タイトル:【HD】湖底の要塞・南マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/29 03:55

●オープニング本文


 湖の底に、薄紫色の絨毯が広がっている。
 僅かな水流に身を任せ、湖面から差し込む陽の光を受けながら、ゆらりゆらりと静かに揺れるラベンダー。
 水の中でも生きられるように改良を加えられた特別な品種――キメラだった。
 その周囲を蝶の様に舞うのは、色とりどりの熱帯魚の群れ。
 それもまた、キメラだった。

 ラベンダー畑の中心に建てられたガラスの塔から眺めていると、水族館にでも来た様な錯覚を覚える。
 もっとも、今のリリアンには水族館に行った記憶などない。
 しかし――何故か知っている気がするのだ。面倒な記憶は消した筈なのに、想いだけは消えずに、胸の奥で僅かな熱を帯び続けていた。
 きっと、この身体には楽しい思い出があったのだろう。誰かに、連れて行ってもらった思い出が。
 全面ガラス張りの部屋には、リリアンの体型に合わせた小ぶりなソファが置いてあった。
 そして、それと向かい合わせに置かれた二人がけのソファ。
 大人が二人、ゆったりと寛げる大きさだ。
 勿論、この旭川要塞――リリアンはそれをクリスタルミラージュと呼んでいた――に、この部屋に入る事を許された大人はいない。
 リリアン自身、何の為にそんなものを置いたのか、わからなかった。
 この富良野を沈め、ラベンダー畑を作った理由も、わからない。
 わからないが、この眺めは悪くないと思った。

 だが、こうして静かに湖の底を眺めていられるのも、あと僅かかもしれない。

 人間達が乗る不細工な機体。
 恐らくあれは、離脱した自分の後を追って来たに違いない。
 しかし、リリアンにはそれを確認する余裕さえなかった。
 ただ、逃げる事に必死だったのだ。

 予想もしなかった、自分が押されるという展開。
 逃亡という結末。
 恐怖という、有り得ない感情。

 今にして思えば、顔から火が出る程に恥ずかしい。
 同時に腸が煮え返る程に、怒りを感じていた。
 不甲斐ない自分にも、生意気な人間達にも。

 あの入口は、知られたかもしれない。
 だとしても、防御を固めておけば侵入される恐れはない筈だ。
 ここは自分だけの城。
 招待状のない者は入れない。入る事を許さない。

「‥‥この間は、ちょっと調子が悪かっただけ」
 そう、久しぶりに動いたせいで、少し腕が鈍ったのだ。
 負けた訳ではない。
 あの戦いでは、実力を発揮出来なかったのだから。
「待ってなさい、次が本当の勝負よ」
 しかし、ステアーが受けた傷は思った以上に深く、それが完全に癒えるまでには、まだ暫くの時間がかかる予定だった。

――――――

 一方、UPCではリリアンを追った偵察部隊が持ち帰った、貴重なデータの解析が進められていた。
 高空から撮影された写真やKVの飛行データ、戦闘記録、各種センサーの走査記録、そしてパイロット自身の証言。
 それらの事から、旭川要塞についてのかなりの部分が――少なくとも外部から調査、推測出来る範囲においては、だが――明らかになってきた。

 外輪山に防空網が敷かれている事は既に判明しているが、その他にもこの外輪山の入り組んだ地形は、要塞を守る上での重要な役割を果たしているらしい。
 リリアンが逃げ込んだ谷は、低空飛行をすれば上空のレーダーで捉える事は難しい。狭く入り組んでいる為、高速で通り抜けるには相当の技術が必要だった。
 だが、傭兵達は発見した。その先にある、人工物を。
 山肌の一部が開かれ、紅い機体が吸い込まれて行く。
 ここが侵入口のひとつである事は疑いなかった。

 要塞の規模から見て、同じ様な構造の侵入口は、少なくとも東西南北に一箇所ずつ、恐らくはそれ以上の数が存在する筈だ。

 そこで‥‥

「皆さんには、恐らく存在するであろう南の侵入口から突入して頂きます。北の‥‥偵察によって発見された侵入口には別部隊が突入することになっています」
 オペレーター、ユナ・カワサキが言った。
 リリアンが偵察部隊の尾行に気付いているそぶりを見せなかったとは言え、敵が全く気付かなかったとは考えにくい。
 恐らく、北部は警備も厳重になっているだろう。
 しかし、敢えてそこを突く事によって敵の戦力を集中させれば、他の場所が手薄になる筈だ。その手薄となる場所――南部を、狙うのだ。
「ポイントは‥‥ここです」
 ユナは地図上の一点、湖の南岸を指した。
 富良野の周辺にある山も、谷筋が非常に入り組んでいる。ここにも侵入口があると見て間違いはなさそうだった。
「北の侵入口から最も離れたこの辺りでは、それほど警戒は厳しくないと思われます」
 北が襲撃を受けたとなれば、尚更。
「それに、先の作戦において南の防空網が一部破壊されました。その際に、南部の防空網の一部が機能していないことも明らかになっています」
 北から侵入する別部隊が半ば囮となると思われるため、内部に侵入した際の敵数や脅威も若干は緩いかもしれない。
 ただ、内部の様子は全くわからない為、いきなり大規模な破壊工作に及ぶ事は避けて貰いたい。水中に没した都市で暮らしていた人々が、そこに連れ去られた可能性もあるのだ。
「要塞内部では基本的に生身での戦闘になります」
 一気に叩き潰すつもりならKVでの侵入も考えられるが、この段階では下手をすれば一般市民を見殺しする結果になりかねない。
 ただ、内部は恐ろしく広いだろう。旧旭川市街の地下に中枢があるとしても、侵入口からは相当な距離だ。歩いていたのでは仕事にならない。
 が、そこは敵も何らかの輸送手段を持っているだろう。奪うなり何なり工夫すれば、その点は問題ないか。

 要塞内部に侵入し、内部の様子を確認しつつ可能なら出来るだけ破壊、或いは妨害工作を行い、かつリリアンを探して追い詰められれば上等。
 今回の任務をざっくりと纏めれば、こんな所だろうか。

「では、皆さんお気を付けて‥‥ご健闘をお祈りしています」
 ユナの人懐こい笑顔に見送られ、傭兵達は送迎バス――いや、クノスペに乗り込んで行った。

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
石田 陽兵(gb5628
20歳・♂・PN
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG

●リプレイ本文

 人造湖の南岸、軍によって侵入口がぽっかりと口をあけた。そこから、一同は滑り込む。
 入ってすぐ、内部のバグア向けと思われる簡易なルート図。途中に分岐、そのどちらも一本道で行き止まりだ。だが、何もないはずがない。十五分後に分岐での合流を決めて一同は二手に分かれた。

「さあ、隠れんぼを開始しますわ。鬼が迫っていますから恐怖なさいね、リリアンちゃん」
 くすくすと、A班のミリハナク(gc4008)。
 リリアン・ドースン――魔女を追う鬼、それは不思議な図だ。
「ふむ。下はこういう具合か‥‥興味深い」
 UNKNOWN(ga4276)はその「景色」に頷く。
 ワーム類が楽に通れる広さの通路は、白い壁に囲まれていた。やがてそれは分厚いガラス状のものに変わる。「ガラス」越しに見える、水。照明はあるが、無線は通じにくい。
「こう、資料みたいなのがあったら一応確保かなー」
 エレナ・ミッシェル(gc7490)が言う。
「うむ。まずはこういう場所だね。管理室か警備室か。なんだろう、ね」
 ようやく見つけた、隠し扉。UNKNOWNの探査の眼が奏功した。ここが侵入口から最も近い部屋のようだ。
 その扉をじっと見据える、石田 陽兵(gb5628)。彼はずっと口を一文字に結んだままだ。
 自分が依頼に失敗したせいで、この土地は没した――陽兵は、そう思っていた。
 あの時出会った人物は、生きてさえいれば未来に希望を繋げると託してくれた。
 ――ならば今度こそ、俺が北海道を解放する‥‥!
 強い想い、同時に非情になりきれずにいる自分。
「今度こそ、俺が‥‥」
 噛みしめるように、言う。強く握った拳、レザーグローブの軋む音が響いた。

 B班が進む通路は、建造中といった様相だった。
 急遽対人類の補充戦力にでもまわされたのか誰もおらず、動きそうな車輌が放置されていた。それに乗り、四人は先へ進む。
「ここは外輪山の一部でしょうね」
 新居・やすかず(ga1891)が方位磁石や双眼鏡で常に方角や周囲を確認していた。このあたりは脅威となるようなものもない。
「都市を丸ごと湖に沈めるなんて‥‥。どこまで好き勝手すれば気が済むんだか」
 いつもと変わらぬ口調の那月 ケイ(gc4469)。
 故郷を我が物顔で蹂躙するリリアンに、怒りを覚える。だがそれを決して表には出さない。ハンドルを握る手に、力が籠もる。
「何処でも、バグアのやる事って規模がデカいと言うか、都市丸々湖の底とか凄い技術――。ま、潜入しなきゃならない俺らにしてみれば、広すぎて困るんだけど」
 半ば呆れ気味に溜息を漏らす宵藍(gb4961)。
「とりあえず北に敵の目が行ってる間に、やれれるだけやっちまおう」
 それにしても、本当に何もない。無線は使えるようだが、A班とは繋がらない。
「リリアン‥‥中身はバグアでも、子供と戦うのは‥‥嫌だな‥‥」
 鐘依 透(ga6282)は、空に還して間もないジェミニを想う。
 ――でも、やらないと‥‥。ここを取り戻し、本物のリリアンの魂も解放してやりたい。
 多くの犠牲を払ってここまで来た。戦いを――終わらせたい。
 やがて行き止まりが見えてきた。そこに、見張りとして残っていた一人の強化人間。
「こっちにも来たのか‥‥っ」
 男は驚愕するが、勝ち目はないとみて両手を挙げて戦意がないことを示す。
 拘束した男を、透がじっと見据える。交渉や説得ができるだろうかと、相手の人柄を探るつもりだ。
「尋問しようってなら、そうはいかないからな! 屈するくらいなら、自爆する!」
 男は聞く耳を持たない。透や宵藍が何を言おうとしても、自分の声で掻き消すように喚き続けるだけだ。それに、自爆するという彼の目は本気だ。
 ――駄目か。
 透は苦笑する。男の説得は諦め、戻るしかないだろう。
 そして車輌はUターンし、元来た道を戻っていく。

 A班が突入すると、中にいた強化人間の男が銃を手に取る。しかし陽兵が既に疾風脚によって一歩を踏み出していた。
 その後方から流れる、エレナの二丁のCL−06Aによる援護射撃。続く陽兵のギアーズにより、男は攻撃のタイミングを逃す。続けて距離を詰めた陽兵はナイフを一閃、そしてゼロ距離からの射撃を。膝を突く男。直後に床の一部が開き、小型の無人機が一機、姿を現す。
 ――が、それは行動を開始する前に沈黙する。
「残念でしたわね」
 アンチマテリアルライフルを抱えて笑むミリハナク。その一言に、男は完全に抵抗を諦め、銃を手放した。
「マップや、IDカード、身分証や服などが欲しいのだがね」
「IDカードの類はない。決まった服もない」
「じゃあ、施設の場所でもいい」
 捕縛した男を「丁重に」扱い、UNKNOWNと陽兵が次々に問う。
「移動手段も欲しいんですの」
「重要機材がある場所も知りたいなー」
 続いて、ミリハナクとエレナ。
「うむ、善意に期待する」
 メスをちらりと見せるUNKNOWN。この部屋は防音もしっかりしているから「安心」だ。
 男は頬を引き攣らせた。要求を呑むべきか、沈黙を守るべきか。
 リリアンは、怖い。
 だが、眼前の恐怖のほうが勝っていた。

 最初の分岐で、両班は合流した。
 A班が入手した地図に重要施設は記されていないが、富良野一帯の簡易地図と、そこへ通じる隠し通路がいくつか記されていた。
「左側のここをB班、右側をA班が」
「では、合流地点はこのポイントで」
 UNKNOWNが言うと、やすかずが合流に適しているポイントを確認、時間と待ち合わせ場所を決定する。
 そして再度二手に分かれ、深部へと。

 ゆるゆると進む、三両編成の電車。
 どこか懐かしさを感じるそれは、自動で動いているようだ。
 地図に従って進むうちに現れた駅、そこに停車していたこの電車に敵の姿はなく、監視カメラやセンサーを破壊してしまえば楽に乗り込めた。
「中枢は地下‥‥? でも、地下には何もなさそうか‥‥」
 透が地図を確認するが、地下に何かがある様子はない。最も怪しいと言えるのは、この先にひとつだけある駅。
「駅は迎撃に適していそうですね」
 やすかずも地図を見る。
 効率よく監視や迎撃ができ、見つかりにくい場所を敵の立場で考えると、駅は適所かもしれない。
「コッツウォルズ‥‥富良野に、欧風の駅名?」
 ケイが駅名に首を傾げる。
「一体、どんな意味があるんだ」
 宵藍も眉を寄せる。その駅まではまだ時間がかかりそうだ。
 そのうちに、水に沈むラベンダー畑が見えてきた。
「湖底に広がるラベンダー畑。これは幻想的ですね」
 それにしても、とやすかずは続ける。
「なぜ富良野までをも水没させたんでしょうか」
 その言葉に、皆は無言で頷く。
 大規模兵器でも造ったか、リリアンの嗜好によるものか。
 前者であれば優先破壊すべきであり、後者なら彼女の私的領域が存在すると思われるが、この防衛重視とは思えない造りを見る限りでは後者か。
 もしかしたら、旭川とこことではかなり景色が違うのかもしれない。
 やがて電車は駅に到着する。
 ホームで待つのは敵ではなく――。

「気持ちいいですわ!」
「快適だねー!」
 小さなトロッコがレールの上を滑り、ミリハナクとエレナが眼を細める。
 歩き回り、小さな戦闘や破壊もこなし、少し疲れてきた頃に出会ったトロッコは、非常に快適だった。
「もうすぐ広いフロアに到着するようだね」
 地図を見ながら操縦するUNKNOWN。
「でもここ‥‥水族館みたいですね」
 壁面のガラス越しには、魚達が見える。
 リリアンはなぜこんなものを――。陽兵は、眉を寄せた。

「‥‥強化人間の見回りかと思ったら」
 ホームにいた者達は、四人を見て目を丸くする。彼等は付近の居住エリアに住んでおり、ラベンダー畑の管理などをしているらしい。
 この湖へ連れてこられたのは富良野の全市民ではなく、残りは共和国などに逃げたそうだ。そして子供達は全て、リリアンによってどこかに捕らわれているらしい。
「リリアンは、ラベンダー畑の外れの館に一人でいるはずです」
 青年が、遠方と地図を交互に指さした。
「地図には載っていない館か‥‥」
 透がそこまでのルートを確認し、頷く。
 館に何かがあるのは明らかであり、この一帯の中枢や一元管理などを担っている可能性もある。しかし問題があった。
「A班に連絡するにしても、無線が通じるかどうか」
 やすかずが言う。
「A班‥‥?」
「今、違うルートを進んでる能力者達だよ」
 宵藍が地図で教えると、青年はぱっと顔を上げた。
「そのルートの先とは、畑の管理の関係で無線が通じるようになっています。ここからなら、多分繋がると思います」
「やってみよう」
 ケイが頷き無線を――と、その前に、無線機をひとつ青年に渡す。もし何かあったら、知らせてくれと言い含めて。
「わかりました」
 青年は頷き、無線を大事そうに抱えた。

 そのフロアは、ラベンダー畑の一角にあった。
 ラベンダーを管理する端末があり、他には畑の資料やライフラインのような設備があるだけだ。
「ここにも喫煙所は見当たらない、ね」
 少し残念そうにUNKNOWN。
「細い通路がいくつかありますね」
「あの一本は、奥にある館に向かっていますわ」
「怪しいなー。館は地図にもないし、何か意味がありそう」
 陽兵、ミリハナク、エレナがじっと通路を見据える。
 その先にあるものを知らせる連絡が、直後にB班から入った。

 両班は、館で合流した。
 館は静かだ。透が念のため曲がり角の度に鏡で進行方向を確認し、慎重に進む。
 途中、富良野の一部を管理する部屋を発見し、ライフライン以外は破壊した。
 そして辿り着く、重厚な扉。聞こえてくる、少女の笑い声。
 ――リリアンだ。
 他の声――北の別動隊らしき声も僅かに聞こえる。ここからちょっかいをかけているのか。どうやら、この部屋は通信設備や管制などの機能を持っているようだ。
 そして一同は、部屋へと突入する。
「‥‥っ、あんた達っ!」
 驚き、振り返る金髪の少女。
 すぐさまUNKNOWNが小型超機械で、室内の発電設備の安全保護装置へと負荷をかける。そして攻性操作――。
 通信端末に電力が供給されなくなり、北との通信が遮断される。
 激昂し、生きている端末を操作するリリアン。直後、壁面から無数に湧き出た機械の触手が、リリアンの盾や刃となって襲いかかる。
「つっこめ、ミリハナク」
 カルブンクルスで触手を破壊するUNKNOWN、ミリハナクがゲヘナでソニックブームを放つ。盾に穴が開くが、別の触手がそれを修復する。
 天井からも降り始めたそれを、エレナが撃ち落としで受ける。それをも抜ける触手をUNKNOWNがコートを翻し盾となり、エレナはその影から援護射撃に転じた。
「リリアン、どうしてあんなことをしたんだ。あの町の人達は何も悪いことをしてないはずだ」
 陽兵は生で見るリリアンと探し人を重ね、戦うのを躊躇っていた。
 悪いのは自分、自分があの町を沈めたも同然だと思っている。もしくだらない理由で沈めたというのなら、激怒で立ち直れるかもしれない。
 言い訳が、欲しかった。
 戦うための、言い訳が。
 リリアンは――小首を傾げる。
「そんなの、知らない」
 その言葉だけで充分だった。陽兵は、M92Fと番天印を構える。
 直後、リリアンを見据えたケイの仁王咆哮。ぎゅるりと音を立て、迫る触手。構わず、ケイはスキュータムを掲げて飛び込む。リリアンの視線を遮るように、触手を押し戻すかのように。
 ――あの魔女に手が届くなら、囮にも壁にでもなってやる。
「‥‥なめてかかると痛い目見るぞ」
 そして、リリアンの姿が露出するほどに穴が開く。そこへと放たれる、陽兵の銃弾とミリハナクの衝撃波。
 その脇を抜け、迅雷で側面へと踏み込む宵藍。すれ違いざまの急所突きで横腹を――しかし、リリアンの腰に巻き付いていた触手がそれを阻む。宵藍が一旦間合いを取り直すと、隙を埋めるように透の連剣舞とエアスマッシュが脚部へと雪崩れ込む。やはり、邪魔をするのは触手。
 だが触手も無限ではなく、徐々に攻撃は届き始める。服が綻び、髪が幾筋か舞う。ミリハナクの衝撃波でまた触手が吹き飛ぶ。その直後、リリアンはやすかずの弾頭矢が迫るのを見た。
 リリアンは咄嗟に頭を下げ、触手でガード。弾けたそれが、リリアンの頬を汚す。
「‥‥もう、あったまきた」
 頬をハンカチで拭い、呟く。再度、壁から――今度は無数の銃口が、一同へと向けられる。
「蜂の巣に、なっちゃえ?」
 一斉に銃弾が放たれる。
 だがリリアンは彼等が簡単に蜂の巣になるとは思っていない。発砲までの一瞬の隙に彼等は部屋から飛び出すだろう。その一度のチャンスを得たかっただけだ。
「じゃーね!」
 リリアンは隠し扉を開き、待機していたキメラらしき白馬に跨った。
 ほどなくして銃撃が止み、一同はリリアンを追う。馬の足には敵わないが、隠し通路から繋がっていたのは広い一本道、迷うはずがない。
 そして馬上のリリアンは、笑いながら彼方で待っていた。
「捕まってなんか、やんない」
 リリアンが軽く手を薙ぐと、轟音と共に巨大なゲートが閉じる。とても生身では破壊できそうもなく、開閉システムも向こう側だろう。
『他のルートも封鎖したわ。外に繋がる道は残しておいてあげた。無事に脱出できる保証はないけどね?』
 ゲートの向こうから響くリリアンの声。皆を強制的に外に排除するつもりらしい。あとは、北の者達に託すしかない。
 一同が踵を返せば、強化人間達が集まって来ていた。
「これを突破しないといけないわけですか」
 やすかずが弾頭矢で敵の喉を狙う。
「面倒ですわね」
 ゲヘナを振るうミリハナク。
「治療する余裕はなんとか取れるといいがね」
 カルブンクルスで火炎を吐き、UNKNOWNが練成治療の機を窺う。
「出口まで、あとどれくらいでしょうか」
 陽兵は番天印で敵を移動させ、そこへとM92Fを。
「でも絶対に到着しないとー!」
 エレナもまた、射線が被らぬように狙撃を繰り返す。
「キリがないけれども、前には進んでる」
 透のティルフィングが敵の一人を裂き、倒す。この通路にワームが通れるだけの広さがないのは幸いか。
「彼等は‥‥得た情報だけでも軍へ伝えないと」
 月詠を薙ぐ宵藍が、ガラスの壁越しに見える人々に視線を投げる。
 その時、仁王咆哮と不動の盾で対峙を続けていたケイの無線機に通信が入った。あの青年からだ。
『封鎖される前に、俺達が使ってるトラックをルート上に置いておきました! 使ってください!』
「‥‥、ありがとう‥‥!」
 ケイが無線機を握りしめ、一同は敵を振り切ってトラックへと飛び乗っていく。
 そして、ひたすらに出口へと――。
 あと数百メートル。広い通路に出るとワームが待ち構えていたが、軍のKV達が排除にかかる。
 トラックは脇を抜け、外の世界へと飛び出した。
 ケイが、無線機を見つめる。
 ――もう、通信は繋がらなかった。