●オープニング本文

●
　プロトスクエアの玄武。
　神出鬼没の捕食者（プレデター）、蟲型バグアのメタ。
　彼女率いる直属戦隊の真髄は、暗殺・破壊工作・情報操作にある。どこにでも現れて、どこへでも消えて行く。隠密性も索敵能力も高い。意に沿わぬ人間だろうと、恐怖で蹂躙し、時に鞭を、時に飴を与えて駒にする。
　勿論、如何にバグアが強いと言えど、能力者とてそう引けを取るものではない。とはいえ、その絶対数は少ない。本当に少ない。こちらが対抗するには、敵の主戦力の現れる場所に合わせて切り札を配置するしかない。
　しかし、メタとその配下は、隠密性故に出現位置が特定できない。数の少ない傭兵や軍の能力者をピンポイントで要撃に回すことも出来ず、手をこまねいているのが現状だ。
　――否、だった。
　ＵＰＣ欧州軍は当方面において、地域の奪還という以上に、これ以上のゲリラ戦による混乱と消耗を避け、来るべきピエトロ・バリウスとの決戦において最大戦力を発揮する為の方策を打ち立てた。
　メタというのは、突き詰めればアサッシンだ。狙いは必然的に要に限定される。ならば、その的自体を一気に増やしてやる。継戦も防御も度外視し一斉に強襲をかけることで敵の標的自体を増やし、逆に敵本隊を手薄にし、連携を丸裸にし、本懐たるメタを短期間のうちに発見・討伐すると言うのだ。
　いたずらに戦力を無駄にしない為のリスキーギャンブル。互いの手にはリボルバー。籠められた弾丸は互いに一発。脳天を貫いた方が勝ちのシンプルなルーレット。チップは命。
　次に放たれる弾丸は――

●
　――周囲には、息を潜めた獣。
　機械化したそれらに、獣臭というものがあるのかどうか。そんなことは知らない。
　だが、機械であろうとなかろうと獣であることには違いない。
　彼等はじっと、こちらが動くのを待っている。
　半径五メートルほどの位置に円状に突き刺しておいたナイフたちが、こちらのテリトリーを示す。ナイフには、彼等の仲間を抉り付けた証である赤黒い染み。だからこそ、彼等はこちらを警戒してそこから入ってはこない。自分たちより弱い獲物だと思われているのか、それとも手強い相手だと思われているのか、それはわからない。だが、こちらの出方を待っていることは間違いない。
　それにしても根気のいい。この極限の緊張状態はもう二十四時間以上続いている。
　部下たちは逃げ延びただろうか。逃げ延びて、基地へと増援を依頼してくれているだろうか。
　獣たちの数は圧倒的で、数体を倒すので精一杯だった。
　ここで部隊が全滅してしまえば、メタの討伐を目指す欧州軍にとっても打撃だろう。もっとも、こんな末端の部隊が全滅したところで、最前線への影響は小さなものかもしれない。だが、どれほど小さかろうと、足を引っ張るわけにはいかなかった。
　だから――増援を呼ぶために自身が囮になり、部下たちを逃がした。自分はここで命を落としてもいいと思っていたが、まだ生きている。
　幸いにも水と食糧が少しだけ手元にある。このテリトリー内であれば、それらを口に含む余裕はある。無線はあるが、増援の報せが入るまでこちらから使うつもりはない。
　二十四時間のあいだに、わかったことがある。
　それは、獣のなかにボスとも言える個体が三体いること。獣の種類も三種、それぞれに統率する個体がいるわけだ。恐らくそれらを斃せば、他の獣たちは統制を失って集団の弱体化、若しくは退却していくだろう。
　最優先して斃すべきは、三体。
　そのためにも今は、ここでじっと部下たちを待つしかない。

●
　欧州軍の基地に、ある末端部隊から増援の要請が入った。
　南アフリカの国境付近で調査活動を行っていたが、機械化キメラの襲撃により部隊が危険に曝されているという。しかも隊長がひとりで囮となり、隊員を逃がしたというのだ。
　ただちに傭兵を募り、現地に派遣することとなったが――。
「隊長の名は？」
『‥‥ジ‥‥、ジ‥‥、すみません、思い出せません。誰か隊長の名前知ってるか？』
　確認するために基地の士官が問うと、通信機の向こうからはざわざわと囁きあう声。知らない、忘れた、そんな言葉が漏れ聞こえる。
「どういうことだ、お前たちの隊長だろう」
『どんなときでも、親しみを込めて隊長って呼んでいるので‥‥。そ、そちらに資料とかあるでしょう？』
「お前ら‥‥。それじゃあ、隊長が不憫だろうが。お前たちのために囮になったんだろうに」
『‥‥すみません』
「その、ジ‥‥まあいい、隊長を救出したら、絶対に名前を覚えてやれ」
　士官は溜息を漏らす。
　そうしているあいだにも、増援として向かう能力者たちが集まってきた。士官は通信を切ると、能力者たちの確認作業や状況説明、各種手続きを慌ただしく始める。
「‥‥だが、親しみを込めて『隊長』と呼び続けられているっていうのは‥‥ある意味、幸せな男かもしれんな」
　名前よりも、「隊長」という言葉が最も似合うのだろう。末端部隊で、地味な男だったと記憶しているが、部下からは本当に慕われているようだ。
　部下を逃がすために囮となった男。そのお陰で、部下たちに命を落とした者はいないという。重傷を負って動けない者はいるが、命に別状はないらしい。
　――増援が行くまで、無事でいろよ。
　士官は名も知らぬ男を、心の底から案じた。

●参加者一覧

●リプレイ本文

「無理に敵と戦う必要はない。まずは合流を優先しよう。焦らず確実に隊長のもとへ案内してくれ」
　月野　現（gc7488）は隊員たちに言いながら、探査の眼を発動する。罠、そして奇襲。それらを今受けるわけにはいかない。
「必ず助ける‥‥」
　終夜・無月（ga3084）もまた、全感覚や全神経を研ぎ澄まして先へと進む。
　一同は警戒しながら静かに進んでいく。
　あと数百メートルです、そう隊員のひとりが告げる。目視で確認するには少し辛いが、木々や下草の隙間に獣と思われるなにかが揺れた。
「さぁ隊長さんを助けよー！」
　エレナ・ミッシェル（gc7490）が隊員たちに笑みを向ける。
「でも名前覚えてもらえないってなんかさびしいよね。隊長さんには秘密にしとこ？　ね？」
　その言葉に隊員たちは激しく首肯した。
　ゆるりと距離が縮まっていく。もういつ敵に存在を悟られてもおかしくはないだろう。
　豹、たてがみのない獅子、そしてゼブラ。その姿がはっきりと確認できる。
　一同は静かに、それぞれの持ち場へとつく。
　キア・ブロッサム（gb1240）の表情は、微かに厳しいものとなっていた。しかし、傍目からはわからないくらいの、微かな変化。
　しかし彼女の心中はそうではなかった。
　先だっての作戦において、深い傷を負っていたキア。
　ここに来る前に傷は癒えた。今回の作戦に支障はない。
　だが初の経験と、仕事へのプライドを傷つけられたこと――そこに感じる、自身の甘さ。
　燻る感情が、そこにある。
　その様子をじっと見つめるのは立花　零次（gc6227）　　　
　彼女に抱く感覚は、信頼というものなのかなんなのか。同じ小隊、しかしここの隊長や部下たちとは全く異なる関係だ。人としての尊敬、憧れに近いものを感じることもある。
　だが、同じ戦場に立つ今は――ただ、信頼を。
　彼女の放つ銃弾の中になら、躊躇なく踏み出して行ける程に――。
「ご武運を‥‥。キアさんのことですから、あまり心配はしていませんがね」
　キアの背に、言葉を、そして信頼を投げる。
　彼女は立ち止まり、振り返らずに言う。
「貴方は‥‥ベストな結果を‥‥。私はその上を返します、から‥‥」
　最近の緩んでいた空気を引き締める意味を込め、半ば自身へと聞かせるべく紡ぐ言葉。
　零次とは仕事上の仲間とはいえ長い付き合い。彼が誘導に向かうならば頼りにするつもりだ。それ以上は何も言わずに軽く手を振り、待機に入る。
「はー、隊長さんはまた随分と動物に好かれてる人みたいだね？　ま、流石にこの数は手に余るだろうし、害獣はさっさと駆除しようか」
　大神　哉目（gc7784）はざっと獣の数を数えていく。事前の情報通りの数だ。
　隊員へと向き直り、問う。
「どんな無線、持ってる？　いきなり音が出るタイプ？　イヤホンみたいに外に漏れないタイプ？」
「後者です」
「じゃあ敵の注意を惹くために閃光手榴弾使うから、気をつけておいてくれるかな。照明銃も使うと思う」
　哉目は皆に使用を伝え、閃光手榴弾を手に持つ。
「‥‥あそこか」
　獣たちの向こう、隊長と思われる人影を確認する時枝・悠（ga8810）。
　――無線に敵が反応してもなんだし、伝達事項が無ければ直ぐに近付いても問題ないかな。
　それは隊員たちも同様のようだ。距離的には閃光手榴弾も隊長に影響を与えないだろう。じりじりと、確実に距離が近付いていく。
「壊すべきモノを壊し、守るべきモノを守る。いつもの仕事だ。いつも通りに片付けよう。‥‥折角『隊長』が頑張ってくれたんだ。このまま死者ゼロで終わらせようか」
　意思疎通のためにもと、事前に目を通した資料で「隊長」の名は知っている。だが、敢えて「隊長」と呼ぶ。
　それは、立場のある相手には敬称で呼ぶべきとの判断からだ。
　一同は、隊長救出へと作戦を開始した。

　風下で待機するのは、キアや現を含む救出班。
　誘導班がキメラを誘導するのをじっと待つ。
　合図をし、閃光手榴弾のピンを抜く哉目。そして――。
　周囲が一気に殺気に包まれる。
　もっとも閃光手榴弾に近く、影響を受けた獣たちはその場で立ち往生する。だが影響を受けなかった個体が次々に地を蹴った。
　一閃する明鏡止水、零次がゼブラの脚に赤い筋をつける。勢いだけが空回りし、地に倒れ込むゼブラ。
　その巨体を飛び越えるように迅雷で駆け、旋棍「輝嵐」を次のゼブラへと下段から薙ぎこむのは哉目。関節に衝撃を受け、絡まる四肢。しかし機械の硬い衝撃が哉目の腕に伝わっていた。
　駆けつけ、哉目の輝嵐に合わせて刀を振るうエースアサルト。
「部下の人達も頑張るのは良いけど無茶しないようにね」
　哉目は言う。
「隊長助けるって目的果たして、自分も無事に帰るまでが仕事だよ？　んで、帰ったら私にゴハンを奢って欲しいです」
「――わかりました、約束しましょう」
　微かに笑みを交わし合う哉目とエースアサルト。両側から挟み込むようにして抉り込んだ攻撃が、ゼブラの後脚を砕く。
「ボスらしき個体はまだ出てきていなさそうだ」
　悠は紅炎を豹の開かれた口へとねじ込んでいく。それをどうにかしようと、爪で悠の左腕を裂きにかかる豹。鋭い爪先にそこが刃となっていることを悟る。
「‥‥痛い。もっと痛くしてあげようか」
　言いながら、開かれたままの口へとオルタナティブM。がちりと喉の奥から金属音、しかし衝撃で豹は一瞬動きを止める。
　紅炎を抜き、身を捻る。背後に回り込んだ別の豹へと遠心力で薙ぎ入れていく。肋骨の間に、刀身が入り込む。
　思いのほか深い傷、その匂いに惹かれる獅子。しかしそれを零次が超機械「扇嵐」で阻止し、すぐさま練成治療で悠を癒す。
　零次は明鏡止水を持ち直して戦況を見る。徐々に、徐々に、隊長のいるポイントから引き離されていく獣たち。隊員のエースアサルト、ファイター二人、そしてハーモナー。彼等も大きく立ち回る。
　視力の戻った獣が、こちらへと鼻先を向けた。すかさず響くのはほしくずの唄。同士討ちを始め、数体が戦線離脱していく。
　そろそろ行けそうですね――零次はちらりと救出班を見る。
　頷き、最初に地を蹴るのは隊員たち。そして現が続き、最後はキア。零次に一瞬だけ目線を向けて。
　戦闘音に紛れ、救出する旨を隊長へと無線で告げる隊員。隊長からはコツコツと無線を軽く叩く音が返ってきた。
「部下のために命懸けの行動とはな。大した心掛けだ」
　現は近付きつつある隊長の姿を確認すると、ひとりごちる。
　部下の信頼を得るに相応しい男、彼を損失するのは人類にとって重大な損失だ。必ず救出して、部下と一緒に生の喜びを味わってもらいたい。
　――もう、目の前で誰かを奪われたり失うのを見たくない。
　知らずのうちに、奥歯がぎり、と音を立てる。
　救出班の動きに、豹が数体反応した。すぐに踵を返すようにして陣形を作り、追いかけてくる。
　キアの拳銃「バラキエル」と、そしてイェーガーの先制となる銃撃。さらには現の制圧射撃で弾幕を張る小銃「ヴァーミリオン」。
「動物の癖に連携が取れているな‥‥。だが、連携が取れるのはこちらも同じだ」
　知恵比べでキメラに負けはしない――そう言わんばかりに弾を吐き出すファンシーな銃身。
　そしてエースアサルトとガーディアンが猛攻に出る。だが豹の数は五体、この状況下では多い。
「――進路打開を」
　数を把握し、前衛へと呟くキア。言い終えるより先にスコーピオンでの制圧射撃。僅かに豹の陣形が崩れた。
　そこを突き――抜ける。
「隊長っ！」
　叫び、駆け寄る隊員たち。すぐにサイエンティストが治療を施し、肩を貸して立たせる。
　そこに再度迫る豹、現は消耗している隊長を下がらせて治療に専念させると、制圧射撃を放つ。
「ボスはどこに‥‥」
　現はプロテクトシールドで豹の爪を受け止めながら、この敵の連携を指揮するために存在するであろう個体を探す。
「任せておけ」
　治療の進んだ隊長が、銃を構えた。
「あいつら、てめぇは仕事しないで高みの見物してるんだ。部下がどうなってもいいみたいでな」
　銃口はまず樹木の上へと向けられる。次いで、やや離れたポイントの茂みのなか。そして誘導班と対峙するゼブラのなかで、最も後方にいる個体。
　その直後、他の獣たちの意識が一瞬だけ敵――能力者たち――から逸れた。

　キアとイェーガーたちが制圧射撃を軸にした戦線を維持、動く、エレナと無月、そして零次。
　風下、プローンポジションで地に伏せるエレナの銃口は、まっすぐに獅子へと向けられている。たてがみを派手な色に染め、どこか嫌そうに立ち上がる個体。
　機械化されている故に予測はつかないが、ライオンが一番連携をしそうだった。ただ、モチーフが雌であった場合、だ。今、そこにいるのは雄。それ以外の個体は、雌ばかりだ。ある意味ビンゴかな、エレナは口角を上げる。
　アンチシペイターライフルの射程はギリギリ。
　――シュート。通常弾が獅子の左肩へと。その直前に察し、駆けつけるのは雌。
「‥‥おっ♪」
　弾は雌の脇腹に当たった。急所というわけではないが、生身部分だったらしい。ボスを守るように動くようだ。エレナは貫通弾を装填し、タイミングを待つ。
　無月は二丁のSMG「ターミネーター」にてブリットストーム、群れるゼブラに穴を開け続けていく。機械部分は嫌な音が、音もなく抉り込まれていくのは生身部分。
　聖剣「デュランダル」に持ち替え瞬天速、ゼブラの隙間を抜け、後方で「絶句」するボスへと。
　十字撃をと思ったが、ここでは――難しい。ゼブラのボスは知能がそこそこなようで、微妙に立ち位置を変えて範囲攻撃の射程に能力者たちが入るような位置取りをしていく。
　仕方がない――無月はそのままデュランダルを構え、上段から頸部を切り裂きにかかる。金属が擦れる嫌な音、しかしそのまま振り下ろし、胸部へと切っ先が入り込んだ。そこに力を込めるように体重を乗せ――突いた。
　悠が豹の殲滅にかかる。
　ゼブラのボスと違い、豹たちは能力者を盾にしようとはしない。機を窺い、味方の位置を把握し――十字撃。
　走る衝撃波、回避する間もなく呑み込まれる豹たち。急所に入った個体は倒れ、そうでない個体にはもう一度衝撃波が襲いかかる。
　二度目の十字撃は、その射程に樹上から降りようとするボスを捉えていた。
「吹っ飛ぶ、か？」
　じっと様子を見る。着地した直後に洗礼を受け、防ぐ隙さえ与えられなかったそれは、悠を凝視する。
　部下に何かを命じるように唸るが、辛うじて息のある個体はボスが何もしないことで混乱し、動けない。
　戦況の悪化を悟った獅子のボスが、隊長を狙い始めた。混乱の元凶である隊長を消そうとしているのだ。
　獅子の後方、雌も集まり始めた。
　真っ先に駆け、隊長へと牙を剥く雌。盾となって隊長を守る現とガーディアン。
「照明銃、撃つよ」
　哉目が告げ、獅子たちへと照明銃を発射。光に包まれ、唸る。殺気が哉目へと向けられる。
　注意は引けた。その隙に様子を窺っていたキアは高速機動を発動、射線が通る位置を探して移動を開始した。それを追う獅子を、哉目の輝嵐が打ち据える。悠も駆けつけ、獅子へと一閃。
　ここか――。キアが見つけたポイント、対角線上にエレナが見える。視界の端には、迅雷を織り交ぜ、弱っている獅子をくぐり抜けていく零次。
　これまでの攻撃で弱っている雌たちを、迅雷を織り交ぜてくぐり抜ける。
　肉迫する直前、ボスの守りの隙へとキアが放つ影撃ち、被弾したボスは派手なたてがみを揺らして怒りの咆哮をあげる。だが、懐に零次が入り込んでいた。
　剣劇、舞う明鏡止水。中段から胴、そして脚部へと降ろし、そのまま上段へと振り上げ頭部へと刀身が揺れる。
　すぐには倒れない、もう一度――。
　エレナが照準を定めている様子が零次の視界に入る。エレナもプローンポジションでじっと頭部を狙う。零次の明鏡止水が裂き、血が出ている部位――そこは機械ではない。
　眉間、そこが裂けている。
「終わりです」
「終わりっ！」
　零次とエレナが同時に告げた。
　エレナの影撃ちと部位狙いを乗せた貫通弾が眉間に食い込み、それを追うように明鏡止水が割って入る。
　獅子は一瞬ののち、ゆるりと斃れ――。それを見た残りの獅子は、散り散りに去っていく。豹のボスはまだ立っているが、ぐるりと周囲を見渡してじりじりと後退を始めた。
　ゼブラは二体を残し、ボスも含め斃れている。ボスが斃れた獅子は退却した。そして自分の部下は全て――。
「残るボスは、一体」
　皆が豹を見据えた。しかしその直後、豹はふらつく身体を引きずるようにして樹に這い上がると、そのままどこかへと消えてしまった。

　部隊の拠点に戻ると、サイエンティストとハーモナーが皆の傷を全て癒していく。「礼と言ってもこれくらいしかできないけれど」と前置きして。
「でも、私にゴハンを奢ってくれるんですよね？」
　哉目がちらりとエースアサルトを見る。
「あなた方をUPCまで送って行きますから、そのときに皆さんに奢りますよ。‥‥隊長が」
　彼はくすりと笑み、隊長を見る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺の財布でか！？　‥‥ま、まあいいけど、さ」
　隊長は目を白黒させ、頭を掻きむしる。その様子を見て、無月が微かに笑む。
「隊長が無事で何よりです‥‥」
「皆さんのおかげです、ありがとうございます」
　隊長は皆へと深く頭を下げた。しかしそれに対して首を振るのは現。
「今、命があるのは貴方の判断と部隊が優れていたからだ」
　本当に素晴らしい部隊だ、そう言い添える。そしてじっと隊長を見据えた。
「良い機会だから名前を教えてくれないか？」
　直後、隊員たちに緊張が走る。
　これで隊長の名前がわかる、苦労することなく――！
　そんな、期待の眼差しが込められる。
「構いませんよ。俺の名は、ジ――」
　そこまで言ったとき、隊長は何かを思い出して立ち上がった。
「そうだ、今回のことを欧州軍に早急に報告しないと！」
　血相を変えて、無線へと向かう。
　そんな、という落胆が隊員に広がる。
「少しおあずけ、みたいだね？」
　エレナがくすりと笑む。
「それにしても、まだ怪我が完治していないのに自ら報告とは。生真面目な隊長だ」
　そして悠は未だ「隊長」と呼ぶ。
　立場のある相手には敬称で呼ぶべきとの判断――の、はず。決して、部下が名前を覚えていないことを面白がって隠しているわけではない。
　多分。
　きっと。

　外では、キアと零次が付近の様子を見ていた。
　しばらく警戒を続けたが、敵の襲撃がありそうな気配はない。無事の任務達成に、キアが微かに吐息を漏らす。
「‥‥表情、少しだけ戻りましたね」
　意味深なことを零次が言う。
　キアは言葉を返すでもなく、零次に背を向けひらひらと手を振った。


　――彼の名は、ジミー。
　ジミー・オルセン。
　多少やきもきしたものの、その後、皆は無事にその名を知ることができた。