●リプレイ本文
「地図、ないのかぁ〜」
ざんねん、と微かに頬を膨らませるリズィー・ヴェクサー(
gc6599)。
地下迷宮の地図があればと思ったのだが、手に入ったのは公園とその周辺の地図だけだった。
「公園の地図があるだけでも‥‥少しは」
ミスティア・フォレスト(
gc7030)がリズィーから公園の地図を受け取る。
「何つくってるの?」
リズィーはミスティアの手元を覗き込んだ。
彼女が持つのは、マーク用に分解されたペイント弾各色。地面に広げられているのは、ワイヤと空き缶と瞬間接着剤。これは探索中の鳴子用だ。
「ペイント弾の中ってこうなってるんだ」
「若干、指がカラフルになりましたが‥‥」
リズィーに、ミスティアはペイント弾の色に染まった指を見せた。
二人が持つ地図を覗き込み、公園の説明をするのはUNKNOWN(
ga4276)。
「洞窟がここにあって、ここには岩が積み重ねられてて‥‥」
「詳しいですね」
「うむ。‥‥いや、サン人の岩絵に少し興味があって、ね。はげ頭を見るのもいいかと、ね」
UNKNOWNはミスティアに笑みを返す。はげ頭――そう、この公園の名はそれを意味する。
「水脈はありそうですね」
ミスティアが言う。敵の首領が爆薬を使うことを考えても、地下に水脈はあるだろう。自分の首を絞めるような場所に迷宮は作らないはずだ。
軍が各階段への投光を開始した。軍車輌の配置も進められていく。前者は敵挙動の牽制、後者はエンジンの空ぶかし等による振動を求めてのこと。万一のとき、方向認識に使用するためだ。階段で待機する兵の無線機は、中継機ともなる。
「では、協力を願えますか」
ミスティアがUNKNOWNに協力を請う。練力を負担してもらっての、バイブレーションセンサー。
数カ所で発動し、三角測量も併用。想定される敵位置と地下構成概要を地図に反映していく。
「――どうかな? 何か判ることは、あったかな?」
UNKNOWNがその地図を確認する。
範囲は広いが、それほど深くはなさそうだ。足で移動するキメラは群れていると思われる。
それ以上の情報は、現時点では得られそうもない。
「そろそろ地下に行く頃合いかしらね」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)が暗視スコープを装着しながら言う。
迷宮は暗い。そのための暗視スコープだ。閃光手榴弾などの使用に際しては、合図をもらうよう算段もつけた。
そして一同は準備を終え、地下への階段へと足を踏み出していく。
階段は数十段で終わり、すぐに迷宮が広がる。数メートルで最初の分岐、三叉路。その奥にもまた分岐、手前には扉、左方にはさらに地下への階段。
「思った以上に入り組んでるな。壁をぶち抜きたくなる」
こんこん、と壁を叩く時枝・悠(
ga8810)。
ぶち抜いたほうが、絶対早い。だが、何が待ち受けているかわからない。悠は少しの衝動を抑え、迷宮の奥を見据える。
――中途半端は好きではない。敗北も当然好きではない。
「‥‥だからまあ、意味だ何だと言われるまでもなく、やることは一つだ」
いつも通りに勝って帰る――それだけだ。
そして中心部を目指し、歩を進めていく。
「地下迷宮‥‥なんて心躍る響きなのかしら。たまにはこういうところも楽しそうですわよね」
ミリハナク(
gc4008)は、響く足音にさえうっとりとする。
「――うむ」
殿から低く唸るUNKNOWN。ミリハナクが「どうしましたの」と振り返れば、彼は小さく頷いた。
「尻の動きからみてミリハナクは今日も上機嫌の様だ」
服装こそ普段着のゴシックドレス姿でこの迷宮には場違いだが、探索に備えてエマージェンシーキットなどを多数持ち込んでいる。しっかりと迷宮探索を「堪能」するつもりのようだ。
「そちらは少し残念そうな顔をなさってますわね?」
「わかるかね? 振られてしまってね」
UNKNOWNは肩を竦める。任務終了後にオペレーターのユナ・カワサキも誘い、皆で近辺の絶景を見ようかと思っていたのだが、次の仕事があるからと振られてしまったのだ。
今頃ユナは北海道の地図を見て頭を抱えていることだろう。
まずは中心部を目指し、下層から上層、中央から外周へ。
分岐のひとつに、ケイが蛍光色のペイント弾で印をつける。次の分岐にはミスティア。リズィーは口紅でマップにチェックを入れていく。
「ちぇ、お気に入りなんだけどな〜」
先の減った口紅に吐息を漏らし、ミリハナクの作成しているマップと見比べて大きな違いがないことを確認する。
方眼紙で壁と進行した部分を色分けしてマッピングするミリハナクは、かなり細かく書き込んでいた。アルファベットや数字の記号は、同じものを分岐のたびに苦無で壁にも刻み込んでいる。
UNKNOWNは煙草の煙の流れを読む。煙の散り方から察するに出入り口以外にも通風口があるようだ。
「キメラが遠ざかっていますね」
索敵を行うミスティアが眉を寄せる。ここまで結構進んだのだが、未だにキメラとの遭遇はない。
殿のUNKNOWNも常に背後を意識していたが、何かが追ってくる気配はなく、設置した鳴子が反応することもない。
「私達を恐れているのかしら。それともこの道が正解だとして、主を守るべく移動しているのかしら」
ケイが周囲を見渡す。ケイやミリハナクの暗視スコープも、キメラらしき姿を捉えられない。
「後者だとすると、首領の手前くらいにキメラの集団がいそうか」
悠が頷き、奥へと懐中電灯を向ける。
比較的新しい獣の足跡が皆の進行方向へと走っている。
配線の類はなく、薄明かりは全て松明だ。これを点灯したのは首領だろうか。松明はキメラの足跡と、進むにつれて近付く振動の群れに一致していた。
そして――。
「後者だったか」
悠が言う。
猫科の肉食獣やハイエナ、蝙蝠やトカゲなどが群れて通路を塞いでいた。
「閃光手榴弾を放ります」
ミスティアがカウントに入り、皆はその光に備える。
閃光と轟音、視力を奪われのたうつ獣、影響を受けなかった獣たちが駆けてくるが、それを妨げるのは悠のオルタナティブ。
ミリハナクは床付近を飛来する蝙蝠を、スキュータムで受け止める。その真横から――ケイのアラスカ454。
天井を駆けてくる蝙蝠やトカゲ類は、UNKNOWNが。その長身からいち早く気付いてカルブンクルスの火炎を。さらには、リズィーのメリッサがケイの影から電撃で獣を捉えていく。
獣を薙ぎながら駆け、時には治療も挟んで前へ前へと進んでいく。ミスティアの索敵が、ある震動を捉えた。
「キメラとは明らかに異なる震動、ここから二十メートル。恐らくはあの分岐の奥に」
言うや否や、索敵に気付いたハイエナの群れがミスティアを取り囲もうとする。
だがすぐにそれらは眠りについていく。子守唄のほうが、早かった。
ホールのようなスペースに出ると、男が待っていた。
そこにあるのは男が座っていたと思われる椅子と、壁一面の壁画。
「サン人の岩絵に似ているね」
UNKNOWNが壁に触れた。
「レプリカだよ」
男は肩を竦める。
「本物が欲しかったが、難しかった。ここを任せてくれと『上司』に頼んだのも、岩絵に惚れたからでね」
その口ぶりから、男は間違いなく首領だろう。
「そうだ、ご挨拶しないとね。――はじめまして☆ ボクはリズィー。‥‥貴方のお名前は?」
リズィーはにこりと笑む。
「トール」
男は頷き、答えた。
「じゃあ、トール。何故、逃げないの? 敵同士だけど‥‥命を無駄に散らすことは無いでしょ」
しかしリズィー自身は、トールは決意で引くことはないと思っていた。
――だが、敵でも生き延びて、生を謳歌するのは大事なことだ。
そう、思う。
「無駄だとは思っていない。自身の信じるもののために俺はここにいて、逃げない選択をしただけだ」
ここで斃されてもいいという覚悟からか、トールは吹っ切れた顔をしていた。
そう、とリズィーは微かに俯く。
味方の誰も、傷つけたくない。
痛いのは‥‥誰かが死んでしまうのは悲しいから、だ。
ぐるぐると、想いが心の中で渦を巻く。
「敗軍の将、って面じゃないな。理想的な気の張り具合だ、厭になる」
悠はトールの顔をじっと見つめる。
「それは光栄だ」
「‥‥あぁ、本当に厭になる。良いさ。気の済むまで相手をしてやる」
笑みを浮かべるトール、微かに眉を寄せる悠。
オルタナティブを大太刀――紅炎へと持ち替え、その切っ先をトールへと向けた。直後、リズィーが前衛へと先見の目を付与する。
トールはすぐに戦闘態勢に入り、間合いを詰めようと――しかし、一瞬どう動けばいいのかわからなくなり、足が止まってしまった。
直後、頭上から降り注ぐ雨。ケイの、長弓「クロネリア」だ。
頭上への警戒をしていなかったトールは、それを剣で打ち払っていく。その隙に間合いに入り込むのは、悠。
腹部へと一閃する紅炎、わずかに回避が間に合うトール。そのまま剣で紅炎を押し返し、空いている手で小型の爆弾を放っていく。
「させませんわ」
にこりと笑むミリハナク、走る衝撃波が次々に手榴弾を包み込む。相殺とまではいかないが、爆炎と衝撃を味方から逸らすことはできた。
それでも放たれる爆弾、だがリズィーのメリッサもそれを撃ち落としていく。
「‥‥くそっ。‥‥それにしても」
先ほどの混乱は一体なんだったのか、トールはその原因を探る。ふいに、横笛型の超機械「スズラン」を持つミスティアと視線が絡んだ。
「――お前か」
ハーモナーと対峙するのは初めてだが、そういうことかと頷いた。
「援軍も送らないなんて、信用があるのね」
ケイが肩口を狙う。二連射と影撃ち――それは確実にトールの肩を抉る。悠の脚が執拗に打ち据えてくる。視界の端では、トールの攻撃を引き付けるミリハナクのドレスが揺れる。
彼に自爆する様子はなさそうだ。真っ直ぐに能力者たちとの対峙を続けている
「でも‥‥使い捨てのコマとも言える‥‥酷い上司‥‥」
くすりと笑み、接近していくケイ。
「捨石戦術、ですかね。本当に酷い。そこまでして上司は一体何をしようとしているのでしょうか」
ミスティアも言葉を投げる。しかし彼女の意識はホールの出入り口に向いていた。
遠くで、鳴子が鳴った気がするのだ。
「ヴィクトリアは決して酷い上司ではない。彼女は彼女にしかできないことをするだけだ」
やや憮然とし、トールは言う。
ヴィクトリア――プロトスクエアか。ケイとミスティアはその名を聞き逃さない。
そのとき、UNKNOWNが迷宮の闇に向けて発砲した。二度、三度――。
「いや、何でもない。暗闇が怖いだけだよ、うむ」
そう言って、肩を竦める。直後、ミスティアが闇を見据えて索敵。
そして近付いてくる鳴子の音。キメラの一部がこちらに向かってきているようだ。
「さてと、私に出来るのはこんなもの、だね」
カルブンクルスとライトニングクローを闇に向ける。
「もう少し歌いましょうか」
言い終えると同時に闇から飛び出す獣へと、ミスティアが子守唄を。
そのとき、トールが悠の間合いから抜けてどこかに視線を流す。それを見逃さなかったのは、爆弾の対処を続けていたリズィー。
視線の先は何もない床。間合いを詰めながら移動するトールは、皆を誘導するように見える。
「床になにか‥‥、‥‥気をつけて、地雷がある!」
直感、だった。その声にトールが反応する。そこに生じる大きな隙。
「もらった‥‥っ!」
再度間合いに入り込む、悠。下段から紅炎を振り抜き、トールの腰を捉えて頭上へと打ち上げる。
息が詰まるトール、落下してきたそこにはミリハナク。
「ごめんあそばせ?」
ハミングバードが肋骨の間に抉り込む。
そのまま、トールの正面――今度は、ケイ。
ゼロ距離からのアラスカとエネルギーガンの、息つく間さえない連射。熱くなる肺、直後に背中に走る鋭い痛み。
悠の――剣撃。
舞う銃弾と刀身が、トールが床に伏すことさえ許さない。
それらがぴたりとやんだとき、離れた場所で銃声と歌声だけが響き、それもやがては消えていく。
UNKNOWNが銃を降ろし、ミスティアがもうキメラが来ないことを確認する姿を見ながら、トールはようやく床に崩れ落ちた。
「‥‥果てるところは見られたくない。行ってくれ。あとで俺の遺体を回収してくれればいいから。安心しろ、迷宮を爆破するようなことはしないから」
息絶える直前とは思えないくらい、トールは滑らかに口を動かす。
皆は無言で顔を見合わせ、そして誰からともなく頷いてトールに背を向ける。
ふいに、トールがUNKNOWNを呼び止めた。
「そこの男」
「‥‥なんだね?」
振り返り、UNKNOWN。
「煙草、持っていないか。できれば一本、最期に吸いたい」
「‥‥ふむ」
UNKNOWNは暫し考えたのち懐から煙草を取りだし、火を灯した一本を彼の唇へと挟みこんだ。
「高級品だな。ありがとう」
その言葉に頷き、UNKNOWNは再び背を向けて皆の元へと歩いていく。
「――さて」
トールは彼等の足音に耳を傾ける。
彼等は果たしてどれくらいで地上に出るだろうか。
用意周到で、聡明な彼等のことだ。十五分もあれば充分か。
「十五分かけて、吸うとするか」
そしてトールはどこか満足げに笑って、瞼を閉じた。
帰りは、楽だった。
キメラは主が倒されたことで全て迷宮のどこかに逃げ去ってしまっていた。
マッピングの正確さと、ミスティアのバイブレーションセンサー。迷うことなく地上へと。
外で待っている軍へと報告を始めると、微かに地面が震えたような気がした。そして耳を澄まさなければ聞こえないほどの、深い場所での爆発音。
何が起こったのか――皆はすぐに悟る。
だから煙草を求めたのか、と。
「煙草は、うまかったかね?」
言いながら、紫煙をくゆらせるUNKNOWN。
「負けを認めながら最期までそれを顔には出さなかった。どこまでも厭になる」
しかし、その言葉とは裏腹に、悠は真っ直ぐな眼差しで地を見つめている。
「きっと彼は満足したのですわ。‥‥最期は笑ってましたもの」
ミリハナクは地下での対峙を振り返る。見送る彼は、確かに笑顔だった。
「‥‥もう、振動は感じられません。本当に『終わった』のでしょう」
バイブレーションセンサーをするまでもない、地に手を触れるだけでそれが伝わる。ミスティアは静かに皆に告げた。
リズィーは腕の中のメリッサを見つめ、かつて出会ったヨリシロの女を思い出す。
――グロリアも、炎の中に消えた。
胸の前で十字を切って瞼を伏せる。敵も、味方も、その多くが消えていく。
「早く‥‥終わらせなきゃ」
そう呟くと、透き通った歌声が耳に届いた。
皆がその声を振り返る。そこには――ケイ。
響く彼女の歌声は、地下へと、深い闇へと、吸い込まれていく。
それは、鎮魂歌。
満足して散ったであろう、トールへの――。