●リプレイ本文
女神の子供たちは、ひたすらに母を護るべく口を開く。
吐き出されていくキメラやワーム達、それらが闇の世界へと広がっていく。
フラウ(
gb4316)が巡洋艦や管制機から得られる情報を確認し、伝達する。
「小型衛星の位置関係や数に変わりはなく、変わらず宇宙キメラやワームを吐き続けている」
淡々と、という言葉がやけに似合うその様を、フラウもまた淡々と告げる。
「小型衛星が四基か。豊穣の女神は子沢山だな」
それだけではない、豊穣の女神の子もまた子沢山のようだ――スフィーダのハンフリー(
gc3092)は頷き、フラウのタマモから送られた情報を眺める。
「妨害を掛けてくる有象無象のキメラ共を吐き出す小型衛星群を排除しない限りは『デメテル』攻略が頓挫しかねないしな」
タマモ『蒼龍』を駆る威龍(
ga3859)は、数キロ先の小型衛星へと目を凝らす。
「補攻とはいえ、俺達に課せられた任務は責任重大だ。可及的速やかに排除しないとな」
長引けばそれだけ不利になるだろう。威龍達だけではなく、デメテル攻略のために出撃する全ての者達にも影響が出ないとは言い切れない。
間もなく小型衛星への攻撃が開始される。全機はそれぞれの配置についていく。
先頭に躍り出るのは、ペインブラッド改『リストレイン』。レインウォーカー(
gc2524)だ。
「同じ戦場に立つのは久しぶりだねぇ。電子支援、頼らせてもらうよぉ」
いつもの口調で、恋人のリリナ(
gc2236)に声をかける。
しかし、その表情はいつもと違っていた。
普段の皮肉気な笑みは消え、影がある。直前に戦友を亡くした事実が、彼を包んでいた。
リリナは「はい」と小さく頷く。そんな彼女の視線は、ただじっとレインのペインブラッド改『リストレイン』に向けられていた。
宇宙用のKVではないレイン。そして彼がこれからしようとしている行動。心配でないと言えば嘘になる。
「あたし以外誰にも怪我させたくないですね‥‥」
誰にも聞こえないように、呟く。そんなことは不可能に近いかもしれない。それでも常に盾になるとは言わないが、必要であればかばうことも念頭に入れている。
「死者の魂は星となって流れるというけど‥‥見えない、かぁ」
レインはリリナとの通信を切り、果てなき空間へとぽつりと呟く。脳裏には――亡くした戦友の顔。
ひとつ息を吐き、後方の天『灰天』へと声を投げた。そこに搭乗するのは、腐れ縁の悪友である音桐 奏(
gc6293)だ。
「‥‥もしもの時は後の事を頼むよ」
「まるで遺言ですね、ヒース」
奏からは間髪を入れずに応答する。レインの本当の名と共に。それに対する彼からの返答はない。
奏は構わず続けた。
「前から思っていましたが貴方にそういう顔は似合いませんね。いつもの様に傲岸で皮肉たっぷりで少しだけ優しい笑みを浮かべなさい。それが遺言を引き受ける条件です」
提示する条件に、少しの沈黙のあとレインは口を開く。
「‥‥随分と好き勝手言ってくれるなぁ、音桐。その条件、飲んでやるよ。いつものように、幸も不幸も嗤ってやるさぁ」
その道化の答えは、奏に笑みを浮かべさせた。
悪友との掛け合い、そのあとにレインは相棒へと軽く言葉を投げる。
「お互いの役目を果たすとしよう、相棒」
言葉はそれだけで充分だ。相棒の夢守 ルキア(
gb9436)は「もちろん」と言うかのように幻龍『デュスノミア』を一瞬だけリストレインに接近させ、すぐにまた距離を取る。
そしてルキアは幸運の女神の庇護を期待して幸運のメダルにキスをする。
「ヨディア君、今日はヨロシク。そう言えば、ムラサメの偉いヒトってどんなヒト?」
ルキアはヨディア・カーライルに問う。
「ん、よろしく、ルキア。オッサンかぁ‥‥オッサンは熱くてさ、多分きっと物凄く若くて可愛い奥さんと子供がいると思う‥‥って俺が勝手に想像してるだけなんだけどさ。と、休日は奥さんの代わりに炊事洗濯やってるんじゃねーかな。それから――」
ヨディアは次々に妄想を語る。それをルキアは適度に相槌をうちながら聞いていた。彼の集中力を活かすために、この調子で妄想しながら敵を撃ってもらいたい。
「ふふ、浪漫ですねぇ」
立花 零次(
gc6227)のタマモ『荼枳尼』が、ヨディアのスフィーダ『トスカ』に並ぶ。
「女神に抱きつきたいとか、宇宙軍七不思議がどうとか、胸ポケットの写真がどうとかも言ってましたね。通信、聞いてましたよ?」
「聞かれてたかー」
けらけらと笑うヨディア。
「居るといいですねー美人の奥さん。ちょっと羨ましい、かな」
「まったくだ。いてほしいよ。いなかったらこれから俺、なにを支えにして戦えばいいんだ。大佐の妄想をするのは俺の生き甲斐のひとつだからさぁ」
生き甲斐と言うのはちょっと大げさな気もしなくはないが、零次がその言葉にくすくすと反応した。
「お互い、奥さんに会うまでは死ねませんねぇ。では、幸運を‥‥」
そう言って、零次機は持ち場につく。初めての宇宙に、やや緊張を抱きながら。
呟くのはしかし、非常に落ち着いた独白。
「宇宙か‥‥まぁ『習うより慣れろ』ですね。いつもの如く」
もう既に飛行の感覚は掴んできている。これなら戦闘の感覚を掴むのも早いだろう。
乾いた音が響く。
レインは自分の顔を一切の手加減なく殴り、普段の調子を取り戻す。
今は、この果てのない世界で踊るだけだ。
「行くぞ、リストレイン。道化らしく踊るぞぉ」
ブースト、ただ真っ直ぐに小型衛星の一基へと突き進む。ほぼ同時に、その挙動に気付いたキメラたちが蜘蛛の巣のように網状に広がり、リストレインを絡め取ろうと待ち構える。
後続、三機のタマモ――零次、フラウ、威龍。威龍は間合いを詰めるために発動したFETマニューバA、そして超伝導RAを展開する。
「先ずは‥‥道を開く」
零次機のK−02小型ホーミングミサイル、フラウ機のスナイパーライフル、威龍機のGP−9ミサイルポッド、それらがリストレイン接敵直前にキメラの網を引きちぎりにかかる。
たわんだ網へと、さらにハンフリー機のホーミングミサイル「アルコバレーノ」と、ヨディア機の砲撃が押し込まれていく。
そのまま一気に小型衛星への道を切り開く。
彼等によって切り開かれたその道を抜ければ、そこには最初の小型衛星が待ち受けている。
アルゴスシステムを起動し、各機とデータリンク。そして蓮華の結界輪による敵の特定をするルキア。
「豊穣の女神か。私の女神は別にいるからね、お呼びじゃない」
それに、この秩序の破壊、不和の女神の名を持つ幻龍の初陣だ、無茶はさせたくない――。
「‥‥って言うのも変かな」
ルキアはくすりと笑い、デュスノミアの気配を身体に纏う。
「デュスノミア、私と一緒に、戦ってくれる?」
言い終える前に、道の向こうで待機していたキメラへとWS−4機関砲を放つ。敵の位置を常に考え、狙われにくいようにしての攻撃はルキアの得意とするところだ。
「これが宇宙ですか」
進みながら言葉を漏らす奏。
上も下もなく、果ても見えない空間。
命が奏でる音と温もりはまるで感じられない。
「なるほど、思っていた以上に冷たい場所なんですね、宇宙とは」
観察しがいがある――。
果てのない宇宙、しかし視界を後方に流れていくのは彼のK−02小型ホーミングミサイル に散ったキメラの残骸。そのまま奏機は最初の小型衛星を照準に捉える。
「荷電粒子砲を使います、間違っても射線には入らないでくださいね」
対艦荷電粒子砲「龍哮」の準備に入る。脇に迫るのはどこからかHW、しかしそこに威龍機がアサルトライフルで弾幕を張り、そのままHWとの距離を縮めていく。
「時間稼がせてもらうぜ?」
簡易ブーストで死角を突いたウイングエッジが、HWの装甲を抉る。そして奏機はタイミングを見定め、砲撃を。
同時にレイン機がブラックハーツを発動、真雷光破の照射――。
「嗤え」
そして沈黙する小型衛星、残るは三基。
「次の小型衛星付近にはHW三機。キメラもいますが‥‥数は恐ろしく少ないです」
リリナがロータス・クイーンによる伝達を進めていく。
さらには三基目も護衛が少なかった。最初の破壊にかかった時間は短い。このペースで全基破壊されることを恐れたのか、確実に一基だけでも残そうとしているようだ。その証拠に最後――四機目の周囲に「壁」ができあがりつつあった。敵勢力がそこに集まっているのだ。
「面倒なのは最後のようだ」
フラウが頷く。
「‥‥あと、少し話は外れるんですけど‥‥。あの小惑星って中どうなってるんでしょう‥‥? 急いでキメラやワーム作ってるんでしょうか? 意外と向こうも大変なのかもしれないですね‥‥」
「‥‥え」
突然、話が逸れるリリナ。フラウは一瞬耳を疑った。だが、唐突すぎるあまりに「その様」を想像してしまう。
もしそうだったら、確かに向こうも大変かもしれない――。
「なるほど、妄想とはこうやってできあがるのか」
フラウはちらりとヨディア機に視線を送る。
二基目、三基目は順調に沈黙させた。しかし、先ほどのリリナとフラウの情報通り――最後は一筋縄ではいきそうもない。
増え続ける敵――と言うよりは、最後の小型衛星を護るべく集まってくると言うべきか。
「長距離狙撃の兆候が推測される。あくまでも推測でしかないが」
フラウからの情報が入る。戦況はこちらに傾いている。だが布陣は――あきらかにこの進軍を止めようと敵の壁が分厚くなりつつあった。こちらの作戦も三基まで続ければ読まれ、態勢を維持するのも困難だ。
しかし、進まなければならない。GP−7、GP−9、HA−06 。全て、ミサイルポッド。槍先のレイン機、そして続く威龍機と零次機。夥しい数のミサイルがキメラを呑み込んでいく。
密集するキメラに紛れて槍先のレイン機を狙うタロス、フラウはもう一度その配置と兆候を伝達、さらには直近の友軍戦力へとキメラ迎撃を依頼する。数機が対応可能らしく、この戦域へと移動を開始した。
「いつ、狙撃がくるか‥‥」
そこまでは推測ができない。フラウは微かに眉を寄せる。
「ヨディア君、先行して。小型衛星を一気に叩くよ。余力があれば、ブーストを。支援班、私は先行する、後は頼むよ」
ルキア機は一気に勝負を決めるべく、ブーストをかける。それより一瞬前、リリナ機が離脱していた。
リリナは、レインの元へ駆けていく。既に限界の近い彼の機体の盾になるために。
「あたし帰ったら‥‥結婚するんだ‥‥」
口に出してしまうのはフラグめいた言葉。「おいおい」と返すのはヨディア。
「フラグはへし折るためにあるんだぜ」
妄想ではないそれを言い放ち、ヨディアはルキアを伴って駆ける。
一瞬でも意識を逸らせば、キメラの隙間から砲撃が来るだろう。それを受けてしまえば、リリナ機もただではすまない。
リリナ機が恋人の前に躍り出ようとしたとき、その光条が揺れた――が、いつまで経っても砲撃は届かない。
「間一髪! 待たせたかな、私の最高の刃」
明るいルキアの声。レインへと投げる言葉。
「よっしゃ、フラグへし折ったー!」
続いて、ヨディア。両機からの攻撃が、タロスのそれを阻止していた。
「大佐の奥さんに続いて、未亡人が増えなくてよかったぜ」
ホッとするヨディア。しかし増えるもなにも、まだ黛大佐は死んでなどいない。
「全く、勝手に上官を殺すな。聞かれても知らんぞ」
「それは困る、聞かれたら困る」
ハンフリーからの通信に、ヨディアは慌てて口を噤む。ただし、黛大佐のことについてだけ。
「ところでルキア、さっき女神がどうとか言ってたけど、女神って美人? 優しい? でもルキアとは正反対のタイプっぽい気もするなぁ。いつも仏頂面してたりとか。眉間の皺が取れなくて困ってたりとかさ」
今度は違う妄想を始めた。ルキアは思わず笑う。
「やれやれ、騒々しいBGMもあったものだ」
結局止まることのないヨディアの妄想に、ハンフリーは閉口する。「BGM? もっと聞きたい?」と食いつかれるが、しかしハンフリーは相手にせずキメラへとミサイルを放ち、ヨディアもそれに続くように攻撃を繰り返していく。
そのとき、キメラの奥から三機のタロスが姿を現した。
「お相手願えますかね?」
変形し、前に躍り出る零次機。FETマニューバAを使い、接近戦に持ち込んでいく。
薙ぎ入れられる機刀「咲耶」、それを受けるタロスもハルバードで応戦。しかし零次機は超伝導RAを発動、ダメージを最小限に抑え込んでいく。
「やれやれ、足を置くべき地面が無いというのは存外、疲れるものですねぇ」
言いながら、零次は咲耶をタロスの肩口へと振り下ろす。受け止めたハルバードは弾かれるように宇宙空間へと。そして咲耶はそのまま――。
「後から後からうっとうしいなぁ。お前ら、邪魔だぁ!」
同様にして変形、練機刀「陽」でタロスと対峙するレイン。
ルキアは機関砲でレインのフォローに入りながら、小型衛星と向き合う。
損傷の激しいリストレインにこれ以上の進撃は厳しくなってきた。レインもそれを理解し、離脱するためにムラサメに通信を送る。しかし回収されるまで戦闘は続く。それくらいならまだ動ける。
リリナはその間も、ホーミングミサイルBT−04で彼を護るように動いていた。
「もうちょっと、がんばって!」
ルキア機は機関砲を再度放ち、タロスの接近を阻止する。そしてHWやキメラがその周囲を固め始める。
そこに奏機が滑り込む。
「あまり無理はしないでください、お二方。雑魚は私に任せてくれて構いませんので」
そう言って、キメラを引き受け始めた。数機の友軍も到着し、共にキメラの排除を始める。
やや余裕が出たのか、リリナ機のロータス・クイーンによる情報伝達が再開された。
「もうすぐ射線が開けます」
その言葉どおり、タロスが沈黙するにつれて小型衛星への射線が開いていく。
沈黙するタロス、しかしその穴を埋めるように最後のタロスが砲撃を開始しようとする。だが攻撃を繰り出す直前にその武器が砕け散った。
「そちらの布陣も、動きも、全て把握している」
淡々と告げるフラウ、再度スナイパーライフルを放ち、先ほどの零次のようにハルバードを弾き飛ばす。
そして最後の小型衛星が射程に入る。
「じゃあ、ラスト。行くぜ」
ホーミングミサイルBT−04で仕掛けるのは威龍。続けて駆け抜ける凍風はハンフリーのもの。
スナイパーライフルはルキアだ。
最後はすこし強固なのか、まだ沈黙する気配はない。
もう一度ハンフリー、今度はアサルトライフル。
まだ、沈黙しないか――?
誰もが息を呑む。
その直後――女神の子は、眠りについた。
大地母神の後継、大女神とさえ呼ばれた女神。
彼女は、この眠りを知っているだろうか。
女神へと、ムラサメが迫っていく。
――デメテルがもたらす「豊穣」は、その終わりが近づいていた。