●リプレイ本文
「リスク覚悟で先頭に立つということは、停戦ラインの突破と制圧以外に、人類側航空戦力の足止めでも兼ねているのか‥‥?」
煉条トヲイ(
ga0236)は敵陣の先頭を駆けるタロスに目を細める。
「意外と手堅い用兵‥‥。もっと我侭なお嬢様的指揮官かと思ってたんだけど、ちょっと別方面からも揺さぶりをかけなきゃかも」
返す、ソーニャ(
gb5824)。
「‥‥撃墜することなく、足止めに徹しろとは難しい注文ですね」
「――とはいえ、そのことを悟られれば敵の思う壺。相応の気概で挑まなければ、目的を果たすことは難しいぞ‥‥」
乾 幸香(
ga8460)が息を呑む気配を受け、トヲイもまた息を呑む。
「どこまでやれるか分かりませんが全力を尽くしますね」
幸香は言いながらもその難しさを再認識する。
雷電、ロビン『エルシアン』、イビルアイズ『バロール』、そして三機のやや後方にアッシェンプッツェル『Blue Bird』。アレクサンドラ・リイを含めた四名で、ヴィクトリア及びその両翼の足止めに回る。
ヴィクトリア精鋭部隊にあたるのはワイバーン『ワンコ』、ロジーナ『Witch of Logic』、天『スカラムーシュ・Ω・ブースト』、スカイセイバー『スカイ・フィーニス』の四機。五機の精鋭タロス相手に、どこまでやれるか――。
「お互い満を持してという処ですかね」
ロジーナの番場論子(
gb4628)。
強引な宣言により停戦は破られたが、既に水面下でぶつかっていた事実がある。結局のところ、ただ単に表面化したとの解釈もできるだろう。
何にせよ、まずは停戦ラインでの激突から。ヴィクトリア――否、ピエトロ・バリウスの意図を挫けばいい。
「条約は破棄されるものとは思っていたが、案外早かったな」
天の美具・ザム・ツバイ(
gc0857)が呟く。
「停戦破棄‥‥。もとより相容れぬ存在だったのでしょうね‥‥」
D‐58(
gc7846)のスカイセイバーが美具に続く。ただ従順に任務をこなすことのみを考えている。この停戦破棄に対しても無感動だ。
「そうじゃな」
頷く美具。年内は動かないだろうと思っていたが、敵は何を焦っているのだろうか。
一介の傭兵には関係ないこととはいえ、気になるのも確かだ。このもやもやが、晴れることはない。
それにしても――。
「指揮官とあろうものが最前線に立つとは、絶対の自信があるのか、バカなのか?」
敵のセオリーとは違う対応に困惑は隠せない。しかし、少なくとも後者であることは言外に斬り捨て、最善策を講じるつもりだ。
「敵指揮官の妨害に、撃墜は禁止って本当に難しいな。空で留めなきゃ、地上で戦ってる奴らが苦戦するからな」
暁・N・リトヴァク(
ga6931)のワイバーンが並走する。地上も間もなく交戦といった状況だ。
「だからこそ手ごわい‥‥」
暁の言葉を呑み込むように美具が言う。
「――あと五百メートルでヴィクトリア機の射程に入る」
リイの声が静かに響く。その直後、全機一斉に砲撃を開始した。
「今年最後のアーマゲドンスプラッシュ、得と味わうがいい」
美具機が僚機のタイミングに合わせ、ブーストとトゥオネラを前衛の三機に集中させる。三機が一斉に回避態勢に入った。
トヲイ機は超伝導アクチュエータ起動、K−02を全放出。そこに合わせて幸香機。確実性を重視した幸香は、二セットとも同一目標且つヴィクトリアと両翼をそこに収めた。
敵機を覆い尽くす弾幕、そこに紛れるようにブーストにてトヲイ機がエドワード機に向かっていく。
アクチュエータを乗せた試作型リニア砲をぶちこみ、エドワード機が回避した刹那、ソードウィングで抉りにかかる。右肩を損傷した銀のタロスは一旦上昇し、反撃に転じようとするがトヲイ機は射程から外れていた。
「――貴様の相手は俺がする。青龍の従者よ、暫し遊んで貰おうか‥‥!」
告げる、トヲイ。
『お望みならば』
右肩のダメージを徐々に癒やし、エドワードは余裕のある声で応答する。
一方、濃緑――ルーク機と対するのは幸香機。
既に前衛三機に対バグアロックオンキャンセラーは使用済みだ。銀と青のタロスの位置を確認する。常にこの三機が効果範囲に入るよう、留意しなければならない。
「全力で当たっても落とせるなんて甘いことは考えてませんけど、しばらくはわたしと下手なダンスに興じて頂きますよ。美人とダンスが踊れるなんて、光栄だと思って頂かないと困りますね」
『なら、その綺麗な顔が見てみたい。キャノピーをぶち破ってやろうか』
交差する、十式高性能長距離バルカンとプロトン砲。ルーク機は回避、幸香機は回避するも、「左頬」を掠める。キャノピーを狙っているのは明らかだ。
「簡単には顔は見せません」
再度、長距離バルカンによる弾幕、それを追うようにUK−10AAMと8式螺旋弾頭ミサイルを。
回避しきれない砲弾を受けながら、ルーク機もミサイルを返す。幸香は弾幕を止めない。回復能力のあるタロス、しかし少しでもダメージを蓄積させようと。
トヲイ機と幸香機が両翼をマークしている隙に、ソーニャがアリスシステム、マイクロブースター、そしてブースト――全てを起動し、ルーク機へとフォローも兼ねた突破攻撃をかける。
ルーク機の脇から、ヴィクトリア機による砲撃。それをバレルロールでギリギリ回避し、GP−7ミサイルポッドを射出。螺旋を描くミサイルの影に流れるエルシアン、徐々にその角度を直し――真っ直ぐに、ヴィクトリア機を目指す。再度、砲撃。ラージフレアにてさらに突破をかけた。
フルブースト、ハーフロール。スリップで機体位置をずらし、乱れ来るミサイルの雨を紙一重での回避、後方からリイ機のミサイルが抜け、ヴィクトリア機を誘う。直後、レーザーライフルで反撃に転じるソーニャ。
三機がマークされた隙に、精鋭対応の四機が一気に抜けていく。
「ラージフレア、展開‥‥」
抜ける際に、D‐58機もラージフレアをばらまく。
美具機は先の攻撃ののち、超大型対艦誘導弾「燭陰」を精鋭部隊へとぶちこんでいた。論子機が撃ち尽くしたD−04A小型ミサイルポッド、暁機が放出した84mm8連装ロケット弾ランチャー、それらが精鋭部隊の陣を崩していた。
「機動防御ならコイツと相性が良い。いける」
暁は、迫る五機のタロスを見据える。
マイクロブーストで距離を詰め、敵の側面へと高分子レーザー砲とストレイ・キャッツを次々に放つ。それが着弾する前に機首を上げ離脱、距離を取る。
別方向から、ブーストにて論子機。最もダメージの大きい機体を選定、死角から強襲をかけていく。
MM−20ミサイルポッドによる弾幕は、敵機の回避――その方向を狭めるよう誘導する。そして下方へと回避をかけたそれへと、ツングースカ。
「任務確認。これより攻撃に入ります‥‥」
D‐58機はアサルトフォーミュラAを発動、長距離バルカンによる牽制及びフォローに入る。
畳みかけるように、美具のトゥオネラ、K−02。その土砂降りのなか、高命中を誇るミサイルのブレンド。
それは刺客の一撃として、精鋭部隊の急所を抉っていく。
四機の流れる連携は、二機に致命傷を与える。回復を始める二機、それさえ追いつかないようにぶち込まれていくミサイル。
そして二機が沈黙し、散っていく。
そのとき、前衛で異変が起きていた。
距離を取ってスラスターライフルでの狙撃を続けていたトヲイは、対峙する敵の様子がおかしいことに気がついた。
時折、何かに気を取られているかのように回避に失敗する。
「一体、何に‥‥」
ルーク機は幸香機との攻防を続けており、ヴィクトリア機はソーニャと対峙、螺旋を描く青が空に映えている。リイ機が時折双方に援護に入る以外は、おかしな様子はない。
しかしリイ機に向けて攻撃が放たれると、動きが――鈍る。
「‥‥なんだ?」
眉を寄せるトヲイ、そのときソーニャとヴィクトリアの会話がコクピット内に響いた。
「手堅い指揮をするんだね。でも、それじゃぁ手に入れられないよ」
『何が?』
「ねぇ、リィが欲しくはないかい? ヨリシロの記憶と感情、それをバグアはどう感じるか、興味があるんだ。それはきっと、甘く魅惑的な毒なんだろうね」
『――で?』
「毒に狂ったヨリシロを見たよ。欠けた心と記憶、焦がれる思い。きっとボクも同類。でも今手を伸ばさないと手に入れられないよ。――リィはボクがもらう。ボクが妹になる。手を取り、身を寄せ、欠けた心を埋めあう。心の傷は何かに変わり、君の居場所はなくなる」
青のエルシアンが、二羽のブルーバードの間に入る。
『――ふざけるな!』
唸る、エドワード。トヲイから「視線」を外し、ソーニャへと向ける。
「まさか!」
トヲイは目を見開く。ソーニャはエドワードの動きに気づいていない。トヲイ機のライフルによる狙撃が脇腹に被弾、しかしエドワードは狙いを定め始める。
そして――最高速度をもって、ソーニャ機へと突撃を仕掛けた。
追う、トヲイ。
「君は記憶を奪ったバグアでヴィクトリアじゃないからね。欠けた心を引きずって狂っていけばいい。ボクを殺して邪魔をする? それとも今、リィを手に入れる? 欲しいのなら、今のうちだよ」
ヴィクトリアからの返事はない。ソーニャは後方のリイに通信を送る。
「やぁ、リィ。作戦とはいえ、へんなこと言ってごめんね。言ったことは全部本気だから、気にしないでね」
「ん、大丈夫だ。だが‥‥ソーニャ、私の後ろにまわれ」
「‥‥え?」
「早く!」
リイはブーストでエルシアンの前にまわりこむ。直後、プロトン砲の直撃を受けた。
「エドワード‥‥っ!?」
ソーニャは目を疑う。銀のタロスが狂ったように攻撃を開始したのだ。半ば体当たりするように迫る。エルシアンは螺旋で回避、再度迫る銀色。
『毒に狂ったヨリシロ。そんなもの、いくらでも見てきた、いくらでも知ってる。ねぇ、私はピエトロ・バリウスの親衛隊なの。喪った友達の想いも背負っているの』
落下していくリイ機を見下ろす。
「リィ‥‥っ!」
リイを追うソーニャ。それをエドワードが追尾。リイ機は左翼の一部を損傷したが、辛うじて体勢を立て直した。
『ヨリシロの性格はとても好き。でもね――指揮を執れなくなるほど、引きずられたりしない。そこまで弱くないの』
エドワードはソーニャだけを見ている。それを制止しようとしないヴィクトリア。
『ニンゲンは、弱いなぁ』
そして、エドワードがソーニャをロックオン――。
しかしその攻撃を放つ前にトヲイ機の狙撃を背に受け、狙いを外した。
『弱いから、お姉様を奪われると思って必死になる。可愛いわ、エドワード』
受けたダメージなど構わず、暴走を続ける銀のタロス。
『あいつ、何してやがる!』
ルークが気づいた。
「気を逸らしていいのですか?」
幸香機の長距離バルカンが嫌らしく襲いかかる。
『ルーク、あなたはあなたの仕事をして』
『‥‥了解』
ヴィクトリアの涼しい声、再度ルーク機は幸香機と向き合う。
「私のことは気にしなくていい、ソーニャ! ヴィクトリアを!」
「――わかった」
リイに言われ、ソーニャはヴィクトリア機との対峙を再開する。まさかヴィクトリアではなく、エドワードが狂うとは。
計算外、いや予想外――しかし、指揮系統は崩れてはいなさそうだ。若干の混乱が生じ始めている。
「な‥‥っ」
暁が息を呑む。残る三機がエドワードを止めに、一斉に動いたのだ。
『邪魔だ、どけ!』
進行方向にあるのは、暁機。二機がプロトン砲を同時に放ち、暁機を貫く。
さらには、D‐58機へと。
「ドミネイター、起動‥‥」
D‐58機はエアロダンサー改で人型に変形、ドミネイターで迎撃の態勢を取る。だが、実際はそのブースターを回避に利用した。
砲撃をかわしたD‐58機、しかし人型から戻る前に再度砲撃に曝される。
『隙だらけだ』
駆け抜けるタロス。墜ちてゆくD‐58機。
しかしタロスに迫る美具機のトゥオネラ、立ちはだかるようにして論子機。論子機からペイント弾が先頭のタロスへと放たれる。この三機の指揮を執るのはその個体だ。
少しでも、三機を攪乱しなければ。想定していた状況とは違う、だがやるしかない。
前後からの追撃に、三機はエドワード機を止めるのを断念する。
生じた混乱は、精鋭部隊以外にも飛び火した。
HWの一部隊が、エドワード機の行動を地上への砲撃と勘違いし、急降下を始めたのだ。
「鳳少尉!」
トヲイが地上に通信を送る。
地上の鳳 俊馬のパラディンが空を見た。
直後、地上を射程に入れたHWたちが一斉に――。
「‥‥俊馬!」
叫ぶ、リイ。
爆撃が、地上を焼く。倒れていく陸戦部隊のKVたち。
しかし空を警戒していた地上の者により、HWは次々に撃墜されていく。
『‥‥二機、完全沈黙。俺も、動けない』
全て撃墜されたのち、俊馬からの通信。そして続く言葉は――。
『だが、地上は先ほど指揮機撃破に成功した。あとは、頼む』
幸香機に追い詰められたルーク機は離脱、ヴィクトリア機の後方につく。エドワード機はようやく暴走を止め、しかしそのときにはもう、トヲイ機から受けたダメージで飛行するのがやっとだった。
「ダンスは終わり、でしょうか?」
『残念ながら、な。もう少し踊りたかったが』
幸香に返すルーク。恐らく、笑みを浮かべているのだろう。
ヴィクトリアは未だソーニャとの攻防を繰り返していた。双方、損傷は目に見える。しかし――。
『ジークルーネ、全速――』
ジークルーネからの、猛攻のサイン。
空の指揮系統は完全に崩れたとは言い難い。しかし大きな混乱が生じている。地上は指揮機が撃破され、そちらの指揮系統は崩れ去った。
この隙を抜けていくとの決断が下されたのだ。
ヴィクトリアは残る精鋭部隊を引き連れて傭兵達の射程から離脱、その機首と指揮をジークルーネへと向ける。
「させぬのじゃ」
足止め班に、美具機が合流した。次いで、論子機。暁機とD‐58機の姿はない。
「撃墜されるなか、脱出したことは確認しました」
論子がそう報告した。
残る六機でジークルーネの周囲に位置取り、ヴィクトリアを含む精鋭部隊を迎撃する。
ジークルーネの猛攻の支援、そして敵軍の撤退まで粘るために。
『――攻撃、開始』
全機にその声が響くと同時に、ジークルーネはその力を解放する。
そして精鋭部隊に向けて六機が砲撃、再度、ヴィクトリアたちと対峙する。
次々に墜ちてゆくワームやキメラ、駆け抜けるジークルーネ。
『‥‥潮時、かしらね』
ヴィクトリアの、声。
『ジークルーネに華を持たせてあげましょ?』
そして引き潮のように、一斉に停戦ラインの向こうへと退却を始めるバグア軍。全てが退却を終えるまでに、その総数の約半数はジークルーネによって撃墜された。
そして最後にヴィクトリアはころころと笑いつつ、しかし。
『‥‥やるじゃないの』
――そう、呟いた。