止め切れない、人の想いってのはな。墜ちろよ」
 浮力を失った巨大な質量が、まだクネクネとのたくっている尾の上に墜ちる。
 要塞全体を震わせるかの様な地響きが、足元を突き抜けていった。


「子供たちよ遅くなった、ワシは正義のヒーロー我流Σ助けに来たぞ」
 颯爽と登場した我流Σに、部屋の隅で固まっていた子供達はますます身を固くした。
 まあ、無理もない。ついさっきまで、すぐ隣で派手な銃声や断末魔の悲鳴やらが響いていたのだから‥‥
「直樹! 直樹、無事か!?」
 ヒーローの背後から、弘樹の声が響く。
 小さな影が弾かれた様に立ち上がった。
「お兄ちゃん!?」
「直樹!」
 転がる様に駆けてきた小さな身体を、弘樹はしっかりと抱きとめる。
 その瞬間、部屋の空気が変わった。
 笑顔を見せる子、抱き合って喜ぶ子、泣き出してしまう子。それでもまだ信じられずに胡散臭そうな目を向ける子もいたが‥‥
「外にいる怪獣も倒したから、もう安心じゃぞ」
 胸を張るヒーローに、子供達は改めてキラキラとした眼差しを向けた。
 ヒーローはテレビの中だけではない。現実にもヒーローはいるのだ。
 どんな時にも希望を捨てなければ、きっと光は見える。
「さあ、行きましょう。向こうでお父さんやお母さんが待っていますよ」
 もうすぐ会えるからと言い聞かせ、空は子供達を七人ずつのグループに分けた。
(‥‥さすがに、この人数を守るのは‥‥初めてですからね)
 弘樹を入れて三十五人。
 ボディガードで護るにしても、一度に全員を連れての敵中突破は出来ない。軍の車輌に乗せるまでは、慎重を期して何度か往復した方が良いだろう。
 車輌まではそう距離がある訳ではないが、用心に越したことはない。
 空はケイと二人で子供達を先導する事になった。
「お兄さん達の言う事聞いて、ちゃんとついて来るのよ?」
 銀子に優しく言われ、子供達は素直に歩き出す。
「あと確り応援宜しくね。君達が願ってくれれば、正義の味方は無敵‥‥ってね!」
 その言葉を裏付ける様に、我流Σがうんうんと頷きながら胸を張った。
 しかし、彼等が次のフロアに足を踏み入れた途端‥‥
「きゃあぁーっ!!」
 盛大な悲鳴が上がった。
 そりゃあ、部屋のど真ん中にグロい死体がどーんと転がっていれば‥‥ねえ。
 部屋の出口やその先の通路には小型のスプラッタ死体が積み重なってるし。
 しかし。
「あんまり大人しくしないと私が殺しちゃうよ?」
 じゃきん。殿を護るエレナがターミネーターを構える。
「冗談だけど」
 ‥‥って、あれ? 聞こえてない?
 子供達は機械仕掛けの様にカクカクと動きながら、車輌まで一目散。
 ちょっと、刺激が強すぎただろうか。

 やがて、全員が無事に車に乗り込む事が出来た。
 のぞみが探査の目で奇襲を警戒し、ケイはいつでも防御陣形が発動出来るように周囲に気を配っていたが、今の所は新たな敵が現れる気配もない。
 一緒に乗り込んだ空が、途中で転んで膝をすりむいた子供に応急手当を施し、いざ出発。
 と、その時。
「‥‥気の、せい‥‥?」
 のぞみは思わず目を擦った。
 今、フロアで‥‥死んだ筈の巨大なエイが、動いた様に見えたのだが。
 いや、気のせいではなかった。
 死んだエイの口から、何かが這い出して来る。それは小型のエイだった。
「まだ生きてたのか!?」
 巨大エイは確かに死んでいる。だが、腹の中の小型エイはしぶとく生きていたのだ。
「子供達に危害を加えるつもりならば、この我流Σを倒してからにしてもらおう」
 我流Σがフロアの出口に立ち塞がる。
 その隣には、SMG「スコール」を手にしたやすかずが立った。
 彼等が足止めをしている間に、子供達を乗せた車輌は走り出した。
 子供達の「ヒーローがんばれー!」という声が次第に遠くなっていく。
 その声に背を向けたまま、我流Σは片手の親指を上げた。
 一方、ゆっくりと走り出した車輌の周囲は傭兵達がしっかりと堅めていた。
 露払いを担うべく、銀子が先頭に立つ。
 そのすぐ後ろには、メルクリウスを手にしたのぞみが続いた。
 左右には陽兵とケイが並ぶ。
 要塞を完全に出るまでは、気を抜く事は許されなかった。


 やがて――
(戦いにもタブーはある)
 子供達が家族との無事な再会を喜び合うその姿を見て、銀子は小さく息を吐いた。
(戦争の先に何があれ、未来を作る子を人質にとるってのは最たるものよ)
 恩を売る気は毛頭ない。ただ――
(あたしは自分の許せぬ事を許さないだけ)
 銀子は空を見上げた。戦争は、頭上にいる皆に任せよう。
「弘樹君、ありがとうね」
「‥‥え?」
 思わぬ言葉に、弘樹は目を丸くした。
「一番長く此処で戦ってたのは、君なんじゃじゃないかしら」
「いいえ、そんな事‥‥」
 しかし、銀子は首を振る。
 自分達は所詮力を振うだけ、それを支える人がいなければ無力なのだ。
「だから、感謝ね。君が居なけりゃバグアを追い払って終わる所だったわ‥‥人類にとって最も大事なものを失ってね」
 その言葉に、弘樹は恥ずかしそうな笑顔を浮かべ‥‥傍らに立つ弟の頭を撫でた。
「この子達が‥‥この北海道の礎‥‥。絶対に今度こそ‥‥」
 別働隊への連絡を終えたのぞみが、その姿に目を細める。
 そして陽兵は、特徴も何も覚えていない「探し人」の姿を求め、視線を彷徨わせていた。
(あの人も無事救出されたんなら良いんだけどな‥‥)
 と‥‥
 人混みの中で、誰かが手を振っている。
 あれは、もしや――

「よかった、本当に‥‥」
 ケイの膝から力が抜けて行く。
 無事に任務を終えて気が抜けたのだろうか、景色が斜めに滑って行く様な‥‥


 暫く後、救護室のベッドで目覚めたケイは、枕元を見てその顔を綻ばせた。
 そこには、ありがとうと書かれた手紙と、無線機が一台置かれていた――

(代筆:STANZA)