タイトル:【CO】静かなる声マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/14 04:31

●オープニング本文



 アフリカ、ザンビア北部。
 ムフリラ、キトウェ、ヌドラ、ルアンシュヤといった都市が集中するこの地方に、バグアによる侵略が行なわれた後もう一つの特徴が加わった。

「‥‥無茶しやがるぜ、まったく」
 ジークルーネの艦橋で、ウルシ・サンズ中将は呆れたように肩を竦める。
 尤も「無茶」を、人類がアフリカに踏み出す切っ掛けを作った彼女に言われる筋合いはないだろうが。

 転戦に転戦を重ねたジークルーネは、今度はそのザンビア付近にまでやってきた。
 そこで斥候に出ていた部隊が、荒野で行き倒れている男を見かけたのである。
 アフリカでよく見かけるサイボーグと思しき部分もなく、ただの強化人間にしても何もない場所で行き倒れているとは考えにくい。民間人として、ジークルーネはこれを保護した。
 幸い、倒れてからまだ時間がそれほど経っておらず、医務室で安静にさせていたところ目を覚ましたが――。
 どうして倒れていたのか。事の経緯を尋ねると、男は驚くべき事実を口にしたのだ。

 4つの都市に囲まれた地域に、大規模なサイボーグ生産施設がある――。
 人類の手が徐々に南へ伸びてきたことを知り、彼は仲間とともに脱走を計画・実行したのだという。
 結果的に成功したのは、男一人だけだったが。

 周辺を囲む都市にも防衛網が張られているなど、攻略するのは容易ではない場所であることは確かだ。
 しかし男の証言により、肝心の施設の全容はほぼわかっていると言ってもいい。
「ここは叩いておくべきなんじゃないですか」
 空戦部隊隊長ヨアン・ロビンソン中尉の進言に、サンズは一つ肯く。
「そうだな。だが、如何せんジークルーネは目立つから施設には乗り込めねえ」
「‥‥それに、男性の証言を聴くにまだサイボーグ化されていない民間人も多数居るはずです。その人たちを無視することも出来ません」
「先に生身で侵入して、生産プラントを爆破しつつ民間人救出。
 脱出した後で爆撃、っつーことでいいな」
 副官である朝澄・アスナ中尉の言葉を受け、サンズは最終的な作戦を決定した。
「それまで俺たちは、餌だ。精々防衛網とやらをかき乱してやろうぜ」


「サイボーグか‥‥」
 サイボーグ生産プラント、その見取り図を頭に叩き込みながらアレクサンドラ・リイは呟く。
 これから捕虜に扮し、プラントへの侵入を図るのだ。目的は、人質の解放と生産機構の爆破。それぞれを果たすべく、収容される人々に紛れ込む。
 リイに課せられた任務は後者――生産機構の爆破だ。
 そのための爆薬も軍から受け取っている。成功すればこのプラントの生産機構は再起不能になるはずだ。
 だが、いくら捕虜に扮するとは言え、いつかは正体がばれるだろう。それがいつになるのかは、自分たちの行動次第といったところか。どちらにせよ、施設の研究者やその護衛であるサイボーグとの戦闘は避けられない。
 もし自分たちが手間取れば――そして失敗すれば、人質を救出するための別動隊に影響が出る可能性は高い。決して失敗は許されず、速やかな任務遂行が求められる。
 ふいに、妹の姿が脳裏を過ぎった。
「ヴィクトリア――」
 ヴィクトリア・リイ。今はヨリシロとなり、プロトスクエアの青龍を名乗る存在。
 生前は遺伝子工学を専攻していた。彼女の知識はこのサイボーグ技術に応用されているのだろうか。されていなくとも、彼女の立場を考えれば配下の者がいてもおかしくはないかもしれない。
 プラントではより強力な――肉体的にも精神的にも――サイボーグを生み出すべく研究も行われているはずなのだから。
 ――研究者か、護衛か。
 しかしリイはそこで考えることをやめた。それらの可能性を考えれば私情に流されそうになる。それだけはあってはならない。「妹」に関係する存在がいたとしても、それはそれだ。自分は、任務を全うするのみ。
 軽く首を振り、ちらりと鏡を見る。
 ――綺麗に染まっている。
 頷き、今度はカラーコンタクトを装着。
 軽くウェーブをかけた黒髪とブラウンの瞳。
 随分と印象は変わった。一見しただけなら、リイだとはわからないだろう。
 捕虜に扮して潜入するのはいいが、ヴィクトリアの姉であるリイの顔はバグアに知られている可能性が高い。扮する以前の問題で、それなりの変装が必要だった。
「あとはその目つきをどうにかしろ」
「それは無理です」
 いつの間にか上官が後ろに来て鏡を覗き込んでいた。リイは鏡から離れ、むっつりと言う。
「本当にあのヴィクトリアの姉なのか? お前」
「私は忌々しいことに父親似なので。ご存じでしょう?」
 リイは上官を睨み付けた。しかし上官は気にすることなく、笑う。
「‥‥まあ、今のお前に言う必要はないと思うが‥‥無茶だけはするなよ」
「わかっています」
「それから、その写真」
 上官はリイの私物である手帳を指さす。
 手帳にはいつも一枚の写真が挟まっている。それは、以前リイが帰省した際に見つけた、湖の写真。ヴィクトリアの日記に挟まれていたものだ。
「その湖、つい最近見た」
「‥‥え?」
「どこで見たのかは忘れたが、資料を整理していて似た湖の写真を見た」
 上官のその言葉に、リイは胸のざわつきを抑えられなかった。
 資料を整理――このアフリカで整理するものなど限られている。つまり、上官が見た写真の湖はアフリカにあるということだ。
 生前、アフリカに焦がれていた妹。その湖に何かがありそうな気がする。
 しかし今は忘れよう。リイは手帳と見取り図を持って立ち上がると、軍服を脱ぎ始めた。捕虜に扮するために着替えるのだ。
「お前、俺がここにいること忘れてないか」
「‥‥あぁ、忘れてました。着替えるので出て行ってください」
「その様子なら大丈夫そうだな」
 上官は苦笑し、リイの着替えを見ないように出て行く。
 リイは手早く着替え終わると、もう一度施設の見取り図を確認する。
 敷地は大きな正方形となっており、左半分は収容施設、右半分は訓練場になっていた。
 プラントはそれらの施設の中心に、全敷地より二回りほど小さい正方形の建築物として存在する。そこに到達するまでのルートも記されているが、ほぼ間違いなく警備に当たっているサイボーグがいるはずだ。
 彼等は、捕虜となった人々が改造を施された存在。
 これまでリイが戦った相手は、自ら望んでサイボーグになったと思われる者達ばかりだった。だが捕虜という言葉が示す意味を考えると、喉のあたりがちりちりと焼けるように痛い。
 ――望まずにその姿になった者達も、いる。
「‥‥なんとしても、生産機構を破壊しなければ」
 リイは声を絞り出し、見取り図を握りつぶした。

●参加者一覧

風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
フラウ(gb4316
13歳・♀・FC
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
ミスティア・フォレスト(gc7030
21歳・♀・HA

●リプレイ本文

 静かなブレーキ音と共に、「捕虜」たちを乗せた車輌は施設へと到着する。
「ほんと汚れ仕事ばっかりだな、だが楽しめそうだ」
 湊 獅子鷹(gc0233)は、車のシートに隠しておいた獅子牡丹とショットガン20を出すと、ショットガンと腕に装着した防御用義手『アイギス』を交換する。軍から貸与された変装用の布を身に纏えば、それらは綺麗に隠れた。
 皆、同様にして武器を変装のどこかに仕込んでいる。
 風代 律子(ga7966)はアーミーナイフとハンドガン、そして無線機を両足首に巻き付け、ズボンで見えないようにした。
 狐月 銀子(gb2552)はペンサイズの小型超機械αをポケット、非起動時は筒でしかない機械剣「SCLB−X」は服の下に。
 フラウ(gb4316)は下腹部や大腿部に熱めに巻いた包帯の内股側や、下着の中に各種アクセサリーや、厚紙の追加で消音を施した名刺手裏剣、小型超機械α、それから小型のペンライトを隠す。包帯は血糊で負傷を偽装し、松葉杖も持参。
 そしてミスティア・フォレスト(gc7030)は、防具の類を服の裏地に縫い込み、超機械「スズラン」や小銃「S−01」、そして爆弾などは怪我人を装ったギプスや松葉杖に仕込む。
 アレクサンドラ・リイは皆に見取り図を渡した。すぐさま脱出ルートの選別が行われる。
「プラント内部はわからないが、この図である範囲内での最短はこのルートか」
 いくつかルートを出し、そのなかで最短のものを特定するフラウ。
 そしてそれぞれの適性と行動の志向性を勘案した連携、特に奇襲への即応、警戒の方向や対象の分散に拠る死角補完を重視する旨を皆と徹底し合う。
「別動や逸れた際はルート上を目指すことで合流‥‥でいいわね?」
 銀子が言うと、皆は無言で頷いた。
「正体がばれるまでは極力目立たないようにして、少しでも目的地に近付きたいわね」
 脱出ルートや、プラントまでのルートを指でなぞりながら、律子。
「廃熱や配電の位置はこのあたりではないかと‥‥推測されます」
 ミスティアはロス軽減の参考にと、地図に印を付ける。脱走した男からの情報や、見取り図の外装、それらから推測したものだが、恐らくは実物と大きな差異はないだろう。
「そろそろ、行こう。人々が移動を始めた」
 ウィンドウから外を確認し、リイが促す。
 そして一同は静かに車輌から降り、捕虜の列へと加わった。
 俯き、うつろな表情で施設へと歩かされる者達。その歩みは決して速くはなく、重い。
 プラントへのルートはいくつかあり、今から向かうのは収容施設に入れられずに直接プラントへと連れて行かれる捕虜が出入りする扉だ。
 見張りなのか、腕が機械でできている男が扉の脇に立ち、一同を待つ。
 それを一瞥するのは銀子。
 彼はどういった経緯で力を得たのだろう。
 戦いを望み、そのために力を与えられるのなら理屈は通る。
 しかし、望まぬモノが力を与えられ兵器とされるのなら――それを認めない。
 そういった相手に、力は使いたくない。
 ――それが、本音だ。
「お前たちはこの扉の向こうに行け。担当者がいる検査室までの道順は教える。そこで改造前のチェックを受けろ。案内はしない。お前達のなかに顔見知りがいたら嫌だからな」
 男はそう言うと、道順を淡々と説明する。そして扉を開き、一同を奥へと進ませる。
「我々の顔を見ようともしなかった」
 閉まっていく扉を、フラウはじっと見つめる。
「顔見知りがいたら嫌‥‥ですか」
 呟く、ミスティア。確かに、知っている者がサイボーグにされることなど知りたくないだろう。
 そう――男が、元は捕虜だったとしたら。
 少しのあいだ、重い沈黙。
 それを打ち破るように、律子が前を見据えて言った。
「‥‥皆、任務を成功させて必ず生きて帰るわよ‥‥!」

「‥‥監視カメラ、多いわね」
 眉を寄せる銀子。カメラはあるが、見張りや警備はまだいない。
 検査室はプラントの内部にあり、事前に得ていたプラントまでのルートはそれとほぼ一致した。唯一違う点は、検査室に到着する手前の分岐のみ。
「そこまではカメラに映っても直ちに影響は出なさそうかな。問題は分岐を越えてから‥‥ね」
 銀子が言い、一同は慎重に進む。
 問題の分岐、左へ行けば検査室。真っ直ぐ行けば、プラント。
 ここにも見張りはいない。迷うことなく、直進。フラウが名刺手裏剣で、死角からカメラを破壊していく。
 ほどなくしてプラントへ続く扉に行き当たった。ロックされている様子はない。
 ミスティアはバイブレーションセンサーを発動する。
「全てのバグアの先手を潰し、全ての人類の希望を通す。僅かな響きも逃さない‥‥」
 床に捉えた振動のなかに、何らかの設備と思われる規模のもの。距離は約三十メートル。
「リイ殿は、何か聞こえますか」
「‥‥地下から、機械音。ミスティアが捉えたものと同じかな」
 ミスティアに問われ、リイは耳を澄ました。
 プラント――しかし内部は広く、ここから分岐が増える。磨いて鏡状にした名刺手裏剣を曲がり角でそっと出すフラウ。進行先の様子を確認するのだ。
「‥‥いるな、見張り」
 鏡を覗き込み、獅子鷹。右ルートは異常ない。左ルート奥に見張りの男。
「その向こうに、誰かが歩いていると思われる振動が」
 と、ミスティア。
「足音が近付いてきているようだ、我の耳にも届く」
 フラウが耳に手を当て、鏡の様子を見る。
 迷うことはない、左へ行くのが正解だ。この先にプラントの生産機構、その中枢がある。そして、左へ。
「お前等、ここから先へは関係者しか通れない。道に迷ったのか? さあ、戻れ戻れ。検査室はこっちじゃない」
 見張りの男が早口でまくし立てる。
 どうにかしてここを抜けたいが――。一同がやや後退しかけたとき、奥から研究者のような女が駆けてきた。
「監視カメラがいくつか破壊されたわ! そいつらを捕まえなさい!」
「‥‥な‥‥っ」
 男は目を見開き、皆に向き直る。
「バレたわね」
 律子が静かに拘束を外し、ショットガンで男の右肩を狙撃。鈍い音、機械の部位か。
「さてお楽しみだ、始めようか」
 獅子鷹もまた、同様に。放たれる銃弾は男の頭部へとねじ込まれていく。
「何をしてるの! 早く侵入者を捕まえるのよ!」
 女が甲高い声で指示を出す。頭部から血を流すものの、男はまだ立っている。長剣を抜き放ち、振り回した。
「遅ぇよ」
 ショットガンをアイギスに交換、獅子牡丹を構え直した獅子鷹、敵の太刀筋を見切って側面から流し斬り。長剣の刀身を撫でるように滑り、脇下へと。
「行って!」
 律子が叫ぶ、同時に他の四人が奥へと駆ける。
「このまま、真っ直ぐ。近付いてくる震動が」
 ミスティアが進行方向を指さす。そこには、階段。武器を構えて飛び出してくる男たち。
「銀子、これ持っててくれ。すぐ合流するから」
 敵数を見て、リイが銀子に爆弾を預ける。隠していた剣を抜き、敵の懐に入り込む。
 視界の端、律子。
 律子は二人の男を相手取り、その脚力で翻弄していた。律子が駆け抜けた脇から、獅子鷹。
 脇を狙って獅子牡丹を一閃すれば、硬い感触と柔らかい感触が交互に来る。
 銀子、フラウ、ミスティアが地下に続く階段を駆け下り始めた。
「そいつらを止めて!」
 ヒステリックな声、後方から女が追いかけてくる。
 巨大な吹き抜け、人類のそれとはやや違う形状の、あれは手術台だろうか。それから、培養液のようなもの。なにも入っていないが、檻もある。
 あとは、コンピューターの類と思われる機械類、研究者と思われる「人間」が複数人。
「なんなの! なんなのよ!」
 ヒステリーは続く。
 それを追い越す、獅子鷹と律子。続いて、リイ。
 反射的に立ち止まり、座り込んでしまう女。恐る恐る後ろを振り返れば、四人いたはずの男は全て倒れていた。
 男たちは決して弱くはない。しかし奇襲によって完全に侵入者のペースに呑み込まれてしまっていた。
 階下に到達した一同は、爆薬の設置を始めた。
 設置中は獅子鷹が周囲警戒をする。右手で肩に担いだ獅子牡丹、そしてショットガン。研究者たちは動けない。やめてくれと叫ぶ者、見限って逃げ出す者。
 フラウは、搬入、搬出口の配置とライン生産の可能性を元に機器用途と作業動線を推測の上で、可燃性や爆発生の高い設備等を確認し、そこに爆薬を設置していく。
「ここに設置すれば‥‥内部自体を少し破壊できるか」
 壁と機械の一部が共に破壊できるようなポイントには、楔のように設置。上手くすれば天井が崩落し、被害拡大も狙える。
「制御室、動力部、本体‥‥ここに集約されているようですね」
 ミスティアが周囲を見渡す。これは破壊のし甲斐がありそうだ。
 そして爆破後に連絡するために無線を確認。だが、妨害電波でもあるのか、無線は使えそうになかった。
「んじゃ、仕上げと行きましょ」
 銀子はリイから預かっていた爆薬を渡すと、フラウやミスティアの指示に従って次々に設置していく。
「来るわよ!」
 律子が叫ぶ。制御スペースの脇の扉から、サイボーグが次々に駆け込んできた。
 律子はショットガンを構え、天井の照明を破壊し始めた。灯りがなくなるのはこちらにとっても不利かもしれないが、敵の視覚を遮りたい。
 幸い、起動している機械から漏れる灯りが周囲を仄かに照らしている。
 すぐ近くで敵のひとりが銃を構える姿が微かに見え、獅子鷹はそこから飛び退り、ショットガンで胴を狙う。銃声は、ふたつ。同時に自身の脇腹も抉れる。
「残念だな‥‥これくらいじゃ、倒れない」
 獅子鷹はどこか平然とし、次の銃声。
 だが両側から別の敵にハンマーで狙われる。獅子鷹は転がって回避するが、背を打ち据えられて膝を突く。ぎり、と奥歯を鳴らしたとき、耳元で誰かが囁いた。
「未来ある若者のために戦うのはお姉さんの義務だし、ね」
 笑む、律子。瞬天速で駆けつけてきたのだ。
 そのまま高速機動と連舞剣、律子は滑らかに両側の敵の手足の腱を断つ。
「じゃ、またあとでね」
 そう言って、再び瞬天速で離脱、攪乱行動に戻っていく。
「リイ、これよろしく!」
 今度は銀子がリイに爆薬を託し、竜の翼にて敵のひとりに接近、超機械で一瞬だけ敵を怯ませる。
「小型だけど、それなりにダメージ来るでしょ?」
 軽く超機械を振ってみせる銀子。
 そのあいだにリイは託された爆薬の設置を進め、そして必要とされる全ての設置が完了した。
 そして直ちに皆は撤退を開始、階段を駆け上がる。階上に出てから爆破では、爆薬を撤去されてしまう可能性もある。すぐにでも爆破しなければならない。
 獅子鷹とリイが先頭、次いでフラウとミスティア。殿を律子と銀子。
 カウント、そしてリイが手元の小さなスイッチを押す。
 爆音と、背を焼くように突き上げてくる熱波や爆風。それらが皆の身体を裂くこともあるが、気に留めてはいられない。次いで、轟音、悲鳴、階段を駆け上がる白煙と黒煙。
「ゆるさない!」
 階段の途中、待っていたのはヒステリー。
「大事なプラント、大事な地位、どうしてくれるの!」
 大事な地位――敵の幹部だろうか。ミスティアが観察するが、彼女はひたすら混乱しているだけだ。
 一同は一瞥しただけで階段を上りきる。直後、階段も崩れ落ち、女の悲鳴が轟いた。

「捕らえろ――!」
 脱出を阻もうとそこかしこから湧くサイボーグたち。別の場所からも激しい音が聞こえるのは、恐らく人質解放に向かっていた者達だろう。
「どいてください‥‥」
 出会い頭に、ミスティアの呪歌が炸裂。動きを止めた敵に、獅子牡丹が降る。
「悪く思うな、俺も死ぬ気はないんでね」
 頭上から振り下ろされたそれは、敵の頭を叩き割る。そして獅子鷹は姿勢を低くして駆ける。
 進路上の敵へと、流し斬り。脚部を狙われバランスを崩した敵を、踏み越えるようにして進む。
「邪魔だ」
 分岐を曲がると、壁となって立ちはだかるサイボーグたち。獅子鷹の狙撃が中央の二人を止める。そのまま突き進み――獅子牡丹。
 脇道から来る敵に気付いたフラウは、迅雷で接近、名刺手裏剣を狙いを定めて放つ。頸動脈を切断とまではいかなかったが、敵の虚を突くには充分だった。そのまま懐に入り、もう一度。
「首は機械化してなかったのか」
 人間らしいところを残そうとしたのだろうか、フラウはふと考えながら、踵を返す。
 はるか後方、響く銃声。
 律子が追いすがってきた敵へと発砲したのだ。それを抜ける敵には、銀子。
 機械剣を発動、捕まえようと伸ばされた腕を弾く。それでも掴みかかろうとするが、銀子は幾度となく弾き続け、そのうちに敵は膝を突いてしまった。
「御邪魔しました、ってね。見送りは要らないわよ?」
 軽く肩を竦め、言う。見送りじゃなく、ついてこなくていいと言うべきだっただろうか。
 すぐに次の敵が追いかけてくる。「しつっこいなあ」、銀子は振り返り、今度は超機械で軽く痺れさせた。
 そんなことを繰り返しながら銀子と律子は駆け、先を行く仲間を竜の翼や瞬天速で追いかけていく。
 もう少しで、出口だ。
 だが、当然のようにそこで待ち受けるサイボーグたち。
「目を閉じてください‥‥」
 ミスティアが皆に告げる。放つ、閃光手榴弾。視界を奪われた敵を、獅子鷹とリイが薙ぎ払っていく。
 人垣を抜け、扉。しかし固く閉ざされ、開かない。
「爆破するべきか‥‥?」
 フラウが言う。こういうときのために、爆薬をひとつ残しておいた。
 だが、その直後。
 静かに、静かに、扉が開いていく。
「‥‥お前、だったのか」
 扉の向こうにいた人物に、獅子鷹は息を呑んだ。
「派手な音が聞こえたから‥‥。お前たちがやってくれたんだと‥‥気付いた」
 それは、最初に出会った男。彼はそっと両腕を上に挙げた。
「‥‥投降するということですか?」
 ミスティアが問う。これまで出会ったサイボーグのなかで、明らかな元捕虜で投降しそうな男は彼だけだった。
 男は頷き、微かに笑む。
「‥‥できれば、違う形で会いたかったわね」
 律子が思わず吐息を漏らす。こんな形ではなければ、この男ともっと色んな話ができたかもしれない。
 プラントのほうからは、まだ爆音が響いている。連鎖的に爆発が起こっているのだろう。無線も通じるようになった。
 これで、ここでサイボーグが生み出されることは二度とない。捕虜となっていた者達も、全てではないだろうが解放されていく。
「‥‥んでも、既に改造されてるって子も、いるのかもしれないわね」
 銀子は目を細める。
 遅かった、とは言えないけれど――。
 これは未来の不幸を潰しただけで、過去の不幸は少しずつ解決するしかない気がする。

 地下の爆発は階上へ至り、どこからか煙が外へと立ち上る。
 黒煙と白煙。未来の不幸と、過去の不幸。
 それらが全て潰れ、解決したとき――この煙たちは消えるのだろうか。
 皆はじっと、空に吸い込まれていく煙を見つめていた。