タイトル:【CO】闇に散るマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/30 22:26

●オープニング本文



 少女は特に苛立ちを見せることはなく、配下の者達にとっては却って不気味だった。
 感情を排斥したわけではないだろう。激情が渦巻いているだろうにそれを一切表に出さずに涼しい顔をする。
 ただ、それは少女――否、「少女の内に存在するモノ」と長い付き合いである配下にとっては、懐かしいものでもあった。
 昨年、友を失った直後から、少女には前のヨリシロの傾向が見え隠れしている。
 少女の前のヨリシロ、それはひたすらにバグアに抵抗し、そして己の「子供達」の命と引き換えに自らの身を差し出した女。
「子供達」は解放されるはずだったが、自分たちの意思で「母親」のためにバグアに屈することを選んだ。
 それほどまでに、慕われていた女。当時、その土地のレジスタンスを率いていた存在。バグアの襲撃によって親を失った孤児達を引き取り、自分の子供と分け隔て無く育てていた。ヨリシロとなったのち、憑依したバグアはその遺志を僅かながら継承する。「子供達」を配下として使いつつ、育て上げた。
 かつてスーダンのジュバという街で散ったヨリシロ、グロリア。彼女は女の右腕でもあった存在だった。
 少女は湖面を見つめ、この星に来てからのことをとめどなく思い返す。
 最初のヨリシロが、好きだった。
 今のヨリシロは、予定外。本当は少女の姉をヨリシロにするつもりだった。だけれど今は心地良いし、結果的にこれでよかったと思っている。
 若干、少女の身体で生身の戦いはやりづらかった。そのたびに「姉」が欲しいと思ったりしたが、しかし女の傾向が出てきている今、身体が軽くなってきた。いわゆる「精神的」なものなのかもしれないが。
「ブラワヨが陥落しそうです。どうなさいますか」
 ふいに声をかけてくるのは、「少女」の従者である男。
「陥落させちゃえばいい。もう用済み。今、あそこを無理に護るのは却って不利になる」
「しかしあそこには配下の者が」
「いいの、もう必要な情報は流してくれた。これからの人類の動きは見えた。だから私たちはこのあとに備えていかなければならない。私は私のやることをやる」
「援軍を送らないのですか」
「送ってどうするの? あそこはあの子に任せた場所。護りきれないのはあの子の責任。尻ぬぐいなんてしてやるつもりはない。最後まで逃げずに戦い抜くことが、あの子に課せられた最後の使命なの」
「――しかし」
 従者が眉を寄せる。何かを提言しようと一歩前に踏み出した、そのとき。
「ヴィクトリア様、今後のことについてバリウス様からご連絡が」
「今行くわ。‥‥エドワード、口出し無用。援軍を要請されても送らなくて良い。逆らったら、消すわよ?」
 別の男が声をかけてきた。それは前のヨリシロの息子。少女――プロトスクエア・青龍のヴィクトリアは軽く笑み、そしてすぐに表情を消して従者であるエドワードを睨み据える。
「‥‥はい」
 エドワードはその威圧感に萎縮し、ただ首肯するしかできなかった。
 そしてヴィクトリアはエドワードに背を向ける。
 ブラワヨが陥落するならすればいい。その間に自分は準備を進める。
 ここが人類に知られているかどうか、それはわからない。いつだったか、比較的近い場所を通っていったけれども。
 もしかしたら、気付いている人間もいるかもしれない。
 だが、焦りは、ない。自分はもちろん、おじさま――ピエトロ・バリウスにも。
「――私は、おじさまを守り抜く。ただそれだけよ」
 そうでしょう、みんな。
 友へと、言葉を飛ばした。


 ――ジンバブエ共和国。
 そこは南アフリカの北にある国で、モザンビークの西に当たる。
 今、そこに南アフリカ周辺で展開していたUPC欧州軍の複数部隊が集いつつあった。
 とは言え、この国にバグアの存在がないわけではない。しかし人類側はどうしてもこの国を陥落しておく必要があった。
 ピエトロ・バリウスがモザンビークに向かっているという情報を掴んでいた軍は、行動を開始する。
 大陸上の全ての軍を、モザンビークに向けて進軍させることにしたのだ。
 もっとも、作戦開始まではまだ時間がある。進軍も、複数の角度からとなるだろう。
 そのための足がかり、一角として、ここジンバブエのブラワヨが必要だった。
 軍はすぐに攻略を開始、ブラワヨを一気に叩くとともに、来るべき作戦のための準備も開始していた。
 ここを治めるバグアは決して弱くはない。弱くはないが、勢いづいた軍はそれを上回っていた。
「ブラワヨ‥‥『虐殺の地』‥‥か。しかし、それももう終わる」
 ブラワヨ攻略にあたっている指揮官は、地下へと伸びていく階段の手前で呟いた。
 ブラワヨ南方の国立公園、その地下に築かれた敵の迷宮。
 猛攻により、敵の首領はこの公園に逃げ込んだ。数にモノを言わせた捜索で、ようやく発見したのがこの階段――地下迷宮というわけだ。
 この奥に、首領が潜んでいる。迷宮を抜けてどこかへ逃げようとしているのか、それとも奥で最後の決着をつけるべく待ちかまえているのか。
 他にもいくつか階段が発見されている。
 奥がどれほど広いのかはわからない。ただ、階段は全て直径2キロメートルの円内にあることから、広さはその程度であることが予測された。
 早急に全ての階段に部隊を配備し、「逃げ道」を塞ぐ。ただ、発見できていない階段がある可能性は否定できない。発見に手間取れば、そこから逃げられてしまう可能性もあるだろう。
 もっとも、ここでもし逃がしてしまったところで、配下の勢力はもう壊滅したに等しい。モザンビークへ進軍する際には何の影響にすらならないだろう。
 だが、ここで完全攻略をしているのとしていないのとでは、「意味」が違う。勝利を持って、次へと向かいたい。
「迅速に、そして確実に敵を発見し、討ち取る。‥‥よろしく頼むよ」
 指揮官はそう言って、討伐部隊として出撃する能力者達の顔を見渡した。


 暗い、暗い迷宮。
 男はひとり、冷たい椅子にすわって自問自答を繰り返す。
 逃げるべきか、否か。
 ここを捨て、逃げて、ヴィクトリアのもとへ行くべきか。
 最後まで抵抗を続け、散るべきか。
 勝ち目がないのは、もうわかっていた。
 だからこそ、為すべきことを探す。
 生き残った部下はヴィクトリアのもとへ逃がした。今ここにいるのは、迷宮に放たれているキメラと自分だけ。
 ――こんなとき、ヴィクトリアならどう言うだろう。
「‥‥最後まで逃げずに戦い抜くことがあなたに課せられた使命、かな」
 男はその台詞を想像し、呟く。
 自分を信じ、任せてくれたのだから。だったら、最後まで――戦い抜こう。
 男はそう結論を出し、椅子から立ち上がる。
「さあ、ここまで来い――能力者たち」
 闇の奥に、その声は吸い込まれていった。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER
ミスティア・フォレスト(gc7030
21歳・♀・HA

●リプレイ本文

「地図、ないのかぁ〜」
 ざんねん、と微かに頬を膨らませるリズィー・ヴェクサー(gc6599)。
 地下迷宮の地図があればと思ったのだが、手に入ったのは公園とその周辺の地図だけだった。
「公園の地図があるだけでも‥‥少しは」
 ミスティア・フォレスト(gc7030)がリズィーから公園の地図を受け取る。
「何つくってるの?」
 リズィーはミスティアの手元を覗き込んだ。
 彼女が持つのは、マーク用に分解されたペイント弾各色。地面に広げられているのは、ワイヤと空き缶と瞬間接着剤。これは探索中の鳴子用だ。
「ペイント弾の中ってこうなってるんだ」
「若干、指がカラフルになりましたが‥‥」
 リズィーに、ミスティアはペイント弾の色に染まった指を見せた。
 二人が持つ地図を覗き込み、公園の説明をするのはUNKNOWN(ga4276)。
「洞窟がここにあって、ここには岩が積み重ねられてて‥‥」
「詳しいですね」
「うむ。‥‥いや、サン人の岩絵に少し興味があって、ね。はげ頭を見るのもいいかと、ね」
 UNKNOWNはミスティアに笑みを返す。はげ頭――そう、この公園の名はそれを意味する。
「水脈はありそうですね」
 ミスティアが言う。敵の首領が爆薬を使うことを考えても、地下に水脈はあるだろう。自分の首を絞めるような場所に迷宮は作らないはずだ。
 軍が各階段への投光を開始した。軍車輌の配置も進められていく。前者は敵挙動の牽制、後者はエンジンの空ぶかし等による振動を求めてのこと。万一のとき、方向認識に使用するためだ。階段で待機する兵の無線機は、中継機ともなる。
「では、協力を願えますか」
 ミスティアがUNKNOWNに協力を請う。練力を負担してもらっての、バイブレーションセンサー。
 数カ所で発動し、三角測量も併用。想定される敵位置と地下構成概要を地図に反映していく。
「――どうかな? 何か判ることは、あったかな?」
 UNKNOWNがその地図を確認する。
 範囲は広いが、それほど深くはなさそうだ。足で移動するキメラは群れていると思われる。
 それ以上の情報は、現時点では得られそうもない。
「そろそろ地下に行く頃合いかしらね」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)が暗視スコープを装着しながら言う。
 迷宮は暗い。そのための暗視スコープだ。閃光手榴弾などの使用に際しては、合図をもらうよう算段もつけた。
 そして一同は準備を終え、地下への階段へと足を踏み出していく。
 階段は数十段で終わり、すぐに迷宮が広がる。数メートルで最初の分岐、三叉路。その奥にもまた分岐、手前には扉、左方にはさらに地下への階段。
「思った以上に入り組んでるな。壁をぶち抜きたくなる」
 こんこん、と壁を叩く時枝・悠(ga8810)。
 ぶち抜いたほうが、絶対早い。だが、何が待ち受けているかわからない。悠は少しの衝動を抑え、迷宮の奥を見据える。
 ――中途半端は好きではない。敗北も当然好きではない。
「‥‥だからまあ、意味だ何だと言われるまでもなく、やることは一つだ」
 いつも通りに勝って帰る――それだけだ。
 そして中心部を目指し、歩を進めていく。
「地下迷宮‥‥なんて心躍る響きなのかしら。たまにはこういうところも楽しそうですわよね」
 ミリハナク(gc4008)は、響く足音にさえうっとりとする。
「――うむ」
 殿から低く唸るUNKNOWN。ミリハナクが「どうしましたの」と振り返れば、彼は小さく頷いた。
「尻の動きからみてミリハナクは今日も上機嫌の様だ」
 服装こそ普段着のゴシックドレス姿でこの迷宮には場違いだが、探索に備えてエマージェンシーキットなどを多数持ち込んでいる。しっかりと迷宮探索を「堪能」するつもりのようだ。
「そちらは少し残念そうな顔をなさってますわね?」
「わかるかね? 振られてしまってね」
 UNKNOWNは肩を竦める。任務終了後にオペレーターのユナ・カワサキも誘い、皆で近辺の絶景を見ようかと思っていたのだが、次の仕事があるからと振られてしまったのだ。
 今頃ユナは北海道の地図を見て頭を抱えていることだろう。

 まずは中心部を目指し、下層から上層、中央から外周へ。
 分岐のひとつに、ケイが蛍光色のペイント弾で印をつける。次の分岐にはミスティア。リズィーは口紅でマップにチェックを入れていく。
「ちぇ、お気に入りなんだけどな〜」
 先の減った口紅に吐息を漏らし、ミリハナクの作成しているマップと見比べて大きな違いがないことを確認する。
 方眼紙で壁と進行した部分を色分けしてマッピングするミリハナクは、かなり細かく書き込んでいた。アルファベットや数字の記号は、同じものを分岐のたびに苦無で壁にも刻み込んでいる。
 UNKNOWNは煙草の煙の流れを読む。煙の散り方から察するに出入り口以外にも通風口があるようだ。
「キメラが遠ざかっていますね」
 索敵を行うミスティアが眉を寄せる。ここまで結構進んだのだが、未だにキメラとの遭遇はない。
 殿のUNKNOWNも常に背後を意識していたが、何かが追ってくる気配はなく、設置した鳴子が反応することもない。
「私達を恐れているのかしら。それともこの道が正解だとして、主を守るべく移動しているのかしら」
 ケイが周囲を見渡す。ケイやミリハナクの暗視スコープも、キメラらしき姿を捉えられない。
「後者だとすると、首領の手前くらいにキメラの集団がいそうか」
 悠が頷き、奥へと懐中電灯を向ける。
 比較的新しい獣の足跡が皆の進行方向へと走っている。
 配線の類はなく、薄明かりは全て松明だ。これを点灯したのは首領だろうか。松明はキメラの足跡と、進むにつれて近付く振動の群れに一致していた。
 そして――。

「後者だったか」
 悠が言う。
 猫科の肉食獣やハイエナ、蝙蝠やトカゲなどが群れて通路を塞いでいた。
「閃光手榴弾を放ります」
 ミスティアがカウントに入り、皆はその光に備える。
 閃光と轟音、視力を奪われのたうつ獣、影響を受けなかった獣たちが駆けてくるが、それを妨げるのは悠のオルタナティブ。
 ミリハナクは床付近を飛来する蝙蝠を、スキュータムで受け止める。その真横から――ケイのアラスカ454。
 天井を駆けてくる蝙蝠やトカゲ類は、UNKNOWNが。その長身からいち早く気付いてカルブンクルスの火炎を。さらには、リズィーのメリッサがケイの影から電撃で獣を捉えていく。
 獣を薙ぎながら駆け、時には治療も挟んで前へ前へと進んでいく。ミスティアの索敵が、ある震動を捉えた。
「キメラとは明らかに異なる震動、ここから二十メートル。恐らくはあの分岐の奥に」
 言うや否や、索敵に気付いたハイエナの群れがミスティアを取り囲もうとする。
 だがすぐにそれらは眠りについていく。子守唄のほうが、早かった。

 ホールのようなスペースに出ると、男が待っていた。
 そこにあるのは男が座っていたと思われる椅子と、壁一面の壁画。
「サン人の岩絵に似ているね」
 UNKNOWNが壁に触れた。
「レプリカだよ」
 男は肩を竦める。
「本物が欲しかったが、難しかった。ここを任せてくれと『上司』に頼んだのも、岩絵に惚れたからでね」
 その口ぶりから、男は間違いなく首領だろう。
「そうだ、ご挨拶しないとね。――はじめまして☆ ボクはリズィー。‥‥貴方のお名前は?」
 リズィーはにこりと笑む。
「トール」
 男は頷き、答えた。
「じゃあ、トール。何故、逃げないの? 敵同士だけど‥‥命を無駄に散らすことは無いでしょ」
 しかしリズィー自身は、トールは決意で引くことはないと思っていた。
 ――だが、敵でも生き延びて、生を謳歌するのは大事なことだ。
 そう、思う。
「無駄だとは思っていない。自身の信じるもののために俺はここにいて、逃げない選択をしただけだ」
 ここで斃されてもいいという覚悟からか、トールは吹っ切れた顔をしていた。
 そう、とリズィーは微かに俯く。
 味方の誰も、傷つけたくない。
 痛いのは‥‥誰かが死んでしまうのは悲しいから、だ。
 ぐるぐると、想いが心の中で渦を巻く。
「敗軍の将、って面じゃないな。理想的な気の張り具合だ、厭になる」
 悠はトールの顔をじっと見つめる。
「それは光栄だ」
「‥‥あぁ、本当に厭になる。良いさ。気の済むまで相手をしてやる」
 笑みを浮かべるトール、微かに眉を寄せる悠。
 オルタナティブを大太刀――紅炎へと持ち替え、その切っ先をトールへと向けた。直後、リズィーが前衛へと先見の目を付与する。
 トールはすぐに戦闘態勢に入り、間合いを詰めようと――しかし、一瞬どう動けばいいのかわからなくなり、足が止まってしまった。
 直後、頭上から降り注ぐ雨。ケイの、長弓「クロネリア」だ。
 頭上への警戒をしていなかったトールは、それを剣で打ち払っていく。その隙に間合いに入り込むのは、悠。
 腹部へと一閃する紅炎、わずかに回避が間に合うトール。そのまま剣で紅炎を押し返し、空いている手で小型の爆弾を放っていく。
「させませんわ」
 にこりと笑むミリハナク、走る衝撃波が次々に手榴弾を包み込む。相殺とまではいかないが、爆炎と衝撃を味方から逸らすことはできた。
 それでも放たれる爆弾、だがリズィーのメリッサもそれを撃ち落としていく。
「‥‥くそっ。‥‥それにしても」
 先ほどの混乱は一体なんだったのか、トールはその原因を探る。ふいに、横笛型の超機械「スズラン」を持つミスティアと視線が絡んだ。
「――お前か」
 ハーモナーと対峙するのは初めてだが、そういうことかと頷いた。
「援軍も送らないなんて、信用があるのね」
 ケイが肩口を狙う。二連射と影撃ち――それは確実にトールの肩を抉る。悠の脚が執拗に打ち据えてくる。視界の端では、トールの攻撃を引き付けるミリハナクのドレスが揺れる。
 彼に自爆する様子はなさそうだ。真っ直ぐに能力者たちとの対峙を続けている
「でも‥‥使い捨てのコマとも言える‥‥酷い上司‥‥」
 くすりと笑み、接近していくケイ。
「捨石戦術、ですかね。本当に酷い。そこまでして上司は一体何をしようとしているのでしょうか」
 ミスティアも言葉を投げる。しかし彼女の意識はホールの出入り口に向いていた。
 遠くで、鳴子が鳴った気がするのだ。
「ヴィクトリアは決して酷い上司ではない。彼女は彼女にしかできないことをするだけだ」
 やや憮然とし、トールは言う。
 ヴィクトリア――プロトスクエアか。ケイとミスティアはその名を聞き逃さない。
 そのとき、UNKNOWNが迷宮の闇に向けて発砲した。二度、三度――。
「いや、何でもない。暗闇が怖いだけだよ、うむ」
 そう言って、肩を竦める。直後、ミスティアが闇を見据えて索敵。
 そして近付いてくる鳴子の音。キメラの一部がこちらに向かってきているようだ。
「さてと、私に出来るのはこんなもの、だね」
 カルブンクルスとライトニングクローを闇に向ける。
「もう少し歌いましょうか」
 言い終えると同時に闇から飛び出す獣へと、ミスティアが子守唄を。
 そのとき、トールが悠の間合いから抜けてどこかに視線を流す。それを見逃さなかったのは、爆弾の対処を続けていたリズィー。
 視線の先は何もない床。間合いを詰めながら移動するトールは、皆を誘導するように見える。
「床になにか‥‥、‥‥気をつけて、地雷がある!」
 直感、だった。その声にトールが反応する。そこに生じる大きな隙。
「もらった‥‥っ!」
 再度間合いに入り込む、悠。下段から紅炎を振り抜き、トールの腰を捉えて頭上へと打ち上げる。
 息が詰まるトール、落下してきたそこにはミリハナク。
「ごめんあそばせ?」
 ハミングバードが肋骨の間に抉り込む。
 そのまま、トールの正面――今度は、ケイ。
 ゼロ距離からのアラスカとエネルギーガンの、息つく間さえない連射。熱くなる肺、直後に背中に走る鋭い痛み。
 悠の――剣撃。
 舞う銃弾と刀身が、トールが床に伏すことさえ許さない。
 それらがぴたりとやんだとき、離れた場所で銃声と歌声だけが響き、それもやがては消えていく。
 UNKNOWNが銃を降ろし、ミスティアがもうキメラが来ないことを確認する姿を見ながら、トールはようやく床に崩れ落ちた。

「‥‥果てるところは見られたくない。行ってくれ。あとで俺の遺体を回収してくれればいいから。安心しろ、迷宮を爆破するようなことはしないから」
 息絶える直前とは思えないくらい、トールは滑らかに口を動かす。
 皆は無言で顔を見合わせ、そして誰からともなく頷いてトールに背を向ける。
 ふいに、トールがUNKNOWNを呼び止めた。
「そこの男」
「‥‥なんだね?」
 振り返り、UNKNOWN。
「煙草、持っていないか。できれば一本、最期に吸いたい」
「‥‥ふむ」
 UNKNOWNは暫し考えたのち懐から煙草を取りだし、火を灯した一本を彼の唇へと挟みこんだ。
「高級品だな。ありがとう」
 その言葉に頷き、UNKNOWNは再び背を向けて皆の元へと歩いていく。
「――さて」
 トールは彼等の足音に耳を傾ける。
 彼等は果たしてどれくらいで地上に出るだろうか。
 用意周到で、聡明な彼等のことだ。十五分もあれば充分か。
「十五分かけて、吸うとするか」
 そしてトールはどこか満足げに笑って、瞼を閉じた。

 帰りは、楽だった。
 キメラは主が倒されたことで全て迷宮のどこかに逃げ去ってしまっていた。
 マッピングの正確さと、ミスティアのバイブレーションセンサー。迷うことなく地上へと。
 外で待っている軍へと報告を始めると、微かに地面が震えたような気がした。そして耳を澄まさなければ聞こえないほどの、深い場所での爆発音。
 何が起こったのか――皆はすぐに悟る。
 だから煙草を求めたのか、と。
「煙草は、うまかったかね?」
 言いながら、紫煙をくゆらせるUNKNOWN。
「負けを認めながら最期までそれを顔には出さなかった。どこまでも厭になる」
 しかし、その言葉とは裏腹に、悠は真っ直ぐな眼差しで地を見つめている。
「きっと彼は満足したのですわ。‥‥最期は笑ってましたもの」
 ミリハナクは地下での対峙を振り返る。見送る彼は、確かに笑顔だった。
「‥‥もう、振動は感じられません。本当に『終わった』のでしょう」
 バイブレーションセンサーをするまでもない、地に手を触れるだけでそれが伝わる。ミスティアは静かに皆に告げた。
 リズィーは腕の中のメリッサを見つめ、かつて出会ったヨリシロの女を思い出す。
 ――グロリアも、炎の中に消えた。
 胸の前で十字を切って瞼を伏せる。敵も、味方も、その多くが消えていく。
「早く‥‥終わらせなきゃ」
 そう呟くと、透き通った歌声が耳に届いた。
 皆がその声を振り返る。そこには――ケイ。
 響く彼女の歌声は、地下へと、深い闇へと、吸い込まれていく。
 それは、鎮魂歌。
 満足して散ったであろう、トールへの――。