タイトル:【CO】黄昏のLibomaマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/16 02:18

●オープニング本文


「UPCの偵察部隊が侵入していた‥‥か」
 視察に訪れている工場で資料を確認していた壮年の男は、部下からの報告に眉一つ動かさなかった。視線は資料に落としたままだ。
 部下は面倒そうに頷き、報告を続ける。
「人数はそれほど多くありません。特に何かに手を出すわけでもないし、誰かに声をかけている様子もない。逆に何かの情報が得られないかと、泳がせていました。連中がここに攻め込んできたところで、怖くもなんともありませんから」
 鼻で笑う部下。しかし男は彼にやや冷たい声をかける。
「停戦協定は破棄された。宣戦布告と共に。しかしその前から、互いに動きはあったわけだ。お前も一度、ガボンの海岸でやりあっていたな。お前、そこで連中を殺せなかっただろう。だというのに怖くもなんともないとは、な」
 皮肉とも嫌味とも取れるその言葉。
 しかし部下はその意味に気づいていない。それどころか、突然弾かれたように目を見開いて声を上げた。
「ガボン‥‥そうだ、なにか引っかかると思ってたいたら!」
「引っかかる?」
「偵察部隊に見覚えのある女がいたんです。どこで見たんだろうと思ったら‥‥あのときの女。そうです、プロトスクエア・青龍の姉」
「ああ、あの」
 男はようやく資料から顔を上げた。
「あの女が偵察部隊にいるなら、危険です」
「‥‥と、言うと?」
「――やたらと、耳が良かった」
 確か、敵襲の音をいち早く感知していたように思える。資料でも聴力の良さは明記されているし、リイは索敵スキルを所持していない。音を感知したのは間違いないだろう。
 ここ数日、この街のトップに君臨する眼前の男は街に広がる各設備を視察して回っており、偵察部隊の目に晒される機会は多かった。余程近くに来ない限り、何を話しているかまではわからないだろうと偵察部隊を泳がせていたのだが――。
「泳がせたのは、失敗だったな。それに‥‥どうせ奴らについて大した情報も得られていないだろう?」
 男は吐き捨てるように言う。部下は途端に硬直し、青ざめた顔で上司の出方を窺った。
「まあいい。ここでどれほどの情報を得たかは知らんが、来たところで奴らに勝ち目はない。そうだろう?」
 薄ら笑いを浮かべ、部下の肩を叩く。そこには、失敗は許さないという意味が込められている。部下は頬を引き攣らせて何度も頷いた。
 そして男は、さも楽しげに言う。
「まあ、もし面倒なことになるならば‥‥全て吹き飛ばしてしまえばいいだけのことだ」

 キンシャサ。
 それはかつてその国が人類のものであったときの、首都にあたる。
 現在そこは過去の面影すらなく、バグアの要塞と化していた。
「簡単に言ってしまえば、対空設備の整った工場地帯、です」
 偵察から戻ったリイは、本部へと得られた情報の全てを報告していた。二ヶ月前の偵察依頼などで得られた情報を元に、停戦ライン南の内陸部へと入り込んでいたのだ。
 キンシャサは、アフリカへのバグア進行時に破壊を免れたごく一部の都市のひとつだ。それ以外は荒涼としており、キメラは存在するが人の姿はない。
 そこに移住しているのは強化人間と、侵略時に生き残った原住民だ。
 彼等は武器類の全てを奪われ、農業であったり要塞にある工場で強制労働をさせられている。だが、最低限の社会生活は保障されているようで、生かさず殺さずの状態が続いているらしい。集合住宅的に都市の数カ所に押し込められて暮らしており、彼等の間に貧富の差はほとんどない。
 彼等が立ち入れない区画には、人的戦力やトラップも多い。トラップや施設管理といった都市機構は中央部に集中しているが、当然のようにガードは厳しい。
「工場とは‥‥なんの工場だ?」
 上官からの問いに、リイは即答する。
「サイボーグ、です」
 これまで、身体の一部が機械でできている存在と遭遇していた。強化人間然り、キメラ然り。
 恐らくはバグアへの絶対服従を誓った者など、自ら望んだ者がなるに違いない。そんな彼等を作り上げた工場がキンシャサにあるのだ。もちろん、ここだけとは限らないだろうが。
「私がガボン沿岸で対峙した者達も、キンシャサにいました」
 あのときはそこまで判断する余裕はなかったが、彼等もサイボーグだったのだ。
 彼等は、キンシャサを治めるトップの近くに仕えていた。トップは普段は中央部の巨大工場にいるらしい。
「今回の偵察が、バグア側に気づかれてしまうのは百も承知で進めてきました。実際に気づかれているはずですし、恐らくは泳がされていたと思います。ですが」
 リイは少し言いにくそうに口ごもる。どうした、と上官が先を促した。
「‥‥偵察に行ったのは正解でした。嫌な情報を得られましたから。‥‥侵攻には、かなり危険が伴います」
「危険なのはわかりきっていることだろう?」
「街のそこかしこに、爆破装置があるのです。それを管理しているのは、中央。‥‥もし、こちらが有利に立てば――彼等はキンシャサの一部を爆破すると思われます。そこで強制労働をさせられている人々を巻き込んで」
 その言葉に、上官たちは息を呑んだ。
 これから軍はキンシャサへの奇襲作戦をかける。その都市機構を破壊すべく。
 キンシャサにある戦力を分散させるための囮部隊と、都市機構破壊へと動く本命部隊と。
 都市機構――キンシャサの工場全てを管理するシステムは、トップが常駐する中央の工場にあった。爆破システムもそこで管理しているらしい。
 そこは入り口が一階にはなく、外観には鉄パイプがむき出しになった通路や細い階段が張り巡らされている迷路状となっている。ところどころに内部に入る扉もあるが、そのどれがどこに通じているのかは外からではわからない。トップは出入りするたびに違う扉を使っていて、かなり用心深い人物のようだ。
 だが、出入りする度に違う扉を使うということは、どの扉を使っても目的の場所にたどり着けるということになる。中はそれほど迷宮化していない可能性があった。
 確実に管理システムを破壊するためにはまず内部に入り込む必要があるが、そのためには迷路をクリアしなければならず、それは嫌でも敵――サイボーグたちの目を引いてしまう。
 もし迷路攻略に手間取ってしまえば、その間にトップの男がキンシャサの街を爆破する行動に出るかもしれない。
 少しでも早く迷路を攻略し、管理システムと爆破システムを破壊する必要がある。
 不利な状況になれば、トップは爆破システムを作動させて逃げ出すに違いない。だが、五人のサイボーグたちとの戦闘は避けられないはずだ。
 五人全員が出てくるか、それとも一部だけか。そして外観の迷路での対峙か、内部での対峙か――それは選ぶ道次第だ。
「戻ってきたばかりで悪いが、行けるか? お前はトップの声も顔も覚えているだろう?」
「――もちろんです」
 リイは頷き、上官たちに「すぐに出ます」と言い残して部屋を出た。

●参加者一覧

ヴァイオン(ga4174
13歳・♂・PN
サヴィーネ=シュルツ(ga7445
17歳・♀・JG
椿(gb4266
16歳・♂・AA
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 一同は工場を覆い尽くすような迷路を駆けていた。
 囮作戦を遂行している部隊のお陰で、工場外から迫る敵の姿はない。
「住民を犠牲には出来んさ。この依頼の失敗は大勢の死に繋がる‥‥誰も死なせはしない」
 追儺(gc5241)がキンシャサの街に視線を移す。ここから見える範囲に、果たしてどれくらいの数の人間が働かされていることだろう。誰も犠牲にしたくはない。
「これで、よし」
 分岐などのたびに、通路にチョークで簡単に干支の絵を描く椿(gb4266)。何かあったときにこれを見れば、迷うことはないだろう。
 描き終えると同時に、アサシンダガーを小銃「S−01」に持ち替えて監視カメラを破壊する。同様にして、エイミー・H・メイヤー(gb5994)。
「カメラの数が多いですね」
 小銃「シエルクライン」から放たれる二十発の弾丸は、複数集まって多方向を捉えているカメラを一気に破壊した。
「敵が硬いから、余力があれば急所突きをお願い」
 夢守 ルキア(gb9436)は、アレクサンドラ・リイの手に幸運のメダルを握らせる。「了解」と、頷くリイ。
 突入する前にいつものオマジナイをしてもらったが、リイの唇は少し荒れていたようだ。かさついた感触を残す頬にそっと触れ、ルキアは時計を確認。三十分、そして一時間を見ておく。
「図で示してもらったとおりですね」
 立花 零次(gc6227)はリイに笑む。潜入前に扉の位置や階段の配置等を図で示してもらい、暗記していたのだ。
 やがて見えてくる、三階の扉。およその位置は特定してあったのと、先行するC班が監視カメラや扉の配置、迷路の構造などを確認してくれていたため、迷うことはなかった。
 そこに滑り込み、行動を開始するA班とB班。C班は五〜六階を目指し、さらに階段を駆け上がる。

 五階を進むC班は、隠密偵察を進める。 
 周囲の音、監視カメラへの警戒。カメラの破壊は、陽動と攪乱のためのみに抑えた。
「力押しでは難しそうか、ならこっそりとですね」
 ヴァイオン(ga4174)は、足音を立てぬように注意を払う。密やかに、速やかに、そして――暗闇に溶けるかのように。
 先頭のルノア・アラバスター(gb5133)は、探査の眼と隠密潜行を常時発動する。コンパスで方角を確認しながら、簡易マッピングも忘れない。装備の金属部に布地を巻き、足音も隠す。
 中衛にはヴァイオン、その後方には恋人。隠密潜行を使うサヴィーネ=シュルツ(ga7445)だ。
「時間がなく、さりとて力押しも出来ない。ならば、ここは私達の仕事だね。ん?」
「慎重に、且つ、素早く、です、ね‥‥」
 ルノアは頷き返す。
 曲がり角、一呼吸置く。その先に敵の気配はないか低位置から僅かに鏡を出した、刹那。
「‥‥っ」
 声にならない悲鳴を上げるルノア。動かない右腕、軋む手首の骨。
「いらっしゃい、ませー」
 人懐こい笑みを浮かべる少年が、ルノアの手首の上で踵を捻る。
「ノア!」
 叫ぶサヴィーネ、少年のもう片方の足にナイフを投擲するヴァイオン。さらには、ワイヤーガンで絡め取ろうとする。
 少年は肩を竦めて足を離した。右手首の痛みで攻撃に転じることができずに飛び退るルノア。
「では、僕が引き受けますのでお二人で先をどうぞ。宜しくお願いしますね」
 ヴァイオンが歩み出る。彼女達のほうが隠密性が高く、探索には向く。ここは自分が残るべきだ。彼の目はそう語っていた。
 二人は反射的に頷き、駆ける。
「おにーさん、早死にするよ?」
「大丈夫、死のうとは思いませんので。泣かせたくない人達がいますしね」
 少年に応え、ヴァイオンは笑む。

 三階を進むA班は、中心部を目指していくつかのフロアを抜けた。
 監視カメラを壊しながら、遠距離や物陰からの奇襲や罠に警戒して進む。見取り図やショートカットが可能な場所はなさそうだ。
 トラップはなく、どのフロアも無人で薄暗い。
「万一の爆破を考えているのなら、部下達も含めて退避させていそうですね。残っているのは、ここを守護する者達だけかもしれません」
 零次のその言葉に、椿が息を呑む。そのとき、天井が軋んだ。
 ばりばりと嫌な音を立て天井が崩れ、落下する瓦礫と共に男が飛び降りてきた。
「そっちへは行かせないぜ?」
 その言葉に、微かに反応するのは追儺。
 守りたいところには人を配置し、そこから人員を送ってくるだろう。人の流れを見れば狙うべき場所が見えてくる。今の言葉はそれを裏付けるようなものだ。
 そして、男が来た方向――上階。
 しかし上階へ向かうにはまず、眼前の男を抜けなければ。

 B班は二階を通過し、一階まで下りていた。
 陽動的に発見した監視カメラは全て破壊し、派手に立ち回る。途中、通信設備も発見していた。
「地下は行けなさそうですね」
 一階まで下りたエイミーは床に手を触れる。地下に続く道は発見できないが、地下からは何やら機械音。
「かなり響いてるね。バイブレーションセンサーもこの振動ばかりキャッチする」
 ルキアが頷く。方位磁石でジャミングを確認しながら辿り着いたのだが、一体何があるのだろう。
(進軍はバレてる。システムは敵にとっても貴重。私だったら守らせる)
 ルキアは自分ならどうするのか、考える。
「リィ君、敵の声トカ聞こえる?」
「いや、全てこの音に掻き消されている。‥‥だが、この音‥‥徐々に変わっていく‥‥」
 何か胸騒ぎを覚えるような、そんな音に――。
「‥‥爆破装置を作動させたということでは」
 エイミーが言う。だとすれば、地下にあるものは「爆破装置そのもの」ということか。作動システムは、どこに。
 ふいに、三人が入ってきたものとは別の扉から男が二人現れた。
 片方の男はすぐに間合いを詰め、三人をローキックで吹き飛ばす。直ぐに体勢を立て直しリイが剣にて急所突き、それを腹で受け止め、再度足を振り上げた。
 ――と、その足に入るのは、エイミーのリアトリス。
「私が足止めに回ります、二人は先に」
 エイミーは間合いを取り、制圧射撃で行動阻害に出た。
 そして閃光手榴弾――強引に隙を作り、迅雷での離脱を試みる。

 ルノアとサヴィーネは一旦扉の外に出て、迷路を進んでいた。
 このまま六階を目指すつもりだったが、上階の柵を乗り越え男が飛び降りてくる。
「六階には何もないぜ?」
 刀を向ける男。狭い通路、脇を抜けるスペースはない。
 これまで通ってきた通路に内部へと通じる窓があった。そこから中に逃げることができるが、二人一緒に行くのは難しそうだ。
「ノア――私が残る」
 サヴィーネは恋人の耳元で囁く。
「残るなら、私が‥‥!」
 ルノアは首を振るが、サヴィーネは譲らない。
「勝算が高いほうに賭けたい。これがひとつ」
 そして、と続ける。
「第二は、君が傷つくくらいなら私が死んだほうが、私はマシだってことだ。――何、死ぬつもりはない。君がケリをつけると、信じているから任せるのさ」
「それは、でも‥‥きっと、だから、絶対無事、で」
 ルノアは小さく頷き、視線を絡み合わせる。直後、男が斬りつけてきた。諸共に裂かれ、二人の血が混ざり合って足場を濡らしていく。
「行って、ノア。――愛してるよ」
 サヴィーネがルノアを軽く後方に押しやった。変わらぬ笑み、ルノアは咄嗟に唇を重ねる。
「私も、愛してる‥‥!」
 そして背を向け、サヴィーネが示した窓へと。
「泣かせるねぇ」
 男は楽しげに笑い、サヴィーネへと刀を振り下ろした。

 ヴァイオンは少年とつかず離れずの距離で対峙していた。コートに隠し持つナイフや、袖口のワイヤーガンで攪乱を図る。
「時間稼ぎ?」
 少年はトンファーを容赦なくぶち込んでくる。それを受け、ヴァイオンは相手を見据える。
 臆病? 押されている? 大いに結構だ。それで相手が油断してくれればいい。
「大道芸でもするつもり?」
「さて、大道芸と思う? まあ、実際そうだけど」
 少年に一瞬の隙を見つけ、急所突きで足関節を。バランスを崩す少年は頬を引き攣らせた。
「他の二人はとっとと行っちゃったじゃないか。あんた、捨て駒だろ」
 挑発する少年、その間にもトンファーは抉り込まれていく。肋骨が、大腿骨が、「熱く」感じるのは骨をやられているのだろうか。
 しかしヴァイオンは踏ん張り、笑む。
「――捨て駒というなら、そちらの方でしょうに」
 ヴァイオンは閃光手榴弾を取り出しカウント、残り一カウントとなったときにもう片方の手からナイフを――。
「‥‥、えっ」
 ナイフを回避しようとした少年は、自身を襲った閃光と轟音に硬直した。
「‥‥くそっ、目が‥‥っ、どこだよっ」
 手探りで捜すが、ヴァイオンは瞬天速でそこから退避したあとだった。

 零次の初動、超機械「扇嵐」による竜巻が男の頭部へと絡みつく。
 その刹那、零次は側面から間合いに入り込み、黒耀による流し斬り――だが。
「この腕を斬ることができるか?」
 がちりと、男の腕が受け止める。しかし零次は足を止めようとはしない。フェイントを交え、幾度となく流し斬り。繰り返す斬撃、反対側から斬り込むのは追儺の蒼天。それらは男の生身の部分に傷を負わせていく。
「どうなっているんでしょうね、その腕は」
 零次の刃に沿うように撫で込まれた腕が、肩を裂いていた。
 だが、ここで足止めを食っているわけにはいかない。追儺も抜ける隙を探す。男の機動力を奪うべく、狙いを潜ませているのは椿。
 椿は一度の覚悟で地を蹴った。脚部を狙い、下段に流し入れられる水無月。零次と追儺に気を取られていた男は、大きくバランスを崩した。
「い、今のうちに逃げてください!」
 叫ぶ、椿。
「‥‥信じて任せると言うのも場合では必要だ。そこはやれると信じよう」
 追儺が言い、零次と共に男の間合いから抜ける。男は舌打ちし、椿を見据えた。
「つ、椿といいます、未熟者ですが、お相手願います」
 緊張気味に名乗る椿は、かつて南米で武人の生き様を胸に焼き付けていた。
 強敵に出会えれば、相手の人格を問わず尊敬してしまう。今、眼前にいる敵と一戦交えたい――それも本音だ。
「あ、あの、名前聞いてもいい、ですか?」
 この人の業を、積み上げた世界を、もっと知りたい――その思いを乗せる。男は、やや間をおいて答えた。
「ギル」
「ギル、さん」
 頷く椿。そして再度地を蹴った。
 単発斬撃に見せかけ――二連撃。その二撃目は、ギルの脚部へと斬り込む燕返し。男はそれを軽く後退してかわす。それでも、椿は続ける。
 二度目の燕返しと判断したギルは回避の態勢、しかし間合いに入り込んできたのは椿が懐に隠していたダガー。
「やるじゃないか」
 楽しげなギル、椿はダガーを再準備する振りをしながら閃光手榴弾のピンを抜く。脳内でカウント、炸裂直前にギルへと投擲し迅雷にて離脱。すぐにまた迅雷で最接近を試み、水無月の静音を活かして急所への刹那、そして二連撃。
 ――しかし、腕に伝わるのは硬く響く感触。
「惜しかったな」
 機械部で受け止め、ギルは言う。そして腕を薙ぎ、椿を壁際まで吹っ飛ばした。
「‥‥久々に楽しかったから、見逃してやるよ。他の連中には黙っててくれよ?」
 ギルは笑い、立ち去っていく。一瞬何が起こったのか椿にはわからなかったが、すぐにハッとし――。
「あ、あの、お達者で!」
 ギルの背へと言葉を投げ、追儺と零次を追った。

 エイミーは膝を突いていた。急所は外れているが、ダメージは大きい。
 閃光手榴弾で隙を突いての離脱は、二人の男相手には少し難しかったようだ。だが、他の二人は先に行けたはず――と、視線を移したエイミーは信じられないものを見る。
 片方の男の背後から刃を振り下ろすのは――リイ。直後、ルキアがサインを送ってきた。咄嗟にエイミーは目を閉じる。炸裂する閃光手榴弾、男達の虚を突き駆け寄ったリイがエイミーを抱き上げ、ルキアがエイミーに練成治療を。
「‥‥なぜ」
 エイミーが問うと、ルキアが笑む。
「置いていってなんか、やらない」
 彼等とは対峙したことがある。一人残せば死に繋がるであろうことは、誰よりもよくわかっていた。
 そして――戦力を確保し、爆破設備破壊に賭けたい。
「すぐに連中は追ってくる。急ごう」
 リイはエイミーを抱いたまま、ルキアと共に駆け出した。

 二連射、そして部位狙い。真デヴァステイターとショットガンを使い分け、敵と対峙するサヴィーネ。男は銃弾を恐れず斬りかかってくる。
「胴を狙い命中率の底上げ、足を狙い行動の抑制。‥‥何をしようというんだ?」
 功を急ぐわけでもなく、体力と足をじわじわと奪いに来る相手に、男は少し興味を抱いていた。
「狩りだよ。どうということもない、ただの狩り」
「それにしては命がけだな」
「貴様と戦うより、ノアを抱き締める方が余程勇気がいるというものさ」
「なるほど?」
 だからもう立てない身体でも立ち向かってくるのか――男は納得する。
 しかし自分もこれ以上足を狙われるわけにもいかない。そろそろ決着をつけるべきか――。
 そのとき、サヴィーネが閃光手榴弾を放つ。男は咄嗟に目を閉じて回避した。
「残念だったな」
 そう言って、刀を振り上げる。
「残念だなんて思いたくないね」
 サヴィーネは静かに笑んだ。

 ひとり駆けるルノア。瞬天速で速度を上げる。
 男は、上には何もないと言っていた。追儺からは四階だと連絡が入り、四階へと急ぐ。

 ヴァイオンを捜す少年、サヴィーネにトドメを刺そうとする男。A班を見逃した男、B班を追おうとする男達。彼等の動きが一斉に止まる。
 地下の爆破装置本体を発見されたことで、トップの男がそれを作動させたのだ。その情報が、彼等の通信機器に響いてきた。
 退避しなければ――。
 能力者達がどうしようが、もう関係ない。止めてしまうのであれば、それは自分達の敗北を意味するだけだ。
 彼等は輸送機に乗り込み、南へと飛び立っていく。
 その意味を対峙していた誰もが悟る。もう邪魔する者はいない。あとは時間との戦いだ。
 追儺と零次、そして合流した椿は、男が阻止した方向――階上へと向かい、目的のものを発見した。それを無線で皆に伝え、最初に飛び込んできたのはルノア。
 現状を察知し、弾頭矢をシステムの心臓部と思われる場所に突き立てる。右手首の痛みを堪えて拳銃「ケルベロス」と、超機械「天狗ノ団扇」 を合わせ、管理システムと爆破システムを攻撃――。
『地下の音が止まりました』
 直後に入る、エイミーからの館内放送。
『サヴィーネ君も、ヴァイオン君も、治療してる。傷は深いけど命に別状はないから』
 ルキアが告げれば、ルノアが思わず座り込み、双眸に安堵の涙を溜める。
『制圧完了、だ』
 リイが告げ、制圧完了は囮部隊の方へも伝達されることになる。
 そして一同は、この施設に残る強化人間や何らかの設備がないか、最後の確認に移行した。
 この工場が、そして街が、全てを焼き尽くす黄昏色に染まることはなかった。