●リプレイ本文
●ルート1
「うむ。こっちはやはり少し気温が低い、かな? ――しかし随分と地形が変わったものだ」
UNKNOWN(
ga4276)は、遠方に見える旭川の情景に頷く。
「懐かしき我が故郷、北海道。里帰りまで随分かかってしまいましたね」
かつての面影とは違う様子に、新居・やすかず(
ga1891)が眼を細めた。
「旭川‥‥いずれ戦闘となるであろう要塞‥‥」
高空のここからなら見える旭川の広大な湖に、息を呑むラナ・ヴェクサー(
gc1748)。
後の戦端を想起し、この任務の成功を強く思い描く。
「旭川が湖か‥‥。リリアンは何のためにそんなもの作ったのかな」
赤崎羽矢子(
gb2140)が眉を寄せる。
また兵器の冷却用だろうか。それとも、別の理由があるのだろうか――?
あの魔女の思惑が、読めない。
「なるべく、巻き込まれない内に終わらせたいところね」
言うのは、狐月 銀子(
gb2552)。
リリアン・ドースンが何を思慮するかはわからない。だが、外界への侵略はせず、中立地帯である石狩共和国も戦争に巻き込まれることはなかった。
再び戦争の火蓋を切った側である自分たちが、共和国の民にどう映るのかという不安もある。
バグアという脅威がなくなったとき、彼等が人類側からどう扱われるのか。
――先が見えないというものは、どうも落ち着かない。
「難題だらけ、ってね」
シートに背を押しつける銀子。だが、それでも進むしかない。
K−111改『UNKNOWN』、S−01HSC、オウガ.st『ヴァルシガーII』、シュテルン・G、そしてタマモ『SilverFox』。留萌港から出立した五機は深川を経由し、国道12号線上空から旭川へと続くルートを取る。国道沿いにバグアの施設はなく、あるのは廃墟ばかりだ。
そして別のルートを辿るのは――。
●ルート2
「‥‥上川盆地を丸ごと水没させるとは、何ともスケールの大きいことで」
飯島 修司(
ga7951)は「外輪山」の緑に眼を細める。
「何にせよ、未だに成功していない偵察を成功させる為にも、爆撃を成功させねばなりませんな」
ディアブロの修司、ワイバーンMk.II『ゲイルIII』の周防 誠(
ga7131)、グローム『Белая вдова』の番場論子(
gb4628)は、深川から赤平、そして芦別を経由するルートを取る。
石狩共和国との境界は、はっきりとではないが判別がついた。その境界と外輪山の間を縫うように南下、国道38号線を目指す。そこから富良野市を経由して北上、旭川空港方面へと向かうのだ。
「芦別岳、それから夕張岳‥‥ですね」
移り変わる景色に、誠が言う。もう少しで38号線だ。南からのアプローチがうまくいけばいいのだが。
「これで底に潜む首魁を引っ張り出せますかね」
言うのは、論子。
函館周辺の制圧は完了した。次に目指すは敵本拠たる旭川方面だ。
「話を聞く限りでは‥‥一帯を人造湖で埋め、外輪部に対空砲火が立ち並ぶ形ですかね」
目指す富良野周辺もまた盆地となっており、上川盆地とは丘陵帯で隔てられている。まだ差し掛かってはいないが、ややジャミングが強くなってきた。
「この位置から、もう‥‥?」
誠は首を傾げつつも高度を上げ、修司機と論子機を俯瞰できる位置につく。
そのとき、高度を上げたことによって見られるようになった遠方の景色の、明らかな異常に気付いた。
「‥‥富良野盆地も、沈んでいる」
遠方で陽光を反射しているのは明らかに水面であり、それが富良野盆地を覆い尽くしていた。
これは、なんだ。
上川盆地だけではなかったのか。
この数年の間に、リリアンはここまで手を伸ばしたのか。
確か、かつてここは平和を取り戻したはず――。
しかしその思考を遮るように、樹木の隙間から次々に砲撃が開始された。
●ルート1
ルート2とほぼ時を同じくして、こちらでも対空砲撃が始まった。
地上から降り注ぐそれは、回避するKVへと執拗に追いすがる。角度を変え、射程を変え、種類の違う「花火」が次々に打ち上げられていく。
「いました、アグリッパ」
それを見つけたのは、やすかず。対空網の範囲から逆算し、山肌が露出する設置ポイントを発見したのだ。
「代わりと言っちゃなんだけど、キューブワームやメイズリフレクターはいなさそうかな」
羽矢子がざっと確認する。
アグリッパの周囲には格納庫やキメラプラントと思われる建造物、樹木の隙間からは、「花火」が打ち上げられる。
やすかず機は高度を下げる。安全性を考慮して――と思わせ、僚機の爆撃を支援するのだ。
「前方、アグリッパ周辺の格納庫のゲートが開き始めています」
僚機に告げると、皆も目視で確認したと返してくる。どうやら幻覚もなく、マインドイリュージョナーはいなさそうだ。
ワーム発進前に格納庫を破壊したいが、対空砲たちがそれを許してはくれない。
「降下して爆撃に入る。フォローお願い!」
続いて羽矢子機も降下準備に入った。
やや前方、視界の上を滑るのは銀子機。離陸したヘルメットワームへと、すれ違いざまにスラスターライフルを撃ち込んでいく。
銀子機が離れると次に入るのはラナ機、同様にしてスラスターライフル。やがて沈黙、墜落するHW。
なおも次々に離陸するHW。どれも無人であり、体当たりを仕掛けてくる機体もいる。プラントからも大型の翼竜が次々に飛び立っていく。KVと張り合えるサイズだ。
「大きすぎるわ」
銀子が呆れ気味に言い、十二式高性能長距離バルカンを発射。翼竜たちは樹木をへし折りながら墜落していく。
UNKNOWNは敵影の多い空域へと舞う。
多用するブースト、愛機を風に乗せて翼竜から逃れる。その様に、翼竜達は明らかに苛立ちの咆哮をあげる。
「いや、私は無意識に計算して動かしているからね。パイロットとは言えんのだよ」
旋回、一瞬だけ後方に機首を向けてエニセイ。翼竜後方のHWを穿つ。そのまま駆け、翼は翼竜を引き裂いていく。
「‥‥それにしても‥‥数が多すぎますね」
視線を走らせるラナ。
どこを見ても嗤う翼竜やHW。対空砲は嫌らしくつきまとい、常に回避が要求される。
回避し、距離が開いたところでリロード、二十四式螺旋弾頭ミサイルが体当たりを仕掛けてくるHWを受け止める。HWは黒煙を上げながらラナ機に接近、ラナは速度を上げ、すれ違いざまに翼で引き裂いた。
●ルート2
展開する防空網はしかし、それほどの脅威とは思えない。対空砲も、そして無人のHWも。よく観察すれば、射程の短いものが多い。
頭痛は軽い。CWも見受けられるが、数はそれほど多くない。
「どういうことでしょうか、何かに配慮しているようにも思えますが」
誠機はスナイパーライフルでHWの鼻先を抉る。そのままエニセイに移行するべく修司機の動きを目で追う。
「‥‥共和国に、ですかな」
修司が顎髭を撫で、HWの一機とドッグファイトを開始。そこに横槍を入れて攪乱しようとするHW、それを確実に捕捉するのは誠機のエニセイ。
後方へと流れていく爆音に眼を細め、修司はスナイパーライフルを放つ。
「律儀に契約を守っているということですかね」
背後、彼方にある共和国を意識する論子は、対空砲やHWの出撃状況、それらから対空砲座位置を読み取っていく。
設置されている対空砲などの何割かは沈黙していた。そしてキメラの姿はない。行動が制御しきれないからかもしれない。
「‥‥簡単に終わりそうですかな」
少し物足りない気もするが――。修司が何機目かのHWを撃墜した。
論子はK−02による一挙制圧へと向け、KVの位置取りをする。それを悟ったのか、三機のHWが論子機を取り囲み始めた。
しかしそこにブーストで駆けつけるのは誠機。射程外からの接近は、HWに気付かれる前に完了する。
「そのまま、墜ちてください」
言いながら、翼がHWの脇腹に抉り込まれていく。がりがりと嫌な感触が機体に響くが、そのまま走り抜けて次へと。
包囲から抜け、爆撃体勢に入った論子機。それを見届けて誠機がK−02で周辺を牽制する。
「爆撃、開始します」
論子がK−02をばらまいていく。それが着弾する前に、急降下で高度を下げた誠機と修司機がフレア弾を投下。さらにそれを追うように、再び論子のK−02。
土砂降りの爆撃に樹木は消え、CWも散り、隠されていた対空設備も炎上していく。そしてブーストで誠機と修司機はそこから離脱、仕上げとも言える爆撃を論子が開始する。
「これで終わりそうですね、本当に‥‥簡単に」
論子機、空対地目標追尾システムを12ターン連続で起動、ロケット弾ランチャーで随時目標を定めて残る砲座を破壊していく。
やがて対空砲撃は止み、HWも何かに見切りをつけるように富良野盆地方面へと去っていく。
そして誠機を殿にして、三機もまたそこから撤退を開始。
論子機及び修司機がある程度撤退したところで、殿の誠機は持ちうる全能力にて一気に加速、離脱を――と、合流すると突然、論子と修司が速度を落とした。
「‥‥あれ、なんだと思いますか」
「どう見ても‥‥巨大な影が泳いでいるように見えますな」
論子と修司の会話、それに誘導されるように誠も「あれ」を見た。
ここからはまだ富良野の水面が見える。
「‥‥エイ‥‥?」
誠がその影に眉を寄せた。
百メートルほどはあろうかという、エイの形をした影。それが悠然と泳いでいる。キメラ、だろうか。
修司、論子、誠は複雑な溜息を漏らした。このルートを取ったことによって判明したいくつもの事実に、まだ思考が追いつかない。
しかしここでゆっくりしている時間はない。外輪山からもっと離れなければ。
三機は改めてブーストで離脱を開始、一気に北西へと駆け抜けていった。
●ルート1
HWと翼竜は小バエのように湧き続けるが、周辺空域――この小さな範囲内の制空権は徐々にこちらのものとなっていった。
羽矢子機はラージフレアを展開、そして垂直離着陸能力にて一気に花火をくぐり抜け低空へと降下。時折がつんと重い衝撃、PRMを発動し損傷を抑える。
やすかず機が、MM−20をぶちまける。地表へと、HWへと、翼竜へと、それらは降り注ぐ。彼等はMM−20がデコイであるとは知らずに群がり、墜ちていく。
隙間を縫うように対空砲、その射線を辿れば、地表に設置されたそれら以外にゴーレムの姿もある。やや地中に埋まる形で存在する施設、そこから「顔」を出して狙撃している。
UNKNOWNがK−02をばらまき、続いて燭陰のタイミングとポイントを計算。
角度をつけ、金属弾が的確に広がるようにするには――。
そして投下、一瞬ののち、その衝撃が上空にも響いてくる。
「――人道的兵装とは、言えんな」
広範囲を巻き込んだそれを眺め、UNKNOWN。
他にも同様の施設が多くあった。樹木でカモフラージュされているが、ラナ機がロケット弾で露出させていく。そしてツインブーストAを起動、低空へと滑り込む。燭陰によって半壊した施設と共に、爆撃。
次いで、銀子機がFETマニューバBとブースト。低空域のすぐ上まで高度を下げ、そK−02。
顔を出していた施設や格納庫、ゴーレムが炎に呑み込まれていく。直後、向けられる対空砲、しかし銀狐はくるりと踵を返す。小型簡易エミオンスラスターを展開、可動。しなやかに駆ける。
そしてやすかずと羽矢子によって爆撃が開始される。
このまま一気に「穴」を。二機は84mm8連装ロケット弾ランチャーを一瞬の躊躇いすらなく投下。
続けざまに羽矢子機の奉天製ロケット弾ランチャー。二種のロケット弾による爆撃、その合間を縫うように、やすかず機が引き続きフレア弾。それらはアグリッパをも飲み込み、山肌を焼いてえぐり取る。
全体から見れば、針の穴程度かもしれない。だが偵察部隊が抜けるには充分すぎるほどの「穴」は開けられた。
銀子機が、自機と爆撃機の離脱のためにラージフレアをばら巻く。そして一気にその空域から距離を取る。
速やかに退避――したいが、まだ上空に残っていたHWと翼竜が追いすがり絡みついてきた。
「残り兵装は、皆、どれぐらいあるかな?」
と、UNKNOWN。
「困らない程度には」
四人が同時に返す。そして五機は、耳元で騒ぐ小バエを振り払い、留萌方面へと旋回した。
途中、羽矢子が石狩川方面へと進路を取る。
上川盆地を湖化させるため、水が抜けないように塞いでいる箇所があるだろうと考え、破壊も視野に入れていたのだ。
「湖の底に何か隠してるなんてことがあるかもしれないしね」
それでなくとも、湖に意味があるなら妨害にもなる。そして水位が下がれば偵察部隊が何か発見してくるかもしれない。
それを狙ってのことだが――。
「‥‥塞いでいるポイントが、ない? どういうこと?」
羽矢子は何事もないかのように流れ続ける川を見下ろす。外部からの行為で簡単に水が抜けるような脆弱なものではないということか。
水位を下げるのは無理そうだ。羽矢子は見切りをつけ、皆の元へと旋回した。
●
「そちらはどうかな、大丈夫?」
羽矢子がルート2の三機へと通信を送る。
同時に三機の姿をレーダーに捉え、目視でも確認。旭川から数十キロ離れたポイントで、両班は合流した。
「大丈夫、無事です。ただ‥‥富良野盆地が、沈んでいました。それから、巨大な影を‥‥見ました」
誠からの返答を聞いたルート1の面々は、一瞬だけ言葉を失う。
「上川盆地だけではなく、富良野盆地もですか? そこまで‥‥リリアンは」
やすかずがその範囲を考え、小さく首を振る。
「敵はどんな状況だったかね?」
やや間をおいてUNKNOWNが問うと、論子が詳細を語る。
「あちらの防空網は一部が機能していませんでした」
労せずして「穴」を開けられたこと。それがあまりにもあっさりとしていて、拍子抜けしたこと。
「共和国の契約が思いがけずこちらに有利に働いたわけですな。‥‥ひょっとしたら、という思いもありますがね」
修司が南へと視線を向ける。
ひょっとしたら、共和国は、箱田武揚CEOは――これを見越していたのでは。
「‥‥南のルートを取らなかったら、リリアンを攻略するまでわからなかった事実かもしれないわね」
ぽつりと、銀子。
箱田の真意が見えるわけではないが、何か少しもやっとしたものが胸の内に生じる。
「ともあれ、皆‥‥無事なら、よかった」
そして安堵の言葉を漏らす、ラナ。
「まだ、仕込み段階‥‥こんな所で、散るわけにはいきませんからね」
確かにラナの言う通りだ。まだこのようなところで散るわけにはいかない。
それに思いがけず富良野水没も判明した。まずは防空網への穴をあけたこと、そして富良野の情報が得られたことは次への大きなステップになるだろう。
そして八機はゆるやかに、旭川から遠ざかる。
偵察部隊の成功を、祈りながら。
彼等が去り、静寂を取り戻した旭川の空。
だがその静寂は、またすぐに破られる。
――北海道奪還の、足音と共に。