タイトル:Ricochet【祖父襲来】マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/26 00:07

●オープニング本文


「どうしよう‥‥!」
 オペレーターのユナ・カワサキは届けられた手紙を握りしめた。くしゃりとした感触が、手の中に広がる。
「おじいちゃんが、くる‥‥っ!」
 がたーん。勢い良く立ち上がれば、デスクの上に置いた缶ココアが倒れた。
 あっというまにココア色に染まる書類の束。上司が頬を引き攣らせてこちらを見ているが、しかしユナはそれどころではない。
「どうしようどうしようどうしようっ!」
 おじいちゃんが、くる!
 元陸上自衛官の祖父は、バグアが地球に襲来したときにはもう定年退官したあとだった。自衛隊の定年は早く、当時まだ五十代だった祖父はバグアと直接戦えないことを悔しく思っていたという。結局は予備自衛官として後方支援に当たったのち、イギリスで仕事をする息子――ユナの父親の元へと祖母と共に身を寄せた。
 当時の自衛隊は戦う術を知っていても、実戦経験はなかった。しかし、災害派遣などの経験は豊富であり、祖父もそれはもう多くの生と死に触れたらしい。なかには助けられなかった命もある。しかし自宅でそのことについて話をすることはなく、顔に出すこともなく、災害派遣後に帰宅した日も普段通りに過ごしていたらしい。
 父が言うには、それが最大の自己防衛だったのではないかということだ。あらゆる「有事」の際には家族をおいて出動しなければならず、決して自分の手で家族を守ることができないとわかっている。家族もそれを理解して、ある種の「覚悟」ができている。だからこそ、と。
 かつてユナにはそれがよくわからなかった。辛ければ泣けばいいじゃないか、疲れたなら疲れたと言えばいいじゃないか、そう思っていた。
 でも今ならわかる。家族を守ることができない「軍人」の葛藤。
 そして今でも、自分が現役ではないことで歯がゆい思いをしていることも。
 そんな祖父だから、ユナが傭兵になることに一番理解を示してくれると思ったのだが――しかし、一番反対したのが祖父だった。
 両親はもちろん猛反対した。それ以上に強く反対したのは祖父。自分はバグアと戦いたいと言うくせに、だ。
 望む者全てが能力者になれるわけではない。自分だって能力者になれるかどうか適性検査を受けるまで不安で仕方がなかった。適性があるのなら、戦いたい。その強い想いを理解してもらえない。
 能力者になりたい理由を説明しても、だめだった。
 世間知らずの女の子だから? 本当だったらまだ学校に通っている年齢だから?
 カンパネラの聴講生になるのもだめだと言われた。――学園生になるつもりはなかった。自分が望むのはスナイパーだから。
 結局、理解を得られないまま家を飛び出して三年近く経つ。
 両親とはたまに連絡を取っているが、祖父とは一度も連絡を取っていない。その祖父から突然届いた手紙。しかも職場宛で。もっとも、両親にも自分の住所は教えていないから仕方ないけれども。
 祖父の手紙にはこう書いてあった。

 一月○日、ラスト・ホープへ行く。

 その一行と、どういう日程でどのようなルートで行くかが書かれているだけだ。
 今はイギリス郊外にある自宅を出発して、空港へ向かっている最中だろう。もう八十近い祖父のフットワークの軽さには驚かされるばかりだ。
 来るというからには、無視はできない。まずは午後から休暇をもらって、祖父を途中まで迎えに行って、それからのことはそれから考えなければ。ユナは慌てて上司に事情を説明しに行き、祖父からの手紙を見せた。
「‥‥事情はよくわかった。だが、このルート‥‥途中、キメラが出現して封鎖されたはずだ」
「えぇっ!?」
「今日飛び込んできた依頼、まだ見てないのか? さっき書類渡しただろう‥‥、‥‥ああ、ココアで茶色くなっているな」
「‥‥ぁっ」
「場所は自然公園の一角にある動物園のアフリカエリア。出現して間もない。現時点でシマウマが二体確認されているが、他にもいる可能性が極めて高い。ここには草食動物しか飼育されておらず、そのエリアに入り込んで本物の中に紛れ込んでいる。特に動物に危害を与えてはいない。現在、周辺住民や来園者については避難誘導中。君の祖父はもうすぐそこに到着すると思われる。さて、どうする?」
 上司は依頼書を読み上げ、少し意味深に言う。ユナは反射的に「今すぐ休暇をください!」と叫んだ。
「きっと祖父のことだから、現場についたらすぐに状況を把握して避難誘導を手伝うと思うんです。だから私は、その間にキメラを討伐しますっ。あっ、これでも少しだけ射撃の腕が上がったんですよ、的に当たるようになったんですよ‥‥! だからきっと足手まといになる可能性も少ないでしょうし‥‥!」
 ユナはわぁわぁとまくしたてる。
「わかったわかった」
 上司は耳を塞いで苦笑し、そしてユナに依頼の詳細を渡すと、すぐに同行する能力者を募り始める。
「‥‥しっかり仕事してる姿を見せてこい。君の祖父は、もしかしたら納得するために来ようとしているかもしれないからな」
「ありがとうございます‥‥っ!」
 ユナはぴょこんと頭を下げ、零れたココアを片付け、急いで休暇申請を出して飛び出していった。
 飛び出して、気づく。
「あ、あふり、か‥‥!?」
 アフリカの草食動物は何がいただろうか。
「シマウマとか、水牛とか、キリンとか、ゾウとか、サイとか‥‥ダチョウも入れていいのかな」
 ぶつぶつ呟き、頬を引き攣らせる。
「‥‥おっきいの、多い‥‥」


「‥‥なんだこりゃ」
 自然公園の手前、避難誘導されていく住民達と封鎖された道を見て、男は目を丸くした。
「キメラ? 了解、避難誘導を手伝おう」
 事情を聞き、男は園の外まで出た高齢者や女性、子供などを車に乗せて避難場所まで連れて行く。それと同時にスピードを落として周辺住民たちをも誘導。それを何度も繰り返していく。
 もうすぐ能力者達が来ると聞き、男はふと窓から空を見上げた。
「ユナ、お前も来るか?」
 微かに口角を上げ、そしてまたハンドルを握った。

●参加者一覧

流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
萩野  樹(gb4907
20歳・♂・DG
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
黒雛(gc6456
19歳・♂・PN
イルキ・ユハニ(gc7014
27歳・♂・HA
土岐 ゆかり(gc7770
16歳・♀・SF

●リプレイ本文


 自然公園には、未だ避難を終えていない者達がいた。彼等はこの公園の関係者で、最後まで残って市民を誘導していたのだ。
 そんな彼等も、ようやく避難を開始する。
「まだ、周りに人がいるね。先に避難を‥‥ってあれ? やってくれてる人がいる? それじゃあ今のうちにキメラを討伐しないと!」
 動物用に、麻酔銃と適量の麻酔弾を園関係者から借りたシクル・ハーツ(gc1986)は、公園の出入り口に目を凝らす。そこで避難誘導をするのは老齢の男。
 彼を見て、ユナ・カワサキがシクルの後ろに隠れた。
「‥‥どうしたの?」
「な、なんでもないですっ! 動物園行きましょう!」
 ユナは慌てて誤魔化し、シクルの背を押した。

「今回のお仕事は動物園内に紛れたキメラ退治と。何しろ在住してる動物とそっくりなので、見分けをつけるのが難儀なのよねえ」
 百地・悠季(ga8270)は柵で囲まれた広いアフリカエリアを眺め見た。
「なるほど。確かにどの動物も飼育している数より多いな」
 ざっと見渡し、動物たちを数えるシクル。
「動物たちは無事なのですよね?」
 土岐 ゆかり(gc7770)から見える範囲には、傷ついている動物は見当たらない。
「特に死骸も見つからないということは、連絡を受けてから数は変わっていないということか。なら、それぞれを情報どおりの数にすればよさそうだな」
 シクルは頷く。
「自然公園にキメラかー。動物に紛れてるのは厄介だケド、動物に危害を与えてナイのは良かったネ」
 小銃「M92F」にペイント弾を装填しながら、ラウル・カミーユ(ga7242)。
「‥‥動物に害を為さないというのなら、放置しても‥‥ふふっ、冗談です」
 ゆかりは肩を竦めた。
 いつ害を為すかわからない存在は、取り除かなければならない。一般の人々が安心して遊べる自然公園を、取り戻すためにも。
「うん、この先も危害を加えナイとは限らナイから、ちゃっちゃと見つけ出しテ退治しちゃおー」
 装填を終えたラウルはユナに向き直る。
「ユナユナは今回もよろしくデス。過剰な自信は不要だケド、結果を出せてる自信は持ってヨイんだヨ。この前の空港のときみたく頑張ろ☆」
「は、はい‥‥っ。こちらこそよろしくお願いします」
 言いながら、少し不安げに項垂れるユナ。そこに流 星之丞(ga1928)が声をかける。
「ユナさん、お久しぶりです。あれから、ナイチンゲールの調子は如何ですか?」
「お久しぶりです。なっちゃんはとても元気ですよ」
「それはよかった。ところで‥‥不安そうですがどうしたんですか?」
 星之丞はユナの顔を覗き込んだ。「実は」とユナはぽつぽつと語る。
「じゃあ、僕も力になりますから、お爺さんに成長した姿見て貰いましょう。ユナさんが自分で決めた道、その成長はお爺さんの目にもわかるはずですよ」
 ユナとは、また会いたいと思っていた星之丞。それに彼女と祖父との仲がより良いものとなるのなら、力になりたい。
「でも、それで飛び出してしまうなんてすごいですね‥‥いや、その、今では色んな人を守れるこの力に感謝してますが、僕は望んで手に入れた力ではありませんから」
 ふと、目を細める星之丞。ユナは彼に小さな笑みを返し、「‥‥やらなきゃならないことが、ありますから」と空を見上げた。
「良いところ見せたいのだろうし、ここは頑張りましょうね」
 悠季も微笑み、ユナと一緒に空を見上げる。
 そんなユナたちを見て、萩野  樹(gb4907)は軽く目を伏せた。
 戦うってどういうことだろう。
 戦って戦って、まだ分からずここまできている。
 知らない誰かを守った。知らない誰かを助けられなかった。
「‥‥俺は何と戦って、何を遺してるんだろう」
 弱さを言い訳にしたくない。でも、同じ理由でまた繰り返したくない。
 強く、ならなきゃいけない。何かの――ために。
 樹は拳を強く握る。
「さて、行くとするか‥‥?」
 一呼吸置き、イルキ・ユハニ(gc7014)。皆、一通り必要な準備は終えたようだ。
「依頼を受けるのは久しぶりだな‥‥」
 黒雛(gc6456)は初任務のことを思い出し、気を引き締めていた。勘が鈍っていなければいいが。しかし、それよりも依頼に集中しなければ。
 そして預かっていた鍵でゲートを開け、小さなサバンナへと足を踏み入れた。


 三班に分かれ、それぞれ飼育小屋の岩山を拠点にしてキメラ判別作業を開始した。
「‥‥それにしても、色々な動物がいるのですね。実際に見るのは初めてですから、良い経験になります」
 息を呑むのはB班のゆかり。
 シマウマ、水牛、キリン、ゾウ、サイ、ダチョウ、トムソンガゼル、そしてヌー。彼等はテリトリーに入り込んだ新たな侵入者に、緊張を増幅させる。
「‥‥外見では見分けられそうにないな。‥‥いや」
 シクルはざっと観察する。外見は同じだが、気が立っている個体とそうでない個体の差は明らかだった。
 人を襲う気があるならこんなところに紛れ込む必要もないだろうし、なにより、気が立っていない個体の方が少ない。
「恐らくは‥‥」
「間違いないでしょうね」
 シクルと星之丞は頷きあう。該当するのは、トムソンガゼル二頭と、キリン一頭。
 四足歩行の動物は横からは弱い。警戒しつつ横から近づき、シクルが紙くず、星之丞が豆を軽く投げる。
 発生するフォースフィールド、直後にゆかりが練成強化でふたりを強化する。他班に報せ、そして戦闘に入った。
 トムソンガゼルの横に回り込むシクル。その突進を封じての接近戦、如来荒神の軌跡が陽光を反射する。脇からもう一体が突進するも、それを邪魔するのはゆかりの超機械「マーシナリー」。
「‥‥駄目ですよ」
 半ば警告とも取れるその言葉に、敵は軽く地を蹴った。目標は、ゆかり。
 しかし突進する敵に襲いかかるのは電磁波と、シクルの刃。
 一閃される如来荒神、それだけで敵は地に伏せる。
 一方、星之丞はキリンへと瞬天速で接近を仕掛けた。靡く黄色いマフラー、思いのほか動きの速いキリンに、幾度となく接近を試みる。そして、クルシフィクスに乗せる豪破斬撃。
「これで止めです!」
 奥歯を噛み、渾身の力を込めて叩き付ける大剣。
 二度、三度――その巨体は足を折り、首を曲げ、砂煙と共に斃れた。

「ユナユナは動物に紙玉投げて、FFが発生するかの確認お願い。FFが見えタラ、僕が即ペイント弾で目印つけるのデ」
「はいっ」
 C班でラウルに言われ、頷くユナ。
「俺も、できる限りフォローします」
 パイドロスの音を極力抑え、樹。
 明らかに多いのは、ゾウが一頭、ダチョウが三羽。
 ユナは息を殺し、比較的落ち着いている個体へと最接近。次々に紙玉を放っていく。
 フォースフィールドの発生を確認、それに呼応するように脇から次々に走るのはラウルのペイント弾。他の動物はその動きを察し、草むらや木の陰に逃げていく。
 同時にA班とB班からもキメラ確認の報が入る。
「ふむ、コレでキメラは全部炙り出せたカナ?」
 情報を交換し、頷くラウル。隠密潜行で物陰に潜み、小銃「シエルクライン」で狙いを定める。まずは一体、ゾウへと急所突きによる狙撃。
 放たれた銃弾は、ゾウの厚い皮膚に傷を付ける。同様に二発、ほぼ同位置に撃ち込んでいく。地響きを立てて倒れるゾウ。次の照準をダチョウに合わせて狙撃を開始。
「ユナユナは岩山から狙うとヨイよ。空港の時に聞いたアドバイス思い出しテ。そして力み過ぎず、弾が目標に当たるイメージをして撃つ。危なくなっタラ無理せず避難するんだヨ。俺も援護射撃はするカラ」
 ユナは頷き、岩山を目指した。そこに追いすがるダチョウ、樹が竜の翼を使って割り込み、咆哮のカデンサにて弾き飛ばす。
 そのまま竜の瞳を乗せた突きを繰り出し、敵を追い詰めていく。残る一体を、ユナが捉える。教えてもらったことを反芻しながら狙いを定めて引き金を引く。
 翼を掠めると、敵は岩山めがけて突撃を開始した。ラウルと樹がそこに援護に入る。
「ユナユナ、撃っテ」
 その言葉に従い、もう一度。今度は敵の脇腹。敵が足を止めたところに、樹のカデンサとラウルの銃弾が降り注いだ。

「避難ポイントは‥‥ここか」
 A班、黒雛は岩山を確認する。その周囲には動物たち。
「ま、仲良くしとこうぜ‥‥?」
 イルキは覚醒状態で歌の準備をしつつ、動物へと敵意を見せずに近寄っていった。通じないと思っても、これは気持ち的なものだ。
 敵意のないことを逆に怪しいと思ったのか、数体がさらに興奮し始めた。すぐさま子守唄にて眠りに誘う。特にシマウマは人に懐く動物ではないし、眠らせたほうがいい。黒雛も借りてきた麻酔銃を撃つ。
 あっさりと眠りに落ちる動物たち、それを冷静に見る――サイが一頭、シマウマが二頭。
「こいつか」
「間違いないわね」
 その隙に黒雛と悠季が接近を試みていた。嗅覚の良いサイには、イルキが風上に立つ。
 横合いの死角から紙玉を投げて確認し、まずはサイに黒雛がペイント弾。シマウマには不要だ。他のシマウマは全て眠ってしまっているのだから。
 イルキが眠っていない動物の気を引きにかかる。彼等が巻き込まれるのだけは避けなければ。
「さあ来な‥‥いや、少しは遠慮してくれよ‥‥?」
 動物たちは誘いに乗り、牽制するようにゆるりと迫ってくる。距離を保ちつつ、戦闘の場から引き離す。他班との確認もこの隙に行った。
 悠季と黒雛は、シマウマの一体を囲む。
 悠季が機械脚甲「スコル」と機械爪「ラサータ」を脚部に連続してぶち込んで機動力を奪うと、黒雛の刹那の壱式。思ったより撃たれ弱い敵は沈黙、すぐさま次のシマウマへと同様に展開した。
 残るサイは、そこから逃げ出そうとする。
「逃がさない」
 黒雛が迅雷で接近、怯んだサイへと抗うことのできない刹那の一撃。
 やや遅れて間合いに入った悠季は、連続で脇腹に爪を抉り込んでいく。サイの鎧は簡単に砕け、そのまま奥へと入っていく爪。
「止めだ‥‥」
 そして膝を突いた敵へと、黒雛の壱式が一閃した。


「任務のためとはいえ、物を投げつけたり、眠らせたりしてごめんなさい」
 全てのキメラを倒し終えたあと、ゆかりは動物たちを撫でていた。動物たちは状況を理解したのか、驚くほど大人しく撫でられている。
 ユナはそわそわしていた。祖父の元へ行くべきだと思うものの、勇気が出ないのだ。そのとき、樹がパイドロスをバイク形態に変えて声を掛けてきた。
「乗りますか、コイツなら早くつけるかも」
「じゃぁ‥‥お願い、します」
 まだ心の準備ができていない。しかしここで決断しないと後悔するだろう。ぺこりと頭を下げると、ユナは樹の後ろに跨った。
 ユナの指示に従い、バイクを走らせる樹はつらつらと考える。
 ――ユナさんのおじいさんで元自衛官、どんな人だろう。
 どんな理由で自衛官を選んだのか。どんな想いで仕事をしていたのか。
 何か聞けたら、何かわかるだろうか――。
 少しして、樹はバイクを停めた。公園の出入り口の向こうで、地元の警察と談笑している老齢の男がいる。彼が祖父なのだろう。
 しかしユナは迷っているのか、近づこうとはしない。しゃがんでバイクの影に隠れてしまう。
 そうしているうちに、他の皆が追いついてきた。
「どうしたんだ‥‥?」
「あそこにいらっしゃるのが、お祖父様ですか?」
 黒雛とゆかりが問う。ユナはこくこくと頷くだけだ。
 その脇をすたすたと抜けていくのはシクル。あっという間に祖父の元へと歩み寄ると、にこりと笑んで会釈した。
「避難誘導ありがとう御座いました。助かりました」
「お嬢さん、それはこちらの台詞かな。キメラを倒してくれたんだろ? ありがとう」
 彼はかなり親しげに笑う。
「そこにいるのはユナか? どうしてそんなところに隠れているのかな?」
 シクルのおかげできっかけを得た祖父は、バイクに歩み寄ってきた。出て行く勇気が出ないユナは必死に言葉を探す。
「‥‥おじーちゃん、は‥‥どうして自衛官になったの。どうして私のこと反対したの」
 祖父から顔を背けたまま問う。
「ん? 俺が自衛官になったのは、ただ単に生活のためだぜ?」
「‥‥え?」
「十五で親父死んだからさー。気がついたら自衛官になってた。‥‥俺は、大した信念もなく自衛官になった。でも入隊してからは仕事に誇りを持ってたけどな。‥‥だから逆に、信念が強いお前が心配だった。挫折したときに、立ち直れなくなるんじゃねぇか、って。だが、杞憂だったかな」
 祖父はけらけらと笑う。自衛官になった理由は、本当にそれだけなのだろうか。しかしユナはそれ以上問うつもりはなかった。
「さて、帰るとするかー。もう用は済んだし」
 祖父がそう言うが、ユナはまだ立ち上がることができない。まごついていると、悠季がユナの肩をそっと叩いた。
「あたしも適性が出た時に反対されて。自分でもやる気は無かったけど巡り巡ってこうだしねえ。当の反対突きつけた両親はもう居ないけど」
 肩を竦める。それを聞き、ユナは家族の顔を思い出す。
「子供や孫なんてのは立派になるなんてことより、無事で居てくれるのが良いんじゃねえのかな」
 そう言うのは、イルキ。
 自分自身は半ば飛び出した口でユナに強いことは言えないが、祖父が認めたとしても甘えるのはよくないだろう。
「世界より大事なもんが危険に晒されることを我慢しなきゃなんねえんだ。その気持ちには応えなきゃ親不孝者だ。――いや、孫不幸か? よくわからん」
 イルキは祖父の方へと視線をずらす。
「‥‥とにかく‥‥能力者である前に、お前は誰かの宝物ってことだ。己が道を曲げねえでも応える方法なんざ幾らでもあるんだろうしな」
「‥‥応える方法」
 繰り返すユナ。
「ユナユナはぶっちゃけ腕はまだまだだケド、ちゃんと前進しテル。皆の為に頑張るヨイ子だし、助け合える仲間もいるカラだいじょぶ!」
 そう告げるラウル。ユナが顔を上げると、皆が自分を覗き込んでいた。
 それを確認すると、祖父は背を向けて歩き始めた。
「お祖父様、行ってしまわれますよ?」
 ゆかりが車いすの向きを祖父の方へと向け、そっと指さす。
「今ならすぐに追いつくけど‥‥もし車に乗ってしまったら、またバイク出すよ」
 樹が笑う。
「‥‥もうすぐ公園から出てしまうな」
 年齢の割に速く歩く祖父を見て、黒雛が距離を目視でざっと測る。
「ほら、立って‥‥ユナさん」
 ユナの腕を取り、立たせる星之丞。立ち上がったユナの背を、来たときとは対照的に今度はシクルが押す。
「行ってらっしゃい」
 押し出された勢いでユナは駆け出した。できればまたお会いしたいな――星之丞が皆と共にふたりを見守る。
 あと少しという距離まできたとき、祖父がふいに振り返った。
「さっき、皆の話を聞いて‥‥まあ、安心した」
 笑い、「がんばれよ」と一言だけ告げて再び背を向ける。
 ユナはその背を見送ることなく踵を返すと、笑顔で皆の元へと戻っていった。