タイトル:【AL】Coatマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/07 04:56

●オープニング本文


「その怪我はどうした。また誰かを庇ったのか」
 そう問われ、鳳 俊馬は「別に」と目を逸らした。出された紅茶はまだ熱く、口の中の傷に染みる。冷めるのを待つしかなさそうだ。
 目の前の相手は小さく吐息を漏らした。年上の、自分と同じ能力者の軍人。俊馬を幼い頃から知る人物で、いつも前線を駆け回っている。このところはアフリカの最前線にいることが多いらしい。こうして会うのは本当に久しぶりだ。
「‥‥気持ちはわかる。それがお前の長所であり短所であるということも。お前の信条が何によって存在しているものなのかも。――だが、そのままで本当にいいのか?」
「‥‥どういう意味だ?」
 俊馬は微かに眉を寄せ、相手を見る。何もかもを見透かしたような目、それでいて何を言おうとしているのか全く読み取れない表情。
 コートのボタンのひとつが取れかかっていることに気づいた相手は、席を立って俊馬の元に歩み寄った。手には、裁縫用具。
「‥‥戦闘でボタンを落とさなくてよかったな。同じボタンはなかなか売っていなさそうだ」
 俊馬のコートを脱がすことなく、器用にボタンを縫っていく。彼が人前であまりコートを脱ごうとしないことは知っている。たとえ、親族の前であっても。
 その理由を知っているだけに、そしてそれが彼が強い自己犠牲心を持つことになった原因でもあるだけに、このままではいけないと思わされる。それを彼が聞き入れるかどうかは別として。
「お前‥‥いくつになった」
「二十」
「‥‥そうか」
 ボタンを縫い終えた相手は、少し目を細めて俊馬の顔をじっと見る。
「‥‥人々を助けるために各地を飛び回り、その身を盾にして誰かを護り続けるのなら‥‥お前、一度アフリカに来い」
「‥‥アフリカ?」
 突然の言葉に、俊馬は目を丸くする。アフリカは行ったことがない。
「そう、アフリカ。停戦協定ののち、半分近くが人類圏となった。だが、まだ治安はいいとは言えない。ライン付近は危険な場所も多い。そして‥‥復興も、少しずつ始まっている」
「つまり、復興していくアフリカを護るために最前線で動けということか?」
「違う」
「じゃあ、どうしてアフリカに来いと?」
「‥‥復興を、手伝え」
「俺が? 俺は戦って誰かを護る。俺の盾が必要な人々のために」
「戦うばかりでは何も見えない。護るということがどういうことなのか、お前は一度違う視点から見た方がいいだろう。アフリカにずっといろというわけではない。これまで通り、各地で戦うのもいい。だが、アフリカの復興もお前のスケジュールに入れておけ。現地部隊や上には私から打診しておく」
「勝手に決めるな。あなたと俺は所属だって違うし、階級だけなら俺のほうが上だ。なんの権限があってそんなことを」
「階級が全てと思うな」
「‥‥」
 俊馬は押し黙った。確かに長く軍にいれば、多少は各方面に顔が利くこともあるだろう。ましてや、相手はアフリカでそれなりの実績もあげており、あの方面の部隊には特に顔が利くに違いない。だが、そこまでして自分をアフリカに呼ぼうとする意味と魂胆、それが全くわからない。
 違う視点とは何なのか。自分に必要な何かが、復興のなかにあるというのか。考えあぐねていると、ふわりと頭を撫でられた。
「アフリカで、待っているよ。‥‥私に会いにくる必要はない。お前はお前のするべきことだけを考えて動け」
 そして相手は微かに笑んで、正面のソファに戻る。
「‥‥そろそろ冷めたころじゃないのか」
「‥‥いただきます」
 促され、俊馬は紅茶に手を伸ばした。
 それは彼がアフリカの地に立つ数ヶ月前のこと――。


 地中海沿岸のアルジェは、海風で少しだけ肌寒かった。気温はそれほど低くはないのだが、頬に当たる風は若干冷たい。
 街のあちこちで、瓦礫撤去や道路整備が進んでいる。重機以外にKVも見受けられた。軍の兵士と傭兵が、共に進んでいるのだ。
 プロトスクエアを始めとするバグアの残した爪痕は、一年近く経った今でも生々しい。もっともバグアの襲来からずっと、このアフリカは彼等の支配下にあったのだから、古くからある爪痕も少なくはないだろう。
 俊馬も、プロトスクエアやRAL作戦、そしてアフリカについては聞かされていた。だがこうして目の当たりにすると、想像を超えたアフリカの姿にただ瞼を伏せるばかりだ。
 元はアルジェリアの首都だった、アルジェ。
 いつかここに人々が戻り、首都機能が復活する日がくるはずだ。そのための一歩を誰もが踏み出していた。
 復興が必要なのはここだけじゃない。他にも、軍の手を待っている街は沢山ある。既に復興を始めた街も。
 アルジェリアが、モロッコが、そして他の「国」が。かつての姿に戻るには気の遠くなるほどの時間がかかるだろう。だが、そこに向けて静かだが力強い一歩を、踏み出していくのだ。
 俊馬は、アルジェの大気を肺いっぱいに吸い込み、よく通る声で言葉を紡ぐ。堅苦しく生真面目な挨拶を、目の前にいる兵士達へと。
「アルジェ復興プロジェクトにおける空港及び港の復旧作業にて、現場監督を務める鳳だ。諸君、少しの間だがよろしく頼む」
 そして兵士達の顔を見て、微かに眉を寄せた。
 ――若い。
 誰もが、自分と同じ年頃――下手すればもう少し若い者もいるだろうか。そういった、若年層の兵士達がここには集まっていた。
「まだ最前線に出られない彼等を復興の人員に充てることで、戦力を削ぐことなく回していけるんだ」
 俊馬をここに連れてきた士官が笑いながら言う。
 自分を含め、若年の兵士達はその誰もが物心ついたときにはバグアという存在を知っていた。戦禍を、そして戦火をくぐりぬけて生きてきた者も多いだろう。大切な存在を殺された者も。
 そして強い意思を持ってUPC軍に入り、ここにいる。
 なかには能力者に志願したものの適性がなかった者もいるに違いない。
 誰もがこの星のために何かをしようと――何かを護ろうと、しているのだ。
「同じ年頃の者ばかりだから、もう少し気楽にいけ。気負うのはわかるが、彼等との交流もいいものだ。そして、後ほど合流する傭兵との交流もな」
 彼の言葉を後押しするように、兵士達も笑って頷く。「よろしくお願いしますよ、少尉」と、軽く肩を叩いてくる者もいる。
 気さくな彼等に、俊馬は小さく頷き返した。そして、思う。恐らく彼等は傭兵達と共に行動をする経験はあまりないだろう。自分が上手く橋渡しをできれば。そしてアフリカの住民達との橋渡しも。
 もしそれを成し遂げたなら、数ヶ月前に言われた言葉がの意味が少しだけわかるかもしれない。
 アフリカの最前線にも立ちたい。確かなもの、護るべきもの、自分の信念をもう一度確かめ、そして全てを護り抜くために。
 俊馬は決意に満ちた表情を浮かべると、兵士達に歩み寄り――。
「私に皆の名前を教えてくれ。これから共に進むのだから」
 そう言って、彼等と握手を交わした。

●参加者一覧

シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
ユメ=L=ブルックリン(gc4492
21歳・♀・GP
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

「復興、ね」
 神楽 菖蒲(gb8448)は視線を走らせる。空港の滑走路は一部を除き、まだ使用できる状況が整っていない。兵士達は走り回っている。
 こういった状況には慣れていた。「作戦行動」は軍の特色でもあるだろう。
 だが、それは時に市民の感覚と乖離し、軍への反発を生むことにすらなりかねない。
 ならば「プロではない」人間を連れてくればいい。
「プロの仕事と、プロではできないことを見せてやるわ」
 今ここに必要なのは「軍隊」ではなく「正義の味方」だ――。
 ちらりと、親友――狐月 銀子(gb2552)を見やる。そういう感性では最も信頼できる存在だった。
 故郷である千葉を取り戻す戦いに身を投じている銀子は、来る未来のために学ぶ気持ちを抱いていた。
 戦争は短くとも、元の姿を取り戻すには長い月日と労力が掛かる。
「前線に出ることの多い傭兵は、その地道な作業の大切さを忘れてしまうかもしれないわね」
 管制塔のほうから歩いてくる鳳 俊馬を見つめる。その彼や若い軍人達に挨拶をすべく銀子は足を踏み出す。
 やがて銀子と共に来た俊馬は、「今回はよろしく」と皆の顔をゆっくりと見渡した。
「復興支援はコツコツ積み重ねて行きやがるコトが大事。いろんなトコで携わってきたですが、一人一人の力は小さくても集まれば大きな力になりやがるです」
 シーヴ・王(ga5638)が言う。
「アフリカのモンが未来に向かって暮らせるよう、頑張るです」
「頼りにしている」
 俊馬が頷き返すと、続いて黒木 敬介(gc5024)が言う。
「戦力は落ちない、若手に仕事は回る。今日働いて身に着けた技術と知識は、戦後も生きるだろうし――良い方策だね」
「そう思うか」
「うん、思うよ」
 はっきりと言う敬介。彼にもう少し何か訊いてみようかと思ったとき、俊馬はきょろきょろしているユメ=L=ブルックリン(gc4492)に気づいた。
「どうした?」
「アフリカ‥‥この間は、象を倒したから‥‥きっと他のもいる‥‥」
「ここにはいない」
 俊馬が言うと、ユメは微かに首を傾げた。
「‥‥あれ、いないんだ‥‥いいけど‥‥」
「どこかで遭遇したのか」
「‥‥海で‥‥」
 素っ気なく答えるユメ。今度は俊馬が首を傾げる。
 ――海に、象?
 困惑していると、夢守 ルキア(gb9436)が俊馬の肩を軽く叩く。
「セカイは広いから、色んなコトあるんだよ。さ、張り切って行かないとね!」
 満面の笑みを浮かべ、ルキアは困惑したままの俊馬の肩をもう一度叩いた。

「シーヴ的にはこの格好が戦闘服なんですが、問題ねぇですか?」
 兵士や傭兵達の休憩ローテーションを確認し終えたシーヴが、自身のゴシックワンピースを見下ろして問う。
「大丈夫だ」
 俊馬は頷く。シーヴが戦闘服だというのなら、それを尊重したい。
 その後、シーヴは管制塔脇の瓦礫に大剣ヴァルキリアを振り下ろしていく。スマッシュを乗せたそれは、ヒビのある部分に入ると瓦礫を真っ二つにする。
「これで運びやすくなりやがるです」
 そう言って、次々に大きな瓦礫を砕いていく。
「コレ、一緒に抱えるです?」
 兵士達と一緒に少し大きめの破片を抱えた。顔や服が汚れても気にしない。
 集積場所では、ユメのフェイルノート『認識番号4492』が瓦礫を運び終えて再び持ち場へと戻っていくところだった。
 ユメ機が次に破壊する格納庫の周囲に、兵士や傭兵達が待機している。万一バグアの残党や、研究物などが溢れた場合に備えているのだ。
「‥‥ぶっ壊せば、いいんだよね‥‥ふふ、ふふふ‥‥」
 どこか恍惚とした表情で義手を鍵にし、照準を「眼前」の格納庫に合わせ――。
「‥‥完璧‥‥ふふふ‥‥」
 思い描いたとおりに砕けた格納庫、その残骸は再利用するためにある程度の大きさを保っている。
 格納庫には特にバグアの痕跡めいたものもない。ユメはその残骸を再び集積場所へと運び始めた。

「滑走路、もう少し手入れして! とーべーなーいー!」
 ルキアが兵士や傭兵達に、自身が確認した滑走路の状況を伝えていく。
 そして肉体作業に向く者、管制塔や高所、繊細な作業などに向く者をそれぞれに振り分け、滑走路の整備を進める。
「テントOK、救急セットOK。マシュマロも、水もOK。みんな直射日光に注意してね、それから三十分交替で! 体調不良や負傷時もしっかり休むー!」
 よく通るルキアの声に、皆が頷き返す。
「‥‥さて」
 ルキアはこそりとバイブレーションセンサーを発動する。
 敵襲を警戒しながらの作業。万一、大きな敵が来たらKVが出動する場合もあるはず。そのためにも滑走路の整備は大切だ。
「でも、コレは今、言うコトじゃない、か」
 呟き、滑走路を見つめた。

 敬介はフェンリルでの先行偵察をしていた。
 茂みを踏み分けて斜面を上がる。空港近くは比較的平坦だが、南下すると山岳地帯があり、キメラが多く潜伏すると思われる。そういった死角になる場所を最優先しての調査だ。
「思ったより多い、かな」
 確認できるキメラの痕跡や、実際の遭遇情報、それらを無線で伝えていく。
 そのとき、後方に俊馬機が追いかけてきた。
「手伝おう。ここは範囲が広い、負担も大きいだろう」
「そうでもないよ? ま、俺が手伝えることは少ないしね」
 軍人や武人といった人種は非常時や戦時下こそ必要とされるのであって、こういった復旧作業には向かない。それは分担として妥当であるし、敬介はどうとも思わなかった。
 フェンリルに体当たりを仕掛けてくる熊型のキメラを、前脚で薙ぐ。一頭が倒れると、次々に現れる獣達。勝ち目のない勝負に挑むキメラの多さに、敬介は苦笑する。
 そして二機は、取り囲むキメラをいなし始めた。

「周辺の人類は『味方』で、守る対象。装備も過剰な威圧感を持たせるわけにはいかないわ」
 菖蒲の提案により警備につくKVの威力配備が変更され、警備部隊にはクノスペを二機待機させることになった。
 菖蒲のサイファーE『レイナ・デ・ラ・グルージャ』と、銀子のオウガ.st『SilverFox』は空港南方の平原にあった。先ほどまで空港整備の護衛にあたっていたが、索敵していたグルージャの全センサーが反応したのだ。
 ここなら、街への被害も食い止められるだろう。
「結構多いわね」
 銀子がざっと数える。主に大型肉食獣タイプのキメラが群れていた。
「ふん。図体でかかろうとキメラなぞ私の敵じゃない」
 菖蒲機は街を背にし、銀子機の盾となる。
 そして80mm輪胴式火砲での十字砲火、銀子機は中衛からのスラスターライフルによる射撃、それらの援護を受けた他のKVもまた、弾幕にてキメラを包み込む。絶命するもの、そしてそこへと追い込まれていく獣達。
 グルージャはその「容姿」からスペシャリティ機然として派手さを、そしてヒーローさを前面に押し出すかのようにして、力強い一歩を踏み込む。
 獅子王を一閃、それはまるでヒーローのように。
 ――そして、同じ名を持つ獣を切り刻んでいった。

 二日目も、復興にかかる作業は続く。
 ユメは前日に積み上げた瓦礫を、使えそうなものと、使えなさそうなものに分けていた。
「‥‥使えないものは‥‥後腐れなくすればいいよね‥‥ふふ‥‥」
 ここに積んだままにしておいても邪魔だ。ユメ機は瓦礫から距離を取り、それらを一気にミサイルで粉砕していく。

 シーヴはバグアのものではない格納庫の補修と設置に携わっていた。
 これから必要なものを置いておく大事な場所だ、しっかりと直しておきたい。
「ココはどうすりゃいいですか?」
「ここは、こうやって‥‥」
 兵士のひとりが指示を出す。シーヴは頷き、借りた補修道具でそれを真似ていく。

「滞在日数も少ないし‥‥分解整備はラストホープ帰還後で大丈夫そうかな」
 敬介はキメラ対処に向かう前に、KVの簡易整備をしていた。
 今日は空港の西の方角の調査に行く予定だ。ふとその方角を見やると、菖蒲機と銀子機もまたそちらへと向かっていた。
 同行するのはクノスペと、俊馬機――。

「会えるかどうかはわからないが‥‥我々が行くことは伝わっているはずだ」
 俊馬が告げる。先日、明らかになったことだが、この街に残っている「住民」はレジスタンスらしい。俊馬の案内で、会えそうなポイントに来たのだ。
 銀子が小さく頷く。
 避難していない住民等がいるのなら、顔を見せるのも大事だ。
 護り、創り上げてくれる人々の姿が、彼等に安心を与えられればいい。無論、自分は脇役で構わない。
 しかし、レジスタンス達は姿を現さない。そう簡単に会えるとは思っていなかったが――。
「降りて、顔を見せないとね」
 菖蒲が言う。クノスペから食糧や浄水などを降ろすと、銀子や俊馬と共に機体から降りた。
 静かに、髪をかき上げる。
 どこかからきっと、見ているはずだ。この土地を――護って来た者達が。
「‥‥ヒーローはね、必要な時に現れればいいのよ」
 菖蒲の言葉は深い重みを持って静かに響く。伸ばした背筋と、自信に満ちた表情。
 その隣で、景色を目に焼き付けている銀子。
 やがてゆるりと背を向けて、機体に搭乗する。振り返らず、空港の方角へと戻っていく三機。

 ――菖蒲と銀子の姿をレジスタンス達は網膜に焼き付け、その姿が見えなくなるまで静かに見送っていた。

 空港へと戻った三機の上を飛び去るのは、ルキアの北斗「ムネモシュネ」。
「アリガト、飛びやすい!」
 片付いた滑走路を使い、港へと向かう。
 港に到着すると早速KV用ソナーブイを浮かべ、さらには【OR】アルゴスシステムを起動させた。
「ムネモシュネ――セカイをキロクしよう、私達に」
 愛機に囁きかけ、そして人型形態で海中に沈んでいく。
 海底にはワーム類が沈んでいた。ブーストを使い、半ば無理矢理引きずり上げていく。
 戦闘機の残骸も埋もれていた。形状から恐らくは一昔前のもの――。
「‥‥ずっとここに、いたんだね」
 ルキアは呟き、それを抱きかかえるようにして浮上する。
 思ったより海底の「墓標」は多い。後の復興に役立てることができるよう、手入れが必要な箇所の記録も始めた。
「このセカイは、どこまで続いているんだろうね。ムネモシュネ」
 この海の、どこまで――。


「お疲れ様でありやがるです。お茶どうぞ、です」
 最終日の休憩時、シーヴは兵士達の元を回ってお茶を注いでいた。これは初日から続けていたことだ。
 大きなヤカンを傾け、お茶を注ぐ。
「緊張を解ける瞬間があるのが嬉しい」
 そう言って、女性兵士がシーヴを手伝い始めた。
「両親がここの出身なの。昔、たまたま仕事でヨーロッパにいて‥‥そのまま、帰れなくなったの。いつか帰りたい、って言ってた」
 だから自分はここに配属されたことが嬉しい――その女性は笑う。
「俊馬もお茶どうぞ、です」
 シーヴは俊馬にもお茶を注ぐ。シフトの割り振りでもう任務を終了していた敬介やルキアやユメにも、女性兵士と共に。
 ちょうどそこに、菖蒲機と銀子機が戻ってきた。KVから降りた銀子を見て敬介が目を細める。
 彼女とはつい先日、復興途上の故郷に寄ったばかりだった。依頼を受けたのは偶然だったが――。
「こういう景色は、どこ行っても同じだよな」
「‥‥ん。こういうところ見るとさ。二度と壊したら駄目だって思えるわね」
 銀子は敬介の正面に腰を下ろす。菖蒲もその隣に座った。
「‥‥この景色は、忘れちゃいけないわね」
 言いながら自分でお茶を入れ、菖蒲はそれを軽く飲み干す。
「そういえば少尉はなんでアフリカまで? 現場監督ぐらい能力者にやらせる必要はないでしょうに」
 敬介が問うと、俊馬は特に抵抗なくそれに答えていく。
 ――護るということがどういうことなのか違う視点から見た方がいいと言われたことを。
「ふーん‥‥」
 敬介は小さく相槌を打つ。
「ま、その人の意図はともかく。現場で働くのに比べたら、ここの仕事は有意義には違いないね。それに、能力者なんてのはどこまで行っても頑丈なだけの個人だしさ。出来ることも限られる。――人の為になることって、こういう復興政策みたいなこと言うんだろうね」
 人の為になること――。
 俊馬は思考にふける。しかし敬介がそれを遮った。
「でも、さ。‥‥自己満足で傷作ってるバカ、だよね」
「俺は‥‥っ」
 鋭いところを突かれ、俊馬は思わず素に戻る。
「能力者も非能力者も関係なく、同じ目的――帰る場所を護る為に働いてやがります。ココはアフリカの民が帰る場所だから。シーヴの旦那も一般人ですが、シーヴの帰る場所護ってくれてるですよ」
 シーヴの言葉に、俊馬は息を呑む。
「護る」ということの意味が、自分が知るもの以外にもある。それはとても衝撃的なことだ。
「あ。いい顔になってきたね。‥‥じゃあ、コレ!」
 ルキアが俊馬の手にウォッカが入ったグラスを渡す。
 俊馬は躊躇う。シフトで言えば今日の任務は終えている。飲むことに支障はないのだが――。
「はーい、監督の働きに乾杯、一気ね!」
 その声に、兵士達も「少尉、一気!」と続く。俊馬は躊躇いながらも、一気に飲み干した。
「まだあっちのポイントにキメラがいたはずよね」
「ん、行こう」
 和やかな雰囲気のなか、菖蒲と銀子が立ち上がる。銀子がふと、共に過ごしてきた兵士達を見た。
「あたし等傭兵は御手伝い。未来を作るのは、この場所に足と止めて戦う君等‥‥ってね」
 やる気は十分ありそうな彼等にとって、余計なお世話かもしれないけれども――。
「攻め壊すより、護り作り上げる方が大事。あたし等傭兵はその最初の下地を作る仕事だもの」
 誇りを持ってもらいたい。その願いが言葉に乗る。彼等だけではない。同様の者達に、これからの未来を頼ることになるのだから。
 主役は、あくまでも彼等と――ここで戦い続けたレジスタンスや、これから戻ってくる住民だ。
 そして銀子は菖蒲と連れ立って、愛機へと向かっていく。
「‥‥そうそう。お酒、頑張って強くなりなさいよ?」
 菖蒲が振り返り、耳まで真っ赤になってしまっている俊馬に笑いかけた。

「まだ時間あるし、散歩がてら周辺調査してくるね」
 ルキアもウォッカの瓶を俊馬に渡し、立ち上がる。
「――私達が見るのも世界、そして、私自身も世界」
 全共通の世界と、個人の主観のセカイ。
「きみを通して見るセカイは、どんなイロをしているんだろうね」
 イロ――それは、感情。
 遠ざかっていくルキアが投げてきた言葉を、俊馬は心に刻み込む。
 そのとき、ユメが口を開いた。
「何をしたいか、どうするのか‥‥それは、自分で見つけて、決めること」
 ぼんやりと、世界を眺めながら。
「‥‥そう、か」
 俊馬は呟く。まだ何かを見つけたわけではないが――見つけようと、思い始めていた。
 この街もまた、何かを見つけて未来へと向かっていくのだから。

 アルジェの街は少しずつその姿を変えていく。
 礎となる者達の力を借りて、ただひたすらに未来へと向かって――。