●リプレイ本文
一同は工場を覆い尽くすような迷路を駆けていた。
囮作戦を遂行している部隊のお陰で、工場外から迫る敵の姿はない。
「住民を犠牲には出来んさ。この依頼の失敗は大勢の死に繋がる‥‥誰も死なせはしない」
追儺(
gc5241)がキンシャサの街に視線を移す。ここから見える範囲に、果たしてどれくらいの数の人間が働かされていることだろう。誰も犠牲にしたくはない。
「これで、よし」
分岐などのたびに、通路にチョークで簡単に干支の絵を描く椿(
gb4266)。何かあったときにこれを見れば、迷うことはないだろう。
描き終えると同時に、アサシンダガーを小銃「S−01」に持ち替えて監視カメラを破壊する。同様にして、エイミー・H・メイヤー(
gb5994)。
「カメラの数が多いですね」
小銃「シエルクライン」から放たれる二十発の弾丸は、複数集まって多方向を捉えているカメラを一気に破壊した。
「敵が硬いから、余力があれば急所突きをお願い」
夢守 ルキア(
gb9436)は、アレクサンドラ・リイの手に幸運のメダルを握らせる。「了解」と、頷くリイ。
突入する前にいつものオマジナイをしてもらったが、リイの唇は少し荒れていたようだ。かさついた感触を残す頬にそっと触れ、ルキアは時計を確認。三十分、そして一時間を見ておく。
「図で示してもらったとおりですね」
立花 零次(
gc6227)はリイに笑む。潜入前に扉の位置や階段の配置等を図で示してもらい、暗記していたのだ。
やがて見えてくる、三階の扉。およその位置は特定してあったのと、先行するC班が監視カメラや扉の配置、迷路の構造などを確認してくれていたため、迷うことはなかった。
そこに滑り込み、行動を開始するA班とB班。C班は五〜六階を目指し、さらに階段を駆け上がる。
五階を進むC班は、隠密偵察を進める。
周囲の音、監視カメラへの警戒。カメラの破壊は、陽動と攪乱のためのみに抑えた。
「力押しでは難しそうか、ならこっそりとですね」
ヴァイオン(
ga4174)は、足音を立てぬように注意を払う。密やかに、速やかに、そして――暗闇に溶けるかのように。
先頭のルノア・アラバスター(
gb5133)は、探査の眼と隠密潜行を常時発動する。コンパスで方角を確認しながら、簡易マッピングも忘れない。装備の金属部に布地を巻き、足音も隠す。
中衛にはヴァイオン、その後方には恋人。隠密潜行を使うサヴィーネ=シュルツ(
ga7445)だ。
「時間がなく、さりとて力押しも出来ない。ならば、ここは私達の仕事だね。ん?」
「慎重に、且つ、素早く、です、ね‥‥」
ルノアは頷き返す。
曲がり角、一呼吸置く。その先に敵の気配はないか低位置から僅かに鏡を出した、刹那。
「‥‥っ」
声にならない悲鳴を上げるルノア。動かない右腕、軋む手首の骨。
「いらっしゃい、ませー」
人懐こい笑みを浮かべる少年が、ルノアの手首の上で踵を捻る。
「ノア!」
叫ぶサヴィーネ、少年のもう片方の足にナイフを投擲するヴァイオン。さらには、ワイヤーガンで絡め取ろうとする。
少年は肩を竦めて足を離した。右手首の痛みで攻撃に転じることができずに飛び退るルノア。
「では、僕が引き受けますのでお二人で先をどうぞ。宜しくお願いしますね」
ヴァイオンが歩み出る。彼女達のほうが隠密性が高く、探索には向く。ここは自分が残るべきだ。彼の目はそう語っていた。
二人は反射的に頷き、駆ける。
「おにーさん、早死にするよ?」
「大丈夫、死のうとは思いませんので。泣かせたくない人達がいますしね」
少年に応え、ヴァイオンは笑む。
三階を進むA班は、中心部を目指していくつかのフロアを抜けた。
監視カメラを壊しながら、遠距離や物陰からの奇襲や罠に警戒して進む。見取り図やショートカットが可能な場所はなさそうだ。
トラップはなく、どのフロアも無人で薄暗い。
「万一の爆破を考えているのなら、部下達も含めて退避させていそうですね。残っているのは、ここを守護する者達だけかもしれません」
零次のその言葉に、椿が息を呑む。そのとき、天井が軋んだ。
ばりばりと嫌な音を立て天井が崩れ、落下する瓦礫と共に男が飛び降りてきた。
「そっちへは行かせないぜ?」
その言葉に、微かに反応するのは追儺。
守りたいところには人を配置し、そこから人員を送ってくるだろう。人の流れを見れば狙うべき場所が見えてくる。今の言葉はそれを裏付けるようなものだ。
そして、男が来た方向――上階。
しかし上階へ向かうにはまず、眼前の男を抜けなければ。
B班は二階を通過し、一階まで下りていた。
陽動的に発見した監視カメラは全て破壊し、派手に立ち回る。途中、通信設備も発見していた。
「地下は行けなさそうですね」
一階まで下りたエイミーは床に手を触れる。地下に続く道は発見できないが、地下からは何やら機械音。
「かなり響いてるね。バイブレーションセンサーもこの振動ばかりキャッチする」
ルキアが頷く。方位磁石でジャミングを確認しながら辿り着いたのだが、一体何があるのだろう。
(進軍はバレてる。システムは敵にとっても貴重。私だったら守らせる)
ルキアは自分ならどうするのか、考える。
「リィ君、敵の声トカ聞こえる?」
「いや、全てこの音に掻き消されている。‥‥だが、この音‥‥徐々に変わっていく‥‥」
何か胸騒ぎを覚えるような、そんな音に――。
「‥‥爆破装置を作動させたということでは」
エイミーが言う。だとすれば、地下にあるものは「爆破装置そのもの」ということか。作動システムは、どこに。
ふいに、三人が入ってきたものとは別の扉から男が二人現れた。
片方の男はすぐに間合いを詰め、三人をローキックで吹き飛ばす。直ぐに体勢を立て直しリイが剣にて急所突き、それを腹で受け止め、再度足を振り上げた。
――と、その足に入るのは、エイミーのリアトリス。
「私が足止めに回ります、二人は先に」
エイミーは間合いを取り、制圧射撃で行動阻害に出た。
そして閃光手榴弾――強引に隙を作り、迅雷での離脱を試みる。
ルノアとサヴィーネは一旦扉の外に出て、迷路を進んでいた。
このまま六階を目指すつもりだったが、上階の柵を乗り越え男が飛び降りてくる。
「六階には何もないぜ?」
刀を向ける男。狭い通路、脇を抜けるスペースはない。
これまで通ってきた通路に内部へと通じる窓があった。そこから中に逃げることができるが、二人一緒に行くのは難しそうだ。
「ノア――私が残る」
サヴィーネは恋人の耳元で囁く。
「残るなら、私が‥‥!」
ルノアは首を振るが、サヴィーネは譲らない。
「勝算が高いほうに賭けたい。これがひとつ」
そして、と続ける。
「第二は、君が傷つくくらいなら私が死んだほうが、私はマシだってことだ。――何、死ぬつもりはない。君がケリをつけると、信じているから任せるのさ」
「それは、でも‥‥きっと、だから、絶対無事、で」
ルノアは小さく頷き、視線を絡み合わせる。直後、男が斬りつけてきた。諸共に裂かれ、二人の血が混ざり合って足場を濡らしていく。
「行って、ノア。――愛してるよ」
サヴィーネがルノアを軽く後方に押しやった。変わらぬ笑み、ルノアは咄嗟に唇を重ねる。
「私も、愛してる‥‥!」
そして背を向け、サヴィーネが示した窓へと。
「泣かせるねぇ」
男は楽しげに笑い、サヴィーネへと刀を振り下ろした。
ヴァイオンは少年とつかず離れずの距離で対峙していた。コートに隠し持つナイフや、袖口のワイヤーガンで攪乱を図る。
「時間稼ぎ?」
少年はトンファーを容赦なくぶち込んでくる。それを受け、ヴァイオンは相手を見据える。
臆病? 押されている? 大いに結構だ。それで相手が油断してくれればいい。
「大道芸でもするつもり?」
「さて、大道芸と思う? まあ、実際そうだけど」
少年に一瞬の隙を見つけ、急所突きで足関節を。バランスを崩す少年は頬を引き攣らせた。
「他の二人はとっとと行っちゃったじゃないか。あんた、捨て駒だろ」
挑発する少年、その間にもトンファーは抉り込まれていく。肋骨が、大腿骨が、「熱く」感じるのは骨をやられているのだろうか。
しかしヴァイオンは踏ん張り、笑む。
「――捨て駒というなら、そちらの方でしょうに」
ヴァイオンは閃光手榴弾を取り出しカウント、残り一カウントとなったときにもう片方の手からナイフを――。
「‥‥、えっ」
ナイフを回避しようとした少年は、自身を襲った閃光と轟音に硬直した。
「‥‥くそっ、目が‥‥っ、どこだよっ」
手探りで捜すが、ヴァイオンは瞬天速でそこから退避したあとだった。
零次の初動、超機械「扇嵐」による竜巻が男の頭部へと絡みつく。
その刹那、零次は側面から間合いに入り込み、黒耀による流し斬り――だが。
「この腕を斬ることができるか?」
がちりと、男の腕が受け止める。しかし零次は足を止めようとはしない。フェイントを交え、幾度となく流し斬り。繰り返す斬撃、反対側から斬り込むのは追儺の蒼天。それらは男の生身の部分に傷を負わせていく。
「どうなっているんでしょうね、その腕は」
零次の刃に沿うように撫で込まれた腕が、肩を裂いていた。
だが、ここで足止めを食っているわけにはいかない。追儺も抜ける隙を探す。男の機動力を奪うべく、狙いを潜ませているのは椿。
椿は一度の覚悟で地を蹴った。脚部を狙い、下段に流し入れられる水無月。零次と追儺に気を取られていた男は、大きくバランスを崩した。
「い、今のうちに逃げてください!」
叫ぶ、椿。
「‥‥信じて任せると言うのも場合では必要だ。そこはやれると信じよう」
追儺が言い、零次と共に男の間合いから抜ける。男は舌打ちし、椿を見据えた。
「つ、椿といいます、未熟者ですが、お相手願います」
緊張気味に名乗る椿は、かつて南米で武人の生き様を胸に焼き付けていた。
強敵に出会えれば、相手の人格を問わず尊敬してしまう。今、眼前にいる敵と一戦交えたい――それも本音だ。
「あ、あの、名前聞いてもいい、ですか?」
この人の業を、積み上げた世界を、もっと知りたい――その思いを乗せる。男は、やや間をおいて答えた。
「ギル」
「ギル、さん」
頷く椿。そして再度地を蹴った。
単発斬撃に見せかけ――二連撃。その二撃目は、ギルの脚部へと斬り込む燕返し。男はそれを軽く後退してかわす。それでも、椿は続ける。
二度目の燕返しと判断したギルは回避の態勢、しかし間合いに入り込んできたのは椿が懐に隠していたダガー。
「やるじゃないか」
楽しげなギル、椿はダガーを再準備する振りをしながら閃光手榴弾のピンを抜く。脳内でカウント、炸裂直前にギルへと投擲し迅雷にて離脱。すぐにまた迅雷で最接近を試み、水無月の静音を活かして急所への刹那、そして二連撃。
――しかし、腕に伝わるのは硬く響く感触。
「惜しかったな」
機械部で受け止め、ギルは言う。そして腕を薙ぎ、椿を壁際まで吹っ飛ばした。
「‥‥久々に楽しかったから、見逃してやるよ。他の連中には黙っててくれよ?」
ギルは笑い、立ち去っていく。一瞬何が起こったのか椿にはわからなかったが、すぐにハッとし――。
「あ、あの、お達者で!」
ギルの背へと言葉を投げ、追儺と零次を追った。
エイミーは膝を突いていた。急所は外れているが、ダメージは大きい。
閃光手榴弾で隙を突いての離脱は、二人の男相手には少し難しかったようだ。だが、他の二人は先に行けたはず――と、視線を移したエイミーは信じられないものを見る。
片方の男の背後から刃を振り下ろすのは――リイ。直後、ルキアがサインを送ってきた。咄嗟にエイミーは目を閉じる。炸裂する閃光手榴弾、男達の虚を突き駆け寄ったリイがエイミーを抱き上げ、ルキアがエイミーに練成治療を。
「‥‥なぜ」
エイミーが問うと、ルキアが笑む。
「置いていってなんか、やらない」
彼等とは対峙したことがある。一人残せば死に繋がるであろうことは、誰よりもよくわかっていた。
そして――戦力を確保し、爆破設備破壊に賭けたい。
「すぐに連中は追ってくる。急ごう」
リイはエイミーを抱いたまま、ルキアと共に駆け出した。
二連射、そして部位狙い。真デヴァステイターとショットガンを使い分け、敵と対峙するサヴィーネ。男は銃弾を恐れず斬りかかってくる。
「胴を狙い命中率の底上げ、足を狙い行動の抑制。‥‥何をしようというんだ?」
功を急ぐわけでもなく、体力と足をじわじわと奪いに来る相手に、男は少し興味を抱いていた。
「狩りだよ。どうということもない、ただの狩り」
「それにしては命がけだな」
「貴様と戦うより、ノアを抱き締める方が余程勇気がいるというものさ」
「なるほど?」
だからもう立てない身体でも立ち向かってくるのか――男は納得する。
しかし自分もこれ以上足を狙われるわけにもいかない。そろそろ決着をつけるべきか――。
そのとき、サヴィーネが閃光手榴弾を放つ。男は咄嗟に目を閉じて回避した。
「残念だったな」
そう言って、刀を振り上げる。
「残念だなんて思いたくないね」
サヴィーネは静かに笑んだ。
ひとり駆けるルノア。瞬天速で速度を上げる。
男は、上には何もないと言っていた。追儺からは四階だと連絡が入り、四階へと急ぐ。
ヴァイオンを捜す少年、サヴィーネにトドメを刺そうとする男。A班を見逃した男、B班を追おうとする男達。彼等の動きが一斉に止まる。
地下の爆破装置本体を発見されたことで、トップの男がそれを作動させたのだ。その情報が、彼等の通信機器に響いてきた。
退避しなければ――。
能力者達がどうしようが、もう関係ない。止めてしまうのであれば、それは自分達の敗北を意味するだけだ。
彼等は輸送機に乗り込み、南へと飛び立っていく。
その意味を対峙していた誰もが悟る。もう邪魔する者はいない。あとは時間との戦いだ。
追儺と零次、そして合流した椿は、男が阻止した方向――階上へと向かい、目的のものを発見した。それを無線で皆に伝え、最初に飛び込んできたのはルノア。
現状を察知し、弾頭矢をシステムの心臓部と思われる場所に突き立てる。右手首の痛みを堪えて拳銃「ケルベロス」と、超機械「天狗ノ団扇」 を合わせ、管理システムと爆破システムを攻撃――。
『地下の音が止まりました』
直後に入る、エイミーからの館内放送。
『サヴィーネ君も、ヴァイオン君も、治療してる。傷は深いけど命に別状はないから』
ルキアが告げれば、ルノアが思わず座り込み、双眸に安堵の涙を溜める。
『制圧完了、だ』
リイが告げ、制圧完了は囮部隊の方へも伝達されることになる。
そして一同は、この施設に残る強化人間や何らかの設備がないか、最後の確認に移行した。
この工場が、そして街が、全てを焼き尽くす黄昏色に染まることはなかった。