タイトル:【CO】Silent Blueマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/01 22:30

●オープニング本文



 望遠カメラで捉えたおぼろげな画像に、アレクサンドラ・リイはじっと見入っていた。
 船窓から見える景色――海ばかりだが――は、未知の「領域」であり、手元にある数枚の写真の景色も初めて見るものばかりだ。
 もう間もなくすれば、この写真の場所に接岸する。接岸し、上陸してしまえばそのまますぐ未知の存在との邂逅となるのだろう。それも限りなく危険な――。
「それにしても」
 一枚の写真に目を奪われる。
「これは――なんだというんだ」
 動物が小さく写っているが、キメラと思しきもの以外に、その身体の一部に陽光が反射している動物がいた。まるで金属か何かが見せるもののような強烈な光が、点となってそこにあった。更には、それと同様の「人間の姿をした何者か」の姿も写り込んでいる。
 それらが一体何なのか、はっきりした答えはない。この目で確かめるのが一番手っ取り早い。もっとも、目的地がどのような場所なのかを考えればいくらでも想像はつくし、確証めいたものも思い浮かぶ。だからといって、先入観は危険だ。
「停戦ラインの南‥‥か」
 そう、これから向かうのは、先の大規模作戦においてアフリカ大陸に敷かれることとなった「停戦ライン」の南側なのだ。
 大西洋外回りから赤道直下のガボン沿岸に上陸し、ライン南側の情勢を偵察することが最大の目的であり、リイを含む能力者で構成された部隊はその偵察部隊のダミー、いわば「囮」となる。本隊より先に上陸してバグアの目を引きつけることで、続けて上陸する偵察部隊の危険を少しでも軽減するのだ。
 本隊に危険が全く及ばないということは有り得ないだろう。だが、ここで自分達が引きつけておかないと、偵察すらままならなくなってしまう。
 しかしそこは未知の領域、待ち受けるバグアがどれほどの脅威であるのか一切の情報はない。それどころか、この写真のような「存在」がいる可能性もあるだろう。
 それから――。
「ヴィクトリア‥‥」
 リイはプロトスクエアの青龍である「妹」の名を呟く。
 リイが囮部隊として出撃するのには、そのあたりの事情もあった。もっとも、上層部からの命令ではなく、自分から志願してのことではあるが。
 リイはヴィクトリアの「姉」としてバグアに顔を知られている。リイが上陸すれば、嫌でもバグアの襲撃を受けるだろう。囮とするにはいい材料と言える。ここでヴィクトリアが出てくるか否かは別として、だ。
 だが、リイにはプロトスクエアの青龍である「妹」。彼女がどう動くのか、それも気に掛かっていた。
 ゲルトの死後、彼女はそれまでとは違った動きを見せていた。ひどく冷静に、事態の収拾に回るかのような。そして停戦に至ってからもそれは同じだ。
 彼女がラインの南に消えてから、ラファエルが死亡した。このプロトスクエアの白虎と朱雀という二画を失ったことで、内部にどのような動きがあるのか――それはわからない。
 だが、ここにきてロアや玄武のメタが見せている不穏な動き。それをヴィクトリアがどう思っているのか、そしてどう動こうというのか。
「‥‥静観、か?」
 もしそうだとすれば、その裏には何があるのか。しかし今、リイが考えるべきことではない。頭の片隅に置いておくだけでいいだろう。
「我々の任務は、偵察部隊の囮。バグアの目を、引きつけること」
 リイが反芻すると、水平線にガボンの地が見えてきた。


 UPC軍が偵察部隊を出したことは、ヴィクトリアの耳にも入っていた。
 大西洋を外回りに上陸を目指す者達は、もう間もなくその足を地につけることだろう。他に、洋上でも動きがあることはわかっている。
 しかし、彼女は動こうとはしない。
 静かに、静かに――ただ、見ているだけだ。
 ロアのことも、メタのことも、止めるでもなく諫めるでもなく。
 何かを、見極めるかのように。
「恐らく、サーシャ様も偵察部隊の一角として参加していることでしょう。‥‥誰かを向かわせますか」
 従者のエドワードが問う。しかしヴィクトリアは首を横に振る。
「私の配下の者は行かせない。‥‥『誰』がお姉様のところへ行くのか、見させてもらう」
「以前のあなたは、サーシャ様のお姿を見れば嬉々として向かわれたというのに」
「じゃあ、あなたが行く?」
「いえ、私は‥‥」
「だったら、余計な口出しはしないで。‥‥消すわよ?」
「‥‥」
 押し黙った従者と一度も視線を合わせることなく、ヴィクトリアはぼんやりと空を見つめる。首元のロケットを軽く弄りながら、もう一度口を開いた。
「そういえばお姉様‥‥いつのまにかロケットをしなくなっていたわね」
 その言葉に、エドワードは弾かれるように顔を上げる。
「あら、気づいてなかったの?」
 くすりと笑い、ヴィクトリアはようやくエドワードと目を合わせた。

●参加者一覧

漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

 ガボン沿岸は、少しの砂浜と、視界一杯に広がる樹木の壁で占められていた。
 上陸する囮部隊の面々は、その景色に息を呑む。
「さて、長くなりそうだし、ほどほどに行きますか」
 ジャック・ジェリア(gc0672)が砂浜の感触をブーツ越しに確かめる。潮が引いた直後なのか、少し湿っていた。
「囮か‥‥まぁ、敵の注意を引くために暴れればいいだけな分、まだこっちの方が楽かな」
 網膜に焼き付くようなモスグリーンに、漸 王零(ga2930)が目を細める。その隣に立つのは、今回コンビを組む刃霧零奈(gc6291)。
「思いっきり暴れられそう‥‥はふ♪」
 危険の中で魂をヒリつかせたい。そして、恍惚感を得たい――零奈の目が、輝く。
「暴れて陽動だが‥‥まぁ、情報を取ってこれるのに越したことはないな」
 追儺(gc5241)は周囲を見渡す。今のところ、敵は姿を現す様子がない。だが、遭遇するのは時間の問題だ。囮部隊は急ピッチで簡易拠点を設置し始めた。王零はそこに自身の救急セット等を預ける。
 そことは別に、戦闘時の一次退避所としてのテントを、遮蔽物となるような樹木を背面に張った。
 見渡す景色と元々の地図を照合し、現在の地図をざっと作成し始める夢守 ルキア(gb9436)。カメラでの撮影を進めていると、頬に何かが触れた。
「いつものおまじない」
 それは、アレクサンドラ・リイの唇。ルキアはその手に幸運のメダルを握らせた。
「敵が増えたら十字撃。でも」
「できるだけ練力消費は押さえて‥‥か?」
 リイがルキアの言おうとすることを先読みする。
「せいかーい!」
 ルキアは頷き、笑む。そのとき、何かの香りが鼻腔をついた。
「‥‥これは」
 リイの、そして軍の者達の顔色が変わる。そして響くのは何かを叩く音と、美具・ザム・ツバイ(gc0857)の声。
「何をしておる‥‥っ、遊んでいないでそなたはもう少しじゃなー‥‥」
「急がずに、だね。戦い続けることが大事だからね。それに‥‥これ以上下がると、休息所はなくなるから、ね?」
 それは美具と、彼女に尻を叩かれているUNKNOWN(ga4276)の会話。
 UNKNOWNはシートとパラソルまで設置し、下準備をした状態で持ち込んだ料理を煮込み始めていた。しかし――リイが、その火を消した。
「おや、アレクサンドラ。何をするんだね」
「――来る」
 UNKNOWNには答えず、リイは全身を総毛立たせて樹木の壁を見据える。
 リイの耳は、誰よりも早く何かの音を捉えていた。彼女の表情からそれが危険であることに、誰もが気づく。
「‥‥まさか」
 ドッグ・ラブラード(gb2486)がリイに問う。リイは頷き、頬を引き攣らせた。
 やがて何かが地を駆ける音、獣の声、樹木の葉擦れの音、それらが誰の耳にも届くようになる。
「未知の戦場なればこそ、心してかからねばならんのじゃ‥‥」
 美具の絞り出すような呟きに、追儺の言葉が重なる。
「では‥‥今日の戦場に行くとするか」
 ――そして。
 樹木の壁を破るようにして現れたそれらは、傭兵達を含めた約四十名を呑み込んだ。

 背後は海、前方も両翼も獣が支配する。
 逃げ場は、ない。
「どれほどの数があろうとも、薙ぎ払うまでだ」
 王零の魔剣「ティルフィング」が弧を描き、その円周上にあった獣の脚部を裂いて自由を奪っていく。
「いっぱい来たぁ‥‥あはは、ゾクゾクするねぇ♪」
 妖艶な笑みを浮かべる零奈。王零と背中合わせに黒刀「鴉羽」を閃かせる。
「これこれ、この魂がヒリつく感じ‥‥いいねぇ‥‥」
 笑みを浮かべたまま、獣の牙をかわす。微かに肩を抉られるが、そのまま刀身を腹部へと撫でつけた。
 がちりと、鈍い感触。同様の感触に遭遇した王零も眉を寄せている。
「でも、まあ‥‥あれこれ考えても始まらないし‥‥ね?」
 零奈が疾風脚で地を蹴り、そのまま刀を獣の急所へと突き立てた。
 多少の危険は覚悟の上だ。零奈は滾る血の、灼ける衝動に恍惚としたものを感じながら獣を裂き続けていく。
「だが、敵の情報は不足している。状態異常系の攻撃には気をつけろ!」
 獣の大腿部から魔剣を抜き去り、王零が叫ぶ。
「匂いに釣られて大挙するとは、ね」
 UNKNOWNは探査の眼で状況を見ながら、エネルギーキャノンを空へと放つ。飛来する鳥達が次々に撃墜されていく。
 先ほどの鍋は、アピエドブフ――牛足骨付き皮のゼラチン煮。ここでの食事にと用意してきたのだが、それが裏目に出ていた。
「海水浴も難しそうだ、ね」
 UNKNOWNは微かに笑み、再度空へと狙撃。空からの攻撃に曝されることなく、ドッグと追儺が少し前に出る。
「ま、じっくり見極めてやるぜ!」
 ドッグは装着式超機械で電磁波を発生させ、敵の動きを阻害する。その直後、追儺の蒼天が青い軌跡を描き、斬り込まれていく。
 再度、電磁波。その隙に一旦下がった追儺による蒼天。
「‥‥金属か?」
 追儺が呟く。
 キメラ――獣、それらはライオンや豹といった肉食獣や、サイなどの草食獣、大型の鳥もいれば、小さなネズミのようなものもいる。
 だが、どれも「手応え」が重い。爪や牙の威力もそうだが、時折「狙撃」のようなものをする個体もいた。
「予想通り、か」
 ドッグが呟く。光で輝くことから、材質は金属か宝石のようなものだと予想していた。
 明らかに獣の皮膚とは異なる金属のようなもの。そこへの攻撃を試みるドッグは、比較的小さな個体にその拳を抉り込む。吹き飛ばされた獣は、別の個体を巻き込んで転倒する。
「爆弾‥‥ってわけじゃなさそうか」
 だが、それもこの個体だけのことかもしれない。全てを確認するのは無理そうだ。虚実空間も試してみるが、変化はなかった。
 そうしていくうちにも徐々に蓄積していくダメージ、ドッグは追儺に治療を施しながら戦闘を続ける。
「王零の危惧したとおり‥‥毒を持っている個体もいるみたいだな」
 追儺が言う。別班からそういった声が上がっているのだ。
 幾度となく振るう蒼天は、生身と思われる部分には容易に入っていく。金属様の部位は硬いが、しかし継ぎ目にうまく入れば刀身が抉り込むことも稀にあった。
「ルキア、敵の情報を伝える」
 やや後方のルキアに無線で連絡を取る追儺。対峙した敵の特徴を伝え、それを全体へとフィードバックしてもらうために。
「了解!」
 連絡を受けたルキアは、得た情報を全体に伝えていく。
 四班に分かれての任務予定だったが、大挙して押し寄せた敵に今は半径百メートルほどで固まっての混戦となっていた。その中においての、確実で冷静な情報伝達は戦闘を少しでも有利に導いていく。
「敵は時間じゃ、各々生命を無駄に消費するでないぞ」
 戦況を見極め、美具も各方面へと指示を出す。その表情は、険しくも冷静だ。
 ここ最近の任務における慢心を自ら戒め、危険な任務に身を曝すことで己の使命を新たにしたかった。
 この圧倒的不利な状況の打破、それは今の自分の状況把握にもかかっている。
 肩が少し軽い。自慢だった縦ロールはもうない。小銃「シエルクライン」の引き金をひけば、その軽さは一層際だった。
「そこの前衛、少し下がるがよい。これ以上ダメージを蓄積してはならん」
 その指示で、一部の軍人が治療へと下がる。
「水中から‥‥来そうな気がする」
 ルキアが背後の海に視線を投げる。双眼鏡でざっと確認し、岩などを狙撃。特に擬態している様子はない。
(こんなに少数で未開の地へ行く、普通なら怪しいって疑うと思う)
 敵には既にバレているだろう。泳がされているだけに違いない――。
 そのとき、海面が泡立ち始めた。嫌なヒレが見え隠れする。
「サメ‥‥っ!?」
 敵に圧されて海に入るようなことがあれば、危険だ。絶対に後退するわけにはいかないだろう。
「どうする。‥‥偵察部隊に影響が出やしないか」
 ルキアと美具の様子を見て、AX−B4での狙撃を続けるジャックがリイに言う。この混戦下、スコールでの狙撃は味方を危険に曝す可能性がある。持ち替えた小銃による制圧射撃で、後方からの支援と――リイの警護を兼ねていた。
「敵の目は完全にこちらに向いている。そういう意味では成功だろう。偵察部隊の進行に影響はないはずだ」
 剣をひたすらに払い、リイが答える。
「元は四班に分かれて対処するはずであったのだろう」
 美具が言う。
「こちらの敵の引受数をすこし上げるか」
 ジャックが提案する。こちらの引受数を増やすことで、別班の負担を軽くして距離を取れるかもしれない。そうすれば敵も分散するだろう。味方の体力消耗も激しく、治療する余裕もあまりない。
「閃光手榴弾、持ってるか」
 リイがルキアに問う。
「持ってる」
 頷き、ルキアはすぐに味方に手榴弾使用とジャックの提案を伝達し、カウントダウン。
 そして、ルキアや閃光手榴弾を持つ軍人の何人かがそれを放った。

 閃光に動きを止める獣の数は多く、それにより囮部隊は本来あるべき配置へと動き始める。
 傭兵達とリイも一旦退いて治療を急ピッチで進め、態勢の立て直しを図る。
「はふ‥‥早く戻りたいなぁ‥‥もっと感じたいよぉ」
 治療を受けていた零奈の恍惚な表情は、しかしその直後にさらに艶めかしく変化する。
「なかなかやるな」
 くつくつと笑う声。
「ここにいますよー、って主張してくれたからね。獣たちが一気に食い尽くしてくれるだろうって思ったのに」
 もうひとつ、重なる声。気配は他に、みっつ。
「‥‥いい趣味じゃねぇな!」
 ドッグが声の主を睨み据える。
 いつの間にか背後――海側に立っていた、五人の男。
 先ほどの言葉からは、彼等に知能があることは明らかだ。
 彼等のうちのひとりは何も武器を持たない。身体の一部が鈍色の者もいて、彼等もまた先ほどの獣たちと「同じ」なのだと誰もが悟る。
 静かに、王零が前に出る。次いで、零奈。
「――参る」
 唸り、王零が地を蹴った。
 視界を取り戻した獣たちが背後から迫るが、UNKNOWNのエネルギーキャノンがそれらを次々に薙ぎ倒していく。
 美具が防御陣形を発動し、小銃での支援に入る。援護射撃を繰り返し、そしてまた防御陣形。UNKNOWNからの魂の共有による支援も受け、そしてついに守護神をも発動。ひたすらに支援とダメージコントロールに徹していく。
 ルキアも超機械「ミスティックT」で獣への攻撃を開始した。UNKNOWNの攻撃とタイミングを合わせ、確実に獣の数を減らしていく。
 五人の「人」へと流れゆくのは、ジャックによる制圧射撃。今度はスコールで。そのまま前に進み、照準を敵の脚部へと向けていく。
「強化人間‥‥なのか‥‥? いや‥‥こいつらは、一体」
 追儺は刃を交えながら相手の不気味さに嫌な予感を抱く。薙いだ刀身がかわされた直後、下腹部に重く熱い衝撃を感じ、前のめりになる。
「‥‥っ」
 膝を突く追儺。溢れ出す血液に、指先が痺れる。
 追い打ちをかけるように振り下ろされる鈍色の腕、それを受け止めるのはドッグ。
「悪いが、今同情する余裕はなくてな」
 敵に同情している余裕などない。この得体の知れない存在にどう対応し、戦闘するか。
「なるべく早く、眠ってくれ」
 電波増幅した拳を、敵の腹部へとぶち込んでいく。その瞬間、先ほど攻撃を受け止めた両腕が悲鳴を上げた。
「‥‥な‥‥っ」
 裂け、血が噴き出していく。鋭利な刃物などは持っているように見えなかった。あの腕に、何が――。
 このままでは二人とも殺される。ドッグは腕を軽く舐め、追儺を担いで練成治療をかけながら、ルキアの元まで退いた。そしてそのまま、倒れ込む。
 すぐさまルキアが治療を開始。しかし二人の傷はかなり深く、咄嗟にソーイングセットを消毒して傷を縫い合わせた。
「助かって‥‥っ」
 何度目かの練成治療、そしてキュア。それによって追儺とドッグは一命を取り留める。
 先ほどの敵が、迫る。だがルキアを背にするようにリイが立ち、受け止めた。
「さっきから脚ばかり狙いやがって」
 ジャックの狙撃に、残りの四人の敵が眉を寄せる。
「こうでもしないとな」
 戦闘不能となった二名の穴埋めに入るべく、さらに前進するジャック。
 少しでも敵の攻撃を引き受けられれば――。その狙い通り、がむしゃらに斬りかかってくる男が三名。ジャックは制圧射撃を続けながらその攻撃をいなしていき、そこに時折UNKNOWNからの援護も入る。
「――助かる」
 前方で刃を振り続ける王零が、ジャック達に言う。
 刀身が絡む度に散る火花。脚部を狙うものの、幾度となく阻まれて刀身が下段から上段へと突き上げられてしまう。
「こっちにもいること忘れないでね♪」
 敵の背後に回り込んだ零奈、疾風脚を発動して急所突きを繰り出していく。それを受け止めた敵の肘が動かなくなる。
「沈めよ、小娘」
 しかし敵はそう言い放つと、回し蹴りを抉り込んだ。
「‥‥っ、ぁ‥‥っ」
 肋骨の折れる音が耳に響く。そのまま身体は宙に浮き、飛ばされ――激しく海面に叩き付けられた。
 群がるサメたち。四肢に食いつかれそうになる瞬間、サメは一斉に退避した。
 微かに目を開ければ、リイがこちらを見ていた。十字撃を放ったようだ。それから、ジャックとUNKNOWNの狙撃も。零奈は自力で海から這い出ると、意識を失った。
 ――直後、リイも力尽きてルキアへと倒れ込む。
「脆いな」
 敵はそう言って王零に向き直る。が、その瞬間に大腿部に走る鋭い痛みに目を見開いた。
「隙だらけだ――!」
 腰を落として間合いに入り込んだ王零が、正面から魔剣を突き出した。そのまま体重をかけて刃をねじるように入れ、肉を貫く。
「‥‥貴様」
 漏れた低い声に会心の笑みを浮かべたが、王零の表情も強張った。剣が、岩に刺さったように動かない。
 敵は王零を見下ろし、その頭部を拳で打ち据えていく。割れ、額から流れる血が目に入るが、王零は魔剣から手を離さない。
「離せ、やめろ――っ!」
 敵は激昂し、刃がねじ込まれた脚を高く蹴り上げた。反動でついに手が離れ、体勢を崩した王零は地に片手を突いてしまう。一瞬、朦朧とした所へ、魔剣を抱いたままの敵の脚が振り下ろされ――刃が王零の脇腹を薄く裂いた。
「‥‥っ」
 思いがけず自身の刃で腹を抉られ、息を呑む王零。薄れた意識が戻る。
 流れ出る血、しかし思ったほど傷は深くない。王零は目の前の魔剣の柄にもう一度手をかけ、力を込めた。油断して力を抜いていた敵の脚から魔剣を抜き去ると、もう一度――。
 そして両脚の腱を切断された敵は、そのまま地に倒れ込んだ。
 残る敵は一人が倒されたことが予想外の展開だったのか、戦意を喪失した。
「このまま戦うのも、アレだな‥‥」
 他の班を、そして獣たちを見る。未だ敵のほうが優勢ではあるものの、これ以上長引くことは不利となると判断し、撤退を決断した。
「‥‥誰一人として死なねぇんでやんの。つまんねぇ」
 それは美具の守護神などのおかげだろう。四人のなかで最も年少の男が舌打ちした。そして彼等が何か合図をすると、あれほどいた獣が嘘のように森へと消えていく。
 そのまま彼等もそこを去り――海岸には静寂が訪れる。
 一時間、二時間と経過していく。囮としての役割は果たせたようだ。しかし深手を負った者は多く、その治療は進められる。
「‥‥陽が、暮れるのじゃ」
 美具がぽつりと言う。
 ――静寂は静寂のまま、気づけば空はオレンジ色に染まり始めていた。