●リプレイ本文
明確な合図があったわけではないが、その衝突は突然に始まる。
進行を妨げるように迫る敵影、響く轟音。
「決して踏まないように願います‥‥」
ラナ・ヴェクサー(
gc1748)は接敵前にKV隊へと連絡した。
テレスコピックサイトで遠方の敵も視認。事前に報告書で、サイボーグ化した敵の強さ等については記憶している。だが、同行する者達には見知った顔も多く、彼等の戦闘能力には信頼を置いている。きっと大丈夫だ。
「ここは通しませんよ」
敵が射程に入ると同時に、立花 零次(
gc6227)が弾頭矢を放つ。敵陣は一瞬だけ足並みを乱した。
ラナが小銃「DF−700」で迎撃、その洗礼を浴びせつつも弾幕を潜った敵への近接戦へと移行。キア・ブロッサム(
gb1240)も拳銃「バラキエル」にて銃撃を開始、寄られる前の撃破を目指す。
零次も前衛が近接戦闘に入ったのを確認し、右手を名刀「国士無双」に、左手を超機械「扇嵐」に持ち替えて車輌に近づこうとするものから仕留めにいく。
「間に合わなきゃ、加速していいよ! 飛び乗るし、皆でさ!」
夢守 ルキア(
gb9436)はSMGの角度を変えつつ連射で対処をしながら、輸送車両最後尾と最前列の運転手に無線を渡した。
「不安なトキ、連絡できるでしょ?」
照明は借りた。地理も記憶し、時間の把握もした。あとはひたすら進むのみだ。
輸送車両には、住民達が乗り込んでいく。それを見た杠葉 凛生(
gb6638)は得も言われぬ感覚に襲われる。
空爆――。
暗黒大陸になる以前の面影は殆ど残っていないとしても。
漸く‥‥今更やって来て、故郷を爆撃し焦土に変える‥‥それに対して、苦い想いを抱く者もいるだろう。
「――どの面さげて、助けに来たと云えるだろうか」
吐き捨てるように、言う。
だが、アフリカの民や動物が実験の素材にされ、同胞を手に掛ける――それだけは、阻止する。
「必ず――」
ふいに、ひとりの男と視線が絡んだ。
凛生の逸るような想いが伝わっただろうか。彼は強く頷き、しっかりした足取りで車輌に乗り込んでいく。
その背を目に焼き付け、凛生は拳銃「ケルベロス」を握る。
「メリーさんの目からは、逃れられないんだよ‥‥でも、やっぱり画面の数字が多い」
ぷしゅぅとショート音を脳天から出すのは、ピュアホワイトXmas『メリーさん』の潮彩 ろまん(
ga3425)。
「ちっちゃいうじゃうじゃした敵と、おっきいのがこっちから‥‥みんな、気をつけて」
愛機の得た敵機情報を確実に伝達していく。
「タロスにゴーレム、それに機械化されたキメラと強化人間ですか。ふむ。さながら送り狼、と言ったところですかな」
応じるのはディアブロの飯島 修司(
ga7951)。機盾「ウル」でタロスのハルバードを受け止め、そして機槍「ロンゴミニアト」を脇腹へと突き立てていく。
「いくら此方に綺麗どころが多いとは言え、あまり感心しませんな。とはいえ、折角のお見送りです。『悪魔』らしく、死と破壊を振り撒くことで返礼とさせて戴きましょうか」
突き立てた機槍を無理矢理に引き抜き、眼前のタロスを沈黙へと誘う。
「そうですわね。人類を支配できると思い上がった輩を退治してあげます」
ミリハナク(
gc4008)が艶然とする。回復しないよう、先ほどのタロスを竜牙弐型『ぎゃおちゃん』のオフェンス・アクセラレータを発動して「喰らった」あと、ゴーレムへと高分子レーザー砲「ラバグルート」の咆哮。
味方への誤射のないように、地上三メートル以内は狙わない水平射撃を心掛ける。
「鳳君は防御専念をお願いしますわ。車輌や生身班に攻撃が当たらないように、盾と壁になって」
「了解」
鳳 俊馬のパラディンからの応答を確認してから、ミリハナクは言う。
「別にすべて倒してしまっても構わないのでしょ?」
ぎゃおちゃんは一歩前に出て、ゴーレムが放つ砲撃を機盾「ウル」で防御する。そしてまた咆哮――。
「まだまだこれからが本番ですわ」
次へと照準を向け、前に出る修司機の援護射撃を開始した。
KV達の攻撃をくぐり抜けるキメラは多く、わずかな隙間を見つけて車輌に取り付こうとする。
「見知った顔の多いこと‥‥」
狙撃を続けながら、キアは共に殿を務める者達の顔を見る。
「辛気臭いのも‥‥いる、かな」
それは、凛生。探査の眼を用いた眼差しは闇へと向けられていた。
彼の弾道は揺るぎない。だが、ここに居ながら心が居ないような、そんな雰囲気があった。
彼の実力を疑う気はないが、気に掛からないと言えば嘘になる。
全く解らなければ不要な者と切り捨てるだけ。だが、薄らと想像の範疇に欠けた物が浮かぶが故に気に掛かり、苛立ちを覚える。
「御隣が寂しく身が入らないのでしたら‥‥遊んで差し上げても?」
作る、微笑。混ぜた毒は、果たして彼に刺さるのか。
「なんだ、構って欲しいのか‥‥? まあ、有り難いお申し出だが‥‥何か思い違いでもしてるようだな」
凛生はしらを切る。毒に気付いていないわけではない。
心にあるのは、余りにも強く大きな存在感。ふと隣に視線を流すが、見上げる存在はそこにはいない。
「大人の強がり程‥‥無様な物も無いのですけれど、ね」
キアは聞こえるように独り言を言う。
大切な絆を持つ者への嫉妬――それをぶつけるかの如くに。
苛立ちは残る。しくしくと、燻る。
その様子に、凛生は笑む。それは自分でも気付かないくらいに微かなもの。
「強がり‥‥そう見えるか。違うな‥‥臆病なだけだ。お前さんの言う通り無様なものさ」
突然に心情を吐露した凛生に、キアが怪訝そうな顔をする。凛生はそれ以上何も言わずに、蠢くキメラ達への制圧射撃を開始した。
もうキアも何も言ってこない。無言で戦闘を続けている。
先ほど凛生に対して表した苛立ちに、他人に無関心だった彼女の変化を見た。
ならば――はぐらかさずに向き合おう。そう思っての、吐露だった。
キアも変化を恐れ、もがいているのだろうか。
「――キア『も』、か」
それは決して聞こえない呟き。キアが聞いたらどう思うことだろう。
苛立ちを隠せないキアに、ラナが言葉を投げる。
「‥‥落ち着きなさいな。仕事でしょう‥‥?」
普段と違うキアの様子には、居心地の悪さを覚える。
この感覚はなんだ。キアとは腐れ縁のような関係で、不思議な安心感があったというのに。
ラナは思考しながらイオフィエルを薙ぎ、そして瞬天速でキメラの側面へと強襲を。そこに混在した銃撃を受けてキメラは斃れてゆく。
苛立つ心を見透かされ、キアは答えを暫し探した。
そして、搾り出すように、否定を。
「‥‥的外れな詮索‥‥している暇が有らば‥‥仕事に集中して欲しい物です、ね」
ラナに弱みは見せたくはない。彼女との縁を感じるが故に――余計に。
――臆病なだけだ。
先ほどの、凛生の言葉が蘇る。重く、心の底にずしりと残る。
ラナは吐息を漏らした。キアが不満なのが嫌なのだろうか。まだ、なにかが渦巻く。しかし、この空気は変えたい。
「溜まってるなら、飲みながら聞きますよ? ‥‥仕事の後に、ね」
「‥‥仕事の後に、ね」
ラナの言葉を繰り返すように、キア。ほんの少し、軽くなる。
「背中、お任せしますね」
零次が凛生やキアに言いつつ、前方に集中してキメラの生体部分へと流し斬りを入れていく。零次は同小隊の彼等に、背を預けられるほどの信頼を寄せていた。
「――でも、間違って撃たないでくださいよ?」
背後へと冗談を言う。――と、ふたりは躊躇うことなく同時に返してきた。
「狙いが逸れたら許せよ‥‥治療費は軍部に請求しといてくれ」
「‥‥撃つ時は狙ってやりますから‥‥」
笑えない冗談、しかし零次は笑う。
「冗談です。信頼してますから」
そのやりとり、零次の軽口に、凛生の未だ逸る心は余裕を生み出していく。
知ってか知らずか――。
そして零次はまた、冗談を。
「どうしました? 戦闘中に見つめてくるなんて。俺の顔がそんなに気になりますか?」
「――いや」
一呼吸つく間をくれた彼に感謝を抱きつつ、口には出さない。恐らくは伝わっているだろう。彼とは一度じっくり語り合うのもいいかもしれない。
それに応じるように、微かに振り返って笑む零次。
そのとき、激しくなるキメラの波に乗って強化人間が射程に入り込む。
「では一気にいきますか。タイミングはお任せします」
零次が国士無双の柄を握り直す。
それまで零次と一足の距離を保っていたキアが前進する。強化人間を射程に入れるために――。
ラナは敵の機械部を常に注視。おかしな行動があればすぐに回避できるように。今のところそんな様子はなく、毒や自爆の気配もない。
キアは制圧射撃で周囲のキメラ達の脚を一瞬だけ止める。零次、ラナが一気に間合いを詰め、強化人間に挟撃を仕掛けた。
脇へと薙ぎ入れられる零次の流し斬り、その一方でラナのイオフィエルが舞い続ける。刃を振るう敵、それをスウェーで回避し、カウンターを仕掛けるラナ。その隙に――国士無双が光源の光を反射する。
顔面へと、容赦のない刺突に敵は頭部をやられ、思いのほか早く動きを止めた。
続こうとする強化人間はそこで一旦退避し、様子を窺い始める。
その頃、退避は最後の区画に突入した。ここの住民で最後だ。フォローすべく、ルキアが駆けつける。
目安として、負傷者、子供・老人、女性、男性の順、そして家族単位で大まかに振り分け、乗車指示を出していく。
「傭兵のルキア。避難誘導をスムーズに進めるタメ。指示に従って欲しい」
ルキアは不安げな彼等に笑みを向けた。
「だいじょーぶ。何故って? 私、ルキアが言うからさ!」
どんな旗色でも、絶対に明るさを失ったりはしない。それがルキアの強さ。
「だって、状況を変えるのが私達だもん」
強い笑顔に住民達はどこか納得したようで、指示に従い始める。
「避難する住民さんを、悪い宇宙人達から護りきる!」
立ちはだかる、ろまん機。
「これ以上、この街の人達を悪い宇宙人の好きにはさせないもん! 人々を戦いに巻き込まないように守れって、この間お家に帰った時、爺ちゃんも言ってたから」
ロータス・クイーンで敵の位置を把握、ゴーレムへとレーザー砲「凍風」を。
「メリーさん、水色光線発射!」
走り抜ける「水色光線」、その一瞬の隙を突き別方向からもゴーレム。ろまんはハンマーボールを取りだし――。
「悪い子達に、メリーさんからプレゼントだよ‥‥くらえっ、ハンマーボール剣玉殺法!」
必殺の一撃を、ぶち込んだ。
遠方から見ていたタロスが接近を開始し、修司機との間合いを詰めてくる。
「ご指名ですか、光栄ですね」
修司が笑う。キメラ達がタロスの勢いに乗るように絡みつく。それを排除にかかるのはミリハナク機。
「私のぎゃおちゃんは凶暴ですわ」
エナジーウィングでコーティングした脚で次々に踏みつぶしていく。修司機はツングースカで牽制したのち、タロスに集中する。
仕掛けられるのはインファイト、「懐」に入り込んで腕を薙ぐタロス。修司機はハイ・ディフェンダーでカウンター、右肩を損傷したタロスはその間合いから飛び退る。
「来ないのですか? そちらから仕掛けてきたというのに」
修司は言いながら、タロスの損傷部に機槍をぶちこんでいく。再生はさせない。攻撃を重ね、再生する暇も、反撃する隙すら与えないままに――破壊する。
タロスのパイロットは、恐怖を感じる。しかしもう逃げられない。修司機は間合いに入り込み、槍の先を軽く喉元に押しつける。
「返礼といきましょう、『悪魔』らしく」
別れの言葉だろうか、修司はそう告げて愛機の力を槍先にぐっと乗せた。
凛生がキメラの死骸を次々にバリケード代わりに流用し、徐々に終わりが近づいていることを予感しながら、ふと眉を寄せた。
足下に違和感――嫌な予感がする。
探査の眼で改めて周囲を確認、警戒する。
上空や光源の範囲外から闇に紛れての奇襲、物影などに潜む小型のものや保護色の個体、それから――。
視界の奥、闇の中で地面が微かに揺れた。
「‥‥まさか」
地中を行くキメラ、それも元から警戒してはいたが、これは――大きい。そして、数も多そうだ。
「地中から来るぞ!」
叫ぶ、凛生。
全員――KVも含めて、一斉に身構える。ぐねぐねと波打つ地表、そして。
地中から一気に顔を出したのは、身の丈数メートルはあろうかという蜈蚣型キメラ――。
足下から顎で突き上げられ、皆は傷を負って倒れていく。しかし凛生の注意喚起があったために急所は回避でき、車輌も無事だ。
修司機が、ミリハナク機が、ろまん機が、俊馬機が、生身の者達から離れている蜈蚣へと攻撃を開始する。その爆音と爆風に、群がっていた蜈蚣達は一瞬怯んだ。
「弱体かけたよ、叩いてみて」
ルキアが蜈蚣達に練成弱体をかけ、支援する。そして皆の治療へ。零次も治療に手を回したのち、戦闘に戻る。
すぐさま凛生のケルベロスが、機械で出来ている節々の継ぎ目へと弾を吐く。さらには側面から零次の渾身の流し斬り、最後は頭部を潰していく。
ラナは迫ろうとする蜈蚣達に言い放つ。
「私の身体に、貴方なんか触らせません‥‥よ」
発動するのは、高速機動と残像斬。蜈蚣がその顎を突き出してくる。それを見極めて躱しきり――イオフィエルを開かれた口の奥へと突き刺した。
次いでキアへと掛けより、彼女の背後に迫るそれへと攻撃を。振り返ったキア、蜈蚣の喉元へと弾丸をぶち込んだ。
蠢く蜈蚣は次々に斃れ、部隊は予定時刻通りに退避を完了しようとしていた。
ルキアはキャンディを皆に配る。精神的な疲弊を少しでも和らげるべく。
「甘いものは、脳を活性化する。さ、もう一息さ!」
そのキャンディの甘さに、皆は微かに疲労から解放される。
「増援、だよっ!」
ふいにろまんが告げた。増援のゴーレム部隊、数はそれほど多くない。
「逃げ遅れはいませんわね? 味方も、住民の皆さんも」
ミリハナクがざっと確認し、そしてM−181大型榴弾砲。
増援部隊の追尾を振り切るべく、そして指揮系統を混乱させるべく、その密集しているポイントや進路を狙っていく。
その隙に、駆け抜ける輸送車両やKV、生身の者達は車輌に飛び乗っての退避。
「皆で無事に帰りますわ」
ミリハナクは増援部隊の足が止まったのを確認し、ブースト。最後に、ラバグルードの咆哮を。
そして0530、全退避完了――。0600、空爆が始まる。
カヘンバから離れゆく救出部隊。
空を駆け、カヘンバへと吸い込まれていく、空爆部隊。
住民達はそれをじっと見つめた。そこにはあらゆる想いが渦巻いているはず。
やがて、ひとりの男が呟いた。
「やっと未来が見えるようになった。いつか、必ず――帰ってくる」
彼等の、言葉で。
そこに万感の思いと、殿を守り抜いてくれた者達への感謝を込めて――。