タイトル:早朝の公園マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/01 01:16

●オープニング本文


「今朝も冷えるなあ」
 ぶつぶつ言いながら、公園清掃係のダンはゴミ箱をひっくり返していた。
「まったく、今日も色んなゴミがありやがる。自宅からのゴミは持ち込むなっての」
 危険物がないか確認しながら、ゴミ袋に入れていった。この公園は近隣では一番の広さを誇っており、当然、利用者も多い。そのため、不法投棄のゴミはもちろん、悪戯が多いのが現状だ。早朝に公園を清掃に来るダンは、それらも確認して回り、公園管理局へ通報する役目も請け負っていた。
 これまで発見したもので一番印象に残っているのは、特定の女の顔がズタズタに切り刻まれた百枚の写真と、女の字で「裏切り者」と赤いペンでびっしりと書き込まれた便箋三十枚だった。どちらも同じ袋に入っており、その袋にもびっしりと「許さない」と書き込まれていた。弾が装填されたままの銃や、動物の死体なども見かけるが、女の執念を感じさせるあれらのものほど、怖くて印象深かったものはない。
「うん、今日は家庭ゴミが多いくらいで、それほど変なものはないな」
 ダンは少し安堵の表情を浮かべ、ゴミ箱を元の位置に戻す。いつもこうだといいのだが――そうひとりごちた。
「お次は池か‥‥」
 公園の南側にある小さな池には、中央にベンチと小さなテーブル、そして屋根のある簡単な休憩スペースがあった。その休憩スペースと、そこへ繋がる橋は悪戯の宝庫だ。いつ行っても落書きや飲食物で汚されている。橋の真ん中に座り込んで、禁止されている釣りをやる者もいる。今日はどんな状態だろう、ダンは溜息をつきながら池へと向かった。

「なんだあ? こりゃ」
 ダンは目を見開いた。橋に、直径一メートルほどのどろどろとした半液体状の物体が三つ、こびりついていたのだ。こんな悪戯は見たことがない。
「悪戯もどんどんエスカレートしていくなあ‥‥」
 とりあえず、その物体が何であるのかわからない以上、不用意に近づくことはできない。念のためにマスクをし、長い棒でつついてみた。どろ、ぶに、とした感覚が手に伝わる。
「うぇ、気色悪いな」
 もう一度つついてみる。すると、その物体はぶるぶると震え始めたかと思うと、ゆっくりとダンに近づき始めた。進行するにつれて、楕円系へと変化し、小さな段差ではその形に合わせて表面が波打った。どうやら不定形のようだ。
「ま、まさか、これ‥‥」
 ダンは顔を引き攣らせながら、後ずさる。他の二つも動き始めた。
「スライム‥‥? キ、キメラだ‥‥っ!」
 うわあああ、とダンは公園中に響き渡る悲鳴を上げ、一目散に逃げ去った。すぐに公園管理局の人間が駆けつけ、ダン立ち会いのもと、橋に取り付いたスライムを遠巻きに確認する。余程橋の上が居心地がいいのか、そこから動こうとしないキメラを見ると、すぐに公園を立入禁止にした。
「まだあの写真や便箋のほうがマシだったな‥‥」
 ダンはぽつりと呟いた。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
ハルトマン(ga6603
14歳・♀・JG
旭(ga6764
26歳・♂・AA
火茄神・渉(ga8569
10歳・♂・HD
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
屋井 慎吾(gb3460
22歳・♂・GP

●リプレイ本文


「公園にスライム、それも橋の上を占拠中ですか。居座られても困りますし、早めに退治しないと。それにしても、何で橋の上がお気に入りなんでしょうか‥‥」
 橋の上を占拠する三体のスライムを遠巻きに眺めながら、リゼット・ランドルフ(ga5171)は溜息をついた。公園の見取図で、橋の周辺の状況を確認する。ここから見える橋の状況と照らし合わせ、どこに何があるのか、確実に頭に入れていく。
 橋の手前に広場があり、右手に休憩スペースがある。池の中央にある休憩スペースも同じような作りだ。それから、ゴミ箱、水飲み場がその付近にある。あそこに逃げ込まれる可能性があることを周知徹底する。
「スライム‥‥ネチャネチャでぐちょぐちょなのかな‥‥ぷにぷになのか‥‥どちらにしろ、公園の橋の真ん中にいたら邪魔だなー。何もしないならいいんだろうけど‥‥何かあってからじゃあ遅いからなんとかしなきゃだな」
 火茄神・渉(ga8569)はスライムが体を震わせる度に「わはー」と歓声に近い声をあげながら、うんうんと頷いた。どこか好奇心溢れる眼差しをスライムに向ける。
「うっし、仕事仕事! サイキョーのグラップラーになるために、スライムぶっ飛ばしに行くぜ!」
 グラップラーとしての道を歩み始めてまだ日の浅い屋井 慎吾(gb3460)は、自身に気合いを入れる。最強となるために突き進む決意が、全身から溢れ出ていた。
「つーか、なんで公園なんだろうな?」
 自分も公園は好きだが、スライムが公園好きなど聞いたことがない。慎吾は首を傾げた。

「キメラも日向ぼっこがしたいらしいのです」
 ハルトマン(ga6603)が池の貸しボートに乗り込みながらぽつりと呟いた。
「ははぁー、スライムも日向ぼっこをするんですね。とりあえず町の皆様の迷惑ですし、危険ですから退場していただきましょう」
 旭(ga6764)が言うと、御山・アキラ(ga0532)が「早急に駆除しよう」と髪を掻き上げ、次々にボートに乗り込む。そして三人は池の対岸へと向かい始めた。池の大きさを考えると、池の周囲を進むよりこのほうが確実に早い。
「なんたって、人力SESエンジン搭載ですからね」
 旭はせっせと舟を漕ぐ。舟は滑るように進んでいった。
 漕ぎながら、アキラが橋のほうをちらりと見る。陽の光を浴びているスライムは、どこか気持ちよさそうに見えた。
「呑気なもんだ」
「スライムも天気のいい日には日光浴するのでしょうか?」
 そして、日向ぼっこや昼寝が好きなハルトマンは、少し羨ましげにスライムを見てぼやいた。対岸がすぐ側に迫ってきていた。

「そろそろ準備に取りかかろうか」
 ボートが対岸に到着するのを見届けると、白鐘剣一郎(ga0184)が動いた。
「一般市民の憩いの場を立入禁止にしてしまうとは、なんともいただけませんね」
 そう言って、鳳覚羅(gb3095)は頷いた。スライムはそんな溜息を知ってか知らずか、時折ぶるぶると体を震わせていた。
「最近はスライム関連の依頼も多いが、それにしてもどこにでも湧く印象だな」
 剣一郎はスライムを見て苦笑する。湧く、という表現が実にスライムに似合っていて、言い得て妙だ。
「とにかく、慌てず焦らず迅速に行こう」
 剣一郎のその声が聞こえたのか、スライム達が一際大きく震えた。
「こんなご時世だからこそ、こんな場所は平穏な場所にしないとね」
 覚羅が頷く。二人はモップほどの長さの棒を用意し、敢えて覚醒はせずに橋へと向かう。
 橋の上では、三体のスライムが我が物顔で寝そべって――と言うべきかどうか――いた。二人は早速、棒で突きにいく。まずは手前のスライムからだ。
 突き始めてほどなくして、スライムが動き始めた。体を波打たせ、震わせ、剣一郎と覚羅のどちらへ向かうか迷うような動きをしながら、確実に移動を続ける。二人は突く手を休めずに、じりじりと後退していった。スライムの素早さや、跳ねた場合などを想定してぎりぎりの間合いは保ったままだ。池に落ちないよう、細心の注意を払う。手前のスライムにつられて、他の二体も動き始める。やがて三体のスライムは重なり合い、先を争うようにして二人を狙い始めた。
「スライム君、ちょっとこっちへ来て下さいね」
 スライムの体の一部が、橋から降りた。
「よし、このまま行こう」

 待機していたアキラが頷き、旭とハルトマンと共に舟から下りる。スライムの退路を塞ぐため、橋から少し離れて待機する。スライムは橋から離れ、池の側にある広場へと向かい始めていた。このまま行けば、周囲に障害物や遮蔽物もなく、倒しやすい状況となる。
 スライムと味方が見える場所に三人は覚醒して陣取った。ハルトマンが隠密潜行で身を潜める。
 能力者達の動きを察知した一体のスライムが、突如移動速度を上げた。しかし、どこへ逃げようにも、阻止されるのは必至だ。それでもスライムは移動する。元来た橋の方へと、池を目指して。
 アキラ達はスライムに向けて駆け出した。

「あいつら見てるとこっちまで眠くなるぜ‥‥」
 慎吾は離れた場所から、誘い出されるスライムを見ていた。暖かい陽射しの下でゆっくり、じわじわと移動するスライムを見ていると、睡魔が襲ってくる。何度目かの欠伸をかみ殺したとき、リゼットが合図をした。
「行きましょう。対岸からも皆さん突入されました」
「よーし、頑張るぞー!」
「うっし! 一気に行くぜ!」
 そして三人は覚醒し、スライムへと向かった。


「おらあっ!」
 慎吾が瞬天速で一気に間合いを詰めると、拳を叩き込んだ。果たしてスライムは殴ってもダメージは与えられるのか、慎吾は眉を寄せて様子を見る。しかしそれは杞憂に終わった。スライムは半身を仰け反らせると、今度は池の中央、休憩所を目指し始めた。危険を本能で感じた動物や虫のように、その動きは激しい。
 ハルトマンが狙撃眼を使い、離れた位置からスライムを狙う。アキラに行動のチャンスを与えるように射撃、左脇に当たる。続いて旭が小銃で狙い撃つ。ハルトマンが打ち込んだ部位とは反対の部位に、連続で弾丸を撃ち込んでいく。スライムは怯み、動きを止めた。そして再び動き始めたのを狙って、アキラが一気に接近する。
「行かせない」
 スライムの進行方向を読み、予測される進路を指定して超機械で電磁波を展開した。スライムは一瞬怯んでまたもや進路を変えるが、アキラは新たな進路をも塞いでいく。なかなか倒せないあたり、どうやら生命力が強化されたタイプらしい。それでもダメージは蓄積していく。前面に容赦なく当てられる攻撃で、スライムは観念したように方向転換し、他の二体のほうへと戻ろうとする。
「そのまま橋を降りるんだ」
 アキラがスライムの動きを見守る。あと少し。その時、スライムは突然、池を目指して動き始めた。
「そっちは駄目です!」
 ハルトマンが弾丸の威力を上昇させ、重い一発を放つ。それはスライムの体の中心に命中した。スライムは全身を振るわせ、びたんびたんと暴れた後、くたり、と動かなくなった。
「一体撃破だぜ!」
 慎吾が歓声を上げた。

 倒されたスライムをちらりと見て、剣一郎は覚醒、こちらにいる二体が抵抗力と命中率が強化されたものと、知覚が強化されたものであると判断するための一撃を入れていく。非右側のスライムが攻撃を受けるや否や飛び退き、水飲み場の陰に隠れた。剣一郎はすぐさま超機械で炙り出しにかかる。
「隠れても無駄だ。逃がしはしない」
 スライムはなかなか出てこようとはしなかった。どうやら超機械の効果が薄いようだ。抵抗力の高いタイプらしい。それでも根気よく続けると、ようやくスライムは姿を現した。ぞぞぞぞ、と地を這い、剣一郎に飛びかかる。剣一郎は円の動きで攻撃をかわしながら、流れるようにスライムに月詠の刃を食い込ませ、薙ぎ斬っていく。
「天都神影流・流風閃」
 その言葉が終わる前に、スライムは地面に落ちた。不利だと判断したのか、池の方向へ向かって突進し始める。
「おいらに任せて! ひっつかんでどーん! と投げ飛ばして遠ざけてやる!」
 渉が元気に声をあげ、剣一郎に手を振った。剣一郎は頷く。
「こら、こっから先へは行かせないぞ!」
 スライムの間合いに入り込み、スライムをなんとか抱え込む。腕の中で暴れるスライムを、そのまま剣一郎に向かって放り投げた。
 スライムは剣一郎の足下に落ちるが、そのままの勢いを利用して、草むらに逃げ込んだ。剣一郎はすぐさま後を追う。
「そこか‥‥」
 スライムを発見すると、静かに呟いて片手平突きで急所を射貫いた。
「‥‥天都神影流・狼牙閃」
 びちびちと、嫌な音を立てながらスライムが悶え苦しむ。駆けつけてきた渉が「すげー! じゃあ、おいら、トドメ刺すよ!」と言い、スパークマシーンに両断剣を付加する。
「スパークマシーン! スライムなんかビリビリで倒しちゃえ!」
 畳みかけるように一気に攻撃すると、ついにスライムは静かになった。
「やったあ!」
「いい一撃だった」
 二人は顔を見合わせて頷いた。

「君の相手は俺がしてあげるよ」
 残されたスライムに、覚醒を終えた覚羅がにこりと微笑んだ。他の二体が撃破されていく様が視界の端に飛び込んでくる。対岸から牽制にかかっていたメンバーもこちらへ向かい始め、剣一郎と渉も近づきつつある。退路を完全に絶たれたスライムは、忙しなく同じ場所を行ったり来たりし始めていた。
 逃走されないよう、池とスライムとの間に割って入ったリゼットは、派手ではないものの、じわじわと削り取るように、確実にダメージを与え始めた。幸い、すぐ近くに壊れて困るようなものはないが、足下の小さな花壇が気にかかる。大振りの攻撃は控えた。
 覚羅も同様にして、スライムに斬り込んでいく。斬られる度に、スライムは体を震わせた。リゼットに反撃をしようとするが、あっさりとかわされてしまう。それでは今度は覚羅にと、ターゲットを変更する。しかし、今そこにいたはずの覚羅は、スライムの動きを読んで既に移動したあとだった。リゼットの隣から、覚羅の攻撃が入る。
 スライムは反撃をやめ、逃げる選択をした。一際強く体を震わせると、勢いをつけて足下をすり抜ける。
「待ちなさい!」
 リゼットと覚羅が追う。スライムとの距離はあっという間に縮まっていく。その時、スライムは何かにぶつかった。弾かれるようにして、動きを止める。
「そこは俺の間合いだ」
 二人が視線をスライムから上に上げると、そこには剣一郎がいた。スライムは剣一郎の足にぶつかったのだ。
「天都神影流・虚空閃!」
 エネルギーを込めた剣が閃く。スライムは体を宙に浮かせ、後ろに斬り飛ばされた。
「もう終わりです」
 覚羅が腰を落として低く構え、浮いたままのスライムに剣を一閃させる。そして、リゼットが豪破斬撃の重い一撃をぶつける。スライムはそのまま地面に叩き付けられ、動かなくなった。
「何とか片付いたか。他にはもういないだろうな?」
 剣一郎が周囲を見渡した。
「見てこよう」
 アキラが確認のため走り出す。橋の上、休憩所、ベンチ、茂み、考えられるあらゆる場所を確認していく。
「どうやら大丈夫なようだ」
 戻ってきたアキラは、全員の顔を見て頷いた。


「掃除でもして帰るかァ」
 慎吾が大きく背伸びをした。渉がごそごそと大きなゴミ袋を取り出す。スライムの残骸や、落ちているゴミを全員で拾っていく。
「結構ゴミが多い‥‥。もっと綺麗に使えないものか」
 アキラがふう、と溜息をつく。毎朝ダンが掃除をしているはずだというのに、この多さは何だろう。いくら掃除をしても追いつかないほど、日々汚されていくということか。
「スライムが可愛く思えるくらいですね」
 リゼットが石畳の通路にこびりついたガムを見て頷いた。水飲み場に落ちている、ファストフードの紙コップを拾う。
「日向ぼっこしたくても、これではしたくなくなっちゃいます」
 零れたジュースや菓子の食べかすでドロドロになっているベンチを見て、ハルトマンは首を横に振った。
「ダンさん、いつも一人でやってるのかな」
 渉がぽつりと呟いた。
「これだけ広い公園なのに。予算の関係とかだったら、辛いですね」
 ぐるりと周囲を見渡すと、旭は茂みの中に落ちている雑誌を拾い上げた。その時、スライム殲滅の報告を公園関係者にしに行っていた剣一郎が、ダンを伴って戻ってきた。
「報告は無事終わった。俺も手伝おう」
 剣一郎は掃除を手伝い始める。ダンは皆の姿を見て、目を丸くして驚いた。
「み、皆さん、どうして? そんな、それは俺の仕事だから、放っといて下さいよ。スライムやっつけてくれただけで、もう充分だから」
「気にする必要はない。我々がやりたいから、やっているのだから」
 アキラが首を横に振った。
「で、でも」
「こういう憩いの場は大切です。これからも頑張って下さいね」
 覚羅がダンに微笑みかける。ダンはこれまで、こういった言葉を人からかけられたことがなかった。誰もいない早朝に公園に来て、最初の利用者が来る前に帰る。ダンの仕事は誰にも見られない。毎日同じことの繰り返しで、嫌気がさしてきていた仕事だったが、皆の行為と言葉に救われた気がした。
「あ‥‥ありがとうございます! これからも頑張りますよ!」
 そう言ってダンは、一緒にゴミを拾い始めた。
「公園はキレイに使わねぇとな。‥‥ところで」
 慎吾はふと顔を上げ、池を見つめた。そして、ぽつりと呟く。
「‥‥あの池の魚、食えんのかな?」
「か、勘弁して下さいよ」
 ダンが眉を下げて喚いた。その様に、皆が笑う。スライムによって笑い声の消えた公園に、再び長閑な時間が訪れ、笑い声が戻った。

 翌朝、ダンはいつものように誰よりも早く公園に来た。そしていつものように掃除を始める。
 だが今朝の公園は、これまで見てきたどの朝よりも、綺麗だった。
「今日も頑張るかあ」
 そうしてダンはゴミ袋を広げる。
 朝焼けが、ダンの後ろに長い影を作っていた。